二百八十五話 三眼の美女トワ
あの銀色の角、いい素材で高級品の可能性がある。
金属ならエヴァとミスティが喜んでくれるかなぁ。
土産にザガ&ボン&ルビアに渡すのもいいかも。
そして、恐竜の中身はきっと肉のはず。
邪界牛を超える美味しい肉なら、屋敷のディナー&ランチにも貢献だ。
それに、エヴァとディーさんにプレゼントしたら限定メニューの料理ができるかもしれない。
「ロロ、俺たちはあの恐竜の集団を倒す――余計な世話かもしれないが、あの馬車を守るぞ」
「にゃお」
恐竜がアメリカパイソンの群れの如く平原を突き進んでいる空間へ腕を向けてポーズを決める。
「ンンン――」
黒猫は俺のポーズは見ないで、お気に入りの座椅子から飛び上がり巨大化。
馬獅子型黒猫に変身した。
いつ見ても、カッコイイ姿だ。
黒豹型に近い凛々しい頭部。
馬の胴体から伸びている尻尾も長い。
その長い尻尾で『早く乗れニャ』というように俺の顔を擦って悪戯をしてくる。くすぐったいけど、可愛い毛の感触。
触手は出してこない。
「……ちょい待て、これを仕舞うから」
と、小型オービタルをアイテムボックスに仕舞ってから、ロロの黒毛がふさふさしている背中に飛び乗り跨った。
早速、ロロは触手の手綱を目の前に用意してくれる。
柔らかく相棒の大切な手綱を掴むと、その手綱の先端にある平たい触手が俺の首に付着した。
ロロディーヌと感覚を共有。
「良し! 突撃だ、関羽の気分でいくぞ!」
「にゃおおぉぉ――」
馬獅子型黒猫はサラブレッドのような足を小幅に太く長くしたような両前足を持ち上げた。
俺のイメージが伝わったのか、華麗なウィリーを行なう。
躍動感を見せてから、一気に走り出す。
『行きましょう!』
ヘルメの気合声を背景に俺を乗せた馬獅子型黒猫は凄まじい勢いで丘を駆け下りていく。
右手に魔槍杖を召喚し斜め下へ伸ばした。
その瞬間、魔槍の紅斧刃に硬い感触を得る。
感触があった場所を見ると、紅色の火花が散っていた。
速度が出ているので、火花が揺れて踊り、紅斧を追いかける紅色の線を曳いて見える。
そのまま紅斧刃の角度を調整し刃を寝かせた。
視線を恐竜へ向け直す。
丘を駆け下り、平原の地をロロの四肢は力強く躍動。
恐竜と馬車の場所の下へ急ぐが、先頭を走っていた恐竜により馬車が潰されそうだ。
<鎖>を放つと思ったが、先に馬獅子型黒猫が動いた。
前方斜め上に跳躍しながら全身から数十の触手を放ち、恐竜の全身へ突き刺していく。
ロロは恐竜に突き刺さっていた触手を自身の身体に引き戻す。
当然、触手骨剣が突き刺さっている恐竜も付いてきた。
目の前に巨大な恐竜が迫る。
『狩り』『遊ぶ』『楽しい』『肉』
黒獅子型黒猫の楽しい心が伝わると同時に<豪閃>を発動――。
目の前に迫った血塗れの恐竜の太い首上を、紅斧刃で両断しながら追われていた馬車を飛び越えていた。
その際、下の馬車に、恐竜の切断した首から噴出した大量の血が降り掛かる。
血はすぐに俺が吸い寄せたが。
ロロが着地した際に生じた土が、馬車に掛かってしまった。
馬車は転倒してしまう。
馬車の中の乗っていた邪族の方、魔族の方、どっちか分からないけど、大丈夫かな?
