三百四十六話 嚆矢濫觴
「かえでか。もしかして、転生者? ネームスは元日本人なのか?」
「わたしはネームス!」
ネームスは毎度の言葉だが気魄を込めた声音で叫んでいた。上半身を勢いよく折り曲げてくる、俺の眼前に長方形の頭部が迫った。
小枝の睫毛の微妙な動きは可愛いが、ネームスは泣いていた。
クリスタルの瞳から宝石のような小さい涙がぽろぽろと溢れている。流れ落ちていく一つ一つの涙がとても綺麗だ。水晶球と水を湛えた透明な卵を一つに集積したような不思議な涙。涙は縦長の襟からデコルテに落ちた。デコルテは大理石の泉盤のように底深い鎖骨。
そのデコルテを滑りに滑った涙は、湾曲しつつ反った骨の縁から跳ねた。ネームスのデコルテの下は変わった形の胸甲だ。特徴的な胸甲はダマスカス加工を施したような木材と金属が複雑に混ざり渦を巻くように折れて重なっている。乱雑な幾何学模様の巨大ワッペン&巨大ブローチもあった。
表面は『しなびた洋梨』か『痛みを帯びた顰めた表情』にも見える。
そんな不可思議な造形を保つ胴体の一部より……ネームスの心だ。
俺の視界を埋め尽くすように長方形の頭部を近づけた意味。
俺の「転生者?」と尋ねた言葉に対しての反応と捉えていいのだろうか? ……なにしろ「わたしはネームス」しか喋らないからなぁ。
ネームスのことが分かるモガではないから気持ちは読めない。心の内情は不明だ。ひとまず、ボディランゲージでわかるような質問を考えよう。そんなことを考えながらクリスタルの瞳を凝視。
「……ネームス。その、頭を近づけた意味、〝俺の言葉の意味が通じている〟という認識でいいんだな?」
「わ、たし、はネームス」
ネームスは口を広げて喋った。
唇と歯茎も鋭そうな鋼鉄っぽい素材と木材。
「じゃあそういう前提で話を進めるぞ。で、ネームスが転生者だったとして、肯定の意味なら今のように、その大柄な胴体を一回縦に折り曲げてくれないか? 否定なら横に揺らしてくれるとありがたい」
「……わたしは、ネーームス!」
ネームスは理解してくれたようだが、ネームスの耳ってどこにあるんだ? と素朴な疑問が……今はいいや。ネームスは俺の言葉を聞いて急いでいるとは思うが、胴体の節々を軋ませながらゆったりと動く。太い体をちゃんと縦に折り曲げて応えてくれた。縦だから肯定の意味。ネームスは転生者か。
「……転生者。楓が元の名前だとすると、昔は日本人、女性だったとか?」
「わた……し、は……ネームス」
またもや肯定。女性、楓さんか……日本人、やや古風な名前からして平安時代とか? 現代、過去を含めた様々な時代から、量子的多世界、エヴェレットの多世界解釈、神の作用のID、異世界からの干渉、と次元を束ねた上級神のような存在とか、複雑怪奇な現象が絡み合った結果から、この世界へ転生、転移してきた者が多いようだしな……どの時代、どの世界からもありえる。
占い師カザネ、蛍が槌を率いていたマナブ、第二王子の下で働くキリエ、アイスが美味かった菓子店のタナカ、テンテンデューティーを作り上げた神の右腕を持つタイチ、など、ペルネーテだけでも、転生者&転移者はそれなりに存在した。日本人以外の外国人もいるだろう。俺の地球でさえも、過去の記憶を持って生まれてくる存在がいる。チベット仏教の話は有名だ。
チベット仏教の教えには、すべての生きとし生けるものは輪廻転生するとあった。輪廻転生、一時的に肉体は滅びても、魂は滅びることなく永遠に継続する。因果応報のレンデーを考えると果てがないが……。
迷宮都市だからこその数かもしれないな。
否、そもそもが、俺も俺だよな。嚆矢濫觴。
宇宙を思わせる、あの黒い渦の中に吸い込まれた、そして、先の白い空間に運ばれた。
そこにあった机と椅子。椅子の表面の飾りかと思ったら飾りではなかった顔面たち。
顔面の眼窩から、たくさん出現した黒い目玉。
あの目玉群はカメラのようにズームイン、ズームアウトを繰り返して、俺をスキャンしていた。あんな物が実在する白い世界を生み出した存在……。
次元を移動できるような高度な文明を持つ異星人? 神? どちらかだろう。机の下にさりげなく置かれてあった血濡れた靴。
あの靴は……結局、だれの靴だったんだ? ちょうど俺の足の大きさと合う靴だったことも謎だ。転生後の長い地下生活をするうえで、その履いていた靴は自然とぼろぼろになったから……別段、特別な靴ではないと、意味はないと思うが、靴には血が付着していた。次元が違う世界から血を運んだことになる。細菌とか大丈夫か?
