三百二十三話 旅の一座
姫と伯爵たちとの親密な空気が俺たちをすっぽりと包む中。
沸騎士ゼメタスとアドモスのコンビは即座に魔界セブドラに戻る。
イモリザは俺の指となってもらった。
その指を確認してから、眷属と猫たちを連れて廊下に出ようとした時。
「ンン」
と黒猫が肩から離れて着地。
姫様と別れることで鳴いたと思ったが違うのか?
黄黒猫とじゃれあいを始めてしまった。
更にちょうどいい爪研ぎの玩具と思ったのか……。
二匹とも音楽が聞こえてきそうな勢いで、ハンカイの短い足に絡んでいく。
「な、なんだぁぁ、俺の足は餌じゃないぞ」
「ンン、にゃ」
「ニャ、ニャ~ン」
二匹はハンカイの太くて短い足が気に入ったようだ。甘噛みされまくる、ハンカイの背が低いことも視線が合うことで気に入ったのかもしれない。
ドワーフの中ではかなり大柄だが……あ、爪研ぎが目的ではないらしい。
ハンカイの脛当て防具の匂いを嗅いでいた。
猫たちは防具の間から露出した足首あたりの匂いが気になるようだ。
小鼻のピンクの穴を広げて窄める。
ふがふが、ふむふむ、ぶぁぁ、匂いがたまらん。といった面の可笑しな猫たち。
一生懸命に匂いを嗅いでいた。ハンカイの強烈な匂いに嵌まったのか……。
髭の根元の頬を膨らませていた。必殺ダブルな、臭ちゃぁ~な顔となる。
ブサイクな表情を披露。フレーメン反応だ。
あはは、面白い、
「ンン、にゃお」
「ニャ、ニャアァ」
猫たちは頭部を傾けながら互いに視線を合わせて鳴き合っている。
微笑んでいたミスティだったが、急に真面目な表情となり、
「興味深いわね、匂いを語り合っているのかしら? 獣貴族の古典話を思い出す」
と発言しつつ姿勢をかがめながら猫たちへ手を伸ばす。
が、黒猫と黄黒猫は、ひょいと小さい頭を動かし、ミスティの手を避けると、また、ハンカイの脹ら脛へと一心不乱に頬を当てて擦り出していく。
「むむむ、俺の足がそんなに……」
ハンカイはなんともいえない表情を浮かべている。
「……アーレイの黄と黒が混ざった毛の部分、茶色ね。つむじのようになっていてかわいい……」
ミスティは両膝を曲げた体勢なので、デルタゾーンから黒いパンティーが見えていた。
俺の視線に気付いたミスティは急いで膝を違う方向に傾ける。
宥めるような笑顔を向けるミスティ。
小さい唇の間から少し舌を出して、『このスケベ男』と、文句をいうような視線を寄越してきた。額の紋章をバンダナで上手く隠していることを再確認。
そんなミスティの鳶色の瞳を見つめながら、笑みを作って応えた。
そんな綺麗なお姉さん風のミスティさんだが、途中で目をそらして爪を噛み悔しがるように小声で糞を連発していく。
鳶色の瞳はハンカイになついている猫たちを見ている。羨ましいらしい。
それより、ヒュレミだ。
心配しながら、正義の白と黒をつけるゼブラ模様の大虎ちゃんは……どこだ、と探す。
いた。ヒュレミは、どーんっと座っていた。
必殺のスコ座りで腹を舐めている。
グラビア写真でも撮るように腹をおっぴろげた状態だ。
心配していたお腹は元通り。よかった。大丈夫そうだ。
別にうんちをしたわけではなさそうなので、余計に安心した。
「んじゃ、外に出るぞー」
猫たちに声を掛けると、
「ンン、にゃぁ」
「ニャァ」
「ニャオ」
足下に来た猫たちの頭部を撫でてあげた。
それから黄黒猫と白黒猫を掌ほどの陶器人形に戻す。
その人形たちを懐に保管。
仲間たちと一緒に部屋を出ようとした時――。
ざわつきながらも遠慮を感じさせる動きで、華やかな衣装を着込む方々が近寄ってくる。
商人かな?
