四十話 ハンカイ無双
「グナ様ァ、グナ様ァ、どごダァ」
鼻が詰まった感じの特徴的な濁声が響く。
この声、門番のゴドーだ。
「ハンカイ、門番のモンスターが来てるから殺るぞ」
「わかった、俺がやろう」
ハンカイは手を背中に回して金剛樹の斧を取ると、そのまま牢獄を飛び出していく。
その直後――、
「ナッナンダァ」
ゴドーの悲鳴に近い声が聞こえ、金属音と肉が潰れる異音が聞こえてくる。
早いな――。
もしかして、玉葱のおっさん強いのか。
急ぎ鍵束を左手に握る。
黒猫に〝外へ出るぞ〟と視線で合図。
魔剣ビートゥを持ちながら、牢獄プールの扉を潜り抜けて廊下に出る。
そこには四肢を無惨に斬られ横たわるゴドーの死体と、斧に付着した血を振り払うハンカイの姿があった。
「やるなぁ。あの一瞬で倒すとは」
「そりゃな。金剛樹の斧は強力だ」
ハンカイは二本の斧を掲げる。
あれ、俺が渡した斧は一つだったはず……二つになって両手に持っている。
「斧が二つ?」
「あぁ、俺専用で一対になる仕組みなのさ。だから、コイツは早急な対応ができずにあっさりと倒れてくれた。まぁ、図体通り鈍いからな。腕が四つもあるのに、長い金属棒しか持っていなかったのもあるかもしれんが――」
そう話しながら、ハンカイは左右の手に握る斧を自慢気にくるりと回して演舞を見せる。
流れるように上方から下方へ斧を流し回転させていた。
手品師のように斧を扱う手際がいい。
両手の甲の輝く大地の魔宝石が、斧を素早く扱う手の動きに合わせて光の軌跡を宙に残している。
その洗練された動きは、斧使いとしての実力の高さを窺わせるものだった。
ハンカイはドワーフだ。
背が小さいのは変わらない。
だが、金剛樹装備を身に着け、二つの斧を巧みに扱う技量を見せるその勇ましい姿は、どこか人族以上に大きな存在感を示していた。
やはりこの鎧を纏った雰囲気からして、過去ハンカイが実際に装備していた物なのだろう。
そんなハンカイに感動を覚えながら、床に転がる死骸を調べていく。
「……こいつの頭を貰っていくよ。ギルドの依頼の品なんでね」
「ギルドか。やはりあの冒険者ギルドか?」
「あのがどのかは分からんが、俺が依頼を受けたのは冒険者ギルドだな」
「国とは違い、冒険者ギルドはそのままのようだな」
ハンカイはそう言って何かを考えていた。
その間にゴドーの長方形の頭を切り取る。
腕輪を触り「オープン」と言ってウィンドウを表示させた。
格納の文字をタッチする。
すると、ホログラムのようなウィンドウが薄緑から真っ黒へ変化。
その下側にアイテムを格納してくださいと表示された。
ゴドーの頭をその真っ黒いウィンドウに入れると、吸い込まれていく。
「おっ、成功。これで入ったってことかな」
真っ黒いウィンドウはすぐに消えた。
最後に頭がちゃんと入っているか確認する。
◆:人型マーク:格納
―――――――――――――――――――――――
アイテムインベントリ 25/85
中級回復ポーション×155→154
中級魔力回復ポーション×110
高級回復ポーション×43
高級魔力回復ポーション×44
金貨×25
銀貨×88
古魔書トラペゾヘドロン×1
月霊樹の大杖×1
祭司のネックレス×1
魔力増幅ポーション×3
闇言語魔法闇壁の魔法書×1
暗冥のドレス×1
帰りの石玉×13
紅鮫革のハイブーツ×1
雷魔の肘掛け×1
宵闇の指輪×1
古王プレモスの手記×1
ペーターゼンの断章×1
ヴァルーダのソックス×5
魔界セブドラの神絵巻×1
暁の古文石×3
闇紋章魔法闇枷の魔法書×1
ロント写本×1
十天邪像シテアトップ×1
new:ゴドーの頭×1
―――――――――――――――――――――――
ちゃんと入ったようだ。
ついでに格納をもう一度押して、真っ黒いウィンドウを表示させる。
アイテムボックスの中へ鍵束も入れておいた。
後は、ここからすぐに脱出できるように帰りの石玉を用意しておくか。
アイテムインベントリの帰りの石玉をタッチ、数を指定。
にゅるっと二つ出現させた。
「ハンカイ、この石玉を使えば、直ぐにでもこの迷宮から外へ出られるぞ」
「使い方は?」
俺は石玉を地面に置いてから、
「その石玉を握って、魔力を込めれば入り口に戻れるらしい」
「ほぉ、そりゃ楽に脱出できるな。それで、シュウヤはどうするんだ?」
ハンカイはニヤッと笑みを浮かべて聞いてきた。
「俺はまだ帰らないな。依頼の品を集めきっていない。それに荷物を玉座がある広間に置いてきちゃったんでね。その荷物を回収して依頼の品を集め次第、ここからオサラバしようかなと」
