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三百八十三話 紅虎の嵐と再会

2021/01/15 0:08 修正

「とりあえず、前方を確認しよう」

「了解、先に行く」

「うん。ルシェルとミエさんを背負うブッチはこの場で待機。そして、ドミドーン博士も勿論、ここで待機です」

「隊長、気を付けてください」

「大丈夫。わたしはサラ・フロライドよ?」

「そうでした」

 

 紅虎の嵐たちに、サラの声だ!

 懐かしい……俺は思わず笑いながら一緒に歩いていた黒豹(ロロ)を見る。

 相棒は頭部を傾げて「ンンン、にゃ?」と、『もしかしてにゃ?』といったように鳴いていた。


 その間に、右の手の内に握る魔槍杖バルドークを消去して、


「そうだ。サラたちだ」

「ンン、にゃ~」


 その途端、先にサラたちの声の下へと走り出す黒豹(ロロ)


「はは、ロロは気が早い」


 そこで<珠瑠の花>を伸ばしているヘルメや他の皆に視線を向ける。


「ヘルメとぷゆゆ、知り合いが近くの森にいるから寄っていく。クエマとソロボもいいな?」

「はい!」

「ぷゆ?」

「了解したが、縛られたままなのか?」

「……承知した」

「ヘルメの紐なら大丈夫だよ」


 と、話をしてから先に走る黒猫(ロロ)を追い掛けた。

 <魔闘術>を全開! ついでに血魔力<血道第三・開門>――。

 <血液加速(ブラッディアクセル)>を発動した。

 倒れた樹を両足で踏み潰すように前屈みの姿勢で前進――。

 アーゼンのブーツから漏れた血が、血の足跡となって地面や潰れた樹木についているだろう。走りながら、


「ロロ、追い越すぞ――」

 

 黒豹(ロロ)を追い抜いた。新緑の木立の間を潜って越えた。

 すると、前方に腰を低く構えた女性たち――あの姿は……。

 紅色の髪。朱色のマフラー!

 紅虎の嵐、リーダーのサラだ!

 爆乳エルフのベリーズもいる!


「あ、ああああ!」

「え?」


 サラとベリーズは驚いて武器の構えを解いていた。


「よっ、相変わらず美人たちだな?」


 俺は片手を上げて挨拶。


「――シュ、シュウヤ! シュウヤなのか!」


 サラは長い紅髪を靡かせながら走り寄ってくる。

 目の前にきたサラは『本当にシュウヤなのか?』と、言わんばかりに小さい顔を突き出してきた。ネコ耳も昔のままだ、紅色と茶色が混じる瞳が揺れて涙が零れてしまった。


「……あぁ、俺だよ。サラ、元気そうでよかった。この樹海に居るってことは依頼の最中かな?」

「うん! あ、この黒豹はロロちゃん? 見たことのない小熊ちゃんも居る」

「ンンン~」


 黒豹(ロロ)は自身の豹頭をサラの足に何回も衝突させていた。

 続いて、匂いつけか甘えているのか分からないが、頭を上下させて、頬から生えている長い立派な髭をサラの脛に擦りつけていく。 


「あははー、大きくてもロロちゃんだ!」


 髭を擦られているサラの脛は、膝頭にまで伸びた脚絆装備だ。

 俺が知っている装備ではなかった。

 サラは黒豹(ロロ)に抱きついていた。


「柔らかいー。ふふ~、ロロちゃんも成長したんだね!」

「ンン、にゃ~」

「――ひゃぅ」


 黒豹(ロロ)はサラの頬を舐めていた。


「ぷゆゆ~」

「ん? 小熊さんも初めまして……」

「ぷゆ! ぷゆゆ~?」

「ンン――」


 小熊太郎こと、ぷゆゆはサラのネコミミに興味をもったのか、杖の先端で小突こうとしたが、黒豹(ロロ)が触手を伸ばして、杖を弾いていた。


「ぷゆ!」

「ン、にゃ」


 ぷゆゆは『何するぷゆか!』と語っているのかもしれない。

 そのぷゆゆは弾かれた杖を地面にさして、その杖の上に小さい足を乗せると、器用に立ちながら「ぷゆゆゆゆ~~」と叫ぶ。


 そのまま「グリコポーズ」を取り、樹海の空を見上げていた。


 ……分からない。

 神に祈ったのか?


