三百十話 魔人
◇◆◇◆
天凛堂の闇ギルド同士の激戦は、【黒の預言者】と【闇の枢軸会議】を含めた組織以外にも、あらゆる者が注目していた。
白い鳩を筆頭とした鴉たちの集団。
そう、ヴァルマスク家もその一つだ。
鴉たちは、天凛堂の遙か上空を飛んでいる。
彼らはあまり表舞台に出ないことで有名だが、今日ばかりは違ったようだ。
吸血鬼たちは……。
神界の戦士たち。
古代狼族。
他の十二支族吸血鬼の関係者。
吸血鬼ハンター
などの追跡を受けるリスクを覚悟しての偵察行動。
その吸血鬼たちが避けている空の一角には……。
環の頭部を持つ神界セウロスの戦士たちが、空を舞いながら天凛堂の様子を窺っている。
左の空には、ダニのような巨大な虫と融合した魔人も漂っていた。
下半身は走行用ベルトのような多脚を持つ。
ダニのような巨大な虫は頭と足の周囲に複数の炎の玉を浮かばせている。その炎の玉は黄緑色で鬼火を思わせる。
そんな巨大な虫と融合している魔人と、正反対の離れた宙空の位置にも、天凛堂の戦いを楽しんで見ている不可思議な者たちがいた。
その存在の片方は白色と白銀の蝶と蛾の群れ、否――。
ボーイッシュな銀髪で細い眉に鋭い目を持つ女性だ。
体内に流れている魔力量は凄まじい。
その体から白色の蛾の群れを周囲に飛ばしている。
もう一人の女性は赤紫色の蝶々を周囲に飛ばしていた。
二人とも、大小様々な蝶々と蛾で体が構成されていた。
体の内部から様々な蝶々を飛翔させて、その蝶々を操りながら飛翔していた。周囲に舞い散っている蝶々と蛾は幻想的な妖精を思わせる。
ドレスも蝶々を元にした煌びやかな衣装。
赤紫色の蝶が体を構成している女性が、
「ねぇ、ジョディ。意外な結末ね。引き裂かれた空間が元に戻ったみたいよ」
「獣人が扱う大太刀も気になる。でも、肝心なのは、他世界に干渉しうる者を倒した槍使い。あの黒髪の坊やは、どこの使徒かしら? うふ♪」
ジョディの見た目は連れ合いの蝶々の女性とは違う。
人型ではあるが、膨大な魔力を有した頭巾をかぶる。
体のすべてを白色の蛾が構成していた。
右手に死に神を連想する魔力を帯びた大きな鎌を持つ。
天凛堂の屋上で戦う槍使いが、このジョディの姿を見たら蛾の怪物かよ!?
いや、白色の蛾の美人さんかよ!
と、怪しむ、もとい、おっぱいを注視する存在だろう。
すると、その白色の蛾が綺麗なジョディに赤紫色の蝶で構成した女性が、
「槍を基本としているからボシアドが欲するような魔界騎士?」
「シェイル、それはないはずよ。挾間を越えられそうな、しっかりとした傷場はここにはないからね。可能性は低い」
ジョディは大きな鎌を振り回してから話していた。
大きな鎌の軌跡を残すと、霜のように斑をなす白色の蛾が散っていく。
ジョディの蛾の群れは、白色を基調に様々なグラデーションを宙空に創り出している。時折、白銀の色合いにも変化している。
赤紫色の蝶を纏うシェイルは、楽しそうに、そのジョディの光の軌跡を追う。
片手を伸ばし細い指先でジョディを触るようにゆっくりと飛翔しながら、
「だとしたら――シャファ神殿の関係者? 戦神ヴァイスの戦神教で有名な賢人ラビウスの生まれ変わり? 未開スキル探索教団とか?」
と、ジョディに聞いていた。
「ラビウスな訳がないでしょう。あの槍使いが気になるのなら接触する?」
「ううん、あの黒目は気になるけど、余計な敵を増やしたくない」
シェイルの言葉に頷くジョディ。
窪んだ双眸の穴から、小さい白蛾たちを飛び出させながら、
「そうね……樹怪王の軍勢、鴉&蝙蝠、古代狼族、戦神教、愛のアリア教を含めた無数の冒険者たち、光の十字森を越えて、わたしたちの森の領域にも迷い込んでくる鬱陶しい奴ら」
「うん」
と、シェイルは頷く。
