三百八十話 鬼髑髏のオーク隊
2021/08/26 22:12 修正
帰る前にっと――。
足場にした<導想魔手>を蹴って門の屋根上に着地。
ここは見晴らしがいい――樹海の一部を標榜できる。
下に眼を向けると、隘路を上がってきた皆の姿を把握。
青白い骨を纏うアッリとタークを含めた子供たちを連れたイモリザと沸騎士たちだ。
すると、ハイグリアとダオンが率いる古代狼族の一隊も坂を上がってきたのか見えた。サイデイルの樹海地域の警邏を終えたようだ。
イモリザたちに合流か。少し遅れて、リョクラインの姿も登場。
彼女は両手から剣状に伸びた爪に鹿頭を突き刺したまま全身に返り血を浴びていた。
爪の一部が細い体に密着した作りのコスチュームか、良い。
そのリョクラインはハイグリアに近付いて報告していくが、途中、イモリザが生み出した骨のオプション防具を子供たちが身に纏っている姿を見て驚いている。骨鎧のような魔法かスキルを生み出していたイモリザは、アッリからお菓子を受け取っていた。
……あれは料理教室で作ったモノか?
見た目が黒光りしている怪しいお菓子。
歪だが、辛うじてドーナッツの形を保っている。
ハッキリいって、不味そう。
だがしかしイモリザさんは駄菓子屋が好きらしい。
銀髪をハート型に変化させるとアッリが作ったであろうお菓子を手に取り、ジャジャーンと声を上げるように天に掲げて、喜んでいた。
更に金粉を鼻から吹いては、その黒光りするお菓子を勢いよく口に運び食べ始めていた。イモリザは口をもぐもぐさせながら真新しい門の屋根を指してくる。俺に対して手を振ってきた。無難に手を振っておく。
『あのお菓子は……トン爺さんの料理が美味いと聞きますが、アッリには効かないようですね』
『そのようだ……』
イモリザはお菓子を食べながらハイグリアと真剣な表情で何回も頷きながら会話をしていく。沸騎士コンビにはお菓子がないらしい。
残念そうに……ぼあぼあの煙を萎ませている。
すると、イモリザが指示を出していた。
どうやらイモリザ門番長はハイグリア率いる古代狼族たちと一緒に行動するようだ。沸騎士たちに何かを告げると、ぞろぞろと集団で坂を下る。
隘路に気を付けてほしいが樹海の中に向かうようだ。
その行動は立派な軍隊に見えた。というか軍だな、サイデイル村と古代狼族の連合軍? リーダーがアレだが、イモリザで大丈夫か?
『ふふふふ……これが神聖ルシヴァル帝国の礎……』
――ヤヴァイ。
左目に宿るヘルメさんのやる気スイッチが入ってしまった。
寂しい思いもさせたし、ヘルメが喜んでくれているならならいいか。
魔煙草を吹かしながら、上空で戦うキサラとロターゼの姿を見ていく。
上は上で、下のまったり空気とは対照的だ。
激しすぎて模擬戦という感じがしないが……。
『……闇鯨ロターゼ。精霊とは違う強い闇を感じます』
『だな。単なる闇属性という感じはしない。光線を使うし』
『かくさん、メガりゅうしほうと語られていましたが……』
拡散メガ粒子砲か。
『正と負、といった粒子間に相互作用のある魔力を圧縮した粒子砲だ』
『……分かりません。精霊ちゃんがぎゅうぎゅうに集まって爆発する感じですね』
それが正解かもしれない。
『そんな感じだろう』
笑いながら魔煙草を吹かし、ヘルメと念話をしながら戦いの見学をしていると、
「――シュウヤ様! 空中戦の模擬戦に参加しますか?」
「いや、いい、眷属たちと血文字で連絡をしようかと」
模擬戦の最中に俺に気をそらしたキサラ。
「――きゃッ」
ロターゼの額の直撃を受けたキサラが吹き飛んでいく。
額はマッコウクジラのような大きさだ。
強烈な肩タックルどころではない一撃。
回転しながら吹き飛んでいるキサラは全身から血飛沫を放出。
魔女槍から手を離すが、魔女槍は慣性では落ちない。
フィラメントが自動的に畳むように小さい翼を作ると、キサラを追う。
独自のナックルガードのような部位が消えている。
