四百六話 魔界騎士の儀式
「……師匠……」
シュヘリアはそう呟く。
師匠が居るらしい。
俺はその言葉より彼女の恭しい態度を見て、身が引き締まる思いを得た。
「素晴らしい誓いの言葉ですシュヘリア」
隣に立つヘルメも誓いの言葉を聞いて感動したらしい。
ヘルメは常闇の水精霊らしい水を意識した新衣装を身に纏っている。
水の羽衣に備わる銀色の金具からも銀色が染みていく。
羽衣の表面に綺麗な液体金属が蒼色と黝色のグラデーションに混ざっている。
そして、軍服を着ていたサナ&ヒナに影響を受けたのか、肩章のような部位があった。
肩章をイメージしているのか?
可愛らしいクラゲのような物が備わる。
新衣装の端からは、いつものように水蒸気のような水飛沫が散った。
すらりと伸びた足に履く靴も新しい。
ヘルメの衣装を確認していると、柵の外で見学していた皆も集まってきた。
ムーを抱っこしているエヴァは母に見える。
「ムーちゃんにも、ぶらぶらのピコ助を見せてあげたい」
エヴァはアドゥムブラリの綽名のぶらぶらに加えて〝ピコ助〟の綽名も追加していた。
ムーは〝ピコ助〟の部分に反応し何回も頷いている。
そんなムーの乱れた髪をレベッカが整えてあげていた。
修道服系の衣装が似合うキサラも微笑みながら側を歩いている。
「……ありがとうございます……」
シュヘリアだ。
彼女は精霊ヘルメを見上げてお礼を述べていた。
しかし、その表情は……睨んではないが俺を見るのとは、あきらかに違う。
彼女はヘルメとの戦いで負けたからな。
まだ悔しさというか無様に負けたことが彼女のプライドを刺激しているのだろう。
ま、気持ちは分かる。
今は指先から紐を伸ばしていないがヘルメはその指先から球根を咲かせることができる。
球根から伸びる輝く紐というかロープ系の能力と呼べるかな。
<珠瑠の花>は特別だ。
その<珠瑠の花>に捕まり囚われていたシュヘリアは……。
天にでも昇るかのような恍惚とした表情を浮かべて、全身が麻痺していたからな。
「そして、先ほどの無礼な態度と言葉をお許しください」
シュヘリアは俺に謝ってきた。
「許すも何もない。気にするな。戦った相手に捕らわれたんだ。態度も言葉も悪くなるのは当然だろう」
「……ありがたき幸せ」
シュヘリアはにこりと笑顔を浮かべる。
それを見ているヘルメは少し厳しい顔色だ。
深い森のような長い睫毛の奥にある湖のような瞳はシュヘリアを捉えたまま。
そして、ゆっくりと桃色の唇が動く。
「……さきほどの口上が、嘘偽りではないと証明ができますか?」
ヘルメの言葉にシュヘリアは、
「証明します――」
と、話しながら視線を俺に寄越す。
「陛下。魔界騎士の儀式をお願い致します」
また陛下か。
俺が正直に話してから、シュヘリアは態度を急変させた。
「シュヘリア、別に呼び方を変えろと強制するわけじゃないが、俺は陛下じゃない。普通にシュウヤと呼んでくれて構わない」
「偉大な血筋を持つ御方……そのような方を名前だけでお呼びすることは恐れ多いです……」
「それは光魔ルシヴァルのことか?」
「はい。十二支族の<筆頭従者長>を直系に持つ吸血神ルグナド様と同等、もしくは超えた血筋を持つと推測しました。だから陛下と……」
そういうことか。
だが、俺には上も下もない。
ま、それはこれから徐々に教えていけばいいか。
「そっか、まぁ最初は好きなように呼ぶがいい。ただし、俺は俺だ。ということを、これからいやでも分かってもらうと思うが、な?」
語尾の部分の間をあけた言葉で、シュヘリアは、金色の細い眉をピクリと動かす。
彼女なりに何か意味があるとは思ったようだ。
「……はい」
「で、そんな陛下と呼ぶ俺だが、魔界騎士の儀式なんて知らない無知な存在だぞ? そもそも魔界について詳しくないことはアドゥムブラリとのやり取りで知っているだろう?」
「あ、そうでした……」
シュヘリアはそう呟きながら、アドゥムブラリが宿る紅玉環を見つめていた。
「……儀式は、その、人払いをお願いしたいのですが」
視線を巡らせて遠慮がちにそう話をするシュヘリア。
「わたしもですか?」
「はい」
ヘルメもか。
儀式とやらは恥が関係するのか?
