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三百四十二話 シェイル

2020/11/25 16:57 修正

2022/06/06 19:35 修正

 樹海を暗くする斜陽を見ながら……。

 アッリの血の方向を向く血鎖の先端を確認すると、突風が吹いた。

 風で靡く髪は触らず血鎖の方向の蛇行した峡谷と地続きの洞窟を凝視。

 洞窟の上部の岩は爪のような形だ。更に上の峡谷には、シダと似た茎か蔓のような植物が朽ち木と岩を覆っていた。蔓は水分が多い。その水分を含んだ蔓が岩と岩を繋ぐ植物の橋を造る。ふと、植物と峡谷が彩る衣服に見えてしまう。


 斜面の先に伸びた白砂青松の樹と蜘蛛の巣状のヤマナラシが目立つ。

 それらの樹木が、ザァザァ、ゴンゴン、シュポンと音を鳴らす。

 白いハコヤナギと橙色の樹が踊るように揺れ衝突しては、独特の打楽器的な音が響く。自然豊かな音楽を活力にしたように、色取り取りの葉が踊り舞う樹海の一場面は風情のある彩りだ。その峡谷と洞穴の入り口に拡がっていた血の池は消えている。


 俺が一滴残らず血を吸い取ったからな。綺麗サッパリだ。

 しかし、そんな自然豊かな光景を霧散させる勢いで環境破壊が……。

 その原因はホフマンとジョディの戦い。


 ホフマンは吸血鬼(ヴァンパイア)

 ヴァルマスク家と呼ばれている一族の高祖、<筆頭従者>の一人。


 先ほども思ったが、正直ホフマンの戦う様子には衝撃を受けた。

 <従者長>のユオも、近接を好む古風な歩法と剣術があったが、ホフマンの剣の技術は並ではなかった。


 そのホフマンの<血魔力>を使用した闇の技術は、俺が戦った過去の<従者長>たちと質がすべて違う。異質だが、洗練された動き。独自の剣技を展開する戦いの技術は高い。

 人外の戦い方と言えるのかもしれないが……あの、ホフマンの半身と闇の世界と融合している動きは盗める気がしない。が、見習うべきところは多い。


 ――あれが<血道第三・開門>から派生したスキル。

 エクストラスキルかな。

 その半身の闇の世界は、小宇宙を内包したマントと、マントの切れ端。そのマントのような闇の世界が、四方八方に波のように動いて拡大し、布が呼吸でもするように、伸縮と収縮を繰り返していた。ホフマンのあの能力は異質だ。

 血のオーラ、眼球、異世界の欠片、闇色の雲、蝙蝠の翼、歪な血のマント、漆黒色に染まった人の腕、それらが無造作に集まったような……風を孕んで膨れている血のマントにも見える。


 異質な半身を持つホフマン。

 血の半身、血世界か? 血の異世界だな。

 その血の異世界マントから突然、出現する異質な片腕。


 ホフマンは半身の黒色の血世界マントから片腕を自由に召喚できるらしい。

 片腕の指先から伸びる五つの黒爪剣で敢行する巧みな剣術。

 手の甲に嵌まる試験管たちが同時に煌めく。

 試験管の中で蠢く小型蟲は健在のようだ。


 更に、人型のホフマンの半身も素早い。

 一つの足と一つの手の半身だから体重が軽い?


 その人型の半身と血世界の半身が行う武術は、非常に洗練されたヴァンパイア武術と言えた。

 古い剣術を新しい剣術へと昇華させたような動きなのだろうか?


 まさに『覧古考新』を感じさせる。

 目を見張るものがあった。


 邪神ヒュリオクスの眷属であり使徒のパクス。

 悪夢の女神ヴァーミナの使徒ナロミヴァス。

 どっちも人外として凄まじい強さだったが、ホフマンも引けを取らない。


 ということは、ヴェロニカを狙う<筆頭従者>ルンスも同じぐらい強いのか?

 近くに白猫(マギット)がいるから無事だった面もあると思うが……。


 ホフマンの<血道第三・開門>を活かしたトリッキーかつ正確な戦いを見ていると……。

 ヴァルマスク家と戦っているヴェロニカを俺の<筆頭従者長>として迎え入れたのは、つくづく正解だったと思えてくる。


 今も巧みに戦うホフマン。

 彼は、吸血神ルグナドの流れを汲むヴァルマスク家の<筆頭従者>としての実力だけではない特別な強さを秘めているだけなのかも知れないが……。

 

