三十四話 ランタンを使いたい
個人の冒険者の数は少ない。
複数で狩りをするのがここでは普通らしい。
俺のような個人は珍しいようだ。
まぁ詳しくは個人ではなく、相棒のロロディーヌがいるが。
今の相棒は、黒豹っぽい黒い獣スタイルで、首の端から二つの触手を出してゆっくりと歩いていた。警戒している?
あの丸っこい触手の先端の裏側はピンク色の肉球ちゃんだ、モミモミしたい。
その黒豹っぽいロロディーヌの陽射しが当たって黒光りする毛並みが美しい。
そんな相棒と黒い茨の壁に挟まれた通路を歩いていると……。
突然、喧騒、剣戟音が耳に飛び込んできた。
もちろん掌握察による魔素の探知も忘れない。
魔素は物凄い数を探知。
気になったから剣戟音が聞こえたほうへ足早に向かう。
茨の通路を通っていると、地面のあちこちに不自然な穴が空いている?
うひょ、そんな穴から蟻たちが勢いよく現れてきた。
その蟻の群れは戦っている冒険者たちへ続々と向かっていく。
冒険者の数は五人だが、大丈夫だろうか。
蟻の数は多いから危なげに見える。
その中で異彩を放つ際立った動きを見せる冒険者がいた。
仲間を守るように蟻を蹴散らし、次々と蟻を倒している。
だが、数はどうしようもないようだ。
一人、また一人と怪我を負ってしまう。
――助けるか。
「ロロ、邪魔にならないように、周りの蟻から片づけるぞ」
「にゃ!」
俺は――わざと注目を浴びるように大声を張り上げた。
そのまま蟻の群れに吶喊していく。
黒猫も蟻へ飛びかかっていた。
蟻の体長は一メートルぐらい。
頭には小さい二本の触覚があり、口には顎と鋭そうな牙がある。
胴体から生えた六本の脚がせわしなく動いて、冒険者たちを苦しめていた。
その前脚の先には、討伐証拠となる黄色い爪が見えた。
「助けが無用だったなら謝る――」
黒槍で蟻を刺し殺しながら、盾持ちの騎士らしき冒険者へ話し掛けた。
「とんでもない、ご助力感謝する――」
俺に向けて感謝の言葉を発した騎士。
眉庇を下ろしているので顔の判別はつかなかった。
ハーフプレートを着込み、盾と長剣を巧みに扱っている。
腕先と足先に魔力を集中させているのが視えた。
<魔闘術>は使えるようだ。
その騎士は群がる蟻を蹴散らしながら前進し正確に盾を振り蟻の攻撃を防ぐと長剣を振り下ろして蟻の頭部を縦に両断し、次の蟻の攻撃を右に突き出した盾で防ぐと怪我を負った冒険者たちを確実に守る。
見事な動きだった。
「では、遠慮なく蟻を攻撃しよう」
騎士は黙って頷くと蟻へ攻撃していた。
騎士の動きに合わせて蟻の群れへと前進し『風研ぎ』で飛び込む。
黒槍の穂先が蟻の頭部を貫いた。黒槍を引き抜きながら腰を捻り――斜め前から近寄ってきた蟻の腹部へと回し蹴りを喰らわせる。横へ吹き飛ばした。回し蹴りの勢いのまま左足の爪先を軸に横回転を続ける――。
移り変わる視界に居る蟻を見ながら回転の勢いを乗せた黒槍を反対の方向から迫った蟻の頭部へと衝突させた。その頭部を破壊してから前後にステップをくり返すような歩法から――。
バットをフルスイングするように黒槍を水平に振り抜いた。
右からきた蟻の腹部をホームラン! 石突で蟻の腹を粉砕してやった。
その時、黒豹が視界に入る。飛び跳ねるような機動で戦う神獣だ――。
爪と鋭い牙で蟻の脚を削り取っていた。
――牽制を兼ねた動きか。
