三百五十四話 ダモアヌンの魔女
2021/06/05 0:03 修正
2021/06/06 10:08 にくにくぽーを追加。
ロロディーヌの頭に乗っていたのは、小熊のような小動物?
ロロディーヌ頭から生えた黒毛で姿がよく見えない。
――刹那、殺気を感じた。
殺気は小動物からではない。魔女槍からでもない。
川向こうの森からだ。
殺気を捉えようと集中した瞬間、その殺気は霧散。
樹木の厚い雲を感じさせる梢が擦れて鳴く。
葉のざわめきが俺に応えるのみ。
ロロディーヌのレアな鳴き声にも似ていた。
『仕方にゃいにゃ~』といったような……。
ま、暗いし視界が悪い。
殺気染みた感覚は掌握察の外だった。
遠すぎて魔素の気配の判断は不可能。
ビームライフルのスコープで覗きながら探索すれば何かを発見できるかもしれないが……。
ここは野からモンスターが湧くような樹海だからな。
ホフマン以外にも強い敵はいるだろう。
無視だ。
そして、ロロディーヌの頭の毛が揺れる原因が気になったが……。
「……ロロ、準備しろ。あの超絶に怪しい赤黒い槍がどうなるか分からない――」
そう相棒に話をしてから目力を意識。
巨人シュミハザーを飲み込んだ魔女槍を睨む――。
え? 睨んだが……何だあれは……。
肝心の魔女槍はどこに消えた?
周囲の警戒が消える勢いで新しい存在を凝視。
巨大な物体だ。
あれは鯨の頭部か? 巨大で前が見えない。
全体像の把握はできない。が、歪な形に見えた。
表面は滑らかそうな魔力を内包した黒い金属と推測。
ミスティかエヴァなら……。
鯨を見て、金属の名を指摘してきただろう。
あの鋼鉄染みた鯨の頭部は後ろ姿なんだろうか?
上部は丸くなっている。
下部は毛を刈り上げたような跡が続く。
馬の蹄を思わせる形の足には、フィラメント状の奇妙な毛が生えていた。
そして、ヘルメが好きな部位があった。
蹄はシュミハザーの足を髣髴とさせる。
すると、その巨大な鯨の頭部が雑巾を絞るような音を立てた。
鯨の頭部の巨大な物体が、何かを飲み込む? 動作か?
奇妙な音を立てながら上下に怪しく動き出していた。
え? なんだあれは……。
下腹部が膨らんで撓むと、お尻からドット絵風の赤黒い四角形が生まれ出ていた。
四角いドット絵風のモノは、自ら肺呼吸をするように伸び縮みを繰り返しながらゆらゆらと動くと、ポニョポニョと音を響かせながら、次々と誕生していった。
盛大なドット絵のオナラ? うんこ?
空間に干渉しているエネルギー放出の名残?
ワイン的な赤黒い四角形は――。
――点々と明滅しながら透明になって消える。
放出されては消える物質も不思議だが、巨体も巨体だ。
鯨のようだし。
鯨の巨体の大きさは、三十メートルを超える?
大きさはシュミハザーの巨大棺桶を超えていた。
漆黒色の巨大鯨か。
野生の空飛ぶ鯨と、そう大きさは変わらない。
しかし、形は違うから別種だろう。
そして、ヘルメがいたら絶対に何かを語っている。
『大変です! お尻が割れていません』とかな……。
そんな漆黒色の鯨の斜め下の宙には……依然として、シュミハザーが入っていた巨大棺桶が浮いていた。
シュミハザーが消えても棺桶は消えずか……。
あの巨大棺桶とシュミハザーに精神的なリンクはないのか?
まぁ、あの棺桶の中には別のモンスターが棲んでいるのは確実。
先ほどチラッと見えたのは闇の巨人だった。
シュミハザーが『主のホフマンは二百五十の悪魔を従えている』と語っていた。
だから、あの棺桶の中にはシュミハザーを抜かして二百四十九体の悪魔が潜んでいる?
