三百十三話 幕間ヴェロニカその二
2021/01/06 16:46 修正
ベネ姉とメルのお楽しみの数日後。
今日はそのベネ姉を隠れ家に招待した。
白猫のマギットと一緒。
皆と秘密のコレクションルームの一角で、オセベリア三百年時代の雰囲気のある椅子に座り、ゴブレット片手に血を楽しむ。ふふ♪
お気に入りの料理を食べていた白猫が、わたしの笑みを見て、
「にゃ~」
と、鳴いてきた。
「マギットが食べているのは、またあの魚?」
「うん」
「……あたいたちが、がんばって儲けたお金が、マギットの餌代として消えていく」
ベネ姉が語るように白猫が食べているのはカソジックの高級料理。
しかも、カソジックのお魚を細く切り分けて、その切り身にオリーブオイルとペソトの実を細かくまぶして焼いた本物の高級料理。
そんな高級料理が白猫専用の巨大ワイングラスの上に盛られた状態。
……いったい、どこの貴婦人さんなのかしら?
という構図なんだけど。
その巨大ワイングラスが何個も並んでいるし。
マギットは本当に贅沢。
昔から高級なモノを選んで食べていた。
ま、中身は多頭を持つ白狐の荒神マギトラ様だから、仕方がないのだけど。
「……確かに餌代は掛かるけど、わたしたちの守護猫様だからいいの」
「まぁ、様々な戦いで切り札的な存在だったことは認める。そして、最近じゃ、キャッタリングサービスを、どこかの貴族御用達の商会が始めたようだからねぇ……」
「専属のシェフに高級料理を作らせるサービスね。実は昔から存在したのよ?」
「へぇ、ペルネーテで育った都市エルフのわたしが知らなかった。昔からあったんだねぇ」
「オセベリアの王族は、王太子が代々古竜との繋がりを持つでしょう? それ関係で秘密のサービスがあったらしいわ」
「ハイム川から連なる穀倉地帯を大量に持つ王国の秘密のサ-ビスか。国民の大半が知らないのなら、食費が並ではないんだろうね」
「竜って、そもそもどれくらい喰うのかしら。総長が飼ってた幼竜は色々な物を食べていたらしいけど……」
ベネ姉は白猫に視線を移す。
「マギットのお腹が膨れている」
「美味しい物を食べ過ぎて、お腹が膨れちゃった」
「戦いに影響がでるぞ、守り神。太っちょ猫ちゃんも可愛いが」
ぽっこりお腹をペロペロと舐めていた白猫はわたしたちを見る。
総長はスコ座りだ。
と座り姿勢の名前を教えてくれたけど……。
わたしたちにはおっさん座りにしか見えない。
白猫のギラついた視線は怖いわ。
でも、わたしたちの言葉を聞いて、白猫は……『太っちょ? 聞き捨てならないわ』といった感じだと分かる。耳をピクピクと動かす白猫。
「にゃご」
と機嫌悪そうに鳴く。
すぐに前足を舐めていく白猫。
でも、あの魚料理……。
美味しそう……わたしも欲しくなってきたんだけど!
