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三百五十八話 幕間ミアのニ

槍猫4巻発売記念のSSとなります。



 ――あぁ、グウ! また空に……。

 寒いぃ、でも綺麗な空――えっ? 黒巨獣? 

 しかも、頭の上から背中にかけて人が沢山乗っている?

 あの黒い頭部は見たことがあるような……何回かグウの転移先で、空を飛ぶ鯨の群れがクラゲたちを襲うところは見たことがあったけど。

 あれ! 黒髪の……あぁっ、顔が歪んで――目の前が曲がる――

 

 ――ぅうぅ、急な転移……。


 昏いし、寒いし、真っ暗は怖い。

 その暗闇と寒さが同居する場所で、


「――まっくら~。でも見える!」


 楽し気なグウの声が谺した。

 連続の転移……蒼白い光が目に残るし、目がパチパチする。

 自然と、瞼を何回もしばたたく……先ほどの黒髪はもしかして……。

 なわけがない、わたしオカシクなった?


「まっくらーん、まっくらげー? ぷふふーん ぶはははー」


 ……グウは自分の声が響くのを楽しんでいる。

 本当に楽しいだろうけど……わたしは違う。

 恐怖と寒さが、皮膚に身震いの波を起こしていた。

 目元をこすりながら、昏い中、


「……グウ、ペルネーテに戻ろう?」


 グウの声音が響いた辺りへと話しかけていた。


「やだ! まだ遊びたい! 敵はオイラが倒すから大丈夫!」


 もう! 帰りたいのに! グウは楽し気。

 昏くて表情は分からないけど、その声だけで分かる。

 グウは強く気まぐれで朗らか。

 そして、『おならがぷう~』と喋りながらくさいオナラを連発し無作為な連続転移を行う。これは最初から変わらないし……仕方がない。

 グウが満足しないと帰れないからね。

 楽しんでいるグウだけど……この魔杖ビラールで、ある程度のグウの操作というか力を貸すことは可能になってきた。


 お陰でグウと一緒にわたしも転移を繰り返す。

 そして、わたしだけの能力では転移はできない。


 だからグウの気まぐれに付き合うしかないのだ。


 と力強く納得して動揺を抑えようとした。

 

 でも、無理。

 ここはどこだろう……。

 

 太陽がないし空ではないことは確か。


 地上、夜の地方……ううん、匂いからして地下。

 粘り気と湿った空気が何年も沈殿しているような澱んだ空気感。


 草が燃えたような匂いもあった。

 ……空の次は地下か――。


 そう不満に思いながらも、急ぎ腰に備えておいた光苔のランプを取り出した。

 ランプと繋がる紐先の木製柄を握って――胸前にその柄を上げて、ランプを掲げる。


「――あ、明かりだ! オイラが明るくするのに!」


 グウはそう言うけれど視界の確保は急務。

 個人の冒険者的には……明るさは敵となる場合が常だけど……。


 これで周囲の明るさを確保――。


 足裏の感覚で分かっているけど、地面は硬い石。

 でも、ここから右の方の地面には苔と樹木が乱雑に生えているのが見えた。


 不思議。そして、炎が当たった?

 ようなところが地面にあって……。

 焦げ茶色に変色している葉の部分と燃えて金属が溶けたような樹木痕がある。


 そんな地面の上を、わたしは自らの踵と爪先を伸ばしては、足を上下させる。

 地面を叩いて、安全を確認。


 わたしの動さを見ていたグウは頭を僅かに傾け「アイラ、踊ってる?」と、はにかんで笑う。


「一緒に踊る~?」

 

 グウには踊って見えたらしい。

 おどけた顔なんだから! 表面は凹凸があって不細工だけど可愛らしさがある。ゴブリンに近い緑と青白い竜の鱗のような皮膚を持つ不思議な肌で表面には色々な炎、髑髏、天道虫、鳥、蛇にフルーツのような丸い格子状の物の模様が刻まれている。