「命の恩人様! ありがとうございました」
先頭に立つお爺さん。
挙措がしっかりとした立ち居振る舞いだ。
お爺さんは、年齢に見合う皺と立派な顎髭を生やしている。しかし、命の恩人か……。
正直、姫と伯爵たち以外の命は意識していなかった。
だから、お爺さんへ謝るように、素直に助けたわけではないことを意識して、
「……いえいえ、たまたまなので」
「そんなことはないですぞ。たとえ、救う気がなかったとしても、あなた様のような強者の槍使い様がここに居なければ、我々は……」
涙ぐむお爺さん。
俺の態度が謙遜に見えてしまったようだ。
それを見ていた他の商人が、
「英雄な槍使いさんよ~そこの爺さんのいうとおりだぞ! 俺は生肉を腐らせないためだけに隊商に雇われている、しがない暮らしの冷却魔法使いだが、命が助かったのは事実だ。感謝しているぜぇ」
そんな声が響く。
他にも、
「暁の古語の翻訳家ですが、感謝しています! 妻に会える。助けてくれてありがとう」
「わたしは古美術連盟のアキサト。助けてくれたお礼に古美術商会宿の永久無料券をあげる! それに、いい男だから、連盟の護衛に雇いたい!」
……古美術商会宿の永久無料券はいいかもしれない。
どこにある宿か分からないが、
「デュアルベル大商会に所属しているピノコのんお。幹部仲間に自慢する予定だったテイムしたばかりのモンスターをあげてもいいのんお! 命の恩人だもののんお! 大好きなカレーもあげるぅのんお!」
ピノコのんお?
言葉が変な女の子だ。
小さい手を機敏に動かしていた。
どんぐりまなこで、天真爛漫さを感じるし、かわいらしい。
「ピノコ興奮しすぎよぉ~。でも、いい男が、悪者をばったばったと倒して、あたし興奮しちゃったわ~。同時に感謝しているわよぉ~。命の恩人だし、逃さないんだからぁ」
「リンキのお姉、髭が飛び出ているからだめのんお」
オネェさんは放っておいて、あの子は、のんおちゃんと名付けよう。
「男もいける方かもしれないでしょ!」
デュアルベル大商会の女の子ののんおちゃんは、キャネラスの知り合いか?
彼女の足下にはアルビノの子ライオンと子リスのような動物が居た。
子ライオンには、尻尾が五本あり、その内の一本の先端が三つ矛となっている。
見たことのない動物、モンスターだ。
そんな助かった人たちの、興奮した口調で語る、感謝の言葉を耳にしながら、
「……単に、運も味方したと気軽に考えてください」
少し照れながら、ざっくばらんな態度を意識して話をした。
「気さくな方だ……確かに運勢はあります」
そう語るお爺さんの目の奥が光る。
背丈も伸びたように感じた。
お爺さんは、
「この巡り合わせを齎してくださいました運命神アシュラー様に感謝ですな。ですが、相手は運命神様のことなど気にしない恐王ノクターを信じる輩たち。そして、伯爵様の暗殺を実行しようと乗り込んできた本格的な闇の集団。無慈悲に商人たちが死んでいく様子からしても、たやすく、暗殺、虐殺が実行できる強者たちでした」
確かに、俺と戦った猫獣人の兄弟たちは凄腕だった。
魔槍を使いこなす槍使い、時獏を用いた様々な武器使い、弟の大剣使い……。
「あなた様がいなければ、一座諸共、全員が死に、奴隷、または生きていること自体が辛い状況となっていたことは確実でしょう。だからこそ、今、この場で皆様が感謝していたように、わたしも深く深く感謝しているのです。本当に、本当にありがとう」
お爺さんが目頭を熱くし必死になって、何度も頭を下げて、お礼をいってくれた。
思わず、折り目正しく、皺が目立つ手を取り、「頭を上げてください」と促した。
しかし、このお爺さん、魔力を宿した指輪を……。
『初見で気付きませんでしたが、今、このお爺さんから魔力の動きが……』
『ま、丁寧な人には変わりないだろうし、気にするな』
ヘルメと脳内会話をしながら、お爺さんの手を離す。
「ありがとうございます」
お爺さん、いい笑顔だ。
そして、お爺さんの背後に佇んで笑顔を浮かべている種族の方々は、商人ではなくて旅芸人たちだったのか。
しかし、このお爺さん、身につけている物は魔力が漂うアイテムばかりだ。
双眸に魔力を宿しているし、実は強者か?
