三百九十一話 ……何かあるとは思ってた。
天心から外れた太陽。
もう夕方か。
空から偵察を続けているエヴァに西日が射している。
俺たちはエヴァと血文字で連絡を取り合いながら進んでいた。
足下は柔らかいところがあったり堅い根があったり、安定しない。
「しかし、これほどのリンゴの原生林、いや、果樹園が谷間に育つとは……」
ディーさんが渋い表情を浮かべて話していた。
確かにこの谷間は普通じゃない。
リンゴの樹木の以外にも多種多様な樹木群が生えている。
そして「ブーン」とした大小様々な昆虫たち漂う音がそこら中から響く。
こういった昆虫は樹海や魔霧の渦森に多いが、この谷間の森はとくに多いような気がする。
リンゴの原生林がある深い谷間だが……。
特別な名前を付けたくなるぐらいに、独自の生態系を維持しているようだ。
一瞬ペルネーテの迷宮を踏破した経験を思い出す。
だが、やはり自然の森の方が生々しいな。
ま、当たり前か。
そう思ったところで、
「……そうですね。俺も驚いてます」
と、話をした。
「いい意味の驚きですな。ここの新鮮なフルーツを利用すればリンゴパイ以外にも創作料理が生み出せると思います」
そう語るディーさんは頬を緩ませる。
「期待してます。特に、エヴァが喜ぶような料理を」
「えぇ、お任せください」
ディーさんの笑顔を見てから樹木群を見つめていった。
ワイヤーのような太い枝がクロソイド曲線を描くように絡みついた樹木。
樹木に対して反逆の意思を示すように逆方向へねじれた枝の束もあった。
脳を模ったような密集した枝の塊まである……。
そして、蒼い色に輝く蝶々の形をした葉があった。
あの蝶々……まさかな?
ここは死蝶人の領域?
そこに、
「るるんらーん♪」
鼻歌を口ずさむイモリザの声が響く。
彼女は突拍子もなく突然走ったり歩いたりと忙しい。
今も、手に持った猫じゃらしの棒を左右に動かしていた。
「リンゴ~リンゴ~リンゴちゃん~♪ こっちはバナゴーン、キュリナ~」
イモリザがフルーツを指摘する度に棒が動く。
「ンンン――」
勿論、黒猫は興奮。
四肢をエネルギッシュに躍動させた黒猫はイモリザを追い掛ける。
一瞬でイモリザとの間合いを零とした黒猫。
唸るようにイモリザの手に握られていた棒に噛みつくと、首をくいっと捻り猫じゃらしを奪い取っていた。
イモリザは「あ! ロロ様速すぎですー」と叫ぶが、
「――お日様ありがと冬の寒さはどっかいく♪」
と、猫じゃらしを取られたことは気にせずに、大きな声で歌い始めていた。
◇◇◇◇
森の風がすすり鳴く、リンゴの香りがこだまする。
奥に未知の敵、谷間の夜は暗く恐ろしい。
キツツキ、トントントン。
真っ赤なリンゴはかぐわしい。
わたしは踊りながらリンゴ園へと向かう。
わたしは清らかな乙女。
わたしの爪は黒くて、長く鋭い。
奥には未知の敵、子供たちを守る。
ぎったんばったん、ぎったんばったん、敵を薙ぎ倒す。
ぎったんばったん、ぎったんばったん、敵を薙ぎ倒す。
お日様ありがと、冬の寒さはどっかいく。
皆がうらやむ蒼と紫の選ばれし眷属たち。
キツツキ、トントントントン。
金と黒の髪には蜜が香る。
蒼と紫の選ばれし眷属は美女たち。
金と黒の髪には蜜が香る。
選ばれし眷属たちは、皆、強い――。
◇◇◇◇
イモリザは途中で歌を止めた。
足下を見つめている。
その先には、四つ葉があった。
四つ葉は『大きな茸の傘に負けない』とでも語るように力強く四つ葉が生えている。
「はっけーん! これは使者様がお話しされていた四葉のくろーばー!」