蟻の脚を削り取り、何匹も動けなくしてから、止めに頭部に触手骨剣を突き刺し、素早く蟻共を屠っていた。
効率的な戦い方だ。さすが神獣。
こういう雑魚は全部ロロディーヌに任せちゃうかなぁ。
なんて怠け者のようなことを考えながら、無造作に黒槍を撃ち出し、穂先を蟻の頭部に突き入れた。
あっというまに二十匹ぐらいは倒しただろうか。
もう周りに蟻はいない。殲滅したかな。
黒豹は黒猫に戻る。
俺の肩に乗り、後ろ足で首元を掻いていた。
『ここの毛が痒いにゃ』という感じに掻いている。
助けた冒険者たちの方もそれなりに蟻を倒したようだ。
死骸があちこちに転がっている。
そこに、先ほど奮戦していた騎士が俺に話しかけてきた。
「ありがとう。わたしの名はキッシュ・バクノーダ。キッシュと呼んでくれ」
声質から女性と分かる。
今も眉庇が降りているので顔は見えないが、瞳の色彩は判別できた。
綺麗な薄緑色。
「いや、当然のことをしたまで。俺の名はシュウヤ・カガリ。シュウヤでもカガリでも、好きなように呼んでくれればいいよ」
「ありがとうございました」
「ありがとう」
元気よくお礼を言って頭を下げてきたのは、蟻に身体を噛まれて怪我をしていた冒険者たち。
「ン、にゃおん」
黒猫は『当然だにゃ』的に、俺の肩の上で勝ち誇るような顔で冒険者たちに返事をしていた。
「わぁ、かわいい」
「黒猫ちゃんだ」
「さっき見てた! この猫つよいね~。ちょっと大きくなってたし」
黒猫はそんな冒険者たちの期待に応えるように跳躍して地面に着地。
冒険者たちの足元へ頭を寄せている。冒険者たちはきゃっきゃと楽しそうに黒猫と遊び始めた。
その怪我をした冒険者たちの声はまだまだ子供で、見た目も明らかに大人ではなかった。
それも皮膚が鱗の種族の子供が多い。
幼そうに見える子供たちが、何故ここに……。
そんな疑問を持っていると――。
女騎士は眉庇をあげるどころか、兜を脱いでいた。
風が吹いたわけではないが、綺麗な薄緑の長髪が靡く。
緑色の瞳に、頬には蜂のような刺青が見えた。
長耳には緑色の宝石、翡翠だろうか、がついたピアスをしている。
エルフか。綺麗な女だ。
俺が少し驚いた表情を浮かべていると、キッシュと名乗った女エルフは笑顔で話しかけてきた。
「驚かせたかな。そうなのだ。こいつらはわたしがヒノ村から連れてきたんだが、まだ新米でな……」
「ヒノ村?」
「あぁ、この蟲宮近く、森林地帯にある村だよ。バルドーク山近くと言えば分かりやすいか」
「なるほど。俺はヘカトレイルから直行だ」
「そうか、あの城塞都市から……あれほどの腕前となると、高名な冒険者とお見受けする」
「いやいや、そんなんじゃないよ。それより、これを回収しちゃおうか」
と、軽く挨拶するように右手をあげて指でくいくいと蟻の死骸を指す。
「あ、あぁ、そうだな」
俺は黙々と黄色い爪を回収していく。
ククリ剣を使い、蟻の腹部にある甲殻も剥がしていく。
甲殻は嵩張りそうなので一枚だけにして、他は小さい爪と触覚のみを回収した。
粗方回収を終えてから、キッシュに話しかけた。
「どうしてこんな子供たちをここに?」
「おれたちは子供じゃないっ」
「そうよ、わたしたちは冒険者ランクDよ!」
俺の言葉を聞いていたのか、黒猫と遊んでいた兜を被った蜥蜴顔の子供たちが声を荒らげてきた。
キッシュはそんな子供らしい態度に優しく微笑んでいる。