そこに、
「ベン爺のいうとおりよ! ありがとう槍使いさん」
こぶりな姿の獣人さんも挨拶に加わった。
種族はサザーと同じだ。
前頭部に一対のダックスフンド系の犬耳を持つ。
小柄な胴体は柔らかそうな羊のモコモコ毛だ。
相棒も触りたいはず、触っていないが。
ノイルランナーのことを今まで勝手に小柄と考えいたが小犬のほうが実は正しいのかもしれない。
「救って頂きましたことは忘れません~」
子犬獣人のことを考えていたら、緑色の長鞭を手に持ち、モデルのように足がすらりと伸びた女性芸人も登場。綺麗な踝の形から副長メルの姿が思い浮かぶ。
旅の一座の美人芸人か。
ミニスカートの縁についたヒラヒラも綺麗で生々しい太股が……男のエロ視線は、ヴィーネさんから納豆のごとく粘り気のある視線が来そうだ。
ということで、あまり変わらない気もするが真面目に涼やかな女芸人さんを見よう。
眉尻の切れが深く、化粧道具で整った眉だ。
芸人というより女優なのかもしれない。右の額に小さい傷があるが、そんなのは些細なことだ。
見開いた目は力強いが、繊細そうな茶色の虹彩はくるくるとよく動いていた。
頬は、ほんのりと少し赤い。鼻筋は細く通り、少し尖った唇。
小さい顎が魅力的。
「……唇が綺麗な美人さんと可愛らしい獣人さんを救えたのはよかった」
本心で語る。
「まぁ、嬉しい言葉ですわ」
優美な仕草で一礼してくれた。
「ありがとう!」
「はは、この老いぼれのランプ使い、ベンジャミン・スモークも混ぜてくださいな」
ベンジャミンさんが名前か。
お爺さんらしい、好々爺の笑みを浮かべると、渾名と自分の名前を名乗ってくれた。
そのベンジャミンさんへ、頭を下げてから、
「俺の名はシュウヤ・カガリといいます」
「ご丁寧に……では、シュウヤ様。我らにできる最大のお礼をお受け取りください。幾つかある冬至祭では、名が通っていると自負しております【旅一座・稀人】が送る「秘術騎士と旅娘の恋」の演目をご披露致します」
ランプ使いのベンジャミンさんが、そう渋い口調で演目の名を語ると、本当に掌の中に「魔法のランプ」を出現させている。
指輪型のアイテムボックスから出現させたのか?
指輪の一つがランプになっているのかもしれない。
そして、ベンジャミンさんは踵を返す。
俺たちに背中を見せると、ランプを頭上へ掲げた。
そのランプは役者たちを照らす特殊な光源となる。
まるで舞台照明の光。優しい光にも見える。
照射の光には魔力が内包しているから、特別なのかもしれない。
優しい光が当たった役者たちは表情を輝かせて、ハキハキと小気味よく、短い自己紹介を始めていった。
足拍子を立て白石の床を駆ける鱗皮膚の役者が、
「――さぁさぁ、あり物がありませんが、ここから始まりです~」
面白い。もう即興の演技が始まっているらしい。
【旅一座・稀人】には子犬獣人以外にも様々な種族の役者たちがいる。
先ほどの唇を褒めた美人さんがヒロインなのかな。
急な展開だと思うが、皆、経験豊かな芸役者だと感じさせた。アドリブでも慣れているらしい。
更に、リュートをつま弾く吟遊詩人のような女性も現れて、テノールのはつらつとした声を響かせる歌手のエルフも鷹揚な態度で登場。
一層華やかな雰囲気の演目となっていく。
エルフ嫌いのハンカイが眉を顰めるが、俺は構わず。
機嫌を悪くしたハンカイから邪念を感じた黒猫は肩に戻ってきた。
肩の位置で両前足を胸元に仕舞う香箱スタイルで、ジッと演目を眺めながら待機していたが次第に演劇に興味を失ったのか、眠るように、俺の頬に頭部を寄せてきた。
頭部に生えた短い黒毛は、絹のような肌触りで……気持ちがいい。
そして、俺の頬から首と肩に寄り掛かる黒猫の小さい体重が、また可愛すぎる。
……思わず目を瞑って寝ている黒猫さんを起こすように撫でたくなった。