それとも……棺桶自体がモンスターなのだろうか。
巨大棺桶の表面の絵画はアニメのように動いて、文字も浮かぶ。
『同胞よ、世に守るべき者はただひとり、死の吸血天使メルキオール・ホフマン様なり』
他にも多数文字が浮かんで、消える。分散した和音も轟いてきた。
棺桶も怪しいが、ま、後だな。
……今は、あの巨大な鯨の頭に集中しようか。
頭部を揺らすロロディーヌ。
鯨の頭と棺桶の存在を認識している。
「ンンン――」
喉声を響かせながら俺の胴体に黒触手を伸ばす。
一瞬でしゅるしゅると音を立てた触手は俺の腰に巻き付いた。
それは新・魔竜王鎧の真新しい黒ベルトのようにも見える。
そして、俺の胴体に巻き付けた触手をロロディーヌは引き寄せた。
グイッと、引っ張られる感覚は一瞬。伸びたゴムが急激に縮まる的な反動。
相棒のロロディーヌは、俺を瞬く間に背中の上に運んでくれた。
相棒の後頭部に着地――。
アーゼンのブーツ越しに柔らかい毛並みの感触を得る。
ふさふさな黒毛は気持ちいい。
そのまま相棒の毛並み通りでもある、後頭部を歩いた。
そこで、しゅるっと音を立てた黒触手が目の前に。手綱だ。
――毎度だな。
目の前の触手手綱を左手で、ぎゅっと掴む。
ついでに、その手綱の触手ちゃんを、手の内で揉み拉く。
肉球とおっぱいさんの中間といえばいいか……。
柔らかい感触は絶妙だ。そんな操縦桿でもある触手手綱の握りを少し強めた。
「ンンン――」
神獣ロロディーヌが俺の手の感触が気持ちよかったのか、そんな喉声を寄越した。
面白い相棒ちゃん。すると、親指と人差し指の間から肉団子のごとく出ている触手の先端が平らに変形。平らになった触手の先端は俺の首下へと滑り込んできた。
その触手の裏側の肉球がピタッと俺の首に付着。
少し冷えるが、吸盤のような感触だ。
触手手綱から得られる感触もいいが、この首から感じる肉球の感覚も好きだ。
この感覚は……細胞と細胞がミクロ世界で合致した感じ?
前にも同じことを考えたな。
とにかくだ。ロロディーヌとの感覚共有は俺にとって特別。
<人馬一体>を超えた<神獣止水・翔>だ。
そこに、
『あたま』『にく』『あたま』『ころがす』『たのしい』『あそぶ』『おしり』『くろ』『たおす』『くろあめ』『にく』『にくにくぽー』
ロロがふわふわを超えたふあふあとした楽しい気持ちを伝えてきた。
『にくにくぽー』が分からないが、要は、『あの鯨を一緒に退治にゃ~』ってことだろう。
気持ちを物語るように――。
神獣ロロディーヌは頭を不自然に揺らすと、
獲物を見据えるように一歩二歩と迫力のある四肢で近寄る。
が、なぜ頭を揺らしているのかが分からない。
四肢から無数に出した触手を前方へ扇状に展開。
孔雀の飾り羽のような触手群。
視界が暗くなるほどの量だ。
先ほど一纏めにされたことを根に持っている?
そんな孔雀触手の影で……夜らしい視界となった。
俺的には魔素が彩る視界だからあまり変わらない。
神獣ロロディーヌの胴体の横からは、綺麗な翼が真横へ伸びている。
初列風切の数が増殖するような動きで拡大していた。
そして、牙を出すように口も広げる。
若干頭部を上向かせて、炎めいた息を少し出していた。
ロロも戦う準備はできている。
空中で加速しながらの戦闘も想定しておこう。
すると、俺の近くの頭の黒毛が光を帯びた?
いや、もぞもぞと毛が動く。
そこから光を伴った小動物が登場した。
「ぷゆゅゅ~」
ぷゆ?
