三百九十二話 亜神ゴルゴンチュラ
「復讐? 経緯を教えてくれ」
「たくさん。金剛樹の刃や雨毒が行き交い天帝フィフィンドをバラバラにしたアブラナム大戦の争いと、魔界と神界の争いに巻き込まれた」
天帝フィフィンド?
フィフィンドの心臓は持っている。
しかし、荒神大戦だけでなく魔界と神界とは……。
「その魔界と神界の争いは、この地上で起きた争いなんだよな?」
「勿論。双月神ウラニリ、双月神ウリオウ、神狼ハーレイアの神界側と吸血神ルグナド、王樹キュルハ、宵闇の女王レブラたち魔界側との争い」
前にノーラが語っていたな。
「時空の神クローセイヴィスと似た力を持ったゴルゴンチュラ様。だから神界側が警戒するのは当然の話なんだけど……神界魔界荒神の乱戦は、荒神大戦で力を失いかけているゴルゴンチュラ様とて厳しく封印魔法に抗うことは不可能だった」
「お前たちはその場に?」
「勿論、神界戦士ジェンガ・ブーと戦ってた」
ジョディはブー一族と戦ってたのか。
「わたしは魔界側の王樹キュルハの使徒デヌデと争っていた。そして、ゴルゴンチュラ様に傷を負わせた荒神たちにも復讐をしたい……」
「ん、ゴルは解放したら人族を襲う?」
エヴァの言い方にシェイルは瞬きを繰り返す。
「……ゴル……様は分からない。わたしたちは面白そうな相手が居ても我慢する」
「んっ」
エヴァは紫魔力を纏う。
魔導車椅子から金属足タイプへと急速にチェンジした。
そのまま地面に降り立ち死蝶人たちへと近付いていく。
踵の横に小さい車輪が付随しているので足跡がつく。
リーディングで心を読むようだ。
「エヴァ、少し待て」
そうな話してからエヴァの隣に移動。
「ん」
普通じゃない相手だから心は読めない確率は高そう。
ま、やるだけやってみるつもりなんだろう。
そこから地面に膝をつけている死蝶人たちを見た。
「死蝶人たち。エヴァが触ってもいいか? その代わり、鍵のことを考えるから」
「勿論よ! どこを触るのかしら~」
「うん~」
ジョディとシェイルは気軽な口調で喋る。
「どこでも、手をだしてくれればいい」
すると、死蝶人たちは手を俺たちへ向けてきた。
俺は『許可は得た』と意思を込めた視線でメッセージをエヴァに送る。
紫色の瞳とアイコンタクト。
「ん……」
前髪を揺らしながら頷いたエヴァ。
そのまま死蝶人たちの体を見てから手を伸ばす。
赤紫のシェイルは女性の人に近い腕。
白蛾のジョディの方は群生した蝶々の間に人の唇が無数に蠢いているので気持ち悪い……。
だから触るのにも勇気が入るとは思うけど……。
エヴァは気にしてないようだ。
「……」
抵抗感がないのか蝶々たちをブローチの玩具でも弄るように触っている。
暫くして……。
エヴァは自信を失ったように頭を傾けてから微かに左右に振っていた。
やはり心は読めずか。
ま、これは仕方がない。
「……残念。普通の表層も感じない」
「やはり」
「精神障壁の特別なモノがあると思う」
当然だな。俺と戦ったシェイルは無数に分裂した個体のそれぞれに意識があったし。
「……へぇ。紫の瞳を持つ槍使いの眷属様は精神を調べることができるのね」
「わたしたちには通用しない、無理よ」
そう話すが厳しい表情を浮かべている死蝶人たち。
心を調べられた感覚は不快らしい。
だが、俺をチラリと見てレベッカの蒼炎を見てから顔色を軟化させた。
「ん、だから復活の件はシュウヤに任せる」
「おう。いいんだな?」
「……どんなことになろうとも、わたしはシュウヤの眷属。従う」
エヴァは頷いた。