初めて見た時と同じ、握られるか不安になりそうなぐらいの透明な柄に戻っていた。
あれはあれで俺が握ってみたいと思っていた魔女槍の柄だからいいかも。
「キサラ~余所見するとはな! 闇遊の姫魔鬼メファーラ様が泣くぞ? <百鬼道>が使い手髑髏武人の名に連なる一族も、男には弱いなァ?」
闇鯨ロターゼが巨大な胴体を唸らせるように語る。
さすがはキサラが特別というだけはあるようだ。
しかし、使役しているキサラを躊躇なく吹き飛ばすとは……
「……ロターゼ。キサラとはこんな風に訓練をするのが日常なのか?」
「ハハ、こんなのは遊びだ。キサラの主よ。四天魔女キサラの身が心配か?」
「いや、まったく。むしろ、お前が心配かもしれない。額にまた孔が空くような気がする」
俺がそう話すと、ロターゼはマッコウクジラのような巨大額を揺らして動揺を示す。
「……俺の心配だと? くそっ、お前は優しすぎるんだ!」
ロターゼはそう叫ぶと、双眸を大きくさせる。
そのままキサラが吹き飛んだ西の方に向かっていった。
ロターゼは尻から放屁している。
『……閣下、ロロ様が気に入っている理由が分かりました』
『尻か』
『なかなか、強烈な尻です! ロロ様があのお尻ちゃんに、よくお仕置きするを気持ちが分かります』
何をもってお仕置きをするのか、よく分からない。
きっと精霊さん独自の深い尻基準があるんだろう。
ワインテイストのような深い世界が……。
芸術風のタンニンを感じる放屁だ。
少しテイスティングを意識してみたが、しかし、あの赤ドットの点が可愛いかもしれない。
一方、吹き飛んでいたキサラは回転中に腰にぶらさがる魔導書の力を解放したようだ。
自動的に頁が捲られた魔導書の頁から紙片が次々と飛び出た。
その紙片は折り紙のように形を変える。
折に折られた紙片の群れは人型を模った。
小さい折り紙の人型たちは、踊りながらキサラに周囲を回転。
紙吹雪のようにキサラの周囲に展開。
キサラのダメージが回復している?
あれは回復魔法か?
防御フィールドか。
或いは両方か。
黒マスクから覗く蒼い双眸は鋭い。
人型の紙片の防御網が舞う中……。
その防御網を無視するように突入して戻ってきた魔女槍をそのまま細い手で掴む。
と、角のあるロターゼに向けて<刺突>系の槍突技を繰り出した。
互いに衝突。
間合いを保っていたが、紙片の防御網だと思った人型の折り紙が、ロターゼに一部に付着していくと、その付着した人型折り紙が爆発、ロターゼは吹き飛んでいく。
キサラは……魔術系統が豊富だ。
吹き飛んだロターゼは身をひねって周りの雲を吸収するように息を吸っていた。
……タフ。いい訓練相手だな。
家に戻り血文字でミスティにでも連絡しようと思ったが……。
止めた。影響を受けた。俺も訓練をしよう。
手を翳す。<サラテンの秘術>を使う――。
手の内から、仏の瞼が開く感覚が分かる。
その瞬間、掌から飛び出していく神剣サラテン。
さぁ……集中しようか。
魔煙草の火を消して、ポケットに入れる。
フリーハンドの両手を使う。
左手の数本の指を右手の肘に当てながら、右手の人差し指と中指を揃える。
そして、その右手の揃えた人差し指と中指で、宙に小さく円を描くようにサラテンを操作していく。
今の両手の肘を曲げただけの形なら……。
キサラから習った掌法の『魔漁掌刃』と似ているかもしれない。
そんなことを考えながら目を瞑りサラテンを操作していった。
感覚で操作している神剣サラテン……。
中空を凄まじい速度で飛翔を続けていく。
そこで、揃えた指で宙に強いタッチの横線を描くようにして、指の動きを止める。
俺の指の動きに合わせるように神剣サラテンは急回転。
そのまま反転したサラテンは、巨大な雲を切り裂くように突き進んでいった。
サラテンは俺の意思に反逆するように左方に消えていく。
――まさか逃げる気か?
じゃじゃ馬サラテンめ!