「まさか、こんな樹海の奥で……シュウヤに会えるなんて」

 

 金色の長髪が似合うベリーズの声。

 綺麗なお姉さん的な、爆乳エルフさんだ。

 晩餐会では〝ファビュラス〟なゴージャスさをもった衣装を着ていたな。

 

 ベリーズは小さい唇を震えた指で押さえている。


 あのいつも強気なお姉さん風のエルフも……。

 双眸を震わせて涙を溜めていた。


 ベリーズ……。


「あーーーー! シュウヤさん!」

「な、なんだって!」

「どうした、知り合いか?」


 ルシェルに、ブッチ。

 知らない毬栗頭の老ドワーフもいた。

 長い髭はドワーフらしい。


 ルシェルのエジプシャンメイクは、前にも増して神秘的な風貌だ。

 紺色に近い蒼い髪には真新しい髪飾りがあった。


 ブッチは誰かを背負っている。

 皆が駆け寄ってきた。


「よ、皆。久しぶり」

「閣下、この方々は?」


 宙に高く浮いている精霊ヘルメが聞いてきた。

 彼女の指先から伸びている<珠瑠の花>の紐がオークたちの胴体に巻き付いている。

 蒼と黒の螺旋した紐(<珠瑠の花>)に縛られてぶら下がっているクエマとソロボはどことなく……にこやかな表情だ。


「紐から、いい匂いがする」

「嗅いだことのない芳香……天国か?」


 厳ついソロボだったが、昇天しそうな表情を浮かべていた。

 あまり凝視したくないが、してしまった。

 クエマの方を見ようと思ったが、ヘルメに説明しないとな。


「……あぁ、紅虎の嵐という冒険者クランだよ。キッシュと同じようにヘカトレイルで冒険者活動をしていた時に出会ったんだ。緊急依頼や魔竜王戦の依頼を一緒にこなした戦友たちだな」

「戦友とは……嬉しい言葉をいってくれるじゃねぇか……」

「ブッチも元気でなにより」

「シュウヤさん! わたしも会いたかったですよ!」


 と、ルシェルが俺の腕を取る。

 胸の感触が!

 忘れていない、覚えているさ。 

 ルシェルは意外に胸がある。

 切り揃えられた前髪はセンスを感じた。

 前髪の間にあった宝石のサークレットも前と同じだ。

 耳飾りとチェーンが繋がる新しい髪飾りと色が合う。


「――ルシェル!」


 黒豹(ロロ)から離れたサラが怒りながらルシェルを呼んだ。


「当然、わたしも寂しかったんだから……」


 そう熱を込めて語り……。

 左の腕を握った女性がベリーズだった。


 あいも変わらずの爆乳さん。

 俺の腕に齎す柔らかいマショマロを超えた感触さん……が、すこぶるヤバイ。


 素晴らしい……。

 そして、懐かしいシトラス系の香水がいい匂いだ……。


「あぁー! ベリーズ! 何を触っているっ!」

「もう、隊長ったら耳が真っ赤よ? 別にいいじゃない、ねぇ?」

「そうですよ!」

「何が〝ねぇ〟だ!」


 何か、このやりとり、昔もなかったか?