「沸騎士、ヘルメ出ろ――」
俺は指輪を触り指示を出しながら馬獅子型黒猫から降りた。
『はいっ』
左目から飛び出たヘルメは人型に変身途中の液体の半身を保った状態で、氷の礫を恐竜の足元に放っていく。
足に礫を喰らった恐竜たちは滑るように転倒していた。
「――ロロ、銀角は壊さないように、それ以外は自由に調理していい。俺はあの馬車を見てくる」
「にゃおお」
人型となったヘルメは華麗に着地。
「ハハハハハハハッ、イメージが爆発です! 生意気なお尻ちゃんを狙いますよぉ!」
美しいヘルメさんだけど、芸術家のような言葉を。
彼女は可笑しなことを語りながら左方へ向かう。
ロロは右方の恐竜たちのもとへ向かった。
『イモリザ出番だ』
指状態のイモリザも呼び出しておく。
右手の第六の指だったモノが地面に落ちた。
その間に、沸騎士たちが誕生していた。
「閣下ァ、ゼメタスですぞ!」
「閣下ァァ、アドモスです!」
「お前たちは馬車の周りを警戒しろ、恐竜が迫ったら引き寄せて倒せ」
指を差して命令を下す。
「――お任せを!」
「――囮なら得意ですぞ!」
「私の<咆骨叫>を見てもらう!」
「いや、我の<咆骨叫>だ――」
競うように沸騎士たちは走り出す。
しかし、彼らが待つ恐竜たちは……神獣と精霊ヘルメにより倒されている状況なので、沸騎士の出番は……。
ま、転倒している馬車の周りはこれで大丈夫だろう。
「使者様ァ、イモリザですぞぉ!」
「一々、まねせんでいい、恐竜の殲滅に加われ、判断は任せる」
「はーい♪」
気軽な調子で返事をしたイモリザ。
側転を行いながら向かうけど、その動きは遅い。
炎を吹いて暴れている馬獅子型黒猫の方へ向かっていく。
イモリザのあの遅さじゃ巻き込まれるかもしれない。
「イモリザ、無理するなよー。ロロのことを視野に入れて遠くから戦え」
「大丈夫ですよー使者様♪」
彼女は骨魚を呼び出していた。
あ、なるほど。あれに乗って戦うのか。
予想通り呼び出した骨の魚に乗ると、勢いよく空中を移動していく。
<魔骨魚>だったっけか。まだあれに乗ったことないな。
今度乗せてもらおう。
彼女は骨魚の上にお尻を乗せた状態で、楽しそうに片手を泳がせる。
そして、その泳がせている指の黒爪を斜め下の恐竜の頭部へ向けてから、その黒爪を伸ばしていった。
宙に弧を描く軌道で伸びていく黒爪たちの先端が、恐竜の三つの眼球を貫く。
眼球から血が迸っていた。
「ぎゃおぉぉ」
眼を貫かれた恐竜は痛みの声をあげて、動きを止める。
そこに地面の土を吹き飛ばしながら駆けている馬獅子型黒猫が視界に入る。
馬獅子型黒猫は口元から鋭い牙を光らせながら、眼を貫かれ動きを止めた恐竜に近付いていた。
そのまま喉元に勢いよく噛みつき、恐竜の首の半分を引き千切りながら駆け抜けていた。
「にゃおぉぉぉん――」
馬獅子型黒猫は恐竜の肉を食べ血を飲み込みながら狼のように顔を上向かせて鳴いていた。
『仕留めたニャァァ』と聞こえる。
鳴き声は可愛い。
だが、その姿は完全に捕食動物……威圧感は凄まじい。
「ロロ様ー♪ カッコイイー」
空中に居るイモちゃん。
ロロを褒めながら次々と黒爪を他の恐竜たちへ伸ばしていた。
神獣のフォローをちゃんと行なっている。
さて、俺は馬車のもとへ――。
走って向かうと、転倒した馬車の蝶番が動き扉が開く。
馬車自体は頑丈な作りなのか、表面が僅かに擦れて傷ついているだけで、車輪も外れず、壊れていなかった。
そして、扉が開かれて出てきたのは……三つ眼の女性と年老いた鷲鼻の三つ眼の男性。
身体の数箇所に、転倒した証拠と思われる痣が見られた。
だが、目立った外傷はないようだ。
「……大丈夫ですか?」
「はい。あ、え? 二つ目? それに――」
三つ眼の女性は周りを窺う。
恐竜たちが、ロロと部下たちに一方的に倒されている光景を見て、三つの眼を見開かせて驚いている。
しかし、三つの眼だけど、美女だ。
少しウェーブ掛かった金色の髪に、前髪がはらりと落ちて、額と三つ眼を少し隠している。
切れ長の二つの眼は人族と変わらない。
額にある第三の眼は邪族特有なのか、少しだけ眼の形が違う。
睫毛は二つ目の人族と同じ。
額の眼の睫毛は少しだけ短いかな。
鼻は少し高めで、唇は小振り。唇の筋が可愛く紅色だ。
顎も細い。ホクロが数個付いているが、ご愛嬌。
この辺は美人さん特有の黄金比率という奴だな。
そして、女性の身なりは豪華だ。
胸元が開いた絹製の衣装を身に着けている。
腰が細いと分かるきゅっと締まった細いベルトの下のスカートもフロントにスリットが入ったデザイン性の高いシックなスカート。
貴族みたいだ。鷲鼻の男性も襟が高い布服にファーが付いたダブレットの上着を重ねて着ていた。
どっちもそれなりな身分か?
