三百二十七話 黄金粉とゾルの墓
アイテムボックスのディメンションスキャンを起動させる。
風防から立体的な映像が浮かび上がった。簡易地図だ。急襲に備えて近未来的なガジェットの地図を展開させる。
久しぶりにディメンションスキャンを使いたくなっただけだが、その近未来繋がりで……これから先いつか何処かで綺麗な地平線が見える場所についたら……小型オービタルで、かっ飛ばす。
セラミックツーローター風の両輪駆動もあるしなァ。
うん、健康優良不良少年気分で、ヒャッハーしながら疾風伝説を感じる特攻だ。と、大覚醒が必要な荒れ果てた荒野でも通用しそうな……。
ナパーム統合軍惑星同盟製のディメンションスキャンをチェック。
アイテムボックスの中心は若干盛り上がった水晶系の風防だ。
その風防の真上に投影された立体の簡易地図には……敵の反応がない。俺たちの反応があるのみだ。
掌握察のほうが索敵の範囲は広いが、念のための簡易地図。魔素の反応があまりないが、未知のモンスターとか存在するかもしれない。すると、ツアンが体を震わせる。本当に未知のモンスターが?
魔霧の渦森の樹の間を抜ける寒気を催す霧の風を体に感じたのか?
そのツアンが、
「シャプシーは怖いですぜ、濃霧で湿り気を感じますが、魔素の反応は薄い場合が殆どなんですから。気付かないうちに取り憑かれて……」
教会騎士の仕事を思い出している?
表情をしかめながら語っていた。すると、
「また、変なものを……魔界四九三書とかいう代物か?」
「ンン、にゃ」
立体映像を見ていたハンカイと黒猫が指摘。
ツアンも、
「魔界四九三書!? 本当に本物の書物なら、禁忌でもトップ中のトップ、一桁が唸り声をあげて襲いかかってきますぜ……」
「禁忌とはあれのことか?」
ハンカイは鋭い視線で沸騎士たちを睨む。
頭に熊の帽子をかぶるハンカイさん。
樵的に魔除けにもなりそう。シュールな姿のハンカイだが、視線は厳しい……目つきは怖い。手の甲に嵌まった魔宝石も輝く。
『この金剛樹の斧を、いつでもぶん投げられるんだぞ』
と、いいたげな表情だ。先ほどは彼らのことを助けていたが、好意的に思っていないことは確かだな。
「……マスター、待ってて。この腕の大きい蟷螂を含めて、回収素材を調べるから」
「了解」
彼女は金属の湖に浮かぶ蓮の上に乗りながら話している。
その蓮に乗った姿から……『泥中の蓮』という、ことわざが脳裏に浮かんだ。蓮の花は泥の中に咲いても美しく清らか。
ミスティは研究を追求し他のことにはあまり染まろうとしない女性だからな……。
「うん、じゃ、早速。これと、これは……わたしがチューニングした銀魔鉱と合いそう……」
素材を手に取る速度が速い。
「……こっちの象系の体内から、牛のミノのような、調理したらおいしそうな瘤胃を発見。他にも腸と胃がいっぱいあるのねぇ」
手が煌めくと爪以外は黒一色に染まった。
その漆黒の手で内臓をほじくり返しているが気にしていない。
皮膚が黒一色に染まって金属を溶かしたりできる能力は、匂い対策にもなるのかな。
炭素系ならミクロの穴が……。
ミスティの指はスカスカになってしまうからそれはないか。
「……この網膜の裏の表層に溜まっている液体は……やっぱり魔試験紙に反応している! 魔法瓶の中に保管してあった、抗純化液のリュムグ魔圧壺の中に漬けて……高温アルカリで分解すれば……」
研究スイッチが入ったミスティ。
メモを取りながら、ぶつぶつと語り出す。
「<星鉱鋳造>に応用できる素材に変化するかもしれない。この蝙蝠の内臓も不思議ね。硬石? 魔石のように魔力を内包しているけど微妙に違う。別の生き物? 寄生した石かしら……携帯したキンキリの刃で削って細かくした素材を分析してから、ヴィーネに頼んで雷獣石を使い刺激を与え続ける実験を……」
また、石か。ミスティの腰ベルトには羊皮紙の束だけではない。