 と疑問に思う中、ヘルメさんを見たら、少し目を細めていた。


「……閣下に対して随分ッと、なれなれしいですね……しかし、皆さま方は優秀な女性と判断しました。新しい人員確保! そして、いずれは眷属化!」


 ブッチが省かれていたが……。

 ヘルメは満足そうに頷いてから、ガッツポーズのように右腕を持ち上げている。

 <珠瑠の花>にぶらさがるクエマとソロボが上下していた。


 くだらん嫉妬より新しい異世界シミュレーション大作思想ゲーム「ヘルメの野望」というか「マハハイムの野望」のほうが常闇の水精霊ヘルメにとっては重要らしい。


「シュウヤを閣下って、シュウヤは貴族にでもなったの?」


 サラは俺にそう聞きながらも、ルシェルの手を引っ張る。


「あの魔竜王討伐を果たしたシュウヤさんですから、ありえますね」

「古代竜を屠った冒険者だ。オセベリア王国だけじゃなくてレフテン、サーマリア、ラドフォード、遠い東のレリック、群島諸国からも武人として招聘されるべき人材だろう」


 サラは頷きながら語る。

 同時にベリーズの手を引っ張り、俺から離れさせていた。


「ちょっと待った。精霊ヘルメが俺を閣下と呼んでいるだけだ。まぁ闇ギルドの盟主とか総長にはなったが、基本は冒険者だぞ。国からの誘いは断った」


 と、小気味よく気軽な口調で説明。


「え? 精霊? ということは使役を?」

「精霊様の下に、オークがぶら下がっているが……」


 女ドワーフを背負っているブッチが指摘するように、宙にぶら下がっているクエマとソロボは<珠瑠の花>の効能をもろに感じている。


 変顔を浮かべたままジッとしていた。

 天国を彷徨うような表情……といえばいいか、少しイッちゃっている表情だ。

 クエマは美人さんなので、寝台の側でじっくりと拝見したいが、ソロボは……。


「オークというか、精霊、様……闇ギルドの盟主!?」

「闇ギルドの長も驚きだが、美人な精霊様とは……」

「驚き、もものきなんとやらだ。生きた精霊を! そこの黒髪の人族は、意思のある精霊を使役しているのか! もしや、古代の魔法書を理解したうえでの使役なのか?」


 皆、それぞれ驚く。

 毬栗頭の老ドワーフがやたらに興奮しているが。


 老ドワーフは、ブリガンダインの防具だ。

 太い革の腰ベルトには様々な物の中がぶら下がる。

 

 魔力を内包した書物の束もある。

 ノコギリ、ガラス棒、羽根ペンも目立つが……あれはキサラの愛用しているような魔導書か? 装丁した書物の群は、どれもかなり貴重そうに見える。


 毬栗頭のドワーフから――。

 ブッチに視線を移す。


「……ブッチ。その背負っている女性は怪我を? 大丈夫か?」


 回復魔法なら使えるし、ポーションもある。


 癒やせるなら協力しようと、ブッチが背負う女性ドワーフを凝視。

 女性ドワーフの背嚢も確認。

 あまり見たことのない背嚢だ。

 小さい袋と金具のハーネスが無数についている。

 

 コットン系の生地といい、何か洗練された衣装だ……。

 何かの専門家かな。


「大丈夫、ミエさんは寝ているだけだ」


 渋い口調のブッチは自身の肩に頬を寄せて寝ているミエさんを愛し気に見るように頭部を傾けている。

 無骨な男としてサラに惚れていた頃とは違うようだ。


「……そっか。それで、寝ているミエさんと、老ドワーフさんは依頼の関係者かな」


 何となく想像はつくが、質問した。


「そうだ。わしの名はドミドーン。遺跡探索隊のリーダーである! そして、地下遺跡研究家であり冒険者Bランクでもあるのだ。蛹蛸ギュフィンを連続で数十匹倒したことがあるのだぞ!」


 と、自慢気に語るドミドーン氏。

 この爺さんが、あのドミドーン探検隊の……。

 モガ&ネームスたちが、はぐれてしまったと語っていた。


「そうよ。ドミドーン博士の護衛依頼を兼ねた未知の遺跡探索依頼。内実はAランクの難易度を超えて〝合同依頼〟を行うべき部類の超難関依頼だった。博士の助手に怪我を負わせちゃったしね……博士たちも目的の品の岩文字を削れなかったようだし今回の依頼は失敗かな。それにしても蜻蛉と兎が合成したような人型モンスターは、やけに強かった……」


 サラは悔しそうに語る。


「隊長。あの蜻蛉群だけでも厄介だったところに、さらに横穴からの新種の群れですから、仕方ないですよ」

「うん。洞窟の見た目も怖かったし、あそこは苦手かな」

「ルシェルと同意よ……あの気色悪い彫像が形作る巨大な門といい……足が生えた蜻蛉のモンスターと巨大な蛙の存在は強烈だったわ……<絶剛矢>で数十と仕留めたけど」

「何にせよ、ミエさんはこうして助かったから良かった」

「本当よ。ところで……シュウヤ。この樹海の奥地、そして、この可愛く大きくなったロロちゃんといい、精霊様を連れているし、捕虜にしたオークといい、何か特別な依頼をこなしていたのかしら?」

