三百四十話 幕間 紅虎の嵐と探検隊
2024年2月27日 19時33分 修正
今日、23日「槍使いと、黒猫。3」が発売です。
3巻は紅虎の嵐たちの登場記念! ということで、連動した特別編です。
◇◆◇◆
予め用意されていた魔法陣から魔法が発動した。
凹凸の激しい地面から縦縞の閃光が幾つも生まれ出る。
閃光は雲間から射す光芒のように樹海の樹を下から照らす。
根っこから万朶を彩る光源は、幻想的なアート作品にも見える。
しかし、眩い光で分かるように特別な光魔法だ。
その縦縞の眩い閃光はゲンダル原住民を捕らえていた。
ゲンダル原住民は痺れたように体が動かない。
「誘導通り《光の戒》が決まった――」
魔法の杖を頭上に掲げた黒髪の魔導使いが発言。
魔導使いの女性が握るのは、魔法使いらしい杖、魔杖アランドゥ。
その魔杖アランドゥから放たれた魔法の名は《光の戒》。
あの魔竜王バルドークでさえ動きを止めた皇級規模の光属性魔法だ。
精神、魔力の抵抗値が低いゲンダル原住民に耐えられる訳がなく、タロットカードの樹木に吊された男のように、彼らは身動きが取れない。
そして、黒髪の魔導使いが扱う魔杖の先端に嵌まっている青い魔宝石が煌めき、明滅を繰り返しながら蒼色と紫色の光を帯びていく。
隊長の猫耳を持つ女獣人が、
「よし、残りのゲンダル共を仕留めるぞ」
「はい!」
と、発言すると前傾姿勢で突進していく、首に巻いている紅色のマフラーが靡く。
隊長の女獣人が左右の手が握る、反りのうたれた長剣がキラリと光る。
女獣人の動きは疾風の如く速さでゲンダル原住民に近付いた。
そのまま、反りうたれた長剣を振り抜き、ゲンダル原住民の体を真っ二つに処す、と、女獣人は、自分の長剣術に自信あり、と示すように微笑む。
その微笑んだ女獣人はマフラーを靡かせながら次の真っ白い体のゲンダル原住民に向かう。ステップを踏む彼女独特の歩法を活かす華麗な剣術で、光の戒を浴びて動けないゲンダル原住民たちを次々に切り裂いた。
「俺もやりますぜ――」
同じ猫耳を持つワイルドな赤髭を持った男獣人の言葉だ。
彼は奥歯を噛むと気合いを入れた表情を浮かべつつ、前進し、愛用している斧を真上から豪快に振るい下ろした。斧刃がゲンダルの頭頂部を凹ませる。
そのまま西瓜が叩き潰された如く、ゲンダル原住民の頭部だったモノが周囲に吹き飛んでいた。
そして、その斧使いの獣人の後方には、太い枝を長い足で悩ましく挟み込むように足先を掛けて器用にぶら下がっているエルフがいた。そのエルフが、
「了解、わたしも<絶剛矢>で――」
と番えてあった弓矢を放つ。エルフの女性の両目は切れ長で鋭い。
まさに獲物を追う狩人の視線だ。
そして、枝を挟んでいた両足を離す。宙空でくるりと舞うと長い金髪が靡いた。
そんな宙空で舞うエルフは着地。その影響で、巨乳が上下に揺れに揺れて、むふふんと語っているように思える。
それは、まさに樹海が特別に育て上げた果実と言えるかもしれない。
エルフは巨乳を隠すように弓に番えた魔矢を放つ。
スキルの弓技の魔矢は、宙を切り裂くように飛翔し、ゲンダル原住民の二つの頭部を射貫いていた。再び、美しいエルフが魔矢を射出――。
妖怪のっぺらぼうのようなゲンダル原住民の頭部をまた射貫いた。
素晴らしい芸当。
赤いマフラーが似合う女獣人の魔剣師も反った剣を振るい、ゲンダル原住民を切断。
彼女たちはかなり実力の高い冒険者で、とある護衛任務を受けていた。
あっという間にゲンダル原住民を片付けていく。
◇◇◇◇
ここは樹海でも奥地で、岩が多い。樹と岩が複雑に入り乱れており、地面から伸びた岩と太い樹が形成する多数の横穴はトルコの中央アナトリアの歴史ある地帯「カッパドキア」を彷彿とさせる場所でもある。
そんな樹海の奥地で地下遺跡探索を専門とするグループが活動していた。
グループの先頭に立ち、前を歩く毬栗頭のドワーフ。
ドワーフは冒険者クランの手際の良さに満足気な表情を浮かべていた。
彼の名は地下遺跡研究家のドミドーン。この遺跡探索隊の責任者だ。
最近、彼が樹海で発見、発表した古代碑文は有名である。