宙空で前転を何回も行う。
そして、体の動きを止めると全身の蝶々の群れの一部の色合いを紫色の蝶へと変化させると、点滅させて、グラデーションを増やすように色合いを変化させていく。次第にモルフォ蝶のような蒼色の光沢へと変質させてから、逆立ちを始めていた。シェイルは、
「――でも、怪物以外は、餌になるから嫌じゃない」
とシェイルは、逆立ちから前転し、蝶々の体を崩すように蝶々を周囲に生み出しながら、可笑しな前転を続けていく。
それを止めるように大きな鎌を振るうジョディ。
大きい鎌の刃が、赤紫色の蝶を数匹捉えると赤紫色の蝶は霧散する。
「――ジョディ、怖いわ……樹怪王に影響されているの?」
「何を言っているかしら? あんな怪物の王と一緒にしないでよ。それに、蝶々たちで人族の男たちを幻惑し樹海の家に誘い込んだのは誰?」
「う……」
「そして、彼らの頭にクンナリーの刃をぶっ刺して男の内臓を吸い取り、その男たちの全身を醜く干からびさせたシェイルの言葉だとは思えないのだけど……」
そう指摘するジョディも口を尖らせつつ語る。
その蝶々を操る女性たちを遠巻きに見ていた魔人たちは、皆、焦ったように距離を取っていた。
「……ううん、それは本当のわたしじゃないから、いいの」
「つい吸いすぎちゃった♪ とかやってたのは誰かしらァ」
壮絶な雰囲気を醸し出している会話とは思えない話から離れた、地上の右の街路樹では、別の争いが起きていた。
ある界隈で有名な仮面を装着していた者が追われている。
しかし、その仮面の者は、動きを止めて天凛堂の様子を見た。
その仮面の者を追跡していた者たちは、チャンスと判断。
魔闘術系の技術をそれぞれ体に纏いつつ武器を構える。
水泡を刃物に変えた鱗人。
眼球から、小型の魔獣を召喚する女。
無数のダマスカス加工された美しい短剣をジャグリングしながら構える女。
追跡者たちは、仮面の者との間合いを瞬く間に零とした。
水の刃物の刃で突きを繰り出す鱗人。
仮面の者は突きを避けると、水の刃物を屈んで躱す。
鱗人は返す刃を仮面の者の首に送るが――。
それも避ける仮面の者。
その仮面の者の脇腹を、魔獣が狙う。
だが、仮面の者は、紅く煌めいた手刀で、魔獣の歯に触れるように往なす。
そのまま、鱗人の水の刃物の攻撃を、ひらりひらりと軽やかな身のこなしで避け続けていく。
少し遅れたダマスカスの剣刃をも、避けた仮面の者。
飛び掛かってきた魔獣も、魔力を宿した掌を翳して、魔獣を混乱させる。
攻守とも優れた能力があると分かる仮面の者は――。
背中に装着した血塗れた刀の柄を覗かせている。
しかし、仮面の者は、どうしたことか、その血塗れた刀の柄に手を触れようとしない。
仮面の者は、現時点では、追跡者と戦う気がないようだ。
華麗に集団から攻撃を受けても、避け続ける仮面の者。
刹那、仮面の者の足に黒翼が生えた――。
警戒した追跡者たちは、間をあける。
仮面の者は地面を蹴って跳躍――。
屋根に素早く着地して、その軒先をスタスタと素早く歩く。
仮面の者は、また動きを止めて天凛堂を見やった。
「逃がすか!」
攻撃していた者の声だ。
跳躍し仮面の者を追い掛ける。
屋根上に飛び乗ると、仮面の者へにじり寄った。
「ザープ、お前が見学か?」
鱗の皮膚を持つ白眼男が武器を構えながら聞いている。
彼は普通の鱗人ではない。
武器も水泡を変化させたモノだったが……。
黒色の武胴衣の全身からも水の泡を放出していた。
「……」
「我にも気になることはある」
「お前が? 珍しい。だが、蚕相手に余裕な態度だ……」
水の泡を出す鱗人。
彼が話す間にも……。
背後に居た【蚕】のメンバーの女性は、左手の、五本指に括られた紐と繋がる複数の魔眼を……周りに展開させつつゆっくりと横に歩いていた。