だが、我慢。そのまま寄り掛かってくる体重を感じながら寝かせてあげた。
小さい幸せを感じながら、美女たちが織りなす演目を楽しんでいく。
演目の内容に、毒を盛られた貴婦人がいたり、なんでも癒やす万能薬として登場するリンバルの解毒剤の名があったりと、タイトルに恋が入っていたが、内実はミステリー仕立ての展開で飽きがこない。目に宿るヘルメ。眷属のヴィーネ、ミスティも演目を楽しんでいる。伯爵様と姫様も楽しんでいた。
晩餐会は断ったが、晩餐会の続きの二次会といった雰囲気だ。
そうして、演目が終了。最後に騎士さんが悪者を退治して終わる話だったが、面白かった。
「ンンン」
皆の拍手とねぎらいの言葉で、肩で寝ていた黒猫が起きた。
演目が終わったとわかったらしく、紅色のつぶらな瞳を俺に向けて喉声を鳴らす。
俺はアイコンタクトで応えた。
「ンン、にゃお」
と鳴いて『先に外へいくニャ』というように肩から跳躍し、白床に降りた黒猫。
『今度はわたしが主役ニャ~』という感じに、広間を楽しげにステップを踏むように駆けていった。
黒猫は役者の方々に猫パンチを喰らわせてから、逃げるように外の中庭に向かう。
俺も外に出るか。演目を楽しませてくれた一座の代表者ベンジャミンさんに改めてお礼を述べた。
姫様にもう一度視線を向け、
「ネレイスカリ、さっきの言葉であれだが……」
「……はい、シュウヤ様」
傍で一緒に劇を楽しんでいたネレイスカリは、悲しげな表情を浮かべてしまった。
だが、お別れだ。
「姫様、またどこかで」
そのタイミングで、ネレイスカリの目頭から落ちていく……泪を見てしまう。
だが、何も言わず。今度こそ、本当に踵を返す。
窓ガラスがあった場所から中庭へ向かった。
中庭は鉄分とアンモニアの匂いが漂っていた。
血の匂いだ。矢が刺さった死体がまだ残っている。
そんな死体が散乱した中庭の大岩の上に立派な四肢を乗せた神獣ロロディーヌは待機していた。
ロロディーヌは俺たちの姿に気がつくと、全身から触手を伸ばしてくる。
皆の腰へと、その触手を巻き付かせると、俺の腰にも巻き付かせてきた。
その際に、先端にある肉球をモミモミするのは忘れない。
……柔らかい。
そんな感想を抱いているとあっという間に、神獣ロロディーヌの背中の上に運ばれた。
黒毛の上に降り立つと、腰に巻き付いた触手は自然と離れて、上向いてから先端が俺の首にくっつく。
平たい先端から伝わる感覚はいつもの共有だ。
背中に乗った仲間たちの様子を見てから『準備はいいぞ』と、神獣に念じる。
「ンン、にゃあぁ」
神獣ロロディーヌは『了解にゃ~いくにゃ~』という感じの掛け声で鳴く。
その直後――竜のような黒翼を横へ広げる。
伯爵の屋敷をその黒い翼が覆って見えた。
一気に翼を羽ばたかせて空へと舞い上がる。
あっという間に空上だ。
胴体の横から生えた黒翼は大きい。
黒翼だけを見たらグリフォンより、鱗はないが、竜に近いかもしれない。
そんな神獣ロロディーヌは黒翼と長い尻尾の角度を変えた。
自然と魔霧の渦森の方向へと頭部を傾けて、勢いよく滑空していく。
その際に、丘の上を走る野生馬たちの姿が眼下に見えた。
轍がついた道だ。
蛇の目の模様を作りながら続いている光景もある。
神獣は角度を急にすると、真っ直ぐ飛翔していく。
途中、邪魔な脳髄かクラゲ的なモンスターを飲み込むように食べたり、首に謎の刻印を持つ黄色い鳩を追いかけたりしていた。
頭部に天使らしい環を持つ天界の戦士と歪な腕たちが一カ所に集結している気味の悪い怪物が戦っている現場に遭遇した、ブーさんの一族だ。
互角の戦いだったが互いに絡み合いながら墜落していった……。
墜落した場所はハイム川の岸辺近く。小さい木製の家屋が点在し、衝突した家はばらばらに崩壊していた。一瞬のできごとだったが……悲惨な光景。