あ、また食べ始めた。
お人形さんスタイルの丁寧な姿勢で食べているけど、首元の緑封印石の首輪から緑色の魔力が零れているし。
「贅沢な守り神の猫ちゃんだ」
「にゃ~」
「マギット、いいから食べてなさい」
白猫は喉声を小さく鳴らしてから、また、魚料理を食べ始める。
そのタイミングで、ベネ姉が思い出したように口を動かした。
「……メルは、今頃は父親のところかな?」
「そうさね、ちゃんと伝は作れた。避けていた理由も思わず納得する理由だった」
「聞いた聞いた」
ベネ姉は何回か首を縦に振ってからゴブレットの縁を口に含む。
ごくごくと血を飲む喉元を見ながら……。
わたしはメルから聞いた父親の魔人ザープのことを考えていった。
お尋ね者の魔人ザープ。
魔人キュベラスと繋がりのある裏武術会と揉めごとを起こし、多数の絡んできた闇の闘技者たちを始末したことで、勘違いした武術会の蚕から狙われるようになった話。
普通の人族を強制的にハイニューマというゴブリン系の亜種に変えて傀儡化する闇ギルドの【髑髏鬼】に所属する紅のアサシンと<血層>の浸透系の技を巡って対決を続けている話。
十二樹海の結界主、邪神トリベラーの使徒、神界の戦士ル・ジェンガ・ブー、闇の教団ハデスの幹部、【陰速】のホラー兄弟、魔人キュベラスたちによる乱戦で、左腕と左胸の一部に傷を負ってしまった話。
天凛堂のシロクと酒場で意気投合した話。
鉄塊ブリアントが率いるパーティーの呪神の化身ソーティンバン戦に陰から協力した話。
【黒の預言者】が一人、魔人キュベラスが持つ秘宝〝獣貴族〟を巡る争いの話。
魔法都市エルンストを魔法の技術力では超えていると言われる【ミスラン塔】を本拠にする、知恵の神イリアスの【輪の真理】の九紫院の一人、ワーソルナとの〝賢者の石〟を巡る争いに巻き込まれた話。
魔人ザープには多種多様の争いの歴史があった……。
だから、この迷宮都市で活動していたのね。
と、話を聞いている最中に納得していた。
メルから聞いた魔人の父親のことを考えていると、ベネ姉が唇を動かす。
「この間のことだけどさ……もしかして、メルだけじゃなく、【月の残骸】も魔人ザープに守られたこともあったのかもしれない」
「そうねぇ。天凛堂の時は、胸騒ぎがしたと、ザープ本人が語ってたとか」
「うん。天凛堂に知り合いがいたことも関係があるだろう。やはり娘を思う父だったんだ」
「ザープはお尋ね者で賞金が懸かった変わったメルの父親だけどさ……実は、娘のメルを大事に想って、自分の戦いに巻き込まないためだったようねぇ。父というか男の心を感じるけど、もう少し柔軟になれば、メルも……」
ベネ姉はわたしの言葉に頷く。
「お尋ね者の賞金が懸かった理由にも……」
「……深い理由がありそう。メルも愛されていたってこと」
ベネ姉は頷く。
少し間が空いたので、思案気な表情のベネ姉に聞いてみよう。
「話を変えるけど、眷属の<筆頭従者>になった感想は?」
「……急になんだい?」
ベネ姉は目を瞬きした。
「ベネ姉の顔を見ていたら聞きたくなったの」
「わたしの顔?」
「ううん、気にしないで」
ベネ姉は微妙な顔色を示すが、途中から、にっこりと微笑みを讃えると、
「……そうさねぇ。やはり、他の吸血鬼にはない、この血文字での連絡は便利さ」
と、血文字を打つベネ姉。
「血文字。やはりそれが一番よね。ルシヴァルの紋章樹にあるように、わたしたちは吸血神ルグナドの支配から離脱しているから変身ができないけど」
「その変身といえば、ヴェロっ子の鴉の姿は見たことがなかった」
「……<従者長>だったけど、わたしが子供だったせいか、まだできなかったの。今思えば、禁忌と揶揄される証拠だった。その代わり、宿のお手伝いさんのイリーとしての、衣服を含めた軽い<変身能力>と、<血剣>のスキルに恵まれた」
「そっか。ヴェロっ子の言葉を借りて、昔は昔だ」
