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三百七十六話 幕間ヴィーネそのニ

新年、明けましておめでとうございます。

2018年は戌年! 黒猫ロロディーヌは猫ですが、犬も小熊も大好きです。

とういことで今年もweb版、書籍版、共に「槍使いと、黒猫。」を宜しくお願い致します。


 ゴールドタイタンの紐が伸びる。

 宙に芽吹く金糸。あれは彼女のご主人様ことシュウヤ・カガリが率いていた冒険者パーティ『イノセントアームズ』が迷宮都市の宝箱から手に入れたユニーク級アイテム。


 ユニーク級だが、魔力を込めれば手袋防具にもなる金糸。

 銀髪の彼女は、この魔霧の渦森での狩りを行う際、髪飾りや手袋としては使わずに防御と攻撃としての手段の一つとして使う機会を増やしていた。

 時々、姉から教わった紐遊びをしていたのはご愛敬。


 金糸を使う機会を増やした理由には、サージバルド伯爵の屋敷で不揃いの瞳を持つ銀髪の魔布使いと戦いで苦戦していた影響もあるだろう。


 不揃いの瞳の名を持つ男の名は賞金稼ぎのピアソン。

 リャグーノの魔布を扱う凄腕だ。

 <筆頭従者長>として力を増していた耳の長い彼女をあしらったように、ピアソンもまた普通の賞金稼ぎではない。


 たとえ、シュウヤがピアソンとの戦いに参加していたとしても、そのピアソンを捕まえることはできなかったと思われる。


 だから当然の結果なのだが……。

 取り逃がしたことを彼女は気にしていた。


 今もそのことを思い出しながらピアソンが扱った魔布の動きを参考にするように金糸を樹鬼モンスターの二つ足の股を閉じさせるように動きを止めていた。

 その樹鬼を鋭く睨むと猛然とダッシュする銀髪の彼女。

 

 金糸で動きを止め前に倒れそうな樹鬼の腹へ赤鱗の鞘を向かわせる――。

 バットを振るうかのような軌道を描く赤鱗の鞘の真芯が樹鬼の分厚い胴体を捉えた。

 樹鬼の胴体がくの字に折れ曲る。

 突っ伏すように腹を抱えた樹鬼は、腹からひび割れる音を発しながら吹き飛んでいった。


 銀髪の彼女は樹鬼の胴体をぶち抜くように振るった赤鱗の鞘を素早い所作で引く。


 一方、ガドリセスの鞘により、胴体を凹ませて吹き飛んでいた樹鬼は、多数の枝葉と他のモンスターたちを巻き込みながら、背後にあった樹の太幹に背中から衝突し鈍い重低音を轟かせていた。