「んじゃ、皆。悪いが鎖で囲う」
「ん、了解」
「魔界騎士って、儀式があるんだ」
「アァァ」
シェイルは俺に何かを伝えようと指差しているが、レベッカがシェイルの手を掴む。
エヴァに抱かれていたムーもシェイルを不思議そうに見てから、肩の周りに舞う赤紫色の蝶々を触ろうとしていた。
「そのようですね。皆さん、閣下とシェヘリアから離れますよ」
周囲に虹を作りながら水を撒き散らし離れるヘルメ。
その虹を見ていたエヴァが抱っこしていたムーが、シェイルから興味を移す。
エヴァの胸元から降りると、義足は使わずに片足と樹槍を杖代わりにして、ぴょんぴょんと地面を跳躍しながらヘルメの下へと素早く近づいていく。
「ん、精霊様に負けた」
「魔界騎士が、シュウヤ様と二人だけに……」
「キサラさん、大丈夫よ」
「しかし……」
キサラはレベッカの言葉を受けても、言葉を濁らせる。
まだシュヘリアのことを信用していないようだ。
キサラは黒マスク越しに『大丈夫でしょうか?』といった気持ちを乗せた蒼い視線を俺に向けてきた。
そんなキサラに対して『大丈夫。戦いになったらどうなるか、分かるだろ?』といった意志や感情を顔に出すイメージで、キサラに対して微笑んだ。
キサラも『はい』と小声で呟くと、「分かりました」と言葉を発してから微笑んでくれた。
そうして、皆、俺とシュヘリアから間合いを取る。
訓練場の柵へ背中を預けるようにして、俺たちの様子を窺うようだ。
虚ろな表情を浮かべている死蝶人シェイルもレベッカとエヴァの横に居る。
ということで<鎖>を周囲に展開だ。
瞬時に、円を意識した鎖製のかまくらを創り上げた。
「……このような技を」
「俺はこんな風に両手から<鎖>を出して、自由に形を創造できる特別な武器を持つ。だからといって勘違いするなよ? お前との戦いで、この<鎖>を使わなかったのには理由があるんだからな」
「……はい。既にさきほどの戦いから素意に達する思いは得ています」
情理を尽くして説得を受けたかのような表情を浮かべるシュヘリア。
彼女は魔界騎士として双剣の技術を使い、俺の槍に敗れた。
戦いは一瞬だったが……彼女の双剣を扱う技術に俺が尊敬を得たように、彼女も俺の槍から感じ入る思いはあったんだろう。
「気持ちは通じていたか。その通り――俺は槍使いだからな。接近戦主体の風槍流の戦いに誇りがあるんだ」
シュヘリアに抱拳をして、胸元にラ・ケラーダのマークを作る。
そう、アキレス師匠の技は偉大だ。
「……わたしも双剣に誇りがあります。ありがたき幸せ」
彼女にとっては、俺が仕えるのに値するかどうかの値踏みだったと思うが。
「……で、もうだれも見えないと思うが」
「承知。では……少々、お待ちを……」
シュヘリアは……恥ずかし気に表情を俯かせる。
その何気ない仕草で、後ろに纏めた金色の毛が揺れて、項が見えた。
項には魔族独特の印のような螺旋模様の刺青がある。
シェヘリアは「んっ」と、微かな息を吐きながら傷ついた魔鎧の留め金を外し、防具のパーツのネジを回して魔鎧を解体。
腰と胸元の金具と連結した高級そうな革ベルトも外して取り、地面に置いた魔剣の隣に、装飾が綺麗な鞘と合わせて並べ置く。
続けて下腹部が大きく裂けている鎖帷子系のインナーも脱いでいた。
そして、ほどよい大きさの乳房ごと、上半身のすべてを晒すと手首を見せてくる。
滑らかそうな美しい体に、弾力のありそうな乳房に目が奪われるが……。
乳房から胸の皮膚の表面にある蛾の刺青が目立つ。
まるで、心臓に楔でも打ち込むような歪なデザインだ。
シュヘリアは金色の瞳に卍型の文様を浮かべ、
「髪を後ろに纏めた魔次元の紐は、この手首から心臓の位置にまで続く魔印と連動した貴重なアイテムでした。そして、この胸元の憎き蛾の魔印……これが魔界騎士の証明となっていた名残なのです」
憎き?