 髑髏の模様は少し怖いけど、声は朗らかで可愛い。


「……グウ、踊らないし、これは踊ってないの! 慎重に調べているの!」

「へんなの~」


 グウは振り向いてスキップを踏むように先を進む。

 変な笑い声を発して歩いていく。それはあたかも暗闇が新しい遊具のように感じているかのような動き……。

 笑い歩くグウは魔力で生成した棍棒の武器を持っていた。

 わたしは陽気なグウとは違う。おそるおそる左の壁へと手を伸ばす。

 レソナンテ寄宿学校の教科書と魔法学院の教科書を読み比べた時に色々と読んだことがある。

 特異な壁や空間があるということを、この壁に罠があるかもしれない……モンスターが飛び出てくるかも……。

 と思ったけど、壁はべつにかみつきはしなかった。

 指裏で壁の表面をなぞった、煉瓦のようで乾燥土のような古い壁。

 ……人工的かもしれない。凸凹した古壁を指でなぞりつつ、一歩、二歩と足を進めた。壁は奥へと続いている。上にも続いていそうね……。

 と、壁に体重を預けながら見上げた――あ、絵だ。

 壁には人と人が上下に絡んで踊っているような壁画が描かれてあった。

 何かの儀式の絵? モンスター以外の住居がこの場所近くにある?

 古いから違うわね……。


「アイラ~。そんな平たいの見てもつまんない! こっちにいくお」

「うん。でも、ミアとは呼んでくれないの?」


 わたしは昔の名前のことをグウに聞いていた。

 【ガイアの天秤】はもうないけど……。


 まだ、わたしの心意気(小さいなジャスティス)は失っていないからね。


「やだ。オイラには魔女アイラだって、このあいだ言ったじゃん!」

「魔女アイラね。この間は仕方なく了解したの」

「ダメ。アイラはアイラだから、それより、こっち!」


 強引なグウは不満そうに語る。

 そのまま地面から生えた根っこを太足で踏みつぶしながら先を歩いていった。

 肉付きのいい太い足で軽々と体が浮くような跳躍機動を行う。

 ドシンと着地した音が凄い、グウの体は頑丈そうで脂肪が多そうだけど……。

 やっぱり底が見えない魔力量の持ち主。


 体内から溢れ出る魔力の質も普通じゃないし。


 そんな普通じゃない肩の張ったグウの背中を見ながら進む。

 

 よし……わたしはこれでも冒険者の端くれ。

 他のメンバーが、もしこの場に居たら……。


 と、想定しながら両足の感覚を意識して一歩、二歩と進む。

 

 グウが前衛は当然ね。

 後衛がわたし。


 シュウヤさんが居れば強襲前衛を頼みたいな。

 黒髪と黒瞳の彼。

 魔槍と魔法が巧で【梟の牙】の兵士を倒して、わたしの命を何度も助けてくれた……。


 最終的には、心も救ってくれた。

 

 ……一生忘れない。

 面と向かって、まだ……“ありがとう”とも言えていないけど……。


 勇気を出して書いた手紙と、想いを込めた石は無事に届いたかな。


 あぁ……いけない。

 ここは危険な場所。

 シュウヤさんのことを考えたら……。

 

 それだけで頭が一杯になってしまう……。

 切り替えよう――。



 ◇◇◇◇



 ここの右方は広々として、暗いのは確かね。


 ペルネーテの迷宮?

 だとしたら、五階層から下は未経験だから……正直怖い。

 強いグウが守ってくれるけど、パーティとは少し違う。


 それともペルネーテではなくて、どこか遠い場所の地下迷宮かしら……。

 わたしが持つランプも少しだけ特別だけど光源としては心許ない。

 するとグウが持つ魔法棍棒の表面に魔力の紐が生まれて、その紐が蠢きながら宙空に伸びていく。


「アイラ!」

「ん? 何?」

「オイラの特製“おにぎり(魔法)”でここを明るくする!」


 おにぎり? 魔力の紐と関係が?


 おにぎりの魔法なんて初めて聞いた。

 謎の宣言をしたグウは、太い肉の脂肪を振動させながら魔法の棍棒を上下左右に振う。

 棍棒の先端から小さい魔法陣が出現し一瞬で消失していった。


 その魔力棒を振るう姿は幸せを運ぶ妖精のよう――。

 グウは詠唱とは違う方法で、目の前に火球を誕生させていた。

 火球というより火と雷? 火雷球は、グウより一回り大きく中心から渦を描くように円状に広がる。

 魔力の質は凄まじい火と雷の塊。

 そんな魔法を作ったか召喚したか生み出したのか、分からないけど、幸せではなく破壊を運ぶ魔人の姿といった方が正しいわね……グウは照明のつもりだろうけど……王級規模の攻撃魔法?