銀髪の形をビックリマークに変えながら叫ぶイモリザ。
「そんなハーブの葉よりイモリザちゃんの歌ですよ! 上手ですね~」
リリィが拍手しながら駆け寄っていく。
「にゃ~」
続いて黒猫も元気よく鳴く。
口に咥えて猫キックを喰らわせていた猫じゃらし棒を捨てると、イモリザの足下に突進。
勢いよくイモリザの足に衝突させていた。
歌声を褒めているつもりらしい。
何回もイモリザの脛とふくらはぎに小さい頭を擦りつけて甘えていた。
「びっくりした!」
レベッカは俺をチラッと見てから、
「〝恥ずかしい歌を聴かされた〟と、シュウヤから聞いていたから歌が好きなのかな? とは思っていたけど想像と違ったし!」
そう語ったレベッカは黒猫を捕まえようと近寄るが――。
黒猫はサッとレベッカの白魚の手を避けていた。
「次々と形を変える銀髪といいイモリザさんは大道芸人のスキルでもあるのでしょうか」
リリィは感動しているようだ。
胸元に両手を当てていた。
「ありません~♪ 正門の上で見張りをしている時、何回もキサラさんから魔謳を習っていたからでしょうか? 月夜の晩にキサラさんが操る紙人形たちと踊ったり訓練したりモンスターを倒す饗宴は楽しかったです~♪」
キサラから習ったのか。
魔女槍をギターにして一緒に歌っていたのかな?
「ハスキーな声音が混じっているから弦楽器と合いそう」
取り逃がした黒猫を少し睨んだレベッカがそう語る。
その彼女の言葉に皆が頷いていた。
確かにリンゴの森と合うイモリザらしい歌だった。
「……いい声だった」
「わーい♪ 使者様に褒められた♪」
喜んでいるココアミルク肌のイモリザを見ながら、
「それじゃ俺も空から確認してくる――」
背丈の低いイモリザの肩を手で優しく叩いてから、跳躍した。
足下に発動させた<導想魔手>を蹴り、また斜め前方へ跳躍――。
エヴァの側に駆け上がった。
「――エヴァ、何か見えたか?」
「ん、奥には樹木の壁。その手前に蝶々の形の魔力の影のようなモノが見えた」
壁に蝶々の形か。
さっきも考えたが、やはり死蝶人の縄張りとか?
だが、濡れたエヴァの黒髪は妙に色っぽい。
そのエヴァの黒髪を少し見てから――。
リンゴの原生林を形成している谷間を俯瞰する。
俺たちが進んできた背後の樹海の光景とは違う。
明らかに、ここから樹木の質が変わっている。
白いハコヤナギと橙色の樹木たちが少なくなった。
左には拳と針葉樹のような形の岩が突き出た絶壁。
右には崩れかけの崖。
というか「葛飾北斎」の有名な名所浮世絵「神奈川沖浪裏」と似た波のような岩が集合した崖だ。
とにかく岩という岩が縦と横に重なり波模様の形を作っている。
そして、本当の波を演出するかのように、幾つも分岐爆が存在し、水飛沫を散らせていた。
……大渓谷。
ここからでも肌にあたる風は水気を帯びている。
そして、そんな谷間の奥の岩棚と無数の割れ目から無数の樹木が谷間の森を覆うように伸びていた。
確かにエヴァがいう通りだ。
屋根というか、樹木の壁に見えるな……。
その屋根上を漂う水気を帯びた風に運ばれた無数の葉が、鳥の群れに見えた。
神獣ロロディーヌに乗っていたから既に分かっていたが、改めて、壮観な景色だと認識した。
これが樹海の一部なんだから、また凄い。
すると、蝶々の形をしたモノが横切るのが見えた。
蔵提灯が飛んでいるようにも見えたが……。
魔力の影は樹木の壁に吸い込まれるように消える。
林冠の色合いは墨色。
「上は樹木の壁だが、地面は傾斜しているから地下洞穴に続いている?」
「たぶん……魔力が豊富に内包したリンゴも理由がありそう」