魔獣モンスターを召喚した魔眼使いの女性。
彼女は包帯で双眸を覆っているせいか、動きは鈍い。
襟高の革製の防具服を装着している。
かつてシュウヤの屋敷を訪問していた【蚕】のキルビスアも視線を鋭くさせつつ……。
頑丈な極厚ブレードの短剣を<投擲>。
何百層とありそうなダマスカス鋼のブレードは魔人ザープに直進したが、魔人ザープは余裕で避ける。
そんな小競り合いが起きている最中の近辺に並ぶ街路樹。
その大きな樹木に背中を預けて天凛堂の様子を窺う和風のマントを羽織る女性。
両目を赤い布で覆われている。
逆手に持った仕込み刀を持つ。
唐模様の柄に仕込み刀には、魔力が内包されていた。
その仕込み刀を持つ盲目の和風マントを着た女性は、
「理力、理力、狙うは一時、されど時に非ず」
と、呟きを繰り返す。
不思議な言葉に隣の巨漢が、盲目の女性を見やる。
巨漢は、背中に丸型のタンクのような金属製の魔道具を背負っていた。
そんなタンクとチューブのような線で繋がった巨大ボウガンを太い両手で持つ太った男が、
「アコ、理力を感じたようだが、相手は八頭輝たちを含めて、極めて危ない奴らだ。接触はやめておけ」
「分かっている」
「撤収だ」
撤収していくコンビ。
その去った姿を、近くの街路樹の陰から見ていた小柄の者が存在していた。
明らかに軍隊風で、この惑星の住人ではないコスチュームを身に纏っている。
片目にカレウドスコープを装着した見た目は女ドワーフ。
更に建物の軒に片手を引っ掛けつつぶら下がりながら天凛堂の様子を窺う暗殺者らしき人物も居る。
こうした光景が天凛堂の周囲のあちらこちらで起きていた。
◇◆◇◆
天凛堂の戦いの後、一足先にヴィーネが銀髪を靡かせながら階段を下りていく。
モデルのような後ろ姿が見えなくなった。
無限大に広がる空を見上げる。
ちらりとちらりと映る白い鳩、その鳩に付き従う鴉の群れ。
特等席で見学を続けた吸血鬼たちは、日の光を浴びたせいか俺が視線を向けたせいかわからないが、背を見せて雲間に紛れ込む。
分かりやすい偵察行動だ。
「シュウヤ、あの鴉の群れが気になるのか?」
ハンカイが喋りながら、上空へ向けて手斧を投げようと構えていた。
右の腕甲の表面に嵌まっている黄色い宝石が煌めく。
「少しな、武器は飛ばさなくていいよ」
「了解したが……あの逃げていく鴉共、眼が光っている? もしや、偵察用の使い魔の類いか?」
ハンカイの疑問の言葉にレザライサの近くにいた隻眼エルフが反応した。
長い金髪を揺らして一歩前に出る。
眼帯が似合うイケメンのエルフ男。
「偵察は当たり前だろう。地下オークション終了後の襲撃。そして、我らは八頭輝。他の闇組織、宗教組織、魑魅魍魎からのしがらみを多数持つ組織だからな……」
長髪の隻眼エルフが冷静に語る。
彼は、額から頬と顎にまで傷があった。
片眼を失う原因となった刀傷かな。
その隻眼エルフは紺と白を基調とした渋い格好だ。
丸みを帯びたオフタートルの襟からデコルテを覆い両肩からは素肌を晒しているが、六つに分かれていそうな腹筋の肌にぴったりと合うインナーのような特殊な繊維服を上半身に着用していた。
右胸の表面には、白線が縁取る円の飾りがあり、その円の中心点に丁寧な白鯨が施されてある。小手の防具も同じインナー素材の色合いだ。
腰は二つの幅広の革ベルトを装着していた。
大きなバックルと細かな意匠が施された金具に紐が付いているが、すべてに魔力を宿している。腰裏から剣の柄を覗かせているので、尻革に剣帯があるのだろう。
彼はラライから雷撃を受けていた時、透明な剣を左手に出現させていた。
と、すると腰裏から覗かせている長剣の柄からして、実は二剣流なのか?