こいつか、さっき動いてた小動物は!
……くりくりとしたつぶらな瞳を持つ。
ヒヤシンス石のような色合いのおめめだ。
モコモコと柔らかそうな茶色の毛に包まれた小さい頭部。
その頭部には一対のかわいい小さい耳もあった。
左右お揃いの耳からして、まさに、ザ・ぬいぐるみ。
小動物はニコッと笑みを浮かべている。
獣人? 小熊? すきっ歯が多い……が、白い歯だ。
そんな小動物の下半身はロロの前頭部から生えている黒毛で見え隠れしていた。
……かわいい。
モコモコとした毛で覆われた小さい手を前へ伸ばしてロロの毛を退かしていた。
もう片方のかわいらしい手には、儀式で使うような小型の捻れ杖が握られている。
杖の先端は枯れたクリスマスツリーのように枝が多数ある。
葉がない代わりに色々な飾りがあった。
枝の天辺には恐竜や何処かで見たような蝶々が飾られている。
枝の端にはマンゴーの形をした木の鈴と白イチジクに似たモノがぶら下がっていた。
枝の下部には小さい布のタペストリーもある。
そんな杖の周りには、銀色の光が明滅する蛍系の小型昆虫が集まっていた。
杖自身も淡い魔力光を発している。
仄かな銀色の明かり……。
丁度、ロロの触手が頭上に展開されて暗くなっているので、明るく感じた。
その小動物というか小熊は、「ぷゆゆ! ぷゆゆ!」といいながら俺に近付いてきた。
ロロディーヌの黒毛を退かして姿を晒す。
小熊は小さい毛皮の衣服と骨を削って張ったような甲羅の防具を身に着けていた。
革ベルトもあるが、体内に魔力を溜めている?
くりくりした瞳を輝かせながら持っていた杖を掲げてきた。
「ぷゆゅ~ん!」
と、偉そうな感じの声音で叫ぶ。
彼か彼女か不明だが、小熊は杖を軸に魔法を放っていた。
俺やロロに対しての攻撃じゃない。
魔法は自分に向けていたようだ。
光沢のある銀色の小さい波が独特の波紋を作りながら宙に展開。
波は揺れながら小動物こと小熊の身体の各部位をくるりと回って包む。
銀色の波は体から生えているモコモコの毛に混ざるように消えた。
が、一瞬にして魔法衣を身に纏っていた。
魔法衣は淡い銀色の光を発している。
続いて、着ている銀色の光を帯びた衣から尾ひれが付くように、青白い薄い膜がモコモコの毛の身体を覆っていく。
二つの小さい足を含めて身体を覆っているから、<魔闘術>系かもしれない。
または素直に防御フィールド系か。
元々羽織っていた毛皮も青白い。
骨を削って張ったような甲羅の防具も表面の部族印のようなマークが輝く。
革ベルトにも薄く青白い膜が掛かっていた。
連結している小袋も色合いが変化。
小袋から飛び出ている燕麦のような猫草にも青い膜が掛かる。
モコモコの毛が目立つから衣服は必要なさそうに見えた。
意外に寒がりとか?
そんなことよりも、魔法のことを聞くか。
「……魔法を使えるんだ」
「ぷゆ?」
おぃぃ、何だ、その疑問形の顔は……。
見つめてくる仕草が可愛いぞ。
しかし、その言葉は未知。
翻訳がされない。
小熊ちゃんは、この辺りの地域に住む先住民族かな?
