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三百三話 地下オークション第二部

2020/22:57 11月1日 ※シキの乳房大魔王と神魔石についての修正※

2020/23:04 11月1日 ※「武光・神聖イザヤ」など、色々と修正。

 

 アシュラー教団の関係者たちが貴重なアイテムを落札者の下に運ぶ。

 カザネは自らの仮面を外してオークション用の書類と睨めっこをしている。

 幕の向こう側からは、オークションの進行を滞らせないように部下たちへ指示を出しているミライの声も聞こえてきた。


 外は寒い夜だが……。

 貴族街の屋敷の地下で開催中のオークションの会場は熱気に包まれている。

 その熱気を生む主な元凶は二組。


 オークション一部の時にいなかった者たちだ。


 一組めは懐かしい友の伯爵のマクフォル。

 配下のビミャルもいた。


「品を手に入れ今日中にホルカーへ帰るのだ」

「はい」


 ビミャルは笑顔。

 大きな声のマクフォルに応えていた。


 二組めが、


「マクフォルに負けていられんぞ」

「殿下、あまり目立たれても困ります」


 覆面をかぶる第二王子ファルスと分かる。

 傍に赤髪のレムロナと鑑定能力を持つ侍女もいた。


 その二組を中心としたアイテム獲得競争が増える。


 他の大商会、闇ギルドたちは負けじと競争に参加するが、「値が釣り上がる速度が速すぎる!」と、愚痴を零す声が聞こえてきた。


「聖剣ルソー」

「儀典・神聖アザヤ」

「武光・神聖イザヤ」

「ページェ一族の秘宝」

「偽魔宝地図レベル十五」

「ターブオンジェの歯型レプリカ」


 といったアイテム群が落札されていく。


「続きまして、神話級アイテム。透き通った宝石水晶。内外にあまねく知れ渡る秘宝サマリタンの登場です。古き幽鬼族系の遺跡から発見された古代遺物。時折、水晶の表面に未知な幽界の光景を映し出すといわれています。白金貨二十五枚からスタートです」


 卵の形の巨大水晶が運ばれてきた。

 この秘宝も人気がある。

 マクフォルを筆頭に、各大商会、各個人、コレクターも札上げに加わると、値上げ競争が激化した。


「魔界八将髑髏のレプリカ」

「魔界六十八剣が一振りシェイザーの豹剣」

「デミヒューマン図鑑」

「オアネスの星」

「トライデント」

「右帝アラモの石板」

「神界八十八書に数えられるセツダーツの雪秘宝」

「珍宝五指、風蟻のカード」


 神話(ミソロジー)級と伝説級アイテムは、特に熾烈を極める競争となった。徐々にコレクターの存在感が目立ち始める。

 コレクターことシキは、毎回、毎回、すました顔で札を上げては落札していった。


 シキは八頭輝と大商会から注目を受けたが、気にしていない。

 シキは額に魔印が刻まれている。

 瞳は魔法陣が浮かぶ。魔眼だ。


 胸は迫力がある乳房大魔王だ。


 そのシキが堂々と札をあげる度に、その乳房大魔王こと、おっぱいさんが、絶妙なタイミングで揺れていた。

 

 敬礼したくなる。

 衣服は高級ドレス。


 ウールと銀糸であつらえた紐的な繊維が、偉大な乳房を称えるように重なりつつ腰から臀部に流れていた。


 ドレス風だがドレスではないという……。

 俺の知る近代ファッションを超えている。


 しかし、俺に対してだけ、アピールが凄い気が……嬉しいがヴィーネたちの視線が怖い。


 シキのおっぱいは白い果実のシルクのような肌触りと予想。


 そして、あのグレード級ならば、角度を合わせつつ顔を挟めば……幸せを得る御技を試せると思う。


 おっぱい研究会の技術を伸ばせるはずだ。


 きっと……おーい。

 一対の桃源郷さんの場所は、この柔らかい双丘さんですかー。

 と、双丘さんに直接叫びたくなるはずだ。


 そんな鈍器のお胸さんを持つシキのお供のヴァンパイアの男性とゴルディーバの女性秘書の姿も見えた。


『シキはレブラの使徒。彼女の目的はいったい……』


 小さいヘルメは視界の右上だ。

 ふあふあと浮きながら考えるポーズを取る。


『シキの目的か。乳房をアピールしたいだけじゃないことは確実。優秀そうな部下たちの前で、俺を勧誘した』

『未知のアイテムも集めています』

『その行動原理から推測すると、宵闇の女王レブラの支配を、このペルネーテで強めて、邪界、神界、魔界、問わず、様々な使徒たちを倒しては、セラ世界に宵闇の女王レブラを降臨させようと目論んでいる?』