 その刹那、魔霧に生息する鳥型モンスターや鳥に小型虫たちが慌ただしく空へ飛び去っていく。


 太幹に衝突していた樹鬼は背骨がへしゃげ折れていた。

 さらに、幹から伸びていた杭状の長枝に、腹が貫かれて絶命。


 靡く銀髪を持つ彼女は、その絶命した樹鬼モンスターの最期は見ていない。


 彼女は岩石姿の魔導ゴーレム型に囲まれていたからだ。

 対抗するため、アズマイル家に伝わる暗殺術と剣法の歩法で動いていた。


 自らの銀髪を払うように赤鱗の鞘を左から右へと振るい、右辺から迫った魔導ゴーレムの脇腹を突いて仰け反らせる。


 続いて突いた赤鱗の鞘を手元に戻しながら、自らの膝頭を持ち上げるように仰け反ったゴーレム目掛けて前進――。

 そのまま右手に握る古代邪竜剣ガドリセスを風を纏う速度で魔導ゴーレムの頭目掛けて振り下ろす。

 その振り下ろされた白刃の煌めきは<従者長>カルードの扱う<脂蝉>という剣術闘技(剣スキル)に似ている。


 仰け反っていた魔導ゴーレムの頭頂部をガドリセスが捉えると首の根本まで真っ二つ。

 頭部が左右に分かれた断面図から勢いよく紫色の魔力を含んだ血が勢いよく迸る。

 ゴーレムの紫の血波の返り血が、光沢したダークエルフとしての誇りある銀髪と美しい表情を作る青白い肌を容赦なく染め上げていった。


 当然、彼女が愛用している銀仮面も紫色に濡れている。


 その瞬間、銀髪の彼女は吸血鬼としての片鱗である<血道第一・関門>を意識する。

 ゴーレムの紫色の血は、瞬時に銀髪と青白い肌の中に染みこむように消えていった。


 一方で、頭部を失った魔導ゴーレムはパズルが空中分解を起こすようにバラバラとなって地面に落ちていく。



 まだだ、まだ足りない!

 もっと、血と魔力をこの身に……宿すのだ。


 眼光を鋭くさせながら、素の感情で固い決意を持ったダークエルフ。

 彼女の名はヴィーネ・ダオ・アズマイル。


 光魔ルシヴァルの宗主であるシュウヤ・カガリとの濃密会話で愛を補充した彼女。


 他の<筆頭従者長>たちや、闇ギルドを一から作り上げようとしている<従者長>のカルードの姿を思い出し、自らも強く成長することを改めて強く願っていた。


 そして、新しい血魔力のスキルを得るための修行とミスティが求める素材収集を兼ねた一石二鳥、いや、魔霧の渦森の探索を合わせると三鳥の活動を現在も精力的に行っている。


 魔導ゴーレムという冒険者ランクB相当のモンスターを連続で屠った直後だ。


 そして、そのゴーレムの顎の中にあるビー玉が三つ重なった玉剛を回収。


「よかった、顎が割れたが、素材は無事」


 重要な素材の回収を終えたヴィーネは目印の代わりに<分泌吸の匂い手(フェロモンズ・タッチ)>を発動。

 ミスティの<分泌吸の匂い手(フェロモンズ・タッチ)>の匂いも同時に確認しながら、霧がより濃くなっている谷間の奥へと、足下に生える枝葉を斬り払い進んでいった。



 ◇◆◇◆



 フェロモンズタッチの範囲外となったら注意しなければ。

 一応、わたしの匂いは残り続けるので迷うことはありえないが……。

 そこで、また足に草が絡まる。

 この足に絡んで行動を阻もうとするトルボルンの葉とメメント草のような葉の処理が大変だ――。


 そして、次から次へと襲撃してくるモンスター。

 ここのモンスターは、足に草が絡まったわたしが獲物に見えるのか、タイミングを計ったように襲いかかってくる。


 今さっき倒しきった銀色毛が美しい狐もその一つ。


 この銀狐には苦戦。

 全身から生えた銀毛をいたるところへ伸ばし、枝という枝にその銀毛を絡ませては、その銀毛を新しい足場に使い、宙を飛ぶように移動を繰り返す。

 そんな機動を見せながら、上下左右に裂けた口の内部から無数の牙を飛ばして、連続攻撃を繰り出してくるモンスター。


 あまり味わったことのない攻撃だった。

 ご主人様のような<導想魔手>があれば、また別なのだが。


 そんな多彩な攻撃を繰り出す銀狐の群れを、わたしは一人だけで、全身に傷を作りながらも倒すことができた。


 銀狐の真っ赤な血をすべて吸収する。

 表面の銀毛をなるべく傷つけないように皮を剥いで、最後に内臓と肉に骨を袋別に回収してから、森を進みだした。


 ここは魔力感知を鈍らせる霧がときどき湧くから判断力を磨く修行に最適だ。

 今も、沈鬱な霧の向こうから大きな獣声が重なった。


 油断できない。

 こうした修行は順調だが……。


 大事なことを忘れていた。

 そう、一人だけで狩りをするということは、催した時も一人で対処しなければならないということだ! 先ほども思ったが油断ができない……渦森。


 だが……おしっこがしたい……。


 あぁ、そうであった。わたしにはこれが!


