二百六十一話 宴会の締め
バルミントは口に足袋を咥えていた。
「ボンと遊んでいた小型竜ではないか、足袋を咥えて、ん、口の周りに金属の粉が付着している」
ザガがそう発言すると、バルは四つの翼を広げて飛ぶように駆け寄ってくる。
咥えていた足袋を、俺の足元に落としていた。
捕まえた自慢か?
「足袋の前は、何を食っていたんだ?」
「これよ、鳳凰角の粉末、朧黒蠍兵の脚、水晶猿の額、ワームの雫、アムロス真珠の欠片、アッガルマの蜜の素材を融合させてから、キンキリの刃を使って削ってできた貴重な粉。主に、金属加工の材料に使うのだけど、いつもバルちゃんが食べちゃうのよ。この間も……あれ」
ミスティはバルミントが居た場所の隣を見る。
「これ、もしかしてバルちゃんのおしっこ?」
「ガオォォ」
バルは『そうだガオ』といわんばかりに、ミスティへ向けて、尻をふりふりしている。
そして、バルがおしっこしたところにあった金属板が……変色して竜鱗のように変化を遂げていた。
「こりゃ、たまげた。竜が金属の加工だと?」
「いつも工房のどこかにおしっこをかけていたのは知っていたけど……こんな副次効果が……」
ミスティは手袋を嵌めてから、その一部が変色している金属を持ち上げていた。
言っちゃ悪いが……臭そうだ。
「ガオオオォ」
『竜のおしっこは偉大ガオ』とかと言ってるのかもしれない。
「がはははッ、面白い竜だっ! シュウヤ、この竜をくれ!」
「ええぇ?」
「ガォォォォ――」
バルミントはザガの迫力を受けて、びっくりしたのか、とことこと走って逃げていく。
工房の外へ出ていった。
魔獣たちのグループに合流するんだろう。
「逃げられてしまったわい」
「ザガ、バルミントはあげるつもりはない。それに、これから成長する竜。ザガの家で扱えるとは思えないが」
「がはは、確かにな、巨大竜となったらこの都市の住民に迷惑が掛かる。しかし、それはシュウヤの屋敷とて同じではないか? 巨大竜へ成長した場合、あの大きい中庭でも納まるとは思えないぞ」
ザガは顎髭を弄りながら当然のことを語る。
「そうだな。今だけだと思う」
「竜としての教育か。そもそも国ではなく、個人で飼っていること自体珍しいが……」
近いうちに教育を考えないとな。
「ねね、このおしっこで変化した金属。金硬鋼と錬魔鋼を混ぜた鋼板だったけど、尿の一部に何かを誘発させるのが入っているみたい。鱗の素材は古代竜の鱗に似ているけど、表面が少し柔らかいの……だから微妙に違うと言える? 茶色の鱗で中が緑色で、この緑色の部分に強い魔力が内包されているし……」
「実験に使えそう?」
「勿論、これは仕舞っとく」
ミスティは魔力炉らしき物の近くにある工具箱の中に、その竜の尿で変化した鋼板を入れていた。
ザガは近くにあった魔力炉らしき物に興味が移っている。
「なるほど、なるほど……この古い魔力炉、中々洗練されている。この革袋と鋼鉄が合体したのは見たことがない魔力鞴だ。この繋ぎ目のジョイント部、もしや、圧力対策に鳳凰角の粉末を用いているのか? 素晴らしい……こっちのは見たことがない……自動的に羊皮紙を巻き取る機構だな?」
ザガが興奮している。俺もその視線に釣られて注目した。
これ、魔導人形作りの設計図が描かれた羊皮紙を巻き取る機械かな?
