三百三十四話 キッシュと再会
2021/01/21 19:02 修正&追加
2021/01/21 19:06 修正
◇◆◇◆
男は綺麗な金色の瞳をしばたたかせて、
「トイズ、生はこれだけか」
トイズを見つめながら語る。
口周りに付着した血が自然と肌に吸収される。
そして、抱えていた干からびているドワーフの死体をゴミでも捨てるように投げ捨ててから、ご馳走が並ぶように並ぶレーメの家畜の一体を持ち上げて、そのレーメを喰らい血を吸う。
男は血を吸い終わるまで、別に、答えなくていいという視線をトイズに向けていた。
家畜を喰う彼の名はホフマン・ラヴァレ・ヴァルマスク。
その濃厚な魔力を体から放つホフマンはヴァルマスク家の<筆頭従者>だ。
ホフマンから魔力のプレッシャーを受けたトイズは頷く。
「はい……多少、血を用いて遊んでいたので」
と答えていた。
ホフマンはレーメを食べながら頷くと<血魔力>を意識。
目の前で槍のような長さの血剣を造っては、その血剣を操作するや、瞬く間に、血剣が分裂したように散ると食べていたレーメが細かく分裂しては血飛沫となる。
ホフマンは、その血飛沫を全身で吸い取った。
瞬間、瞬間の血の技能からしてもその能力が窺い知れるホフマンの<筆頭従者>とは、ヴァンパイア十二支族の中でも重鎮的な存在だ。
一般には高祖級と呼ばれる存在で、吸血神ルグナドの<筆頭従者長>であるファーミリアの直系である。
そのホフマンは首回りにレース付きの襟が高いマントを着込む。
裏地は深紅色の物で、一見は典型的なオールド・ザ・吸血鬼。
しかし、その燕尾服系の衣装が多少古めかしいだけで、濃厚な魔力が証明しているように伝説級の防護服で優秀な装備品だ。
そんな防護服を着る<筆頭従者>のホフマンは、大長老会議にも出席している高祖吸血鬼であり、樹海の東部の村に血の実験場を作った最高責任者でもあった。
ララーブイン山にあった研究施設は黒髪の錬金術師マコトにより破壊されてしまったが、この樹海の東の村に新しく建設した血の実験場は軌道に乗っていた。
しかし、樹海の村にとっては災いでしかない。
ここの村に元々住んでいた人族とドワーフに獣人たちは、即座にホフマンたちに<吸血>を受けて全滅していた。
更に樹海の隔絶した場所なことも、ホフマンたちにとっては好都合。
この血の実験場の位置は樹海の真東。
ベンラック村だと東南だ。
バルドーク山からだと南東に地続きで繋がる山間のハイム川の支流が入り組んだ断崖絶壁がそうだ。
シュウヤが知る地球の地理で喩えるならば、古代中国の名月峡にある古銭道のような場所だろう。
ホフマンは生きた家畜のレーメのすべての血を吸い終えた。
そのホフマンは、
「またか? そんなことをしているから狼たちに追跡を受けることになるのだ」
「ふふ、お言葉ですが、今、<吸血>していたのは、その遊びのお陰ですよ?」
ホフマンは血を吸い終わった直後の気の高ぶりからか、
「意見か、言うではないか、わたしのトイズ!」
そう発言しつつ双眸を真っ赤に染めていた。
そして、両手を伸ばす。
と、指先からどす黒い爪を伸ばして、細長いトイズの首へと、その黒い爪の先端を当てる。
爪の先端が宛がわれた首から血が流れた。
同時に黒い爪魔力の波紋が波を打つ。
が、首に傷を受けても涼しい表情を崩さない<従者長>トイズ。
「……ここは隔絶した地域ですからね」
「狼は場所を選ばない。二つの月が出ていれば元気だぞ?」
「しかし、近付いてきても、ホフマン様が調理するのでしょう? この間も……狼の血も研究の役に立つ! いいぞ、トイズ、女であることを生かしたいい囮であった! と、仰っておいででした」