「ふふ、この間の言葉を覚えていたのね」
「そうさ。ところで、<筆頭従者>となったあたいも将来的には眷属が持てるように?」
「うん、当然」
「あたいが眷属……今はヴァンパイア系の感覚が増していると分かるだけで、貴族の女のように、難しいことを理解できるか分からないよ?」
ベネ姉はまだ自信が持てないか。
わたしを追いかけているルンスと同格なのだけど……。
「……時間が解決してくれるから大丈夫」
「さすがはヴェロっ子。時がたった重い言葉だ」
ベネ姉が少しふざけた口調で話しているけど、本音だ。
こめかみに力が入って、鷲鼻が少し動いていた。
「難しいことはメルに任せておけばいいのよ。そのメルが、『作戦行動とガバナンス能力が飛躍的に高まる。ありとあらゆることが、月の残骸のプラスとなるわ。これでニッチャー市場を勝ち抜けてプリミエル大商会を含めた連合組織の相手は無理でも、【星の集い】と【アシュラー教団】のコネを利用すれば、中商会商業連盟辺りと勝負ができる』と、わけの分からない言葉を連呼して興奮していたし」
「ははは、メルらしい。ゼッタの錬金商会の顔役でもあるメルは、色々と交友関係が広いからねぇ」
「船を利用したホルカーバムとヘカトレイルの貿易でもちゃんと利益を上げたから」
「抜け目のないメル。だから、眷属も使いこなすのは目に見えている」
「うん。今まで通り、わたしたちはメルに使われていればいいのよ」
ベネ姉はうんうんと頷いてから、口を動かす。
「で、さっきの話に戻すけど、あたい、生き方の幅が広がったような気がするんだ。でもね、もっと重要なことがあるんだ」
生き方よりも重要?
なんだろう。頭部を突きだしているし。
「重要なことって?」
「あたいの顔を見て気付かないのかい?」
ベネ姉の顔?
うーん。髪型かな?
元から髪の毛は短かったけど、短いなりに、総長との絡みのあとから、急に女らしく整えるようになったし。少し毛先を弄っている?
「髪型?」
「違う……」
「えー? なんだろう……」
鷲鼻、斜視ぎみの目、四角い顎……。
「なんだい、気付かないのかい?」
「わからないわよ」
「……顎が少し小さくなった気がするのさ」
もうっ、それが重要……って。
てっきり『家族だから愛している』とか、いってくれると思ったのに。
ベネ姉は顎の鰓を気にしているのね。
残念ながらまったく変わっていない……。
本当のことを言っておこう。
「……顎は、ほぼ変わらないわ」
「む、気が利かないヴェロっ子! あたいだって女なんだ。冗談でも褒めて欲しい時があるんだぞ」
ベネ姉は総長にかわいがってもらってからお洒落になった。
だから、気持ちは分かる。
「ふふ。でも、エルフの寿命でも生命観は変化していくのね」
わたしの言葉を聞いたベネ姉は、ゴブレットの縁を唇に当てる。
そのゴブレットを傾け、喉ごしが良さそうに血を飲んでいた。
「――その通り、<筆頭従者>としての感覚を得たことは大きい。これは素晴らしい力さ」
酒を飲んでいるような気分なのか、高揚したような表情のベネ姉。
そのまま、ワインセラーのようなコレクションの棚へと視線を向けていた。
「……この綺麗に並んでいる魔法瓶の中身は、すべて人族の血なのかい?」
「モンスターのもある。普通のヴァンパイア時代からのコレクションみたいな物」
「偉い。生きるためと分かるが、大量に集めたんだねぇ。これを飲めば、ルシヴァルとしての力が増していく?」
「ううん。そう簡単じゃない。<吸血>は大事だけど、新鮮さも大事。このコレクションは、単に血の補給と微妙に味が違うことを楽しむだけの物よ」
「そういうこと……」
「このコレクション、これからはベネ姉も飲んでいいから」
「ありがとう、遠慮なく貰うさ。あたいの女帝様」
ベネ姉……。
ヴァルマスク家たちのように、わざと丁寧に頭を下げていた。