「ま、詳しい説明はあとでしよう。とりあえず……」


 そこからぷゆゆの繰り出した蝶々魔法にじゃれていた相棒に視線を向けて、


「ロロ、村に帰るから神獣になってくれ」

「ンンン――」


 すぐにむくむくっと巨大化していくロロディーヌ。

 黒豹から、黒馬、黒獅子、黒グリフォン、そこから更に巨大な神獣、竜のようなロロディーヌに変身を遂げた。


 当然、紅虎の嵐たちと毬栗頭のドミドーンは叫んで腰を抜かす。

 そんな皆を連れてサイデイル村に直行した。



 ◇◇◇◇



 戻った俺は一足先に村長のキッシュに一通り説明した。


「紅虎の嵐とドワーフの博士たちは分かるが、今度はオークとはな……」

「サラテンの訓練中に、樹怪王の軍勢と戦って全滅しそうだった部隊を発見してね。ついでに、そのオーク隊の二人を調略しちゃった」

「しちゃったとは、また随分と軽く話すが……」

「別に裁判とかはないだろ?」

「ない。これから必要になるかもしれないが……」

「それはそれで大変だぞ……」

「あぁ……賄賂が横行する王国の似非裁判のようになるかもしれないな」


 刑部のような司法の役所もあると思うが……。

 ポストやら利権の権力の争いもあるだろうしな。

 それも仕方ないだろう。

 

「しかし、もうオークたちの一部を食料にしているのだぞ? 連れてきた二人が、それを見ても安全といえるのか?」


 キッシュは不安そうだ。


「……大丈夫ではないな。オークを食料にするのを止めてくれるとありがたい。そのためには俺も協力しよう」

「……そこまでして助ける義理はないと思うが……」


 キッシュはそこで、はっと気づくように顔色を変えた。


「あ、いや、わたしのためか……」


 頬を紅く染めるキッシュ。同時に翡翠色の瞳には熱が籠もる。


「さぁ、どうだろうか? オークの人材は中々に使えそうだぞ」

「ふふ……まったく、でも、ありがと」

「いいって。しかし、共通語が話せるかどうかを聞いてなかった」

「言葉か。古代狼族は会話ができたが、今度はオークだからな……」

「もしかしたら少数部族を率いていたクエマという彼女なら共通語が話せるかもしれない」

「……そう言うが、正直、不安だらけだ。しかし、知り合えた古代狼族といい、オークの内情が知れるのは非常に大きい。オークに対する分水嶺となるような気がする」


 キッシュは思案気な表情を浮かべて語る。

 羽根ペンを掌で転がしていた、分水嶺か。確かにオーク語の翻訳とオークの装備から敵部隊の弱点、仲の悪い支族同士、オーク支族が使う地下経路と主な戦術情報の価値は計り知れないからな。


 攻められる側だったサイデイル村が逆に攻めることも可能に。

 そして、村の発展に繋がるだろう。


「……不安ならオークの二人は俺預かりということで、家から暫く外には出さないようにしようか。そのオークだが、ある程度の情報は得た。クエマたちは遊撃隊で【鬼神の一党】。サイデイル村を攻めたオーク軍の主力はオーク支族のヘグサ・グル・グング。グング支族のヘグサが率いた軍のようだ。そして、オーク支族たちは氏族ごとに権力も分かれて複雑らしい」


 クエマからの聞いた情報を伝えた。


「……分かった。オークが信奉する八大神か。俗にオーク帝国と呼ぶ者たちはいたが多数の支族とはな……そして、そのグング支族のヘグサが、この村に……しかし、ハーデルレンデの秘宝【蜂式ノ具】を欲するとは……どこで仕入れた情報なんだろうか。わたしでさえ最近まで知らなかったことなんだが」

「さっきも話をしたが、地下都市は幾つもある。スキルの先見と予知はいくらでもあるはず」

「ふむ」


 キッシュは深く頷き考え込む。


「それで食料の件も含めて二人のオークを受け入れてくれると思っていいんだな?」

「ふ、そんなことは聞かなくても分かるだろう? オークの肉は止める。それに、シュウヤが連れてきたということは何かしら心に響くモノがあったということ」


 さすがはキッシュ、俺の心を読んだか。

 食料の件も了承してくれた。本当は利用したい憎しみを抱いているはずなのにな。

 やはり優しい女だ。


「……ありがとう」

「ふふ、礼はわたしが言うべきだ。友よ。シュウヤには深い感謝を……」


 キッシュはペンを置いて、頭を下げてきた。

 

