三百六十九話 キッシュ、家族との再会
波群瓢箪の上に乗っているぷゆゆが両手を左右へ広げて万歳をしながら騒ぐが無視。
俺は幽霊の歌声と未だに空中に漂うキストリン爺さんを見つめた。
爺さんは「イギルフォルトナー」とか呟いている。
とりあえず、キッシュに幽霊と歌声のことを説明だ。
「……なぁ、キッシュ。キッシュに似ているエルフの幽霊が見えるんだけど」
「え、な、なんだと?」
「この広場から聞こえてくる綺麗な歌声、実は幽霊からなんだ」
「幽霊?」
「そう、エルフの姿をした幽霊たち。幽体とでもいうのかな?」
「シャプシーのようにか!」
キッシュは剣帯の先にある柄に手を当て警戒。
その様は居合い系の技を使うユイに似ている。
「そう警戒するな。禍々しいという感じはしないだろう?」
俺の言葉を聞きながら、翡翠色の瞳を左右に動かすキッシュ。
「……確かに」
「その剣の手は放しても大丈夫だ」
俺の言葉にはにかんで、
「うん、少し、未知の現象で戸惑った」
「この幽霊たちは、精霊のヘルメも魔素が怪しく集まっているようにしか見えない」
傍に居るヘルメも、
「見えないですが、お日様のようなあったかい感じはします」
「……はい。精霊様のお水のような清々しさ。というか……懐かしさを覚えます。しかし、シュウヤ。本当にわたしと似ている幽霊が?」
「そうだよ。キッシュのご先祖様なのかなと、思ってね」
「――もしかして、妹のラシュが居るのか?」
キッシュは左腕を真横に振るう。
盾が腕の金具から外れて地面に落ちていた。
「居ると思う」
そして、キッシュの声に導かれたように、ゆらりとした幽霊らしい動きで、俺の家に現れていた双子エルフが目の前に現れる。
同時に、キストリン爺の十字魔眼が煌く。
その十字魔眼から照射されている光線は双子エルフたちに注がれていった。
魔眼の光を浴びた二人のエルフは光を帯びていく。
「母さんも居たりするのか!?」
「少し待て、何か起きている」
「……分かった」
キッシュは俺の言葉を受けて深く頷く。
そして、右往左往するように視線を巡らせていく。
すると、現れた双子エルフの片方が口を動かす。
『これで長く言葉を伝えられるの?』
『そうだ。歌とは違いこの力は限定的で時間は短い。そして、お前たちの故郷が失っている……だから長く話を続ければ……その魂は光へ導かれず地上を彷徨うだろう。果ては狭間に取り込まれるか魔界……もしくは多次元の闇を永遠と彷徨うことになる。気を付けよ』
キストリン爺さんは双子エルフの片方に向けて重厚な口調で話をしていた。
十字魔眼の力は幽霊たちに力を与えるらしい。
歌の方がパワーとか使いそうなイメージだが、違うようだ。
『うん! キストリン爺様、ありがとう。それじゃ早速!』
片方の幽霊エルフは爺さんから俺を見てくる。
挨拶しておくか。
『俺の名はシュウヤといいます』
と、双子ちゃんに語り掛けてみた。
『そんな挨拶は不要よ。エロな英雄さん!』
『ふふ、ラシュったら』
双子ちゃんは美人だ。
ラシュとはやはりキッシュの妹さんか。
『お母さんだって、ジーっと見てたじゃない! 凄いわ……わたしも……と、呟いていたのは知ってるんだから』
『そ、そんなこともあったわね……』
お母さんだったのか。
『あ、どうも、双子ではないんですね』
もう片方の美人エルフさんに語りかけてみた。
『まぁ、嬉しいことを……シュウヤさんは、口もお上手。えっちも激しいですし、キッシュが惚れるのは分かるわ』
『もう、お母さん。キッシュお姉ちゃんが居るんだから、変なこと言っちゃだめ』
キッシュのお母さんでいらっしゃったのか。
ということは父さんとかここに居るのか?