「わたしも。ただ解放は危険だと思う。でも今後のことを考えるとね……村のこともあるし、前向きに考えればゴルゴンチュラの神様が恩に感じるかもしれない? その反対で、死蝶人もゴルゴンチュラの神が人族を襲うか分からないと話をしているし、村に危険が及ぶかもしれない」
レベッカが珍しくまともなことを話す。
「そうだな。放っておいてもジョディとシェイルは付き纏ってくる可能性は高い。今、できるなら済ませておくのも一理ある……」
気まぐれな死蝶人たちだから尚のことだ。
レベッカが忠告しているように解放したゴルゴンチュラの神が凶暴かつ無秩序に襲うタイプの場合はリスクが大きすぎるか。
俺たちで対処できると思うほど、傲慢じゃない。
だが、マイナスの方ばかり見てもな……。
「……ふふ、当然」
ジョディは笑う。
「わたしたちは諦めない。ただ、大切な武器を預けた思いは伝わったはず」
「うん。それに今、槍使い様に攻撃を受けたら対応は無理。わたしたちは手痛い打撃を受ける」
打撃か。
死ぬと言わないところが……強さの表れ。
といったところで……。
ここはやはり慎重になっておこう。
「気持ちは分かる、が、やはり無理だ。神を解放した瞬間のことを想定したらリスクが大きすぎる」
「待って、武器とアイテム以外にも時の翁を多大に消費する〝誓約〟を槍使い様と結ぶから」
なんだそりゃ。
「誓約とは?」
「誓約は、ゴルゴンチュラ神様を解放、復活したとしても、永遠にわたしたちが消滅するまで続く契約」
ジョディではなくシェイルが答えていた。
「そこまでしての解放か……」
エヴァとレベッカに視線を向けて逡巡。
彼女たちも難しいといった表情だ。
必死な思いだ。
シェイルとジョディ。
同時に敵に回すと厄介だな。
恨まれた場合、消えながらサイデイル村を襲撃しそうだ。
死蝶人の彼女たちなら俺たちなら対処が可能と思う。
しかし、すべてを守れるか?
と、言われたら自信がない。
……うーん。
「解放するとして、条件がある」
「俺の仲間に手を出すな。サイデイル村を含むペルネーテもだ」
「いいわ。槍使い。命を賭けた約束をする。名を教えて」
あっさりと了承した。
しかし、俺の名前?
真言のような名前に誓約のある魔法とか?
ま、答えるか。
「シュウヤ・カガリ」
俺の名を聞いた死蝶人は双眸を煌めかせて頷く。
「……ゴルゴンチュラ様の名に懸けて誓う。シュウヤ・カガリ。槍使いの仲間たちに手はださないと!」
「わたしもゴルゴンチュラ様の名に懸けて誓う。未来永劫、シュウヤ・カガリの仲間たちに手を出さない」
切り口上を感じさせる二人の物言い。
その瞬間ー一え!?
死蝶人たちは自らの胸に手を突っ込んでいた。
手が埋まった胸元からは蝶々たちが散っている。
ジョディとシェイルの表情は苦しげに見えた。
そして、胸元から素早い動作で自らの腕を引き抜く。
……その引き抜いた手には、宝石のようなモノが握られていた。
白蛾のジョディは丸い宝石。
鏡面仕上げされたアンチモンと似ている。
シェイルの方は暗赤色の欠けた石榴石。
欠けた表面に赤紫の血がべっとりと付着していた。
あの宝石、一度見たことがある。
「そうよ。これは<赤心臓のアルマンディン>」
そんな宝石を翳した瞬間。
宝石の内部から点々とした蒼色の血が浮き出す。
青い血は宝石から飛び出る形となり波紋の漣を起こした。
小さい波紋は魔力文字に変化を遂げながらも、またもや、宝石の中に染み込むようにして消失。
だが、同時に宝石の表面に溝が自動的に刻まれていく。
溝は文字だった。
『誓約・シュウヤ・カガリと争わず、仲間にも手を出さない』
ジョディとシェイルはその文字が刻まれた宝石を自らの胸元に戻していた。
「これが誓約。この誓約を破ったら、わたしたちは散って死ぬ」
「覚悟を見たでしょう? 槍使い」