「……気にしないでください、他に目立った怪我人は居ますか?」
女性は、細顎をぐっと引き締めてから俺を見つめてくると口を動かす。
喉仏も小さい。
「いえ、他に居ません。ドフアドンから救って頂きありがとうございます」
あの恐竜ドフアドンという名前なのか。
「たまたま、遭遇しただけのこと。貴女たちの命が助かってよかった」
「はい、本当に、これでこの一帯も救われます。ありがとう」
邪族の女性は胸元に手を当て心から安堵している表情を浮かべる。
続いて、ビューティフルな素敵な笑顔を見せてくれた。
「そうです。わたしたちだけでなく、これでアセイバン村に住む我々も救われる。貴方の名をお聞かせください」
鷲鼻の邪族の年老いた男性が名前を聞いてきた。
アセイバンという村から来たようだ。
彼は鬼瓦顔なので、少し怖いかもしれない。
「……そりゃよかった。俺の名はシュウヤです」
「シュウヤ様……」
「ありがとう、シュウヤ様」
「閣下、恐縮ですが、あそこで行なわれている巨大モンスターの殲滅に加わっても?」
ゼメタスが遠慮勝ちに聞いてきた。
「ひぃ」
「が、骸骨……」
邪族たちは沸騎士を見て、怖がってしまった。
そりゃそうだ。
沸騎士の見た目は、骸骨で一対の眼窩だしな。
だけど、俺の屋敷の中庭で、この沸騎士たちを見ても使用人たちは特に騒ぎもしなかったが……。
ま、雇い主が俺だ。精霊ヘルメも信仰しているから、余計なことで騒ぐ必要もないか。
案外、使用人たちの学校で未知のご主人様の場合について、とかの授業があるのかもしれない。
「……構わん、参加してこい。ついでに魔石、肉、角を纏めて集めておいてくれ」
「はっ、お任せを」
沸騎士たちは胸元から気持ちを表すように蒸気のような煙を放出し翻る。
ぼあぼあの煙を纏った背中を見せながらヘルメの方へ向かっていく。
あの蒸気のような煙がマントに見える。
そのヘルメは、宙に浮かびながら先端が鋭い氷槍を幾つも生み出し恐竜へ向けて連続で射出していた。
俺は邪族の方に視線を戻す。
「……怖がらせて申し訳ない。俺の頼もしい部下ですから、大丈夫ですよ」
「はい。勇猛果敢な方々……もしや、あなたは邪神シャドウ様の選ばれし使徒、或いは、邪界導師様なのでしょうか……」
使徒と邪界導師……。
これだけの戦力を見せたら、彼女が勘違いするのも当たり前か。
「いえ、違います」
「そうなのですか? ムビルクの森で活躍する特殊部隊の方とか?」
「違います、この通り二つ目。違う種族ですので、あ、魔族ではないです」
額に指を差し、目がないことをアピール。
「分かっています。魔族は決して……わたしたちを助けたりしませんから」
「……では、トワ。【イシテス丘】へ向かおう。皆のために……」
「ドーク、分かりました。行きましょう。ではシュウヤ様。ありがとうございました」
「さようなら、二つ目の英雄シュウヤ様」
ドークと呼ばれた鷲鼻の男性は俺を英雄と呼んでくれた。
「はい、さようなら……」
俺たちがさっきまで居た遺跡は【イシテス丘】と呼ぶのか。
トワとドークの邪族さんたちは、そのイシテスの丘へ急いでいる様子で歩いていく。
もしかして、トワかドークの片方が生贄なのか?