「……ご主人様、あの神界セウロスに関係する戦士か騎士はペルネーテ以外にも多いのでしょうか」
「神界のブーたち。図書館に古い文献があったけど……戦っていた腕の集合体は見たことがない」
「墜落した腕の集合体なら見たことがある」
形は違うが、似たようなモンスターだった。
「それはどこですか?」
「覚えているぞ、俺が捕まっていた魔迷宮だろう?」
ハンカイは昔を思い出したのか語る。
「そうだ」
「魔迷宮。ヘカトレイル近郊の有名な迷宮。だからか。神界勢力との争いはありそう」
ミスティの言葉に同意しながら操縦桿を意識。
グリフォンを超える機動だ。
空の王者気分で飛ぶ神獣ロロディーヌに乗った旅。
前と同じように全身から煌びやかな魔力粒子のようなモノを出しているからあまり向かい風は感じない。
そして、滑空が、また急角度になった。
「――きゃぁ」
ヴィーネが悲鳴を上げて腕に抱きついてきた。
すると、魔霧の渦森らしき場所が視界に入る。
遠くからでも……上空からだと、この森の異質さがよくわかる。
俺の腕を掴んでいるヴィーネは、気を取り直して、霧の上部を見ながら、
「……空に蓋があるように見えますね」
確かに森を覆うほどの異常な霧だ。木星の台風の塊の白煙に見えた。
渦森という地名がつくだけのことはある。
俺とユイは、こんな森を歩いていたんだな。
「だが……蓋というより、鍋か? 鳥翼の鍋」
鳥肉を生かした鍋料理が食いたくなった。
「はい、空飛ぶモンスターが異常に多いですからね」
ヴィーネの話の通りハーピー系の鳥型モンスターだけではなくガーゴイル系のモンスターが白霧の中を泳いでいた。
「ならば、今日のランチは鳥鍋だな? ブタント族秘伝の鍋料理の出番か。鶏系モンスターのモモ肉は美味だぞ」
まさか、ハンカイからランチという言葉を聞くとは思わなかった。
笑みを作り、
「――ハンカイは空を飛べるのか?」
「……いや、シュウヤ、なぜ背中を掴もうとする……」
「空から突っ込んで鳥料理を作るんだろう?」
ハンカイが両斧を持ちギューンッと空を突き進む光景は面白いかもしれない。
勿論、冗談だが。
「――やめいっ。俺を具材にするつもりか! それに、シュウヤじゃあるまいし、地上に降りてからの話だ」
「ははは、冗談だ」
とわざと視線を強めながら語った。
「冗談に聞こえないから怖い。シュウヤが訓練の時に見せていた<導想魔手>という魔力を用いた特別な手を作るような秘技が、俺も使えれば……突っ込んでみるのも一興だがな?」
「ご主人様はふざけているだけですよ。ハンカイはルシヴァルではないのですから、そんなことはしません」
「そうだといいのだが。まったく不死の一族とは、皆、こう楽観的なのか?」
ヴィーネの言葉に同意しながら、玉葱頭を揺らすハンカイ。
「たぶん、俺だけだと思う」
「……いらぬことを聞いた」
ハンカイは冗談の会話だったとはいえ、眷属たちから聞いていた過去話を思い出したのか、ばつの悪そうな表情を浮かべていた。
「いや、気にするな。今は皆、前を見ている」
腕に抱きついているヴィーネとミスティへ視線を配りながら語った。
「前を見る。確かにそうですよね。先ほどの相対した相手が強いことはわかりますが、わたしも、どれもこれも学ぼうとして、本ばかり読まずに、他の<筆頭従者長>たちのように、僅かでも実践を経て成長したい……今回のご主人様との、旅がよい切っ掛けになりそうです。この魔霧の渦森を利用して、自身の成長に繋げたい」
腕に抱きついていたヴィーネが身を寄せてから、語る。
靡いた銀髪が頬に当たる度に、いい匂いが香った。
「そうだな、賢いヴィーネならできるさ」
「はい」
自然とヴィーネの細い腰に手を回して強く抱き締める。
