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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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349/2067

三百四十八話 サイデイル村とキッシュの過去

2020/12/09 12:59 修正

2021/06/21 21:55 修正

 

 ◇◆◇◆



「守る~♪ ふふーん♪ 使者様にこの思い(・・)は届くかな♪」

 

 イモリザは声を弾ませて歌い<魔骨魚>を召喚させては、己の銀髪と黒い爪を融合させて、巨人の腕のように変化させながらオークに向けて振るう。


「使者様、音頭♪」

「ぎったんばったん♪」

「ぎったんばったん♪」


 楽し気に歌いながらも、地獄の門を守る百腕巨人ヘカトンケイルさながらの勢いでオークを屠りに屠る。歌声と歌詞とは、正反対の屍山血河。

 そんなイモリザが守るのはサイデイル村の門だ。

 実際にイモリザがサイデイルの門を守り始めてからは、門に傷を受けたことがない。現在も門番長(イモリザ)は額に手を当て、きょろきょろと頭部を動かし、表情をめまぐるしく変えながら、遠くの景色を見るように偵察を行う。

 

 すると、崖の向こうから大挙して出現したオークの軍が出現。

 

「あ~またオークが攻めてきた!」


 と、叫ぶ。銀髪を自由気ままに変えながらの言葉だ。

 その銀色の髪でオークの豚の頭部を描くと、片腕を伸ばす。

 細い指先の黒爪で軍勢の位置を確認するように、


「あそこ! あそこ!」


 黒爪で何回も宙を小突きつつ皆に知らせていた。

 そのオークの軍勢の規模は、この間、イモリザが蹴散らした中隊規模とは違う。

 

 青色の歩兵軽装部隊は斧と剣を持つ

 黒色の重装歩兵は大柄で槍を持つ。

 黄色い軽装部隊は弓矢を持つ。

 

 大規模な軍勢だった。

 そのオークの軍勢は崖を崩すように行進。

 

 大軍ではあるが、ヘグサという氏族たちの支部大隊の一つでしかない。

 クイーンの眷属、クイーン・グル・ドドンの配下たちの姿はない。

 優秀な戦歴を誇るオーク大将軍ブブウ・グル・カイバチの姿もない。

 

 オークたちも、クイーンを中心にクイーンを守り、一族たちを繁栄させるために、地下&地上で、様々な勢力たちとの争いがあるからだ。

 

 樹怪王が率いている軍勢。

 吸血鬼の始祖の十二支族。

 外れ高祖吸血鬼。

 ヴァライダス蠱宮に巣くう女王大蟻(ヴァライダスクイーン)

 気まぐれ死蝶人。

 多種多様なゴブリン族&樹海のモンスター。

 地底神を含む旧神たちの一部。

 魔界セブドラと関係している魔族たち。

 ブー族を含めた神界の戦士集団。

 人族の冒険者を含む様々な勢力たちと……エトセトラ。

 

 などの諸勢力だ。


「――イモリザ、了解です。キッシュ司令長官、ご指示を!」


 常闇の水精霊ヘルメが、鬼気迫る声音で喋る。

 緑髪のキッシュを恭しい態度で司令長官と呼んでいた。

 

 丁寧な言葉通り常闇の水精霊ヘルメはシュウヤの指示通り動いていた。

 キッシュを敬い、常にキッシュに対して従順な態度を保っている。


「精霊様……」


 が、そんなヘルメに対して、キッシュは重そうな吐息を出しながら呟く……キッシュには精霊様の存在は尊い。


 古代ベファリッツ大帝国時代ならいざ知らず、キッシュのエルフ氏族の古貴族の歴史でも精霊が目に見える存在として神具を用いた特殊魔道具を媒介にしたわけでもなく個性ある生命体として、しかも、実際に使役されている精霊を見るのは、非常に珍しいからだ。

 

 それはある意味、神のような存在といえた。 

 キッシュは、精霊ヘルメとのやりとりを思い出す。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 ――精霊様に、「キッシュ少佐、司令長官、軍務卿」と呼ばれてしまっている。