エヴァがそう語るように、谷間の奥へ向かうほど魔力が強まっている。
「ここから見ても樹壁の中は分からない。だから、空から偵察はここまでかな?」
「ん、邪界の時のように樹木を薙ぎ払っていけば別だけど」
「それは現実的じゃないな」
そう笑いながらエヴァを見る。
「ん」
エヴァもニコッと微笑む。
そして、魔導車椅子を前方へ飛翔させていく。
黒髪が靡いていた。
見ない間に、少し髪が伸びたな。
これ以上奥に進むのはディーさんとリリィにとって危険だろう。
引き揚げ時かな。
しかし、気になるな。
地下の聖域へと繋がる黄金の魂道と繋がっていたりして……。
そんなことを考えながら、前を飛翔しているエヴァを追いかけ、
「――エヴァ、奥は危険な香りがするし、そろそろ採取して戻るか?」
「ん、少しだけ奥に進む。そこで採取」
「了解。奥の方が魔力が強いから美味しいリンゴが採れそうだな」
「ん」
俺とエヴァは互いに頷く。
一緒に樹陰に憩う皆のところへと下降した。
「くねくねした樹木に……こっちのは綺麗」
レベッカの呟きながら指している樹木。
それは鬱然と地を覆うほどの銀色の葉を持った樹木だった。
繊維が剥き出しになった樹皮。
リンゴの樹木とは違う。
ラズベリーやパイナップルのような実も生えている。
ペットボトルのような見たことのない形の実もあった。
「あ、お帰り」
「おう、また変わった樹木だな」
「うん。空から見た範囲も、こんな変わった樹木が多く育っていた?」
「ん、そう。リンゴだけじゃない。奥に続くほど、異質な森になるみたい」
そう話すエヴァの太腿の上に黒猫が乗り込む。
「へぇ、色々な樹木が豊富なのね」
「名前は知らないが、ドミドーン博士とミエさんが採取したがっていた特別な樹木かもしれない……しかし、いい匂いだ。リンゴ園というより、天然の果樹園だな」
エデンの園とか想像してしまう。
「ん、ハーブ系も大量にあるし、奥から匂いが漂ってくる」
「にゃ~」
黒猫は鳴きながら触手を前方に伸ばしていた。
触手の先端はぷっくりと可愛く膨れた御豆の形だ。
「あ、可愛い触手ちゃんだ」
「ん」
「かわいい~」
「ロロちゃんの肉球触手はまるっこ♪」
リリィがイモリザの歌を真似するように可愛い声でリズムを取る。
皆のアイドル黒猫。
伸びていた触手は……玩具となった。
そんな可愛い触手をエヴァは掴むと「ん」っと声を漏らし、御豆の裏側にあるピンクの肉球の溝の中に親指を押し込んで、溝と肉球の襞をほじほじと掘るように肉球のマッサージを始めている。
「ふふ、ここが好き?」
「にゃ~」
肉球の溝を弄られた黒猫さん。
アヘ顔は浮かべてはない。
が、まんざらじゃないの気持ちよさそうな声を出している。
そんな調子、皆で黒猫の御豆型触手の取り合いをしながら奥に進む。
すると、御豆触手の取り合いに負けて意気消沈していたイモリザが俄に振り向く。
イモちゃんは寄り目になっていた。
「どうした? 指に戻るか? 腕に戻るか?」
「いえ~報告がありますです!」
黒爪を少し伸ばしたイモリザはビシッと手を額に当て敬礼を行う。
「なんだ?」
「ここから先は進んだことはありません!」
「そっか。子供たちを連れての探索は危険と判断したのかな。と、なると……」
周囲を見ながら皆の意見を待った。
「ん、モンスターが見当たらない理由と関係があるはず」
「そうねぇ……それでいて、この果樹園でしょう?」
エヴァとレベッカも皆を見ながら語る。
「だんだんと傾斜がきつくなっているのも気になりますね」
リリィは木の根に腰を落す。
「リリィ、疲れたか?」