そう喋るシェイルは妖艶な笑みを浮かべていた。
もう、様はつけないらしい。
「あぁ、見たさ。それで、封印された扉はどこにある」
「こっちよ」
「来て、あの黒い神獣も呼んでいいから」
「うん。もう分かっていると思うけど、本当に戦うつもりはないからね? 槍使いの関係している村に一切手を出していないし、鱗皮膚の子供たち? だって、わたしたちの領域の一歩前まで来ていたのを知っていたけど、無視したんだから。それに、シェイルの大切な<赤心臓のアルマンディン>を見たでしょう? 急激に回復しているとはいえ、欠損した部分は当分もとに戻らない」
「……そう。だから本当に〝わたしの心に響いた〟」
昔、自分が発した言葉を引用して意味深く喋るシェイル。
「分かったよ。それで、案内してもらうとして、暫し待て。呼べる仲間を呼んでおく」
「いいわ、待ってるから」
「ん、精霊様たちを呼ぶの?」
「賛成。キサラさんとロターゼとかいう闇鯨は頼りになりそうだし」
「そういうことだ。エヴァとレベッカに皆はここで待っててくれ」
エヴァとレベッカは頷き、
「ん、了解~」
「当然~」
「主、総出で当たると村の防備が薄まるぞ」
「旦那もリスクを承知でやろうと判断したんだ。三つ目、余計な口を挟むな」
「なんだと~出っ歯が!」
「ほぅ、このククリ刃を受けてみるか?」
魔侯爵アドゥムブラリはウィップスタッフを構える。
ツアンも高さを生かすように違う背丈の高い樹木の枝へ光糸を伸ばす。
そして、その光糸をククリ刃に収斂させて空中を移動していた。
「お前たち喧嘩は禁止。ツアンはイモリザかピュリンに戻すぞ。アドゥムブラリは永遠に指環と化す」
「ひぃ~! あ、主、冗談だ。ツアン殿は渋く生かす剣術を持つ」
「旦那、承知しました。アドゥムブラリ殿の強さとカッコよさに正直、嫉妬していたんだ」
脅しが効いた。
大丈夫そうだ。
「ということで、ロロ~」
「ンンン――」
宙を跳んでいた神獣ロロディーヌが旋回しながら近付いてくる。
「リリィとディーさんを下ろして移動するから肩に来い」
「にゃ~」
黒触手に包まれていたリリィとディーさんは俺の側に下ろされた。
「では、リリィとディーさん。村に向かいますから付いてきてください」
「承知しましたが……」
「はい……」
死蝶人の姿を見つめると、怯える二人。
俺は構わず二十四面体を起動。
いつものように二十四面体は光るゲートとなった。
肩に黒猫が乗るのを確認した瞬時にリリィとディーさんの背中を押すようにゲートを潜る。
◇◇◇◇
サイデイル村に戻った俺は、一通りキサラとヘルメに説明。
キサラはすぐにロターゼを呼んだ。
同時にヘルメを左目に戻す。
ムーが不思議そうに見ていた。
イグルードの樹木に触れようとしている幽霊のラシュさんに、ムーのお守は任せよう。
ラシュさんはガッツポーズを繰り出している。
分かっているのか? 不思議な幽霊。
ま、それは冗談だが。
「クエマ、ソロボ。ムーを頼む。あと、階段を下りて村の中心には行くなよ? それと仮面はつけておけ」
「お任せを! ムーにわたしの捕縛術<軍取り>を授けてみせる!」
「承知! 糸使いのムーが剣に興味がないのが残念だが、オレはシュウヤ殿の命令を守るぞ」
「ンン、ニャア」
「ニャオオ」
黄黒猫と白黒猫の魔造虎が鳴く。
オークたちが餌だとは認識はしてないと思うが……。
「お前たちもムーを頼むぞ、門番として像になるのも自由だ」
「ニャア」
「ニャオ」
二匹は猫の姿に戻すと、訓練場のお気に入りの場所に移動していく。
ネームスが作り上げた溝だ。
あそこで嵌り込んで寝るのがお気に入りな猫軍団だ。
『猫ちゃんたち、あの窪みがお気に入りのようです』