 王級なら【戦神の拳】のゴメスさんたちと野良の方を含めた多人数パーティを組んで、五層の依頼をこなした時に見たことがある。


 その時、優秀な方々が存在した。


 クラン名は【魔鞭愛好会】、Sランク冒険者カタリーナさんを愛する会。

 そこに所属する一級クラスの上位魔術師が放った火属性の爆鳳炎苦(レフ・ファルド)


 あの王級魔法は凄かった。

 もしかしたら宮廷魔術師がお忍びで参加していたとか?

 【魔術総武会】の幹部かもしれないけど、このグウの火雷球魔法の方が迫力がある。


 王級の爆炎竜脈(メギド・ザ・ライン)も威力が大きいと聞いた。

 深淵の闇底、十層地獄も炎で浄化できるぐらいにと。


 そんなことを考えながらも、グウの特性火雷球(おにぎり)はゆっくりと揺曳しながら進む。

 すると、進む火雷球の渦から雷鳴が轟いてきた。


 雷鳴と共に右辺の地形がハッキリと姿を現す。

 凹凸した床の横幅は広い。


 天井は……先端が鋭そうな岩柱が並んでいた。


 あれが上から落ちてきたら危ない、注意が必要ね……。


 そんな危ない岩柱が天井に並ぶ先に、内側へと湾曲していた部分があった。


 湾曲している部分は穴。

 あの穴の形は……見たことがある。


 そう、迷宮都市ペルネーテで売っていた新しいお菓子に似ている!


 タナカ菓子店の新商品「ミスド」という名のお菓子に。


 わたしも紅茶と一緒に頂いたけど……あの食感は忘れない。


 丸く柔らかいお菓子を口に含んだ瞬間、幸せに包まれた。

 ……表面はサクッとして中はふんわりと柔らかく……。

 仄かな甘みとフルーティな匂いが口の中を蕩けさせて、ううん、口を超えて全身で感じていた。


 美味しい……。


 と、思い出しただけで、心が和らぐ「幸せお菓子」。


 アイスというお菓子も凄く凄く好きで美味しいけど、ミスドも新食感だった。

 思い出したら、また、食べたくなっちゃった!


 【戦神の拳】たちの仲間たちと友達のデイジーに好評だった。

 シェイラさんにも褒められたし、嬉しかった。


 わたしたちのような冒険者だけじゃなく魔法学院の学生たちにも大人気の店だからね、当然かも。


 そして、【戦神の拳】たちの仲間と仕事帰りに寄ったそのタナカ菓子店で……。


 黒豹と栗鼠を扱う魔獣使いの冒険者の客の姿を見た時。


「鬼神な強さを誇る優しき虎……。シュウヤさんを思い出すわ」

「またその話っすか? たまんないっすね、うふ」


 と、頬を赤らめた怪しいジオさんとシェイラさんの会話の中に、偶然だけど、わたしの好きな虎の童話に例えて、シュウヤさんのことが話題に上った。


 あぁ、またシュウヤさんの話を思い出してしまった……。

 

 そこで『気を引き締めないとッ』と、かぶりを振った――。


 この洞窟の先を見よう。

 グウと洞窟の先を見据えていく。


 お菓子のような形の天井の穴……。

 縦穴が延々と続くような巨大吹き抜けがあるようね。


 あ、グウの火雷球が通り過ぎたところに箱?

 漆喰のような外郭に縁取られている長方形の箱があった。


 ――箱の中に、何かが居る!

 急いで、魔杖ビラールを胸前に構え持つ。


 わたしは魔杖ビラールに魔力を込めた。

 

 ビラールと魔力が繋がっているグウは即座に反応を示す。

 身体の表面に、膨らんだ薄紫色の魔力を纏わせていた。


「アイラ~ありがと! あのぐにょぐにょは、おいらが倒す!」

「ぐにょぐにょ?」


 そう尋ねながらも火属性の上級魔法炎熱波(エンファルヒート)を準備。

 グウは気まぐれだから戦闘途中で、また転移するかもだけど……。


 攻撃魔法の準備はやっておく!