動きが阻害しない位置に、美容師、家具職人を彷彿とさせる鑿、鋏、定規の工具セットを装着している。
もしかしてホクバたちとの戦いの最中に見せていた彼女の、くの一っぽいポーズは……指の間に挟んで投げナイフのように持っていた金属の杭たちは、あの工具たちから、インスパイアしたモノだったりして。
そういや、前にもキンキリの刃を使っていた。
ザガが持っていそうな鑿系のアイテム。
その研究モードのミスティを見ていたハンカイとツアンが、
「研究中はいつもあんな感じなのか? 武人のような魔力、いや、先ほどの戦闘には感じとれなかっただけかもしれんが、殺気を研ぎ澄ましたような武威を感じる」
「ハンカイさん、旦那のご家族は、血の眷属。皆、何かしらの得意分野があるようですぜ?」
「ふむ……」
ハンカイは禁句気味の家族というフレーズを耳にして……。
切ない表情を浮かべてから、ヴィーネと黒猫にも視線を巡らせている。
ツアンよ、空気を読め、とは、いえなかった。
ハンカイは樹の間で、互いの骨盾を衝突させている訓練中の沸騎士たちのことは無視。
ミスティの回収作業&簡易実験の様子を渋い表情で眺めてから……。
金剛樹の斧に付着した汚れを大きい葉っぱを使いふき取っていた。
沸騎士たちをチラッと見てから、また見る。二度見した。
盛大に派手なリアクションがある二度見を。
黒猫が反応するぐらいに。
それは沸騎士たちが、変な訓練をしていたからだ。
気合い声も重なった動き……訓練というより、動物の雄たちが、雌たちにアピールするために変わった仕草を取る求愛ダンスにも見える……。
精神値が吸い込まれるような気がしたので、視線を外した。
一方、ミスティは蟷螂の鎌腕、蝙蝠の内臓、熊の手、象の目、蠍の尻尾、各モンスターの素材から実験に使えそうな部位を選別していく。
大量の素材だ。売れば金にもなる。冒険者依頼の目的の品もあれば達成数を増やせるか。がミスティは研究者だからなぁ。金も個人的に稼いでいるせいか……俺の資金はあまり受け取ろうとしない。前も、ミスティは、
『……これでも臨時の講師で先生だからね。生徒たちの手前、普段実験に使う素材はそんなに高くないし、わたしが直に仕入れたいの。勿論、白命炉厰といった軍の工廠が使う専用炉の件に関しては、値段の桁が違いすぎるから、月の残骸の総長でもあるマスターに頼るしかないのだけど……闇ギルドに頼ったら、やっぱり、先生として失格かな?』
と語っていた。リビングで紅茶を飲んでまったりと過ごしていた時の会話だ。そのあとフォローした覚えがある。この言葉から『利を見て義を思う』と考えてしまう。ミスティも元々はオセベリア王国の貴族。ヘカトレイル近辺に領地を持っていたのかは聞いていないが、城塞都市ヘカトレイル内で暮らしていた。一度、盗賊に身を落とした女性とは思えない言葉の質。やはり高等教育の下地があった故だろうか。ミスティも血を吸う光魔ルシヴァルだが、もう立派な教師だ……だからミスティは、この素材を冒険者ギルドには持って行かないだろう。容量はある程度決まっているがアイテムボックスもある。魔法学院ロンベルジュで活用できる実験の材料にするはずだ。そして、冒険者ギルドといえば、俺も次はAランクだ。
昇格の条件の一つが未開拓地域の開拓。もう一つの昇格の条件が魔竜王戦のような限定的な依頼を成功させること。そうしたら、Aランクに上がれる。師匠のランクを目指したいところだ。
すると、ミスティが回収を終えた。人さし指と中指を縦に揃えながらの、ガッツポーズを取っていた。ジェスチャーが変化している。その指先のネイルは綺麗で爪がミステリーカラー色に輝いている。
自然と口元がほころんでいた。眼鏡が似合う知的美人で『博士のお姉さんは好きですか?』と言葉が聞こえてくる感じだ。
勿論『大好きです』と告白したくなる気分となった。