「いいから、照れるだろう。頭をあげろって」

「うん、ふふ」


 キッシュの透明感のある笑みだ。

 すると、


「正直にいえば、いやなんだぞ。子供たちも拒否反応を示すと思うし。しかし、ここは樹海。それにオークを連れてきたシュウヤの気持ちは分かる」


 翡翠色の瞳は俺の心を試すように見つめてきた。

 俺は半笑いで、


「ほぅ、当てたらご褒美をあげようか」

「いいぞ! シュウヤはオークというモンスターだと思っていた側を、一つの種族と捉えて差別することなく憎しみの垣根を越えられると踏んだんだな? それは同時にこのサイデイル村の発展に繋がると……オークは猖獗ではなく、サイデイル村の強き隣人となる確率が高くなる。と、そう考えたのだろう?」

「――その通り、まさに司令官殿」


 キッシュの洞察に、思わずラ・ケラーダの動作を取った。


「ご褒美はあとで」

「はは、期待しとく」

 

 そこからキッシュと様々なことの話をしていく。


 門番長イモリザに頼ってばかりはいられないから始まり、新しい門を活かせる優秀な射手がいる紅虎の嵐と村を守る交渉をしたいに続く。


「……俺からも話をしよう。だが、紅虎の嵐は冒険者クランだ。村に常駐してもらうのは厳しいかもな」

「……故郷は違えど、同じエルフのベリーズ・マフォンさんは、サイデイル村防衛の要として、新しく創設予定の弓部隊を任せたいと思わせる凄腕の射手なのだが……」


 俺が紅虎の誘いを断ったように、紅虎の嵐からの引き抜きは厳しいと思うがな。

 紅虎の嵐ごと、雇い入れるとかなら、話は変わるかもしれないが。


 そこからヒノ村を経由したヘカトレイルへの貿易とチェリとの相談。

 ドミドーン博士と助手のミエさんの依頼に関すること。


 樹海の未探索領域を一部、開拓したのと同じだから冒険者ギルドでのランクアップの件。

 オセベリア王国の侯爵シャルドネとの交渉をしたいやら……。


 開拓といってもモンスターの質、量、勢力が入り乱れている現状、国としての機能はこの樹海にはないんだから必要はないだろう?


 そう話をしたがキッシュは一応やるべきことはやっておいたほうが今後のためだ。

 と、村長というか司令官らしく語る。


 そして、


「古代狼族との交渉がある手前言いにくいのだが……」


 ヘカトレイルの交渉の場に俺がいてくれたらと遠慮がちに語るキッシュ。


 俺はヘカトレイルに戻ったら、【血長耳の風】のレドンドと会う約束がある。

 他にもクナの店を調べておきたい。受付嬢のおっぱいさんとも会っておきたい。

 だからキッシュの提案を承知した。それと、キサラとロターゼの訓練がうるさいから離れたところで訓練をやってくれと、キッシュから言われてしまった。


 あとで話をしておこう。


 最後に、書類に書きものをして疲れていそうなキッシュによりそった。

 邪魔にならないようにキッシュの肩を優しく揉んであげた。

 

「……これが、ご褒美か? ありがとう」


 キッシュはお礼を言うと俺の手の甲に指の腹をおいた。


「……少し休んだらどうだ?」


 キッシュの指を撫でつつ掌を返しながら……恋人握りでキッシュの手を握る。


「これで最後にする。トン爺さんが、わたし専用に作ってくれたお菓子を食べるから」


 政務机にはお菓子が大量に置いてある。

 子供たちが作ったお菓子かな。


 アッリのお菓子……。

 あれは腹を壊しそうだ。


「大量だな」

「……普段、素食を意識しているが、トン爺の技術は凄まじい」


 確かにトン爺お手製のお菓子は……。

 見るからに特別だと分かる。栗、芋、卵、枝? 