前掛けにも白鯨のマークがあった。
その隻眼エルフの言葉に、
「同意する。ここは迷宮都市。どんな者が居るか想像がつかない」
頭がてるてる坊主の細身のエルフが答えていた。
俺に視線を向けていたので、皮肉だろう。
彼は片耳が削れていた。
肩で支えるように持っていた幅広の刀が、その削れた片耳と合うように密着している。
あの耳が削れたところ……刀の構えから仕方なく削れたのだろうか……。
それとも耳朶を飛ばしてきた影翼のメンバーのように耳系の能力?
「レドンドとミセブの言葉通り、影翼が地下オークションの慣例を破り、この天凛堂の宿を襲う展開だ。他組織からの偵察は当然といえる」
あの眼帯の剣士はレドンドが名前か。
幅広刀を持つエルフはミセブ。
二人の幹部の名を喋ったレザライサは、朝日の明かりが眩しいようで、庇を作るように目の上に手を当てていた。
思わず、太陽光を浴びるレザライサの全身を眺めていく。
レドンドの紺と違い白を基調とした凜々しい甲冑を身につけている。
光沢が美しい。
美装を凝らすように右の胸元に施されてある白鯨のマーク。
そして、女性らしく膨らんだ胸甲から美しい溝ラインが脇腹を構築。
レザライサの腰のくびれラインが強調されて見える。
完全なオーダーメイド作品だと推察。
ハンカイはスタイルのいい彼女の言葉に頷きながらも、決して気を許したわけではないと物語るように眼の底に不敵な猛々しい光が閃いていた。
語りながら見ている……その間にも、結局、空から姿を消した白い鳩と鴉たち。
あの鴉たちは吸血鬼だと思うが、
「そうかもしれないが……」
ヴァルマスク家だとは発言しなかった。
「そんなことよりシュウヤ、見事な槍武術だったな。魔迷宮を脱出した時よりも、槍武術が洗練されて見えたぞ」
「それは嬉しい。槍使いとして、冒険者と武芸の修行を重ねてきたかいがある」
「ンン、にゃお」
黒猫が『当然だニャ』というように、肩ぽんを繰り出してきた。
「ふむ。神獣の戦いぶりも凄まじく圧巻であった。バルドーク山から流れてきた三つ首竜を束ねる四つ首竜を屠り続けていたガルロが使役していたセヴィスケルを倒したのだからな」
「ンンン、にゃ」
どや顔の黒猫だ。
ハンカイは釣られて笑う。
「フハハ、返事をしてくれる面白い神獣猫だ。しかし、これでタンダールの闇社会も大きく動くだろう」
「ハンカイはタンダールで活動をしていたのか?」
「いや、各地を転々としながら古のエルフを狙う行動を取っていた。影翼からの誘いに乗る形でタンダールにいったことはあるが」
「そういう繋がりだったのか」
クリドススも眉を動かし、
「ヘカトレイルでの一件も含んでいますネ」
と、喋るクリドススの視線は厳しい。
彼女とハンカイは戦ったことがあるのだろうか?