魔霧のせいで空が天蓋のようになっているが、オイル系の口紅には光沢がある。美しい……爪の色といい迷宮産の化粧品たち。化粧品をちゃんと使いこなしている。さすがは大人女子。余計、綺麗に見える。そして、男、おっさん組を魅了するかのように手を振りながら近寄ってきた。
やばいな、ドキッとしてしまう。が、バンダナも似合うが、たまには取った姿も見たい。ここは学院があるペルネーテではないから取ってしまえばいいのに……すると、金属の湖が波紋を起こして彼女の足下に集まる。長い足で血を吸うように金属も吸い寄せた。金属の回収か。その起点のミスティの靴に集結している金属と血の模様も綺麗だが……靴を注視した。大人女子の言葉通りで、お洒落だ。
全体的に濃淡がある赤で統一されている
靴は、薄い黒金の膜と赤茶色のモンスターの皮の素材で、アーチラインとアウトソールが演出されている。口周りの足の甲は黒だが、グラデーションが掛かっている。
アッパーの先端に向かうほど細くなる流線を描いている作り。
インステップキックが決まったら痛そうな突起部位もあった。
アウトソールとヒールには、知恵の輪のような形で繋がる金具がある。
厚底のローヒールで、ブーツ系にあるようなファスナーも付いて、直ぐに脱ぐことも可能っぽい……ファッション性が高い。
エヴァとレベッカにもセンスのいい靴を作ってあげていたミスティだ。
もしかしたら靴屋さんで大成できるかもしれないな。
俺も作ってもらおうかな……と、渋いデザインのアーゼンのブーツをチラッと見た。
が、そのアーゼンのブーツから悲鳴が聞こえたような……新しい靴は止めておこう。
そんな靴を履きこなす綺麗なお姉さんこと、ミスティと、その周囲を見る。
ミスティの細い足に血と虹が交ざった金属が集結しつつ流動していくさまは、美しい。
湖面を軽やかに移動していく。金属の波紋のような細かな流線。
ここは魔霧の渦森だが……それは日本庭園にあるような枯山水を思い起こさせる。
禅の思想に沿うように岩と砂で一生を現す枯山水。
枯れた樹木、そそり立つ巨大樹、その根っこ、それらの障害物が枯山水に点在するような岩となった。
血と虹が砂利のような流線を作りながら静かに流れていく……凄く綺麗だった。
『……あの湖に潜り込みたくなります』
『止めておいたほうがいいと思うが』
『はい、金属ですからね……』
やはり水の精霊だからな。
金属とわかってはいるが、虹の湖だ。泳ぎたくなるのは分かる。
「にゃぁ」
肩に戻った黒猫も鳴く。
相棒はミスティの足下に展開される血と虹の波紋の光景は見ていなかった。香箱スタイルで休む黒猫が……。
興味あり気に見ていたのはツアン。ツアンも紅い瞳からの視線を受けて……まんざらではないのか「ん?」と微かな声を出していた。
にやりと笑う。優しそうな双眸で黒猫を見つめながら……。
顎の下から、まばらに生えている髭をボリボリと掻き、
「神獣様、この顎髭は猫じゃらしでは、ないですぜ?」
「ンン、にゃ」
ツアンの言葉を聞いた黒猫。
首をかしげて、耳をぴくぴくさせた。あの行動は、たぶん、単に耳がかゆいだけだ。
ピンク色の耳の中に、ゴミ、またはこの森に住む特有のノミが入ったのかもしれない。案の定、黒猫は耳が気になるらしい。可愛い片耳を揺らす。
香箱スタイルを止めて、頭を傾けつつ後ろ脚を耳に運ぶ。
後ろ脚の爪で耳の中の毛を削る後ろ脚を動かした。
『かゆいニャ~』というように掻く。
「神獣様、耳が痒かっただけですかい」
「にゃ」
と、鳴くと、触手をツアンに向かわせた。
触手の先端は御豆の形。舐めたら甘い黒飴、もとい、黒豆っぽい。
そんな触手の裏側には肉球がある。
ツアンの頬に、その平たい触手の裏側を、サロンパスの如く付着させた。
黒猫はツアンに気持ちを伝えるようだ。
ツアンは黒猫に、