血、光魔ルシヴァルの前の種族は吸血鬼ハーフ。そして、<光の授印>を選ぶことによって、光魔セイヴァルトになった。
吸血鬼に関係が?
……これは考えすぎか。この広大な宇宙。神がサイコロを振るう世界。
神々が万里一条の鉄を作り、魔力と魔法に満ちた世界。俺が知る宇宙の物理法則と少し違う宇宙。事前にプログラムされた世界とは違うと思いたい世界。ホログラフィック原理が本当だったら? と俺が知っていた宇宙とはいっても、それはただの雑学でしかないが……。
そして、茄子紺の夜空に広がる途方もない数の銀河団の中で、この惑星に転生してきた理由。
ハビタブルゾーン、または生命居住可能領域と言われる太陽と適切な距離にある惑星、この自然豊かな水を形成している星に辿りついた理由。これは偶然だろうか?
毎度の思考だが、斉天大聖と釈迦の掌のように運命神アシュラーの掌の上?
イギリスの民話に出てくる少女のように『ちょうどいいから』か?
強敵だったタケバヤシが語っていた、森の転生神ゴッデスとやらの力に影響を受けている? カザネたちが迷宮の十階層で虹色の宝箱から獲得した次元裂きの転生実の作用……次元裂きの転生実か。
ラドフォード帝国からフロルセイル七王国へと売られて……遂にはタケバヤシたちを転移させた要因となったと思われる代物。そのタケバヤシ。人族だったが、どこかの神の恩寵の力とスキルを用いた強者だった。戦場を長年生き抜いて成長を果たした武者の口ぶりは嘘ではなかった。凄腕の二剣流の使い手、剣術家だった……影翼旅団の団長ガルロのように剣が巧みで強かった。ガルロは両手剣使いだったが……タケバヤシ、ガルロとの戦いにホフマンの漢字がイカす十の黒爪剣を脳内で描いて、長考を続けていると、
「……わ、わたし、は、ネームス……」
ネームスは俺を気遣うような優しく低い声音で語ってくれた。時々、バカなりに無知の知を考えてしまうことが、顔色に出ていたらしい。
「……すまん。で、ネームス。名前は肩にあるのと同じ楓と呼んだほうがいいのか?」
「わたしは、ネームス!」
体をゆったりと左右に揺らす。否定してきた。ネームスはネームスか。
中身は女性だと思うが名前はネームスのほうがいいらしい。
永久の時間を感じさせるぐらいの長期間……楓さんが鋼木の中に存在していたとしたら……。
その楓さんが『もうわたしはネームスでいいや』という考えに至るのは仕方がないと思うが、これは俺の勝手な推測。だから、まったく見当違いかもしれないが。そんな思考の間にも、体を左右へ揺らし続けているネームス。
ネームスの肩と胴体から生えた小枝の群れには生命がある。