「それなら俺もついていくぞ。助けられたついでだ。小さいが、壁みたいな奴がいれば便利だろう? それに、この迷宮に長年閉じ込められた恨みがあるんでな。ひと暴れしたい」
ハンカイは腕を曲げて力瘤を見せる。
「気持ちは分かるし俺はかまわん――だが、あの眼が六つあるサビードとか言う迷宮の主が出てきたらどうする?」
「なんだそいつは? 迷宮の主? 眼が六つ?」
ハンカイは玉葱頭を揺らし、少し興奮した様子を見せる。
「見たことないのか?」
「ないな。迷宮の名がそんな名前だったのを覚えてるぐらいだ。なんせ、俺が閉じ込められたときは、クシャナーンや他の魔族たちにやられたんでな」
なるほど、あのボスキャラのような存在は見ていないのか。
「これから向かう所はその迷宮の主であるサビードが出る可能性が高い。出てきたら、逃げた方が良さそうだぞ。見た感じ強そうだったからな。ま、戦ってみないと分からないが」
「わかった。だが、その帰りの石玉とやらはシュウヤが持っといてくれ。俺の両手は武器で埋まるんでな。入れられる袋もない」
ハンカイは背中にある斧を示しながら語る。
「……了解。サビードが出てきたら、戦うかの判断は俺がするけどいいよな? 余裕があるなら、その時にこの石玉を渡す」
「おう、いいぜ」
ハンカイは汚い歯を見せて笑う。
そこで視線を黒猫へ向ける。
「荷物の回収に向かう。背曩を置いてきた広間まで進むぞ、ロロ」
「にゃっ」
黒猫は『わかったにゃ』的に鳴いて、尻尾を立たせる。
その時、床に落ちているゴドーが使っていた金属棒が視界に入った。
「使えそうだ――」
金属棒を拾う。
同時に床に散らばるクナの指輪二つをアイテムボックスの中へ放り込んだ。
魔剣ビートゥも仕舞う。
剣はまだまだ素人だからな……。
これを使ってみよ。
拾った金棒棒の感触を確かめるように振り回していく。
タンザの黒槍より軽いが、棒には変わりないから扱える。
金属棒で軽く演舞を行い、牢獄を出発。
通路を歩いていく。
「ぬ、もういくのか」
ハンカイも遅れてついてきた。
広間へ戻る通路はちゃんと覚えている。
通路は相変わらず不気味な光を放っていた。
輝きを放つ青白い液体と黄色い液体が噴出し、壁から垂れて溝で混ざり、ヘドロ状になって輝きを放っている。
それがちゃんと迷宮の光源として機能していた。
凹凸のある気色悪い壁がしばらく続く。
歩いていると、急に壁の一部に亀裂が入り、そこから白い蒸気のような煙が噴出した。
うひゃっ、体がびくっとなった。
音が大きいからびびる。
ハンカイも驚いたのか、武器を構えているし。
明るいが、音といい……不気味で嫌な壁だ。
そんな壁がある通路を歩いていった。
進んでいくと、臭かった牢獄の匂いも徐々に消えていく。
鼻の呼吸が楽になった。
ここを曲がって……と、壁の向こうに、ぞろぞろとモンスターがいる……。
掌握察――<分泌吸の匂手>にも反応。
その壁に手を付けた時、自分の指に嵌めている指輪が目に入った。
――そこで思い出す。
闇の獄骨騎。
あの沸騎士たちを呼ぶか。
ハンカイへ振り返り、
「壁の向こうにモンスターがいる。それらを始末するのに沸騎士たちを召喚するから驚くなよ」
「ん? ふつきし?」
ハンカイの言葉を聞き流しつつ、指輪を触りながら来いと念じた。
指輪から黒赤の魔線が発生。その魔線が床へ伸びて付着。
前と同じく床が沸騰したように沸き立つ。
僅かな煙と共に沸騎士たちが出現した。
「閣下、赤沸騎士アドモスがここに」
「閣下、黒沸騎士ゼメタス、ここに見参、何なりとご命令を」
二体とも片膝をついて頭を下げている。
沸騰していた床は最初から何もなかったように普通の床に戻っていた。
一方、ハンカイは目を見開き口を広げて驚いている。
「お前たちには、壁の向こうの通路で暴れてもらいたい」
二体の沸騎士は長剣と方盾を合わせ敬礼する。
「はっ」
「畏まりました」
そのまま沸騎士たちはモンスターの群れへ突撃していった。
すると、突然ハンカイの怒号が耳朶を叩く。
「あれは、魔界セブドラの高等戦士ではないかっ! シュウヤは召喚師か大魔術師なのかっ! もしやエルフの血族か? 【ベファリッツ大帝国】と関わりがあるのか?」
ハンカイはまだらに頬を紅潮させて怒っている。
まるで仇敵に出会ったような顔付きだ。
目を鋭くさせ武器に手をかけている。
豹変だ。
と言うか、どうしたんだ?