神剣サラテンを引き戻そうと俺も宙を翔けていった。
サイデイルの大正門と化した屋根上から離れる。
◇◇◇◇
あった。サラテン。
結局、村から結構離れてしまった……。
宙に漂っていたサラテンを掌の中に納める。
すると、樹海の下から反応が……。
『閣下、オーク側と樹怪王側の争いのようです……』
『キサラが遠くから見たと話をしていた争いかもしれない』
後方の一人の鬼髑髏仮面を被るオークが、骨笛を吹く。
鹿頭を多数持つ様々なモンスターと鬼髑髏仮面のオーク隊が争っていた。
争いというか、オーク側は絶滅寸前だ。
樹怪王の軍勢がオークの部隊を包囲している状況。
鬼髑髏仮面をかぶった兵士たちを守るように戦う大柄オーク剣士の姿も見えた。背中に三度笠を装備している、渋い。
その先頭に立つ大柄オーク剣士は、一際長い銀色の太刀を器用に扱う。
鹿頭を二つ持った下半身が軟体の触手を無数に生やしたモンスターたちを相手に奮闘していた。今も、見事な袈裟斬りを繰り出し、鹿頭ごと胴体を分断――その斬った鹿モンスターの半身を蹴り飛ばす。
そのまま返す太刀で左から身に迫る触手を斬り上げて切断しては、太ましい腕に握られた銀太刀を真横から振るう――。
その振るった銀太刀たちから魔力刃を飛ばしていた。
赤線の軌跡を宙に残す魔力刃は、ジュバババッと音を立て、鹿モンスターたちの胴体を切断。
二匹の鹿モンスターを同時に真っ二つで屠るか。
やはり、沸騎士たちがてこずったと話をしていた奇兵剣士だな。
銀太刀の動きの質が高い。背中の三度笠も魔力を備えているし、強そうだ。そこから髑髏仮面のオーク隊は大柄剣士を中心とした鶴翼の陣を敷く。後方の骨笛を吹いたオークの合図に、三度笠を背負う大柄剣士の横から髑髏仮面の兵士たちが一糸乱れぬ動きで槍衾を形成しつつ前進を開始。
髑髏仮面の兵士たちは長柄の棒が主力武器のようだ。
その長柄で樹怪王の軍勢を押し出すように樹怪王のモンスターと対峙しては、戦いが好転したかに見えたが、それは一時のみ。
その大柄のオーク剣士の活躍も虚しく……。
髑髏仮面を装着したオークたちは鹿モンスターの人型に角刃と触手杭刃に貫かれ、獣型には噛み付かれ喰われ、巨大な鹿型には、その鹿足に踏みつぶされて死んでいった。
骨笛を吹く髑髏仮面をかぶるオークも鹿モンスターを絶妙なタイミングで惑わせているが、さすがに多勢に無勢だ。
ゲリラ戦がしやすい樹海の樹木が乱雑に生えている場所といえど、ランチェスターの法則はそうそう覆らない。
『……魔力刃とは、やりますね。あの厳つい鎧を纏うオーク剣士』
『あぁ、鬼髑髏の仮面をかぶった兵士も妙な長柄の槍技を使う。それにあの骨笛の魔法を使うリーダー格。それで敵の動きを混乱させて活路を見出してはいるが……』
『はい、閣下ならいざ知らず。あれでは厳しい。『質によって数の差を埋めることは難しい』と、ヴィーネもよく古代ドワーフ語で記された〝麒鳳亀竜の兵法書〟を片手に〝せんじゅつ〟とやらをわたしに語り教えてくれましたから分かります。あ、またオーク側の兵士が倒れました。もう三人のみ』
と念話している間にも、鬼髑髏仮面を被る兵士が倒れる。
『こりゃ全滅も時間の問題か』
『はい。あの骨笛のオークがリーダーとして大柄剣士も強いですが、さすがに……』
『俺たちにとっては、漁夫の利といえる状況。両方とも殲滅対象だが……あえて、あのオーク剣士を含めて髑髏仮面をかぶるオーク側に味方する形で参戦してみるか?』
『なるほど! 両方を根絶やしにせず、まずは鬼髑髏の仮面をかぶるオークたちを助けて恩を売り、キッシュの村を攻めた確固たる理由を探るのですね』
『そうだ。半透明オークの存在も知っているかもしれない』
『体の内部に特殊な心臓があったオーク! わたしには相性が良かった相手でした』