 と、念話を伝えると、ヘルメは片手に持つ注射器の先端をシキの巨乳さんに向ける。


『そのようなことを……ですが、有り得ますか?』


 ヘルメは頭を傾げながら聞いてきた。


『現実的ではないな。ま、“錐を以て地を指す”ってやつだ』

『諺は難しいです』

『意味は、貧しい見識で大きな物事に勝手な判断を下す。だよ』

『閣下自身の戒めでしたか』

『おう、だが、これは凄く難しいんだ。気を付けたいが慎重になりすぎるのも、とな?』

『ふふ、閣下は閣下。その思考が既に君主の器かと』

『褒める流れは、なし』

『はい、では、シキの予想では、先程閣下が仰った考えと似ていますが、宵闇の女王の支配をセラで強めて、魔界の使徒、邪界の使徒、他の神々の使徒と対決&利用といった感じでしょうか』

『優秀な冒険者たちと一緒にマナブも利用していた。その可能性が一番高い。あとは単純に魔界の女王が喜ぶことを実行しているだけかもしれない』

『……はい。生意気なおっぱいを使って閣下を誘惑した理由の一つかもしれません』


 小型ヘルメは、少し頬を膨らませている。

 シキの胸をライバル視しているのかもしれない。

 そんな脳内会話を繰り広げながらも、第二部のオークションは続いていた。

 係の人がてんてこ舞いのせわしさだ。

 コレクター以外の大商会も落札するアイテムが増えてくる。


 俺は落札競争にはあまり参加せず、ユイ、ヴィーネ、メルと話をしながらオークションの進行を見守った。


 ……幻狼の杖、メファーラの指、古エルフの大回廊の地図、魔精音波の実、命の鎌、


「次の品は伝説級、荒神グジュトが<投擲>した際に荒神フェムトの身を貫いたとされる伝説の魔槍グンダイル。白金貨十五枚からスタートです」


 刃先が蒼い短槍だ……気になるがスルー。

 何かと気忙しいマクフォルが落札に成功していた。

 鼻息荒い彼は、指揮棒の鋒を伸ばして「……僕の屋敷にコレクションが増えるな」と、語りご満悦の表情だ。


 マクフォルが満足している間にもオークションは続く。

 キズィマンドの刃、戦気眼帯、毒魔の霧餅、雷精霊ボドィーの眼球、といった未知のアイテムが大商会たちに落札されていった。


「続きまして、神話級。名は神魔石です。見ての通り、外へ魔力は放出されていませんが、中心部の小さい点、この一点の場所に濃密な魔力が詰まっていることが確認できます。しかし、名とランクのみしか分からない。数多くの鑑定人たちも解析不可能だった神話級らしいアイテムです。白金貨三十枚からスタート」


 神魔石。あの形もしかして……。

 俺は自然と札を上げて競売に参加していた。

 競争相手はコレクター。


 最終的に俺が落札に成功。


 コレクターは珍しく悔しそうな表情を浮かべてから、一瞥を向けてきた。

 そのまま悩ましい豊満なおっぱいを見せつけるように仰け反りながら、背後に立っていたヴァンパイア君に話しかけている。

 ヴァンパイア君はコレクターことシキの意見に数度、頷いてから、血色の双眸を浮かべて睨むように俺に顔を向けてきた。


 彼はヴァルマスク家なのか?

 ハルゼルマ家のような他の支族かな?