「いえ、それより包丁で戦う気なんですか?」
「そうだ。この包丁でスライムの核を取り出す技術には自信がある。モンスターを退治する時にも役に立つからな」
「ん、ディーは意外に強い」
ディーさん狩りの経験があるのか。
と思いながら、俺はイモリザの様子を見ていた。
銀髪の形を変化させて、目をぐるりぐるりと回して始めている。
「イモリザ。ピュリン&ツアンと会話をしているのか?」
「はい♪ ピュリンが『わたしの遠距離狙撃が通じないので、高枝に飛び移りましょう』と煩いです。ツアンは『近距離戦なら俺だな?』と話をしてきます。そして、この先の森は危険な雰囲気があるので、意見を通わせてました」
と、何故か両手を上げて万歳ポーズを取るイモちゃん。
銀髪の形をロールさせていた。
「そっか。まぁ魔力が濃厚なうえに狭間が薄いからな」
「ですね。ではツアンにチェンジ! 宜しいですか?」
「いいぞ。俺が指示する以外は自由に三人で決めたらいい」
「はーい、変身♪」
寄り目だったイモリザは強く頷く。
珍しくツアンの要望を呑んだようだ。
すぐに体が溶けるように萎むと、黄金芋虫の姿となった。
「ピュイピュイ♪」
ひさしぶりに見たような気がする。
すると、魔侯爵の指輪が蠢いた。
紅月の傀儡兵はずっと俺の背後を付いてきているから、いつでも変身は可能だが……。
「あっという間ね~」
「ん、前より小さい凹凸が増えている? 黄金の粉も噴き出す量が増えている」
確かにフジツボのような触手角は増えている。
角の山頂部は凹凸を繰り返している。
……何か、厭らしい動きに見えてしまった。
乳首が立ったり凹んだりにも見えた。
その凹凸を繰り返す乳首ちゃんの中心からシュパシュパと音を立て黄金色の細かな粉が噴出している。
「ンンン、にゃ、にゃ~」
黒猫が鳴いた。
その触手角を動かす黄金芋虫の姿を見て、大反応。
エヴァの太腿から降りる。
トコトコと黄金芋虫の下に歩いていった。
そのまま黄金の粒子に飛び込むかと思ったが違った。
猫パンチを繰り出すのみ。
警戒しているのかな?
前に黄金の粉を鼻から吸ってたからなぁ。
クシャミを連発していたことは覚えている。
「……可愛い女の子が芋虫の姿に……お嬢様、この生物は……」
「金粉を使った料理が王国美食会にあるようです」
「リリィとディーだめ。シュウヤが怒る。イモリザは食用じゃない」
エヴァはイモリザを守ろうと二人の前に魔導車椅子ごと移動していた。
左右へ腕を伸ばしている。
「分かりました。しかし、黄金の芋虫とは奇怪ですな……」
「はは、食べるわけないじゃないですか! さっきのオークたちとは違い、芋虫なんて食べないです!」
リリィは笑いながら話す。
「ん、大草原の狩りの時、商人からゲジゲジの干物を買ってた」
「大草原の狩り……」
はて? とリリィは口元に指を当てる。
「小麦色の肌が美しいエルフ少女たち。行商人の口車に乗せられて、珍味を買ってた」
と、エヴァは付け加えた。
「……あ、思い出しました。あれは……お腹が減っていたんです!」
そうこうしている間に黄金芋虫はツアンに姿を変えた。
「旦那~。やっと俺の出番ですぜ!」
「ひさしぶりだな。だが、この森の奥地には行かないぞ?」
「え? アンデッドが湧いてきそうな森だからてっきり……」
ツアンはがっかりと肩を落とすが、今日の目的はリンゴ採取。
ディーさんを見て、
「ディーさん、採取はこの辺のリンゴでいいですか?」
「はい、ハーブも採取したいですな」
「ん、色々ある!」
「キッシュから許可も得ているし、ご自由に採取を」
「では――」
