二百五十八話 ヴェロニカの眷属化
2020年9月16日19時36分修正
2022/06/06 22:46 修正
「わたしだって、大人に憧れて、大人になりたい! という強い思いがあったの……わたしはずっと見た目が子供なんだもん」
アメリの言葉でコンプレックスが刺激されていたのか。
「三百年だもんな」
「うん、諦めていたのに……今の子、わたしには、眩しすぎるわ」
「眩しいか。俺も同感だ。だが、人はそれぞれ価値観が違う。アメリはアメリで尊いとは思うが」
「……そんな価値観なんて分からない。わたしは、シュウヤの、新しい宗主様の眷属になりたい……この濃厚な血、純粋な血の匂い……あの子には分からないのよ、種族の違いだからしょうがないのだけれど」
ヴェロニカは憂鬱の表情で語る。
彼女は見た目が子供のまま三百年生きたヴァンパイア、血を欲する種族だから当たり前か。
その胸が詰まる想いを見て、
「……ヴェロニカ、その事で重要な話があるんだが」
「なあに?」
「それは、あるアイテムを鑑定してもらったんだ……」
スロザの鑑定屋で、鑑定した指輪の件、人に戻ればルシヴァルの眷属になれることを説明していく。
「……宵闇の指輪。凄い……」
ヴェロニカは小さい口を両手で押さえて、動揺を示す。
「神話級だ。驚くのは分かる……」
「……本当に凄い。ヴァンパイア化を無くすアイテム。噂で聞いたことがあったけど、そんなアイテム、神話級のアイテムを実際に持っているなんて……総長は、六大トップを超えて、英雄ムブランの【青竜団】、いや、もっと昔の伝説の【クラブアイス】を超えた冒険者なの?」
過去の有名な冒険者クランの名前か。
クラブアイスとは何だ?
青竜団なら、カザネが所属していたところだったはず。
「超えているかは分からない。で、この宵闇の指輪、魔族が持っていたアイテムボックスの中に入っていたんだ。だから、その魔族が独自に魔界と通じて手に入れたのか……もしくは、この宵闇の指輪自体が、元々、アイテムボックスの中に入っていた可能性もある」
「……ふぅん。道理で、どちらにせよ魔族なら納得。魔界の神様と直接関係あるアイテムだからね。そして、効果は三回のみ。そんな貴重な物をわたしに……使ってもいいとか。でも、その指輪を使うと、スロトお父さんの血を失うのと同じ……どうしよう」
貴重なアイテムだが、彼女なら使ってもいい。
カワイイし、先輩ヴァンパイアだ。
血に関して師匠といえる。
そのヴェロニカは顔に翳を落としている。
苦悩しているのかな。
様々な想い……三百年前の記憶の想い出が、彼女の頭の中を走馬灯のように駆けめぐっているのかもしれない。
ヴェロニカは大人になりたいという思いもある。
それに、父スロトさんの思い出……。
脈絡もなく浮かび消えるような儚い情景を感じさせた。
その長い時間を想像すると、俺も胸が締め付けられる思いを感じる。
俺も幼い時に亡くなった父。
事故の前の父さんの顔は、朧気ながら覚えている。
「……ヴェロニカ、よく考えてから決めるといい……焦らずじっくりと」
と、ヴェロニカを見つめながら話していた。
そのヴェロニカは泣くように肩を揺らす。
チラッと上目遣いで、俺を見た。
その頬に瞳から零れた涙の跡がある。
「……グフフッ、総長――」
と、急に顔色を変えるヴェロニカ。
もう、泣いていなかった。
笑っているし。
「そんな顔を浮かべちゃってェ、もしかして、わたしに惚れちゃったァ?」
切り替えハヤッ。
しかし……ヴェロっ子めが、調子に乗り出したか。
わざと視線を鋭くしながら、
「やはり指輪の件は止めておくか?」
「ええええっ、うそうそーっダメよっ」
「冗談だよ。ヴェロニカ先輩。血のことを教えてくれたお礼はする」
「もうっシュウヤのいぢわる、総長のばかっ! でも、わざとなごませようとしてくれてるのは……よく分かるから嬉しい」
さすがは三百年生きてるだけはある。
俺の心理は読みやすいか。
「言い当てられると、少し恥ずかしい」
「……ふふ、その照れた笑い、スロトお父さんみたい……」
「スロトお父さんか……」
想像しかできないけど、エロいヴァンパイアさんだったのかな?