若葉が育ち小さい蕾が生え、色とりどりの花が咲き紅色の枯れ葉が付いていた。そんな枝わかれした無数の小枝が森の内奥から絹糸を擦れさせるような特別な音楽を奏でるように振動を起こして揺れていく。
そして、紅色の枯れ葉は自らの役目を終えて悲しげに舞い落ちていった。
木材の表面にこびりついていた苔もずれるように落下。巨大な足に苔がこびりついた。
ネームスの体の表面にあった穴と溝の中に暮らしていたダンゴムシと天道虫にカブト虫とクワガタ虫が合わさったような虫たちが這い出てくる。
落ち葉に虫かよ、風情があるな、ネームスの体には生命が息づいていた。
雪でも降ってきたら四季を表現できそうだ。モリザとかの黄金芋虫も、あの穴から出てきそうだ。しかし本当に不可思議な生命体だ。すると興味を持った黒豹が動く。
「ンン~、にゃんにゃんお」
『ネームスの体が面白いニャ~』とでもいうように鳴いていた。
そして、くるりくるりと、自分の長い尻尾を追いかけるように、その場で回り出す。
ネームスの左右へ振動を起こす奇妙な踊りと合わせているつもりらしい。
黒豹は、俺の爪先回転を行うように横回りを続けながら金属と木材が合わさった巨大な足へ猫パンチを当てていた。
俺もネームスの踊りを見学……。
精神値が、あの小さい穴たちに吸い取られそう……。
催眠術とかがありそうな、不可思議なダンスを行うネームス。
そんなネームスの巨大な足を夢中になって叩く黒豹さん。
豹の状態だから当然、足裏の肉球も大きい。
んだが、やはり肉球は肉球で、プルッとした柔らかい肉球がネームスの足に当たってもネームスは動じない。ネームスは構わず太い腕を廻し、腰を左右にゆっさゆっさと揺らす。
不思議なダンスを踊り続けて黒豹に対抗を示す。
んん? ん?
あの動き、どこかで……あぁっ、ヘルメが好きな千年の植物?
まさか、千年の植物のなれの果てがネームスとか?
そんなことを考えながらネームスの肩に刻まれた〝楓〟の漢字と同じカエデのような枝から落ちた紅葉が散る様子を眺めていく。
「……にゃぁ」
黒豹も舞い落ちてくる紅い葉に注目していた。
「ンンン――」
黒豹はカンフーでも扱うように細い前足を振るう。
風にそよぎ舞う紅葉を、鋭い神獣の爪が見事に捉え、真横からスパッと切断。
時折、二本脚で立ってはパンチを繰り出すので、踊って見える。
黒豹のロロディーヌの黒毛は黒曜石を思わせる。
艶があるし光沢が実に綺麗だ。
イギリスでは、パンサー、アメリカではピューマ。
だから、どこかのパンダ映画のように、カンフーパンサー?
カンフーピューマってぐらいに……実に楽しそうだ。
落ち葉を幾つ拾えるのか?