 ご主人様が、『都市伝説、小さいおっさんたちと呼んだ闇精霊たち』

 ラシェーナの腕輪を発動させる。

 多数の小人、小さい腕たちが腕輪から行列行進しながら現れていった。

 姿が変幻自在の闇の精霊(ハンドマッド)たち。


『お前たち、わたしの周りに散るのだ』と、腕輪を意識しながら念じる。


 すると、彼らは小さく敬礼ポーズしたり、飛び跳ねたりしながら、移動していく。


 その間にトルボルンの葉の茂みをかき分けた。

 革繋ぎとベルトを緩めて、しゃがみ……ふぅ……。


 恥ずかしい音は森のざわめきが消してくれる。

 すっきり……。


 すると、近くの葉が蠢く。何かが現れてしまった。

 黒いものが! 驚いて転んでしまった……。


 素肌のお尻に落ち葉やら枝がくっついてしまう。冷たい。

 油断したわけじゃないが、急ぎ体勢を――。


 ん、よく見たら、それは小人たちだった……。

 皆、口持ちに髭を生やしている小人。


 各自、跳躍しては小さい茸を得て喜んでいたり、わたしにお辞儀をしていたり、敬礼をしていたり、木の実を投げ合っている。


 良かった。わたしは自分の愚かさに微笑みながら、小さい闇精霊たちを見ていく。

 小さいので、髭が生えているとしても、可愛いかもしれない。


 だが、皆、手に挟みのような得物を持ちだしていった。 

 何がしたいのだろう……。


 あそこがスース―して少し気持ちいいが、気にせず、興味を持って彼らの行動を見ていく。


 鋏でチョキチョキ? 周りの葉を切っている。

 その鋏をわたしのあそこに向けて……。


 むむ、わたしの臀部の毛を剃りたいというのか!


「……ダメだ。ここはご主人様専用である! 向こうへいって周囲を警戒しろ」


 厭らしい表情を浮かべている闇の精霊(ハンドマッド)たち。

 そのまま敬礼してから、踵を返すとスキップして離れていった。


 まったく……恥ずかしい。

 ご主人様が話をされていたように……本当に、小さいおっさんなのだろうか。


 急ぎ、体勢を整えたわたしはラシェーナの腕輪の警戒を解いてから森の探索を開始。


 記号を作るような樹木の間の木目に沿うように進むと、風の波動を感じた。


 その風の波動は、ハーピーとは違う鳥型のモンスター。

 嘴がグリフォンのような大きさだ。

 ミミズ系モンスターの胴体を、その巨大嘴で突いて抉り咥えると内臓を裂いていた。

 その裂いた内臓を巨大嘴の中に入れて喉を震わせるように飲み込んでいる。


 中型のドラゴン、ドレイク型だが、首がより細長い鳥系だ。

 二枚の翼と四つの四肢で、周りの樹木を打ち倒しながら、巨大なミミズを平らげている……あの鳥型は、胴体から生えている毛が神々しい。


 どことなく、黒猫(ロロ)様の姿を思い出した。

 ……漁夫の利を得るのは止そう……寂しさが心を満たす。


 今ごろ、ご主人様と黒猫(ロロ)様はサイデイル村の発展に尽力を、そして、樹海の森で狩りを……。

 と、わたしは肩を落としながら、森の深部に向かう。


 ご主人様と黒猫(ロロ)様の行動を予想しながらも、最近、ご主人様から話を聞いた幽霊の話を思い出す。

 そして、厚い信頼を寄せていたツアンが話していたモンスターを思い出した。


「シャプシー」という幽体モンスターの存在を。

 

