三百二十九話 蒼穹一雁と時獏
2022/02/26 22:48 修正
速度を上げた神獣の柔らかい黒毛を掴みつつ背中へしがみつく。
神獣の熱い鼓動を頬から感じ取った。
首に付着した二つの触手からも神獣ロロディーヌの楽しい思いが伝わってくる。
「ンン、にゃおおおぉぉ」
吼えた。あはは、ロロ〜。
本当に楽しいよなぁ。
信頼してくれている俺だからこその凄まじい機動。
相棒が心から楽しんで飛んでいると、よく分かる……。
よーし、このまま<水車剣>のように斜め上を突っ切れ!
馬に近い姿の漆黒の神獣ロロディーヌに剣スキルのような気持ちを伝えた。
螺旋機動は変わらずだが――。
一気に前進――。
ドンッと空気圧の勢いを体に感じた。
一点の曇りのないブルースカイの世界が眼前に広がる――先ほどより太陽の光が眩しい。
シャンデリアの硝子と似た器具を用いて、光を一点に収束したような虹彩に悪影響があるかもしれない光の束だ――それがロロディーヌの全身を焦がす勢いで射してくる。
神獣は黒色の毛。普通なら目玉焼きどころじゃない熱さとなっているはず。
しかし、そこは神獣ロロディーヌだ。
全身から発した煌びやかな魔力粒子が地球を守るヴァン・アレン帯のように展開。
更に、その層の下にも俺たちと自身を守るヴァン・アレン帯とは違う魔力の層もあった。
そのお陰で、適度に風と熱を感じる程度だ。
今も心地よい暖かさを感じている。
すると、相棒が発しているバリアのような魔力粒子から抜けたであろう風が増えてきた。
ここは標高が高い――。
風が強くなったのかな。
そのタイミングで、ロロの背中にしがみついていた手を離し、後ろを見た。
神獣の長い尻尾がヘビのように動く。
舵取りか?
尻尾の先から四方八方へと魔力粒子が迸る。
尾だけに尾を引く魔力の軌跡が美しい。
飛行機雲、流星、ダイヤモンドダスト、たとえるのが難しい魔力の粒子。
魔察眼でかすかに分かる程度の散る勢いだ。
線香花火の最期か?
儚く消えてゆく魔力の粒子だな。
――綺麗だな。
と、神獣の黒毛の背中の表面を撫でるようにぽんぽんと軽く叩いてから――。
また前方に視線を戻す。
強い向かい風が前髪を揺らす。
その風に乗った気分で――。
両手を真横へとひろげる。
そして、鼻から空気を吸いながら、身を背後へ大きく反らした。
思いっきり背筋を伸ばす――。
風が、肺を突き抜ける勢いで俺の体を抜けていった。
気持ちよすぎる風だ……蒼穹一雁。
まさに神獣だからこそだ。
――ロロ、ゆったり機動でいいからな、この気持ちいい蒼空を楽しもう。
「――にゃ」
後頭部を持ち上げて返事を寄越すロロディーヌ。
馬系の逞しい神獣の姿だが――可愛いロロだ。
ロロの背中を撫でてあげながら、眼下に広がる光景を覗いていく。
この森に戻ってきた時も、皆と話をしながら眺めていたが……本当に鍋の蓋に見える。
魔霧の渦森の密度の濃い霧が蠢く様子は、前と同じ感想だが、木星の表面を彩る大赤斑のように凄まじい台風たちの集合体のように感じた。
だが、そんな霧を抜けた空上は、すこぶる気持ちいい蒼海だ。
こんな気分を味わってしまうと……。
アイテムボックスに保管してある小型オービタル君、ごめん、しばらく使わないと思う。
ん~、また伸びをしながら、ふと思う。
この蒼い空……レベッカの瞳を思わせる綺麗な色の空だなと……。
種族はハイエルフで蒼炎神の血筋。
魔法絵師系の戦闘職業だったが、突っ込み役が似合うクルブル流拳術に目覚めた彼女。
地下で見つけた天道虫のネックレスにもあった通り……。
彼女の父は古の蒼炎神のことを語っていたが、明らかに光神、光の精霊が導いていた。
単に、俺の光属性に影響を受けていたのかもしれないが。
そして、因果の流れのごとく、俺の<筆頭従者長>となったレベッカ。
成長していけば、選ばれし眷属として光属性と<血魔力>に関係したスキルを得るかも……。
<光闇の奔流>の力が彼女に流れているならば、その可能性は十分にある。
既に今、彼女がメインに扱う蒼炎系のスキルが実は俺の光属性にも影響を受けているからこその蒼炎だったりする可能性もあるが……。
そんなレベッカは……。
もうヴェロニカが<筆頭従者>のメルとベネットを作ったように血の家族を持てる立場だ。
だが、けなげにベティさんのお店を手伝っている。
ベティさんを<筆頭従者>に迎えるのだろうか……。
それとも、眷属? そんなことよりお菓子でしょ? お宝でしょ?