「アッリにターク、落ち着きなさい。だが、その通りなのだ。この子たちは村では一端の冒険者。今回は、村に被害を及ぼす蟲宮に向かい、どうしてもクイーンを倒したいと言い張るんでな……わたしが付いていけば上域のみならいけると判断して、乗り込んできたのだ」
「冒険者だったのか。そりゃ済まなかったな」
背が小さい新米たちに謝った。
「ううん。分かってくれたならいいの」
女の子は優しい口調で許してくれた。
俺は顔を引き締めながらキッシュに、
「しかし、危険なことに変わりはないだろう? 今も危なかった」
「そうだな。わたしの認識が甘かった。シュウヤがここにいなかったら、いったいどうなっていたことか……」
反省はしているようだ。
でも、あんな大量に蟻が出現するのは稀だろうしな……。
よし、とっとと自分の依頼をこなすとしますか。
「でも助かってよかったよ。それじゃ、俺はこれで――」
「待ってくれ。何も恩を返さずに別れるわけにはいかない」
「ん~、俺は依頼を受けているし、このまま中域まで行くつもりなんだけど……」
俺の言葉に驚いたのか、キッシュは目を大きくして瞬きしていた。
「な、なんだと、個人で中域まで探索すると?」
黒猫も居るんだが……。
黒猫はこの会話に興味がないのか、地面に座りながら後ろ脚で頭を掻いている。
ま、個人ということにしちゃおっと。
「あぁ」
「危険すぎる。さっきのように、一匹一匹現れる訳ではないのだぞ?」
「そうだな。だが、何事も経験だ。それにさっき俺の動きを見ただろう? そう簡単には死なないよ」
俺は光魔ルシヴァル、ヴァンパイア系の新種族だ。
死にたくても死なないし。
キッシュは納得したように頷いていた。
「それもそうだが、わたしは恩を返したい……」
このキッシュという女騎士、随分と義理堅いな。
「ん~、お礼はいいんだが、あ、そういうことなら、ちゃんとその子……いや、その冒険者たちを村に送ってあげることが恩を返すことになるということで」
と言ってから、右肩に黒槍の柄を乗せて奥に向かう。
黒猫も俺の足下からついてくる。
「あっ、待つのだ」
「ん?」
振り向きはせず、立ち止まる。
「わかった。納得はいかないが、いずれ恩は返す、借りだ。今はありがとう、とだけ言っておく」
振り返らず片手を挙げて、「おう」と返事をしてから奥へ向かった。
「キッシュ、顔赤い~」
「あっ、ほんとだ。もしかして、今のかっこいいお兄さんに惚の字だったりして~~」
「キッシュもそんな顔をするのね……」
「ほんとだ、赤い~」
「キッシュ……」
「な、なにを言ってるのだお前たち! 馬鹿なことを言ってないで、さっさと村に帰るぞ!」
そんな社会科見学のような一行と別れて――。
上域を進む。
蟻を倒しつつ、中域に足を踏み入れた。
黒い茨の低い段差に囲まれた円形の広場がある。下が中域になっているのか。
広場の他に小部屋も多数あった。
木札に記されてあった細かな説明では……。
黒い小部屋が網の目のように広がって茨の迷宮の中核を成していると記されてあった。
茨が格子状に複雑に入り組んで構成された部屋には蟻が多数生息し、徘徊しているらしい。
イメージだが、ハニカム構造の蜂の巣を巨大化させた感じなのか?
少なくとも、普通の蟻の巣ではなさそうだ。
階段を下りていくと、薄暗くなってきた。
俺には<夜目>があるが、一応ランタンをつけておく。
せっかく買ったんだから、使わないとな!