そして、神代文字の一部解読成功のニュースはオセベリア領【城塞都市ヘカトレイル】を東に越えてオセベリア王国とサーマリア王国の戦場と化している【古都市ムサカ】にまで知られ、遠い西側ではハイム川を越えラドフォード帝国領【要衝都市タンデード】にまで及んでいた。
これは南のアーゼン朝文明から様々な品を持ち帰ったフリュード・バッセリーニ冒険卿の冒険隊につぐ偉業だ。
オセベリア王も耳にしたと、中央貴族たちの間でも噂が立ち、よく晩餐会の話題に上っていた。
「海がフリュードなら、地下はドミドーンだな?」
と、ヘカトレイルの人々たちは笑顔で語る。
が、彼の古代碑文を発見し神代文字の極一部の解読の成功以外にも、もう一つ彼が有名になった原因があった。
今、ドミドーンが樹海を探索していることにも関係がある。
それはドミドーンの論文だ。
彼の論文に記した仮説の一部が、考古学者、神学者の間で物議を醸していた。
それは、『樹海の下に広がるペル・ヘカ・ラインから連なる地下遺跡群が、マハハイム神話と違い、地上世界の形成と密接に絡んでいるのではないか? 我々が考えている地下世界とはもっともっと広大なのではないか? 北のマハハイム山脈を越えてゴルディクス大砂漠を飲み込むほどの大きさがあるのではないか?』
という軸の展開から古代の眠り姫の伝説が、お伽話の伝説ではなく、実は実在して生きているという仮説から、鬼神、旧神たちの暗躍と地下に消えたとされているドワーフ王国に関するものまで多岐に論文だった。
そのドミドーンがトコトコと先頭を歩く。
と、気になったことでもあったのか、振り向いた。
顎にたくわえた髭を揺らしながら、
「この間の横穴の洞穴は、もう少し先か」
「はい、博士。まだ数キロ先です、しかし、今度こそは岩文字のサンプルを回収したいところですね」
ドミドーンの言葉にそう返したのは、美形なドワーフだった。
木洩れ陽が彼女の小顔を注目するように当たっている。
彼女はコットン系の生地とハーフ鎧を着ている。
背囊も最近研究者たちが好む小さい袋と金具のハーネスが付いた特殊加工された革細工が施された新商品の背囊を背負っていた。
高級革として有名なタイデルン革をオーダーメイドした探検用の靴を履いている。
ドミドーンは、
「前は襲撃につぐ襲撃で一つも回収できなかったからな……しかし、今回は大丈夫だろう」
と、発言し助手の言葉に頷く。
鋭い眼光を期待の眼差しへと変化させながら、雇い入れた美人冒険者たちを見つめていく。
「……Aランクの冒険者たち、紅虎の嵐」
ドワーフにしては美形の助手は紅虎の嵐と熱を込めた言い方で話をしてから、そのメンバーの頭にシュールな猫耳を持つ人物を見つめては頬を朱色に染めていた。
そんな些細な感情を読み取ったドミドーンは、娘のように思っている助手のことを優しい表情で眺めてから大きく縦に頷く。
豊富にたくわえた長い髭がドワーフらしい胸板に衝突して跳ねている。
その毬栗頭のドミドーンは独自に改良したチェインメイルを着込む。
ガラス棒と走り書きを行う羽根ペンを腰に大量に差してある影響で重くなっている。
が、足取りは軽い。
理由は高級なマジックアイテムでもあるチェインメイルを着ているからだ。
チェインメイルの表層には、多重茸とエレグラの実が融合した素材が多数埋め込まれており、それが体重を軽くさせる効果を生んでいた。
その多重茸とエレグラの実は、塔烈都市セナアプアだけに出回るとされ、大変に貴重なマジックアイテムだ。
見た目は厚くブリガンダイン系の防具にしか見えない。
太い腰に似合う幅広な革ベルトと、出臍を隠す中央には魔力が備わるバックル。
更に、その革ベルトに差す形でベルトループの金具が備わり、その金具の細いリールには、複数の魔造書と装丁された書物がぶら下がっていた。
その中に彼専用と呼ぶべき特殊な魔造書が数冊ある。
ドミドーンは、
「今のところは値段に見合う活躍だ。それよりもここを見ろ」
「はい、トリトン?」
「いや、この樹木群の一部の、この部位が柔らかい……もしかすると」
「新種の可能性ですね」
「そうだ、この樹……トリトンより質が高い樹木かもしれぬ。硬く柔らかい質感だ」
「気付きませんでした。色合いも少し違います」