 最初は断ったのだが……。

 

「何を言うのです。閣下の言葉は絶対ですよ? 閣下は、まず『少佐という言葉は大好きだ』から『昔から好きなんだ』と話を始めて……『ネットは広大』から『情報の海で生まれた生命はこの世界にもありえることだ』と続いて『ましては宇宙、そう、マクロからミクロまで……』という具合に、最後は意味が分からず混乱してしまいましたが、熱心に夢中にお話をされていました。そして、その閣下が気に掛けている貴重な美しきエルフ女性が、貴女……。それがどういうことか、本当に理解(・・)しているのですか」


 精霊様にそう窘められてしまった。

 そして、


「……まだわかりかねますが、いずれ貴女も閣下の貴重な血脈の環に加わる人材かもしれない。それはわたしにとっても大切な野望の一つ」

「血脈と野望?」

「はい、神聖ルシヴァル大帝国。この大帝国を目指す上で、貴重な人材となりえる存在が貴女かもしれないということです――」


 貴重な血脈とは、暗にシュウヤと結ばれろと精霊様は仰っているのか?

 わからないし、理解が及ばない。

 

 途中からわけのわからない事柄を教えてくれる精霊様の胸は凄く大きい。左右に踊りながら歩く仕草、一つ、一つに特別な意味でもあるように感じさせる。

 

 わたしは自然と意味もなく、首肯を重ねていた。

 

 更に、その胸が揺れる度に子供たちが注目してしまう。

 精霊様は自然に魅力が溢れているのだろう。

 特に男の子たちが反応してしまう……股間を押さえて厠へと走る姿を……教育上はよくないと思いつつも、ふくよかな乳房の乳首から水が放出しているのを見て言葉がでなかった。注意を諦めてしまった。そういった行動には卑猥を超えた神聖な気品が感じられるのは、やはり精霊様だからだろう。

 

 そして、全身の蒼葉と黝葉から、いい香りを放出している。

 到来物の吟醸酒とは違う。

 嗅いだことのないフルーティーな彩りを感じさせるもの……。

 

 わたし自身も精霊様の匂いと、その美しい姿に魅了されたわけではないが……いつしか元気に楽しそうに踊る影響を受けていた。

 

 今も子供たちと一緒にご教授をしてもらっている。

 

 傍にはゼメタスとアドモス殿たちも居た。

 「閣下ァ、精霊様の踊りは難しいですぞ」とうるさく喚いて、剣と盾を動かして踊りに加わろうとするが、途中で不自然に動きを止めている。


「我らには高度だ……」

「腰骨から軋む音が響いた」

「危険だ。また、魔界に帰ってしまうところであったな、ゼメタスよ」

「この村の防衛任務を任されているのだからな。おいそれと魔界に帰るわけにはいかぬ」


 そんなことを重厚な声で語り、互いに戦いを始めていく。

 沸騎士殿たちは強い上に、名前はわすれてしまったが、武器も強力だ。

 

 その戦いで、ぼろぼろになったら魔界に帰ってしまうのではないのか?

 と、疑問を投げたくなったが、沸騎士殿の表情は頭蓋骨を装飾した特製兜そのもの。


 そして、あの双眸の炎は常に怒りを髣髴とさせる。

 正直、怖いから何も言えなかった。

 

 全身の鋼か骨か見分けがつかない大鎧の一部から、赤と黒の煙のようなもうもうと放出させて叫ぶので、余計に怖い。


 が、子供たちには不思議と人気があった。


「我らに石を投げて<投擲>の訓練をするのだ!」

「村人たちよ! オーク対策の訓練である! わたしたちは盾の訓練だが」

「わーい、ぼあぼあ騎士を倒していいって~」

「ボクは、くろい骨頭を倒す~」


 子供たちはキャッキャッと嬉しそうに石を沸騎士たちへ石を投げて遊んでいた。


 わたしは、その間も精霊様に踊りを教わっていた。

 そのご教授は多岐にわたるが、なかなかに難しい。


「キッシュ、『お知り合い(・・・・・)』が大事なのです。今後とも頑張るのですよ」


 と長い睫毛を揺らしながら語る精霊様の表情にドキッとしてしまった。

 そして、子供たち一緒に踊りをご教授してもらったあるの日の午後。

 