……蛾の魔印か。
ミスティ、エヴァ、ロターゼにもある印。
シュミハザーの喉とか、魔女槍と融合していた時のキサラにも印はあった。
俺がそう印について考えていると、シュヘリアは「そして、これが――くっ」と、声を漏らし、苦しみの表情を浮かべた。
刹那、蛾の魔印から白煙が発生。
その白煙を纏うように胸元から出現したのは柄頭と二振りの半透明な剣だった。
そのまま伸びてくる。
が、その白煙を纏う半透明な剣は、途中で止まった。
「剣? 胸から剣とか」
「……この胸元から飛び出た二振りの半透明な剣の名は、<魔心ノ双剣>」
「<魔心ノ双剣>……胸の蛾の魔印よりも、飛び出た半透明な剣のほうが特別そうなモノと分かるが……」
「はい」
剣身の半分以上が、まだシュヘリアの胸の中だ。
しかし、魔印がある胸から二振りの透けた剣が生き物のように飛び出てくるとは……。
驚きだ。
胸の蛾型魔印はシュミハザーの肩にあった〝フレア〟と呼んでいたモノに近いのか?
フレアは魔女槍ごとキサラとロターゼを封印し神剣サラテンも閉じ込めていた。
そんな代物を持ったシュミハザーに俺を追跡させたホフマンは味方ってことか?
思考が脱線しかけたところで、呆けたシュヘリアの唇が動く。
「……たしかに特別です。わたしの<魔心ノ双剣>とは双剣の魔神ソールの加護。そして、能力の一部を現す精神象徴でもあり、わたしの心の一部なのです。それに蓋をするわけではないのですが、元主君の魔蛾王ゼバルの魔印が胸にあるのです」
では、今、シュヘリアは心の一部を晒しているということか。
そして、彼女の話す双剣の魔神ソールの名は初耳だ。
セブドラの神絵巻に載っていなかったから、力のない神か。
あるいは、神格落ちしている神々の一人かもしれない。
しかし、心の双剣を胸に宿すとは……。
いかにも魔界の騎士らしい。
「さらに魔界の神々から魔界騎士と認められた証拠でもあります」
へぇ、魔界の神々が認めた証拠でもあるのか。
「透明な剣の<魔心ノ双剣>が魔神ソールの加護なら、魔界騎士と認めたという魔界の神々からの恩寵や加護も獲得しているのか?」
俺がそう聞くと、はにかむシュヘリア。
「直接、力を持つ神々からの恩寵や加護はありません。ただ、魔界セブドラでは神格を持つ何かしらの存在から加護を獲得した者でないと他の魔界の神々は魔界騎士として認めないと言われています」
一人の神から加護を得た者じゃないと他の魔界の神々も魔界騎士として認めないのか。
小さい口で魔界騎士について説明をしてくれた。
整った目鼻の形から冷え冷えとした印象もあったが……。
その美貌には、素直に惹かれる。
魔界や地上ではモテただろうな。
「……その<魔心ノ双剣>とは、魔界騎士と名乗る者たちの皆が、持つ?」
「<魔心ノ双剣>はわたし特有の証明となります。魔界騎士たちそれぞれに、その魔界騎士の個性と合うモノに変化しているはず」
個性か。戦闘職業は無数に存在する。
魔界騎士という戦闘職業を獲得する上での必須条件の一つなのかな?
と、すると……職の神レフォト的な存在が魔界にも居るのか?
それとも神界も魔界も関係がない?