「火精霊イルネスよ。我が魔力を糧に、炎の精霊たる礎を超え、古から続く炎の真理と万全なる式識の息吹を現したまえ――炎熱波(エンファルヒート)


 わたしの周囲に炎の幕が展開。

 手元には攻撃にも転用が可能な小さい炎の波が漂う。


 これは攻撃と防御が可能な魔法。

 魔導士には欲しがる人が多い。


 その瞬間、グウが『ぐにょぐにょ』と喋った理由が見えた。


 液体? ううん粘土かも。


 黄色と黄緑色の棗型の液体粘土が合わさっている。

 同時にその色がきゅッきゅッと音を響かせて擦り合うと、耀く。


 擦れて不自然に耀く場所から、次々と……。

 乳歯と皮癬(ひぜん)のようなモノが生まれ出た。


 そして、その乳歯と皮癬が震える。

 乳歯は互いに反発?


 乳歯は、まごついたように激しく揺れていた。


 とにかく、乳歯がいっぱい付着している粘液型モンスターってことね。

 濃い色合いだから、スライムのような核は見えない。


 まだ五層までしか経験がないけれど……。

 迷宮都市ペルネーテには居ない種類のモンスターかもしれない。


「ぐにょーん! たおーす」


 グウは脂肪たっぷりな頬肉を震わせながら語る。

『ぐにょーん』と勝手に名付けているけど、ぴったりかも。


 そして、獲物を見つけた!

 というように豊な肉付きのいい大腕を振るい上方に構えるグウ。

 緑髪を振り乱しながら跳躍していた。


 握っている魔法棍棒から魔力紐が靡く。

 体格が大きいけどグウは身軽。


 高々と跳躍したグウは上段の位置から、ぐにょーん目掛けて魔力棍棒を振り下ろした。

 粘液粘土の新モンスター『ぐにょーん』と魔力棍棒が衝突――。


 その瞬間、魔力棍棒から茨のような棘が生えていたのが見えた。


 棘はぐにょーんと衝突し、蒸発するように消える。

 けれど、ドガッ、ブォォッと、多重に蠅がぶつかり合う鈍い音を響かせてきた。


 ぐにょーんは意外に硬いのかもしれない。


「――ふんふん~ふん♪」


 グウは鼻歌を口ずさみながら、わたしに見えない速度で魔力棍棒を振るい続ける――。

 棍棒の周りに魔力の粒がこびりついているとだけ……わかる。


 あっけなく粘液モンスター(ぐにょーん)は塵となって消えていた。


 グウ強い……。


 わたしの魔法も意味がない。

 でも、魔石も残っていないから、ここは迷宮都市ペルネーテじゃないわね。


 すると、鼻歌を止めてグウ。

 魔法棍棒を器用に横回転させてから肩に担ぐ。

 そして、粘液モンスターが入っていた長方の形をした箱へと、頭部を向かわせる。


「……グウ、何か見つけたの?」


 グウは箱から顔を出して、こちらを振り向くと、


「うん~アイラ、これ何~」


 太指を箱の中へと伸ばし、質問してきた。

 古代の墓ではないのかしら……わたしも近付いて、箱の中を確認。


 蕾が密集したような中心に豆の突起部分がある。

 

 これは罠じゃぞ。

 注:老人パイセル。


 え? 汚くぎざぎざの文字だけど、共通語でそんな言葉が刻まれてあった。


「これ、触っていい?」

「罠の仕掛けだと思うからだめ――」


 といったけど、豆の突起部分をグウは押していた。


 刹那「ひャッ――」と、わたしは叫び「――落ちた!」と喜ぶグウ。


 わたしたちはどすんと、音を立て尻餅。

 ――気付いたら滑らかな床を勢いよく降っていた。


「――アハハハ」

「笑ってる場合――」


 わたしの言葉はすぐに置き去りにされる。

 グウの楽し気な声が風のように鳴り響いては背後に消えていく。


 滑空気味だけど、不思議とお尻は痛くない。


 わたしも滑り台を楽しむしかなかった。

 でも、お、オシッコがァァ、いやッ――。


 うううぅ――グウのばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!

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