自然と、走る彼らへ言葉を投げかけていた。
「――すみません、待ってください」
「はい?」
「どうしましたか?」
走り寄っていく。
……聞きにくいが、正直に聞くか。
「……その、生贄に向かうのかと」
「当然です」
命を捧げるのに、当たり前という顔だ。
土地を救うための犠牲は、自然なことか。
だが、生きたいという思いは、何処かにあるはずだ……。
「白き霧はもう迫っている状況です。では」
トワとドークはそう言うと頷き合って、離れてしまった。
あぁ……小さいジャスティスが疼く。
余計なお節介だと分かっていても、やはり、できることはやっておきたい。
恐竜を倒して、素材と魔石回収中の仲間たちは放っておいて、トワとドークの後を追った。
「――白き霧を押さえれば、生贄はしないで済むんですよね?」
彼らの背中越しに話す。
「それは……」
「シュウヤ様が、生贄もなしに白き霧を押さえる? シャドウ様でさえ、何もできないのに……」
「正直、できるか分からないですが、挑戦はしてみたいです」
押さえる算段はない……これから考える。
……やるだけやって駄目だったらしょうがない。
「ドーク?」
三眼の美女トワは困惑した顔色でドークを見る。
厳つい顔のドークはトワの視線に頷く。
そして、恐竜たちが全て倒された状況を、再度、確認してから、俺に視線を合わせてきた。
「……シュウヤ様、お願いできますか?」
ドークさんは俺にお願いしてきた。
「いいのですか? ドーク、アセイバンでの出立の儀式は済ませたのに……」
「トワ……知っているようにイシテスの丘の儀式は土地を守るために永年行なわれてきた尊い儀式だ。だが、命を犠牲にしないで済む可能性があるならば……シュウヤ様の強さに賭けてみたい。失敗すれば儀式を行えばいい。成功したら……」
ドークさんの言葉を聞いていたトワは、驚きと嬉しさが合わさったような不思議な顔を浮かべる。
「……成功、私、助かるの……?」
彼女は希望に縋る思いで、俺を見つめてきた。
「希望を持たせてしまって悪いが、正直分からない」
「いえ、十分です。僅かでも希望があるのなら……」
「そうです。我らを助けてくれた上に、この地を呪う白き霧の災いにまで挑戦していただける……しかも、見ず知らずのわたしたちのために……」
トワとドークさんは泣いていた。
「……泣かないでください。それじゃ丘に向かいますので、ここで暫くお待ちを」
「わかりました」
「はい……」
俺は口笛を吹く。
「ヘルメ、ロロ、魔石回収はイモリザと沸騎士に任せろ、お前たちはこっちにこい!」
魔石を回収中だった馬獅子型黒猫は俺の口笛と声を聞いて、耳をピクピク動かすと、持っていた魔石を沸騎士に投げ突けて吹き飛ばしてから、俺のもとに素っ飛んできた。
ヘルメも宙を跳ねるように、自らの身体に環状の氷を展開させながら向かってくる。
「ンン、にゃお」
戻ってきた馬獅子型黒猫の背中に飛び乗る。
「閣下、今、お目に――」
空中から液体になるとそのままスパイラルしながら俺の左目に納まった。
「おぉ」
「なんという……これはもしかすると……」
「はい……」
トワとドークさんはヘルメが目に入る光景を目の当たりにして驚いている。
俺はトワさんへ笑顔を送ってから、馬獅子型黒猫の横腹を足で軽く叩く。
そのままイシテスの丘へ向けて駆けていた。
白い霧に直に向かわず、丘の内部に鎮座している怪しい唇を持った白玉さんともう一度会話だ。
馬獅子型黒猫から飛ぶように降りて、彫像に挟まれたザラザラしている白玉に触り掌を合わせた。
その瞬間、白玉に魔力を吸い取られ、さっきと同様に穴ができた。