 独特の姿勢を保ち立つ精霊様が、いつになく真剣な眼差しで、


「……キッシュ、素晴らしいお尻。成長を感じます」

「そうでしょうか……」


 いつもは手厳しいが、今日は褒めてくれた。


「わ~いいなあ。精霊様にお尻をほめられた~」

「精霊様~~わたしは~~?」

「ボクだって、がんばったんだぞぉ」

「あたいは美味しい水がほしい」

「あ、ボクも!」


 子供たちは精霊様が大好きらしい。

 胸や指先から放出した水が、美味しいと、いつもおねだりしていた。


「ふふ、お水は後で上げますよ。でも踊りは、まだまだですね。もっと栄養を取って大きく育つことが肝心です」

「ええ~~」

「ぼくはもう大人だぞー、このあいだなんて、ちんちんに毛がはえた!」

「うう、そんなこと聞きたくない!」


 あはは、まったく元気な子供たちだ。


「――こら、精霊様のご教授の時間は終わりだ。お前たちは木の実のすり潰しの時間だろう」

「はーい」

「キッシュ姉ちゃんは、葉を集めておいてね!」

「わかってる」


 子供たちは木の実がたくさん入った麻袋が重なる場所に走っていった。

 机に小分けした皿とすり鉢皿を用意していくさまはもう慣れている。


「……精霊様、すみません」


 わたしは精霊様に視線を向けて、子供たちの不遜な態度に謝っていた。


「大丈夫ですよ。子供たちの将来の成長が楽しみです。が、閣下の部下へ推薦できるかは疑問ですね……<従者長>にも数に限りがあると聞き及んでいます」

「元より推薦はしません。ですが元気が一番。しかし精霊様、閣下とはシュウヤのことですよね?」

「……何を当たり前なことを、閣下は閣下、キッシュも閣下のことをもっと敬ってほしいものです」


 分かってはいた。

 シュウヤが閣下と呼ばれていることを……血脈という言葉からも。

 精霊様とイモリザ殿と沸騎士殿たちの皆を、召喚させていたのだから。

 

 しかし、ハッキリと精霊様の口から聞くと……いったい、シュウヤはこの短期間にどこまで登りつめたのだ?

 魔竜王戦で相棒のロロと一緒に活躍した凄い男とは知っていたが、精霊様を従えるとは……わたしの想像を超えている。しかし、わたしが知る友。シュウヤなのは変わらない。

 再会の時、わたしを抱きしめてくれた。アッリとタークを救いに直ぐに動いてくれた……。

 それがシュウヤの生き方。友のシュウヤ。愛を持つ優しき男。

 

 魔竜王戦で活躍していた頃と、なに一つ変わらない……あの時、別れた時、キスをしてくれたシュウヤだとわかる。

 大事な、友。愛を交わした友だ。会いたい……


「……勿論、敬ってます。大事なわたしの()ですから」


 涙は我慢だ。


「ふふ、涙が流れていますよ? しかし、その友という言葉に、深い意味を感じます。何か含みがありますね?」


 わたしは泣いていたらしい。


「……閣下と特別な関係性が窺えます。非常に羨ましい……ですが、それは同時に閣下が今後作られる予定の、神聖ルシヴァル帝国に於いて重要なこと。いずれ従えるだろうエルフ部族たちを束ねる統括指令を担う存在に……」

「前にもお話をされていましたが、エルフを統括? 帝国とは……」

「そう、まだまだ将来の話ですよ。貴女は通称〝緑の剣帝〟と呼ばれる偉大な王冠を頭に抱くエルフと成るかもしれない。ということです」


 シュウヤは国を作りたいのか?