「……わたし、本当に人族に戻れて、そして、人族からシュウヤの光魔ルシヴァルの眷属になれるのね?」
「そうだよ。でもさ、せっかく人族に戻れるのだから、ヴェロニカが憧れていた大人に成長してからでも遅くないのではないか? 数年後、ヴェロニカが成長してから迎えに来るぞ?」
彼女の大人になりたいという思いは聞いたからな。
「ううん、先ほどはイライラしてしまったけれど、アメリちゃん? の言葉がわたしの胸にも浸透したみたい。吸血鬼だからシュウヤと出会えた。三百年を過ごす間、体が成長しない、大人になれない私を、私自身が受け入れることは……とても辛くて、克服することには苦労したんだ。あと、ヴァルマスク家からの刺客から逃げる日々も大変だった。でも、そのすべてに意味があったと……アメリちゃんの言葉から学んだ気がするの。変ね、わたしのほうが歳を取っているのに、人族の少女、しかも、お婆ちゃんになりたいって……普通の少女の方が達観しているなんて……あぁ、だからこそ、わたしの感情を深く抉ったのね。ふふ、不思議な子。お礼に、あの子、アメリちゃんの一生を遠くから見届けてあげるんだ。お婆ちゃんになっても孫に囲まれて過ごせるように」
彼女の片方の目尻から一筋の涙がすぅと流れて糸を引く。
「ヴェロニカ……」
「ふふ」
ヴェロニカは優しく笑みを浮かべてから、視線を斜め上へ向ける……近くを見ているようで、遠くの景色を見つめるような視線だ。幸福の眺めだろうか。
目が出目に見えるほど涙が溢れていた……また睫毛を濡らしていく。
ヴェロニカはその涙を封印するように一回、瞼を深く閉じると、小顔を左右に振った。
涙を糸が切れた飾り玉のように周囲へ散らばせる。
そして、キリッとした力強い瞳を作ると、俺を見据えてきた。
「……シュウヤ、わたしを人に戻して、眷属にしてください」
見た目は幼いが、その力を感じる表情から……。
確かな時間の積み重ねと、経験の豊富さを感じさせた。
そして、ヴァルマスク家の血を捨てる選択を取るか。
「……後悔してもしらないぞ」
一応、釘を刺す。
「――いいの! <血魔力>のスキルも失わずにシュウヤの眷属になれるのなら、スロトお父さんだって祝福してくれるはずっ。それに、ヴァルマスク家から解放されるのよ? あんなヴァルマスク家なんて四分五裂なんだからっ」
ヴェロニカは興奮しているのか声を荒らげる。
「そして、シュウヤのルシヴァル家の一員になれば【大墳墓の血法院】に、わたし一人で対処可能となる。宗教国家から流れてきた教会騎士にも負けない。【月の残骸】の大好きなメルとべネ姉を守れるし、マギットの力を解放せずとも【月の残骸】の最終絶対防衛ラインになれる」
興奮していたが、やはり、内実は三百年生きたロリババア。
冷静に力を得ることで、将来像を膨らませている。
俺は……まだ、ヴァンパイアの一年生に過ぎない。
彼女はヴァンパイアの先輩であり、人生の大先輩だ。尊敬もしている。
これからも学ぶことがあるかもしれない。
古きを温めて新しきを知るは、以て師となるべし。
と、論語を思い出す。
自らの糧にしなければ、と考えていると、そこに魔素を感じ取った。
「ン、にゃ」
「にゃぁー」
黒猫と白猫だ。
黄黒猫と白黒猫は居ない。まだ中庭かな。
「あ、丁度いい、マギットっ。わたし、人に戻れるみたい。そして、シュウヤの総長の眷属になれるのっ」
「にゃ、にゃあん」
白猫は喜びの鳴き声を出すと、ヴェロニカの足元へ近寄っていった。
「ふふっ」
ヴェロニカは白猫を抱き上げて、頬をスリスリ。
「マギット、早速、シュウヤにやってもらうから、離れて見ててね」
「にゃお」
床に降ろされた白猫。そのまま黒猫の隣に移動していた。
二匹は両前足を胸前に揃えて待機。
その間に、アイテムボックスから宵闇の指輪を取り出す。