「……ロロ、この小熊と仲良くなったのか?」
「ンン、にゃ、にゃぁ~」
否定するように頭を振るロロディーヌ。
頭部から首元にかけての天鵞絨のような黒毛を激しく揺らす。
俺まで揺れる。
ま、感覚を共有しているから平気だけど。
そして、共有依然に……。
俺が背中に乗るとロロディーヌはいつも何かしら絡んでくるからな。
先端を御豆にした触手で、俺の頬をツンツクしてきては……素手の右腕の地肌を擦ったり、足に絡ませて引っ張ったり、髪の毛をぐしゃぐしゃにしたり……。
今はさすがにそんな悪戯はしてこない。
そして、ロロの黒毛のような触手は俺の体の各部位に巻き付いて支えてくれている。
「――ぷゆゆゆ!」
一方、小熊は声を張り上げていた。
揺れる神獣の頭から振り落とされまいと必死だ。
ははは、と俺は笑っていた。
悪いが頗る面白い。
ロロの頭から生えている黒毛を小さい手で掴んでいる。
しかし、小熊は逃げないな。
ロロに執着したのか?
「……逃げない小熊太郎とロロの関係性がよくわからないが……」
「ンンン――」
ロロは喉声で返事をしながらも頭部を激しく揺らしていたが、止めた。
頭の上に乗っている「ぷゆゆゆ」と謎言語を喋る小動物が気になるらしい。
そして、虫、のみじゃないが……。
小熊のせいで頭皮が痒いのか片方の後ろ脚をこっちに向かわせてきた。
だが、頭を掻こうとしたその脚の動きは、俺の頭上辺りで止まる。
優しいロロは小動物を殺したくはないようだ。
神獣の足先からは、鋭い爪が伸びているからな。
小熊を落とそうとした動きも小熊系の種族にとっては十分脅威だったとは思うが。
しかし、頭上で動きを止めた後ろ脚の爪……。
脚の毛に付着していた土と木くずが落ちてきた……。
前足の方が汚れているようだから何かの穴を掘っていたと想像できる。
あ、まさかトイレ用の穴を?
神獣の姿でおしっこをしていたのか?
だとしたら、雨か川のごとくドバッとした勢いでおしっこを放出していたかもしれない。
そんなかわいいといえるか微妙かもしれない巨大な神獣ロロディーヌ……。
おしっこをしているオモシロ姿を想像してしまった。
そんなことより、髪と肩に汚れが……しょうがないな。
と、左手から神槍ガンジスを消去して、その左手を使う。
髪と肩の木くずと土汚れを、さっと左手で払った。
続いて、右手と左手に出現させ直した魔槍杖と神槍をクロスさせるように回転。
そのまま宙に卍から∞の字を描く。
二槍流の回転技術を披露――魔槍杖と神槍を競わせるように扱う。
神獣の触手は二つの槍の動きに合わせるように引き込まれているので衝突はしない。
そのまま、俺は型を意識したが、
「ぷゆゆゆ!」
小熊太郎が槍の動きに驚いて、おめめのまばたきを繰り返す。
叫びながら、槍の動きを追うようにつぶらな瞳を動かし続けていた。
途中で目を回し過ぎたのか、「ぷゆゅ……」と語り、倒れ掛かる。
「――小熊太郎よ。神獣ロロディーヌの頭に居る以上、覚悟を決めろよ? お守りはあまりできないからな」
言葉が通じるとは思えないが、一応の警告。
邪霊槍イグルードと魔公爵アドゥなんたらは捕まえたが、今は戦いの最中だ。
「ぷゆゅゅ~」
その可愛い了承したような声と仕草に、俺は思わず、こけるように槍の動きを止めてしまった。
そして、俺の眷属の<従者長>サザーのモコモコの姿を思い出した。
そういえばロロはサザーが好きだった……。
ハイグリアも種族は違うと思うが、毛に包まれた獣人繋がりか?