その言葉を聞いたホフマンはトイズを睨む。
「あれは事前に、作戦を練った結果故だ……」
と、話をしたところで、ホフマンは嗤う。
「……遊んだのだから、大量に血を集めてきたのだろうな」
「はい、このように……」
女性の<従者長>トイズ。
彼女は頭を下げ、か細い右腕を真横へと広げる。
その右腕の前腕の下から半透明の美しいカーテンが垂れた。
否、カーテンではなく 薄い皮。
薄い皮の襞の皺が左右に伸びると綺麗な血の筋が葉脈のように広がった。
この血の筋がある薄いビニール的な皮は、トイズ独自の<血魔力>を用いた<血瞑網>。
血の保管に特化した特殊能力だ。
皮膚が蝙蝠の羽根よりも薄く広がり、アイテムボックスのように血の保管が可能となる。
更にストックした血を融合させて独自に取り込みつつ自身の力に変えることもできる<血魔力>系スキル。
ホフマンは、そのトイズの能力を見て嗤い頷いた。
「……いい力だ。あまり実戦向きではないが生に近い状態で血の保存が可能。まさに、この血の実験場にふさわしい能力だろう。わたしの<従者長>として、これからも血の収集を頼むぞ」
「当然です。ホフマン様」
「ビアノも黒髪から受けた傷が癒えたようだぞ。研究結果も上々と聞いている」
黒髪と聞いたトイズは眉間に皺を作る。
彼女の反応は当然といえた。
黒髪こと、錬金術師マコトによる突然のララーブイン施設の襲撃。
トイズを含めた他の吸血鬼たちとの、偉大な血の研究結果を破棄しなければならなかった……。
施設を放棄し、撤退を決めた忌まわしき日……。
彼女は当時、正面から黒髪の錬金術師と衝突していた。
マコトは両手から特殊な錬金術、いや、錬金術とは思えない黒い鋼と白い鋼を射出。
黒い鋼と白い鋼を蛇のように扱いトイズの体を黒い鋼と白い鋼で雁字搦めに絡めて動きを封じてから、楽しむように、首を刎ねていた。
あれは……不覚だ。
天井を舞う視界……その後は<血魔力>を用いて撃退したが……屈辱だ。
マコトと名乗った男と、武術家のような動きをした部下めが。
いつか、わたしと同じように首をはね飛ばしたいものだ。
と、思考しながらもホフマンに対して、忠誠以上の気持ちを込めた視線を送るトイズ。
「……聖水による傷は<従者長>といえど傷が残りますからね。潔癖症な彼にはキツイものがあったと思いますが……ビアノもこれで研究に専念できるでしょう」
「その研究に用いるための餌たちも、ユオが珍しく機転を利かせていた。頭の悪いトロールとオーククイーンの巣を利用するとはな? 周辺の住民や冒険者も混乱するだろうよ」
「オーククイーンとトロールはその図体からして、鈍いですから陽動と偽装に最適です。ただ、古代狼族には効きませんが……」
「狼は嗅覚が異常だ。この隔絶した場所も、いずれは見つかるだろう」
「はい、次の場所については、そのユオが見つけているでしょう」
「しかし、あいつは、お前以上に獰猛なところがあるから心配だ」
◇◆◇◆
神獣ロロディーヌは、俺の『キッシュに会いたい』という気持ちをくみ取った。
城塞都市の壁を、跳び箱で遊ぶように、いとも簡単に飛び越える。
そのまま上空に風の虚を衝くような速度で飛び出た。
ヘカトレイルの街道から大きく外れるや、宙を直進――。
眼前に丘が迫る。
すると、ロロディーヌは首の端から二つの触手を丘に向けて繰り出して、突き刺した。
刺さった触手を首に収斂した反動を利用して、一気に体を丘に引き寄せた。
その移動速度は爆速だ。