 わたしがエルフ部族を束ねる?

 

 

 ◇◇◇◇



 そんな精霊ヘルメとの過去に行った会話の回想をしているキッシュの前に、アーレイとヒュレミに乗った沸騎士たちが揃い、声を発した。


 サイデイル村最高司令官の重騎士エルフの前には、軍師のように佇む常闇の水精霊ヘルメと武将のように沸騎士たちが揃う。

 すると、


「――新たなオークの大群! キッシュ軍務卿殿、前回と同じくご判断を!」

「アドモス、そう焦るな。前回は威力偵察だったが、今回は守勢。きっと、わたしたちは追撃用だろう。崖前で、私たちの機動力は役に立たない」


 ゼメタスとアドモスの沸騎士は武将が軍師と君主に進言するように語っていた。

 大きい虎のアーレイ&ヒュレミも猫科らしく吼えている。

 

 キッシュは沸騎士たちの重厚な声を聞いて首肯したが、翡翠色の瞳には活力が宿ってはいたが、まだ迷いがあった。


 オークたちの対処をしなければ……。

 と考えながら視線を泳がせると視線を下げ俯きながら、


「少しまて」


 と沸騎士たちに語る。


「――キッシュ長官、大丈夫ですか? 閣下ならもうすぐ帰ってきます」

「そうですぞ、このアドモスの胸に宿る魔武士としての心が、閣下の帰還は近いと申しています」

「このゼメタスも同様だ! 閣下に『お前たちは魔界騎士というより魔武士だよな?』と言われてからというもの……私たちは魔武士として、心に滾る想いがあります故」

「そうですぞ♪ 滾りまくっているであります!」


 皆、オークが差し迫っているのに余裕の態度だ。

 イモリザ、沸騎士の真似をしている姿が可愛いと、笑みを浮かべてしまう。


 そう考えたキッシュは厳しさをもった表情から、憂いの表情へ移り変わっていた。

 そのまま蒼い空と岩の残骸の山を見るキッシュは、

 

 天と地を司る神々様。

 武と光を持って、子供たちとシュウヤの立ちふさがるものたちへ天罰を!

 

 そして、このサイデイル村を襲うオーク共に怒りの鉄槌を喰らわせたまえ……。


 と戦神ヴァイスと光神ルロディスへと祈りを捧げる。


 キッシュの表情から憂いは消えた。


 翡翠の眼に神々の怒りの意思を宿す。

 瞳は特別な玉響のごとく揺れる、それはサザン朝ペルシャに源流を持つ月型の翡翠勾玉に見える。


「……前衛のわたしと守りのイモリザ殿が崖前に打って出る。精霊様は上空から魔法の援護と戦場から村全体の把握をお願いしたい。オークだけでなくトロールもいるかも知れない。沸騎士殿たちには、わたしの玉鳴りの後、果敢な突撃をお願いしたい。だから今は後詰めに」

「承知した――後詰めは任せよ!」

「はい、アドモスさん、突撃に期待しています」

「ソンリッサ、いや――、このヒュレミ殿との連携は、魔界騎士を髣髴とさせるものと自負している!」


 大虎ことヒュレミが両前足を上げて力強さをアピール。

 乗っていたアドモスは落下しそうになりながらも、落ちていなかった。


「……アーレイ殿を生かしつつ、わたしたちが最初に前線を突破するのも一興かと思うが軍務卿の指示に従おう」


 ゼメタスも力強く語る。


「ニャア」

「ニャオ」


 沸騎士を乗せているアーレイ&ヒュレミも同意するように鳴いていた。



 ◇◆◇◆



 サイデイル村へ続く崖を巡った戦いは夜にまで続く。

 先ほど、キッシュの投げた玉が宙で響き渡った直後、追撃に出た沸騎士騎兵たち。


 血気盛んな大虎に乗った沸騎士の突撃により、オークの大半は蹴散らされいった。

 

 が、サイデイル村の前方にある崖が連なる場所の戦いはまだ続いている。

 沸騎士たちの騎兵が駆け抜けた後も、まだ残っているオークは多い。

 