「……まてまて、どうしたんだ? 俺はエルフじゃねぇよ。耳をよく見ろ。今のはこの魔道具のお陰だ。後大魔術師でもない。魔法は多少使えるが、本職は槍使いだ。それと、【ベファリッツ大帝国】なんて国はもう存在しないと思うぞ……」
俺の言葉を反芻、吟味するようにハンカイは唸る。
妙な間が空く。
と、
「……それもそうだな。いや、すまん。昔を思い出してしまってな。敵対するエルフの大魔術師が禁忌とされる<召喚術>を駆使して、魔界から高等戦士と呼ばれるスケルトンを呼び出していたのを思い出したのだ」
よかった。冷静さを取り戻したらしい。
落ち着いた口調だ。もう大丈夫だろう。
「ほぅ……俺が使役してるあいつらは、もうスケルトンではないがな――」
そこで通路の先を見る。
ハンカイも釣られるように通路の先を見た。
そこでは沸騎士たちが人と同じように戦っている。
ハンカイは沸騎士たちが戦っている勇姿に、また小さい目を大きくさせて驚きつつも、頷いていた。
沸騎士たちが暴れている様子を見て納得したようだ。
「そのようだな……」
呆れるように呟く。
このハンカイの反応からして、あまり人前で沸騎士たちを披露するのは止した方がいいかもな……。
その沸騎士たちは通路の向こうで暴れまわっている。
こっちにまでモンスターたちの断末魔の咆哮が聞こえてきた。
沸騎士たちはモンスターを倒しまくっているようだ。
ギルドの依頼のホグツってのも居るようだから、死んでたら討伐証拠を回収しとこう。
壁からその様子を少し覗く。
「圧倒している。あれなら大丈夫そうだ。――ハンカイ、余っているモンスターを狩りながら俺たちも進むぞ」
「おう、俺も暴れてやるさ」
「にゃにゃ」
黒猫も戦闘態勢へ移行。
むくむくっと姿を少し大きくし、触手を宙に漂わせる。
ハンカイはそんな黒豹を見てピタッと動きを止めているが……。
もうそんなに驚かないようだ。
俺の顔を見て何か文句を言うように溜め息を吐き、玉葱頭を左右へ振っている。
更にハンカイにもう俺は驚かんぞと視線でアピールされた。
そんなハンカイと黒豹と通路を進みながら、近くで戦っている赤沸騎士と黒沸騎士を見る。
彼らは、まさに縦横無尽の活躍だ。
奇っ怪なモンスター共をいとも簡単に粉砕している。
通路の床に血と肉塊が散らばっていた。
だが、まだまだ通路にはモンスターが多い。
手と頭が集合合体したような肉塊の奇形モンスターが、赤と黒の沸騎士に群がっていく。
そのモンスターは、沸騎士たちを押さえ付けようと手を伸ばしたり、頭の口からドリルのような突起物のある舌を突き出したりと、不気味な攻撃を繰り出していた。
赤沸騎士は方盾で正面からくる舌ドリル攻撃を防ぐ。
その方盾を前面へ押し出した。
そのまま盾をぐいっと横へ捻り動かし、強引に舌ドリルを引っかけるように肉塊モンスターを横壁へ激突させながら後ろへ後退。
巻き込まれた肉塊モンスターの頭は、壁と盾に挟まれてあっという間に擦り胡麻のように潰れていく。
その退いた赤沸騎士アドモスの死角をフォローするように黒沸騎士ゼメタスが横合いから飛び出し、長剣を縦に振り抜く。
頭が潰れている肉塊モンスターの胴体を一刀両断していた。
黒と赤の沸騎士はお互いの隙を埋めるように連携して動いている。
また違う獲物を盾で殴り、狙い済ました長剣の一振りで斬り伏せていた。
次々と群がるモンスターを撃滅している。
その様子に満足しながら、沸騎士たちの横を通り抜けた。
「呆れるほど強いな……」