『みたいだな』
視界の端に現れたヘルメちゃんが指を伸ばしている。
「ン、にゃ」
黒猫もそんな二匹の背中を見て、鳴いていた。
言葉が分からなくても、その雰囲気から意味は分かった。
そして、沸騎士を指環に戻し、ディーさんとリリィをトン爺と話をしていたキッシュに預けた。
側に居た紅虎の嵐たちとモガ&ネームスに、かくかくしかじかと死蝶人の件を説明。
皆へ「村は任せた!」と旨を伝えてから、外に出た俺はすぐに「ロロ!」と叫ぶ。
「ンン――」
馬獅子型と化したロロディーヌは子供たちの声援をバックに触手を展開。
俺、キサラ、ロターゼに黒触手が絡む。
その間に、子供たちの声援に交じるように、風呂敷のような布ござを敷いた上に鎮座していたバング婆が「馬の獅子! まさに生きた神獣ぞおおおお!」と、熱を帯びた口調で、周囲に唾を飛ばしながら祈祷を続けていた。
『バング婆の呪力は中々ですね~。精霊ちゃんも認めているようです』
俺はヘルメの言葉は無視して、腰に巻き付いた触手が収斂する前に行動していた。
ロロディーヌに向けて走り――跳躍、跨いで騎乗――。
キサラも寸分たがわず俺の機動に合わせてきた。
さすがは四天魔女。
俺の背中に抱き着くように騎乗してくる。
背中から――おっぱいさんの圧力が!
この圧はたまらん。
俺を元気にしてくれる。ありがとう。
しかし、ロターゼは……。
「ううう、俺だけどうしてこういう扱いなんだァァ」
ロターゼは運ばれるというより、引き摺られている。
「ロターゼ済まんな。巨大過ぎる。それじゃロロ、臭いを辿れ、すぐに向かうぞ」
「ふふ、ロターゼ。ゴルゴンチュラ神が暴れたら食べちゃっていいから」
キサラはクラシックな修道女スタイルだ。
ムーにせがまれたらしい。
おっぱいの動きが気になって槍訓練どころじゃなかったようだ。
「本当か! よーし、俺頑張る~」
額の火の玉をより大きくさせたロターゼ。
「にゃおおおおーー」
と、そんなロターゼの額の火を消すように馬獅子の姿のロロディーヌは駆けだしていく――。
そして、力強い四肢という言葉に当てはまらないぐらいの膂力を見せた瞬間――。
もう樹海の真上に飛び上がっていた。
ヴィーネが居たらオシッコちびっていたはず。
◇◇◇◇
あっという間にリンゴの原生林こと特別の果樹園を内包した死蝶人たちの縄張りに到着。
皆、死蝶人の様子を窺いながらも、周囲にも気を配っていた。
「ただいま」
『こいつが死蝶人たち……』
『ヘルメ、契約したから大丈夫だ。問題はゴルゴンチュラ神だが……』
俺は馬のロロから降りて、仲間の下に移動。
キサラとロターゼも付いてくる。
馬獅子のロロディーヌは瞬時に黒豹型に変身していた。
黒豹はロターゼに何かアピールしてから、俺の側に来た。
「ん、お帰り」
「速い……」
「旦那、こっちは準備完了ですぜ」
「あの二人が死蝶人……魔力を多大に内包した武器とアイテムも落ちてますね」
俺の背中越しにキサラがそう語る。
「あ、その武器、わたしが預かる」
キサラの言葉と視線からお宝に気付いたレベッカが取っていた。
そのタイミングで、シェイルとジョディに視線を向ける。
「よう。それでシェイルとジョディ。場所はどこなんだ?」
「うん。それじゃこっち」
ジョディが案内してくれるようだ。
「……」
シェイルはレベッカがアイテムボックスに仕舞う大鎌を見て、悲し気な表情を浮かべている。
だが、ジョディが走り出すと、頭を振って追いかけていった。
俺たちも話し合いを続けながら死蝶人たちを追う。
案内された場所は意外に近かった。
奥は奥だが、地下に向かうわけじゃないらしい。
