三百五話 天凛堂の戦い
静かな物音でも遠くまで届きそうな夜気。
寒い年末も変わらずに空は夥しい数の銀の穴が散っている。
美しい二つの月光もロロディーヌの道標のように感じた。
そして、第二円卓通りの北東、倉庫街の北、ハイム川沿いにある天凛堂に到着。
天凛堂は三重の塔といった縦長の建物だ。
その建物だが……。
夜空でも分かるぐらいに赤茶色の膜のようなモノが建物を覆っている。
屋根と風情ある軒の形が歪んで見えた。
一階の膜は色も幅も薄いが建物の上にいくほど色濃く太くなっているようだ。
こんな結界を生み出す能力……。
またはアイテムを持つ者が影翼旅団の中にいるということ。
そんなことを考えながら神獣ロロディーヌから飛び降りた。
乗っていたメルたちも綺麗な足を魅せるように降りてくる。
一方、ヴィーネさんはいつも通り。
彼女の手を優しく握りながら背中を支えて降ろしてあげた。
その瞬間――濃厚な血の匂いを感知。
<分泌吸の匂い手>を堂々と敢行したヴェロニカだ。
ヴェロニカの<筆頭従者長>としての濃密なフェロモン。
彼女はヴァンパイアらしく血相変えて詰め寄ってきた。
足下にかわいい白猫と、肩口から背中に装着した弓の上部を覗かせているベネットもいる。
黒猫の姿に戻った相棒と白猫のマギットは鼻を突き合わせて挨拶。
そんな可愛い挨拶の最中にヴェロニカの小さい唇が開く。
「総長、一階は血塗れよ! 教団関係者以外の闇ギルド員たちも多数の死亡者が出たみたい。地下も二階にもアシュラー教団の雇った護衛を殺しまくっている影翼旅団のメンバーがいるらしいわ」
続いてベネットが口を動かす。
「宿から出てきた【シャファの雷】五腕のモモタと【雀虎】のカード使いから――」
「最初は他の闇ギルドの面々が面白がって影翼のメンバーたちに喧嘩を仕掛けた」
「春早々に面白い戦いが見れたが、関わった者は皆死んだ」
「と、あたいに真剣な表情を浮かべて話をしていた。こっぴどくやられたみたいだね」
落ち着いているベネットだ。
ルシヴァルと化したヴェロニカよりも、都市エルフのベネットのほうが冷静沈着か。
ルシヴァルの眷属として強くなっても……。
心情はあまり変わらない。
「なるほど、自業自得とはいえ、他の闇ギルドも被害を受けたか」
「わたしたちが天凛堂に泊まってたら結果は違ったかもね」
「そうだな。だが、今の俺たちは外側だ」
天凛堂の周囲は、ミニ塔といえる周囲を囲うように建物が密集している。
路地も複数あるので、逃走ルートは沢山ありそうだ。
「……んじゃ指示を出す。俺たちの目的は速やかに障害を排除しながら盟友レザライサの確保。確保というか、血長耳たちならば平気と思うが……ま、もとより彼女と話し合う予定だったからな。そして、中に突っ込むのは、俺、ユイ、ヴィーネのみ。地下と空を含めた天凛堂の周囲はヴェロニカ、ベネットで固めろ。直にメルが招集した月の残骸メンバーたちがここに来るだろう」
「はい。兵士を引き連れた全幹部がルートを潰しながら集結します。中はお任せしますが、外周りはお任せを」
メルの言葉にヴェロニカとベネットが頷く。
月の残骸の仕事は彼女たちにお任せだ。
阿吽の呼吸を感じさせる。
「わたしたちには、わたしたちのやるべきことがある」
ユイは神鬼・霊風の太刀を抜いていた。
魔力を刀身に込めたのか刃に風刃を纏わせている。
魔察眼だと、刀身に切れ目なく魔力の細かな刃が浮き上がりつつ散っていた。
正直、あれで斬られたくない……。
初撃は防げたとしても、未知の剣刃は防ぎようがないからな。
あれで伝説なのか?