ディーさんは近くにあったリンゴを掴む。
「にゃ~」
黒猫はリンゴに触手を伸ばす。
回収を手伝うのかと、偉いなとか思ったが、違った。
黒猫はリンゴに触手骨剣を突き刺しては、その触手を収斂。
目の前にリンゴを運ぶと……そのリンゴに噛みつく。
むしゃむしゃと、あっという間にリンゴを平らげる。
「わたしも手伝います」
「ん、わたしも」
エヴァは座っている魔導車椅子ごと浮遊。
高い場所に育っている青りんごを採取した。
ツアンは「手伝わなくていいですかい?」と聞きながらも、俺が手渡しした魔煙草を口に咥える。
「勿論、手伝うさ。アドにも手伝わせるか?」
「……三つ目の傀儡兵ね? で、それはわたしにはくれないの?」
レベッカは口をもぐもぐさせながら、喋っている。
リンゴをつまみ食いしたらしい。
「魔煙草か、リンゴかどっちかにしろ」
「ん、レベッカ、ロロちゃんと同じ食いしん坊?」
エヴァは宙に浮かせたリンゴを手元に運びながら発言。
アイテムボックスにリンゴを仕舞っていた。
「いいじゃない~いっぱいあるんだから」
俺はその間に、指環に魔力を注ぎ魔侯爵アドゥムブラリを発動させた。
そうして、皆で遊ぶように楽しみながら周囲のリンゴの採取を続けていった。
◇◇◇◇
数時間後、大量のリンゴと珍しいフルーツの採取を終える。
「アド、リンゴを潰し過ぎ」
「エヴァ様。主に俺の力を見せたかったんだ~」
「わたしもリンゴを食べていた手前、あまり言えないけど、潰しすぎね」
「すまねぇ主……」
魔侯爵アドゥムブラリが頭を下げて反省した瞬間、黒猫が神獣の姿に変身。
雰囲気から帰ることが分かっていたようだ。
「うひゃ~」
「ひぃ」
リリィとディーは神獣の姿を見るや否や驚愕した表情を浮かべ腰を抜かす。
当然か……。
首元から触手は伸ばしていないが黒猫も成長している。
黒豹、黒獅子、黒馬、黒グリフォンのような巨大神獣の姿だからな。
「リリィとディー大丈夫? ロロちゃんだから」
「あ、主、炎は浴びせないでくれよ……」
アドゥムブラリが宿る三つ目の傀儡兵もビビっている。
「あいかわらず、神獣様はご立派な姿だ……」
ツアンも呆けていた。
「……んじゃ、帰ろうか」
「了解」
「ん、帰ろう」
「はい」
神獣ロロの背中に抱き付くように飛び乗ろうかな。
と、思ったところで、魔素の揺らぎを感じ取る。
「――待った。奥から二つの魔素の反応だ」
そう皆に警告しながら、急ぎ魔槍杖を右手に召喚、
「人型か? 近づいてくる。しかも速い。ロロ、リリィとディーさんを頼む」
「ン、にゃ~」
「きゃ」
「はぅあ」
神獣ロロディーヌは即座にリリィとディーの腰に触手を絡ませると空に避難した。
「主よ、先陣は魔侯爵アドゥムブラリが担当しよう」
「さきがけってか? やはり沸騎士と似ている。だが俺も先鋒だ」
「了解した」
「……正直、選ばれし眷属様たちには負けますが<光邪ノ使徒>として、三つ目の紅月には負けられない……」
そう冗談っぽく語ったツアン。
逆手に持った光るククリ刃を回転させる。
そして、光るククリ刃の縁から光る糸を発生させた。
「旦那、上から様子を見ますぜ」
「分かった」
「<甲光糸>」
ツアンはスキル名を呟くと、光るククリ刃から光糸を発生させる。
そのまま糸が発生した刃と刃を眼前でクロスさせるツアン。
彼の持つククリ光刃の色合いは鋼色に変わっていた。
前と同じく、その刀身は車のボンネットのフードスクープのように若干盛り上がっている。
そして、ツアンは刃渡りも太くなったククリ刃越しに魔侯爵アドゥムブラリをチラッと見た。
ライバル視か?