「気に食わないのは分かるが、俺にとっては義理一遍の精神だ」
クリドススを含めた血長耳のメンバーたちはハンカイの言葉を聞いても釈然としない。
そして、直前の戦いで仲間を失ったせいもあり、皆、そうじて顔色が暗いが……。
隣のレザライサは堂々とした落ち着き払った態度をとる。
「クリドスス、皆、蒸し返すな」
言葉が短くて盟主らしい。
格好良く語っていた。
「はーい」
クリドススは納得したのか、していないのか、分からない反応で答えていた。
レザライサは片目を瞑り、しょうがない女だ。と、いうように溜め息を吐いてから、俺に視線を向けてくる。
「……で、槍使い。ここで、このまま朝日を眺めながら語り合う気か?」
「俺はどっちでも構わんぞ」
「ならば違う宿、同じ川沿いにある大きい空母が経営している高級宿で落ち合おう」
「了解」
近くにそんな宿があるとは知らないが、了承。
皆で階段に向かっていく。
二階から一階に下りた時、大柄の赤鱗の鎧を着た人物の死体を見かけたが、耳朶の男の死骸がなくなっていることに気がついた。
まさか、生きている? それとも違う闇ギルドのメンバーが死体を回収したのか?
耳朶を操る褐色剣士は、他の闇ギルド員を斬りまくったようだからなぁ。
それとも、単に種族的な作用で、死んだら自然と蒸発か?
そんなことを考えながら、皆で階段を下りていく。
一階の血ぬれた植木鉢を見ながら、仲間と血長耳の全メンバーが宿の外に出た。
天凛堂の周りを警戒していた月の残骸たち。
地面にカルタのようなカードをぶつけて遊んでいた惨殺姉妹。
背中に両手剣を背負うロバートは彼女たちの世話をするように話していた。
ポルセンとアンジェは手に持った薬瓶をベネットが放った閃光弾の明かりに当てながら話し合っている。
そんな液体が入った瓶を、ポルセンとアンジェに手渡していたローブ姿のゼッタ。
違う闇ギルドメンバーと思われるオコジョ系の獣人と話をしていた豹獣人のカズンさん。
その月の残骸の幹部たちは、俺たちが天凛堂の出入り口からぞろぞろと出てくる様子に気が付くと集まってくる。
「槍使い、あとで」
「おう」
レザライサたちとはそこで別れた。
「総長、影翼たちは?」
ポルセンが去っていく血長耳を見つめてから、聞いてくる。
相変わらず、口髭がカールしている。
「ガルロという魔剣を使うリーダーは仕留めた。影翼の幹部数名も死んだが、他に生き残りは居ると予想できる。それと、宿の主人か判別はできないが、それらしき赤鱗の鎧を着た死体があった。天凛堂の護衛も殆どが死んだと思う」
「そうですか、アシュラー教団が雇った者たちを……」
一方で、青髪のアンジェはポルセンと俺とのやり取りを聞かず。
クリドススを睨んでいた。
そのクリドススは一瞬だけ片頬を上げてアンジェに応えているが、素直に立ち去っている。
青髪が揺れるアンジェはいつものツンと澄ました表情だ。
そのまま冷たい眼差しで俺を見てから、
「ん、あっ、玉葱頭だ」
と、発言。
俺の背後に居たハンカイに気付いたようだ。
「あ、貴方はハンカイ!」
ポルセンも気付く。
「お? 髭男爵と青娘じゃないか。久しいな、お前たちも月の残骸だったのか?」
ハンカイは二人の側にとことこと歩み寄っていく。
あの辺りの歩き方はドワーフ族特有のかわいさがある。
「はい、ヴェロニカさん繋がりで【月の残骸】に拾って頂きました」
「そうよ。縄張りを任せてもらっている幹部なんだから」
「ほぅ、ヘカトレイルでもそんなことを喋っていたような気がするが」
「玉葱おっさん、パパの名前はポルセン。髭男爵なんていうな。わたしも青娘じゃないから」
「ガハハ、相変わらず、元気な青娘だ」