 レブラとルグナドの関係者だったりするのだろうか……。


 シキたちを見ていると落札した神魔石が運ばれてくる。

 その神魔石を受け取り、アイテムボックスの中へ素早く仕舞った。


「シュウヤ、おめでとう。でも石を欲しがるとは思わなかった」

「きっと、リビングに飾る予定なのでしょう」

「……」

「飾るかは分からない。気になることがあるんだ」


 そう語る俺だが、まあ、暫く寝かせるか。

 ――あの槍は特別(・・)だ。

 ユイとヴィーネは不思議そうな顔で俺の顔を見ていた。

 メルは静観して、必要書類にペンを走らせている。


 オークションは続く。

 聖王ホクマータの遺骸、骨兜の指輪、アロステの衣、恐王ノクターの針、霊王チリムの絵が、見知らぬ大商会とキャネラスの大商会に買われていった。


「続きまして、アシュラー教団のカザネが用意した特別なアイテムです。夢魔の水鏡、夢吸いの笛、夢瓶。のセット用品です」


 運ばれてきたのは大きな鏡、横笛、ガラスの瓶。

 大きな鏡には、夜の景色に大樹が映っていた。

 水鏡と名が付くようだけど、銅鏡にも見える。


 大樹の葉は極彩色。

 沢山ある枝に光り輝く蝶たちが止まっている。


「これは他の世界に繋がる代物。カザネ曰く、「夢とは捕らえられるモノなのですよ。あなたも夢取り人になれるかもしれません。永遠に夢魔世界に囚われるかもしれませんが……」と語っていましたので、注意が必要です。白金貨五十五枚からスタートです」


 呪いの品のような気がするが、珍しいアイテムらしく競争が激化。

 最終的に大白金貨七枚という大金で落札したのが、キーラ・ホセライという個人の美人女性だった。教団関係者なのか?

 彼女が座る机の上にアシュラー教団のマークの札が置かれてあった。

 ま、関わることはないだろう。


 中央に視線を戻し、次のアイテムを待つ。


「次の品は、血骨仙女の片眼球です」


 新しく運ばれてきたアイテムはガラス容器の中に入った眼球だった。

 ホルマリンのような水溶液に浸かった眼球。

 眼球の表面は血色の五芒星と小さい星マークが刻まれてある。


『不思議と外に魔力が出ていません』

『たぶん、容器が特別なのだろう。外側に小さい銀色の縦線が幾重にもあるし、蓋にも樹液と札が貼ってあるようだ』


「大昔、高名なモンスターハンターが砂漠地方でS級討伐依頼である血骨仙女と戦い敗れてしまいましたが、彼が持っていた特殊魔道具により血骨仙女から片方の眼球を奪い取ることに成功したようです。出所は不明ですが、ある商会に行き着いたところで、この地下オークションに運ばれることになりました。優秀な術者が必要ですが、器として自信がある方は魔眼を得られるいい機会かもしれません。白金貨四十五枚からスタートです」


 俺もこの競売に参加した。しばらくして、落札に成功。

 シャルドネ、血長耳、マクフォル、ファルス殿下、キャネラス、プリミエル大商会、コレクターたちとの競争に勝利しての落札なので、気分が良かった。


 最後はコレクターと一対一の勝負になったが、こっちは月の残骸の儲け以外にも成金のエリボルが残した資産(ポケットマネー)があるので余裕だ。


「不思議な物が好きなのね」

「魔眼を得るつもりなのですか?」

「俺ではなく誰かに移植させるのもいいかも。どうやるか分からないけど、ま、今は単にコレクションだ」


 落札した眼球入りの容器が運ばれてきたので、アイテムボックスの中へ手早く仕舞う。


 次のアイテムは……魔界四九三書が一つヴェヌロンの書、ラ・ドオラの虹声、百合の秘薬、地底神トロドと黒教皇ノスタリウスの冠、黒呪の探知魔道具(グラセルヤ)、魔王の楽譜第三章――。


『ついに来ました!』

『おう――』


 目的の品だ。一緒の席に座っている全員が頷く。

 俺は魔王の楽譜を巡る競売の争いに参加した。


 大商会、闇ギルド、見知らぬ個人、が札を上げていく。

 ヘカトレイル後援会と一騎打ちとなったが、最後に粘り勝ちし、俺が落札に成功した。


「おめでとうございます、月の残骸の盟主、シュウヤ・カガリ様、落札です」


 良し、大金だが、魔王の楽譜第三章をゲット。


「ンン、にゃお」


 肩に居る黒猫(ロロ)も『やったニャ』と喜ぶように猫パンチを宙へ放つ。

 そのまま数度、肉球パンチを俺の肩に『ぽん』『ぽん』と当ててきた。


 柔らかい肉球がたまらない。


「ロロ、これでオークションの用事は済んだ」

「ン、にゃ」


 ハイセルコーンの角笛と魔王の楽譜を傷場で使えば……。

 魔界へ行けるかもしれない。


 と、喜んでいると、楽譜を狙っていたシャルドネが仮面越しに俺に顔を向けてきた。

 睨んでいるのかもしれない。

 無難に笑顔を返してから頭を下げておく。

 しかし、侯爵は第一部の高級戦闘奴隷を含めて、第二部の神話級アイテム群の落札も多い。案の定、側で控えている白髪の側近サメに「散財のしすぎですぞ」と小言で注意されていた。