その変化したククリ刃から垂れた光る糸を鞭でも扱うようにしならせてから、樹木の上部に光糸を伸ばし幹に光る糸を絡ませていた。
ツアンはククリの刀身へと、その絡んだ光糸を引き戻す。
そのまま収斂している光る糸を利用して、ツアンは樹木に移動し幹を両足で蹴り、三角飛びでさらに跳躍――。
隣の太枝のに着地したツアンは光るククリ刃を回転させて構えていた。
「ん、出会い頭に皆で一斉攻撃?」
そう聞いてきたエヴァは自分の周囲に紫魔力を展開させていた。
魔導車椅子の車輪の表面から金属を突出させていく。
エヴァの<念動力>に操作された色々な金属刃が宙に浮かせていた。
そして、袖から飛び出たトンファー。
近接、遠距離、どっちでも大丈夫そうだ。
「……何かあるとは思ってた。蒼炎弾をぶちかます用意はできているわよ」
レベッカは気まずそうに語る。
「最初は待とう。ま、言わずもがな臨機応変。基本は、俺とアドが前衛。エヴァたちは背後を頼む。心配はしてないがロロディーヌの方に行かないようにな」
「了解」
「旦那、お任せを」
「うん、大丈夫だから、前も後にもね」
片手にジャハ―ルを構え、もう片方の手には魔杖グ―フォンを握る。
グルブル流だが、独特の構えだ。
彼女たちの動きを見て不思議な安息感を得たところで、森の奥から現れたのは……。
死蝶人たちだった。ジョディとシェイルだ。
白銀に近い色合いの蛾のジョディ。
頭巾のような帽子は前と少し形が変わっていた。
二人とも死に神を連想させる魔力を帯びた大鎌を片手で持っているのも変わらない。
ジョディの方は天秤のようなアイテムを持っていた。
そして、無数の白蛾で構成された両腕の溝には、人の唇が大量に蠢いている。
歪な唇たちは意識があるように微かな声音を発していた。
赤紫蝶のシェイルも帽子を被っている。
体を構成している赤紫色の蝶々たちの一部はモルフォ蝶のような蒼色に変化していた。
「やっほ~」
「槍使い! 見っけ~」
「もう、シェイル? 槍使い様でしょ~?」
「あ、そうだった」
二人の死蝶人はおどけた調子だ。
「……よう。死蝶人たち」
エヴァとレベッカには血文字でどんな敵かは伝えてある。
「この間とは違う女たちと、紅い甲冑兵士?」
「女たちと兵士は槍使い様の部下でしょう。特に女たちは槍使いと同じ匂いがする。強者よ」
「そうみたいね、眷属様?」
シェイルがそう聞きながら、片手をエヴァとレベッカに伸ばす。
「だからなんだ? この間、鍵は渡さないと話をしたような?」
魔槍杖の切っ先を伸ばすと同時に血魔力<血道第三・開門>。
血液加速を発動。
魔闘術も全身に纏う。
……シェイルとジュディの戦いはもう前に見ているからな。
脳脊魔速は、まだ使わない。
「……待って、戦いにきたんじゃないわ」
「そうよ。戦うなら遠距離から攻撃しているから」
死蝶人たちはそう語ると、大鎌を消去。
白蛾ジョディは天秤も消去して無手状態に移行すると両手を上げている。
万歳か。
両手の指先から細かな蝶々たちが宙に伸びては儚く消えていく光景は綺麗だが……。
「シュウヤ、美人系だからって躊躇しているの? 先制攻撃をした方がいい危険な相手でしょ?」
「ん、怪しい蝶々の怪人たち。変な怪物を生むと聞いた! 気を付けて!」
レベッカとエヴァは注意してくれた。
「主よ。俺のウィップはいつでも攻撃は可能だぞ」
三つ目の紅色の傀儡兵こと魔侯爵アドゥムブラリ。
左足を前に伸ばし、腰を沈めてウィップスタッフを構えていた。
額の中心にあるアドの単眼球が鋭い……。
いままでコミカルだっただけにギャップがあり、カッコよく見えた。
「旦那、周囲にはモンスターの気配はありません」
ツアンは周囲を確認してくれていたらしい。
俺は油断するわけじゃないが、ツアンを見た。