しかし、周りは樹海というか、蒼色の花々に……一つの巨樹か。
巨樹の形は勿論、蝶々の形。
ジョディとシェイルが合わさったような色合い。
周りに飛んでいる蝶々の数も尋常じゃないほど多い。
その樹木の根本に扉はあるようだ。
根本から一本の太い道で、俺たちが来たところまで続いている。
「あそこ。近いでしょ」
「意外って顔ね」
「あぁ」
と、案内されながら片言で会話をしていた。
封印されている扉に到着。
「これが、封魔の刻印扉よ」
至ってシンプルな封印扉だった。
そして、扉の両サイドに移動していたジョディとシェイルは、
「槍使い様! この扉を開けてください! お願いします」
「お願い~!」
と、片膝を地面に突けて頭を垂れた。
「ん、不思議、シュウヤの新しい部下のように見える」
「契約したからあながち間違いじゃない?」
そう語る<筆頭従者長>たちは双眸が血色に染まっている。
興奮しているわけじゃない。
<血魔力>を使っているようだ。
エヴァはいつものように武器群が浮かび、サージロンの球が行き交っている。
レベッカもグ―フォンの魔杖から炎を出しては自らの蒼炎と混ぜて巨大な環を作っていた。
キサラも<魔嘔>を発動させている。
んじゃ、俺も準備しようか。
闇の獄骨騎 《 ダークヘルボーンナイト 》 を触り沸騎士ゼメタスとアドモスを呼ぶ。
続いて魔侯爵アドゥムブラリを呼び出した。
「閣下ァ」
「閣下ァァ、ここが死蝶人のアジト! 魔界にも似たような場所がありますぞ。蹂躙ですな!」
「主~。沸騎士の頭部が怖い!」
「三つ目のお前が言うな」
「あ、額の単眼だけが小さくなった」
「ん、シュウヤに怒られると小さくなる?」
見た目は三つ目の頭部を持つ紅月の傀儡兵だけに少しシュールだ。
「旦那、俺も準備はできてますぜ。ただ、ここには高台が一つのみ。封印された扉が存在する樹木しかない」
「ツアン、無理せず自分のできることをしろ」
「そこの出っ歯。俺も防御に回るから遠距離戦に備えろ」
ロターゼが偉そうに命令していた。
「……了解した」
「キサラは防御系か? 俺も壁をやるから上手く対処しろ」
「うん、分かってる」
キサラとロターゼはコンビの得意な戦術があるらしい。
しかし、この封印扉は古い。
サーマリアの侯爵だったヒュアトスが隠し持っていた荒神カーズドロウを封じていた金庫型の方が封印扉として立派だった。
それほどに、この扉は古めかしい。
だが中央の一点、メダルを嵌め込む場所だけは、それ相応の魔力を内包していた。
小さく窪んだ銀色の筋は横と縦に並び雷門模様を作っている。
「相棒、準備はいいか?」
「ンン、にゃぁ」
俺の足下に居た黒豹はキラリと口元から牙を見せながら、返事を寄こす。
「んじゃ、さくっと開けるぞ」
アイテムボックスからゴルゴンチュラの鍵を取り、扉に嵌め込んだ。
その瞬間――。
木製扉は窪みの中心から筋が無数に入る。
すると、扉が上下に分かれて開かれた。
「……だれぞ……眩しい……扉が、扉が、開いたのか? シェイル、ジョディ? そこに居るのか?」
ゴルゴンチュラの声が中から響く。
そして、開いた扉から現れた人型。
いや、背中に蒼と黒のコントラストが綺麗な蝶羽を生やした人だった。
繊細そうな長髪に髪飾り。
双眸は真っ白だ。
小さい頭を左右に動かしている。
小さい唇と顎。
首元には宝石が付いたネックレス。
蒼を基調としたノースリーブのガーリー系のワンピ姿。
魔力を帯びたドレス仕様の衣装を着ていた。
靴はアンクルストラップの付随した極めて高級感のある靴。
美しいじゃないか……。
妖精のような蝶羽と衣装も靴もいい!
しかし双眸が……。
もしかして、アメリのように視力がないのか?