「女帝ね。確かに総長の<筆頭従者長>の一人だからそうだけど、ベネ姉に言われると、むず痒い気分……」
「事実だし、いいじゃないか。そういう訳で、あと一人の<筆頭従者>はどうするんだい?」
「うーん、どうしよ。マギットになって欲しいけど、無理だし」
「カズン、ゼッタは選択肢に入らないのかい?」
「悪いけど……ね。それに急いで決めるつもりはないから」
「そっか」
ベネ姉はそこで、わたしの昔から装着している胸のネックレスを見つめてきた。
「ずっと前から気になってたけど、そのネックレス、お洒落だ。あたいもそういうのが欲しい」
うん、安物のアイテムボックスだけど、お気に入り。
アイテムだけじゃなく、悲しい想い出も詰まっている。
家族になったベネ姉には聞かせてあげるかな。
「これはね……」
◇◇◇◇
昔、白猫と旅という逃避行を続けていた頃。
サーマリアのムサカから、レフハーゲン辺りの川沿いを歩いていた時かな。
「マギット、気になるの?」
「にゃん」
「いいわよ、楽しんできて」
「にゃぁ――」
白猫は楽しそうに土手の下にある草むらに向かった。
ハイム川で魚取りをするらしい。
わたしも背丈と同じぐらいの草を斬りながら追いかける。
すると、岸辺付近の場所から喫水が深い川に飛び込む白猫の姿を見ることに。
船は通ってないけど、底が深い川で流れも速いし大丈夫かしら。
と心配していると、暫くしてから、川面から顔を出した白猫。
その口には大きい魚を咥えていた。
四肢を前掻きのように動かして器用に泳いでいる。
岸辺に戻ると、咥えていた魚を下ろして、体を震わせるようにぶるぶると胴体を回しに回して犬のように毛についた水分を周りに飛ばしてきた。
「もうっ、冷たいでしょ! でも、大きい魚。マギット凄い!」
「にゃあ~」
白猫は自慢気な表情を浮かべてから魚を食べ始めた。
ふふ、夢中に食べてる。
わたしは両足を抱えるように屈んだ。
白猫と一緒に魚を食べるように……。
「ガルルゥ」
と、いきなり唸る白猫!
まったくもう、『このお魚はわたしの物ニャ』と言いたいのね。
食べるわけがないのに! でも、美味しいかも知れない。
そんな川沿いを南下する旅は続いた。
すると、女の子の悲鳴が聞こえてきた。
女の子が川に流されて溺れかけている。
木材の残骸を掴んでいるから大丈夫そうだけど、手は小さい。
溺れるのは時間の問題!
「助けるから、マギットは見てて」
「にゃ」
――川に飛び込む。
流れは速いけど、わたしなら平気。
「きゃぁぁ」
泳いで女の子に近づいてから――。
「手に掴まって――」
彼女の鎧の一部を掴んで強引に抱き寄せる。
そのまま吸血鬼としての身体能力を活かす――。
女の子を抱えながら川を泳いだ。
やった、無事に岸へ戻ることができた。
当然、びしょ濡れの助けた彼女。
うなだれていた頭部をあげて、
「あ、ありがとう。わたし、泳ぎが苦手で……」
「ううん、いいけど、またどうして川に?」
「ライノダイルというモンスターを倒そうとしたのですが、そのライノダイルがわたしたちが乗った小舟に体当たりしてきまして……その際に、振り落とされてしまったのです」
だからなのね。
女の子はわたしより背が高いけど、女性は女性だもの。
仕方がないかも。
腰の剣帯にある武器は失っていないので、武器を抜く暇もなく落とされたようね。
「……そんなモンスターが川に?」
「人魚の皮をご存じではないのですね」
「? 生皮? 知らない」
「ライノダイルは吸水性の高い毛の皮だから、人魚の皮と呼ばれているだけですよ」
人魚ならお父さんから聞いたことがあったけど、ライノダイルは聞いたことがない。
「へぇ、強いの? そのライノってのは」
「わたしは冒険者ランクCですが、巨大なライノは強いです。群れから離れた小さいのは楽に倒せます」
「ふーん、手伝ってあげようか?」
「にゃ、にゃ?」
足下で話を聞いていた白猫!