と、疑問に思うが。
「……準備はできているぞ。征こう」
気持ちが高ぶってるヴィーネは素の感情で話していた。
そして、フォローに回ることを考えているのかラシェーナの腕輪を見せている。
魔毒の女神ミセアから頂いた翡翠の蛇弓を背中に回し、宝箱から手に入れた古代邪竜の魔剣ガドリセスを腰からぶら下げた剣帯に納めているので、彼女が発言した通り、準備は万全だ。
天凛堂の中は室内戦が想定されるが、遠距離から光線矢か腕輪による先制攻撃は有効だろう。
「ン、にゃ」
姿を黒豹の姿に変身しているロロだ。
白猫マギットから離れて可愛い声で鳴いている。
月光を四肢に浴びて美しい天鵞絨のような表面の黒毛が、より滑らかそうに見えた。
前足の肉球を舐めている仕草が、また可愛い。
ゴミでも詰まっているのか、カミカミと肉球の溝を噛んでいる。
微笑んで見ていると、俺の視線に気が付いたロロディーヌは「にゃ?」と小さい声で鳴いてから、俺の腰元に身体を寄せてきた。
しなやかな黒豹で可愛いが、姿は大きいので腰に衝撃が受けた。けど、気にせず、笑みを続けながら喉元に生えているふさふさの黒毛を撫でてあげていく。
ロロディーヌは「ンンン」と何とも言えない声を出し、嬉しいのか、ごろごろと喉音を鳴らして顔を上向けてくる。
そして、ピンと縦に立てた尻尾の先端を傘の柄のように可愛く曲げていた。機嫌がいい証拠だ。
そこにヴェロニカが、
「……一足先にマギットと一緒に地下へ潜るわ」
「ヴェロニカ待って、わたしも行くから――ベネット、皆がここに集結したら、予め話しておいた“囲い月”の指示をお願いね」
「了解」
メルの暗号言葉にベネットが頷く。
俺も頷いてから、黒豹のマッサージを止めた。
ベネットは素早く弓に矢を番えて、夜空に放つ。
矢は特殊な閃光弾だった。
彼女はこの辺りが明るくなったのを確認して、周囲を見てから背を見せて忍者のように走り去る。
ベネットの行動を見つめていたヴェロニカとメルの親子のような二人。
彼女たちは俺たちへ目配せを行ってから、マギットを連れ天凛堂の地下に続くと思われる階段へ向かう。
「さて、俺たちも」
「ン、にゃ」
『閣下、外に出ます』
『了解』
「うん」
「はい!」
ヴィーネの元気ある声を合図に、左目に住む精霊ヘルメが液体状の身体を地面へ向けてスパイラル放出すると、瞬時に美しい女性の姿となって地面に降臨した。
「ふふっ」
彼女はお尻をぷりぷりっと揺らし腰を回すヘルメ立ちを行う。
沸騎士とイモリザはまだ使わない。
「用意はいいな?」
「血長耳以外の人が居たら敵と判断する」
「連携で殲滅だ」
陣形は俺とロロディーヌが中央、左にユイ、中央にヘルメ、右にヴィーネがついた。
天凛堂の一階の入り口へ駆け込んでいく。
一階の結界は、両扉が開かれているエリアにも出現しているが、他の闇ギルド員が逃げていたように薄い。
俺たちは楽に膜を越えて中に侵入できた。
しかし、床一面に血塗れた落ち葉が出迎えた。
枯れ葉、枝のような物もある。
あちこちに鮮血を浴びたような跡もあった。
この落ち葉が敷き詰められている状況に少し、困惑する。
他にも、大柄の獅子種族の死体、首が斬られた死体、闇ギルド、護衛、などの死体が床に転がっていた。
「……シュウヤ、死体は分かるけど、葉? 何これ」
「――一枚、一枚から別種の魔力が感じられます。防衛、攻撃用ではないようです。探知系かと」
「にゃお、にゃ、にゃ~」
黒豹姿のロロディーヌは面白いらしく豹パンチを落ち葉に喰らわせていく。