 ただ、怒られても、「楽しいですわ。来て正解ですの」と口元を隠しながら笑っている。

 口を隠す彼女の手には綺麗な長手袋が嵌められていた。


 そんな可愛らしいシャルドネの方を見ていると、俺たちが座る八頭輝専用、月の残骸の席に教団関係者がさっきと同様に落札したアイテムを持って近寄ってくる。


 教団マークが入った前掛けを身につけた仮面をかぶる慎ましそうな女性。

 彼女の両手を包む紺色の厚いマフの上に乗せられていた魔王の楽譜は漆黒色……。

 楽譜の表面に白い絵の具で描かれた怪物たちの絵と音符の記号が複雑に刻まれてあった。

 紙は少し湿っていそうな感じがする。

 そして……膨大な魔力の波紋が帯状の渦となって外へ漏れていたので、明らかに呪いの品だと分かるが、


「――直に触っても大丈夫です。お受け取りを」


 大丈夫なのか?


「ありがとう」


 と、アシュラー教団の方から、魔王の楽譜を人差し指と親指に挟んで受け取る。

 指で楽譜を挟んだ状態だけど、確かに大丈夫のようだ。運んできた教団の方は一度頭を下げてから踵を返して、係の人が出入りしている幕の方へ戻っていった。


『閣下、これはカザネが昔使っていたカードのアイテムに似ています』

『しかし、第一種危険指定アイテムではないらしい』

『係の人は直に触っていませんでしたが……』


 看護婦さんの格好をしている小型ヘルメさん。

 明らかに警戒して手に持った注射器を楽譜へ向けている。


『触ってみる?』

『遠慮しておきます』


 魔王の楽譜は触っても平気なのだが、精霊ヘルメと相性が悪いかもしれない。


「シュウヤ、直に触っているけど、なんともないわよね?」

「大丈夫だ。でも、不安になってきたから仕舞うとする」


 魔王の楽譜を仕舞うと、少し会場がざわついた。 


 勿論、新しいアイテムが幕の横から登場したからだ。

 騒ぐのは分かる。それは大型のゴミ収集車と小型の乗用車だった。

 両方とも凄まじい壊れ具合で、上から巨人に踏みつぶされたような跡がある。

 そして、俺が知る自動車とは微妙に異なる作り。

 ドアとエンジンだった部位は魔力を帯びた金属も使われ、ところどころに電子回路を思わせる細かな意匠が水晶のような透明な金属で刻まれてあった。


「突如、空から降ってきた魔鋼鉄の箱。素材として溶かされる寸前に西方ルートに強い大商会が仕入れた物です。白金貨三枚からスタート」


 エヴァとミスティが欲しがるかなと思い競売に参加。

 無事に落札した。アイテムボックスに仕舞う。

 続いて、登場したのはプップクプーという未知の食べ物。


「これを食べると、特別な絶頂感を味わいますが、ある力で空を飛べるようになります。ただし、空高く飛びすぎるので危険なアイテムです」


 ある力? と、疑問に思いながら中央に展示されたそのプップクプーは、泡を上下に放出している謎の液体ジュースだった。

 興味ないので見学。

 プップクプーはキャネラスの大商会が落札。


 その後もオークションは淡々と進む。

 そして、最後の品が落札された。


「それではこれで地下オークションは終了となります。皆様が、いい星座群に恵まれますように、また来年のご参加を」


 カザネの閉めの言葉と共に八頭輝たちは一斉に立ち上がる。

 ぞろぞろと組織ごとに会場を後にしていった。

 地下オークションが終わったら中立関係の終了だ。

 皆の顔は鋭い。いつ戦いが起きてもおかしくはない状況だ。


「シュウヤ、血長耳が泊まる宿に向かうのでしょう?」


 ユイは立ち去る八頭輝と血長耳に鋭い視線を向けながら聞いてきた。


「そうなる」

「総長、書類を渡しておきます」


 メルから数枚の書類を手渡された。

 これは何? と、メルに視線でメッセージを送る。


「総長のサインが必要な物です」

「了解した、今、サインするので待ってくれ」

「はい」


 羽根ペンも受け取り、羊皮紙にサインをしてから、メルへ渡した。


「それじゃ、俺たちは天凛堂ブリアントへ向かう」


 月の残骸の綺麗な専用席から離れて、会場の端へ向かう。

 皆で階段を上がり赤絨毯の廊下を大商人、闇ギルド関係者たちと一緒に外へ歩いて出た。


 そのまま踏み石が点在した内庭を歩いて、大通りに出る。


 通り沿いに止まる馬車の数は多い。

 第二王子を守るように兵士が群がり、他は傭兵、護衛、戦闘奴隷を引き連れた大商会の幹部、黒服に身を包むボディーガードを含めて八頭輝に関係しているだろう人員たちで溢れていた。