筒の両端に小型の巻き軸がある。
軸をくるくると回し羊皮紙を筒に巻き込んでいく作りとなっているようだった。
全体的に魔力が漂っているので、魔道具だろう。
「はい、そうです」
「……台の両脇に嵌められてある魔鋼筒も金硬鋼と木材が網目状に組み合わさった特殊な合成か。魔機械類は、魔鋼技師の職人が魂を込めたような品だ」
その道具の周りを照らす蝋燭の炎も黄色いから魔道具の炎かもしれない。
魔石が嵌まる歪な骨型顕微鏡で分析途中の白い謎肉、大小様々な魔石群、ルーン文字が刻まれた小石類、光る石棒、ネクロノミコンを彷彿とさせる魔術の本、触媒の枝、藁の糸、何かの目玉が沢山盛った器、麺棒、パステルカラーのパレット、羽根、金属のバネ、ミステリーカラーのネイル瓶、オウム貝の殻、壺の中に硝子製の棒が沢山入っていたりと、机の上は混沌としていた。
それらの品々をザガは手に取り調べてから、ミスティと会話を行い工房の奥へ移動した。
奥には小型の階段がある。
一段、二段と下がって低地になり、奥行きがある作りとなっていた。
その階段を降り、冷んやりとした空気の中、少し進んだ壁際で、
「この大きなのは……」
身長の低いザガが見上げながら、呟いていた。
確かに、大きい。布で覆われ隠されているが、一際大きい巨大な物体が置かれてある。
「待ってね、今、布を取るわ――」
ミスティが紐を引っ張ると掛けられていた布が落ちた。
「おお」
魔導人形だ。
「おぉぉ……これは魔導人形の骨格か」
重厚感のある魔導人形の骨格。
天井と壁に繋がった鉄鎖と磁石に吊るされてあるのかな。
クレーンのような機構があるのも驚きだ。
骨組みだが、世紀末物に登場するパワーアーマーの胴体を彷彿とさせる。
素晴らしい……。
大きさ的に無理だが、小型バージョンを身に着けたい。
その魔導人形の手前に、長い脚立も設置されてあった。
普段、あれに乗って作業をしているんだな……。
俺も意味もなく作業着を着て、モビルアーマー、もとい、このウォーガノフ作りに参加したいかも。
横には、壁と地続きの長台があり、その上に魔導人形の頭部たちが展示されてある。
鬣が付いたローマ兵が被りそうな兜パーツ。
額に角、目に十字溝。その真ん中に単眼がある頭部パーツ。
口の横にノズルが付いたガスマスク型の頭部パーツ。
色々あって、カッコイイ。
これらの頭部の一部と胴体の骨格は、カーボンファイバーの表面か、何かの樹脂にも見えた。
「……骨組みでこの大きさだと、標準的な魔導人形より少し大きめか」
ザガが骨格の一部を触りながら、ミスティに聞いていた。
「うん。まだまだ、試作だけど……マスターに見せるのは初めてだから、照れちゃうし恥ずかしい」
眼鏡美人のミスティが恥ずかしいのか身を反らしている。
可愛い動作で、中々の破壊力だ。
「……中心にあるのは、高密度水晶コアを超える、ベルバキュのコアか?」
「あ、そうです。さすがに分かりますか」
「うむ。高級アイテム。軍の工廠と貴族が持つようなもの……しかし、あの虹色の金属の接合技術と繋ぎの技術は見たことがない。霊銅糸を融解させた物とコーンアルドを用いたスラッシュプレートか? これは分かる。ホイルリムとセキュアのバランスもいい、シンプルな円形の穴は上下左右から集まる振動の悪影響を受けないように間隔を空けてあるのか……全体の金属は、銀水晶鋼鉄、いや、白銀だが……質が違うな。これも虹色同様に未知の金属と見た」
すげぇ、見ただけで金属がある程度分かるらしい。
「……素晴らしい知見。ザガさん、あ、まだちゃんと名乗っていませんでした。わたしの名はミスティ」
「おう、アメリの父と一緒に錬金にも詳しかったお嬢さんの名はミスティか。宜しく頼む。俺の名は知っての通りザガ。しかし、これほどの素材に、加工技術を持つミスティは、元貴族か?」
「はい……」
「なるほど」
ザガのストレートな言葉にミスティは、眉をひそめて視線を少し逸らした。
「すまん、過去はどうでもいい。だが、この魔鋼技術と素材ならば……もう少し性能のいい魔力複合炉も欲しいところだな?」
「えぇ、確かに。でも、高いので……」
ミスティは俺に視線を向ける。
俺に買えよ。ということか?