鋼のククリ刃から伸びている光る糸を周りの樹木たちに伸ばしていた。
そのツアンとアドに頷いてから、死蝶人たちを凝視。
彼女たちが俺たちと戦う気がないことはすぐに分かった。
見せかけの可能性もあるが……。
「……一応、今は話してみようかと」
「分かった。戦いになったら白皇鋼鉄と緑皇鋼の刃の軍隊を突進させるからね? 全部の蝶々を一遍に消す!」
「お、おう」
エヴァの表情は天使の微笑の正反対。
死神を思わせる……。
周囲に展開しているサージロンの球といい鬼を象ったような紫魔力は迫力がある。
ひしひしと体に伝わってくるプレッシャーが凄まじい。
「この巨大な蒼炎弾、どうしようかなぁ」
思わずゾクッと背筋が凍るほど低い声音のレベッカ……。
頭上に巨大な蒼炎弾が浮いていた。
しかも、右手のジャハ―ルと左手の魔杖グ―フォンと巨大な蒼炎弾は繋がっている。
それら武器と、無数のプロミネンスの炎を思わせる蒼炎たちが繋がっていた。
こっちもこっちでどんなプレッシャーだよ……。
邪界導師と戦った時を思い出すが……。
グルブル流を生かした新スキルを開発したのかもしれない。
「……槍使い様の眷属様たちか。戦えば無事に済みそうにないわ」
「……ジョディ?」
「シェイル……話し合った通りだからね」
「うん」
シェイルとジョディは互いに真剣な表情を浮かべては頷く。
そして、気をつけの姿勢を取った。
「槍使い様……ゴルゴンチュラ様の鍵は、渡さないでいい」
「そう。渡さないでいいから封魔の刻印扉を開けてください」
二人は丁寧に話をしてくれた。
すると、両膝を地面に突け、頭を地面に突ける。
地面の根が凹み、彼女たちの頭を構成している蝶々たちが散っていた。
土下座だと?
「……えっと、シュウヤどういうこと?」
「ん、降参?」
俺は、頭を下げたままの死蝶人を見ながら、
「そのようだ……」
と、エヴァとレベッカに答えた。
「槍使い様……」
「お願い。扉を開けてくれるだけいいの……」
扉を開けるだけか。だがなぁ。
「死蝶人、悪いが……」
そう呟くと、ガバッと頭を上げる死蝶人。
「――お願いします。封印扉を開けてくれたら……何でもするから!」
「信用できないなら、わたしたちの大切な武器とフムクリの妖天秤を貴方に預けるわ……」
え? 本当かよ。
すると、彼女たちは本当に行動を起こした。
大鎌と天秤が突如、現れる。
俺の目の前に運ばれると、三つのアイテムは地面に落ちた。
武器とアイテムを俺に預けた死蝶人たちは言葉を待っている。
「覚悟は分かった。だが、俺がその封印扉を開けたら、ゴルゴンチュラ神は復活? 外に出てくるのか?」
「ゴルゴンチュラ様が魔力を得れば外に出るとは思うけど……何分、永い間ずっと封印されていたから、どうなっているか分からない」
「うん。わたしたちも、正直、鍵が見つかることは想定外だったし、どうなるか予測は不可能……」
「それなのに復活を望むのか? 理由を教えてくれ」
俺は魔槍杖の左右に振るいながら聞いていた。
――煌めいた紅斧刃。
その紅斧刃に浮かぶ髑髏模様を見たジョディは双眸の色合いを変化させる。
魔眼らしきものを発動させたか?
その途端、唇を震わせ怯えた表情を浮かべるジョディ。
シェイルも双眸を巨大化させるように見開く。
萎縮するように、彼女たちの体から細かな蝶々たちが幾つか離れていった。
「どうした?」
「……ううん……何でもない」
体を震わせたシェイルが頭を振りながら答えていた。
そして、ジョディが口を動かす。
「……勿論、復活を望むわ。わたしたちを作ってくれた亜神ゴルゴンチュラ様だもの。だから、ゴルゴンチュラ様を閉じ込めた神々たちに復讐したいの」
復讐か。少し聞くとしようか。
明日も更新を予定してますが、量は少ないかもしれないです。