 黒服の彼らは闇ギルドの盟主たちを守るように泊まっている宿へ帰っていく。

 そんな大通りの様子を見ていると、


「ご主人様、ベイカラの手と思われる鱗人(カラムリアン)たちが付けてきますが……」


 ヴィーネの言葉通り、彼らだけが、宿に直帰せず。

 丁度、俺たちの真後ろに居る。

 他の八頭輝はもう通りに居ないので、オカシイかもしれない。


「みたいだな」

「……わたしに視線が集まっている?」


 彼らはベイカラだけに、ユイの魔眼に関することか?

 しかし、ユイは会合の時も含めて瞳の力は使っていなかったはず……。 


「八頭輝だから、同じ宿の方向だとは思うが……」


 振り返ってアコニットと名乗った鱗人(カラムニアン)と視線を合わせた。前と変わらず眼光が鋭い。

 鱗の肌が魔竜王のような紫色で魔闘術の気配もある【ベイカラの手】の総長だ。オセベリア王国ラングリード侯爵の犬。


 前に見せていた手のような魔力は発していなかった。

 【黒の手袋】を使い【月の残骸】に手を出したやつだ。


「総長、【黒の手袋】をけしかけた奴らですね」


 メルは踵から黒い翼の形の魔力を僅かに発生させる。

 臨戦態勢だ。


「そうだが、メル、足を出すなよ」

「大丈夫です」


 メルは副長らしい冷静な顔付きで答えていた。

 表と裏の駆け引きを心得ている顔だ。


 そこに、


「どうも、月の残骸のシュウヤさん」


 隣人(カラムニアン)たちを引き連れたアコニットが喋りかけてきた。

 シャツの両袖が捲れていて、紫色の鱗の皮膚が目立つ。

 ズボンは迷彩色で革ベルトとポケットが均等に付いていた。


「何か用ですか? ベイカラの手のアコニットさん」

「……はい、用がありますが、まずは手痛い敗北を齎してくれた月の残骸の盟主たちと、その側近たちの姿を近くからじっくりと見たいと思いましてね」

「手痛い敗北……」


 メルが呟くと一歩前に出る。

 アコニットの背後の連中も武器に手を掛けた。


「アコニットさん。これはラングリード様の命令ですか?」

「いえ、今回(・・)の閣下の命令はオークション関係のみ。これから確保した高級戦闘奴隷、高級アイテムの輸送という大事な仕事があります。実は、この奴隷たちの輸送がベイカラの手(我等)の最大の仕事なのです。毎年行なわれるオークションの品を無事に閣下のところへ運ぶというね。去年は【ノクターの誓い】、【シャファの雷】、【雀虎】たちといった闇ギルドたちも、このオークションの帰り道に命知らずな闇ギルド&盗賊たちから襲撃があったと聞き及んでいます……すべて返り討ちだったと聞きましたが」


 八頭輝のグループに喧嘩を仕掛ける命知らずはいるのか。


「ならば用件とは何でしょう」

「そこの綺麗な黒髪の女性。刀を持った女性は幹部の方ですか?」


 アコニットはユイを指摘している。

 ユイはやっぱりという顔を浮かべていた。


「彼女に何か?」

「はい、少しいいですか?」


 アコニットは部下たちから離れると、そんなことを語る。

 ついてこいということか。

 俺も皆から離れて、アコニットさんの側を歩いていった。


「……【ベイカラの手】の名前の通り、わたしは死神ベイカラ様を信奉するベイカラ教団の幹部でもあるのです」


 その言葉を聞いたユイは少し動揺を示す。

 瞬きを繰り返してゆっくりと頭部を振る。

 あの態度から推察すると『知らないフリをしてね?』と意味を込めてのアイコンタクト&動作と判断。


「ンン、にゃ?」


 黒猫ロロがユイの行動に反応。

 そのまま彼女の足に頭部をぶつける。

 相棒はユイの細い足に頭部から胴体を擦り始めたところで、ユイに抱き締められていた。


 そんな相棒から視線をアコニットさんに戻し、


「ベイカラ教団。初めて聞きました。その教団の方がどうして彼女を気にするのですか?」

「特別なベイカラの神気を感じ取ったからです。神姫、神子、巫女、わたしはこの闇ギルドの立場を利用し無謬のベイカラの力を宿した者たちを集める役回りを担っているのです」