お、蟻を発見。
冒険者の一団が蟻と戦っている。
あれが手長蟻か。
白く長い脚を左右へ動かして牽制している。
二本の長い脚の先には鋭そうな鉤爪が付いていた。
当たれば強力そうだ。
体長は二、三メートルはある。
正面の盾持ち戦士が手長蟻の攻撃を引き付け、盾持ち戦士の後方から魔法使いが火球を飛ばし、横から鉄槌持ちの戦士が鉄槌を手長蟻の横っ腹に当てて吹き飛ばした。
しっかりとした連携だ。
冒険者たちは手長蟻を倒しきった。
手長蟻から白い爪や触覚に甲殻を剥ぎ取っている。
そんな風に冒険者たちの狩りの見学をしていった。
もちろん掌握察と<分泌吸の匂手>で索敵も行う――。
慎重に中域を進む。
黒い茨の通路を歩いていると、また魔素の反応。
そこの角からだ。
このありんこ、俺を急襲するつもりなのか?
迎え撃ってやろうじゃないか。
角を曲がった瞬間――。
やはり、手長蟻が横から前足で掻き殴るように急襲してきた。
俺は――何事もなく迎撃に移る。
足に魔力を溜め前進。
風槍流『片切り羽根』を実行しつつ前傾姿勢で踏み込む。
手長蟻の懐に潜り込んだ。
手長蟻の白く長い前足が俺の頭上を通るのを感じながら――。
黒槍の穂先を手長蟻の太い腹へ撃ち込んでやった。
連続で黒槍を突き出す――。
<刺突>ではないから槍の引き際の隙があるが、手長蟻は速くない。
太い腹と白色の長い脚を、黒槍で穿っていく――。
穿たれた腹の穴からは、白い臓物が飛び出した。
穴が空いた白色の長い脚は地面へ落ちた。
最後に止めの<刺突>を喰らわせてやる。
<魔闘術>で魔力を両足に集中させる魔闘脚で強く地面を蹴って跳躍――。
真上の手長蟻の顎から貫いて頭蓋を下から吹き飛ばすように黒槍で<刺突>を打ち出した。
昇竜のように天を穿つ黒色の矛。
穂先が手長蟻の顎をドリルのように貫き、口蓋を突き抜ける。
穂先は脳にまで達して、手長蟻の頭部を完全に破壊した。
破壊された頭部は千切れて、打ち上げ花火のように高く飛ぶ。
首無し手長蟻は巨人に攻撃されたようになっていた。
まるで巨人に頭がもぎ取られたようだった。
暫し、そんな情景を思わせるほど……。
頭部を無くした手長蟻は達磨彫刻のように佇む。
千切れた首からは白い粘液が溢れ出た。
その反動か分からないが、背後へ倒れていく。
「にゃにゃ~」
ん? 『わたしの出番がないにゃ』的な感じに聞こえたぞ。
不満そうに足下でいったりきたりする黒猫。
しまいには落ちていた手長蟻の白色の脚へと猫パンチを繰り出す。
白色の脚をあちこちに運ぶ遊びを始めてしまった。
アイスホッケー的な遊びか?
「ロロ、ここは遊び場じゃないんだぞ?」
「にゃおん」
「わかってるよ。次はロロディーヌにも頑張ってもらうさ」
俺の言葉を聞いた黒猫は瞳を輝かせるように喜ぶ。
「にゃっ」
と元気良く鳴いた。
そんな可愛い黒猫へ笑みを送る。
白色の脚の爪を剥ぎ取っていく。
幅がある甲殻は袋に収まらないので取らなかった。
回収を終え、更に薄暗い中域を進む。
黒猫は張り切っているようで、触手を出した状態で獲物を探し始めている。
おっ、掌握察に反応。
――魔素だ。
またもや手長蟻を発見。
長い白色の脚も視認できた。
黒猫も確認したようだ。
姿勢を低くして狩りの体勢だ。
斜め後ろから黒猫を見ると、興奮しているのがよく分かる。
前足をそろ~っと、ゆっくりと出して前進していた。
あれで、悟られないように進んでいるつもりらしい。
獲物の手長蟻はまったく気付いていない様子。
俺たちに背を向けている。
黒猫がいい感じに距離を詰める――。
と、四肢に力を溜めるように背を屈め、小刻みに体を揺らす。
肉食動物が獲物を補食する前の動きだ。
そして、膨れ上がってみえた下半身が一気に躍動――駆け抜けていく。
むくむくっと豹か山猫へ変身を遂げながら触手を前方へぐんっと伸ばす。