『聞いてないニャ』とでもいうように、わたしの足に猫パンチを浴びせてくる。
たまには、ヴァルマスク家のことを忘れて慈善活動をしないとね?
そして、気付かれないように血を頂いちゃおう♪
と、邪なことを考えていると、
「本当ですか? 嬉しい。ギルドで正式にパーティーを組みますか?」
「ううん。ギルドがある場所まで戻るのも億劫でしょ。このままそのモンスターが出現している場所を確認したい」
冒険者ギルドって吸血鬼ハンターが無数にいるし。
怖いからね……。
「わかりました。こっちです」
そうして、女の子と一緒にライノダイルが無数に出現している場所に到着。
確かに、凄い数!
一列と化して川を渡る牛さんのようなモンスターの群れ。
あれがライノダイルね~。
あっちには、群れと群れが衝突するように頭突きをくり返すライノダイルたち。
水牛っぽいけど、大きさが違うようね。
そこに小舟に乗った冒険者たちが来て、暴れるライノダイルたちと戦いを始めた。
混んでるから……空いてる群れが集まるところ……。
――いたいた。
あのライノダイルたちを倒しちゃおっと。
「よーし、頑張っちゃうんだから。マギットはここで待機」
「にゃ」
大きい血剣は目立つから、普通の血剣を握ってシンプルに倒そう。
<血道第一・開門>で血の操作をしてからブロードソードを<血剣>で作る。
そして、血を纏わせた両足で川の上を颯爽と走り、血剣を振るい、ライノダイルたちを斬り刻んでいく。
殺したライノダイルは流されちゃうから、素早く死体を掴んで、血を吸い取りながら岸辺に次々と放り投げる――。
血塗れのライノダイルが空中を飛ぶ度に、周りから歓声が聞こえたけど、気にしない。
あっという間に、数十匹のライノダイルを狩り終えたー。ふふーん♪
「これをあげるね」
大小様々な二十匹以上のライノダイルを女の子にプレゼント。
「……凄い、短時間でこんなに沢山……」
「ふふ、もっと誉めて~」
「本当に凄いです……是非名前を教えてください。あ、わたしの名前はビビと申します」
「ヴェロニカよ。ビビちゃん、よろしくー」
ビビちゃんか。
よく見たら、健康そうで血が美味しそう。
「はい、ヴェロニカさん」
「さん付けはなしで。もっと気軽に」
「わかった。ヴェロニカ、よろしくね」
うん。笑顔がいい!
「ところで、ビビ、このライノダイルたちは持てるの?」
「大丈夫。アイテムボックスがあるの」
ビビはネックレス型のアイテムボックスへライノダイルを仕舞っていた。
「わー、便利そう。それって、どのぐらい入るの?」
「簡易型の安物だから、これでぎりぎり」
「凄い。それで安物? でも、ビビ、アイテムボックスを持つなんてやるじゃない。迷宮都市には豊富にあると聞いたことがあるけど、実はどっかの迷宮都市出身とか?」
「ありがとう。迷宮都市ではないの。これは少ないけど自分の稼ぎで虎獣人たちの商隊から買ったもの……形がお洒落なのもあるし」
いいな。欲しいかも。
「へぇー」
「ふふ。それじゃ、精算するから、少し距離があるけど、一緒にレフハーゲンのギルドに戻ろう?」
「うん」
「にゃあ」
「かわいい白猫ちゃん」
白猫がビビの脛に頭を衝突させていた。