 念のため、血を出しておこう。これも訓練。

 <血道第一・開門>を意識して両足から血を出す……。

 太股から膝に脹脛、履いている赤黒革ロンググラディエーターサンダルを血色に染めながら、地面の表面に湖を作るようなイメージで血を展開させていった。


 ルシヴァルの血ならば、光の血が幽体に特効となりえるはず。

 ミスティも、このように血を用いていた。


 あの血湖に浮かぶ金属蓮は美しい可憐な技だ……。


 ミスティのお洒落な靴に集まっていく血の姿は圧巻だった。

 彼女は個人の仕事が多い。

 そして、研究熱心だからこその、素晴らしい独自スキルの開発に成功したのだろう。

 地味な抜刀系の技なら覚えたが、あの血の技術と金属技術の融合は繊細かつ大胆だった。


 わたしもあれやこれと手を出さず、このご主人様から頂いた魔剣ガドリセスと女神様から頂いた翡翠の蛇弓(バジュラ)の技術を伸ばし、血を扱っていこう。


『マスターと血文字でやりとりしていたら、むずむずしちゃったじゃない! 糞、糞、糞』と、愚痴が多いミスティだが……。


 わたしは彼女の知力の高さを大いに尊敬している。

 そんな思いを抱きながら、足下から地面へと血を流して歩いていった。


 この周囲に広げた、濃厚なわたしの血。

 このルシヴァルの血の湖を……索敵の代わりに、いや、索敵には不向きか。

 鉄の臭いでモンスターをおびき寄せる手段としては使えるだろう。


 別の感覚を得るはずだと、血で試行錯誤していると……。


 ご主人様が「ラジオ体操」という運動を行っていたことを思い出した。

 わたしは精霊様と黒猫(ロロ)様が真似をしている姿を見ているだけだったが……。


 今は一人。恥ずかしくない。

 この血が広がる地面の上でラジオ体操に挑戦してみよう。


 「美人はこういう運動を毎日しているものだ」という言葉を思い出し、ご主人様の腕の動きを模倣していく。


 だが、そこにモンスターの魔素が近付いてきた。


 早速、血の臭いに釣られたな。

 仕方がないので、血の放出とラジオ体操の動きを途中で止めた。


 樹木の間から四肢があるガルバンドタイガーが出現。


 獣狩りだ――。



 ◇◇◇◇



 散乱したモンスターの死体群から血を吸い取っていく。

 血の吸い取る感覚が少し変化したと感じる。


 しかし、体操は中断を余儀なくされたが、やはりここは修行場所として素晴らしい場所だ。


 血の吸収、魔素の吸収、そして、集中力が増し、五感も研ぎ澄まされる。

 能力が高まるのを身に実感できるのは、迷宮の内部より良い。


 欠点は魔石がまったく採れないぐらいだ。

 妹たちと【暗黒街道】の厳しい修行を生き抜いてきたことを思い出す。


 ガルバンドを仕留め虎皮の素材回収を終えて、皮の品質をチェックしながら、暫く、放浪を続けた。



 ……モンスターの襲来が減った? 

 まだ血が、修行が、足りないのに……。

 谷間へと足を踏み入れてからモンスターの姿が少なくなったような気もする。


 あ、ひょっとしたらご主人様が仰っていた未開の地?


 地面も硬い石の感触。

 この間、見つけた乾燥した場所に似ている……。


 ホルカーバム産とは違う煉瓦色の石が地面に並ぶ。

 景色も変わった……森というより、人工的な石切場に近い?


 天蓋からの注ぐ木漏れ日も、風で揺らめいて、厳冬の季節を感じさせない影と光のアンバランスとなる。とげとげしい色合いとなってわたしの足下を射すように照らすので、不思議な気分となっていた。


 端には、魔霧の渦森らしい歪な石塔が並ぶ。

 その石塔の向かいにも、縦長の造形がアルコーブらしき物も増えてきた。


 この辺りに出現していた古い石材系のゴーレムのようなモンスターと関係がある?


 アルコーブの形から古代ドワーフたちが作り上げたものか?

 と、興味を持ったので、アルコーブに近付いて確認。

 円の中心が窪んでいる形跡からして、昔、ここに小さい像があったのだな。

 高熱でバターが溶けるように崩れ落ちている部分も、上部にあった。


 崩れた壁模様にはたくさんの手型の模様が……。

 気色悪いが、何かの無念さを感じさせる。


 荒れ果てた寺院跡? 