ドミドーンと助手は、
「少しだけ回収を試みるか」
と専門のノコギリで色の変わった枝を幹から削り出そうと奮闘していく。
しかし、
「ん、硬い」
ノコギリの刃が削れて、何回も失敗し、苦戦していた。
紅虎の嵐のメンバーたちは、そんな博士たちの行動を見守っているが、少し呆れている。
部族民に囲まれても平気に調査を優先するドミドーンたちだったからだ。
が、隊長のサラは『依頼は依頼』と樹海での探索に氣を張り巡らせていく。
そして、副長のルシェルと目配せをしてから、ドミドーンに視線を戻し、
「……ドミドーン博士、依頼を優先してください。周りのモンスターを退治しましたが魔素はそこら中から感じるので」
「サラ、すまん。んでは、目的の場所に急ぐとしよう――」
ドミドーンは、そう発言。
紅虎のリーダー、サラ・フロライドに頭を下げてから先を歩き出す。
助手は、
「博士。やっぱり、【紅虎の嵐】を雇って正解ですね。わたしたちのことを考えてペース配分してくれていますし、研究のことも理解してくれています」
と発言。
サラの背後にいた斧を持つ渋い獣人を見つめている。
ドミドーンは頷いて、
「さすが一流。この間のBとCの連合所帯とは大違いだな。特にあのオカシナな凹凸のふたり組を思い出す」
「ギュンターさんたちですね、わたしは好きでした」
「ふむ? そうだったのか。確かに、無数のモンスターから襲撃をコンビだけで対処した実力を見せていた。が……あのコンビは勝手に離れてしまった……」
「それは博士にも責任があるかもしれないです。巨樹人、鋼巨人か不明ですが、あの巨人さんの体の研究をしようと……「これは樹木か、鋼鉄か?」と言いながら、あの方の腕をノコギリで削り出そうとしていましたからね……それが拙かったのかもしれません」
ドミドーンは、助手の歯に衣着せぬ言い方に、瞬きを繰り返し、咳き込む。
そして、
「……ま、そんなこともあったな。だが、違う理由もあるだろう」
「他のクランの方々と揉めていたようでした……」
「うむ、その他の連中も各クラン、パーティの競争かプライドか判断できぬが、啀み合いを始めてしまい……結局、我ら依頼主の研究を理解してくれなんだ。そのことを思えば今回は大正解だ」
「はい! でも、人数が少ないことが心配です」
「それならそれで、わしとて戦えるがな?」
ドミドーンは腰にぶら下がる魔造書を触る。
その魔造書から魔素が大量に溢れていた。
そして、表面がドミドーンの形に合わせて凹んでから意識があるように歪み嗤うように本の表面の形を変えている。
「わたしもできるだけフォローします」
「うむ」
ドワーフ二人組は快活な表情で語る。
と紅虎の嵐のメンバーたちへ頭を下げた。
そして、葉が茂る地面を歩いていく。
紅虎の嵐で唯一の獣人の男は前方の巨人が巨木を踏み潰したような跡を見て、きょどり、
「……隊長、博士たちはこの辺りに詳しいようですが、ここは樹海の深部ですよ?」
と発言。
「ブッチ、自慢の猫耳を凹まして……怖じ気づいたの?」
「そ、そうではないですが」
と口では強きなブッチだが、明らかに怯えている。
近くにいる巨乳のエルフが、
「そうそう、白足狐退治の斧技もスカってたし、バカンスのしすぎで勘が鈍ったんじゃない?」
「く、ベリーズの矢で助かった手前……何もいえない」
「ふふ、ブッチを責めすぎですよ。先ほどのゲンダル原住民のような敵と違って、単に質が高く個体として強かっただけでしょう」
「ルシェルの話すように白足狐は……確かに動きが厄介だった。だけど、ここは樹海。他にも強敵が居るだろうし、皆も油断しちゃだめよ」
「はい、スクロールの投擲は任せてください。いつものようにブッチと隊長に合わせますから」
「了解! この斧でミエさんを守らないと……名誉挽回だ!」
「ふふ、ブッチ? 張り切っいるけど博士の助手さんに惚れたの?」
ブッチ氏は両肩をびくりと上げて、焦った表情を皆に見せていた。
「ち、ちげぇ――」
◇◆◇◆
HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1~20」発売中。
コミックス1巻~3巻発売中。