相棒は、あっという間に伸びた触手を縮めて首下に納めるや丘の上に到達していた。
肉球の足裏で草を踏みつけての着地。
四肢に踏まれた背丈の高い雑草は倒れている。
のしのしと、神獣の相棒が歩いた跡を確認。
肉球マークのミステリーサークルが誕生していた。
足跡だが、これはだれも気付かないだろう。
いや、この世の中は、未知との遭遇ばかりだ。
何があるかわからない……。
猫の足跡研究家という不思議なドワーフがどこかにいるかもしれない。
すると、
「にゃ」
『わたしに掴まってろにゃ』というように短く鳴くロロディーヌ。
両前足に力を入れたと、体勢を低くしたから分かったが……。
「ンン」
微かな喉声を発した相棒。
首下から生えた二つの触手は、斜め前方へ伸ばされていく。
そのワイヤーのごとく伸びた黒い触手は、遠くの岩場に突き刺さる。
触手の先端はホールディングアンカーのように形が変化しながら岩場に絡んでいた。
次は、あそこに移動か。
ワイヤーのような触手は太いゴムが縮み震えるような音を立てると、ロロディーヌの首下に収斂し、移動する。さっきよりも速度が速い――。
ロロを操縦している俺もジェットコースターを超えた衝撃を体に感じていた。
特に、股間がギュインと寒くなる感覚を――。
この股間が、ギュイン、ギュン! という感覚は、なんだろうな。
ルシヴァルだろうと人族だろうと、金玉から得られる快感、いや、奇妙な感覚は変わらないんだろう。
切り立った岩場に到達した相棒は触手と四肢を器用に扱い狭い岩場に立つ。
ロロディーヌは馬と豹の形に近い頭部を青空へ向け「にゃぁぁ~ん」と声を発した。
声は猫の声。
んだが、狼の遠吠えのようなポージング。
「相棒! 狼になりたいか?」
「ンンン――」
と、触手の一つで、俺の頬を叩く相棒ちゃん。
『んな、くだらないことしゃべるにゃ!』的なツッコミだろうか。
そのまま喉声を響かせた相棒は、切り立った岩場を凄まじい勢いで駆け下りていく。
キッシュの村、ヒノ村がある樹海ゾーンへまっしぐらだ。
神獣らしい爆速で突き進む。
背丈の高い樹木を足場の代わりに使う。
後ろ脚で樹木を踏みつぶすように跳ねる機動で跳躍――。
そして、四肢で着地。
爆発的な加速で樹海を進む。
カナリアの声のような囀りが聞こえる森林の深くに進んだところで……。
急に、動きが遅くなった。
もう近いらしい。
馬と獅子の姿に近い神獣ロロディーヌはキッシュの匂いを覚えていたのかな。
やけに動きがスムーズだった。
今も、大きい頭部を左右に揺らして、鼻をヒクヒクとさせている。
匂いの確認をしているようだ。
俺も匂いを嗅ぐが……周りの花々からくる蜜系の匂いと寒い風しか感じられない。
<分泌吸の匂手>をすれば、ある程度は察知が可能だが……。
んだが、さすがは神獣だ。
『ありがとう』と、気持ちを込めて後頭部を優しく撫でてやる。
すると、感覚を共有している俺に対して――。
『とも』『におい』『あそぶ』『くちゃい』『すき』『うんこ』『くちゃい』『におい』『だいすき』といった気持ちを届けてくれた。
途中で変な気持ちを寄越すが、無難にスルー。
そして、可愛いから、思わず後頭部のふさふさの黒毛を、またもや、もみしだく。
それから周りを確認――この辺りのヒノ村へと向かう道は整っていない。
森の間を縫うような幅の狭い土の道だ。人通りも少ない。
時折、森の様子を窺いながら――。
馬と獅子と黒豹にも近いロロディーヌは徒歩ペースで進む。