「ン、にゃ、にゃお~」
神獣ロロディーヌは頭を傾けながら鳴いていた。
どうやら頭の毛にしがみついている小熊種族のことは我慢するらしい。
また「にゃ~」と耳を凹ませながら鳴く。
『もうまいったにゃ~』といった感じの鳴き方だ。
神獣ロロディーヌの耳を凹ませるとは、このぷゆゆな小熊、やるな……。
「ぷゆゆゆ!」
「おい、ぷゆゆ小熊太郎。逃げる気がないなら毛の中で隠れてろ! 落ちてもしらないぞ」
まぁそう言ったけど、落ちないようにロロも触手を絡ませるだろう。
「ぷゆゆゅ~ん」
小動物は俺のジェスチャーと、警告としての言葉の意味を悟ったようだ。
黒毛の中に……隠れ、いや、小動物はわかっていなかった。
ロロディーヌの黒毛を掴むと、自身の頭に、その黒毛を移すような素振りを見せて『新しい植毛だ、ぷゆ!』というように「ぷゆゆっ」と自慢気に語っている。
くりくりした瞳でアピールするなよ……。
可愛い過ぎるし、面白い。
そんな調子で小熊種族と戯れていると……。
――ん?
鯨の巨大な物体が上下に動いてから不自然に動きを止めた。
そして、横からゆっくりとホラー染みた動きで振り向いてくる。
――攻撃か?
ぷゆゆとの絡みはここまでだな……。
と、旋回途中の鯨の頭部を睨みつけた。
その際に隠れていた魔女槍が巨大な物体の近くで浮いていることを確認。
槍は前に合ったのか……。
そのまま魔槍杖を構え、左足を一歩前に出す。
そして、左手が握る神槍ガンジス。
その方天画戟と似た矛を怪しい巨体に差し向けた。
蒼色の槍纓が風で靡いた。
同時に左手首の<鎖の因子>マークから<鎖>を伸ばした。
――イメージは崩した三節根。
その三節根の<鎖>を操作。
ロロディーヌが展開中の触手の下に潜り込ませるようにひそませる。
一応、戦う用意はしたが……。
鯨の頭からの攻撃はなかった。
え? 人?
思わず魔槍杖バルドークの持ち手を変えた。
巨大な鯨の頭部を凝視、赤い双眸だ。
その鯨の額の出っ張りに腰掛けている人が存在した。
セクシーな修道女。
ゴシック調の闇色の服を着込む女性。
もしかして、魔女槍の柄に嵌まっていた女性か?
アイマスクを装着している。
そのセクシーな女性が、
「――ぷっはぁ~」
と、黒紫色の小さい唇に、これまた黒紫色のネイル模様が綺麗な指を当てながら、『食事を食べて満足~』という感じで、妙に色っぽい声息を発している。
黒紫色のネイルが目立つ指先をセクシー女優さながらに動かしながら、血濡れた魔女槍を撫でていく。
「シュミハザーもバカねぇ……わたしを解放すれば……どうな――」
色っぽい声の途中から、昏く底の深い小声に変質させながら呟き続けていく修道女。
魔女槍はレッドとアイボリーの色は変わらない。
だが、形が少しだけ変化している?
柄の中央に存在していた女性像が消えて、丸い孔があった。
丸い孔には、紫色と赤色と黒色の魔線が集まっている。
濃密な魔力がひしめき合って、薄い膜を構成している感じ。
そんな丸い孔の周りは前と同じく沸騎士たちのような頭蓋骨に埋め尽くされている。
それ以外はとくに変わらない浮いている魔女槍だ。
俺としては丸い孔よりも、あの淡い色を放っている握り手が気になる。
……握ってみたい。
魔石めいた丸い柄頭から続く細い握り。
そして、土星の環を髣髴するナックルガードを備えている。
そのすべてが赤みを帯びた石か魔石かわからないが、細かく砕かれた粒子という……。
カッコいいじゃないか。
あれは、どことなく近未来を想像させる。
鋼の柄巻のムラサメブレードとは違う感覚を味わえそうだ。
呪われるかもしれないが。
セクシーな修道女は、そんな魔女槍を触り続けながら視線を泳がせる。
修道女の足下の鯨の双眸も同時に蠢く。
そんな鯨の額の中央には赤色の光が、凄まじい速度で駆け巡っている。
プリント基板のようなモノが、額にはあるのか?