三人はそのまま過去話が盛り上がり、俺たちから離れていった。
そこに、ヴェロニカとメルが近づいてくる。
白猫は黒猫と頬を擦り合わせて挨拶すると、互いにくるくると回り、お尻の臭いを嗅いでいた。
むあんとした、臭いを嗅いだ二匹の猫。
ニュータイプ的な超能力を発しそうな表情を浮かべている。
白猫は臭かったらしく、フレーメン反応を起こしていた。
そして『臭いニャ』というように猫パンチを黒猫へ放っていた。
その可愛い様子を見ていると、ヴェロニカが口を動かす。
「……総長、地下で戦っていた幹部は逃がしちゃったから」
「カリィという名の幹部でした」
道理で見ないわけだ。カリィは地下に居たのか。
ヴェロニカとメルを相手に逃げたのか? カリィも成長しているようだ。
そして、メルの双眸が赤みを帯びている? しかも同じ血の匂いだ。
気になるが、他の闇ギルドたちの視線も気になる。
見知らぬ強そうな者たちが周囲に沢山……。
「……そうか、別に逃がしていい。戦えばとことんやる気はあるが、別に影翼旅団を根絶やしにする理由がないからな」
「うん、けど……」
ヴェロニカは不満そうだ。
ま、詳しくはあとで聞くとしよう。
そこで、周囲の見学者と視線が交ざった。
建物の屋根に片手をかけて、ぶら下がりながら俺を見つめてくる。
頭巾をかぶっている忍者風の黒装束男か……。
よく見ると、焦げ茶の瞳。大きな鷲鼻で、口にパイプを咥えている。
肩から背にかけて黒マント、胸元に投げナイフが大量に装着されていた。
腰のベルトのバックルが金の翼をモチーフとした形で、渋い。
その間にも黒猫と白猫の仲の良い喧嘩が続く。
白猫が前足を振るい、黒猫が屈んでパンチを避けて、懐に潜ってからふさふさの白い腹に前足を喰らわせてダウンさせている。
白猫もダウンしながら、後ろ脚を伸ばし、黒猫の腹にぶつけていた。
一見、激しい喧嘩だが、前足、後ろ脚ともに爪を出さず、肉球を使っているので遊んでいるのがよく分かる。
そんな猫のじゃれ合いから視線を外して、周りを見ていく。
「……見たことのない者だらけだ。空に浮いている戦車モンスターのような奴もいるし」
走行用ベルト部分と分離できそう。
「はい、祭りのように捉えているのかもしれません」
「天凛堂も派手にぶっ壊れたからね~」
「そうさね。しかも、総長がいうには宿の主人も殺されちゃったんだろ? 鉄塊のブリアントは、元Sランク冒険者だからね。横の繋がりも豊富だったはず。だから、この外に居る見知らぬ組織と個人たちの中に、あたいたちのことを敵だと勘違いしている者も居るかもしれない」
ベネットが怖々とした表情を作り、あちこちに顔を向けていた。
「びびりんなベネ姉が出た!」
「それよりも左辺で小競り合いが発生していると聞きました。委細報告はまだですが、魔人ザープの可能性があると」
魔人……。
メルは血色を帯びた双眸。しかも、真剣なので少し怖い。
ずっと前から気にしていた父かもしれない相手だ。その気持ちは分かる。
「ならば向かうか、この場は一旦解散とする」
「「はい」」
「魔人が相手か。斧の出番か?」
「いや、戦う予定はない」
「はーい、精霊様の水、気持ちいい」
「わかりましたー、ララ、精霊様から離れて」
ルルとララはヘルメが両足から放出していた水飛沫をわざわざ身に浴びて楽しんでいた。
「了解、総長、ここは任せてくれ」
ロバートはいつものように渋い口調だ。
「この間の【大鳥の鼻】もいるかもしれないので、わたしたちも向かいます」
「うん。パパと一緒」
「おう、メル、走るぞ」
「あ、はい」
肩に黒猫を乗せて、天凛堂の左の方に走る。ユイ、ヘルメ、ヴェロニカ&白猫、ハンカイ、メルに続いてポルセンとアンジェもついてきた。