 そんな剣を扱うオークを確実に屠る緑髪のキッシュ。

 華麗にオークを斬って斬って斬り捨てている。

 

 小さい崖が並ぶ難所を幾たびも跳躍するキッシュ――。

 幅広の崖上に渡ったところで、オークを一睨み。

 そして、近付いてきた数匹のオークを連続した袈裟斬りで処す。


 次のオークの群れには、屈んだ姿勢から応じ技で対応。

 鋭い左足からの踏み込む<速立ち>の勢いを乗せた長剣で、迫るオークの剣を左に擦り上げて弾く――そのまま勢いを加速したキッシュは、剣を真横から振るいながらオークの横を駆け抜けていた。


 駆け抜けると、同時にオークの胴体から真一文字の血飛沫が散った。


 更に体勢を低くしたキッシュに覆い被さろうと近付いてきたオークに、突き出した盾の先端が喰い込むと、その顎を粉砕してオークを対処。

 

 そのタイミングで、憤懣をまき散らし近寄ってくるオーク。

 

 すると、可憐なエルフのキッシュは笑う。

 緑色の前髪を揺らしながら、重騎士の姿とは思えない鳥のような機動を魅せる。

 

 助走し、身を捻り回転を加えた変形突き上げた片膝の頭(ニー・リフト)を、その近付いたオークの鳩尾に喰らわせていた。

 

 オークは苦し気に体勢を崩し突っ伏。

 キッシュは、膝にやわらかい感触を得ながら、連携した動作へと移っている。

 

 それは片手の肩から肘までをコンパクトに畳みながらの長剣技<突剣・一火>――。

 体勢を崩したオークの喉元へ長剣の切っ先を伸ばす鋭い突剣技だ。

 

 オークの喉を突き刺していた。

 キッシュはオークの首を突き刺し仕留めた直後。

 喉に突き刺した長剣を回転させながら引き抜く。

 と、その回転した勢いを体の勢いに加算させるように助走を行い、前方へステップを踏み、高く跳躍していた――。

 宙に浮く姿は、スローモーションを感じさせる。長剣を上段へ廻した動作だ。

 それは鳥毛立女屏風に描かれた女人。

 そんな敦煌の壁画の琵琶を持つ仙女のようにも見えたが、キッシュの身なりは重装備で仙女ではない。重装備の重さを活かすように長剣を振り下ろす。

 長剣技<貴雑剣>を実行――唐竹割りのごとくの長剣技<貴雑剣>が五匹目の頭を捕らえた。

 オークの頭部から体を両断し倒すとキッシュは、その振り下ろした長剣を下斜めへと傾ける。

 返り血を体に浴びないように盾を掲げて血を防ぐと、片足の爪先を軸にした横回転を行う。

 斜めに傾けた長剣の切っ先で宙空に円を描くように振るう、剣刃がキラリと光った。 

 切っ先が下向きに振るわれていく白瑠璃を感じさせる白刃が六匹目の片脛の中へ吸い込まれ――「ぎゃぁ」と悲鳴を上げているように、あっさりとオークの片足は切断されていた。


 続いてもう一つの足脛にも剣刃が侵入していく。

 <流斬>という新しいスキルの下段払い斬りだ。キッシュは正式(・・)な冒険者活動はもうしていないが剣を置いて隠居したわけではない。村を作る。それは冒険者活動をはるかに凌駕するような戦闘の積み重ねでもあった。キッシュは剣も盾も身体能力も確実に成長を遂げていた。

 

「ギャアアァ――」

 

 両足を斜めに切断されたオークはつんざくような悲鳴を連呼して倒れる。

 キッシュは視線を鋭くすると倒れたオークの頭蓋骨に方盾を勢いよく振り下ろし、方盾でオークの頭蓋骨を潰して悲鳴を沈黙させた。

 

 『うるさいぞ、豚』と聞こえたかのような気品ある敵を圧殺する女重騎士の姿だ。

 

 最後のオークを斃した直後も油断はしない――。

 血に塗れた長剣を横に払いこびりついた血を飛ばし、サッと素早い所作で腰の鞘に剣身を戻した。

 村の門の近くに戻っていたことを視認し周りに潜む伏兵オークの存在は? 居ないか? 