そんな疑問はシュヘリアに聞かず、
「なるほど。シュヘリアは双剣。ということは他の魔界騎士たちは、槍とか拳とか、また剣は剣でも、大剣の場合や曲剣といった具合に色々とあるんだな?」
「その通りです。想像を超えたモノもあると聞いたことがあります」
へぇ、想像を超えたか……興味はある。
それも個性か。
俺は地面の二振りの魔剣とシュヘリアの胸元の透明な剣を見ながら、
「分かった。で、地面の黄色い魔剣と、その胸元から飛び出ている半透明の<魔心ノ双剣>とは関係があるのか?」
シュヘリアは俺の言葉を聞いて頷く。
そして、地面に置いた魔剣を見ながら桃色の唇を動かした。
「勿論、片方だけですが、関係があります。ソールの加護を得ていますので」
「双剣の魔神だから当然か。で、この地面に置いた魔剣に名前とかある?」
「左の魔剣がソール。右の反った太い方がヴィルマルク。ソール&ヴィルマルク。サーマリアで活躍した魔王級魔族の名が付いた魔剣です」
「……有名なサーマリア伝承に関わる魔剣か」
「はい」
偶然とはいえ……。
選ばれし眷属のユイが使っていたアゼロス&ヴァサージ。
猫獣人で灰色の眉毛が渋い八剣神王三位のレーヴェが使用していたオズヴァルト&ヒミカ。
そして、現在、カルードたちと合流したユイは〝神鬼・霊風〟にアゼロス&ヴァサージを合わせた三刀流の剣術を模索しているはずだ。
その神鬼・霊風は迷宮都市ペルネーテで手に入れた伝説級のお宝。
闇と風の魔刃を刀身に纏うことのできる魔刀は強力だった。
「……そのサーマリア伝承に関する魔剣類なら聞いたことがある。それなりに流通しているんだな」
「はい。魔界八将類と同じく本物以上に効果の高いレプリカも流通しているかと……」
本物以上って、それはもうレプリカとは思えないが。
そして、魔界八将の名はどこかで聞いた覚えがある。
アジュールにプレゼントした魔剣を作った魔界八賢師やら闇神リヴォグラフの迷宮を運営している七魔将とは違うようだ。
ま、そんなことより魔界騎士の儀式とやらを聞かないと。
「話を戻すが、この<魔心ノ双剣>が魔界騎士の儀式に必要なのか?」
「はい……この<魔心ノ双剣>を引き抜いてください。そして、陛下の魔力をわたしの<魔心ノ双剣>へと注いでください」
「俺の魔力を注ぐのか……まさか」
「はい。夜の瞳を持つ陛下の……芳醇で、香しい濃厚な魔力がたくさん詰まった<魔心ノ双剣>で……わたしの胸を貫いてください……」
シュヘリアは切なそうな表情を浮かべて語る。
「……この胸の忌まわしい魔蛾王ゼバルの魔印は力を失ったとはいえ強力ですが、陛下の魔力が宿った<魔心ノ双剣>ならば……打ち消すことができるはず」
主君を忌まわしいか。
「もしかして、シュヘリアにリスクがあるのか?」
俺の問いにも、大人しい表情を崩さないシュヘリア。
彼女は窺い知れないハングリーさを口から醸し出すように、
「……はい。しかし、もとより覚悟の上……わたしをも壊すように思いっきり<魔心ノ双剣>をわたしの胸に突っ込んで、上書きしてください……」
さっきの涙を含め彼女の過ごしてきた魔界と地上での経験や内情はよく分からない。
魔蛾王ゼバルに対して普通に忠誠を誓い仕えていたわけじゃなさそうだ。
彼女も凄まじい経験を経ているのだろう。
これは「楔を以って楔を抜く」という感覚なのかな。
しかし、この儀式を完了させてしまった場合。
ゼバルよりも、魔界の神々が、魔界騎士として認めたシュヘリアに対して、俺が勝手に割り込む形となるんじゃないか?
「分かった。だが……」
リスクに関しては、覚悟があるシュヘリアと違う。
刃から出た錆は研ぐに砥石がない状態は嫌だぞ……。
ということで、予め、光属性や血魔力のことも伝えておくとしよう。
「……魔力を込める前に俺は光属性を持つ。そして、ヴァンパイアとしての血魔力もある。そんな俺が<魔心の双剣>に魔力を込めて、君の胸に刺し込んでも大丈夫なのか?」
「大丈夫です。魔族ハーシクという魔人に部類する闇を持ち合わせた種族ですが、光は弱点ではありません。ただ、血魔力に関してはどうなるか予測はできません」
そりゃそうか。必ずしも光が弱点ではない。
沸騎士だって、俺の魔力を吸って特別な存在へと進化を遂げた。
ならリスク要因は血魔力だけか。
副作用はないと思うが……。
「魔界というか魔族の種族も多種多様か」
「影狼、陰蛾、悪霊、不死、邪霊、怪魔といった闇が濃い種族とは根本的に違います」
そういえば……。
沸騎士たちと契約した時、色々と魔界の種族たちのことを語っていた。
ま、あれこれ考えても、解決はしない。
物は試し。と言うし、やってみるか!