青白い皮膚の首筋に唇が当たりそうになった。
ヴィーネは潤んだ瞳でキスを望むような表情を浮かべる。
「まったく、みせつけおって」
「そりゃ、俺の眷属だからな。しかし、そろそろか? というか……こんな霧の中じゃゾルの家がわからないが」
「確か結界の石塔があるのよね」
「……そそ。だが、空上から青白い光を見つけるのは難しい。というか見えない」
『わたしでも、無理です。あの魔霧は挾間が薄く、魔力が濃い』
ヘルメがいうならそうなんだろう。
「ま、話をしていたとおり、地上から探しましょう」
ミスティの言葉に頷く。
「突入するとして、もう何度か話をしたが、森の中はモンスターだらけだからな」
「了解、マスター。<虹鋼蓮刃>の次は金属杭の<投擲>実験をしようかな。土属性の魔法も少し使えるけど詠唱が必要だからね」
「……そうですね。ミスティのように、ルシヴァルとしての戦い方を模索したいです」
ヴィーネは心の目で見るように羨望の眼差しをミスティへ向けていた。
血を用いた技をいち早く研究していたミスティの力に信奉している表情だ。
そして、自らに気合いを入れるためか、銀色の長髪をゴールドタイタンの金糸で一つに纏めていた。
男殺しのポニーテールだ。素晴らしい。
「前向きか……いい言葉だ。シュウヤたちといると心が晴れる。俺もがんばろう」
ハンカイはゆるい風が頭部に当たり、玉葱形の髪型が揺れていた。
そして、真摯な態度、厳しい表情だが、面持ちがふと緩む。実は笑顔かもしれない。金剛樹の鎧の出っ張りに両腕を置くように組んでいた。
そのまま神獣ロロディーヌは魔の霧へ突入、霧が濃い場所を抜けて森の内部へ降りていく。
神獣の巨大な四肢が樹をなぎ倒し、長い尻尾で地面の表面をえぐるように着地した、随分と派手に着地したな。
蝙蝠型モンスターと甲羅皮膚を持つ虫型モンスターが吹き飛んで潰れている。ここは左に緩やかな傾斜の崖があり、右は樹だらけの場所だ。
「ン、にゃあ」
『到着ニャ』と、知らせるロロディーヌ。
「ここが魔霧の渦森か――」
腰に巻き付いた触手が離れると、金剛樹の斧を両手に持ったハンカイが、最初に駆け降りていく。
皆も腰に巻き付いていた触手から解放された。各自、神獣ロロディーヌの背中を撫でてから、一気呵成に飛び降りていった。神獣の背中から全員が降りた直後、ロロディーヌはいつもの黒猫の姿に変身すると、湾曲した根っこの出っ張りの上に跳躍しちょこんと乗ると後ろ脚を揃えた人形のような姿勢でこちらを見つめてくる。
そんな黒猫の背後にはたくさんの樹の根っこが地面を縫うように広がっていた。
巨大なブーメランの形で、下から潜れそうな根っこもある。
そして、魔霧の渦森らしい四方八方から魔力、魔素の反応を掌握察で感じ取った。
さぁて……早速、狩りモードだ。
ゼメタスとアドモスにイモリザとツアンピュリンのいずれかを呼ぶとして、猫たちは陶器人形のままかな。と指輪を触ろうとした時、
「前方はお任せを」
ルシヴァルらしく血色に双眸を染めたヴィーネが頭を下げながら語る。
先ほど自ら語っていたからな、前向きに狩りをすると。
「いいぞ、適度に道を切り開け」
「はい!」
ヴィーネは気合いを入れて踵を返す。颯爽と風のように駆けていく。
背中から見えるポニーテールが非常に似合う……。
あの森の中に消える姿は、まさにダークエルフだ。
忙しくなりそうだ。アイテムボックスに保管してある神なのか怪物なのかの判断がつかない箱の確認は、もう少し先かな。常人とは違うが、ハンカイが疲れないペースで進むことにしよう。
……ハンカイのことだから「そんなことは一々構うな、俺はブダント族だぞ」と、怒りそうだが。
明日更新します。
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