 神界のブー族と魔界の一族の争いか?

 それとも、わたしとご主人様たちと一緒にお祈りを捧げた呪神、または、荒神の古い神々が、過去に争ったと云われている大戦の結果なのだろうか。


 足下は、なだらかに下降している。

 この幅広な石通路の先は……窪地の形状。


 ここは集会場か、会議室か、そのような場所だったのかもしれない。

 床と壁の一部に、見たことのない文字が彫られてある。


 石碑は迷路を進むような文字群……解読は無理だ……。

 ロシュメールのような古代遺跡? 

 もしやドワーフの文献に載っていた暁文明の名残か?


 それとも古代ドワーフたちが作ったと聞くペルヘカライン大回廊へと続く地下通路と繋がりがあるのだろうか……。

 わたしがよく知る地下世界の入り口が、この奥にも存在するのだろうか……。


 ミスティの兄ゾル、元一級魔術師の彼が、室内に秘蔵していたダークエルフの種に関する考察文献「エンパール家の離脱者ラシュウ」を読んだが……。


 地下から地上に進出しているダークエルフはそれなりに居るようだ。

 しかし【第三魔導貴族エンパール家】の【闇百弩】からの離反とは……。

 文献は薄かったので、すぐに読み終えてしまったが、夢中になって読んでいた。


 古代文字の文明とは関係ないだろうが、ここの遺跡の地下に、そのダークエルフの離反者が居たりするのだろうか?


 このような古の遺跡には興味がある。

 他にも、違う文明が残した文字のような刻まれた石の碑があるかもしれない。


 冥界のような下孔から吹きあがる向かい風が……冷たく寒い。

 魔素が薄くなったり濃くなったりする感覚は変わらないが、この肌にくる冷たさはルシヴァルとなっても変わらないな。


 改めて、厳冬の季節と認識を強めた。

 正確な日付はしばらく記録していない文の日辺りだろうか。


 そして、モンスターの襲来が完全に止んだ。

 獣の音が止む。魔霧の渦森とは思えない……。

 ここでおしっこをした方が安全だったな。


 しかし、地下都市の……故郷ダウメザランの静けさに近い。


 これはミスティとハンカイさんが暮らす家の坂下にある青白い光を点す結界が、この近くにあるということか?


 この石が重なり不思議な造形を作る場所も気になる。

 だが、まずはこの周りを調べる前に……。


 わたし自身のことを聞いてみることにしよう。


 血を得る感覚が変わったと。

 血と魔力を吸い続けている結果だと推測できるが……。


 まずは血魔力に詳しいヴェロニカへ質問だ。

 石櫃のような石が並ぶところで、ピクニックでもするように腰を落とす。


 ご主人様が隣にいたら……と、妄想をしてしまう。

 急いで気を直すように頭を振る。


 甘えちゃだめだ。強くならねば。

 急ぎ、血のメッセージを作って意見を交換していく。


『吸収する感覚が変化したのね』

『そうです』

『ひょっとして血と魔力を吸収し続けている状況なの?』

『はい』

『なるほど、ルシヴァルだからこその修行方法ね。その感覚だけど、たぶん劇的に魔力と血を吸ったせいだと思う。吸収が身体に追いついていなかったけど、追いついたのよ。ヴィーネはポテンシャルが高い証拠。さすがルシヴァル一番子の<筆頭従者長>に選ばれただけはある』


 この言葉は素直に嬉しい。

 ご主人様と離れたばかりだからな。


『……本当か! ありがとうヴェロニカ! では、このまま続けます。わたしも強くなりたいので』

『あ、少しだけ素の感情が出た!』

『すまん、素で話してしまった』

『ううん、貴女らしい気持ちが聞けて嬉しい。前にもお話をしたけれど、血魔力は昔からヴァンパイアの親族たちが教えるのが基本なんだから、<血道第一・開門>、長いから略するけど、その第一関門、第二関門、第三関門、と、独自のスキル化までの面倒を見るのがね? でも、ヴィーネを含めて、皆、「個人でできるだけ頑張りたい」といってたから、アドバイスのみに徹しているけどさ』