相棒は、蟲と蝶々と小さい昆虫に、歯並びが異常に綺麗なゴブリンと蛸と海老のモンスターを見ては、触手を伸ばして、『たべる?』『あそぶ?』『たべる』『あそぶ?』『おいしい?』『におい』『におい』『おもしろい』といった気持ちを寄越してくる。
同時に鼻息を荒くした相棒だ。
「今はキッシュの匂いを辿ろう」
と、ロロディーヌに話をしては首下を撫でていく。
また直線――。
すると、遠くに盛り上がった蟻塚のようなものが見えた。
竜との争いで崩れた箇所が目立つヴァライダス蠱宮。
あれはあれで有名な芸術家がデザインした歪なドームに見える。
その歪な巨大蟻塚が大きくなったところで、ヒノ村が見えてきた。
蟻の巣と場所が近い……。
こりゃ蟻からの被害が出る訳だ。
そして、長閑な村。
壁というか、柵も小さく、防壁になりそうもない粗末な物。
村の入り口だと思う木製の門はアシンメトリー。
片側が歪むような造形で、兵隊蟻の頭部が模ってあった。
が、要所要所に蟻の脚の素材が使われて補強してある。
この柵は意外に頑丈なのかもしれない。
しかし……風情はあるが、ぼろい印象だ。
村の右に牛小屋があった。
牛に似た家畜がモーモー鳴いている。
あれは師匠のところで見たことがあったな。
ルンガ牛という名だ。乳が無数にある牛。
ヘカトレイルの内部でルンガ肉の専門店で食べたサイコロステーキの味も思い出す。
おいしさに舌鼓を打った記憶が……思わず、よだれが口内に湧いて出る。
しかし、神獣の嗅覚でもキッシュの正確な位置、新しい村の場所はわからないようだ。
というか、ヒノ村自体に、来たことがなかったのだから上々だな。
もしかしたら、子供たちの匂いを追ってきたのかもしれない。
昔、キッシュの側にいた子供たちと遊んでいたし、黒猫なりに心配しているのだろう。
そんな感想を抱いていると、馬車が二台、蹄の音を響かせながら村向こうの土の道から現れる。
茶色木材の丸太を積んだ馬車と、幌馬車だ。
しかし、幌馬車のほうは、日除けの幕が血色に染まり、布にもカッターで切断したような痕が残っていた。
片側の車輪も傾いている。
転倒しそうだ。
そんな二台の馬車がヒノ村の中に入っていく。
続いて、馬車に遅れて数分、人族とドワーフの集団もヒノ村の門の中に入っていった。
馬車に積まれた丸太と、彼らの持つ年季が入った手斧と専門の前掛け衣装から、伐採を専門とする商会の方々かもしれない。
ヒノ村に樵の商会があるらしい。
襲撃を受けたような壊れかけの幌馬車が気になったが……。
とりあえず、キッシュがどこに居るか、彼らに聞いてみるか。
馬獅子型のロロディーヌから、さっと片足を上げて飛び降りてから笑顔を意識して、
「――あの~」
「ん、何だ、ぬおっ」
炎の色に似た髪を持つドワーフのおっさんは驚く。
その視線は俺の背後を向いている。
神獣の馬獅子型から黒猫に変身する姿を見て驚いたようだ。
黒猫が、俺の左肩に触手を使い器用に乗ってくる様子を凝視していた。
そんな黒猫さんは、片足の裏側にある肉球を自慢気にドワーフへ向け「ンン、にゃ」と、挨拶している。
紅色のつぶらな瞳でドワーフの頭部を興味深そうに見つめている。
ドワーフのもじゃもじゃと生えた頭の赤毛が、綿飴か、フルーツに見えるから、『あれはイチゴーンかもしれない、美味そうニャ』と、思っているのかもしれない。
「……すみません、驚かせましたか?」
「ま、まあな、新しい冒険者か。今はかわいい猫だが、今さっきの姿は、馬のような凜々しい魔獣の姿だったぞ。そのような立派な魔獣を使役する魔物使いという者なのか?」
赤毛ドワーフは、俺を新しい冒険者といった。キッシュが募集をかけたのか?