「あれが、魔人ザープ」
本当に仮面をかぶっている。
背中と腰に刀系の武具を装着しているが、武器は抜いていない。
攻撃を受けても反撃せず、逃げながら時折、天凛堂とその周囲に視線を巡らせている。
その逃げる動作が一流の武芸者の域を超えている。
というか空を飛んでいるので、とんでもない相手だと認識。
「見て、総長の家に来ていた蚕のメンバーも居る!」
ヴェロニカの指摘通り、確かに居た。
キルなんたらとかいう国のような名前だったはず。
彼女の仕事の範疇なのか? 逃げる魔人を追いかけていた。
「総長……」
メルは呟きながら足首から黒翼を生やしている。
あの争いに介入するらしい。ん、踝に生えている黒翼の色が血を帯びていた。
思わずヴェロニカに視線を移すと、彼女は言葉の代わりにウィンクのアイコンタクトを送ってくる。
要するにルシヴァル化したということだろう。
それに関しては、何も言わない約束なので、黙って頷いて応えた。
「……分かった。俺が魔人に対応するから、周りを頼む。それと、蚕は武術連盟だ。一応、そこの会長と話したことがあるし八槍神王位のリコたちと繋がりがあるかもしれない。だから、殺し合いは無しの方向でいこうと思う。理解したか?」
「了解」
「わかりました」
「はい」
ユイとヘルメは視線を合わせて頷き合う。
メルは双眸を元の色に戻して、踝の部位から出現させていた黒翼の形を縮小させていた。
指示を守るようだ。
「血を操る魔人か? 少し興味があるが、指示通り、【蚕】とやらを見張ろう」
ハンカイは斧の柄に手をかけている。
いつでも戦闘態勢に移行できるだろう。
「蚕かぁ、裏武術会と敵対しているところね。強そう。血を吸収したいところだけど、我慢する」
ヴェロニカはつまらなそうだ。
「承知致しました。アンジェ、皆様の邪魔にならないようにポジションにつけ」
「うん、パパ、少し緊張する」
ポルセンとアンジェも頷き合うと、それぞれ武器を手にした。
ポルセンは血塗れた斧と杭を両手に出現させる。
あれがポルセンの武器か。カッコイイかもしれない。
アンジェはあの鈴のような音を発生させる魔剣を握っている。
そんな皆を連れて、魔人ザープと蚕の争いの場に乱入。
早速、<鎖>を魔人ザープに射出する。
しかし<鎖>は躱された。ザープは仮面越しの双眸を光らせる。
一段と速度を上げて、後転、横転を繰り返して<鎖>の先端を器用に避け続けていく。
「なんだ、ぞろぞろと」
「貴方は、槍使い!」
「ほぅ、こいつが……」
蚕は突然現れた俺たちを警戒し、武器をメンバーたちに向けている。
予め、任せると宣言していたように、仲間に蚕を任せて、魔人ザープに専念した。
魔人ザープ、予想外に動きが速い。
<鎖>を魔人の身体に絡める予定はキャンセルかな。
と、考えながら<鎖>を地面に突き刺しアンカー代わりに。
その真っ直ぐ地面に伸びている<鎖>を左手の因子マークに収斂させながら、右手に魔槍杖バルドークを出現させて、凄まじい速度で魔人との間合いを詰めたところで、魔人の足を削ろうと魔槍杖バルドークの紅斧刃を下段に振るった。
紅閃の一文字の軌跡が宙に出た――が、
「速いな――」
魔人ザープは渋い声音を発しながら対処してきた。
体勢を畳ませるように屈めながら血塗れた片手を下段へ回し、紅斧刃を直接掴んで防いでいる。
「しかも、我の<血層>を削る武具か……恐ろしい――」
魔人ザープはそう話すと、紅斧刃に蹴りを入れて距離をとった。
「驚きだ。その血塗れた手は防具なのか? 魔力が集まっているのも関係がありそう」
「その通り」
「ザープ! 質問に答えて」
メルが横から叫ぶ。
そうだった、武の血が騒いでしまった。