 ま、現在のヴェロニカは女帝ファーミリアと同じ立場で強いはず。

 いや、俺の光魔ルシヴァルが吸血神ルグナドと同じと考えることは危険だ。

 何事も絶対はない。


 だからこそ、ホフマンの強さを認識しなければ。


 しかし、ヴェロニカには、<血魔力>を活かした力と、もう新しい<筆頭従者>の眷属のメルとベネットが側に控えている。


 あの三人なら、どんな屈強な相手でも余裕で対処可能なはず。

 ヴァルマスクの<筆頭従者>ルンスの一党も太刀打ちはできないだろう。


 そして、ヴェロニカたちだけじゃない。

 ポルセンとアンジェたち【月の残骸】メンバーがいる。

 俺の大切な家族の<筆頭従者長>エヴァとレベッカも。

 <従者長>のママニたちもだ。

 屋敷の警備隊長の紺碧の百魔族(アジュール)君も。


 例え、ルンスだけではなく、ヴァルマスク家の総攻撃がペルネーテの屋敷にあったとしても大丈夫だろう。


 そのヴァルマスク家だが、頂点の女帝ファーミリアの姿には興味がある。

 名前からして美人さんかもしれない。

 血法院という場所も……んだが、今は他に優先することが多い。


 と、考えが脱線した。

 死蝶人の白蛾女とホフマンの戦いに意識を戻そう。


 ジョディという名の――白蛾さんは大きな鎌を変形させていた。


 柄の下に巨大な鎌の刃を生やす。

 あの武器は蝶の体と同じで、変幻自在なのか?

 すると、そんな大きな鎌を分裂させる。


 手数を増やす白蛾のジョディ。

 奇妙な嗤い声と蝶を撒き散らす。

 勢いを増して、ホフマンを追い詰める白蛾の死蝶人。


 ホフマンも抵抗している。

 互いの目の中を覗くように……。

 鼻を突き合わせた接近戦から、飛びすさった勢いを利用した遠距離戦を展開。

 続いて、白蛾の怪人は、両手から黒い紐を伸ばす。


 不意を突かれた訳じゃないと思うが――。

 ホフマンは避けられず――。

 黒い紐に絡まったホフマン。

 痺れるようなリアクションを見せて体を激しく損傷させた。

 んだが、傷を負ったホフマンは、人型の半身の血を使うと、受けた傷をあっさりと再生させる――。

 彼の半身は依然として黒血の波だ。

 <血道第三・開門>の<ヴァルプルギスの夜>を展開中。

 略して第三関門、または、血道第三・関門と呼ぶスキル系だろう。


 その独自の心象世界を髣髴とする血世界の内部から棺桶と共に闇の巨人を召喚。

 続けて、鴉と骨腕と共に、首ナシ騎士も再び召喚。


 同時にホフマンは傷ついた体を完璧に再生させた。

 

 ――千日手の戦い……彼らの激しい戦いはまだ続く。


 そして、激烈な戦いは、樹海に漂う独特な空気を震動させる。

 陽光さえも揺れた。

 森の生物たちが一斉に飛び立っていく。


 森の生物たちの悲鳴か……。

 空間さえも、金切り音を上げたようにさえ感じた。


 やはり両者は強い、戦いは長引きそうだ……。

 人外同士の戦いは互角か?


 と、考えながら小さい女蝶怪人シェイルへと視線を戻した。


 シェイルの周囲には、赤紫色の蝶々たちが漂っている。

 その小型の彼女と視線が合うと、小さい唇を動かした。


「……槍使い。どうして、偉大な方の鍵を持っているノ?」


 妖精のような姿のシェイルちゃんが聞いてきた。

 どことなく切ない口調。

 彼女の『偉大な方』という言い方から、ゴルゴンチュラとは旧神、亜神、呪神、荒神、といった古代の神々の一柱かもしれない、と推測。


 廃れたココッブルゥンドズゥ様のような存在でもなさそうだが。


 小さい瞳をうるうると揺らしたデフォルメ状態の姿。

 子供が親に対して悲しげな態度で甘えているようにも見えた。が、怪しい……。

 周りの蝶々たちとは、明らかに質が違う。そのシェイルの体の中に濃密な魔力が集結し離れるや、また集結。あ、分裂? 

 蝶と蛾を構成するincRNA的な遺伝子がある?

 時間が遅くなっては速くなったような動き。

 

 択一的スプライシングに転写を繰り返す?