資金はあまりないとチェリが語っていたが。
「使い魔というより相棒です。ところで、キッシュという名のエルフは知りませんか?」
「知っている。山の麓に新しい村を作ると言い張っていたエルフだな」
「間違いない、そのエルフです。よかったら、その新しい村の場所を教えてください」
丁寧に頭を下げた。
ドワーフは斧の先端を、斜め前へ向ける。
「――そこのレグイン門を越えた先だ。門の外は、山の手前を含めて蟻系だけではなく他のモンスターも多発しているからな。そして、家畜が消えるのはここでも同じだ。冒険者も行方不明と聞く」
「ヒノ村でも同じことが……」
やはり魔迷宮で、俺と黒猫がキッシュと共に助けた冒険者たちだろうか。
「そうだ。その上、山を越えた辺りで俺たちの馬車も襲撃を受けた」
あの幌馬車だな。
「襲撃してきた相手はどんなモンスターなのですか?」
「トロールとオークたちだ」
トロールとは大きい奴かな、オークは前に遭遇したことがある。
「だから、冒険者を雇おうとヘカトレイルのギルドへ依頼を出してきたところだ」
キッシュは冒険者として経験が豊富だから大丈夫だとは思うが。
「エルフが作っている新しい村でも、そのモンスターたちによる被害が大きいのでしょうか」
「ここから少し距離があるので詳しくはわからないが、たぶんそうだろう」
「そうですか……」
相手はトロールか? チェリは巨大な足跡があったと話をしていた。
「しかし、冒険者たちは来るのが遅い。今のところ、お前さんだけときた」
「迷宮や他の地域にも、色々と事件があり、モンスターは豊富に居ますからね。冒険者も忙しいのでしょう」
ノーラも整理したいことがあると話していた。
どんなことだろう。やはりヴァンパイア関連かな……。
俺に助太刀を頼まないところが、彼女らしい。
ま、光属性のルシヴァルと知った時の彼女の表情はショックどころか、世界が崩れたような、特別な何かが、崩れたような表情を浮かべていたからな。
だが、妹が生きていると知った時は……心底喜んでいた。
今でも思い出すと……俺も思わず涙が……目元に溜まってくる。
本当によかった。という気持ちが互いに通じ合った。
しかし、彼女も昔から続く家業のプライドがあったと思うが……。
あ、それが今出ているのかもしれない。
妹と再会する前に、ヴァンパイアハンターとしての仕事を整理するつもりなのかもしれない。
なにしろ、妹がヴァンパイアなんだから……これから生き方が変わるかもしれない。
だとすると……ポルセンとの会話がどうなるか……彼は大丈夫か?
再会時は、俺も側に居た方が、都合がいいかもしれない。
そう考えを巡らせていると、同じように逡巡していた赤毛ドワーフが口を動かす。
「……他のモンスターだな。確かに増えている。バルドークの竜退治で数はだいぶ減ったのだがなぁ……それも一瞬だった。小型竜、中型竜のドレイクやワイバーンはまだまだ数が多い。ヴァライダス蠱宮の蟻も、以前と変わらずだ。その二つ以外にも、ヴァンパイアと古代狼族の争いもあるうえに、オーク、ゴブリン、トロールの動きが激しくなったようだからな、たまったもんじゃない」
「そのようで」
久しぶりに冒険者らしくモンスター退治かな。
「俺たちも商売道具の斧を使い対抗を……」
抵抗はできるかもしれないが、専門分野外なら止めた方が……。
「それはお勧めできません」
「わかっている。ヒノ村で活躍していた冒険者たちも行方不明らしいからな。しかし、冒険者たちは遅い!」
この赤毛のドワーフさん、見た目から手斧でモンスターを倒しそうな感じはする。
だが、経験が物をいう世界だ。危ないことはしない方がいい。
「何度もいいますが、危険なことは専門家に任せてください。俺はここの仕事は請け負っていないので、口だけですが……」
「……エルフの知り合いか」
ハンカイのようにエルフ嫌いではないと思うけど、反応が悪い。
……ここで他の冒険者たちを待った方がいいかもしれない。
しかし、キッシュを優先させる。
「……はい、では、さきほどお聞きした新しい村に用があるので……」
「がはは、律儀な奴だ。そんなバツの悪そうな顔をせんでも気にせん」
気のせいだったようだ。ハンカイに影響を受けたか。
「ありがとう。では、あの先ですね」
「ちゃんとした道はないからな。小さい山々、窪んだ沼地に湖、茨の森と崖が並ぶところに、新しい村らしきものがあるはずだ」
らしきもの……まだちゃんと村と認識されていないのかな。
「小さい山? 窪んだ沼地、以外に何か目印はありますか?」
「目印か。獣道が続くうえに入り組んでいる……馬の頭部のような縦に伸びた岩があるぐらいか……」
赤毛のドワーフは難しい表情を浮かべていたが、途中から、汚れた歯を見せて笑みを作りながら、説明してくれた。いいおっさんドワーフだ。
そして、目印は馬頭の岩か……。
迷っても黒猫なら、途中で匂いを感じ取ってくれるだろうし。
だが、向かう前に、この赤毛ドワーフへ礼だ。
「……教えてくださり、ありがとうございました」
「おうよ。お前さんは優秀そうな冒険者と見たからな、頼むぞ!」
キッシュと子供たちのためだが、やれることはやろう。
「はい、行ってきます」
「おう」
「ンン、にゃ~」
赤毛のドワーフと別れ、門の先に走り向かう。
空気を読んだ黒猫が、途中で馬獅子型黒猫に変身。
ルシヴァルとしての速度を出している俺を追い抜く。
さすがは神獣。だが、俺も負けられない!