額の盛り上がった魔印も意味がありそう。
一つは赤ん坊の頭部に似ている。
シュミハザーを取り込んだ結果得た力かもしれない。
鯨に注目した直後、その鯨の額に座っていた修道女が俺たちに視線を向けてきた。
アイマスクの中から覗く蒼い双眸は美しい。
そして、黒紫色の口紅が綺麗な小さい唇を動かしてきた。
「……黒髪に槍を持った男と巨獣? でも、ここはどこかしら……川に森……」
口から漏れでるガス状の魔力が禍々しい……。
だが、あの様子だと、今までのことは認識していない?
演技かもしれないが……。
あの魔力はまさに魔女だが、見た目は美人さんだ。
ここは無難に挨拶しておこう。
「こんばんは、槍を持った男、名はシュウヤです。それと巨獣の名は、神獣ロロディーヌ。ロロが愛称ですね」
「ンン、にゃ、にゃあ」
神獣ロロディーヌも警戒を解くように触手群の形を変えて挨拶。
ここからでは見えないが、口を閉じたかもしれない。
「ぷゆゆ! ぷゆゆ! ぷゆぅっ」
皆から無視されている小熊太郎も挨拶するように叫ぶ。
『わたしを無視するな!ぷゆ!』と言うように、ねじれた杖の先端を前後させて、俺の膝辺りを小突いてきた。が、無視だ。
恐竜の飾りが動いて噛み付いてくるのも無視だ。
「……」
周囲を窺っていた修道女は俺の声に反応して睨んできた。
蒼い目か、レベッカの蒼い目を思い出す。会いたい。
俺は少し頭を振って幻影を取り消す。
修道女の表情を読み取ろうと視線を鋭くした。
彼女のアイマスクを構成しているレース模様で隠れているが、鼻筋が通っているとわかる。
「……ホフマンが居ないのはなぜ? まさか死んだ? 貴方が倒したの?」
俺と神獣ロロディーヌを確認した修道女。
その修道女の白絹のような長髪が左右に靡いている。
「いや、そこに棺桶があるように、死んでいないと思いますが?」
と、視線を巨大棺桶がある場所へ向けてから、顎もクイッと動かす。
「ホフマンの棺桶が……彼は死んだわけではない? ならなんでシュミハザーはわざわざ自らを犠牲に……」
修道女はそう語ると熟考を開始。
鯨の巨体の額に腰掛けたまま考えるポーズを取った。
……しかし、彼女が装着しているアイマスクは雰囲気がある。
蒼い双眸を縁取るようなレースの襞が付いた黒色のアイマスクを凝視。
マスクの縁にはブラックトルマリン風の宝石がぶら下がる。網目模様から覗かせる白い肌が美しい。
が、その網目のレースの模様は壮大だ。
人、ドワーフ、エルフ、鱗人、虎獣人といった様々な種族が魑魅魍魎の怪物と戦っているのを再現している。
昔、俺が地下を彷徨っていたときに見た、遺跡にあったレリーフの一部と似ている。
黒き環は再現されていないが……。
その黒マスクから繋がるレース模様は、髪飾りのように小さい黒色の角に繋がっていた。
「……槍使いと神獣。特に貴方、シュウヤと名乗ったわね、もしかして数多く居るホフマンの部下?」
「ぷゆゆ!」
黒マスクが似合う修道女が、そう分析しながら蒼い双眸で一瞥してくる。
ぷゆゆは無視されていた。
同時に彼女と気持ちが連動しているのか、足下の鯨の表情が凶悪に変化。
浮いていた魔女槍も自動的に回転。
切っ先が俺に向けられてくる。
穂先から垂れていた血の形がミニ髑髏を形成しながら刃状へと変形。
刃が伸びるタイプだったらしい。
「ぷゆゆぅ~ん」
ぷゆゆが『怪しい魔槍だ、ぷゆ!』といったように語っていたが無視だ。
……そんなことより貴女こそ部下ではないのか?