「……了解した。血魔力のリスクは俺も引き受けよう。んじゃ<魔心ノ双剣>に俺の魔力を込める」
シュヘリアの胸元から出ている半透明な<魔心ノ双剣>を見た。
地面に置いたソール&ヴィルマルクの魔剣と<魔心ノ双剣>の形は異なる。
剣身は直刀に近い作り。
二つの半透明な柄の形も違う。その柄を手で掴んだ。
そのままシュヘリアの胸元に埋まっている半透明な剣身を一気に引き抜く――。
「――アンッ」
シュヘリアは金色の瞳から涙を零し悩ましい声を上げた。
もしや、敏感に……。
ここは一気に素早く済ませよう。
そう思い、両手に握った<魔心ノ双剣>に魔力を込めた瞬間――。
<魔心ノ双剣>の剣身と柄から半透明なイソギンチャクのような触手群が出現。
俺の手にその触手群がにゅるにゅると音を立て、くっついた。
握る<魔心ノ双剣>の柄の内側と、その触手群が、俺の魔力を吸ってくる。
同時に半透明色だった<魔心ノ双剣>のすべてが輝きを示した。
最初は、白光色。
次は黒色に血色が混ざる。
その次は青色に輝く。
最後は灰銀色で煌めきの変化は止まる。
そのタイミングで、<魔心ノ双剣>を見ていたシュヘリアと視線が合った。
「……お願い致します」
と、熱を帯びた視線で訴えてくる。
お望み通り、魔法陣にも見えるゼバルの蛾型魔印が目立つ胸元へと……。
俺の魔力が浸透した一対の<魔心ノ双剣>を刺し入れた――。
ずにゅりといった音が響くようにシュヘリアの胸元の半ばへと侵入していく<魔心の双剣>。
彼女は酔いしれたような快楽を得たような表情を浮かべる。
同時に、刺し入れた胸元の肌が血色へと染まった。
「アァァァッン、アァ―」
喘ぎ声を発して、頭を振り乱れるシュヘリア。
程よい形の乳房も揺れていた。
そして、透明な一対の<魔心ノ双剣>が完全に胸の中へと納まると、シュヘリアは、まだ余韻があるのか、僅かに充血した金色の瞳を俺に向けてくる。
瞳の奥底にハッキリとした欲情の意志が垣間見えた。
そんな女を感じさせるシュヘリアだったが、胸を突き出すように体をのけ反らせる。
ビク、ビクッと身体を震わせた。
そして、胸の魔蛾王ゼバルの魔印が剥がれ落ちるように縮小すると消失した。
消失した代わりに胸の皮膚の内部から新しい魔印が蠢きながら現れる。
胸元から両手首へと続いていた細い鎖状の印も……樹木に生えた枝のような形のデザインへと変化を遂げていった。
最終的に胸元に現れた魔印の形は小さい樹木の姿となる。
樹木の幹は杖にも見えるが、これって、ルシヴァルの紋章樹なのか?
外観はそっくりだ。ミニチュア版か。
※ピコーン※称号:魔界騎士ヲ叙任セシ者※を獲得※
※称号:亜神殺しの槍使い※と※魔界騎士ヲ叙任セシ者※が統合サレ変化します※
※称号:覇槍ノ魔雄※を獲得。
※ピコーン※<魔雄ノ従者>※恒久スキル獲得※
※ピコーン※<魔界騎士の叙任>※恒久スキル獲得
※<魔雄ノ従者>と<魔界騎士の叙任>が融合します※
※ピコーン※<魔雄ノ飛動>※恒久スキル獲得※
※エクストラスキル<ルシヴァルの紋章樹>の派生スキル条件が満たされました※
※<従者開発>※<光闇ノ奔流>※<光邪ノ使徒>※<大真祖の宗系譜者>※四種スキルが融合します※
※<光魔の王笏>※恒久スキル獲得※
称号をゲットしてスキルも融合した。
融合した<魔雄ノ飛動>は調べないと分からない。
エクストラスキル<ルシヴァルの紋章樹>から派生したスキルの<光魔の王笏>は感覚的に分かる。支配系の力だ。
<筆頭従者長>を含めて眷属たちの力を増す効果があるようだ。
他にもあるようだが、あとにしよう。
魔槍杖バルドークのような精神を喰われる特異な感覚はないが、沸騎士が誕生した時並みに魔力を消費した……。
「……これで儀式は完了しました。そして、リスクどころか、戦闘職業も普通の魔界騎士ではなく<血双魔騎士>へと進化を果たしたようです。陛下専用の血双魔騎士に成れたことに感謝を、そして魔界の神々にも感謝を……」
俺は囲っていた<鎖>を消去。
「ん、シュウヤ、眷属化?」
「……上半身が裸? 胸元に小さい樹木のマーク? あぁぁ、<従者開発>ぅぅぅ!? わたしが一番先と言ったでしょう!」
と、勘違いをしているレベッカ。
口に手を当てて、反対の手を伸ばし、慌てている。
「<従者開発>じゃない。これは魔界騎士の儀式の一環だ。ルシヴァルと関係はあるが、血の眷属とはまた少し違う――」
駆け寄ってきた皆に説明した瞬間――。
イテェェッ――。
首筋に激しい痛みが走った。
俺の首が斬られた――わけじゃない。
指で痛みの元を触るが、首はちゃんとある。
しかし、迸った自身の血によって指が血濡れた。
出血とはな……と、同時に地面が揺れた。鐘の音も響く。
いや、地面が揺れたと錯覚しただけか。精神汚染か? 脳が揺れた?