ロロディーヌの馬のような首下から生えている触手が宙を蔓脚のように漂う中、その触手群へ飛びつくようにフサフサした背中へと、いつものように飛び乗った。
馬のような胴体に跨がると、速度を身に感じながらヒノ村の門を抜ける。
一直線。獣道のような道を進んだ。
凹凸ある地面を、ロロの四肢が踏みしめる。
人通りのない土の道を怒濤の勢いで駆け、触れる樹木を吹き飛ばし前進。
寒い風が、不安感を助長するが、構わない。
そんな凍てつく風により、周りに茂るたくさんの木々の枝を覆う氷が、水晶のように輝いて見えた。
茨のような森はロロディーヌが触手で切り開く。
ここは、樹海という場所に入っているのだろうか。
バルドーク山の近くだと思うが……。
そんないつもと違う森を進むと、窪んだ沼地から続く湖にたどりつく。
不思議な赤珊瑚のような葉を持つ樹木が多い中にある、湖だ。
『……水の精霊がたくさんです』
『綺麗なところだ』
常闇の水精霊ヘルメと念話しながら、周りを見学。
造形も地上にあるものとは思えないが、沼地の湖面にそんな葉が落ちていく。
湖面の底に、沈んだ珊瑚の枝葉が広がる光景は神秘的だ。
海底に並ぶ珊瑚たちが、地上にある雑木林に見えてくる。
それは上下を逆さまに見ても、一つの光景となる不思議な光景だろう。
凄まじく綺麗なところだったが、
「ギャーギャー」
「グギャギャ」
緑色の皮膚を持つゴブリンたちと遭遇した。
ゴブリンたちの粗末な生活道具に寝床もあるので、ここは巣のようだ。
人の手足が洗濯物のように木々の間に干してあるのが見えた。
彼らは、両手に棍棒を持ち、革鎧と貫頭衣を身に着けている。
旅人を襲い奪った装備品かもしれない。
ゴブリンたちは、俺たちを見るなり両手を上げて万歳しながら突撃してきた。
のんきな食人ゴブリンたちだと思ったが……。
目元に知的な輝きはないし、やはり、ゴブリンか。
眉毛が異常に濃いゴブリンたち、久しぶりに見たような気がする。
魔槍杖で対処しようと思ったが、先にロロディーヌが動く。
俺が何もせずとも馬獅子型の胸元から伸びた触手群が前方へと伸びた。
迫ってきたゴブリンたちを、一匹ずつ蜂の巣にしていく。
最後に残ったゴブリンは、悲鳴を上げるように逃げていくが……。
やはり、黒王号のような馬獅子状態のロロディーヌは敵を逃がさない。
力強い膂力で、俺を乗せたまま躍動するように前進!