落ち葉は爪により簡単に切り裂かれて燃えるように消えていった。
「精霊様の喋られる通り、落ち葉同士が繋がっているようです」
ヴィーネも翡翠の蛇弓から放った光線矢を床に向かわせていた。
落ち葉の数枚を射抜く。
すると、ロロの爪と同じように落ち葉は燃えていった。
「探知系のみらしい、行くぞ」
皆で落ち葉を踏みしめながら一階の奥へ血塗れなツリーと化した植木が並ぶ中央広間を歩いていく。
そして、二階へ上がれる幅広階段が見えてきた。
曲がりを意識した手摺の木彫りデザインに宿のセンスを感じさせる。
そんな手摺を備えた樹板に足をかけた途端、階段の上に、魔素の反応があった。
「この階段上に待っている奴が居る」
「了解、急襲を得意とする相手かもしれない。避けられる準備はしておく」
「確かに僅かに反応がありますね。弓を用意しておきます」
「フォローはお任せを」
ユイ、ヴィーネ、ヘルメと会話をしてから階段を上がった直後――。
いきなりの黄色い剣閃が俺たちを襲う。
ユイとロロディーヌは左に回避、ヴィーネは右に回避。
俺は目を潰すような眩い黄色い光を浴びて両の掌を前に翳しながらバックステップで退く。
勿論、背後は階段だ。転ばないように慎重に着地した。
ヘルメは水飛沫を発生させながら階段の上に浮いているので、ピカッと黄色く光った剣閃を避けていた。
「勘が当たったか……何者だ? 我の<秘殺・三羅光剣>を避けるとは――」
気味が悪い声の褐色の福耳が特徴的な男。
彼は居合い術のような構えの残心のまま唖然とした表情を浮かべていた。
そんな彼の頭部へヴィーネの光線矢が向かう。
しかし、褐色福耳男は剣術家らしい体幹の動きで黄色い幅広剣を縦に小さく振るう。
光線矢と黄色剣刃が衝突し、あっさりと光線矢を真っ二つに斬っていた。
女神の矢と言える特別な矢をあっさり切断か。
光の筋が二つに割れて、彼の左右の床に光線矢だったモノが突き刺さっている。
続いて、ヘルメの氷礫が褐色男に向かうが、その氷礫も真っ二つ。
寸分違わずに切り裂いていた。
その瞬間、間合いを詰めていたユイが褐色男の胸元へ神鬼霊風の切っ先を伸ばす。
刀身に魔力が宿る神鬼霊風の剣突。
片手が伸びて、腕その物が一本の刀に見える突きの所作は、異常にカッコイイ。
風突でも名付けたくなるぐらいの鋭さだ。
褐色の男は、その場で身体の分身を起こすように動いて、ユイの剣突を避けようとする。
だがユイの扱う神鬼霊風の剣突は鋭く一陣の風の如く疾い。
褐色男が着る鎧服の右肩の一部が切り裂かれる。
血が僅かに舞うと、神鬼霊風の未知な刃により褐色男の体の彼方此方から切り傷が生まれた。
切り傷から細い鮮血のシャワーが迸る。
褐色男は膝から落ちるようにガクッと揺れるが、切り傷を受けても表情は崩さない。
「……<流転>で避けられぬ剣突と魔刀、凄腕の剣客と見た――」
個人戦じゃないので喋らせるつもりはない。
褐色男へ狙いをつけて両手首から<鎖>を射出。
二つの<鎖>は弾丸の速度で褐色男の頭へ向かうが、突然、その褐色男の福耳が蛇のように蠢いた。
ピアスの穴から魔力を放出させながら目の前へと細かく枝分かれした耳朶を急拡大させてくる。
俺が放った二つの<鎖>は、その拡大した福耳に絡められてしまった。
「――ほぅ、不思議な飛び道具を持っているのだな」
不可思議に伸びている両耳を繰り出している褐色男が話してくるが、それは俺の言葉だ。
耳朶に刺さっていたピアスも外れているし、彼の秘術だと思うが、すげぇ耳だ。