『シュウヤさん。きょろきょろしてないで、これはキッシュにも言えるけど、ちゃんと、わたしたちはここに居る。と、伝えてくださいな』
『あ、はい。お母さんの名は……』
『わたしはシュミといいます』
俺はキッシュのお母さんと妹さんと念話をしてから、見えない幽霊を一生懸命に探そうと見ようとしているキッシュへ視線を向ける。
動揺か期待か、或いは両方の感情が表れているように翡翠色の瞳は揺れていた。
「……キッシュ、お母さんのシュミさんと妹のラシュさんの幽霊、魂がここに居る」
「……え」
キッシュはドキッとしたように胸を揺らして俺を見た。
その瞳から涙が一滴……頬を伝っていく。
「おか、お母さん、ら、らしゅ……が、ここに、どこ……」
キッシュはゆっくりと虚空を掴むように手を伸ばした。
……が、指は宙を過ぎていくのみ。
見当違いの方向だ。
お母さんと妹さんの姿を彼女に見せてあげたい――。
そう考えながらキストリン爺に視線を向ける。
しかし、爺さんは頭を振っていた。
無理か……どうやら俺だけしか見聞きできないらしい。
歌が聞こえるんだから、せめて声だけでも聞こえたらいいのに。
なんで、責任ある役目を俺に押し付けるんだよ……。
が、キッシュのため、願ってもない家族との再会だ。
俺もできることはやろう。
「……ここだよ。キッシュの右」
キッシュの手を取り握る。
そのままラシュの緑髪に触れられるように細い手を誘導してあげた。
「ここか?」
「そう」
『あ、お姉ちゃんの手が……』
「今、そこに妹のラシュが居るよ」
俺の言葉に、キッシュは嬉しそうに微笑む。
双眸からは涙が溢れて止まらない。
「ラシュ……見えるか? お前が好きな花、エールワイスの花は、ちゃんとほら……」
泣きながらも光沢のある綺麗な緑髪を妹に見せるように頭を傾ける。
太陽に照り映えた翡翠色の髪は美しい。
その髪をさらに彩るように存在する髪飾り。
彼女が好んで頭に挿していた花の髪飾りは、そういう理由だったのか。
俺は現代の花言葉から色々と連想してしまったが、実は妹さんの……。
ヘカトレイルでデートした時の会話を思い出す。
今度ヘカトレイルに戻ったら、マジュマロンを食べよう。
そして、夜空を悲し気に見ていた表情には、家族の面影を映していたのかな。
『ふふ、お姉ちゃん、いつも見ているんだからわかってるのに』
妹と姉のやりとり。
温かい母の視線と親愛の情。
周りにエールワイスの花が咲いているようにも感じられた。
『キッシュも嬉しいのよ』
「シュミ母さん……」
『ふふ、ここよ』
「キッシュの隣で笑ってる」
「……わ、たし……」
『もう、そんなに泣いて……キッシュ、貴女は故郷に戻ってきてくれた。墓も建ててくれたうえに、わたしの好きなリヨンの葉と父さんの好きなミレバナの葉も毎日欠かさずにお供えをしてくれていたのよね?』
キッシュの母シュミさんは、抱きしめようとキッシュに手を伸ばすが、すり抜ける。
『シュウヤさん! お姉ちゃんに「ありがとう」って、「そんな悲しい顔は見せないで、わたしは大好きなお姉ちゃんに会えて嬉しいんだから!」って、伝えてほしい』
妹さんは必死だ、愛を感じる、そして元気だな。
『わたしからも「……愛しているわ。村のためによく頑張っているわね。偉いわ」と、キッシュに伝えてくれますか?』
勿論、伝えるさ……。
皆のお母さんと妹さんの気持ちは分かる。
会いたかった、互いに伝えたかった想いを持つ家族だもんな……。
俺も自然と……目の前の視界が揺れていた。
水の膜だ。涙が溢れてくる。
『……勿論です』
と告げた俺は涙を手で拭う。
そして、キッシュの翡翠色の瞳に反射している俺の姿を見ながら、口を動かした。
「……キッシュ。妹さんが『大好きなお姉ちゃんに会えて嬉しい』ってさ。お母さんも『また会えて嬉しい。愛している』と、そして、そのお母さんが『リヨンの葉をいつも持ってきてくれてありがとう』と、伝えてくれと」
「あぁぁ、お母さん――ラシュ!!」
キッシュは両膝から両手を地面に突けて、泣き崩れてしまった。
ラシュさんとシュミさんは泣いているキッシュに寄り添う。
肩を上下させて泣いているキッシュ。
ラシュさんとシュミさんは彼女のことを抱きしめてあげようとしているが……。
お母さんと妹さんは幽体だ……。
キッシュの身体を彼女たちの手が何回もすり抜けていた。
切ない。
「……お母さんとラシュの匂いがする。ふふ、今居るのだな?」
お? 匂いか。これもキストリン爺さんの力?
家族の再会のために粋なことする。
と、浮いて漂っているキストリン爺を見るが、爺はしらんというように頭部を左右に振って、天を眺め出していた。
暖かい陽射しが爺さんを照らす。
爺さんは光神ルロディスの祝福が行われている、と言いたいのか?
太陽神とか?