「……幾らぐらいするもんなんだ?」
と、ザガとミスティへ聞く。
「この都市だと、最低でも大白金貨四枚はするだろう。俺とボンが買ったのは白金貨四百枚以上した。それでも安く手に入れた値段だ」
……たけぇぇ。
「た、高い……」
「そりゃな。炉を作るのにも、素材はいうまでもなく、錬金組合、魔金細工師、錬金局、多数の人材が求められるからな。王都と違い、ここならば貴族からの横槍も少ないと予想はできるが、値段は覚悟するしかない。セナアプアにもそれらしき炉が出回っているようだが、魔機械もスキルの応用で色々と使い道が変わるからな」
オークション用に金は取っておきたいからミスティには我慢してもらおう。
「ミスティ、悪いがおいそれと用意は……」
「うん、時間は無限にある。無理しないで、というか、いずれ買ってくれるつもりなの?」
「いつかな……」
「――嬉しいっ」
口調とは違い、華奢な細い手で俺の袖を引っ張り、静かに寄り添ってくるミスティ。
有能な女性らしい仕草だ。
右腕に彼女の胸が当たり感触が気持ちいい。
そして、髪から綺麗なお姉さんを感じさせる清潔な匂いが漂う。
「……ありがとう、マスター」
メガネ美人もいいねぇ、ミスティの笑顔が映える。
「でもね、あったらあったらで便利なだけで、この炉でしかできない研究もあるし、というかそれが重要なの」
彼女の言葉に、ザガは感心した様子を見せる。
「……基本が応用に活かせることを熟知している幅が広い鍛冶技術者、魔甲人形師クラスか……素晴らしい技術者だ。良い人材を仲間、部下にしたな、シュウヤよ」
「お、おう」
「それにしても、ザガさん、詳しいですね。魔導人形製作の経験があるのですか?」
「いや、ない。が、ある程度は、魔機械類と金属の素材から予想はできる」
「そうですか」
「で、ミスティよ。俺も職人だ。気軽にザガと呼んでくれ」
「了解。ザガ、でも『さん』とつけるわ」
「がはは、ま、好きにすればいい。んでは、そろそろボンのところへ戻る。二人共、ありがとうな」
「はい。また、この工房にきてください。ザガさんの鍛冶の腕と合作できたら、何か面白いものができるかもしれない」
ミスティとザガ&ボンか。
どんなケミストリーになるか、想像できない。
エヴァの足の改造も進むかもしれない。
「おう、ボンのエンチャント、ミスティの金属加工があるからな……」
ザガはミスティの言葉を受けて、顎を触り目付きを鋭くして、唸り出す。
「ザガさんとボン君が加われば、魔導人形作りにも応用ができそう」
「ふむ。何かしらの協力は可能だろう。しかし、仕事が山のようにあるから、おいそれと工房は離れられない……だから、暇を見て、この作業場に遊びに来るだけとなる予定だが、それでもいいか?」
「勿論っ。わたしも忙しいので、都合がつく日を……」
羊皮紙に走り書きして、ザガへ渡していた。
「……こりゃわし以上だ。ま、互いに切磋琢磨しよう」
ミスティはミスティで色々と忙しいようだ。
ザガが見ている羊皮紙に、予定がびっしりと書かれてありそう。
「はい」
「では、戻る」
ザガはニカッと歯を見せながら語ると、羊皮紙を懐に仕舞い、とことこと歩く。
開かれてある扉を潜り、外へ出ていった。
そして、丁度、彼女と二人っきり。
さっきの件を聞いてみるかな。
「……ミスティ、さっき二人で話したいと……」
「あ、うん。わたし、誰にも話していない秘密があるのだけど、今回はそれを少しだけ聞いてくれる?」
秘密か。何だろう。変な趣味の告白かな。
「……いいけど、何だ?」
「実は……夢のことなの」
「夢?」
彼女は真剣な表情だ。
過去から再生した健やかな強さを持った彼女の気持ちが表に出ている。
俺も真剣に応えよう。真面目な顔を作った。
「うん、幼い時から見続けている夢……」
ミスティは過去の話を交えて夢の内容を説明してくれた。
未知の魔導人形。
ミスティと同じ額に紋章が刻まれている人族が暮らす見知らぬ都市、その都市が破壊される夢か。
「今も、見ているのか?」
「……うん。わたしが作る魔導人形とは違う、ずっと前、最初に会った時、マスターが話していた意思をもった魔導人形かもしれない。わたしは自分の技術が否定された気がして、作るのは無理と強がって喋っていたけど、あの夢が事実だとしたら……」
なるほど。
考察するに、ミスティや紋章を持つ一部の貴族たちは古代の都市に住んでいた者たちの末裔?