不思議な福耳を持つおっさん剣士。
<鎖>を侵食するかの如く耳が伸びて絡めてくるし……。
「……お前もな」
気色悪い耳が絡んでいる<鎖>を消失させてから、鋼の柄巻きを腰から抜く。
肩に竜頭金属甲を残した状態で黒い衣装のガトランスフォームへ瞬く間に着替えてから、右手に魔槍杖を召喚。
「――消えただと? 同じ秘術系でも大分違うようだ」
展開している蛇のような耳朶たちが残念そうに空中に漂いながら喋っていた。
「魂の力が入っている分、違うと思う――」
そう話した直後、左手に鋼の柄巻きを握ったまま前傾姿勢で突貫した。
狙いは褐色男の腹部位。
鎧の甲部分が硬そうだが、ぶち抜いてやろう。と、スムーズな魔脚で褐色男と間合いを潰し槍圏内に入った直後――。
左足で地面を踏み込み、腰を捻り腕から魔槍杖へ力を伝達させて<刺突>を放つ。
褐色男は、胸前に展開させていた不思議な耳を元に収斂させてから、一歩、二歩と身を退いて魔槍杖の紅矛<刺突>を避けた刹那――暗闇をもたらす闇雲が褐色男の頭部を覆う。
ヘルメの魔法が絶妙の間で決まったその瞬間、ユイが左前方を駆けていた。
ユイの双眸から漏れ出た白い靄と重なっている神鬼霊風の刀身がぶれて分裂して見える。
「視界が奪われようと……ぐあぁぁ」
ユイの鋭い剣突が褐色男の胸元に決まっていた。
褐色男も僅かに反応を示したが、間に合わず。
だが、ユイの鋭い剣術だけじゃない。
その褐色男の足には、ヘルメの氷礫が突き刺さり、ヴィーネのラシェーナの腕輪から離れた闇精霊たちが纏わり付いて、ロロディーヌの触手をも絡まっていた。
こりゃ仕方ない。
だから、まともに胸を貫かれたんだな。
ユイは素早く神鬼霊風を引いてから距離を保った。
しかし、刀に胸を貫かれ吐血しながらも、まだ生きていた褐色男。
「タフだな? 人族ではないらしい――」
そのタイミングで<鎖>を再度、褐色男の首へ伸ばす。
瞬息の間も与えず褐色男の首に<鎖>を絡めて首を締め付けてから<鎖>の先端を一条の稲妻のように斜線させて天井へ突き射した。
そこで天井の<鎖>を起点にアンカーフックを行い左手首に<鎖>を手繰り寄せる。
<鎖>が首に絡まっている褐色男は宙に引っ張られて、首吊り状態に。
「ぐおおおお――」
宙にぶら下がった福耳の褐色男は、持っていた武器を落とし、<鎖>が絡まった首を急ぎ両手で押さえてジタバタと身体を動かして抵抗していた。
彼は特異な福耳を<鎖>に絡めてくるが、僅かに締め付けが弱まったが、それだけだ。
やがて、褐色男は腕に力が入らなくなり動かなくなった。
同時に、床の上に広がっていた落ち葉も霊妙な音を鳴らしながら塵のように消えていく。
<鎖>を消すと、地面に倒れ落ちた褐色男。
倒したが、一人で俺たちの連携に少しだけ対応してきた強者だった。
「このまま三階へ向かう」
「ンン、にゃ」
ロロディーヌが触手をユイの頬に伸ばしている。
「ふふ、ありがと。ロロちゃん。でも、今の褐色男、中々の剣の使い手だった」
ロロは褒めているらしい。
「神聖ルシヴァル軍の魔帝王である閣下とその中枢相手によく持ち応えたと言えますね。普通なら瞬殺です。お尻に氷杭を打ち込む隙もない相手でした」
ヘルメ、また新しい言葉を。
「精霊様らしい言葉だ。相手はきっと影翼旅団の幹部。ユイの初見の突きも浅く皮を裂いただけで直撃はしなかった。並じゃないことは確かです」
「皆、いいから行くぞ」
「はい」
皆で階段を上がりきると、天蓋がない?