「……俺と遊びたいんですか? 『つあ』、『うす』、『うすげ』、『は』、『くちゃ』、『はなくちょ』、『おけけ』、『おおい』、『はなくちょ』『ほほ』、『は』、『ながい』、『こする』、『あそぶ』、『はなくちょ』、『おっちゃん』、『たべる』、『いも』、『ぴゅ』、『いも』、『どこ』、『つあ』、『いっしょ』、『あそぶ』……色々と気持ちが……伝わってきましたが……俺の顎と前歯で遊ぶのはダメですぜ?」
黒猫さん、いったい、何を伝えているんだ。
「……さ、そんなことより、ゾルの家はあの礼拝堂の先だ。いくぞ」
訓練をしていた沸騎士たちを含めた皆で、移動。
礼拝堂の裏の枯れ葉が敷き詰められた地面を踏みしめて歩く。
見覚えのある獣道だ。削れた枝が魔霧の渦森の道標となる。
ひんやりと湿った空気も同じだ。枝が多くて様変わりしている場所もあるが……。
やはり歩いた記憶がある。魔霧の渦森の様々な生き物の声がポポブムの法螺貝を呼ぶように感じた。
ポポブム……置いてきたが、連れてきたら、鳴いて反応しただろうか。
ごめんな、ポポブムが、ミミが寂しがるから無理かな。
ポポブムも優しいミミに、なついていたし……。
と先を確認しながらポポブムの法螺貝が脳内で鳴っていると、ミスティが、
「ヴィーネ、そのラシェーナの腕輪の表面で踊る闇精霊。小さくて、可愛らしいわね」
「はい、ご主人様は小さい親父だ、怪しいおっさん妖精、都市伝説だ、と仰っていましたが、小人さんのようにも見えますよね」
ミスティの問いに、ヴィーネは笑みを浮かべて、自慢気に腕を掲げた。
ダークエルフの青白い腕に映える腕輪だ。
装身具を彩るのは黒色と赤色の縦線。古代文字のような模様が靡いて見えた。
ミスティはその伝説級の腕輪を羨ましそうに見つめていた。
続けて、ヴィーネもミスティの胸元にある小さい衣装に合うブローチを指摘。
俺と黒猫を含めたハンカイとツアンは、彼女たちの腕輪を含めた女性の会話には入らない。
「旦那、すまねぇ」
「気が利く」
「気にするな。ヴィーネが魔煙草の予備を大量に仕入れていたからな? 消費する機会を増やそうかと」
「そりゃあいい」
「しかし、ヴィーネさんは優秀ですねぇ……」
「当たり前だろうが、聡明なヴィーネだからな」
「ンン、にゃんお」
男衆は魔煙草を一緒に吸いながら野郎な会話を続けていた。
そのあとは……皆、渋い外套を装着しているのもあって……。
どこかのマフィアを感じさせる雰囲気で沈黙を続けながら歩く。
茂った草葉を削って進む。黒猫が枝に尻尾を掛けて一回転。
猿のような新しい遊びを開発していた。すると、進んでいるハンカイが……。
ドワーフっぽい歌声を響かせる。
「その歌はドワーフ一族の?」
「あぁ、流行歌だった……歌は世に連れ世は歌につれ」
ハンカイは渋い表情でそう語ると、魔煙草を吹かす。
ハンカイから、先を行こうかと、アイコンタクトを受けた。
俺は頷いて、先を進む相棒を見ながら進む。
相棒の長い尻尾を掴む悪戯をしようかなと思ったところで……。
そろそろかな? 霧が立ちこめている森はいっこうに変わらないし視界は悪いが……斜め前方を歩くツアンを見る。モンスターも近付いてこないし、指に戻ってもらうとしよう。ククリ刃を器用に回転させていたツアンに、
「ツアン、もう大丈夫だ。指に戻れ」
「了解しやした。また使ってください」
ツアンは鋭い面だったが安心したように笑顔を見せる。教会騎士らしい所作でお辞儀。ツアンの体は溶けるように形成していたモノが崩れ落ちた。地面に落ちた肉のようなモノは蠢きながら黄金芋虫の姿に変身を遂げる。イモちゃんだ。『やっと、わたしの番ですよ~、毛虫ちゃんバージョンですが~』というようにチュイチュイとピュイピュイを連呼しながら進んできた。
下部の蔓脚のような足も氣になるが黄金色の中にある紫色の斑点が動くたび、形が変化して、それが戦国時代の家紋を彷彿とさせているのが、また、面白い。
イモリザ出陣!