そのまま馬と獅子が合わさった黒毛のふさふさしている首下からぶっとい螺旋触手が伸びて、ゴブリンの背中を捉えると、その背中から胴体を押しつぶす。
ロロディーヌは続けて首元から生えている違う黒触手を、床に転がっていたゴブリンの死体にも伸ばし突き刺していた。
死体に突き刺した触手を持ち上げてから、一気にゴブリンの死体ごと、その触手を首元に収斂する。
その引き戻ってくる触手から何かを絞り取るような凄まじい音が一瞬、耳朶を打つ。
そうして瞬時に、ゴブリンの死体を足下に引き寄せると……。
神獣らしく唸り声を上げて、首回りを触手ごと乱回転させる。
それはまるで、犬が頭部の水分を回りに飛ばす動き。
今、ロロディーヌの頭部をスローモーションで見たら変顔をしているに違いない。
そんな調子で、ゴブリンを美味しそうに喰っていた。
肉付きがいい部分をマル囓り。
ロロディーヌは少し贅沢な気分らしい。
肉付きがいい場所だけ喰うと、そのゴブリンの死体を揺らしてから勢いよく投げ捨てていく。
喰い終わったあと、歯に挟まった何かを触手骨剣で器用に取る姿はなんともいえない。
グルメな神獣だ。
そんな調子で、数々のモンスターを倒し見知らぬ土地の見学をしながら進むこと数時間。
やがて……馬の頭部を模った岩が見えてきた。
あれがドワーフの話していた目印。
崖が続く岩場か。
「ロロ、少し速度を落としていいぞ」
「にゃ」
馬と獅子に似た神獣ロロディーヌの後頭部をぽんぽんと優しく叩く。
ゆったりペースで進むと、崖の端に真新しい小さい柵が並ぶ場所に出た。
これは子供たちが崖下に落ちないように防ごうとした柵だろう。
その柵の先端に、ロロが触手を伸ばして遊んでいた。
黒猫の状態に戻って、あの小さい柵の上を歩きたいのかもしれない。
だが、今はキッシュに会うことが優先だ。
樹海だが、山を登るイメージの坂だ。
その坂は左折しつつ壁沿いに続く。
ゴルディーバの里を思いだす隘路だ。
触手手綱を左へ傾ける。
降雨によって削れたようにも見える自然の岩道を進む。
すると、一気に平坦となった開けた場所に出た。
左の岩と岩の間に丸太が重なってできている門がある?
あそこか! 簡易な門だ。
急いで進む。
牧場の柵と似た黒檀の木目調が目立つ標識がある。
複数の矢が刺さった跡もあった。
襲撃を受けているのは確かなようだ。
その標識に、村の名前なのか「サイデイル」という名が刻まれてあった。
この名は……絶対キッシュの新しい村だ。
間違いない。
彼女と別れる時にサイデイルと話をしていた。
感覚を共有している黒猫も……。
『とも』、『友』、『あそぶ』、『たのしい』、『とも』、『あそぶ』、『におい』といった気持ちを伝えてきた。
昔、キッシュたちと遊んでいた情景が浮かぶ。
標識を確認しながら門を潜る。
キッシュの村に入った。
ここは、まだまだ発展途上の村だ。
ここは山と崖に囲まれているが、まだ内部に小山があるのか。
その麓と呼ぶには近すぎるが、お墓のような石が並んでいるところもある。
湧き水から引いた水場もあった。
その水場を利用した大きな畑。
左の薪小屋の前には、まだ枝が無数に生え残っている丸太が並ぶ。
手前に、鍬、鉋、木製トンカチ、ノコギリ、木糸、油に馴染んだ子供用の鹿革服、へちまの垢すり、古びた鎖帷子が大雑把に置かれてある作業台。
隣には、小さい椎茸の山、落ち葉、麻袋が嵩張るように置かれた肥料場もある。
作りかけの木造小屋の横に、ロープが縦に壁のように積んである。
そして、作りかけの家が一つ。
「……キッシュ! キッシュはここにいるのか?」
俺は翡翠色のイメージを連想しながら、自然と声を出していた。
魔素の感覚は小さい家の向こう側から複数、感じ取れる。
「ンン、にゃおお~」
神獣ロロディーヌもキッシュを探すように鳴く。
すぐに馬獅子型黒猫から降りた。
ロロも黒猫の姿に戻ると、右肩に乗ってくる。
魔素の反応からして、あの家向こうにキッシュが……?