「ロロ、いくぞ」
「にゃ」
肩に黒猫を乗せて、さくっと穴に突撃。
穴を駆け下りながら<鎖>を下方へ伸ばす――。
<鎖>の先端を地下へぶっ刺してから、その<鎖>を手首に収斂させて一気に下へ身体を運ぶ。
片膝を突けて地下に到着。
床に刺さっていた鎖の先端が蛇のような動きで手首にある因子マークに納まっていく。
肩に居る黒猫は触手を俺の首に絡めて落ちていない。
俺は立ち上がり、駆け足で、中央の魔法陣の上に浮かんでいる白玉の場所へ向かった。
「――なんだ、またお前か! なんどもなんども結界に侵入しおって」
「すみません。しかし、気になることがありまして、白き霧を押さえているという白玉さんに質問があります」
「白玉ではないわ! 我には創造主様から頂いた立派な名がある!」
創造主?
「無知な者ですみませんが、その創造主様とは?」
「混沌の女神リバースアルア様だ。これが外典に記された証拠である」
と、白玉さんは自身の白玉を膨らませて、丸い魔法陣の形を作って見せてきた。
古代魔法の一部のような気もするが、円の周りに細かな楔形文字が施された見たことのない六芒星魔法陣だ。
「リバースアルア様が生み出したあなた様のお名前はイシテス様と?」
「……ほぅ、察しがいいではないか、そうだ。我は粘土のイシテスである。嘗ての幻魔大戦でデスラの一柱を倒したこともあるゴーレムでもあるのだ」
ゴーレム、粘土のイシテスさんこと白玉さんの造形が魔法陣からまた少し変化した。
白玉に戻り、二つに割れたソーセージ型の唇を作る。
そして、今度はフランクフルトを超える図太い唇らしきモノに変化した。
『……意識あるゴーレムとは驚きです』
常闇の水精霊ヘルメ。
見たことのないポーズで立って驚いている。
やるな……無意識でヘルメ立ちとは……。
「……では、イシテス様は何故ここで白き霧を押さえる役目を?」
「遥か昔のことだ……リバースアルア様が、穢れた稀人を救うために戦っていた幻魔大戦で敗れたことに始まる。使い魔だった我も次元を飛ばされて気付いたらここに結界を張った状態で存在していた。そして、辺りを漂っていた白き霧を我は体内に吸い込み……自然とこのような色合いに変化して動けなくなったのだ。それから暫くして、三つ目の稀人が、土地を救った我を拝み出し、年若い命を捧げるようになった。我はその命を貰う度に白き霧を吸い込む力を得ていたのでな。延々とそれを繰り返していたのだ。それが、我の役目となった」
元は違う世界で争いに敗れた神に仕えていたのか。
「そうですか。途方も無い話です。それで、俺はその白き霧を物理的に押さえてみようと思うのですが、白き霧が生まれ出ている根本的な場所はあるのですか?」
「ここから左としか分からない。我は周りに漂ってきた白き霧を吸い込むだけである」
なるほど。実際に向かわないと駄目か。
最後に……。
「……イシテス様、俺が触ろうとして、嫌がるのは何故ですか?」
「アルア様以外に、我に触れてほしくないからだ!」
「へぇ」
「だから、それ以上こっちに来るな。触るなよ?」
「さぁ、どうでしょう」
にっこりと微笑みを意識してから一歩、二歩と、イシテスへ近付いていく。
「……わ、分かった。稀人よ。済まなかった。白き霧を吸い取った範囲で知っていることを教えよう」
イシテス様、動揺している。
触りたくなるが、我慢した。
黒猫も珍しく触手を伸ばさず、大人しくしている。
あのフランクフルトの唇を凝視しているので『アレ、食べたいニャ』とか思っているかもしれないが。