「名前はマギット。わたしの守り猫よ」
「守り猫……使い魔の階級、位?」
「にゃ、にゃ~、にゃんお」
白猫は『違うニャ~、マギトラ様ニャ~』と喋っているのかもしれない。
「似たような感じ。気にしないで」
「了解、綺麗な首飾りを装着しているマギットちゃんも一緒に、町に戻ろうね」
「にゃ」
こうして、レフハーゲンまで一緒に短い旅をすることに。
彼女はよく笑う。
わたしも楽しくなって冗談を喋っていった。
とても楽しく、とても短い時間だった。
無事についた冒険者ギルドで、ビビは精算を行う。
わたしはギルドに入らず、外で待つこと数分。
ビビが凄い剣幕を浮かべて、出入り口から出てきた。
「凄い稼ぎ……今、分け前を……」
大金を得られたようね。よかった。
「要らない」
「え、お金は要らない?」
「うん。手伝えたし、短い間だったけど楽しい想い出ができた」
「にゃ」
「あう、だったら、これを差し上げます」
ビビは胸に下げていたネックレスのアイテムボックスを差し出してきた。
「え、だめだめ、ビビの大事な商売道具でしょ?」
「そうだけど、今回の稼ぎで、このネックレスより上位のアイテムボックスを買えると思うから大丈夫」
欲しいけど、ビビの大切にしている物のような予感がするから遠慮しとこう。
「うーん。でも要らない。その代わり、いい宿屋を紹介してほしいな」
「強情なヴェロニカね。一緒に旅をしてきた仲だから、知っていたけど……」
視線をわざと強めた。
「……」
「ふぅ……負けた。わかったわ。穴場のいい宿に案内してあげるんだから!」
ビビは可愛げのある強気な態度で先を歩く。
わたしは彼女の背中を見ながら、自然と笑みを浮かべていた。
今まで親しい存在はスロトお父さんだけだったけど、仲間っていいかもしれない。
ついたところは、古民家風の宿だった。
少し寂れていたけど、食事が美味しくお風呂も種類が沢山あって楽しめた。
そして、深夜、大きな月と小さい月の残骸がもたらす明るい月夜。
宿部屋から続く小さい庭にある台のような岩に座って、夜景を楽しんでいると、笑みを湛えたビビが近寄ってきた。
「ビビ、素敵な宿を紹介してくれてありがとね」
わたしは素直に礼を述べた。
ビビは笑みを浮かべて、胸に手を当てている。
「ううん、わたしこそヴェロニカと出会えてうれし――」
夜景が綺麗だから似合うと思った時、どこからともなく濁った足音が……え?
ビビの胸から血のブレードが突き出ていた……。
生々しい音を立てて血のブレードが抜けていくと、ビビの胸に穴が……。
ビビは口から血を吐いて倒れてしまった。
「ビビ――」
「おっと、禁忌よ。叫んでいる暇はねぇぜ――」
血のブレードを両手に持った男は倒れるビビをおいて、わたし目掛けて前傾姿勢でむかってくる。
<血魔力>を使った加速? 速い。一瞬で間合いが零に。
血飛沫を散らしながらブレードを振り下ろしてきた。
急遽、血剣を一つ、二つと作る。
目の前で、振り下ろされたブレードの刃に血剣を衝突させる。
二撃目の返すブレードの刃も、相殺できた。
こいつ、ヴァルマスク家の追手?
気付けなかった……でも、ビビは、まだ生きている。
ポーションをかければ助かる!