と修道女に聞き返したいが、誤解は避けたい。
ここは基本通り、アイムフレンドリーの精神でいこう。
「……いや、だれの部下でもない。もし良かったら、名前を聞かせてくれないか?」
と気軽な口調で聞いてみた。
「違う? なら戦った結果と推測できるけど……」
名前は教えてくれず、か……。
彼女は、また考えを巡らせる。
焦点をずらすように、蒼い目を暈かす。
黒マスクが似合う修道女。
コルセットを装着したゴシック系の服が似合う。
雰囲気的には“コレクター”のシキに似ている。
勿論、雰囲気だけだ。
顔も表情も背格好もシキとは違う。
だが、シュミハザーより圧倒的に存在感があった。
肩と首から靡いている闇色の薄衣を羽織っているしな。
と、様子を見ながらもにこやかさを意識して口を動かした。
「……聞いていますか? 黒マスクが似合う綺麗で美人なシスターさん」
俺がナンパ口調で語った瞬間――。
修道女の足下の鯨の頭部の紅い双眸が蠢いた。
細い目が一回転。
ぎょろ目に拡大した双眸で、俺を射殺すような鋭い視線を寄越す。
「ぷゆぅ――」
ぷゆゆは怖がってロロの黒毛の中に隠れる。
……そのまま隠れててくれればありがたい。
「――あの目と言葉はキサラに対して欲情している証拠。ムカツクから食べようぜ?」
キサラと修道女を呼ぶ鯨は話せるのか。
凶悪な面で漆黒色だが……。
あの鯨の巨体の内部で真っ赤な血が巡るほどに、血の気が多い性格か?
「ロターゼ、今は黙って。遅れたけど自己紹介するわ。わたしの名はキサラ。このロターゼは特別に使役している闇鯨よ」
「そうだ。キサラはダモアヌンの魔女と呼ばれた四天魔女の一人なんだぞ!」
鯨は偉そうにキサラの通称を語る。
鯨の呑んだような態度が気になるが、それは俺も同じこと。
しかし、キサラが名か、雰囲気があっていいね。
最初の脳が露出して、胸の皮が捲れていた魔女槍の姿とはまったく違う。
シュミハザーが語っていた呪いがどうとかの言葉はもうどこかに消えた。
魔槍杖を肩に掛けて持ちながら、
「……キサラさん、よろしく。シュミハザーが捧げるとか言いながら貴方を召喚していたが、敵ではなさそうだ」
「……そう。あいつが捧げるか。あの魔力はすっごく美味しかったけど……」
その声を発している唇を注目。
光沢した黒色の口紅が目立つ小さい唇から出ている朱色の舌。
唇を舐める舌の動きが悩ましい。
あの美しい唇から……さっきの声は生まれたのか。
あれは美人OLが美味しいランチを食べ終えた瞬間の声に似ていた。
食の女神っぽい声だったな。
「イグルードのように食べたと?」
邪霊槍として復活するのは無理かもしれない彼女は拘束した。
樹木はもう切り離しているので、ハイグリアたちが何かをしてなきゃ無事のはず。
「……そういえば、シュミハザーが愛用していた武装魔霊たちを吸収できなかった。運命を斬り作る神剣もなかったし、貴方が?」
それを聞いて掌の傷が気になったが……武装魔霊?