『……各々<筆頭従者長>としての成長を自らの手で掴み、実感をしたいのだろう。自らを鍛え成長を促すことが大好きなご主人様との過ごした期間は、わたしたちを良い方向へと導いてくれた。依存ではない自立した何か(・・)を学べた気がする』

『ふふ、その何か? とか書いてあるけど、しらばっくれちゃって』

『むむ、そのようなことは……』

『何か? ではなくて、素直に<筆頭従者長>としての誇り(・・)心構え(・・・)といえばいいじゃない』

『……さすがはご主人様の先輩ヴァンパイア。半分正解といえる。だが、ヴェロニカのように家族を作る、女帝となる<筆頭従者長>ではないのだ。わたしなりの選ばれし眷属(・・・・・・)を目指したい』


 そう。わたしは強くなりご主人様に似合う<筆頭従者長>を目指すのだ。


『……なるほど、選ばれし眷属(ヴィーネ)なりのね。やっぱりシュウヤの血が色濃く反映されているんだ……。これは先輩からのアドバイスよ。成長を急かさなくても大丈夫。貴女は確実に宗主様のシュウヤから一番初めに選ばれた<筆頭従者長>なんだから♪ 正直、ムカツクけど……』

『……すまない』

『あはは、ごめん。多少本音が交ざってしまった! けど、血の絆を得ているヴィーネのことは大好きだからね。またヴィーネの血を吸いたいし!』

『ふふ、同族とはいえ、確かに仲間、眷属たちの血は美味しかったです』

『うん♪ でも、その時は総長が激しくて、それどころじゃなかったけどね?』

『……覚えている。精霊様もお尻を光らせて倒れていたからな』


 楽しい愛のある思い出だ。

 ふふ、ちゃんとわたし、いや、皆の糧になっている。


『はは、思い出した♪ その精霊様は新しい技を得られたそうよ。でも、屋敷の使用人たちが不機嫌なのよねぇ~。精霊様が居ない! と愚痴を溢していたのを聞いてしまった』

『使用人たちの一部は、精霊様に手を合わせてお祈りをしていたからな……』

『そうみたいね。屋敷の一階の精霊様のスペースに色々な飾りが増えているわ……この間なんて、アジュールが守る総長の屋敷の新しい護衛兵にいいかな。と、最新の角付き傀儡兵を見せに行ったら、精霊様の真新しい像が中庭の隅っこに建設されていた。千年植物も少し大きくなって歌声も神聖な雰囲気に……』

『……それはそれで興味はある。その新しい兵。最新の角付き傀儡兵とは?』

『あ、ふふ、ヴィーネも気になるのね。総長も凄く気になってた』

『勿論だ。<血魔力>を豊富に扱える先輩のヴェロニカなのだから』

『もうっ、その言い方、書き方だと、総長にそっくりよ?』

『す、すみません』

『血文字に声の音とか伝えられないのかしら、今度総長に聞いてみよう』


 素の反応は止そう。


『それより、新しい骨付き傀儡兵とは……』

『あ、うん。ゼッタの新しい虫研究と錬金術に、ミスティとも色々と相談しながら、傀儡兵を作ったの。そしたら発展したんだ~。見た目も赤を基調とした装備で固めたの』

『赤装備とは目立ちそうですね』

『うん。わたしたちも【月の残骸】から【天凛の月】と呼ばれるようになってきたし、【血月布武】の名は伊達じゃないからね。とくに【血月海星連盟】とか。だから真っ赤なクラゲの絵を胴体に、その上に乗っかる形で神獣ロロちゃんの絵を付け加えたんだぁ。背中には真紅のマントを装着して、絵柄も天凛堂を覆うような月の絵よ! わたしたちの戦闘用衣装も血月に合わせて作ったし♪』