 と確認してから、空上へと視線を向ける。

 

「――精霊様! オーク共は退却しましたか?」


 凜々しい声が響く。

 空にいた常闇の水精霊ヘルメは、キッシュの声に反応し、


「――はい、崖下へ転がるように逃げていきましたよ。一際巨大なオークには氷槍(アイシクル・ランサー)を続けざまに喰らわせて上げましたので」


 と話ながら蒼と黝葉と人族の肌と衣服を構成している葉が漣を起こす。と、両手の先に魔力が密集した闇繭と氷繭を形成する。スラリと伸ばした足下から円や蔓に四角の植物のような形の水飛沫を発生させていくと、それら水飛沫で知恵の輪を作り出していた。そのまま華麗に着地。

 ボタニカルが好きのヘルメは周囲に水飛沫で植物を描くと、お得意のポーズを決めながらキッシュと目を合わせる。キッシュは、


「詠唱なしで使用可能なんですね」

「ふふ、今のはありふれた基本性能の一つですよ?」

「……あの雨のよう降った上級規模の氷槍が基本の一つとは、恐れ入ります」

「閣下と融合し魔力を頂いていますからね。しかし、成長はまだ微々たるもの。とはいえ、着実に成果はでています――」


 ヘルメは舞うように横に回転させると半身で背中を見せる。

 尻を小刻みに振動させていた。

 

「……」

「……」


 キッシュは困惑顔を浮かべる。


 精霊様のいつもの踊り(・・)だ。

 植物に水やりを行いながら、子供たちに、踊りを教えている。

 この踊りを時々に真似をすると喜んでくれるのだ。

 そう、それが『新しいヘルメ立ちですよ!』とご教授をしてくれるのだが……中々に手厳しい。

 この間は珍しく褒めてくれたが、今も、この立ち居振る舞い(ヘルメ立ち)を真似しなければ、ならないのだろうか……。

 

 とキッシュは考えていた。


 常闇の水精霊ヘルメはまたも踊るように横回転を行い『新・真・ヘルメ立ち』を敢行。

 乳房を揺らしながらのポージング。


「……あの、それは……」

「ん、この間キッシュから成長を感じましたが、これが、わからないとは……残念です。まだまだお尻愛(おしりあい)が足りませんね?」

「……まだまだ(・・・・)修行の身ですから」


 キッシュが精霊様の言葉を聞いて、思わず笑みを零しながら話をしていると……。

 簡易的に作られた土壁と氷壁の向こうから、重厚な声と猫の声が響いてきた。

 

 颯爽と姿を現したのはアーレイとヒュレミの大虎に騎乗していた沸騎士たちだ。

 

 沸騎士ゼメタスとアドモスの騎兵は、オークの追撃から戻ってきた。

 

 そんな沸騎士たちの頭上には、宙に浮かぶ骨魚に乗ったイモリザの姿も見えた。

 そのイモリザは骨魚から離れて跳ぶと宙で身を捻り、サイデイル村の標識の門の上に飛び乗っていた。

 大虎に騎乗している沸騎士たちは、その木の門を潜ってヘルメとキッシュの側に戻っていく。


「――精霊様~わたしは最近上手くなりましたよ~~~」


 イモリザは常闇の水精霊ヘルメとキッシュの会話を遠くから聞いていたのか、門の上で、器用に足を交互させて踊りながら腰をぷるんと揺らしていた。

 