 

 制御因子が含む魔力と粒子の遺伝子的な発現を制御しているような動きもある。

 異質だ。ミニブラックホールでもあるのかよ。

 双眸も、怪しく煌めく。

 瞳の中に吸い込まれるような感覚を受けた。


 魅了を受けた感がある。

 ま、戦う気がないのなら説明してやろう。


 その前に……この魔力の質を持つ小型死蝶人の姿に興味が出た。

 

 調べるか。頬を指の腹で触る。頭部の側面。右目の横と一体化中の十字型の金属、カレウドスコープのアタッチメントを指で触った。


 ――カレウドスコープを起動した。

 頬の十字型の金属がいつものように、にゅるりと動いて卍型へと変化。


 有視界にフレーム表示が追加された。

 青白くなったと思ったら、より鮮明になった。


 瞬間的に解像度が上がったのだろう。

 その青白い視界で蝶々たちを凝視していく。


 なんだこりゃ……。

 魔力が集結している個体がシェイルなのは……分かる……。


 しかし、周りに飛んでいる無数の蝶々たちを縁取る線の上にもカーソルが現れているのは……。


 ひょっとして、周りの蝶々全部が本体なのか?


「ひょっとして、蝶々全部がシェイル?」

「……あら、魔眼でも持っているの?」

「いや、まぁ……皮膚の皺に姿が微妙にシェイルと似ているし、顔がないが、不思議な蝶々たちだな……と……」

「微妙とは失礼ね。これでも時の翁(ファーザー・タイム)は等しく流れているのよ? 時空の神クローセイヴィスではないからね。ゴルゴンチュラ様の力は歪で……混沌だから、敵が多くて封じられちゃったけど、そのお陰よ~♪」


 どこかで聞いた神の名だ。


 とりあえず中央の妖精のような姿のシェイルだけを調べよう。


 シェイルを縁取る線と線の間に出現している三角形のカーソルを意識。

 その直後――。


 ――――――――――――――――

 ?????高次元変異子体ex002##

 脳波:測定不

 身体:測定不

 性別:雌??

 総筋力値:測定不

 エレニウム総合値:423???

 武器:測定不

 ――――――――――――――――



 ステータスが表示されたが……。

 鑑定は不可だな、うん。強いとしかわからない。


 再び、右目の側面に展開した卍型金属を指で触る。

 指が触れた瞬間、イカのような軟体物が、にゅるりとした感触で蠢く。


 そうして卍型の金属が十時型のアタッチメントの姿に戻った。


「……槍使いの目が、なに?」


 赤紫蝶々のシェイルは、変化した俺の右目を注視。

 困惑気味の表情を浮かべているシェイル。

 詳細は分からないようだ。


 この右目に装着しているカレウドスコープは、普通の魔道具ではないだろうからな。


 俺の<従者長>たち、ママニたちと迷宮の二十階層で旅を楽しんだ時だ……。


 近未来型のバイク。

 小型オービタルを初めて起動した時。


 フォド・ワン・ガトランス専用オービタルシステムとも表示があったように。


 この星以外の文明が作り上げたシステムを持つ機械魔道具だ。

 さすがの死蝶人もわからないと思う。


 ――フークカレウド博士・アイランド・アクセルマギナ……簡易AI確認できず。


 フークカレウド博士とは、このカレウドスコープを作り上げた人物?

 または関係者と推測できる。

 しかし、今はとりあえず……この惑星外のことは無視だ。


 シェイルは、依然として俺の右目の側面を凝視。


 装身具とはまた違う十字金属のことを『なんだろう?』とでもいうように見つめ続けていた。


 ……さて、彼女に鍵のことを説明しようか。


「……んで、鍵の説明は聞くのか?」

「きく!」

「……鍵は、ベルトのバックル内部にあった。優秀な鑑定屋が発見したんだ」

「……偉大な方(・・・・)の鍵を持っているなら見せて欲しい……」


 姿を小さくしたシェイルは小声で呟く。さっきまでの態度とは百八十度違う。

 そこでハイグリアに質問しようと視線を向ける。

 彼女は微かに頭を左右に振り『わたしも分からない』という素振りとアイコンタクトを寄越してきた。


 古代狼族は死蝶人とやらに詳しいかと思ったらそうでもないのか?