と、明るい表情でまた俺についてくると言ってくる可能性のほうが高いか。
そのレベッカが話していたラド峠……紅茶の葉を栽培している山間部。
いつか旅の途中で立ち寄ってみるのも一興かな。
試しに――。
額に手を当てつつ遠い北の方角を見るが……。
勿論、ラド峠らしいものは見えない。
切り立った青白い峰続きの山々を背景にした森林と丘の出っ張りに轍の道……。
針葉樹から覗く縦長の頭部を持つ見知らぬキリンのような動物とモンスターたちが重なり合う芸術染みた自然界が広がるだけか。
続いて、ピンク髪の槍使いリコの目も浮かんだ。
彼女も綺麗なブルースカイな瞳だった。
俺の好きな桃色髪。
彼女の門下生は幸せだな。
あんな美人の八槍神王第七位の槍使いに教わっているのだから。
八槍神王位といえば、一度、八槍神王たちのことを整理してみるか。
第一位の名は知らない。
ま、いつか覚えるだろうとは思うが、滅茶苦茶強いんだろうか。
八槍神王第二位セイ・アライバル。
戦争で現在も活躍している猫好き大騎士ガルキエフが、この神王第二位の王槍流の門派だったと第二王子ファルス殿下が語っていた。
ガルキエフを〝王国に槍の武人あり〟と呼んでいたことから、その教えていた神王位の実力は高いと推測できる。ま、二位だし当たり前だな。
八槍神王第三位テレーズ・ルルーシュ。
サーマリアで戦った槍使いレオンから聞いた名だ。
門弟であの強さなら、この神王位も中々強いはず。
八槍神王第四位のフィズ・ジェラルド。
リコと知り合いの神王位。
クラゲ祭りの時、彼と野試合をする機会があったが、断った。
友の猫獣人、八剣神王第三位との模擬戦を優先してしまった。
八槍神王第五位一槍のアキュレイ・アキレス。
前に、師匠が話していたことが脳裏に過ぎるが……まさかね。
八槍神王第六位はしらない。覚えてない。
八槍神王第七位は、自ずと知れたピンク髪、魔槍のリコ・マドリコス。
八槍神王第八位の方も当然知らないが、実はこういう順位の人がむちゃくちゃ強かったりするんだよな……。
あえて順位を上げず己の武技を追求する。
人知れず鍛え上げている超人さんが……。
空の景色を堪能しながら神王位の猛者たちが繰り出す槍技を妄想していく。
すると、ガーゴイル型の石像モンスターが、下の魔霧の中からぬっと現れた。
見た目は大柄で石像かな、硬そうだ。
二の手と二の足と背中に石の翼を生やしたモンスター。
頭部以外は……。
セナアプアと繋がるエセル界の住民の姿を思い出す。
……地下オークションの会場で叫んでいた有翼人の姿。
血長耳のメンバーに売り物にされた翼を持つ種族。
頭部は鼻が象の鼻のように長い。
特徴的な鼻だ。
象鼻といえば……アイテムボックスに保管しておいたホクバから回収した箱。
まだ試していなかった。
『閣下、わたしも外に出ますか?』
『いや、ここは普通に戦う。<精霊珠想>もあとだ』
『はい』
あいつらを片付けたら<精霊珠想>を試しながら、解放するか。
神か、怪物か、わからない相手。
正直不安がある。
そんな僅かな思考の間にも、石像の群れは口から液体を飛ばしてくる。
液体を吐く石像の口は歪だ――。
口蓋には鮫が持つような石の歯牙がびっしり生えている。
そんな口から吐き出す液体は淡い緑――。
ワイバーン系が吐く毒と似ている。
同時に、二つの手に生えた灰色の爪も伸ばしてきた。
爪の先端も毒々しいときたもんだ。
あの爪は、黒爪を突出させるイモリザの爪攻撃に似ている。
攻撃を受けた馬獅子型のロロディーヌは、俺を乗せたまま旋回機動を取った。
毒液を避ける機動で宙を颯爽と駆ける。
相棒は黒馬のような首を動かす。
首の下の獅子のような黒毛の中から――。