そんなことより、キッシュに何かしたい。
家族とキッシュに……。
そんな思いで、
「……お母さんとラシュさんは側に居る。キッシュのことを愛情深く抱きしめているよ」
「……そうか。お母さんとラシュ。会いたかった……」
キッシュは家族の愛を逃さないというように、自らの体を強く抱きしめていく。
健気な愛を欲する行動と言葉だ……。
その瞬間、キッシュがまばたきを繰り返す。
「あ、あ、ラシュ、母さん……」
『見えている?』
『見えているのね!』
キッシュには見えているらしい。
細い手を何度も幽霊のラシュさんとシュミに向けていた。
「あの頃と何一つ変わらない。綺麗なシュミ母さんとラシュだ……」
『お姉ちゃん……』
『キッシュ……』
泣きながら頷くキッシュ。
「……言葉は聞こえないが、姿が観られただけでも嬉しい――」
天を仰ぐように、蒼穹を見た。
快い朝風が吹く。
風を受けた翡翠の長髪が肩に掛かっている。
俺には陽射しの温もりが流されるようにも感じた。
「ありがとう……戦神ヴァイス様、いや、光神様の奇跡か」
キッシュは力強く語る。
視線を家族たちに戻し満面の笑みを浮かべていた。
「しかし、兄と父も居ないのか? 爺のアブ、友人のミトンは……」
キッシュのお母さんは、数回小さく頷き、涙をこぼしながら、
『……シュウヤさん。お父さんは〝光のセウロスに至る道〟を進んだと、兄のシュトランも立派に天国へと神界へ旅立ったと伝えてください。お爺さんと友ミトンは……地底神に』
シュミさんのメッセージを胸に刻む。
お爺さんと友ミトンさんの魂は……地底神に喰われた?
『……本当は、父も息子も、わたしたちも、ハーデルレンデの聖域へ向かうはずなのですが……』
ラシュさんは気になることを呟く。
頷いてからキッシュへ向けて、
「お父さんとお兄さんは天国の神界に光のセウロスの至る道を進んだそうだ」
「……そうか。良かった。まっ魔竜王よ。お前が家族を殺したことは憎い。憎い……が、未だに憎くてたまらないが、しかし……家族の魂が平穏なことには感謝しよう……」
キッシュは、泣きながらそう語っていた。
「そ、そうだよな……」
と、俺も声に出して、自然と大泣きしていた。
キッシュは何回も目を腫らし、「ばか、シュウヤ! お前が大泣きしてどうする!」から「だが、ありがとう……」と俺に告げてから、抱きしめてきた。
そこに、リュクラインとダオンさんを連れたハイグリアが、
「またキッシュと抱き合ってる! 許せん!」
「ハイグリア。今は家族と再会してるんだ……」
涙を拭いながらキッシュが話す。
「家族!? キッシュの家族? 見えないが……まさか双月神様の御使いと神狼ハーレイア様が踊り鳴いたというお伽噺に似た現象なのか! 神像から先祖たちが列をなすように出現するという……歌のようなあの〝鳴弦の儀〟。エルフたちの儀式とはいえ、だから、シュウヤも泣いているのだな……ならば、わたしも泣くぞ!」
ハイグリアは意味不明なことを。
「姫様……わたし、英雄様とはいえ、こんな大泣きをする雄は生まれて初めて見ました……」
泣いたって、いいじゃないか。
と、少し恥ずかしくなったから身を反らしてキッシュから離れた。
「しかし、姫……英雄と分かっているのですが、よくよく見たら、黒髪に黒い瞳。あの吸血鬼、黒の貴公子に似ています」
額に十字の傷痕を持つおっさんのダオンさんが気になることを話した。
黒の貴公子……。
外れ吸血鬼で強い奴という印象だったが、ダオンさんは知っているんだな。
そこに、
「――シュウヤ様、波群瓢箪の上でぷゆゆちゃんが……」
空から俺たちを観察していたキサラが魔女槍をぷゆゆへ向けていた。
その、ぷゆゆは波群瓢箪の金具に向けて何度も小型恐竜を射出している。
「――ぷゆゆ!」
『この巨大樽の瓢箪は怪しいぞぷゆ!』
と、言ってるのかもしれない。
重い波群瓢箪はぷゆゆに応えるように銅鑼音を鳴らす。
ハイグリアもその様子に気を取られて、
「小熊! それは血を吸う怪しい物だ、離れた方がいい!」
と、助けようとしていた。
「やはり、不思議な生物ですね」
ヘルメに同意。
象鼻お化けの時獏が語っていた波群瓢箪の中に住む雲錆・天花。
その雲錆・天花は突然現れたりしなくては、大丈夫なはず。
が、血を吸いとっていたからなぁ
中でどんな反応が起きているのか……。