というジャブを打つ訓練にもなりそう。
しかし、今は周囲の警戒を強くしないと。
「……ロロ、今は周囲の警戒を頼む」
「ンン」
黒豹は喉声で鳴きながら、猫パンチを止める。
「ヴァンパイアのホフマン、死蝶人のジョディとシェイル、特にゴルゴンチュラ神を復活させようとする死蝶人たちは、俺に絡んでくるかもだ。警戒を頼む」
「にゃあ」
澄んだ高声で返事をした黒豹は、ネームスから視線を外した。
そして、『くんくん』とピンクの鼻の穴を窄ませ拡げる動きを繰り返す。
相棒は周囲の臭いを確認するように頭部を左右へと動かしていった。
すると、臭いが気になったのか、左斜め前の方向で頭部を止める。左前足を一歩前へと踏み出した。
んだが、頭部を俺に向ける。
紅色の虹彩の中にある縦に割れたような黒い瞳は俺をジッと見た。「相棒、俺のことは大丈夫だ」
頷いたような仕草を取った相棒。
「ンン、にゃお――」
喉音を響かせてから、前肢をもう一度伸ばすと、走り出す。長い尻尾は揺れていない。
速度的に速いから、左斜め前の方向にモンスターの臭いを感じ取ったらしい。黒豹のしなやかさと黒獅子の力強さを合わせたような膂力のある走りだ。
その力強く走る様子を見つめていくハイグリア。
彼女の青い瞳はかわいらしい。
黒豹は今にも崩れそうな朽ち木に跳び乗った。
が、すぐに後脚で、その朽ち木を踏み台にして、前方へと飛び跳ねるように跳躍した――。
宙に浮かぶ黒豹。
そのまま胸から出した黒触手を左右の斜め前の方に伸ばした。触手は二つの太い幹に突き刺さる。いつものアンカー代わりだな。その二つの触手を自らの体に収斂した勢いを、自らの速度に加算――一条の稲妻のような凄まじい加速を見せる。
黒い獣の姿を少し残すように樹の間へと消えていった。神獣らしい動きの黒豹の姿をハイグリアと共に見つめていく。そんなハイグリアは、先ほどまでモガ&ネームスとアッリ&タークを含めた助かった人々と、時々、偉そうな口調が混ざってはいたが、社交性を感じさせる様々な会話を続けていた。
しかし、基本は礼儀正しい女性らしい。
俺はネームス&黒豹とのやりとりに集中していたので、あまり聞いていなかったが、興味深い幾つかの話で盛り上がっていた。
『樹怪王の軍勢は勢力を広げているのだ』
『ゴブリン・テルカには金玉が百個ある』
『知性あるオークたちを侮るな』
『<獣魔の刻印>や銀光蜘蛛の使い手は、この助かった者たちの中には、いないのか?』
『いないのなら、あの時のシュウヤと親しげな雰囲気の女は『家』がどうたらと語っていたように、貴重な血筋を持つ師団長クラスの戦士だったのだな……』
この時、子供たちから『しだんちょー?』
『しだんちょーって何~?』と声が上がるが、ハイグリアは答えず、
『未開スキル探索教団? そんなものは聞いたことがない。それよりこの辺りを探索している冒険者はいったいどのくらいの数が居るのだ?』
『最近、【旧神たちの墓場】へ続く【古のクイル隧道】の近辺が騒がしい。旧神ゴ・ラードの配下と地下世界の様々な思惑の下で動く者との争いが起きている。絶対に、絶対に近付くな。地下は巨大な別世界、闇の深淵に通じていると思え、冥界に迷い込むぞ』
ハイグリアの警告を聞いていた鱗人の男性と人族の老人たちが、『旧神たちの墓場?』『樹海にそんなところがあるのか?』『わしも聞いたことがない』『銀毛が綺麗なねーちゃんは優秀な冒険者らしいな』『青い目が綺麗だ』と、途中から口説くような言葉になっていたが、ハイグリアは表情を変えず。
『さっき死蝶人と戦っていた強そうな吸血鬼と黒の貴公子は本当に関係がないのだな?』
『ザクセルの仇を討ったからわたしは満足なのだ……それに、シュウヤに名を教えたからな……後は神床で一緒に……』
と会話の節々で俺に対する好意を滲ませる言葉を交ぜながら女の視線を向けてくるハイグリアだが、自らが古代狼族であるとは語ろうとはしなかった。前のノーラとの会話で人族と溝が大きくあると知ったことが理由だろう。そのハイグリアと視線を合わせると恥ずかしそうに視線を逸らしてから、また見つめ直してきた。
少しだけ、はにかんだ表情を浮かべている。
ハイグリアは「しゅ、シュウヤ、決闘はお手柔らかに、頼む……」と小声で呟いてきた。