すると、童歌のような声が家向こうから聞こえてきた。
「青髪アッリとタークが居なくなったよ。どうしよう、どうしよう、外に逃げよう、外に逃げよう、オークとトロールだよ、ゴブリンと蟻だよ、プレモス窪地に棲む水蜘蛛様の祟りだよ、銀狼と吸血鬼だよ、どうしよう、どうしよう」
「ん? まて、お前たち、歌はここまでだ。今、とても懐かしい声が……」
不思議と耳の奥に谺するような子供たちの歌声は止まった。
そして、子供たちに歌を止めるように語りかけている声は、あの懐かしい声だ。
切り花を感じさせる声音はどことなく沈んでいたが……。
友と誓い合った、あのキッシュの声だと、はっきりと分かるものだった。
エーデルワイスの髪飾りが似合う女性。
自然と俺は、一歩、二歩、前に歩き、
「家の中じゃなく向こう側に居るのか? キッシュ!」
「ンン、にゃあぁ」
黒猫も俺に釣られて鳴き声を発した。
「あああああああっ、シュウヤなの!」
「えっ? キッシュお姉ちゃんが、涙? あっ、走り出した」
「ぼくたちも行こう!」
キッシュは子供たちを置いて慌てて走り出したらしい。
そして、小屋が並ぶ間からキッシュは現れた。
髪飾りは前までと違い紐だった。
そして、髪の髻を解く。
薄緑の髪は昔と同じだ……しかし、必死な表情を浮かべていた。
いや泣きそうな表情だ。双眸に涙を溜めている。
俺は阿呆のように突っ立つ。
『美しいエルフ……閣下の友なだけはありますね』
「……シュウヤ、シュウヤだ。会い、いや……でもどうして、ここに……あ、まさか、助けにきてくれたの?」
キッシュは、震える両手で口元を押さえながら語る。
透明感のある表情の口元を隠す琴爪のような爪と指……。
その指は、前と違い少しすり切れたような痕があった。
思い詰めたような表情で、うっすらと目の下に隈があり、暗く青白い……。
彼女がこの村で苦労してきた。と、わかる顔色だ。
指のすり切れた痕も、村作りの経験からくるものだろう。
そして、キッシュの目の充血が色濃くなっていく……。
見ている俺の方が辛くなるほどだ。彼女は泪を流していった。
キッシュと初めて会った経緯から、何回も恋人、友として抱き合った頃を思い出す。
喉が乾くような感覚を受けながら、切なく、余計に、ツンと胸が痛くなった。
キッシュのことで、俺の心が埋まると……同時に視界が揺れていく。
そう、目の前の光景が水に覆われていた。
視界が揺れて、涙が頬をひとしずく流れ落ちていく。
「ンン、にゃぁぁ」
「ロロ!」
「にゃあ~」
しまった。泣いていたら黒猫にファーストハグを取られた。
キッシュと黒猫が抱き合っている。猛烈にだ。
黒猫は小さい舌を使いぺろぺろとキッシュの頬から顎を舐めて、ごろごろと喉音を鳴らしているのが、こっちにまで響いてくる。
はは、黒猫も会いたかったようだ。
俺も凄く会いたかった。
「シュウヤ……」
黒猫を抱きながらも、キッシュが切ない声で俺を呼ぶ。
「キッシュ!」
自然と声が高まり、彼女に近寄っていた。
そのまま黒猫ごとキッシュを抱きしめる。
「……匂いも昔と同じ……皆には言っていないが、凄く、会いたかった」
彼女は俺をきつく抱きしめてくる。
ハルホンクの外套が撓むほどに。黒猫は地面に降りていた。
「キッシュ……」
しかし、再会のファーストハグは黒猫に……。
だが、今はこれでいい。彼女の感覚を身に抱けて、幸せだ。
そして、ハグの他にも違うことをしたいが、今は、我慢。
彼女を抱いていた手を離して、距離を取る。
「……キッシュ、助けにきた。と言いたいところだが、まずは詳しい事情を話してくれ」
「槍使いと、黒猫。3」8月23日発売予定です。
店舗特典もあるのでお楽しみに。
そして、活動報告に懐かしい面々が!
2021年1月23日に13巻が発売します。