あの時は半透明な触手を見事に取り込んでいたからな<仙丹法・鯰想>の中に……。
『それで、もう数が二人になった鬼髑髏仮面のオークだが、キッシュの村を襲撃していたオーク軍の格好とは異なる。キラキラと映える骨笛を持つオークは高価そうな被衣を羽織っているし半透明オークのことは知らないかもな。ま、あのオークたちを助けられたらの話だが、交渉してみようか。話しかけたら、いきなり戦うことになるかもしれないが』
オークとの対話なんて、キッシュが許しそうもないが……。
まぁ、樹海の勢力は色々と入り乱れているからな。
少しぐらいは調略しても構わんだろう。
『ふふ……閣下のご威光を見れば、膝を屈するでしょう!』
『その感じだと、一緒に戦いたい? <精霊珠想>は止めておくか』
『閣下……ありがとうございます』
当たったらしい。
『構わんさ、外に出ろ。魔境の時のように急襲といこうか』
『いいですね! せんじゅつ的奇襲! では、鹿系モンスターの背後に回り込み、わたしが先んじて、けしかけます』
ヴィーネの趣味だった書物集めからこんな形で精霊ヘルメが成長しているとは。
ペルネーテで過ごしている間に、彼女たち同士でルシヴァル帝国の話から勉強会をしていたようだな。
『……了解』
俺の念話を合図に、液体ヘルメは左目から突出。
液体ヘルメは、スライムのように戦場の樹海の地面を這うように移動していく。
銀色の某スライムのように見事な速度だった。
針ではないとダメージは通らないだろう。
その液体ヘルメは鹿系のモンスターの背後に向かった。
鉄槌と金床の挟撃作戦の開始だ。
そう思った直後――。
戦場の背後から、常闇の精霊ヘルメが樹木を切り裂きながら派手に登場。
<珠瑠の花>を用いて鹿系モンスターの動きを止めると、闇の靄を地面に展開。
その靄の中には薄らとした円状の魔法陣が浮かぶ。
浮かんでいる魔法陣の中から一斉に闇の杭刃が立ち上がっていく。
それは<始まりの夕闇>から出すことが可能な<夕闇の杭>を思い描くほどの闇杭の刃の群れだった。
闇の杭の刃の群れが動きを止めた鹿モンスターの下半身を貫いていく。
闇杭の量と質から、ヘルメの気合いを感じる。
魔槍杖バルドークを右手に召喚。
よーし、俺も気張る! 威勢よく、
「ぬおおおお――」
声を荒らげての吶喊――。
多数の鹿モンスターと、対決中の大柄オークの剣士と骨笛を持つオークの頭上を越えたところで魔槍杖バルドークを上段から下へと振り降ろす。
同時に無詠唱で《連氷蛇矢》《フリーズスネークアロー》を左右から繰り出した。目の前の視界が――三つの鹿頭のモンスターが占める。
鹿の頭部を消すようにモンスターの肩口に紅斧刃をぶち当てた。固い感触を柄に得ながら魔槍杖バルドークの紅斧刃はモンスターの胸から腹を両断し、地面と衝突した紅斧刃から鈍い音が響く。
「ギャァァァ」
悲鳴と血飛沫を浴びた。
紅斧刃は丘の斜面ごと、その丘の一部を裂いている。
地面を裂いた魔槍杖バルドークを消す。その裂けた地面を力強く蹴って前進――まずは、左から――<鎖>を射出した。<鎖>が鹿のモンスターの頭部をヒット。脳漿花火が周囲に散る。突き抜けた<鎖>は梵字に煌めいていた。その<鎖>は背後の鹿モンスターの腹をぶち抜く。
――まだまだ! 即座に右手に魔槍杖バルドークを出現させた。
牽制の《氷弾》も左斜めの鹿モンへと放つ。
更に、右から寄せてきた軟体モンスター目掛け魔槍杖バルドークを振るう。横に半円を描く紅斧刃が、その胴体を両断――。