無数の触手を前方に展開させた。
触手の群れは、多連ミサイルを彷彿する勢いで飛翔――。
触手の先端から出た骨剣が灰色の爪と衝突。
その灰色の爪をバターのように切断する相棒の触手骨剣。
神獣らしく、俺たちに迫る灰色の爪を次々と迎撃してくれた。
石爪は木っ端微塵だ。
すると、「ンンン――」と喉を響かせた相棒――。
ガーゴイルの石爪の攻撃を防いだ多連ミサイルのように触手を重ねていく。
触手を分厚く一つに纏めて、魔壊槍のようなランスを触手で造り上げた。
そのまま触手槍は螺旋する動きでガーゴイルに向かう――。
触手槍のランスで<刺突>を繰り出しているように見えた。
分厚い触手槍がガーゴイルの硬そうな石の翼をぶち抜く。
「にゃおおぉぉぉ」
『成功だにゃ~』的に鳴いた神獣さんだ。
ランス状の触手は、すぐに解体。
細かな触手の群れを放射状に展開しながら首下に引き戻している。
ガーゴイルの体に触手たちを絡めて引き寄せるかと思ったが、意外だ。
相棒なら、引き寄せてガブッと食べるかと思ったが。
さすがに石は食わないらしい。
たまたまかもしれないが、
「好みに合わないか――」
と、叫びながら、乗っていた馬獅子型のロロディーヌから跳躍。
右手に魔槍杖を召喚――体を捻りながら<導想魔手>を足下に発動させる。
その歪な魔力の手を足場に使い、また跳躍――逆さまの視界となった。
魔槍杖の角度を調節しながら、その逆さまの視界の中、狙うガーゴイルの姿を捉える。
そして、左手首から<鎖>を射出――。
<鎖>は、宙に少し弧を描く機動でガーゴイルへと向かう。
そのガーゴイルの腹をぶち貫く<鎖>――。
ガーゴイルの背中を突き抜けて石の翼をも貫く。
さらに獲物を絞め殺す蛇のように蠢く<鎖>を操作した。
ガーゴイルの体を<鎖>で雁字搦めにするように巻き付けてやった。
そのガーゴイルの体に絡めた<鎖>を引っ張り、ガーゴイルを遠隔操作。
このまま肉壁か、肉ハンマーにも利用できたが――今日はやらない。
雁字搦めのガーゴイルから一本の張り詰めたピアノ線のように伸びた<鎖>を、左手首の表面に彩る螺旋した竜のような<鎖の因子>マークの中へと引き寄せる。
当然、<鎖>が絡むガーゴイルを足下に運び寄せるや、勢いを乗せた魔槍杖バルドークを右から左へ振るう<豪閃>を発動。紅斧刃の一閃がガーゴイルの腹を捉え、腹をぶった斬る。腹がパッカーンと見事に分かれたガーゴイル。
輪切りに切断してやった。直後、他のガーゴイルが不気味な音を立てて迫る。
毒々しい石爪が、ホースノズルが伸びるように伸びる。
その毒々しい石爪を凝視。
体を左に捻りながら、その石爪を避ける。右手の魔槍杖バルドークを消去。
続いて左の手の内に神槍ガンジスを召喚――白い柄の握りを強めた。
石爪を伸ばしてきたガーゴイルを睨みつつ――。
無手の右手を上げた。手首をガーゴイルに晒す。
――ガーゴイルさんよ、複数なら、俺を楽に狩れると思ったんだろうが……。
俺とロロディーヌは普通ではないんだ。悪いな――。
そう考えながら、右手首の<鎖の因子>マークから<鎖>を射出。
狙いは、あの筋肉鎧のような石の腹だ。唸るように宙を突き進む<鎖>の先端が、石爪の遠距離攻撃を繰り出していたガーゴイルの腹を捉えた。
シックスパックを超えた石の筋肉の分厚い腹の中心部を<鎖>は難なく突き破る。
弾丸が突き抜けたように石腹に穴が開き、穴の周りはひび割れていた。
そのままさっきと同じくガーゴイルの身体に<鎖>を絡ませていく。
そして、その絡んだガーゴイルを手元に引き寄せると同時に――捻りを意識した左手に握る神槍ガンジスを前方に伸ばし、その引き寄せたガーゴイルを迎え撃つ!