「……悪いが、決闘なんてやるつもりはない」
「な、なんだと!」
がーんとした音が聞こえそうなぐらいショックを受けた表情。
しかし、顎が細く美しいEラインが保たれているハイグリア、すまないが面倒ごとはごめんだ。
アッリとタークを連れてキッシュの村に戻ることが先。
友のキッシュの尻も心配だ……ヘルメが変なことをしていなければいいが
そんなことを考えながら不思議ダンスを止めていたネームスへ視線を移した。
そのネームスはクリスタルの瞳をモガへ向けている。
「ネームス、俺たちは、はぐれた探検隊に戻らないとな?」
「わたしはネームス」
「そうだ。お前の腕と足を切り落とそうとしてきたドワーフの博士だ」
「わ、たし、は、ネーームス」
「ははは、そういやがるなって。しかし、時間的にはヘカトレイルに戻っているだろう頃か」
「……わた、しはネームス」
「ん? 今はあまり乗り気じゃないってか。シュウヤと話をしていたようだが、気になるのか?」
「わたしはネームス!」
「なるほど」
モガは『そうかい、わかったよ』という意思を込めたように、小さい腕を左右へ伸ばす。
彼が羽織っている袴系の服とペンギンの羽根の毛が妙に似合う……。
モガは小さい両手で遊ぶようにジェスチャーを作ってから、俺に対して視線を向けてくる。
「……相棒はシュウヤと話がしたいようだ。黒豹といいシュウヤもネームスと会話ができるとはなァ? 驚きだ」
「そんな驚くことか? ま、ネームスの〝わたしはネームス〟といった言葉以外にもコミュニケーションはできるようだし意外と話せるんじゃないか?」
「それが難しいはずなんだが、な……」
と、モガは一息入れて、ペンギンの瞳を鋭くして俺を見る。
「確かに非常にゆったりとした動きで不思議な踊りも加わるから、わかりづらいかも」
「……ははは、だから、それをわかるお前も不思議なんだ――」
モガは笑いながら、側に来て抱きつこうとしていたタークの手を華麗な動きで避けていた。
「モガっち、速い!」
「くくく、俺にふれるのは、十年早いんだよ!」
モガがそんな言葉を。タークはモガが気に入ったようだな。
俺はそんなタークとモガから、視線を離し、ネームスへ頭部を向けた。
「……瞳の内奥に秘められた美しさは、女性という意味もあったか」
「……わ、たし、はネームス」
ネームスは肯定したか否定したかわからない。
まだ綺麗な宝石の涙を流しているし……。
太い鋼木の胴体を縦に動かしてから、横へゆったりと動かす。
「女? シュウヤ、どういうことだ?」
俺とネームスのやりとりを聞いてびっくりした様子を見せるモガは尋ねてきた。
「あぁ、肩のマークは俺の知る文字なんだ」
「あれは文字だったのか。シュウヤは古い文字に詳しいのか。あ、古代文字といえば……雇い主のことを、まだちゃんと話していなかったな」
「雇い主というと、さっき相棒と話をしていたようだが、モガ&ネームスは依頼の最中だったのか?」
「その通り、名はドミドーン探検隊。ドワーフの学匠というか学者のくせに魔術武具に魔法を扱うドワーフでな? その筋では有名らしいが」
「へぇ……」
ドミドーン、どっかで聞いたような気がする。
「樹海も古代遺跡が山ほどあるからなァ。護衛依頼の一つとしては簡単な依頼だと思って受けたんだが、途中で探検隊とはぐれてしまい……」
「……わたしはネーームス」
「……てやんでぇ! しらばっくれやがって、そもそもお前が原因だろうが」
「わ、たし、は、ねーむす……」
モガの怒った口調に、反省したような様子で語るネームスだが、
依然と、先ほどから涙を流し続けていた。
「瞳を揺らしながら話をしても、はぐれた原因はネームスだからな、まったく……」
ネームスが先走ったことが探検隊とはぐれた原因らしい。
ペンギンが説教する姿に、思わず笑ってしまう。
にやけながら、彼らの会話を聞いていると、
「……しかし、ネームスがこれほどわかりやすい動きを示すのは何年ぶりだろう……シジマ街以来か? というかネームスの涙は貴重だから、回収するぞ?」
モガは胡桃色の羽織の懐から歌舞伎で使うような鬢盥の箱を取り出していた。
箱から畳まれた紐が自動的に伸びて腰に装着される。
一目見て、特殊なアイテムとわかる。
あれはアイテムボックスなのか?