両断された鹿モンスターは胴体がずれつつ「ヌゴォォ」と叫ぶや、その上半身が後方にずれ落ちた。残った下半身の断面から炎が立ち昇る。鉄の異臭と肉が焦げる匂いが漂った。延焼中の半身は臭い――燃えた半身の胴体を蹴り飛ばした。その蹴った反動で体が駒のように回転――その回転力を利用、片足の爪先で地面を捕らえて蹴って高く跳躍した。移り変わる視界――陽射しが強い樹海の光景だ。小さい戦場を確認――俺が戦っていたところは土煙が舞っている。少し見学するか。ヘルメが繰り出した闇の杭刃を避けた鹿の頭部を持つモンスターたちの体には俺が繰り出した《連氷蛇矢》が刺さっていた。
俺が牽制の氷弾を放った鹿モンスターの腹には、氷槍が刺さっている。
ヘルメの繰り出した《氷槍》だ。
続けざまに腹、頭、胸の急所に氷槍が突き刺さる。
最後には尻をピンポイントに貫いていた。
――ヘルメらしい。
ヘルメは指先の球根の花から伸びる紐を使用し、敵の動きを封じながら低空を踊るように移動――近寄ってくる敵には水飛沫のカーテンで視界を潰し、氷剣で突いて払い、少し距離を保ってくる中距離の敵には氷礫を放ち対処していた。遠距離では墨色の闇雲を放つ。闇雲で歪な鹿の頭部を覆って視界を封じると、両手の指から<珠瑠の花>を放つ、その輝きを放つ<珠瑠の花>の紐を操作し、視界を塞いだ鹿の首に巻き付けさせていた。その<珠瑠の花>の伸びている紐を片手で掴みながら肘にも巻き付ける。そのまま<珠瑠の花>を引っ張って構えながら、俺をチラッと見て、にっと弁天様のごとく微笑んでいた。
可愛いが、格好いい。
そのまま輝く紐を指先に収斂させて鹿を引き寄せるのかと思ったら、その光り輝く紐をヘルメは引っ張った瞬間――鹿のモンスターの首を<珠瑠の花>の紐で切断していた。
凄い、あんな光線を纏った紐のようなことも可能なのか。
色々な闇と氷の魔法と新スキルを駆使して戦っている。
闇と水……まさに常闇の水精霊ヘルメここにあり。
長い睫毛に水滴がつき、それが弾くさまは美しい。
感心しているのも束の間、更に囲まれた瞬間、全身を液体化したヘルメは、物理攻撃を避けるとカウンター気味に鹿モンスターの口の中へ突入。
鹿モンスターの頭蓋は、歪だが、さらに歪に変化。
苦悶の表情どころか、「アヒョ、アァガッ!?」と奇声を発すると頭部が爆発していた。血に染まった液体ヘルメは脳漿の爆散した血飛沫に混ざりながら現れる。変身途中の液体と人型を保った状態から氷槍を続けざまに放つ。壊れた人形のように倒れる頭部なしの鹿モンスターに氷槍を突き刺していく。と、瞬く間に常闇の精霊ヘルメは女体と化した。変身を完了させると、
「アハハハハハッ、鹿のくせに濃厚な血です! 閣下のためにもらいましたよ!」
と叫びながら近くの鹿モンスターを氷剣で袈裟斬りすると、変なお尻ポーズは……見なかったことにする。しかし、キューティクルを保った長い睫毛と爪先から小さい水粒子を飛ばしている。
――華麗だ。オークを包囲していた鹿のモンスターたちを着実に滅していく。
俺も宙から見ていないで、参加するか。
右手から魔槍杖バルドークを消去。素手の右手を左手の手首に乗せた。<鎖>を地下世界で初めて口裂け犬に向けたことを思い出す。
左手の掌に宿る<サラテンの秘術>を意識。
左掌をスコープに見立て狙いを定めるように翳す。
秘宝神具サラテン剣とやら頼むぞ。左手の内が菩薩の目のように開くのを感じた瞬間――。
「いけぇぇぇぇっ」
サラテンが飛び出していく。
鹿モンスターの剥き出しになった口牙をサラテンは貫く。
そのまま鹿の黄蓋を突き抜けた瞬間――。
――『マズイ、こんな下等な血ヲ妾に飲ませおって! フザケンナ!』
声が響く。まさか、神剣からか?
――『答えぬか! 神器と認めてヤッタノニ!』
ヘルメは聞こえていないようだ。
まだ生きているオーク剣士と髑髏仮面をかぶる骨笛を持ったオークも同様だ。
HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。」1-15巻が発売中。
コミックファイア様から「槍使い、黒猫。」1-2巻が発売中。