壁が不自然な形に斬られたような跡がある。冷たい風を感じる真新しい屋上と化していた。
月の明かりとベネットが放った閃光で明るい。
赤茶けた結界が独特の赤みを帯びた光となって辺りを映している……。
綺麗だが、屋上は激戦の最中だった。
見知らぬ漆黒獣と血長耳のメンバーたちが戦っている。
漆黒獣は幻想的なピポグラフ、大鷹、獅子が融合したキメラ生物。
両翼を幾つかの刃状形態に変化させると、その長い黒刃で血長耳たちの身体を突き刺そうと伸ばしていた。
メイスを扱っていたエルフと鋼鉄の鎧人が対決しているところにも漆黒獣が放った刃状の黒翼が向かう。
エルフは鋼鉄の鎧人に一度メイスを打ち込んでから身を捻って後退していった。
後退しているメイス使いのフォローをするためか、目に魔力を宿した長弓を扱うエルフが、漆黒獣目掛けて矢を放つ。
数本の矢が漆黒獣に突き刺さる。
しかし、矢は全く効いていないようだ。
胸板も厚そうだし、ビクともしてない。
矢を続けざまに浴びていく漆黒獣。
大量に矢が刺さろうと構わず、新しい瓦礫を生み出すように床板を足爪で削り、壁なんて最初からなかったように先が尖っている尻尾で壁を吹き飛ばし、逃げる血長耳のメンバーたちへ攻撃を続けていった。
「――セヴィスケル、大丈夫かい? あの矢は厄介そう」
乱戦模様の途中猫獣人が矢が刺さっている漆黒獣に話しかけていた。
メリチェグ、ミセブによる血長耳式の連携技と思われる、相手の頭を突き、その胴体を薙ごうとする鋭い突きと剣閃の連撃に対応しながらの言葉だ。
僅かに切り傷を負うが、四腕に持つ魔力漂う妖刀を小刻みに動かす見事な防御剣術だった。
左の方ではクリドススが「タフな獣。ファスお姉様、また閃光をお願いしますネ」と、楽しそうに語りながら漆黒獣が繰り出す黒刃を避けて逃げている。
「――連発は不可能なのは知っているでしょう?」
ファスと呼ばれた綺麗な女性エルフは、身に迫る黒刃を紙一重で避けながら語っていた。
その近くでは、影翼旅団のリーダーと思われる俺を勧誘してきた黒髪のガルロと名乗っていた男と、レザライサが独特の魔剣同士をぶつけ合っていた。
レザライサは魔煙草を苛立たしげにガルロに投げつけている。
膠着状態か?