専門用語だとイグルードと魔侯爵アドなんたらはそんな言葉になるのか。
「……槍と剣だった不思議なモノたちを倒したが、吸収はしてないな」
と正直に話をした。
「へぇ……黒い瞳も綺麗だし、わたしの脳から力を盗んだホフマンとは正反対の性格のようね」
俺の瞳を見たキサラさん。
どことなく、白い肌が斑に赤くなったような気がした。
「そのホフマンだが、まだ話をしたことがない。遠くから死蝶人のジョディと戦う姿を見ただけだ」
「……死蝶人ですって? ここは樹海の一つなのね」
「そうだよ。その死蝶人のシェイルと戦った。彼女は強かったな」
「……非常に気になるわ。そして、死蝶人とホフマンに関わって生きている貴方の存在が……もしかして……」
キサラが興奮したように語ると、下の鯨の双眸が上向いて、
「おい、キサラ! 四天魔女のお前が……こいつを気に入ったのか?」
「もう、ロターゼ。嫉妬は力になるけど、今はだめよ」
「チッ」
鯨は殺気を込めた視線を俺に向けてくる。
「ガルルゥ」
殺気に神獣ロロディーヌが吼えて反応。
口から炎を少しだけ吹いていた。
「――ぷゆゆ!?」
小熊ことぷゆゆが、『熱風ぷゆ!?』とか驚いた声が響く。
「……ごめんなさいね、神獣さん。今はまだ敵対しないから安心して」
キサラの蒼い目を光らせながらの言葉だ。
今の部分でイントネーションが違った。
……気になる。
「……ということは、最初からホフマンの指示で、わたしを出すように仕向けたのね。シュウヤ、貴方もしかして、ホフマンが警戒して近付きたくないほどの存在なの?」
キサラはどことなく早口だ。
「どうだろうか、俺、いや俺たちは大事な用事を済ませた途中で、単に絡まれただけだからな」
「謙遜した態度……たまらないわ、そして、光……」
キサラは悩ましい表情で、また考えていく。
何か余計に色っぽくなったが……。
俺はキサラの胸元を注目……。
彼女が少し動くたびに揺れる巨大な胸。
黒いゴシック系衣装はノースリーブで色白の肌にピッタリだ。
フリフリした布の近くには、小さい十字架の紋様がオセロのように並んでいた。
そして、胸元から下腹部に掛けて描かれている人型が特徴的だった。
邪悪な面をかぶる人型で、腕が四本?
その十字架の群れを、拝むか、下から覆うように、煌びやかな槍と剣を持って掲げていた。
模様も綺麗だが、やはり腰のくびれが目立つ。
ガーターベルトがいいかんじだ。
魔導書らしきモノが腰にぶら下がっているが、臍のあるお腹と太股を大きく露出している……。
ガーターベルト系の衣装は素晴らしい。
「……もしかして、闇であり光を背負う者の到来?」
小声で呟きながら、足を組み直す仕草が……。
またセクシーときたもんだ。
今、パンティが見えたぞ。
ガーターベルト付きの黒パンティ……。
素晴らしい。今日、二度目か。
パンティもレース状だと!?
……素晴らしい。三度目だ。
そんな印象から、黒女王の名を付けたくなった。
まぁ、魔女と名がつく槍が元だしな。
魔女といえば、サーディア荒野の魔女サジハリ、ルビアも魔女っ子か。
そういえば、シュミハザーが怪しい教団の名を語っていた。
あ、ペルネーテでも正義の神殿がある宗教街か、宗教通りだったかな?
そこでも……そうだ、その時に聞いたぞ。
【黒魔女教団】と【ダモアヌンの魔女】の名を聞いたんだ。
イヴァンカは元気にしているかな。
黄金の髪と碧眼の瞳……。
溌剌とした表情は印象的だった。
あの時、喜んでくれたリュートの音を、また聴かせてあげたい。
こぢんまりとした部屋の風景が脳裏に浮かぶ。
と、ペルネーテのことを思い出していると、
「ねぇ……ホフマンの思惑通りとなって癪だけど……わたしと交わってみない?」
キサラは俺を魅了するように魔力を吐きながら語ってきた。
魔女らしい言葉だが……。
キサラから武芸者の雰囲気を感じた。
体の魔力操作が駆け巡っていた。
明らかに、<魔闘術>系の技術を使っている。
そして、アマゾネスを感じさせる筋が現れていた。
こりゃ、修道女に因んで、俺は『受難の日』となるのかもしれない。
そんな素晴らしいキサラは、黒魔女教団の関係者か……。
「槍使いと、黒猫。」1巻から17巻まで発売中。
11巻が2020年6月に発売予定。
漫画版2巻も2020年6月に発売予定。
Amazonさん、他の本屋さんでも予約できるようなので、皆さま、宜しくお願い致します。