 身を捻りながら、変なポーズを作る。


「ぐぬぬ、イモリザ殿の動き! あの技は、我らには高等過ぎて真似ができない……」

「残念だが、アドモスよ……精霊様のご教授はレベルが高い。代わりに、わたしたちは盾と剣で、敵を粉砕し、斃し、濃厚な血によって、特別な表現を創ると誓ったではないか」


 沸騎士たちは踊るイモリザを見上げて、芸術家のごとく語る。

 続けて、重そうな動作でアーレイとヒュレミから降りていた。

 

 降りる仕草は紳士。

 が、その表情は地獄を渡るような煉獄の騎士だ。

 見た目からは、踊りが踊れなくて、残念がっているとは、決してわからないだろう。

 

 しかし、アーレイとヒュレミは分かっていた。


 沸騎士たちの分厚い胸甲へとアーレイとヒュレミは頭から突進していた。

 

「――ニャア」

「――ニャオォ、がるるぅ」

「ぐお」

「ぬぉぉ」

 

 地面に突き倒される沸騎士たち。

 立派な頭蓋骨フォルムを大虎たちの大きな舌に舐められた。

 

「ふふ、イモリザと沸騎士たち、お帰りなさい。キッシュの指示通り追撃は完了したのですね」


 精霊ヘルメはくるりと舞うように振り向きながら話をしていた。

 倒れていた沸騎士ゼメタスとアドモスは大虎たちを宥めてから、ゆっくりと立ち上がる。


「……はい、精霊様。軍務卿キッシュ殿の指示に従い、崖下に転がるオークの命を狩りながら、追いたてました」

「トロールの姿は相も変わらず、見えませんでしたが」


 沸騎士たちはキッシュへ対して、魔界式の敬礼を行いながら語る。

 アーレイ&ヒュレミの大虎は、予め用意されていた餌箱の中へ走っていった。

 

 餌箱の中は、オークの肉片。

 豚の頭部を持つオークの肉は大虎たちにとってご馳走でもあった。


「……また、軍務卿とか司令長官やら……」


 キッシュは大虎の動きを追ってから、沸騎士たちに視線を戻し不満そうに呟く。

 

「これは否、閣下からキッシュ殿に従えと下知がありました」

「そうですぞ。私たちの唯一不動の偉大なる閣下の命令ですので、キッシュ殿は現状、ここ拠点の司令長官であります」

「そうですぞ♪ キッシュ長官様~♪ 見てください~」


 イモリザ殿が、沸騎士殿たちの真似をした、その瞬間、複数の<魔骨魚>の口からオークの頭が吐き出されていく。

 

 しかし、それは腐肉のように溶けた肉頭と化していた。

 

「わたし、がんばった! キッシュ長官様~褒めて~~」

「す、すばらしい活躍だったと思う……」


 キッシュは顔をひきつかせながら喜んでいるように微笑みの表情を作ろうと、がんばって褒めてはいるが自信はなかった。


 ……く、臭い、オークの頭部をこんな形で……怖いぞ、銀髪がまた動いて変わっているのも怖い!

 と内心は恐怖が上回っているキッシュ。

 キッシュは気を直すようにかぶりを振ってから、


「……皆の活躍のお陰でサイデイル村はオークの軍勢から守られた。ありがとう、だが、オークの数が最近多くなっていることが心配だ」

「はい、司令長官殿の指示があればこそですぞ」

「その通り、軍務卿! 指示は的確であった。騎兵としての扱いも絶妙ですぞ」

「うん♪ 指示は大事?」


 沸騎士たちとイモリザの言葉を受けたキッシュは、また回想していく。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 

 司令長官や軍務卿の言葉は、やはり慣れない。

 しかし、今は、わたしが村長で、責任がある。

 言葉とその責任の重さには、まだ慣れないが、これは受け入れていくしかない。

 

 この故郷……サイデイル村の再建は、まだ未だ途中だ。

 バルドークの山々から続く山間の一分、この山はただの山ではない。

 山嶺の麓の近くにある白黒の細い岩場の群生地帯に残る、爪痕。

 