となると、エヴァもその血筋を引く可能性があるのか。
まぁ、魔族を含めてあらゆる血が混ざった結果なのだろうけど。
「古代都市か、何か特徴はある?」
「空が真っ暗で、街はいつも不思議な魔道具で輝いていた」
電気、ネオンの光かな。
魔法と合わさった物だろうけど。
「空が暗いとなると、地下かもしれない。それか……」
数千億年前、この惑星が恒星系、木星系の重力圏に囚われず、漂流していた可能性も考えられるか……。
いや、星ではなく、実は宇宙船の中とか?
コロニーを内包した宇宙船が豊かな惑星を目指して漂流を続けていたが、突如エイリアンに襲われ、この惑星にたどりついた一族?
想像すると果てしないな。
「……それか?」
ミスティが片眉を傾けながら聞いてくる。
宇宙のことを説明しても分からんだろうし、説明のしようがないので……。
「いや、地下都市かもしれないということだよ」
「……うん。幻の地下王国の話なら聞いたことがある。それにマスターから、直接、地下都市の冒険譚を聞いたからね。登場したデビルズマウンテン? その地下世界の情景が、わたしの夢に出てきた都市と少し似ていたから、個人的に話をしてみようとタイミングを待っていたの。それに……二人っきりだから、その……」
ミスティは顔を赤らめる。
小さい睫毛と眼鏡が似合う美人の博士なだけに、口元に漂う笑みは、俺の心を弾ませた。
「まだ、ちゃんと――」
最後まで言わせない。
素早く、彼女の腕を取り引っ張るようにして抱きしめてやった。
「分かっているさ、皆で一緒に抱いていたが、個人ではなかったからな」
「……マスター」
ミスティは顔を上向かせる。眼鏡越しに潤んだ目を瞑った。
彼女の求めに応じ、上唇を優しく撫でるようにキスを行う。
柔らかい感触を味わいながら顔を離し、
「……眼鏡が似合うな、可愛いぞ」
「マスターのばか、真顔で言わないでよ」
顔を逸らすミスティの顎に指を当て……。
まっすぐにしてから、もう一度キス。
今度は、彼女の心の奥へ潜るような深い鈴を鳴らすような接吻を行った。
そのまま彼女の軽い体を両腕で持ち上げた。
工具机の上に、彼女のお尻を乗せる。
俺はミスティの細身の背中へ両手を廻して、掌と指先で肩甲骨の溝をなぞる。
ミスティはそのお返しをするように、しなやかな細腕を俺の首に回して絡めてきた。
彼女の小さい唇が動く。
「ふふ、興奮してる?」
その言葉が煩悩を刺激する。
「あぁ」
俺の短い興奮した言葉を聞いたミスティは、両腕を離す。
そのまま上半身を後ろへ反らしながら、細い両足で俺の腰を挟み絡めてきた。
彼女は厭らしい笑顔を浮かべると、
「マスター、今日は強くしていいから」
「……了解」
互いの唇が衝突するようにキスを再度行った。
花が開くような切ない音が響く。
机の上にある金属の素材、鍛冶道具といった様々な物が、床へ落ちていった。
そんなことは互いに構わない。
キスを終えても、視線は絡み合ったままだ。
悩ましく物欲しそうに厭らしい視線を向けてくるミスティ。
そんな彼女の唇を、もう一度奪い、激しいキスを行う。
そうして、黒猫ロロディーヌが呆れるぐらい情事を繰り返し、祭りの日は過ぎていった。
28日更新予定です。
HJノベルスより「槍使いと、黒猫。1」2017年2月22日発売。
各書店様、各通販サイト様で予約できます。