手長蟻の背中を何度も突き刺していた。
触手の先端にある骨剣が、手長蟻の背中に深く刺さる。
すると、黒猫は触手を首下に収斂しつつ、手長蟻の背中へと飛び乗った。
背中を爪で引っ掻きながらよじ登り始める。
山猫に近い姿のロロディーヌは、
「ガルルルゥゥ――」
と吼えながら背中の出っ張りに噛みつく。
そのまま手長蟻の背中をズタボロに切り裂きながら頭へ向かう。
手長蟻も抵抗するように発達した大顎や体を揺らすが――。
神獣と化したロロディーヌは背中から離れない。
触手骨剣に加え、四肢の爪と牙がしっかりと背中に食い込んでいる。
手長蟻は神獣ロロディーヌを振り落とせない。
ロロディーヌはそんな手長蟻の頭部をバリバリと音を響かせながら喰らいながら完全に頭部のすべてを噛み砕く。
頭部を失った手長蟻はコワレタ人形のように動かなくなった。
凄い倒し方だ、拍手。
「ロロやるぅ! 手長蟻も背中までは脚が届かないしな」
「にゃぁ」
山猫っぽいロロディーヌは嬉しそうに鳴いてドヤ顔を繰り出す。
「はは、分かったから、回収するぞ」
倒した手長蟻の死骸から討伐証拠を切り取る。
体長に比べれば格段に爪は小さいから、荷物的には余裕があった。
回収を素早く済ませた。
黒い茨の通路を進んでいく。
中域は上域と違う。
段々と薄暗く……。
進むごとに暗くなっていった。
腰に着けたランタンの灯りが目立つようになる。
そこに悲鳴が聞こえた。
「逃げろぉぉ、鎧将蟻だぁぁ」
「うあぁぁ、鎧将蟻が出たぞっ、にげろおお」
「ひぃぃぃ」
左の視界の端で冒険者たちが逃げていく姿が確認できた。
そこに敢えて向かう。
――ん? 暗闇の中に舞台照明が当たるようにポツンと一箇所明かりがあった。
逃げた冒険者が落としたランタンの灯りだろうか?
魔法の明かりだろうか?
そこに……蟻たちの姿が暗闇の中に僅かに浮かび上がる。
一匹だけ手長蟻よりも大きいか?
警戒を強めて進む。
暗闇が強い、もうランタンを止めて<夜目>を使ってしまうか?
否、最初はランタンを使いたい……掌握察に反応があった。
<分泌級の匂手>にも反応がある。
更に近付くと落ちていたランタンの明かりが、その場をはっきりと映す――。
三匹の蟻が群がるように冒険者たちの死肉を貪り食っていた。
うは、この蟻たち、人を食うのかよ……。
手長蟻の黒版という感じの錆びたような黒い脚が目立つ二匹の蟻がいる。
こいつが兵隊蟻だろう。
それよりも、あいつは何だ?
兵隊蟻より大きいぞ。
ごつい蟻だ。
鎧蟻と言えばいいだろうか。
さっき冒険者は鎧将蟻と言っていたが、本当にそんな感じだ。
しかも、あの鎧将蟻、顔の形が兜のようだ。
額の左右には黒光りする非対称だが鋭そうな角が伸びている。
その下にある一対の複眼も赤く両生類のように鋭い。
顎も細く尖っていて嫌な感じだ。
胴体は亀の甲羅のようなものに腹部や背中が覆われ全体的に硬そう。
そんな重い胴体を支えるのは六本の甲殻に覆われた脚。
脚の上部には赤毛のファーのようなふさふさの毛が生えていて、膝には筋肉の筋がびっしりと詰まっているのが見て取れる。
脚の先端には鋭そうな鉤爪も確認できた。
筋肉が多そうだ。
あの重そうな甲殻が覆う体を支えられているのにも納得がいく。
あの体長から、ブルドーザーをイメージしてしまう。
あの発達している大顎で死肉を咀嚼している姿。
バリバリと骨を噛み砕く音がここまで聞こえてきそうで、嫌悪感を覚えた。
そこで、姿を黒猫に戻していた黒猫へ視線を送って頷く。
ランタンを消して<隠身>状態に。
ここでようやく<夜目>を使う。
黒猫も俺から離れ、狩りの体勢へ移行している。
蟻が三匹――。
兵隊蟻が二匹。
それと、依頼外の鎧将蟻が一匹。
先に兵隊蟻から倒すことに決めた。
その前に指輪を見る――。
闇の獄骨騎。
――これを使うかな?