人数差はあるが、血と影の戦いは互角のように見える。
そして、視界の右端に、無詠唱で稲妻の魔法を連続で放っている女性も居た。
影翼旅団の魔術師か。
指抜きグローブから伸びている数本の指先で空中にピアノの鍵盤があるかのように可憐な細指を動かすと、その指先から電気を作り出していた。
黄色と青白い光が急加速で点滅している。
稲妻、電気、雷の束。
その雷束を綾取りで遊ぶように宙へ重ね合わせていくと、雷状の小さい人を模った。
小さい人形は自ら放電するようにバチバチと音を立て、別の意思が宿っているように自動的に宙を踊る。
そのまま、敵のエルフたちを視認していくと、眼帯を装着しているエルフに狙いを付けたのか、指先から小さい稲妻をその眼帯エルフへ放つ。
稲妻の人形を作り出した魔術師はピアノを弾く動作を続けていた。
さらに、その指からも太い稲妻を放出。
逃げる血長耳のメンバーたちへ追い掛けていく。
「お前が、千雷のラライか」
魔力を備わった眼帯を身に付けている隻眼のエルフが稲妻女をラライと呼んだ。
そのまま風を纏う反った三日月刀で、小さい稲妻を叩き切っている。
稲妻と風を纏う三日月刀が衝突した宙で煙のようなしなやかな魔力片が木屑のように散らばった。
しかし、斬った手先が感電したようで、隻眼エルフは動きが鈍っている。
「ふ、完全に防げないでしょう? もっと痺れさせてあげる♪」
ラライは抒情的な口調で語る。
魔術師と眼帯エルフが戦う手前では、どこかで見たことのあるドワーフを見かけた。
手斧を左右の手に持った玉葱頭のドワーフだ。
拳に黄色い宝石が埋め込まれている。
そのドワーフは、炎を宿す魔斧を扱う紺絣の衣服を着たエルフと黄色い魔剣を握ったエルフと対峙。
二対一の状況だ。そんな状況でも斧を持ったドワーフとエルフは互いに闘牛者の槍を受けた雄牛のように荒むように、直進して間合いを詰めると、どこかで見たことのある斧と魔斧を衝突させていた。
魔斧から炎の魔力が零れている。
ドワーフの方は、特徴的な拳に嵌められた黄色い宝石の光が増していく。
「兄貴がここまで打ち込まれるのは久々だな……」
黄色い魔剣を構え、ドワーフの隙を窺うエルフが話す。
彼は斧を使うエルフの弟らしい。
エルフ兄とドワーフは、打ち合いを重ねて鈍器が凹みそうな歪な音が響く。
その時、僅かにドワーフの力が勝り、紺絣の衣服を着たエルフの斧持ちはバランスを崩した。
チャンスと見たドワーフは厳しい表情のまま、分厚い肩取縅しの金属部位を、そのバランスを崩したエルフの腰に衝突させる。
エルフを吹き飛ばしていた。
「ロッグを! この蘇りがァ!」
兄弟が倒され激昂した黄色い魔剣をもつエルフ。
むき出しの感情を露わにするように言葉を放つと、蘇りと呼ばれたドワーフの胸元を抉ろうとする勢いで切っ先を向けるが、そのドワーフは冷静に片斧を斜めにゆっくりと回転させながら黄色の魔剣を絡め取るように防ぐ。
「――何だと?」
エルフは接地が崩される。
右手が斜めに強引に持っていかれると、ドワーフは流れるように、今、吹き飛ばした肩とは反対側の金属部位の左肩で、黄色い魔剣を握っていたエルフの鳩尾部位へ肩を吸い込ませて衝突させた。
「ぐあ」
エルフは腹を抱えるように前のめりに屈めた体勢で吹き飛ぶ。
黄色い魔剣を床に落として摩擦の煙を上げながら転がってきたエルフは、ロロディーヌの足下で止まった。
「ン、にゃ」
ロロは面白がって、ハンコを押すように片足の肉球をエルフの顔に押し当てていく。
グッドスメルと言わせたいのかもしれない。
「大丈夫か?」
肉球の臭いを嗅いだせいではないと思うが、苦悶の表情を浮かべている名を知らぬエルフに話しかけた。
「ぐぉ、イテェ……お前は……月の残骸」
地面に転がるエルフは顔の肉球を手で払ってから、俺たちを見ていくと、縋るように安堵した表情を見せる。
彼は俺たちのことを知っていたらしい。
二対一を制した威風辺りを圧する強いドワーフも、階段付近に居る新しく現れた俺たちの様子を確認。
あの繋がった太い眉、玉葱の頭。もしかして……。
「――おい! お前は……」
やはり、ハンカイだ。
22日更新予定です。