その魔力が備わる箱の上部を飾るような紫色の金具と繋がる紐ベルトに纏められる形でぶら下がっているアイテム類が気になった。
球体、油袋、糸が何重にも絡まった本……そのどれもが、異質。
普通のアイテムではないとわかるぐらい膨大な魔力を内包しているアイテム類だった。
また、たいそうなもんを……。
「わた、し、は、ネーームス」
「そこに座れ」
ネームスはモガの言葉を聞いてから前を向いた状態で後ろに下がると、ゆったりと動きながら姿勢をかがめる。
その場に重低音を立てて座り込んでいた。
そして、かわいいが大きい頭部をモガへと向け、ぴかぴかと光るクリスタルの瞳をゆっくりと閉じていく。
「おい、モガ、その腰に連結したアイテムは……」
ネームスの瞳から流れる涙を回収しようとしていたモガだったが、俺の指摘を受けて、
「――うあ、気付いたか。こ、これはだな……ハハ、グハハ!」
ぬお、遁辞を労するように、いきなり慌てたような様子を見せるモガ。
ペンギン顔の口を横に広げて、変な笑い声を発していた。
「牙を見せてのペンギン顔、変顔だ……」
牙は鋭そうだ。
「てやんでぇい! 俺はペンギンじゃねぇ、モガ族だ」
「ははは、わかってるよ。イカす、渋いアライグマ系の頭部だと言いたいのだろう?」
「おぉ~、イカすとはわかってるな。ん? 今、俺はバカにされたような気がしたが……」
にやにやしながら語ったからな。
「……バカにしたかも」
モガを見ていると、どうも……笑ってしまう。
「なにぃぃ、笑い者にしやがって、おととい来やがれってんだ」
「ごめん、アライグマとは言わないさ」
そのタイミングで、俺とモガのやりとりを見ていた数人が笑い出していた。
「俺はアライグマじゃねぇ! モ・ガ・族って言ってんだろうが! とんちきシュウヤ! その頭の黒い毛を、禿げたアライグマ風に削ってやんぞぉこら!」
「ええ?」
「目ん玉をよーく見開いて、俺様を見やがれってんだ! これほどのモガはいねぇ、モガの中のモガだ」
ペンギンの頭を歌舞伎役者のように動かして、ポーズを決めているモガさん。
俺はよーく見ようと顔を近づける。
「ふん、この唐変木な野郎め、頭頂部を禿げさせてやろうか! 肩にも太刀風を感じさせる一瞬の斬撃でなァ?」
モガは、小人サイズの人差し指で俺の頭部を差して怒っている。
ペンギンの怒り顔は怖いかも。
「……すまんすまん、モガはモガ族だよな。そして、剣王様だけに王様ペンギンの強さを感じさせる」
「……ふん、バカ言ってんじゃねえ……ペンギンは余計だが剣王様とはぁ、わかってるじゃねぇか! そうだ、俺は剣王である!」
俺の褒め言葉にすぐに調子をよくしたモガさん。
腰に差している剣の柄に手を当て『べらんめぇ』の江戸前なポーズを取る。
単純でかわいい奴かもしれない。
そして、腰のアイテム類がどうも匂う。
ヤヴァいような……。
「……で、その腰のアイテムはどうしたんだ?」
「……実はだな。ネームスが破壊して侵入した部屋がたまたま宝部屋だったんだ。それで、お宝を目の前にして放っておくのは冒険者としてどうかと思ってな?」
また口から牙を出して笑うモガ。
「盗んだんだな……」
吸血鬼たちに追われた理由か。
雑魚のヴァンパイアたちは、ただ牢屋から脱して逃げていたモガたちを追っていたわけではなかったんだ。
「グハハハ、俺には盗賊系のスキルもあるのだからなぁ。迷宮の宝箱もちょろい! な? ネームスよ!」
「……わたしは、ネームス」
「そこは偉そうに言うな? いいじゃないか相棒よ!」
ネームスの言葉から阿吽の呼吸で会話が成立している。
こういうところを見ていると、彼らが本当に相棒同士なんだとよくわかる。
しかし、あのアイテム類、ヴァルマスク家が保管していた物だとしたら……。
ホフマンが俺たちを追跡してくる可能性が高まったか?