空気も淀む。水と血の匂い?
首からの痛みも、依然とは比べものにならないほど、痛い……。
魔力もかなり消費したぞ……。
そして、「我が身のことは人に問え」のように欠点じゃないが……。
「シュウヤ様、首から血が宙へと伸びて……」
と、キサラが痛みを覚えた首を指摘してくれた。
俺の首から迸っている血は、知らぬ間に宙へと伸びていたようだ。
首の傷といえば悪夢の女神ヴァーミナの<夢闇祝>。
この傷痕のマークを見た水神様は、『汚らわしい烙印を持つ者よ』と俺を罵った。
すると、何処からか、鏡が割れたような音も響く。
そして、宙に伸びていた俺の血が蠢く。
血は何かを触媒と化したか、空間に沁み込むと消失した、その瞬間――。
シュヘリアと俺が居る斜め上空から空間に歪みが生まれる。
そのまま斜め下へと平行四辺形の形を作るように空間を切断した。
四角形の先に映るのは白銀の湖。
四角く縁取った宙空からは、血が溢れるように滴り落ちていった。
歪な血の額縁を中空に作るように、滴り落ちている血も気になるが、四角形の中に映る光景を見ていく。
……こりゃ魔界か。
ヴァーミナめ、夢に飽き足らず、またチョッカイを出してきたらしい。
だが、この白銀の湖が作る光景はいつ見ても美しい。
白銀の湖の上に浮かぶのは紫色と金色が混じった不思議な巨大樹木……。
虹色の光を帯びた複眼が、巨大な幹の中心に存在し、白濁した液体を幹の内と外から排出している。
空に浮かぶ巨大菩提樹。
空島の雰囲気を持つ圧倒的な存在感。
その巨大な幹から四方八方へ伸びている煌びやかな瑪瑙の枝。
その瑪瑙の枝には珊瑚の葉と闇色の花々が咲き、三つの勾玉と黒真珠のような果実がぶら下がっていた。
よく見たら、人の死骸のような物体も無数にぶら下がっている……。
「悪夢の女神ヴァーミナの領域です。閣下の濃厚な血と魔力が触媒と化したのでしょうか?」
「たぶんな。俺の成長に伴った<夢闇祝>の力の一端か。魔界騎士を新しく迎え入れたことも関係があるのかもしれない」
そして、ヘルメを俺の左目に宿していないことも関係がありそうだ。
そんなことを考えながら、白銀色の湖面を注目。
白い炎を宿した小人たちと闇の炎を宿した小人たちが、スピードスケートの競技を行うように、速度を競いながら争い殺し合っている。
伎楽面の黒兎、能面顔、般若顔、白くもあり黒くもある特徴的な顔立ちばかりの小人。
肋骨を用いた楽器を使い、妙な謡曲を奏でている小人も居る。
楽器を持っていない小人たちは逆さに立って跳躍したりと、前と同じだ。
塗り傘を頭に備え黄心の樹と弓張り提灯を手に持って楽しそうに踊っている小人も同じ。
墨痕淋漓とした筆で三玉宝石の絵を湖面に描いて遊ぶ小人も同じ。
傀儡廻しで踊る人形のような小人も前に見たな。
念仏踊りを田楽的に続けながら、殴り合いの喧嘩をしている小人も居た。
不思議な魔界版のデボンチッチ? かもしれない、小人たち。
子鬼たちが水面の上で踊る暮春的な奇怪世界。
「魔界セブドラ……」
レベッカはそう呟きながら、蒼炎を身に纏う。
身に纏っているムントミーの紅羽根のような部位に蒼炎が混ざった姿は綺麗だ。
熟練とした魔法戦士の雰囲気を醸し出すように、ジャハールも構える。
拳から突き出た刃から蒼炎の刃が伸びていた。
新しい技か分からないが……。
キサラの匕首の武器に影響を受けたらしい。
そして、レベッカは、死蝶人シェイルとオークたち&ムーを守ろうと蒼炎の幕を作っていた。