「ん? お前は……」
魔人ザープはメルの存在に気付くと、仮面越しでも分かるように、肩を竦めてうろたえていた。
そのメルは目に涙を溜めながら、ザープから、俺に意見を求めるようにか弱い視線を向けてくる。
いつもの大人びたメルじゃない。気になっていた父を目の前にした娘の顔だ。
彼女を元気付かせるように優しく微笑んでから「もっと話せ」と意味を込めて頷いた。
メルは大きく頷いてから、再び、視線を魔人ザープに向ける。
「……わたしの父さんなのですか?」
「……それを知ってどうするのだ?」
「答えて!」
メルは蜂蜜色の髪を揺らして大声を上げた。
魔人ザープはメルの声音を聞いて、動揺し、
「……その足の翼……からして、我の娘なのは確実だ」
「やっぱり、父さん、なんで、なんで、お母さんに会いに来なかったのよ!」
メルは大粒の涙を流して、感情を爆発。
両足の踝から、気持ちと連動するかのように黒翼が勢いよく羽ばたく。
一陣の風のごとく加速したメルは、瞬時に魔人ザープと間合いを詰める。
そのままザープの胸に右拳をぶち込んでいた。
「ぐうぉぉ、蹴りが有名のはずだが、拳も強烈だとはしらなんだ……」
ザープの胸元から骨が折れる音が響く。
「え? なんで避けないの……」
「我は家族を捨てた。メル・ソキュートス。お前に恨まれても仕方がない……」
「恨んでない。生活に困らなかったし母さんも死ぬ寸前まで、父さんに会いたいと何度も笑みを浮かべながら片言を話していたから……その時、別れても父さんを愛していたと……納得したの」
メルは止めどなく涙を流しながら語る。
「そうか。エイラは……」
メルと魔人ザープが邂逅を果たしている時。
蚕のメンバーと月の残骸&眷属たちで言い争いが起きていた。
「お前たち、武術連盟に喧嘩を売る気か?」
「そいつは手配が掛かったお尋ね者だぞ」
「月の残骸のリーダー。その魔人ザープは俺たちの標的だ。見解をのべよ」
水のような泡を操る鱗人は文句があるようだ。
「【蚕】としての仕事の邪魔をしたようで悪いが……家族の再会を邪魔する気なら、俺が直に相手をすることになる」
魔槍杖の紅矛を真っ直ぐ鱗人へ向けた。
ハッタリではなく、真面目に刺す勢いで睨む。
「……」
「フェレイラ、相手が悪い。魔人ザープどころの話ではなくなる」
鱗人の名はフェレイラか。
泡を操るフェレイラの背後にいたキルなんたらが注意を促していた。
「フェレイラさん。後ろの女性の意見に乗ったほうがいいと思うぞ。幹部たちも血に飢えている者たちが多いからな」
フェレイラは、ユイ、ヴェロニカ&白猫、ハンカイ、ポルセン、アンジェと順繰りに視線を巡らせる。
そして、最後にヘルメで視線を止めていた。
彼は水を操るようだし、常闇の水精霊ヘルメの姿が気になるようだ。
まさか、惚れたか?
「……閣下に手を出すつもりなら、お尻が割れる覚悟が必要ですよ?」
既に割れているような気がするが、指摘はしない。
「……分かった」
尻を割られたくないらしい。
いや、違うか。フェレイラは納得したらしい。
彼は蚕のメンバーに顔を向けて頷く。
各自、暗号めいた動きを示してから、武器を仕舞い、離れていった。
それならば、俺たちも……。
「……メル、今は月の残骸としての仕事より家族としての会話を楽しめ。定時連絡はあとでいい。俺たちは血長耳たちが泊まる宿に向かっているからな?」
「総長……はい。ありがとうございます」
魔人ザープとメルをその場に残す。
「じゃあね、メル。先にいってるから」
ヴェロニカの言葉を最後に、俺たちも踵を返し撤収。
そこからポルセンとアンジェの吸血鬼コンビに血長耳が泊まる大きい空母が経営している高級宿まで案内してもらった。