ハンカイは沸騎士たちの活躍に顔を強張らせてそう呟く。
そこに――。
騒ぎを聞きつけた敵の増援が出現。
こいつ、ギルドの依頼のホグツだ。
「ナンダッ、コイつらは!」
新たに登場した獣人系のモンスター――ホグツが叫ぶ。
「標的だ。俺が殺る――」
「ガルゥゥ」
と言ってる最中に黒豹型黒猫が先に動いていた。
ホグツの胸元に触手骨剣を突き刺し、瞬時にその触手を縮小――収斂させホグツの胸元へ移動している。
そのままホグツの首筋を噛み切っているし……。
ホグツは武器を構えるまでもなく死亡。
首を押さえたまま地面に倒れていた。
早い。先を越された。
ま、良いか。討伐証拠は尻尾。
地面に倒れたホグツは尻尾がだらりと垂れている。
それを引っ張りもぎ取ると、アイテムボックスに素早く放り込んだ。
そのまま通路を進む。
広間の近くにあった階段を上っているとき、ホグツたちが階段の上から襲いかかってきた。
「ヒト族、ダ。殺セッ!」
「オオオォッ」
大量だな。が、しゃらくせぇぇ!
「今度こそ、あいつらは俺がやる――」
棒高跳びよろしく。
という感じに、金属棒を前面に押し出しながら一気に階段を駆け上がっていく。
正面に居たホグツの胸板に金属棒の先端が激しく衝突。
前列のホグツは後ろに吹き飛ばされ、列を成していた仲間を巻き込みながら後退。
横から俺を襲おうとしていたホグツたちも、その衝撃に巻き込まれ、数匹が階段下に転げ落ちていく。
ハンカイと黒猫は、その階段を転げ落ちたホグツたちを狙い、各個撃破しているようだ。
階段を上がると、後退していたホグツたちが息巻いて襲いかかってくる。
急遽――金属棒を前後左右へ振り回した。
階段前のスペースを確保しようと、更に前へ一歩踏み出す。
金属棒が前進してくるホグツたちに衝突――ホグツたちの装着している金属鎧を凹ませ、ホグツたちを吹き飛ばしていく。
そのタイミングで、気合いを入れ直すように大声を発し、攻撃を続けていった。
金属棒を縦にしならせるように振るい、目の前のホグツの頭蓋を粉砕。
今度は、数匹のホグツを巻き込むように足元を薙ぎ払い、三匹同時に転倒させた。
転倒したホグツの頭部を足裏の――ストンピングで潰す。
更に、金属棒を連続で叩きつけ、一気に三匹仕留めた。
――この金属棒、巨大メイスのようにも使えるな。
これはこれでいいかも。
と金属棒を見るが、先っぽから真ん中まで曲がってしまっていた。
そこにハンカイとロロが階段を上がってくる。
「下に転がってきたのは全部倒したぞ」
「にゃ」
黒猫も自慢気な顔付きだ。
「了解。荷物がある広間はまだ少し先だ。いくぞ」
「あいわかった。だが、お前さんが出現させた、あの骨騎士たちはどうするんだ? 後ろに置いてきたままだが……いいのか?」
「あぁ、アイツらは大丈夫。いつでも魔界へ戻れる」
倒されても戻るし、指輪に触って戻れと念じても魔界へ戻るからな。
「ほぅ……本当に大丈夫なのか?」
「あぁ、心配はいらない」
ハンカイが訝しむように見てくるが、構わず通路を進む。
だが――その道半ばで立ち止まる。
そこにはこれ以上通さないと言わんばかりに、ホグツの集団がワイワイガヤガヤと待ち構えていた。
雄叫びや罵声を浴びせてくる。
走りながら雄叫びをあげるホグツもいれば――唾を垂らし俺たちを威嚇するように汚い歯を見せるホグツもいた。
――そんなホグツの集団を掻き分けるように大柄のホグツが現れる。
周りにいるどのホグツよりも一回り大きいホグツ。
違う種か?