追跡装置的な物が付いてないだろうな?
と、モガの盗んだアイテム類を凝視……。
あの魔素の質と形と見た目の細かな装飾と染み的な魔力文字。
どうみても……スロザの店主が驚くような伝説級、神話級のアイテムのような気がする。
追跡装置かどうかなんて、俺には判断がつかないが。
ま、さすがに盗んだアイテムを感知する能力なんてあるわけないだろうし、アイテムを取り戻しに死蝶人を追いかけたホフマンが戻ってくるわけがないか。
神聖教会の道具にあったように、魔族系の血を感知する能力とかなら意外と豊富にありそうだが。
「……わた、しは、ネームス」
「涙? あぁ、わかっているさ。今、回収するからジッとしとけ」
万事心得た様子のモガは、ネームスの涙を素早く回収。
すると、子供たちも、モガが回収した美しい涙粒を見て興奮し始める。
「わぁぁ~、ふしぎ~」
「ぼくも一個ほしい」
「あ、わたしもほしいー」
「今回は特別だ、一つずつだけだぞ?」
モガは子供たちに、その涙の宝石を手渡していた。
「わぁ~、もう周りは暗がりだけど、ネームスの目と同じで、この宝石からも少し光が出ている? 手が少し明るいよ?」
「綺麗~」
アッリとタークは涙の宝石を夕闇の僅かな光に混ぜるように掲げていた。
夕闇に映える涙の宝石。綺麗な透き通った水晶球が幾つも連なっていた。
専門の魔金細工師がレジン細工で作り上げた宝石にも見える。
あまり見たことのないデザインだ。本当にネームスの涙は美しい。
「プレモス窪地や水晶池にあるような美しさだな」
ハイグリアも、涙の宝石を眺めながら、うっとりとした表情を浮かべて語っていた。
俺もきらきら光る宝石に魅入られる……あの淡い緑光。
ムラサメブレードの光刀を感じさせる。
試しに腰に差した死蝶人戦で使わなかった鋼の柄巻を引き抜いた。
――次はこれを使うかな? と、握る。
鋼の柄巻に魔力を込めて光刀は発生させないが掌の中で小銃を回転させるように鋼の柄巻を回転させていく。
次はこの鋼の柄巻に魔力を通すかとムラサメブレードを起動しようかと考えながら、黒豹の跡を追いかけるように樹海の中を慎重に進んでいくと、皆はネームスの涙のことで盛り上がりながら樹海を進む。宝石のような涙は綺麗だからな。
すると、黒豹がモンスターを喰い散らかしたと思われる場所に出た。
無数の死骸だ。爪痕と牙の痕からして黒豹だ。アイスホッケーをして遊んだ跡もある。
「……モンスターの死骸が散らかってるけど、ロロちゃんはまだ先?」
「そうみたいだ。まだ歩くぞ」
アッリが疲れた表情を見せているから、そろそろ休憩かな。
もう少し歩いたら休憩しようと、持っていた鋼の柄巻に魔力を込めた。
――柄からブゥゥゥンとした音を立てて光刀が生まれ出る。
ムラサメブレードの光刀が、足下の暗闇を緑色に侵食。
暗いからか、いつにも増してムラサメブレードのプラズマのような光刃が明るく見えた。
柳の木から靡いている葉に光刀の刃が当たり、一瞬で、その葉が蒸発――。
思わず、いつもの癖で片手バージョンの<水車斬り>を続けて敢行。
ささやかな闇の中を跳ぶように動くムラサメブレード。
結局、他の葉を続けて薙ぎ払う。
俺は……歩きながら剣の訓練を始めていた。
「――兄ちゃん、それカッけぇぇ」
「わぁ~、素敵な剣~。シュウヤ兄ちゃんは魔剣使いでもあるんだ」
「……べらんめぇ! なんて剣だ」
「わたしはネームス」
皆、俺の雑な剣術を褒めてくるが……。
剣は正直……自慢するほどの腕ではないから、あまりいい気分ではない。
樹海の案内人ではないが……緑色の篝火を手に持ったような感覚だし。
「……たいしたことじゃない」
そう答えながら、キッシュの笑顔が早くみたい!