 と、疑問に思いながら、再び、小さい姿のシェイルを見る。


「……鍵を見せてもいい。だが、俺の邪魔をするなよ?」

「自信はないけど、うん!」


 デフォルメ状態のシェイルは、小さい大鎌を右手に出現させる。

 手の内で、その大鎌をくるくると回し楽しんでいた。

 大鎌もミニチュア化しているから、可愛い動きだ。


 右手を胸元に運び、アイテムボックスを見た。

 アイテムボックスの縁は太陽のプロミネンスを彷彿とさせる。

 中央は時計の風防硝子と似た形。


 このアイテムボックスも重要なアイテム。

 その風防の表面を指の腹で触れて、操作を行う。


 キゥィン――。

 と、微かな音と共に、風防から真上にレーザーのようなモノが照射。

 それは一瞬でマトリックス的にウィンドウへと変化。

 

 アイテムボックスの内部からホログラムの情報が投影されている。


 四つ目の宇宙の人型は、両手に魔槍杖バルドークと神槍ガンジスを握った状態。

 このアイテムボックスが真上に投影するウィンドウの中には、第三の腕のイモリザが映っていたが、映っていない。


 イモリザは、キッシュのサイデイル村の防衛だからな。

 アイテムボックスは、俺のことを正確に認識している。


 さすがは武器召喚が可能なスペシャルアイテムだ。


 そして、宇宙文明の一つだと推測するナ・パーム統合軍惑星同盟仕様なだけはあるのか?


 と、いつになくクナが持っていたアイテムボックスのことに感心しながら……。

 指先でスマホを操作するように風防の面を弄る。

 アイテム類をチェックした。


 無数のアイテム類からゴルゴンチュラの鍵を選び、鍵を取り出す。

 もの欲しそうな表情を浮かべているシェイルへと――。

 

 鍵を、水戸黄門の格さん気分で披露したった。

 じゃーん。


「……やっぱり! ゴルゴンチュラ様の! 封魔の刻印扉を開ける鍵!」


 やはり、名前通りゴルゴンチュラ様とやらが封印された場所があるのか。


「頂戴」

「いやだ」


 はっきりと拒否。

 シュイルは怒りの形相を浮かべた。

 すると、周りの蝶々たちが、粘土細工のように奇妙にぐにょりぐにょりと蠢く。


 シェイルに似た頭部を自動的に作り上げると、その顔を、また、ぐにゃりと歪ませながら、


「え~」

「え~」

「え~」

「むかつく」

「ころせ」

「え~~」

「ころせ」

「むかつく」

「でも~神殺しの雰囲気を持つ、あの槍使いよ?」

「え~」

「え~」

「え~」

「ぶんどっちゃえ」

「そうよ~」


 複眼たちをぐるりぐるりと回し、喋る……恐怖を感じさせる蝶々の顔たちだ。


 蝶々たちとシェイルの本体は、声をだぶらせたような多重の声音で語り合う。

 そして、その恐怖の蝶々たちは動き出す――。


 身体を重ね合体を始めると、あっという間に巨大化した。


 シェイルは元のサイズの姿に戻っていた。

 様子がおかしいシェイルの行動。


 何か嫌な予感を抱いたので「約束は見せるだけだ――」と告げながら、急いでアイテムボックスの中にゴルゴンチュラの鍵を戻した。


 直後――シェイルの美しい表情が変化。

 顔のいたるところに、縦に割れた亀裂が幾つも入る。

 その亀裂から魔力を帯びた閃光が迸った――。

 とシェイルは、にたりと嗤う。

 肌は月を映した湖面さながらの美しさだったが――。


 凶相染みた表情を作った。

 口元が醜く斜めに裂けては、また蠢く。


「……遊びはこれからよ」


 シェイルは蠢き裂け続けている口の間から、その言葉だけではなく……。

 粒子状の毒ガスのような蝶の群れを吐いた。

 毒ガス的な蝶を吐きながら――。


 すり足で近寄ってくる。


 口から、もくもくとした煙のような粒子を立ち昇らせながら――。

 その口を尖らせた刹那――。


 背景と重なるようにシェイルは消失――。


「消えた?」


 そして「ぬおっ」と、唐突にシェイルは目の前に出現――。


「――腕ごと、その腕輪を頂けばいい♪」


 (わら)いながら大きな鎌を振ってきた。

 大きな鎌の軌道は扇状――。

 腕とアイテムボックスは大事だ。


 <魔闘術>を全身に纏い「気まぐれな蝶だな――」と喋りながら――。


 斜め上へと魔槍杖バルドークを突き出し、大きな鎌の刃を柄の上部で受けた――。

 その受けた魔槍杖バルドークが震動。

 大きな鎌の刃が柄の上を滑って柄を握る指に迫る。俄に魔槍杖バルドークの角度を上げて、鎌の刃が止まる。少し焦ったが、柄と刃が衝突している面から、鼠花火のような火花が、無数に躍り出る。

 ――魔竜王バルドークの悲鳴的な重低音が響く。

 ――そんな火花が散って踊る中――。


 シェイルと視線が合ったことを利用――体重を僅かに前に傾けつつ視線でフェイクを入れる。

 刹那、重さを感じた鍔迫り合いへと移行する? と、シェイルに思わせた。

 次の瞬間――。

 