『……神獣様に赤い衣装の月とは! わたしもそれは見たい! わたしも傀儡兵が作れるが、どうにも……』


 そうなのだ。挑戦してみたのだが、すぐに崩れて倒れてしまう。

 イライラしたので自分で破壊する、ただの訓練の的当て道具に。

 『素材が勿体ない』と、ミスティに叱られてしまった……。


 それ以来作っていない。


『ふふ。聡明なヴィーネでもスキルがないんだから<筆頭従者長>といえど作成は可能でも難しいことはあるわよ。気にしちゃだめ』

『それはそうなのですが……』

『個人差がでるのは仕方ないわ。ヴィーネにはヴィーネしかできない血の剣技があるでしょう。わたしにはない技だわ。血剣は使えるけどさ……ヴィーネが持つ、そのガドリセス? 亜種技と言ってたけど。伝説(レジェンド)級の武器を生かすような専門の血技は特別だと思う』

『アズマイル流剣法の抜剣系の技術にユイとカルードの技術も加え、ルシヴァルの血を混ぜた亜種技』

『そう、それよ! そんな器用なことはヴィーネだからこその剣術でしょう。弓も上手いくせに!』


 しまった。先輩を怒らせるつもりはなかったのだが。


『自慢するつもりはなかった。すまない。ところで、さきほどの、凄い傀儡兵のことを説明してくれると嬉しい』

『……うん! 特別な、鎧や兜だけじゃないのよ! 新しい武器のウィップスタッフタイプとヘビーブレードを備えたの。素材が超がつくほどの貴重素材だからあまり数は作れないけど、王や皇帝を守る親衛隊みたいでカッコいいし、護衛としてはかなり優秀~』

『そのような武器が扱える赤き傀儡兵! ゼッタ殿の錬金術とミスティの魔導人形の技術が入っているのですか?』

『直接は関係ないけど、錬金術の素材は色々と参考になった。でも、大本はわたしの<血魔力>から派生している<傀儡廻し>と<専王の位牌>のスキルが大きい。光魔ルシヴァルの<筆頭従者長>の力はあらゆる分野を強くするからね。それに古い墓地があるホルカーバムとの取引が順調になったお陰かな。曰くつきの古代の骨が地下街経由で手にいれやすくなったから。そこはそこで邪教や魑魅魍魎な者たちが、はびこる巣窟だから争いが絶えないけど……でも、魚人海賊も【海王ホーネット】が押さえてくれているし、ハイム川の黄金ルートの一部を押さえたことは、わたしたちにとって恩恵が大きい』


 ハイム川黄金ルートの貿易は確実に【天凛の月】を強くしているようだ。


『【天凛の月】の名は伊達じゃないですね。ご主人様の手から離れたとはいえ順調に闇ギルドも発展しているようです』

『うん。メルは副長のままだけど、総長代理として頑張っている。といってもメルはわたしの<筆頭従者>だけど』

『……メル殿もご主人様がペルネーテに居たころより、父のことや、敵の闇ギルドだけなく、交渉相手が増えて忙しそうです』


 迷宮都市ペルネーテ。

 迷宮に挑む冒険者クラン、パーティ、依頼を出す大貴族、商魂逞しい大商会、闇ギルドが絡む殺人事件、ご主人様が警戒しろと仰られていたテンイシャ、テンセイシャたち……。

 毎日のように何かが起きているからな。

 そして、ご主人様が離れたから八頭輝と名が通っているとはいえ大変だろう。


『うん。ま、わたしもアメリちゃんを守りながら、闇ギルド対策もあるし忙しい。ヴァルマスク家のホフマンのことを総長から聞いた。まさか、能力を盗めるなんてね……ルンスにそんな能力があるとは思えないけど』