下方へ向かう方天戟の<牙衝>がガーゴイルの股間を突き抜けた。
引き寄せた勢いと<牙衝>の勢いが乗ったカウンター気味の突技。
ガーゴイルは下半身の腰がズボッと音を立て消失。
ガーゴイルは、ムンクの『叫び』のような表情を浮かべながら落下していく。
下段専用だから下方に突く<刺突>よりも一拍子、二拍子、<牙衝>のほうが速い。
<刺突>と組み合わせた連撃を受ける相手は、微妙にタイミングが狂うはずだ。
魔闘術の攻防力を使いこなしてくる一流処は、タイミングを狂わしても、あっさり対応してくるんだが。
そんな今後の展望を考えていると……。
神獣ロロディーヌが他のガーゴイルたちに襲いかかっていた。
前足から生えた鋭い爪で、ガーゴイルの石像を引っ掻くように壊していく。
他にもわらわらとガーゴイルたちが俺たちの周りに集まってきたので、<夕闇の杭>を発動させる。
闇の雨のように降り注ぐ闇杭たちは、左にいたガーゴイルたちを一斉に貫く。
次々と穴だらけとなったガーゴイルたち。
石像はひび割れながら、魔霧の中へ墜落していった。
右ではロロディーヌも躍動を続けている。
螺旋機動を取ったり、横回転したりと、『神獣ロロディーヌはここにありにゃ!』というように、長い尻尾と複数の触手を器用に使い、縦横無尽に暴れていた。
触手骨剣で群がるガーゴイルを宙に縫って動きを封じ、前足と後ろ脚の爪で、そのガーゴイルの石の翼を引っ掛けるように斬っては、違うガーゴイルの頭を潰すように長い尻尾を振るう。
俺とロロディーヌは、宙を我が物顔で跋扈していたガーゴイル型モンスターを容赦なく屠り続けていった。
やがて、ガーゴイル型モンスターは数を減らす。
そして、かなわないと悟ったのか魔霧の中に逃げていくと現れなくなった。
左手に握るガンジスを消失させてから、
「――ロロ、がんばったな。と、褒めてやりたいところだが、重要なことがある」
「ンンン」
『ホクバが持っていた箱に住む、お鼻のぴゅっぴゅを出すのですね』
衣姿が妙に似合う小型ヘルメ。
あの怪物か神に『お鼻のぴゅっぴゅ』と勝手に名前をつけてから、喉声を発して返事をしていたロロディーヌへと抱きついていた。
神獣ロロディーヌは当たり前だがヘルメの行動に気付いていない。
しかし、何かけはいを感じるのか、紅色の双眸が左右へ動いていた。
「あの象鼻から、お前の期待通りに水が出るか、わからないぞ……ま、出るとしたら攻撃系の汁だろう。怪物か、神か、未知のモノと戦いになる可能性もあるから、ロロもヘルメも用意はいいな?」
「ンン、にゃ」
『はいッ』
神獣ロロディーヌと精霊ヘルメに準備を促してから、過去のことを思い出す。
ホクバはあれを使った時、魔力を時計に注いでから、
『ソレグ、ヌハと連携できないが、今しかない。やるぞ』
『そうだな、生贄が後で必要となるが……』
『構わん、いざ、解! <時獏>』
ホクバは詠唱しながら時計を宙へ放り投げていた。
そして、箱となって、その中から、玄武らしき亀の上に乗った象鼻を持つ猿が出てきたんだ。
生贄が必要。いったい、どんなことになるのか心配だ。
アイテムボックスの中に保管する時も蠢いていた。
大量に人の魂を欲するとか……。
血肉を欲するとか、呪神のようにへんな神気をかぶせてくるかもしれない。
魔皇シーフォのように、嘗て魔界で力を持っていた存在だったが、争いに敗れ力のある存在に封印されてしまった古の魔神かもしれない。
少なくとも、神界系ではないだろうが……何が起こるか想像ができない。
そして、この眼下に広がる魔霧の渦森の真上なら……。
たとえ、巨大な怪物、凄まじい力を持つ未知の神が、箱から出た直後、生贄欲しさに暴れたとしても……一部の森が無くなるぐらいで済むだろう。
ミスティたちが住む家にピンポイントで落ちる可能性は……あるか。ガーゴイル潰しでだいぶ移動したが……念のため、もう少し外側へ移動だな。
『箱を試す前に、<精霊珠想>の実験を先にしますか?』
『そうだな、左側に移動しながら、実験する』