「そっか。アコニットさん、悪いが大切な彼女なので、教団に渡せない」


 彼は目に粘っこい光を宿す。


「……分かりました」


 納得はしてない顔だ。


「それじゃ、俺は用があるので」


 鱗人(カラムリアン)のアコニットから離れた。

 残念そうな顔を浮かべたアコニットも部下たちのところへ戻っていく。

 俺もユイ、ヴィーネ、メルの三人の美女たちのもとに戻った。

 彼女たちはそれぞれに黒猫ロロの四肢を持ち、楽しそうに肉球マッサージを繰り返している。


 そんな、まったりムードだったが、


 『総長、緊急連絡! 追跡していた額に黒い翼のサークレットを持つ男が動いたわ。強そうな部下たちも増えた。わたしの追跡も分かったうえで動いている感じだったし、不気味』


 ヴェロニカからの血文字の連絡だ。


 『あいつらか、俺たちを追跡でもしているのか?』

 『ううん。わたしたちは関係ないみたい。ベネット曰く、影翼旅団だって。幹部クラスと思われる集団が一斉に天凛堂の中へ侵入を開始していった。一階のアシュラー教団の見張りと宿の関係者たちは褐色の男に一瞬で斬られたわ。耳が蛇のように蠢く変な褐色男の長剣使いは凄腕ね。ベネットも、きな臭くなってきたって』

 『天凛堂だな、すぐに向かう』


 と、返事を出して、


「メル、ヴェロニカからの血文字連絡だ。この間、俺に接触してきた怪しい集団が武器を持って八頭輝の宿の中に侵入したらしい」

「そのようです。そして、念の為に準備しておいて良かった。惨殺のポルセン、氷鈴のアンジェ、蟲使いゼッタ、剛拳カズン、惨殺姉妹、剣客ロバート、月の残骸、全幹部に緊急召集を掛けます」


 メルはスラリと伸びた悩ましい両足の踵から黒色の魔力を伸ばす。

 そして、懐のポケットから連絡用スクロールを数枚取り出した。

 あのスクロールはどこかで見たような形。


 メルの準備しておいて良かったとの言葉を聞くに、血長耳を含めたオークションのあとに何かあると予め準備をしていたらしい。


 貴女は孔明ですか? と、思ったけど聞かなかった。


「既視感、戦争。魔導貴族同士の争いを思い出しました」


 ヴィーネは故郷を思い出している顔だ。

 メルが持つスクロールにデジャビュを感じているわけじゃない。

 地下都市ダウメザランでは日夜、魔導貴族同士の潰し合いがある。

 ……きっと地下では現在も魔毒の神ミセアが喜ぶ濃密な激しい戦いが繰り広げられていることだろう。


「……ダークエルフの地下社会も、魔神帝国、ノーム、ドワーフ、色々と凄そうね。でも、オークションを終えたらいきなり戦争を仕掛けるのは、闇ギルドらしいとも言える」

「ある種、礼儀正しいのか?」

「そうね。理に適っているのも確か。ペルネーテは月の残骸が本拠。狙う相手は地方の都市を本拠にしている闇ギルドだから、護衛の数、地の利、作戦をやり遂げた後の処理、逃走ルートの全てが違ってくる」


 剣を教えてくれていたユイの姿とかぶった。ユイ先生。

 彼女は闇ギルドの様々な仕事の経験から、影翼旅団の仕事ぶりを想像しているようだ。


「さて、そんな争点の場所、天凛堂へ向かうか」


 その前に、血文字で連絡しておこう。

 『ママニ、目的は俺たち&レフテンの姫ではないと思うが、敵らしき組織が動いている。お前たちは前以て説明していたように、血獣隊を率いて警備員のアジュールと共に屋敷の防備を固めろ。姫の護衛だ』

 『畏まりました。警戒を強めておきます』


 <筆頭従者長>たちにも血文字で連絡。

 各自用事が終わったら屋敷で姫の護衛に加わるように頼んでおいた。

 ミスティは明日、学校があるので途中で寝ると返事。


「ロロ、頼む」

「ンン、にゃおお」


 変身した黒馬と黒豹を合体したような姿のロロディーヌに皆で乗り込んだ。


「メル、天凛堂まで案内を頼む」

「はい」

「ロロ、ゆっくりペースでいいからな」

「にゃ」


 ペルネーテの静かな夜を相棒は歩き出した。

次話は15日の予定です。

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