 憎き魔竜王による爪痕だ。

 ハーデルレンデ村が、山ごと削られた痕でもある。

 傷痕は……一族の象徴であった『蜂たちの黄昏岩場』を潰した。

 わたしの頬の印は蜂のマーク(ハーデルレンデ)。その紋章紋が刻まれていた岩場は、破壊が進んでしまっている。

 

 残骸の山にも見えるぐらいに、埋もれてしまっている。

 しかし、名残といったわけではないが、蠱宮のような穴場が複数個、存在していた。

 あの穴場の下には、ハーデルレンデの回廊やペルヘカライン大回廊へと続く地下道が見つかることだろう。


 その先には、ハーデルレンデ一族の聖域へ繋がる地下道もきっとあるはずだ。


 勿論、穴は普通の岩窟と違い、危険なので子供たちには注意をしていた。

 タークが入りたがっていたのは知っているので、厳しく怒った記憶がある。

 わたしはいつも夜空を見上げる度に……ハーデルレンデに一緒に過ごしていた家族の姿が目に浮かぶ。

 お父さんのキッド、お母さんのシュミ、兄のシュトラン、妹のラシュ、まだ小さかった赤ちゃんのラトシュミ……親戚の叔母さんシュド、優しかったお爺さんアブ、わたしのために葡萄を栽培してくれた友のミトン。

 

 家族で生きているのは……わたしだけ。

 他の生き残りで、知っているのは少数だけ。


 しつこい彼は思い出したくない。

 わたしの過去はいつもついて回る。

 

 でも、そんなわたしの過去を何も聞かず……救ってくれたシュウヤ。

 仇の魔竜王を討ち果たしてくれた。魔竜王はシュウヤが倒してくれたのだ。


 わたしの大事な友が……仇を取ってくれた。

 

 シュウヤ……。

 再会してから……会いたくてたまらない。

 

 ……サイデイルの星に誓った相手。

 その伝承は成った。友と再会できた……嬉しい。

 

 会いたい。だめだ、村の責任者なのだぞ。しっかりしろ! わたし!

 親代わりのアッリとタークのことよりも、友、シュウヤのことを考えてしまうなんて……。


 しかし、失った家族たちを思い出したからというわけではないが……。


 不安なのだ。サイデイルの星に誓ったもう一つの意味……。

 シュウヤの強さは判っているつもりだが……。


 そんな危険場所へ、子供たちの手掛かりを追ったシュウヤ。

 心配だが……シュウヤを信じよう。

 友のシュウヤなら、アッリ&タークを必ず見つけて救ってくれる。

 


 ◇◇◇◇



 そのタイミングで急に、常闇の水精霊ヘルメは視線を村の外へ向けた。

 

「これは、またオークの反応――」


 ヘルメは、また空に戻っていく。


「きゅぴーん――」


 イモリザも重い動きから、両手から伸ばした爪を地面に突き刺して、身体を浮かせると骨の魚を引き連れて、門の上に移動していた。


「今度は一際大きい、オークの反応です」

「――精霊様、本当です。あそこで、仲間の死骸を食べている巨大オーク?」


 常闇の水精霊ヘルメとイモリザが語ると、常闇の水精霊ヘルメは、


「あ、この感覚はァァン! 先に出迎えてきます! ふふ~」

「精霊様?」

 

 と、わたしの声は精霊様には聞こえていない、精霊様は今まで見せたことのない楽し気な表情を浮かべていた。

 嬉しそうな口調だったが、巨大オークが仲間の死骸を食べているところではなく、真逆の方向と向かう。

 

 精霊様の独自な感覚が未知の敵に気付いた?

 樹海に棲息するモンスターの何かを感じたのか?

 否、精霊様は笑っておられた。今まで魅せていた笑顔が、かすむほどの美しい神々しさを感じさせる笑み。

 足元から飛び散っていた水飛沫の形もハートマークに変わっていたから……。

 

 もしかして……。

HJノベルス様から小説版「槍使いと、黒猫。」1~12巻発売中。

最新刊13巻が2021年1月発売予定。

コミックファイア様から漫画版「槍使いと、黒猫。」1巻~2巻発売中。

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