<精霊珠想>を発動――。
左目から常闇の水精霊ヘルメが液体として流失しながら霧も放出。
俺の左目から連なる頭部の左半分を包むように、外側に膨れていく液体か、霧か、固体か、たとえようがない半透明な精霊ヘルメの一部が現れた。
『防御型の形状は自由にいじれます』
『ホクバの杭を防いだ時だな?』
『そうです』
『攻撃はないのか?』
そう問うと、液体ヘルメはぐにょぐにょと音を立てるように蠢きながら扇型の盾、丸状の盾、お椀、ドーナッツ状、おっぱい、満月型の微妙に光るお尻に変化……『おい』と突っ込みを入れると、ぷるぷると不思議な視界を見せながら形を変化させていた。
『……ふふ、ココッブルゥンドズゥ様の宿る神像を包んだように、物理的に生物や物を包む行動は可能ですが、繋がりのある閣下と違い時間が掛かります。そして、氷刃、礫、遠隔攻撃の類いは、現時点では無理です』
ヘルメ、ブルゥン様のフルネームを間違わず念話するとはやるな。
精神と精神で念話しているんだから、当たり前か。
『……了解した。<導想魔手>と同系統かもしれないが、<精霊珠想>は仙魔術系の仙技の初歩。最初から多くは望まないさ。んじゃ、このまま俺を包め』
『はいッ』
<精霊珠想>のヘルメは一瞬で俺の身体を包む。
半透明の法被系羽織物? 半袖だ。ハルホンクもちょうど半袖なのでいい感じ。
暗緑色のハルホンクの外套の表面に上手く馴染んでいるので、融合したようにも見える。
そして、服の端という端の位置から霧のような細かなガス状の魔力粒子が散っていた。
傍目からはどんな見た目になっているのか、わからない。
ハルホンクは俺と融合しているので、無言だ。
いつか、何かのきっかけで蘇るかもしれない。
もし、今だと、俺を包んでいるヘルメごと竜頭金属甲が吸い込んでしまいそうだな。
「ンン、にゃ、にゃぁ~ん」
馬系の頭部を上下に揺らして、猫声で鳴く神獣ロロさん。
俺の<精霊珠想>を身に纏う姿が気になるらしい。
そのまま頭部を寄せて近付くと、手前で、つぶらな紅色の瞳で見つめてくる。
「にゃ」
「いいぞ、匂いを嗅ぎたいんだろ」
「にゃぁ」
神獣ロロディーヌは嬉しそうに紅色の双眸を輝かせて鼻をひくひくと動かす。
その動かした鼻を、俺の法被部分へ近づけて、ゆらゆら揺れている半透明の布といえるか微妙な衣の匂いを嗅いでいった。
ロロは、くんくんと、バキュームを思わせる勢いで鼻から空気を吸い込む。
鼻の穴をひろげて窄めるといったことを繰り返している。
そして、一通り匂いを嗅いで安全と確認したのか、精霊ヘルメと俺のフェロモンの匂いに満足したのか、わからないが、シャープな長方形の頭部を俺の身体へと衝突させてきた。
脇腹に靡いている法被の素材を確認するように一回、頬で擦り、俺の腕と脇腹から胸に掛けて何度も頬を擦るように当ててくる。
<精霊珠想>の表面を舐めることはしなかったが、甘え上手な神獣ロロディーヌ。
そのまま甘えてくるロロを抱きしめるように、ロロの首の両端を両手で掬いあげるように持って、首下に生えているふさふさした黒毛を、十一本の指でとかすようにブラッシングしてやった。
両手で、もみしだくようにモミモミと指圧を加えてやると、重低音の喉音が、ごろごろと響く。
マッサージが効いたらしい。
神獣ロロは目を瞑り、俺の両手の上に頭を乗せている。
完全にまったりムードだ。嬉しいらしい。
ところが、まったりムードだった神獣ロロディーヌは、頭部を左右に揺らす。
姿は馬系だが、猫らしい気まぐれを起こしたように、喉音を鳴らして俺の胸元から離れていった。
グリフォンのように空を飛んでいく。さらに身体から発生させた幾つかの触手を青空へ伸ばして、環を作り上げると、そこに違う触手を引っ掛けて宙にブランコを作ると、そこにぶら下がって、上下左右に揺らして移動するという、新しい遊びを開発していた。
面白い……遊園地かよ。というか、あの不気味な箱を開けるんだった。
足場にした<導想魔手>を蹴って、空中を、あれ?