育っているのか分からないが……。
『使い勝手に苦労すると、その可能性は夢幻』
と時獏は話をしていた。
その間に、キッシュは身振り手振りで再会したばかりの家族と会話をしていた。
「……しかし、父や兄と違い、なぜ、お母さんとラシュの魂はここに残っていたのだ?」
当然の疑問を俺に聞いてきた。
『ラシュさん、理由は?』
『わたしたちはハーデルレンデ一族と強い結びつきがあったみたい。というか、死んでから知ったんだけど……』
ラシュさんは姉と母を見ながら話していた。
『娘のいう通り、死んでから分かることはたくさんあります……ハーデルレンデの秘宝【蜂式ノ具】が眠る聖域は本当でした。それが、地底神ロルガに秘宝ごと奪われてしまった。聖域は様々な魔力花が咲き乱れる場所らしいです』
聖域にそんな秘宝が……。
『……先祖の加護を知らず知らずのうちに失っていたわたしたち。だから故郷は魔竜王に襲われることに……同時に聖域への道が閉ざされてしまっていたわたしたちの魂は……キストリン様とイギル様の光に救われたお父さんと息子を含めた一部の魂たちを除いて、この地に永遠に残ることとなったの』
キストリン爺さん、そんなことは一言も。
『他にもそういった理由が……それをキッシュに伝えますか?』
『はい。できれば……そして、キッシュから直に貴方を説得してほしい。他の先祖たちの願いもあります。一族の秘宝を取り返してほしい。わたしたちを聖域まで誘ってほしいのです』
これは了承するしかない。
時間が掛かると思うが、そして、すぐにはできないが。
『……分かりました。キッシュに説明します』
俺は皆が集まる中……。
キッシュとその母と妹ラシュさんを時々交えながら……。
キストリン爺と、キッシュのお爺さんとミトンさんの魂、ハーデルレンデの秘宝【蜂式ノ具】が眠る聖域を地底神ロルガに奪われたことを、かくかくしかじかと、説明をしていった。
「……という理由があったらしい」
「蜂の力ですか、聖域……巨大な地下世界。カルードの話も思い出しました。迷宮都市サザーデルリにも魔神帝国、魔界への傷場があると……」
ヘルメが小熊太郎を抱っこしながらそう語る。
「ぷゆゆぅ」
と、くりくりした目を輝かせている小熊太郎は頷いていた。
ぷゆゆは理解していないと思う。が、ヘルメの乳房に頭が挟まれている。
やるな、ぷゆゆ。雄か雌かわからないが。
「そうだったのか、この蜂には力があったのだな……」
キッシュは己の頬に刻まれているエルフ族の象徴を指の腹で触る。
他のエルフ族も己の祖先たちの印が頬にあるのか、【紅虎の嵐】のベリーズ・マフォンも祖先にルーツがあるんだろう。あの爆乳おっぱいの秘密、否、弓の実力……。
「……また、シュウヤに頼むことになるとは、しかも地底神の領域……」
「何言ってんだ。俺とお前の仲だろう」
「あぁ……愛しい友」
キッシュと深く見つめあう。
自然とキッシュは寄り添ってきた。
翡翠色の瞳は綺麗だ。その双眸からキッシュが何を求めているのか理解できた。
そのまま自然と体が動く、キッシュの小さい唇を己の唇で塞いでいく。
柔らかい唇、キッシュの唇の襞と押し付けてくる唇に吐息から愛を感じた。
次の瞬間――。
「シュウヤ様……」
とキサラの魔息が込められた涼しい声が上空から響く。
キサラはロターゼを軽く蹴るとダモアヌンの魔槍の柄から伸びているフィラメントの群を片腕に絡ませていった。そのフィラメントの群は蛇がとぐろを巻くように片腕に絡んでいくと異質な鴉が表面に浮かび上がった煌びやかな腕となっていた。
キサラはそんな煌びやかな片腕を勢いよく振り下ろし<投擲>を行う。
片手の肘を使ったスムーズなダーツ投法にも似ているが、すさまじい速度で飛翔する魔女槍のダモアヌンの魔槍――。
ダモアヌンの魔槍は俺たちとは違う方向に向かうが、キッシュから離れた。
「……ぷは」
唾が引く俺の唇を悩ましく見ているキッシュは俺の腕を掴む。
「ふふ、キサラも閣下の男の深みに嵌まったようですね……」
キサラの様子を見ていたヘルメ。
ふくよかな乳房を悩ましく紐で盛り上げるように、胸元で両腕を組んでいる。
お尻ちゃんを……とか、声が聞こえたような気がした
その近くでは、「わたしには、き、キッス、がないのか!」と、ハイグリアの悲鳴が轟いていたが、悪いが、今はキッシュだ。
明日も更新予定です。