その大柄ホグツは、背後のホグツたちに向けて大声で、
「我ガ出ルッ、人にドワーフをコレ以上進まセヌッ、ココまでダッ!」
大柄ホグツは爪のような武器ではなく、だんびらのような大きい両手剣を背中から取り、そう言葉を発した。
ホグツたちから歓声があがる――。
その歓声に応えるように大柄ホグツは大剣を片手で持ち上げ、振り返りながら俺たちにだんびらの剣先を向けた。
そのまま奇声をあげ、突進してくる。
「シュウヤと使い魔の獣よ。こいつは俺が殺る――」
ハンカイはニタァと独特のオーラを発する笑顔を浮かべると、無精髭が目立つ顔を一瞬こっちへ向けた。
金剛樹の斧を左右の手に持ち、あの大柄ホグツと対決するようだ。
俺の言葉を待たずにハンカイは突っ込んでいく。
大丈夫かな。
俺の心配をよそに真正面から突っ込んでいくハンカイに、大柄ホグツは大剣を叩き付けるように振り下ろしていた。
大剣が頭上からハンカイに迫る。
ハンカイはそれを無視するように――斧を、投げた!?
投げられた金剛樹の斧は高速で縦回転。
高速ナブラか?
黄色い光の軌跡を描きながら斧は飛翔する。
そのまま大柄ホグツの顔面を潰すように斧刃が衝突。
肉の潰れる鈍い音が響く。
大柄ホグツは呻き声を出しながら地面に崩れ落ちた。
しかし、ホグツに握られていた大剣は慣性で落ちてハンカイに衝突してしまう。
衝撃音と共に僅かに風が起こった。
だが、ハンカイはそんなことは関係ないと言わんばかりの余裕顔を見せながら、左手に握る斧を肩で担ぐように扱い大剣の刃を防いでいた。
小さい二本の足で壁のようにそそり立っている。
続けて、ハンカイは空いた右手を前方へ翳す。
すると、黄色い線が甲の部分から発生し、大柄ホグツの頭へ伸びていく。
黄色い線とホグツの頭に刺さっていた斧が繋がると、斧は光を帯びて動き出し、くるくると回りながら瞬時に翳したハンカイの右手へ戻っていた。
わぉ、凄い。あんな飛び道具があるのか。
あの手の甲にある魔宝石が関係してるのかな。
俺がそんなことを考えていると、ハンカイは左腕を振るって頭上にあった大剣を吹き飛ばし、
「ウゴォァァァッ! 我は羅将ハンカイだッ! かかってこいやァゴラァァァァッ!」
物凄い咆哮だ。耳がキーンとなる。
戦で使われる鬨の声という奴か?
もしかしたら何かのスキルか?
ハンカイの大声の効果か、大柄ホグツが倒された影響か、背後に居たホグツたちは、罵声や呻き声がピタッと止まり静かになった。
「ハンカイ、強いな」
「まだまだぁ」
ハンカイは玉葱頭を奮わせ、ホグツたちに吶喊。
――ハンカイ無双が始まった。
右の斧が横に振られればホグツの首が飛び、
左の斧が縦に振られれば、金属の鎧なぞ無いようにホグツの体を真っ二つ――金剛樹の斧は金属鎧を溶かしたように胸の上までめり込んでいた。
すぐに二つの斧は血に染まり、金剛樹の鎧やぼさぼさの髪も血に染まっていく。
「こりゃ、俺の出番は無さそうだ」
「にゃ」
黒猫も短く返事をして俺の隣を歩いている。
ま、丁度良い。
この武器ダメになったし。
捨てよっと――曲がった金属棒をホグツの集団に全力で投げつけた。
最初のホグツに当たって金属棒は折れるが、周りに居たホグツ数匹に、折れた金属棒が<投擲>の威力を示すように突き刺さる。
それが切っ掛けか分からんが、通路にいたホグツたちは退却を始めた。
退却するので、地面に倒れるホグツの尻尾を楽に回収できた。
これでギルドの依頼の品は全部揃ったことになる。
広間に通じる通路には俺たち以外いなくなり、通路は簡単に通り抜けられ、玉座があった八角形のオクタゴン空間に辿りついた。
「おっ、あったあった。荷物に黒槍だ」
師匠に頼んで作ってもらったククリ剣は……。
周りを見ていくが、見当たらない。
……どこかにいってしまったようだ。
気に入っていたのに……クナめ。
師匠、すみません……。
玉座にはサビード・ケンツィルはいない。
と言うか、誰もいなかった。
あの玉座の後ろの先には、まだまだダンジョンが続いていそうだ。
しかし、この騒ぎを聞いて、俺たちを倒そうと誰か来るかと思ったが……。
結局誰もいなかった。
少し拍子抜けだな。
さて、荷物も回収したし……。
帰るか、と思ったその時、
玉座の後ろから魔素が波のように溢れ出す。