 ご主人様から死蝶人と戦ったホフマン。

 キサラを閉じ込めていたシュミハザー戦の報告があったのだろう。

 女帝となったヴェロニカならばホフマンにも抵抗はできるとは思うが。


 そのことは告げず、


『ホフマンの力が予想以上だったことが知れただけでも、良かったです』

『うん。ルンスも強いとは思うけど、追手を始末し続けて、永年逃げ続けることができる相手。でも、ホフマンの話を聞くと正直怖いわ』


『確かに、現在は一番警戒しなければならない相手といえます。しかし、シュミハザーをご主人様と衝突させた、ご主人様の力を視たいとする判断。そのシュミハザーをご主人様に捧げるような戦いの仕方。そして、事前にある程度戦いの予想をしていたように……敵対を回避しようと模索している動きを感じます。シュミハザーの戦いを聞くと、どうにもそんな気がしてならないのです……』

『そうね……聞く限りでは、頭も良さそうだしぃ? でも……わたしは嫌いよ……ヴァルマスクなんて大っ嫌い! <血剣還楽>を使い<斬剣乱舞>で鋏斬り! そしてマギットと一緒にルンスを倒してやるんだから! んじゃ、浮かない顔のポルセンとの幹部会議があるから、またねん~』

『はい』


 機嫌を悪くしたヴェロニカの血文字は消えていく。

 ヴェロニカも過去がある。


 ……気を取り直そう。わたしにはわたしの道がある。


 そのタイミングで、ご主人様の言葉が脳裏を過ぎる。


『自分の好きなことして、有意義に過ごせ。そして、お前を買ったことが俺の人生で一番のいい買い物だったと言わせてみせろ』


 寝台を共にした際に、耳元で優しく息を吹きかけながらの言葉……。

 しかも、弱点を同時に攻めながらだ。

 凄まじいテクニックで、すぐに昇天してしまったが……非常に嬉しかった……。


 もう奴隷ではないが、その期待通りの言葉を、ご主人様に言わせてみせる!

 だから、ここでがんばるのだ。


 狩りを再開しようと、立ち上がり、古びた石が重なり積み重なり階段状になっているところを降りていく。


 ここは遺跡か。

 ご主人様から、『あまり深入りはするな』と注意を受けていたが……。


 薄暗い斜め下へと続く洞穴を、身体能力を生かして駆け下りていく。

 ――上の魔霧の渦森とは違い、風が生暖かい……。

 故郷とはまた違う空気感だ。

 長耳からくる感覚も微妙に違うような……。

 これは地上に長く居すぎたせいか。


 しかし、この深さ、闇の地下世界と通じているのは、確実――。

 呪神ココッドィスズイン様のような存在があるかもしれない。

 

 岩壁が連なる壁を、三角飛びしながら膝を突いて、一旦、着地。

 まだ、底ではないと思うが、だいぶ降下した……はず。


 斜め前方に天蓋がある……懐かしい。

 壁には、削れた大月のマークに槍が突き刺さっている。

 骨という骨も壁にめり込んでいた。


 天井は、下方と左右へと曲線を描いて丸みを帯びて広まっている。


 そこに、巨大な魔素が呼応し反応していくように深淵の闇と一緒に呻くような声が谺するように、あちらこちらから……。


 ルシヴァルとしての血が騒ぐ。


『だれ?』「だれ?」「だれだ」「鳳竜アビリセン??」「だれだ」「幽刻チリチ?」

「だれ」「だれ」『だれ!』「だれ!!」「だれ!!!」


 なんだ、得たいの知れない恐怖を感じさせる声が……。

 多重に音が、感覚を狂わせる?


 いやな予感がする……ラシェーナの腕輪を発動させる。

 闇の精霊たちは周囲に展開するが、絶対的な防御技ではない。

 緑の目印となってしまう翡翠の蛇弓(バジュラ)は使わない。


 ゴールドタイタンと二剣で対処だ。

 何かが、近付けば……<羅迅剣>の血を流したガドリセスで薙ぐ。

 蛇刀の毒を浴びせてやろう。

 そして、わたしのルシヴァルの血は聖水と同じ。

 相手が闇ならば、ただの毒どころかではない。


 この血を纏った剣身に触れれば、蒸発するはずだ。

次話は1月6日土曜日を予定してます。


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