と兜をかぶせたらかわいいかも。
あの、うねって起伏するさまはバネの玩具を思い起こさせる。
その黄金芋虫のイモリザは、くねくねと体を動かし、『がんばるぞー』という印象で中々の速さで近寄ってきた。
黄金芋虫の桃色の触手が奇妙すぎる。
胴体の横や上にポツポツとフジツボのようにある触手の角。
山頂部が開閉しながら、そこから、金色のきらきらとした金粉を発していた。
水蒸氣のような印象だ。
そんな特殊な芋虫らしい動きを繰り返しながら俺の足下にきた黄金芋虫のイモリザ。
クイッと頭部を上げて、複数の複眼で見つめてきた。
まん丸い水晶のような眼。
黄金芋虫の眼の表面に俺が映り込んでいる。
一生懸命、凝視中でかわいい。
口が小さく開閉し、ピュイピュイと微かな音を響かせてきた。
「……また、触りたくなる不思議な生き物ですね」
「いいぞ、触ってみ」
ヴィーネは、まばたきしてから、微笑む。
「はいっ」
元気よく返事してから、長いすらりとした足を畳むように体勢を低くしてから、指先でイモちゃんの黄金の皮膚を触っていた。
「ふふっ」
「チュイチュイ♪」
「ンン、にゃ、にゃお~」
やはり、黒猫さん、我慢できなかったか。
肩で香箱スタイルを維持しながら休むか触るかを、迷っていたようだが、我慢できずに肩から降りて、ヴィーネの足下に移動していた。そのヴィーネの細い足に頭を衝突させてから、黄金芋虫に近寄って、対峙した黒猫さん。
「にゃ~」
「チュイ!」
イモリザは返事をするが、喰われると思ったのか、急に身体を縮ませる。
それもまた、凄く面白い動き。
アフリカオオコノハズクのフクロウの姿を思わせる。
そんなビビリなイモちゃんへ、かまわず黒猫は片足を伸ばす。
黒猫は、るんるんとした児嬉めいた表情だ。
白猫に喰らわせていた猫パンチではない。
優しく、うんしょうんしょと、片足で押して、またまた、うんしょうんしょと、片足で押す。それでも黒猫は満足せず、うんしょうんしょとがんばった。
最後に、ふにゃりと揉む。
マッサージをするような肉球を使った素晴らしい猫足プレスだ。
押して、揉む度に、小さい爪が出たり引っ込んだりしている。
あれはたまらんな。たまらんぞ。黒猫さんよ。
猫足セラピストになれますぜ、と、ツアン風に思う。
「チュイチュイ♪」
そんな柔らかい肉球プレスを感じたイモリザ。
チュイチュイの音が少し甲高い。至極の経験を得たのか、機嫌を直したようだ。
縮んでいた胴体を風船がぷっくりと膨らむような速度で元の大きさに戻していた。
そして、ピンク色の触手角から黄金色の細かな粒子が蒸気のように噴き出す。
イモリザは祝福のつもりらしい。
黒猫のふさふさしている黒毛の表面に黄金色の蒸気が交ざる。
すると、黒猫は栗鼠みたいにすばしっこくぴょんっと、俺の近くに跳んで逃げてきた。
びっくり仰天というように毛を逆立てている。
背骨を持ち上げて、蟹がダンスをするように横歩きしながら、頭部を勢いよく揺らし、何回も、くしゃみをしていた。湿った小鼻に、黄金色の粉が纏わりついている……が、とくに害はないようだ。
しかし黒猫的に金粉は不快だったのか、小鼻をひくひくさせている。
「ンンン、にゃ~」
そんな状態で赤いつぶらな瞳を向けてくる。かわいい鼻だ。
『こな、とってにゃぁ』か、『いもりざにおうごんふぇろもんをかけられたにゃぁ』といった感じに鳴いたか、わからないが、小鼻についた黄金色の粉を落とすように、前足と舌を使い鼻の粉を舐め落としていた。