ヘルメもレベッカの動きに同調し、水の防御魔法を繰り出す。
背が小さいムーとシェイルのところは、水の幕ではなく、分厚い水の壁を巡らせている。
レベッカの蒼炎とヘルメの水魔法が合わさって、城でも守るような二重の魔法城壁のような防御魔法陣を展開していた。
さらに、エヴァの紫色の魔力が覆う黄緑色の刃を剥き出し状態の金属群が浮かんでいる。
幼いムーを守ることと心が壊れているシェイルを守ることは、共通認識だ。
「主、首に傷を?」
そう怒りを滲ませて発言したのはソロボ。
「俺のことはいいからムーとシェイルの守りを優先しろ」
「承知!」
口の両端に生えた牙を上下に動かして荒い息を吐いていそうなソロボは妖刀ソエバリを振りながらムーとクエマとシェイルを守ろうと前に立つ。
ソロボは武士らしい立ち居振る舞いで眼前へと運んだ銀色の太刀を煌めかせる。
魔力刃をいつでも飛ばせる構えを取った。
「血……魔界騎士のせいか?」
クエマも怒った口調で、腰にぶらさがる骨笛に手をかけていたが、槍を構えていた。
「……っ」
ムーも、義手と義足から糸を伸ばして、樹槍を構えている。
はは、ムー……。
あの構えは俺の風槍流の構えだ。
可愛い弟子だな。ムーは絶対に守ってやらんと……。
だが、俺の首のマークから出血したことが、起因だ。
俺は動かない方がいいだろう。
「ムー、ここには近づくな」
と、強い口調でムーに話をした。
だが、ムーは小さい頭を激しく左右に振ってから強く睨んできた。
それはあたかも、『わたちが、皆を守る!』と言いたげだ。
「ん、ムーちゃんたち、こっちはわたしたちに任せて」
エヴァは警戒したのか、自身を囲う紫魔力の色合いを一層、色濃くした。
魔導車椅子に移行し座りながら浮いているエヴァだが……。
彼女の作るプレッシャーは超能力も関係しているのか、強烈だ……。
「幻影のようですが違うようですね。しかも、空間の一部を侵食、いや同調でしょうか。とにかく凄まじい魔力、魔法力……」
魔女槍を構えながら、俺の血と悪夢の女神が作り出した空間を分析するキサラ。
そのままキサラは、空に浮かぶロターゼへ視線を向けていた。
「なんだぁ? 小さいが空間を変化させるとは、あの先は魔界か」
空から闇鯨ロターゼの太い声が響く中、キサラの持つ魔女槍の髑髏穂先が血色に輝く。
同時に、柄の孔から放射状に展開しているフィラメント群が、意識でもあるように、キサラを守ろうと蠢いていた。
「……魔次元の紐を使わず、セラに干渉……白銀の湖……」
片膝を地面につけたままのシュヘリアは対応に遅れている。
俺の首にある傷痕から噴出した血の動きと、四角い空間の先を見比べるように逡巡していた。
様々な経験がありそうな魔界騎士とはいえ、セラに干渉する行為は驚くか。
しかし……黒猫がまだ戻ってこない。
やはり、相棒がいないとしっくりこない。
まったく、どこで何をしているのやら。
「……ふふ、驚いているようだな。美しき黒瞳を持つ槍使いシュウヤ。と、その眷属たちと新しい主を得た魔界騎士よ」
エコーが掛かっているが、透き通った声。
この声は間違いない、やはり悪夢の女神ヴァーミナだ。
HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。」1~11巻が発売中。
コミックファイア様から「槍使いと、黒猫。」1~2巻が発売中。