止めとこ。
今は急襲したいからな……。
沸騎士たちは強いし役に立つが、デカイし音も立てる。
そんなことを考えながら、ジャケット裏からナイフを取り出した。
まずは兵隊蟻からだ。
俺は狙いを付け――ナイフを<投擲>。
狙った兵隊蟻の頭部や腹に<投擲>したナイフが刺さる。
あっさり地面に倒れて動かなくなった。
続けて<投擲>を行う。
しかし、初撃から遅れて放ったナイフは狙いが逸れて脚に刺さる。
兵隊蟻はナイフを投げた俺に気付く。
と、頭をこちらへ向けて足をカサカサさせながら近寄ってきた。
が、その兵隊蟻が俺にそれ以上近付くことはない。
黒猫の触手骨剣により地面に沈んだからだ。
兵隊蟻があっさり倒れたことで警戒した鎧将蟻。
鋭い赤色の複眼を向けてくる。
食べていた冒険者たちの死骸から後退し、闇の中へ消えた。
しかし、魔素は察知している――。
鎧将蟻を発見。
六本の脚を蜘蛛の脚のようにカサカサと素早く動かして壁を上っていた。
どうやら、俺の背後に回り急襲するつもりらしい。
胴体はずんぐりなくせに妙に素早い。
あの茨の壁には蟻の脚を引っ掛けやすいのもあるだろう。
まぁ、多少は頭が回るようだ。
だが無駄だ。左手を鎧将蟻に向けて<鎖>を射出。
<鎖>は宙に弧を描くように曲がりながら鎧のような甲殻の背中に突き刺さる。
壁を昇っていた鎧将蟻をその<鎖>で引っ張りあげて、一気に地面へ落としてやった。
その際に黒猫も触手骨剣を突き刺そうと触手を伸ばす。
しかし、触手骨剣はキィンと金属音を響かせて弾かれていた。
鎧将蟻の甲羅と上部の皮膚は金属のように堅い。
一方で、俺の<鎖>は刺さっている。
この<鎖>の先端はかなり鋭いのか?
そんな思考を行いながら刺さった<鎖>を消す。
亀のようにひっくり返った鎧将蟻へ黒槍を突き出した。
キィン――硬質な音が響く。
黒猫と同じように弾かれてしまった。
そうこうしているうちに、鎧将蟻は勢いをつけて立ち上がってしまう。
鎧将蟻は『よくも攻撃してきたな』と言わんばかりに……。
赤い眼で俺を睨み付けてくる。
赤毛が生えた脚を素早く動かし横回転。
角を生かすように正面を向く。
と、闘牛士の赤い旗へ突っ込む興奮した牛のように突撃してきた。
――速い、迫ってくる。
俺と黒猫は左右へローリングするように避ける。
と同時に通り過ぎる鎧将蟻を凝視して……。
脚の関節の隙間に筋肉繊維が見え隠れしているのを改めて確認した。
――狙いはあそこ。
鎧将蟻は転がり避けた俺に狙いを絞ったようで、また突っ込んでくる。
黒槍を水平に保ち<脳脊魔速>を発動した。
身体速度が増した俺は風が通り抜けるような動きで鎧将蟻の横へ移動。
脚の関節へ狙いをつけ、黒槍を薙ぎ払った。
狙い通りに、黒槍の刃が関節の筋肉繊維に衝突し千切っていく。
鎧将蟻の脚を数本切断。
脚が数本無くなった鎧将蟻はバランスを崩して黒い茨の壁へ頭から衝突。
勢い良く跳ね返り、ひっくり返っていた。
背中側の甲殻を地面につけて踠く。
今度はもがいても立つことは無理だ。
黒猫も触手骨剣を射出していく。
おっ? 触手の軌道を変化させている。
どうやら黒猫も、今俺が行った攻撃を参考にしたらしい。
小さい触手の攻撃だが、柔らかそうなところへちゃんと狙いを絞ったようだ。
触手骨剣を関節部位に滑り込ませるように攻撃し、脚を切断していた。
鎧将蟻は痛覚があるようだ。