 あまり見たことのないモンスター系の素材が使われていそう……。

 僅かに魔力を宿したお菓子。いったいどんな素材を……。


「……料理教室の賜物か」

「そうだ。このトン爺のお菓子、いったいどんな素材を用いたのやら」

「見るからに美味しそうだし、魔力を秘めるとは……ホルカーバムとペルネーテで高級料理を食べたことがあるが……また違った印象だ」

「料理だけでなく知識の宝庫。本当に不思議なお爺さんだよ。出身は樹海の奥、地底の底の底の地域だ。高低差が激しい魔人が住む小さい村に住んでいたらしいが……」

「へぇ、魔人が住むね」

「聞いていなかったのか? そのトン爺だけなくシュウヤが助けて連れてきた人たちは、何かしらの取り柄がある。快活な性格を持つし種族が違えど……素晴らしい人々だ」


 そう笑顔で語るキッシュが愛しくなったので、


「……良かった。んじゃ、家に帰る前に――」

「ぁ――」


 不意打ちにキッシュの唇を奪ってから、


「二つご褒美がある。優しいのと、キッシュが好きな……」

「激しいのか?」


 キッシュは笑みを浮かべているが、その翡翠色の瞳の中には、確かな愛が宿っている。


「はは……そうだ」



 ◇◇◇◇



 キッシュとのイチャイチャタイムを終えたから<導想魔手>を使い、無駄に半回転をしてはジャンプをして、出っ張った垂木を蹴って、家に帰ろうと、村を駆け抜けていった。


 ヘルメと黒猫(ロロ)とオークコンビの姿が玄関前に見える。

 黄黒猫(アーレイ)白黒猫(ヒュレミ)も足下で寝転がっていた。


 常闇の水精霊ヘルメは玄関に飾った波群瓢箪へと指を指している。指先はぴゅっと水が出ていた。きっと大げさに波群瓢箪のことを説明しているんだろう。


「シュウヤ様! オカエリナサイ!」

「何かイチャイチャしてたなァ?」


 キサラは声音が裏返っていた。きっとキッシュとのイチャイチャを気にしているかもな。

 ロターゼはキサラに小突かれていた。


「……そうだよ。で、キサラとロターゼは何をしている?」

「下のムーちゃんの様子を……<魔嘔>を使って、修行を手伝ってあげてます」


 確かに、家の前にある訓練場で体を動かしていたムーの姿が見えた。

 結局子供たちと合流はしないままか。

 しかし、短い間だが、着実に義足と義手の使い方が上手くなっている。

 キサラがムーの修行を手伝ってあげていたのか。

 ん? ムーの周りには小さい折り紙が織りなす人型が舞っていた。折り紙の人型たちは、ムーの運動を助けている。体を支えて上げていた。

 折り紙の造形は様々で不思議だ。

 眼帯が似合う侍、イカット織の衣装が似合う人型もいた。日本の式神にもいそうだ。ヴィーネが扱うラシェーナの腕輪を思いだした。

 腕輪の腕型闇精霊ハンドマッド

 闇精霊はもう腕型ではないか……怪しいおっさんの小人たち。


『小さい親父だ、都市伝説だ!』


 そんなことを言った覚えがある。

 闇精霊たちよりは、こちらの折り紙的な人型たちの方がいい。

 元は、正方形の千代紙のような紙片から作られた人型たち。

 切り絵にも見える。折り紙の無限の可能性だ。

 素晴らしいキサラの魔術だ。


「……へぇ、キサラの魔導書を生かした魔術か? 凄いな。あんな教育方法があるとは。キサラもなんだかんだいって、優しいんだな」

「――ありがとうございます」

「本当はなァ――」


 キサラの情報を告げようとした闇鯨ロターゼだったが、ロターゼの運命は決まった。

 キサラの踵落とし。体を捻った中段足刀蹴りがロターゼの腹にクリーンヒット。


「グァァァ」


 ――巨大な胴体が撓む。

 戦闘母艦のような巨体がぐわりぐわらりと回転しながら墜落していく。

 ロターゼは見事な回転具合のまま岩に衝突し、崖の岩が削れ尖った。

 サイデイル村の右にある崖がより険しくなったかも知れない。

 そのロターゼは体勢を持ち直し、


「キサラー、不意打ちはずるいぞォ」


 と、元気な声を響かせる。

 耐久力が凄まじいな。


「……」


 ムーは、そのロターゼの声が響く方向へ指を差していた。


 ロターゼの声が聞こえなくなると……。


 ムーは此方に視線を向け、ニコッと笑顔を見せてきた。

 そんなムーの義手の先端には、樹の槍が嵌め込んである。

 ムーは義手と義足から出ている糸の魔法を駆使し、樹の槍と義手のジョイントを自身の糸を巻き付け補強していた。

 義手と繋がる樹の槍をぎこちない素振りで持ち上げ、突き上げの動作だ。

 風槍流『風研ぎ』かな。

 俺に槍武術を見てほしいらしい。


 少し見てやるとしよう。



次話は27日更新予定です。

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同じ話が2セット書かれている 少し見てやるとしよう。 のあとに 「とりあえず、~ の1文目と同じものが再スタートしている
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