「……それでどんなことをイシテス様はご存知なのでしょうか」
「……白き霧は土地を穢すが、元々は強い魔力である」
「それだけですか?」
「そうだ……」
……触るぞと脅しながら白き霧について、もう一度話を聞くのもいいかと思ったが……。
とりあえず、話を早々に切り上げて、遺跡から外に出た。
丘の下に居たトワとドークさんに合流。
トワさんたちは、魔石と素材を集めきっていた沸騎士とイモリザと挨拶をしていた。
彼女たちにイシテスとの会話を説明しながら、大魔石と銀角、爪、骨、肉の素材を回収。
傷が多い沸騎士は魔界に帰らせイモリザを指状態に戻す。
「それじゃ、行ってくる」
「シュウヤ様! 頑張って下さい!」
トワの言葉に頷く。
俺は馬獅子型黒猫を操作して、丘の上から左辺に見えた白い霧の場所へ向かった。
美女の願いを聞いたからには、頑張らないとな。
◇◇◇◇
白い霧が目の前に迫る。
念の為、馬獅子型黒猫をストップさせた。
「ロロ、何があるか分からないから、お前はここで待機」
「……にゃぁ」
耳を凹ませていて可愛い。
「そう残念がるな……」
ロロの鋭角な頭部へキスしてあげた。
喉から大きいごろごろ音を鳴らしてくれる。
「念のためだ、すぐ戻る」
そう言ってからすぐに翻して、白霧と向かい合う。
まずは、この霧の中に腕を入れてみるか。
どんな感じか確かめよう。
何もない……白き霧から魔力を感じるだけ。
動けなくなる兆しもない。
試しに、顔を霧に突っ込んで霧を吸ってみた。
魔力を吸う感覚だ。特に副作用はない。
俺はルシヴァルの身体だからかもしれないが……。
白き霧を吸い取ってみた。周りの霧が少し薄まる。
魔力が増えて副作用もない。
全身を血鎖の鎧で覆うことも視野に入れたが大丈夫そうだ。
このままガトランスフォームで突入だ。
白き霧に足を踏み入れていく。
……別段に息が詰まる感じは受けないが、空気が重くなった気がした。
視界は真っ白……魔察眼で見てみると、霧に魔力が篭っているのがよく分かる。
魔力の流れもよく見えた。この流れを追えば、この白き霧を生み出している大本は分かりそうだ。
そして、俺は呼吸を行なうごとに白霧を体内に吸収。
……天然の魔力回復ゾーンかもしれない。
イシテスのように身体が動けなくなることもなかった。
カレウドスコープを起動して、有視界を保つ。
これなら馬獅子型黒猫も平気かもしれないが……何があるか分からないからな。
ヘルメも外に出さない方がいいだろう。
魔力の流れを追い、白き霧の根元へ向かった。
穴だ。地中に罅割れた穴がある。
そこから深海の熱水噴出孔のように白き霧が勢いよく噴き出していた。
重水素、硫化水素が出ているわけじゃない、白い霧のみ。
『……閣下、あれが原因だとして、白い霧を押さえるとは、どうやるのですか? あ、わたしが入り込んで霧を吸い取ってみましょうか、魔力なら美味しそう。よく見たら……お尻のような穴ですし、ふふ』
「尻か、はははっ」
笑わせてくれる。
まったく……。
『……俺の仙魔術とか、ヘルメのそれも少し考えたが……違うことを試す』
『違うことですか?』
『まぁ、見とけ』
アイテムボックスをチェック。
聖花の透水珠×2
魔槍グドルル×1
ヒュプリノパス×1
雷式ラ・ドオラ×1
セル・ヴァイパー×1
ランウェンの狂剣×1
魔王種の交配種×1
ゴルゴンチュラの鍵×1
グラナード級水晶体×1
正義のリュート×1
トフィンガの鳴き斧×1
この中から取り出したのは……。
魔王種の交配種だ。
5日まで連続更新中。
HJノベルス様より「槍使いと、黒猫。1」書籍発売中です。