俺、あまり落下する感覚がないと思ったら、わずかに宙に浮いている。
<精霊珠想>を身に纏うと宙を浮かぶ効果があるのか。
凄いじゃないかヘルメ。
少し降下しているので、完全に空を飛んでいるわけじゃないが、この法被の端から散っている霧状の粒子たちが推力になっているのかな?
よくわからんが、さすがは仙技だ。
これで空中戦においての戦術が少し変わってくる。
<導想魔手>にある程度自由が利くようになった。
だが、ある程度だ。今までと同様、空中戦の要だ。
やはり絶対的な足場になるのは、変わらない。
そんな歪の魔力の手である<導想魔手>に『武器よこい』と念じる。
刹那、聖槍アロステが、魔力の歪な手の内に召喚。
そして、両手を胸元で組みながら……中空に佇む姿勢をわざと取る。
<導想魔手>だけを意識して、魔力の手に握る聖槍アロステを風槍流の所作で動かしていった。
これはこれで、何か別人になった気分だ。
聖槍アロステを扱う<導想魔手>は導魔術系技術の結晶がスキル化した第三、第四の腕なんだけど、今、動かしていると、尻尾のような感覚といえばいいか……。
あっ、この聖槍アロステの上に乗って、空を飛んでいく遊びはどうだろう。
ヴェロニカが、血剣に乗ってサーフィンしていたように。
さて、準備は調えた。
「……ロロ、もう遊びは終了だ。今からある箱を出す」
「にゃぁ」
アイテムボックスから、蠢いていた箱を取り出す。
雷文模様が綺麗な箱に魔力を込めてから、放り投げた――。
箱は不自然に、宙の位置で止まった。
そして、箱の内部から爆発的な勢いで、魔素が膨れ上がった瞬間――濃密な魔力の塊のような茶色い雲が外へと噴出。更に、小さい人形のような物体も宙へ飛び出た。
――小型人形。
あれは前と同じ。
半透明の姿で急拡大していく。
いや、前と同じではなかった。
巨大な姿だ……かつての魔竜王を彷彿とさせる大きさ。
雷文と雲珠を組み合わせたような法被のデザインも大きくなっていた。
だが、玄武のような亀に乗った太い足は、魂の尾のような鎖が箱を雁字搦めに絡めて繋がって重そうに見える。
鎖の表面には小さい魔法陣が現れていた。
拡大を終えた時獏か。
こいつは怪物か?
神なのか……。
頭上に浮く神意的な茶色雲から重金属の酸性を帯びたような雨粒が降っている。
しめやかな雨を浴びて、濡れた頭部にある象鼻はヘルメのお気に入り。
これが、時獏。
が、その表情は醜く歪んでいる……。
象鼻は縮れて、その上にある不気味な魔眼の双眸がぎょろりと白目が剥く。
将棋の駒のようなモノが浮かぶ魔眼から、錆びた雨粒と違う……。
透明ではない血のようなモノが滲んで現れては、頬を醜く伝う。
更に、背中から薄気味悪い縦縞の光の靄が湧き上がった。
こりゃヤバ気だ。
時獏の象鼻が持ち上がり口が変形。
その歪んだ八角形の宝石のような口が動いた。
「……生贄はどこだ?」
明日、更新予定です。