 俺は右足の爪先に体重を掛けて、体を横へ半回転させた。

 突然のベクトルの変化にシェイルは僅かに接地が狂う。

 その隙を狙った。体幹を意識した腰を右に捻る。

 捻った勢いを加算した左足の中段足刀蹴りをシェイルの胴体へと向けて繰り出した。


 目の前の火花もろともシェイルの胴体をぶっこぬくイメージ。

 ――足刀を喰らわせた。


「きゃあ――」


 シェイルは体勢を二つ折りに崩し、勢いよく後退。


 悲鳴は可愛らしい声だ。

 が、蹴りの感触はいまいちだった。

 アーゼンのブーツの蹴りの威力は期待できるはず……。


 なんだが……。

 やはり蝶々の体……か。

 シェイルは突っ伏すような体勢を保ちつつ……。

 地表へ両足の爪先と大きな鎌を突けて、地面に跡を作りながら、俺の蹴りの衝撃を殺してきた。


 動きを止めたシェイル。

 は、徐に体勢を立て直してから顔を上げる。


「……痛いじゃない」

「そのわりには平気そうだが?」


 嘲笑ではないが、半笑いの表情で答えていた。

 俺の笑みを見た彼女は視線だけで射殺すような相貌を作る。


 口が尖ったシェイルは……イラついたのか?

 大きな鎌で地面を悔しそうに叩きだした。

 怒った彼女は「むっかーー」と子供が叫ぶような声を発しながら体を横回転させる。


 そのまま自分の周囲へと蝶をまき散らす。

 と、俺に対して再度、突進してきた――。


 同時に彼女が持つ大きな鎌に魔力を帯びる。

 その魔力は刃を形成した。


 柄の金属棒の表面から滑らかそうな魔力刃が次々と浮かび上がっていく。


 ――あれは飛び道具だ。

 形は違うが、いつぞやの大騎士サリルが使っていた防具を思い出した。


「ロロはわかっているな? ハイグリア、前に出るなよ――」

「にゃ~」

「わ、わかった」


 古代狼族とはいえ女性に変わりはない。

 だから全力で守る。多重魔法で迎撃は可能だと思うが、念には念を!


 そう考えながら両手首の<鎖の因子>マークから<鎖>を射出――。

 

 血鎖も腕から伸びている状態。

 これで合計三本の<鎖>が俺の身体から宙へ伸びている状態だ。

 アッリの方向を差す蛇の頭を髣髴とさせる<血鎖探訪(ブラッドダウジング)>の先端が漂う中、ハイグリアを守る<鎖>の巨大盾を、急遽作り上げた。


 イメージは毎度の如くギリシャ神話の女神アテナが持つイージスの盾。


 すると、距離を取り避難を完了していた黒豹(ロロ)が動く。

 山羊革が積み重なったような鎖盾に守られているハイグリア側へ回り込むように走っているのが視界に入った。


 どうやら俺が守ろうとしているハイグリアのことを黒豹(ロロ)も守りたいと思ったらしい。

 ただ単に匂いが気に入ったハイグリアの足に、頭を衝突させて甘えたいだけかもしれないが。


 そんな些細な思いを打ち消すように――。


「――きひひひ」


 綺麗な歯を見せながら嗤っているシェイル。

 蝶らしく低空の宙を、ぐわりぐわらりと、変な回転を続けながら突進してきた。

 そんな彼女が片手に握る大鎌から赤紫色の魔力刃たちが滲むように生まれ出る。


 無数に生まれ出た魔力刃は螺旋状へ変化を遂げつつ――。

 俺たちに向かって飛翔してきた。


 <古代魔法>の間はない――。

 ここは多重魔法で対処。


 無詠唱で《氷弾(フリーズブレット)》。

 《氷矢(フリーズアロー)》を念じた。


 ティアドロップ型の《氷弾(フリーズブレット)》と――。

 腕の太さはある《氷矢(フリーズアロー)》が勢いよく前方へ飛翔していく。


 続いて<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を三発放った。


 俺とシェイルの間で、赤紫色の魔力刃と、多重の氷の魔法の群が衝突――。

 ――多重の炸裂音が響く。

 ――魔力の軌跡と残骸が儚く散った。


 やや遅れて発動していた、俺の<光条の鎖槍シャインチェーンランス>が、シェイルの魔力刃と俺の氷魔法が相殺された間を突いて、シェイルの頭部を捉えようとしていた。


 シェイルは突進をにわかに止める。頭部に迫った<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を、巨大化した双眸でギロリと強く睨む――。

 その目から怪光線でも放つのか? と思ったが違った。

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