呻き声を発し、残っていた甲殻脚を激しく動かしている。
少し試すか。そんな鎧将蟻へ向けて駆けていく。
走る勢いを利用し、魔力を込めた蹴りを食らわせた。
鎧将蟻の側面の甲殻が少し凹む。
凹んだだけかよ。
これ、かなり丈夫だな。
<脳脊魔速>が切れるまで蹴り続けていく。
が、埒が明かないので、鎧将蟻から離れ、黒槍を構えた。
狙い目は頭のつけ根。
筋肉繊維が見える首。そこへ、<刺突>を繰り出す。
<刺突>が首筋に突き刺さると、袋の空気が急激に抜けるような異音が発生。
耳を劈く音と共に鎧将蟻の頭部がぼんっと勢い良く飛び出した。
ピンポン玉のように跳ね上がった鎧将蟻の頭部は茨の壁に埋まって止まる。
頭無しとなった鎧将蟻は赤毛の生えた脚を小刻みに震わせながら、切断された首元からぶしゅーっと赤黒い液体を吹き上げていた。
決して切れ味は鋭くない黒槍の刃だが、身体能力を生かした豪の力と、<刺突>のキレが鎧将蟻の防御力を上回ったらしい。
まぁ、柔らかい部分を狙ったから当然か。
この甲殻、良い素材のようだ。持って帰り、鍛冶屋とかに持っていこうかな。
繋ぎ目の柔らかいところを切っておく。
しかし、さすがに大きすぎて袋に入らない。
しょうがない、手で直に持っていこう。
あの壁に埋まっている頭も回収しとこ。
倒した証拠になるだろうし。
頭も大きかったが、一つの魔法袋を丸々使うと収まった。
重い甲殻を引きずりながら、奥には進まずに辺りに湧いていた兵隊蟻と手長蟻を倒して依頼の証拠である爪を回収。
途中、大きな甲殻を盾代わりにしたり、障害物のように扱い、蟻退治に利用した。
こうして辺りの蟻たちを殲滅。
討伐証拠は全て回収。
手長蟻の討伐証拠は依頼分を超えているから重ねて達成されるかな。
終わった終わった。帰るか。
「戻るぞ」
「ンン」
黒猫は喉声のみの返事だ。頭巾の中で寝ているらしい。
ったく、もう寝るのかよ。
まぁ良いさ、地上へ戻ろ。
背中で寝ているロロの重さを感じながら暗い中域を脱する。
明るい上域へ戻ってこられた。
その途中……冒険者たちから向けられる視線が少し恥ずかしかった。
引きずる黒い甲殻が目立っていたからな。
そんな視線に耐えながら、重い甲殻を抱えるように持って転移陣に立ち、ヘカトレイルの冒険者ギルドに帰還した。
受付を見ると、おっぱい受付嬢がいた。
彼女はまだ仕事をしているらしい。早速その受付へ向かう。
甲殻を受付に乗せると、甲殻が重かったのか、受付台からミシッと音が鳴った。
受付嬢は目の前に現れた大きい甲殻に驚いたようで、目を丸くしている。
続けて魔法袋から依頼分の爪や触覚を提出。
鎧将蟻の頭も取りだし、受付台に載せてから、最後に冒険者カードを添えた。
「――頭、あ、これは依頼分を超えて五つ分になるので、依頼達成は五つとなります。でも、この頭に甲殻って……」
「そうだ。それと、この甲殻は買い取りしないでいい。この頭は依頼外だが、討伐証拠として持ってきた。金とかは貰えるかな?」
「はい、大丈夫です。依頼外ですけど、討伐したのなら報酬がちゃんと出ますよ。依頼達成には数えられないですけどね」
「了解」
「では、少々お待ちを」
受付嬢は依頼の品と頭を抱え持って奥へ移動していく。
結構な力持ちか。あの鈍器なおっぱいを持つだけはある。
後ろが少しざわつく。
近くにいた冒険者たちからの視線が集まっていた。
あの甲殻が目立ち過ぎたか?