『……閣下、<精霊珠想>を用いて、ロロ様のお鼻をお掃除しますか?』
『いや、そんなことは必要ない』
『そうですか……』
ヘルメは水でぴゅっぴゅーと、したかったようだな。
「その黄金の粉に害はないはず。むしろ何かしらの得する効果がありそうだが……一応、止めとくか。ロロ、もう舐めるな。拭いてやる」
「ンン、にゃ」
肩に戻ってきた黒猫の首根っこを掴んでから、皮布で小鼻についた黄金の粉を、きれいきれいに拭き取ってあげた。
よし、ピンクな小鼻のつるぴかくんだ。
「にゃ~クシュッ――」
う、くしゃみをもろに喰らってしまった。
なんか、前にも同じようにくしゃみを喰らった覚えがあるが、そのくしゃみも可愛い。
『ロロ様、黄金の粉が弱点なのでしょうか?』
『弱点、厳密にいえば違うと思うが、そういえば……前に迷宮にあった花粉で、くしゃみをしていた。細かな粉が嫌いなのかもしれない』
『……今後、覚えておいたほうがいいかもしれませんね』
『そうだな、粉、粒子、鼻孔を攻撃するようなスキル持ちと、戦う時は要注意か、そいつらと遭遇し戦った場合、相棒は、くしゃみを連発して戦いから離脱するかもしれない』
『はい、その場合はわたしが、すぐに水をぴゅっぴゅしてあげますから』
やはり水をぴゅっぴゅーと出したかったようだ。
すると、イモリザは黄金色の胴体をくねらせ俺の右手に跳躍してくる。
右手の内側にくっつくと、かわいらしい蠕動運動を繰り返しながら新しい指のポジションに移動していた。第六の指の感覚を得たので、その指と親指を使い、指パッチンを鳴らしてから、訓練していた沸騎士たちを見やる。
「沸騎士たち。お前たちも戻ってこい」
「ンン、にゃ」
俺の声と、指パッチンの音に、鼻が綺麗になった黒猫が反応。
そのまま小さい前足を舌で舐めながら頭を上下に動かす仕草を取ってから、肩の上に戻ってきた。
「……我らもお役目は終了ですかな」
「またお呼びください。いつでも、名剣・黒骨濁の技を閣下に捧げまする」
「元気だな、このまま狩り&訓練を続けていてもいいが、ひとまず、魔界に戻れ」
「ははっ、逝ってまいりまする」
「同じく、閣下ァァ――」
切腹はしなかったが、沸騎士らしくぼあぼあと沸騰しながら消えていく。
指輪の闇の獄骨騎も一瞬、唸ったような感じがした。
この沸騎士たちと繋がっている闇の獄骨騎も誕生の地が近付いているのをわかっているのかもしれない。
沸騎士と繋がった指輪だが、インテリジェンスアイテムのように、別の意思が宿りしゃべり出したら面白いかも。
「さ、ゾルの家はあそこだ」
あの青色の輝きがモンスターの侵入を阻害する。
石塔は前と同じく、ゾルの家を守る防人のように、この魔霧の渦森の中で輝き続けていたんだな。
「ンンン――」
黒猫が先に走る。
ここを出る時の気持ちを思いだしているのかも。
俺も懐かしい思いを胸に抱きながら「ロロ――」ルシヴァルの力を見せてやろうと――。
黒猫の後ろ姿を追いかける。
「ンン、にゃあ」
さりげなく<脳脊魔速>を使用。黒猫を置き去りにしたった。
二十秒後、<脳脊魔速>が自動的に切れた時、真剣な表情を浮かべた皆と共に黒猫が坂から上がってくるのが見えた。
『……素晴らしい加速です。閣下』
視界の端で宙を踊りながら現れる小型ヘルメ。
なんと、身に着けている衣装が変わっていた。
衣が幻想チックで美しい……。
ココッブルゥンドズゥ様と直に接触していた影響か?
それとも、時獏の魔力を吸ったせい? 神だけに、それを加味して成長?