と思っていると、
「……槍使いだが、剣使いでもあると」
発情したような厭らしい表情を浮かべていたハイグリアが語ってきた。
青い瞳で流し目か……魔眼染みた綺麗な瞳。
そのまま月光のシャワーを全身に浴びるようにゆったりと悩ましく両腕を広げる動きをしていた。
すると、彼女の首筋のマークが煌めく。
「たとえ、片糸、今はよりよりの関係にならずとも……」
「何をぶつぶつと……」
ハイグリアの、彼女の、人族の女性のような銀毛が薄い頬の表面が、朱色に染まっていく。
「……神楽の儀式なぞ必要ない。ということだ。ザクセルを斂める、棺の儀式もあるが……」
古代狼族の文化の言葉を言われても、意味がわからない。
そのまま古代狼族の力を見せるように、足がぶれるような速度で前進していた。
俺との間合いを瞬時に詰めた彼女は、素早く片腕に抱きついてくる。
ハイグリアは『恋人気分♪』といったように、寄り添ってきた。
俺の腕にリンゴのような色合いになった柔らかい頬を、なすりつけてくる。
その際、頬よりも柔らかい乳房の感触を鎧越しに獲得した。
……程よい大きさだ。巨乳一歩手前といったところ。
現在身に着けている黒色の近未来戦闘服のガトランスフォームは、ハイグレードなおっぱいセンサーを備えている。おっぱい神の力を借りずとも把握は可能。
と、そんなオカシナ冗談を考えて、エロい想像を吹き飛ばしていると、
「……シュウヤ」
上目遣いで俺の名を呼ぶハイグリア。
なんだか、色っぽいぞ。艶然の笑みには艶姿としてのオーラがあった。
「……なんだ」
「決闘をやりたくないなら別にいい……だが、わたしは軻遇突智が必要になろうとも、草の片葉になろうとも、シュウヤに付いていくのは止めないからな?」
ハイグリアは、ぎゅっと、自らの胸を俺の腕に押しつける。
そして、色っぽい吐息を吹きかけながら、また古代狼族の言葉で語ってきた。
ぬぬぬ、おっぱいの妄想をはじき飛ばそうとしたのに……。
「銀毛のねーちゃんがシュウヤ兄ちゃんにアタックしてる~」
「キッシュ姉ちゃんに言っちゃう?」
「うん、報告しないと」
「……ここで、おっぱじめるなよ?」
モガは口を広げて牙を出して笑う。卑猥なことを意味する指をつくり遊んでいた。
それを見たネームスが、
「……わ、たし、ha! ネーームス!」
ネームスが変な声を発している。
皆の視線が気になったから腕を離し、
「――それはお前の自由だ、好きにしろ」
曖昧さを残さず冷たくハイグリアに伝えた。
つもりだったが……俺の言葉を聞いたハイグリアは女としての表情を作ると嬉しそうに微笑んでくれた。可愛い……破壊力のある笑みだ。キッシュが見たら怒りそう。
「ふふ、好きにする」
かわいいは正義か。さてと、皆、まだ元気なようだが、
「……ここらで休憩しようか?」
と皆に告げた時、黒豹が前方の林の中から戻ってきた。
濃厚な血の臭いが漂ってくる。
次話は30日を予定してます。