『背中の羽はわたしの皮膚の色合いに似てますね』
『確かに』
「ゴルゴンチュラ様ーーーーーーーーー」
「ゴルゴンチュラ様だーーーーーーーーーー」
死蝶人たちがゴルゴンチュラに抱き付いている。
「……この声はジョディとシェイル。お前たちがこの扉を?」
「ゴルゴンチュラ様、お目が……」
「……なあに、魔力を回復すれば……いずれは治る」
と、ゴルゴンチュラは俺の存在を感じたのか、こっちに視線を寄こす。
「お前が、この二人に誓約を施したのだな?」
その瞬間、ゴルゴンチュラの表情が一変。
表情が怒りにより無数の血管の筋らしきモノが現れると、彼女の全身から魔力が溢れ出た。
そして、側に来たジョディとシェイルの目に指を伸ばし、眼球を抉り取る。
「きゃぁぁ」
「うぎゃぁぁ」
二人の悲鳴を無視したゴルゴンチュラはシェイルとジョディを蹴り飛ばす。
「よりにもよって誓約とは、妾を穢しよって! 眼球だけで済んで良しとしろ!」
怒号と魔力を合わせた声を発したゴルゴンチュラは、死蝶人たちの抉った片方ずつの眼球を、自らの白い眼球の上に溶けるように押し込むと瞬時に蝶々のマークの虹彩を持った双眸を取り戻していた。
「さて……魔力が測れない者たち。特に妾の眷属と勝手に誓約した者よ」
「なんだ?」
迫力ある文言に、思わず魔槍杖を構えた。
波群瓢箪を外し、両手首から伸びている<鎖>を左右に少し伸ばす。
「……お前の存在はひとまず置いておこう」
「主を置いておくだと? 俺のウィップで突っ込むぞ?」
「生意気な三つ目。ん? 魔界の者が、人を主だと? まぁ雑魚は黙っておれ。たとえ魔力が不可解に見えずとも、所詮、人の定命な範疇であろう?」
「旦那、こいつは……」
「ハイグランドの激戦を思い出します――それを遥かに凌駕する存在感を放っていますが……」
魔女槍を構えながら、左に移動して間合いを確認していたキサラ。
「ん、いやな感じの神?」
「皆、ごめんね、やっぱわたしが……」
レベッカの悪い癖だ。
厄病神と言いたいんだな?
「レベッカ、気にするな。もう少し様子を見るぞ」
と、俺が発言すると、含み笑いをしながらゴルゴンチュラが唇を動かした。
「……しかし、魔力の質がこうも軽いと……グフフ、フフフハハハハ――周りに神々の気配がないではないか!!! 今回は成功させようぞ――」
ゴルゴンチュラは魔力を死蝶人たちから奪い取ったらしい。
魔力を増していた。
そして、シェイルとジョディの蝶々たちが、まだ微かにこびりついている片手に大杖を召喚。
「――<次元キゼレグ>」
――痛ッ。耳に痛みが。
杖と声が連動した凄まじい声量が響くと、杖から放たれた魔力ビームの閃光が空へ走る。
ゴルゴンチュラは何かのスキルか大魔法を繰り出したようだ。
俺以外の、全員が耳を押さえた。
黒豹も耳を塞ぐように凹ませては後退。
俺は後退しない。
魔槍杖バルドークを片手に間合いを少しずつ詰めていく。
耳から血が流れているが、構やしない。
「ほぅ……直撃ではないにしても、妾の神威を真面に受けても耐えるか。何者ぞ」
「俺は、見ての通り槍使いだよ」
「槍使い。妾に近付くな。それより、上を見た方が面白いぞ……グフフフフフ」
美しい表情だが、何ともいえない笑い声だ。
俺はゴルゴンチュラの視線に釣られたわけじゃないが、空を見た。
え?
空というか、一部の空間が裂けている?
そこから巨大な旅客機にビジネスジェットと軍用機の数機が落ちてきた。
旅客機とビジネスジェットは煙を上げている。
エンジンがやられているのか?
というか、飛行機かよ!
次話24日更新予定です。
HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。」1~4巻発売中!