仙技の初歩<精霊珠想>の影響かもしれない。
『……<精霊珠想>を用いながら、切り札を使えば、新しいことが起こりそう?』
『どうでしょう。わたしが閣下の全身、一部に薄く纏い付く形ならば、可能かと思いますが、ココッブルゥンドズゥ様の神像へ接触をしたように、わたしの身体の一部を外へ出すやり方ですと……きっとわたしは速度に耐えきれず、途中で、ちょん切れてしまいそうです』
『ま、<精霊珠想>の実験は後だな』
『はい』
ヘルメと脳内会話を繰り広げていると、
「……突然、坂を駆け上がっていくから、わたしたちが感知できない敵でもいるかと思ったら、ただ駆け上がっただけなのね」
「その通り、それよりここが、ゾルの家だぞ」
納屋と連結する小屋を腕で指す。
「うん、ここが兄の……」
ミスティもゾルの家を見ていった。その顔色は、やはり悪い。
彼女は覚悟をしていたはずだが、やはり……。
「ンン」
黒猫は俺との競争に負けたが気にしていない。むしろ一緒に遊んだ気分なのか、喜んでいるようだ。足に何回も頭を衝突させている。勢いあまって太股に上ってくることもあった。
必死さが可愛い、少し爪が痛いと言えない。
相棒はつぶらな瞳で、『いっしょにあそびたい』というような気持ちを伝えてくる。
「ロロ様、甘え上手ですね」
「……だな」
股に抱っこさん状態の黒猫の小さい頭を撫でてあげていく。
すると、
「ここから入らんのか? 俺が先に入るぞ」
ハンカイが、ユイが寝かされた納屋倉庫に入っていった。
「あ……」
ミスティは先にずかずかと入っていったハンカイの様子を見ながら、声を漏らす。
まだ動揺している。
「では、わたしも」
ヴィーネが続き、黒猫も入っていく。
俺はミスティの背中を押してあげるように、背中から、
「……ミスティ、部屋に入る前に家族が眠る墓へ挨拶にいくか?」
そう語るが、俺が殺した相手は彼女の兄だ。
翳を落とすミスティの背中に対して強く、強い、償いの気持ちが……再度、心の中で持ち上がっていく。ごめん、な。命の遣り取りとはいえ……たった一人の兄を、かけがえのない家族を、俺が奪ったのは変わらない。光魔ルシヴァルの眷属、兄だと知らなかった、彼女が殺したかった、とかは、いいわけにはできない。
「あ、マスター、うん、そうね……お願い」
振り返った彼女を見つめようとしたが、視線は合わせられなかった。
「……マスター、そんな顔をしないで、兄はユイとマスターを殺そうとしたのよ?」
「そうだな……こっちだ」
「うん」
優しい笑みを浮かべたミスティ。彼女をゾルとシータのお墓へと案内してあげた。
墓はあの時から変わらない。多少色褪せているが、同じ形だ。
その墓をジッと見つめて佇むミスティ。萎えた一対の花は、墓に供えられている。
一呼吸した後……ミスティは泣いていた。
「兄貴、シータさん……糞、糞、糞……」
その様子に、自然と、頬に一粒の涙が流れた……そのまま目にゴミが、なんたらの、言葉も上手く口から出ず、頬を乱暴に拭っていた。
「兄貴、バカ兄貴、糞、糞、糞……」
ミスティは萎れた花の前で崩れ落ちていた。
「この枯れたお花は、シータさんが好きだった……」
「スミレの花か」
ミスティは振り返り、
「知っていたのね、紫の綺麗なお花。シータさんは髪飾りにしていた。当時は、研究バカな兄貴も、女心をわかっているじゃない。とか感心していたっけ……」
ミスティは泪が止まらないまま喋っていた、俺も釣られて泣きながら頷いていた。
「もう、マスターが泣いてどうするのよ」
「すまん、ミスティの身におきたことを考えると」
「……ふふ、ほんっと――吸血鬼一族とは思えない顔よね」
ミスティは笑みを見せてから立ち上がる。綺麗なお姉さんのように博士ポーズを取った。単に眼鏡の位置を直しただけだが。
「……お前もな? さ、もう挨拶はしただろう、皆が入った家の中に向かおう」
「うん」
……ミスティが俺の前を通った時。
ゾルとシータの墓から微かな風を感じられたのは気のせいだろうか。
その背中に感じる微風に押されるように歩き出した。