「シャアァ」
マギットも怒った。
緑色の魔力で全身を包むと、緑色の刃を、目の前の男へ向けて飛翔させる。
男は後退しつつ逆手に持ったブレードを交互に振るって緑色の刃を両断。
その隙にビビに近寄った。
「ビビッ、今、ポーションをかけてあげるから」
「あ、あぁ、ヴェロニカ……風が熱いの? 胸が熱くて」
腰袋に用意してあったポーションをビビの胸にある穴にかけていくけど……。
傷が、塞がらない。
「無駄だ。そいつは人族だろう? この血のブレードには、俺たちでさえ回復速度が遅くなる解毒が効かないクレセントメンダインの毒と、対ヴァンパイア用のレジウゲムの秘薬が入っているからな」
「それは……」
「知っていたか。血の銀行による研究の成果の一つ、眷属化をさせないための物だ。そして、人族だと傷口の血が不自然に止まったように遅くなるから、中々死ねないだろう。その分、毒が全身に広まり地獄の苦しみが死ぬまで続くがな? クククッ」
「黙れ」
懊悩を通り越した怒りが血となって全身から吹き出した。
それは今まで見せたことのない血剣の群れだと思う。
無数、形が違う血の滴る剣たち、これは、お父さんの影響も受けた独自のスキル。
血剣の群れが、月の明かりを埋め尽くすように広がっていた。
「な!? なんだ、この血の量は……」
「……よくもビビを!!」
同時に全身に<血魔力>を纏う。
そのまま血剣の群れを血のブレードの男へ向かせた。
わたしもマギットの力とは融合せずに、血のブレードを持つ男に吶喊。
数十では収まらない血剣の群れが、ヴァルマスクの男に突き刺さっていく。
精悍な脂ぎった表情が見る影もなく崩れていた。
まだよ。まだ、再生させない。
怒り、悲しみ、わけのわかんない思いを血剣に乗せる。
血剣を、血剣を、血剣を、無数に血剣を、血が枯れる勢いで作り、放出した。
気付いたら、串刺し状態だったヴァルマスク家の追手は、ただのすり潰された肉となっていた。
相手は<従者長>クラス……。
頭を潰されても、まだ、再生しようと蠢いていた。
……こういう時、光神教に入信したくなる。
血剣の群れを再度、作りあげる。
憎き追手だった肉塊と化しているモノに、止めの追撃。
最後に噛みつきを実行して、<吸血>した。
血のすべてを吸い取ると、肉塊の再生が停まり追手のヴァンパイアは完全に干からびて消失。
やっと倒しきった。
「ビビッ」
急いで、うずくまっているビビのもとに戻る。
「ヴェロニカ……どこ? 分からない……目の前が暗いの……」
ビビ、もう瞳から力を失っていた。
持っていた回復薬ポーションをかけてあげたけど、傷は回復しない。
「ここにちゃんといるから」
「……にゃあ」
白猫が悲しい声で鳴いていた。
「……わたし、死ぬのね」
「死なない、死なないから!」
「……ぅぐぇぁ……ふふ」
目、鼻、口から血を流して血を吐くビビ、涙も流れて血と合わさるけど、笑っていた。
胸に空いた穴からは血が流れていない……。
「……いいの、冒険者なら、死ぬことは覚悟しているから」
「だめよ、せっかく仲良くなったのに、もう誰も失いたくないの! 死んじゃだめなんだから!」
「ご、ごめんね、泣かないで……安物だけど、この胸のネックレスを友達として、あげるから、ね?」
ビビ……身体中が痛いはずなのに……。
「うん、分かった。安物でも大切にする」
「よかった。ぐぁぁァァ、体が痛い……た、助けて……」
ビビ……見ていられない。
「……助けてあげる――」
その瞬間、ビビの首に顔を埋めて、腰に手を回してぎゅっと強く抱き寄せる。
彼女の匂いを感じながら<吸血>を行った。
こんな悲しい<吸血>は初めて……。
ビビの全身を蝕んでいる毒が、わたしの体に入ろうが構わなかった。
「あれ、痛みが消えて……ふふ、ヴェロニカ、強く抱きすぎよ。でも、いい匂い……最期にヴェロニカと出会えて……」
耳元から『よかった』は聞こえなかった。
ビビ……ごめんね。
追われているのに、油断していたわたしの責任。悔しい……。
目の前が涙で溢れて何も見えなかった。雨が降ってきた。
轟轟と音が中庭に谺する。
その後はあまり記憶に残っていない……。
◇◇◇◇
「……ヴェロっ子」
「もう、ベネ姉が泣いてどうするのよ」
「……そういうヴェロっ子だって――」
泣いていたベネ姉が抱きついてきた。頭を撫でてくれた。
どうやらわたしも泣いてたらしい。
「にゃぁ」
マギットも脛に頭をぶつけてくる。
その日はそのまま愛しい家族のベネ姉と一緒に過ごした。
HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。13」2021年1月23日発売です。
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