暫くして、受付嬢がおっぱいをぷるるんと揺らして戻ってきた。
「お待たせしました。これが報酬と冒険者カードです。いきなりのDランクですね。おめでとうございます」
「おお、どうも」
初仕事を完了させられた、嬉しい。報酬は金貨少しに銀貨と大銅貨十数枚。
冒険者カードと金を回収。
「ところで、あの頭のモンスターはなんていう名前?」
「あれは鎧将蟻、普段は下域に出現する兵隊蟻を束ねる強い蟻ですね。強さ的には単体でBぐらいです」
「ほぉ~」
Bクラスか。
重い甲殻持ちだし、かなり強いんだな。
「さすがです。個人で依頼をこなすわけですね。低ランクの冒険者がオフィサーを単独で打倒ってあまり聞いたことがないですよ。それに荷車もなしでこの甲殻を運べるなんて、凄い筋力をしていますね。まるで獅子獣人みたいです」
ウキウキした表情で語るおっぱいさん。
二の腕を伸ばして筋肉を見せようとしている。
その際におっぱいがたゆんっと揺れるので凝視してしまった。
急ぎ、誤魔化すように話していく。
「……まあね。それで、この甲殻なんだけど、これを加工できる鍛冶屋ってどこかない?」
「鍛冶屋さんといったらドワーフさん。一流処の腕前の鍛冶屋さんを知っています」
「その場所は?」
「え~と、ここから目抜き通りをまっすぐ行きまして、二つ目の路地を右に曲がり、七半横丁の最初の右の路地を曲がって、そこのつき当たりの角を曲がりますと鍛冶街がありまして、そこの一番奥にあります」
うー、こんがらがる……二つ目の路地に、七半横丁を……。
「……わかった。それじゃ」
指で頭をコツコツと叩いて、何とか頭に叩き込んでいると、
「良かったら、わたしが案内しようか?」
背後に振り返る。声の主は先ほど助けた女エルフ、キッシュだった。
薄緑の長髪が目立つ。
「……お、キッシュじゃないか。あの子たち、冒険者たちは村へ?」
「あぁ、あれからすぐに送ったから平気だ。それより、失礼ながら話を聞かせてもらった。あの子たちの命の借りには遠く及ばないが、その店を案内させてくれないか?」
笑顔に透明感があって良い。
改めてエルフのキッシュの姿を目に焼きつける。
兜を片手に持ち、鎧のハーフプレートはくすみがかった白色。
女性特有の少し膨らんだ鎧の右胸辺りには、鶴のような小さいエンブレムが描かれてあってカッコ良かった。
腰周りは長剣を差し、白く短いタセット付きの短いスカート系の防具だが、スパッツのような薄緑色の下穿きを履いている。
足が長いので、柔そうな腿の白肌が少し見えていた。
その上から皮の繋ぎがベルトのように太股へ巻き付いている。
足には足先から膝上までを守るように薄緑色の長い脚甲を装着していた。
その色合いはストレートの薄緑の長髪と色が合うので、余計に綺麗に見える。
「……宜しく頼むよ。……命の借りとかじゃなく、案内してくれるだけで十分だ」
きれいなキッシュにエロイ笑顔で頭を掻きつつ頼んだ。