「ロロとマギットは、ベッドの上にでも乗って見てるがいい」
「にゃ」
「ンン――」
白猫はトコトコと優雅に黒猫は駆けて素早くベッドの上に乗っていた。
その様子を確認してからヴェロニカの方へ振り返る。
「いくぞ」
「うん、それが指輪……」
右手に持った指輪へ魔力を込めてからヴェロニカが伸ばしていた右手の皮膚へ押し込む。
スロザのダイハード店主の言葉を思い出しながら、
「……レブラとルグナド!」
と、声を発した直後、宵闇の指輪からレブラとルグナドの幻影が現れた。
淡い光を身に纏った小型で神々の姿。
神々の幻影は、螺旋しつつ一つの球体となる。
ぷかぷかと浮かぶ球体の中央が窪む。と窪みから細胞分裂が引き起こされたように、割れて、くっ付く。陰と陽のマークを作りながら分裂を繰り返す。
銀色の粒となった。粒は塵状の雲となり、その雲はヴェロニカの全身を包み込む。
淡い銀光の塵雲はヴェロニカの体の中へ染み込むように消えたが、その途端――。
ヴェロニカは苦悶の表情を浮かべつつ体から血が溢れ出す。
ヴェロニカの漆黒色のノースリーブ衣装が真っ赤に染まったかに見えた。
しかし、そう見えたのは一瞬。真っ赤な血は立方体を作るように指輪の中へ内包される。
吸収というより瞬間的な格納に近い。神業だ。やはり神が関わるアイテムなだけはある。
感心しながら宵闇の指輪の表面を注視した。
宵闇の指輪の表面に罅が入る。罅から血の筋が発生。
罅と罅の周囲から血が流れ、真上へと、その血が浮かび上がった。
同時に、宵闇の指輪の中で、血の液体が攪拌し回転していると理解できた。
不思議な宵闇の指輪……残り二回のみか。
いつか、この指輪を用いて吸血鬼を人に戻す機会があるかもしれない。ポルセンとアンジェはどうだろう……が、男に使ってもなぁ、アンジェもポルセンがいいだろうし。
「……終わった? 痛いのは最初だけだった。これで、もう、わたしは吸血鬼ではないのね」
あっけらかんと喋るヴェロニカ。
姿はノースリーブの下丈ワンピ服で少女のままだ。
「魔力が減退したとか、感じるか?」
「うん、感覚も異常に重い。腕を振り上げるのも億劫……」
ヴェロニカは細い手をあげながら話す。
「血魔力のスキルも使えるけど――」
と、ヴェロニカは腕から血を放出し、血の剣を現していた。
しかし、血剣は小さい。
「この通り変な感じ、前は自然に血の流れが止まっていたのに、今は果てもなく流れ続けていく……これが人の体。人もいいかなと一瞬でも考えたけど……駄目みたい。だから、もう大人になれなくてもいい! シュウヤ、眷属にして、お願いっ!」
愁いの表情で懇願してくる。
ヴァンパイア生活が長かったせいか、実際に人に戻ってしまうと、不安なようだ。
「……了解、選ばれし眷族<筆頭従者長>として一人の女として迎えよう、と、その前に扉を閉めておく――」
光魔ルシヴァルの身体能力を活かす速度で扉を勢いよく閉める。
端に扉がぶつかり、ピキッとその扉から音が響いてしまった。
聞こえない振りをする。
「……扉、大丈夫?」
「あ、あぁ、大丈夫と思う」
一瞬、ヴェロニカの声にびくっと反応してしまった。
後でイザベルに報告しよう。
「それじゃ、やるぞ」
「うんっ」
ヴェロニカへ近寄り<大真祖の宗系譜者>を発動させた。
視界が闇に染まる。ヴェロニカを含めて闇世界が辺りを侵食した。
寝室が深遠を感じさせる深い闇世界へ変貌をとげる。
同時に体の内側から魔力と血が沸騰するように噴きあがり一気に皮膚の外へ放出された。
迸る血、特別なジュースの血海。
闇の世界が赤く染まった。
この血はヴェロニカを<筆頭従者長>へ誘う大切な血だ。
その血の意識を強める。
俺の力を分けていく。
ヴェロニカへ俺の血が集中し足から侵食。
彼女は小柄。すぐに小さい全身が血で埋まっていた。
血の子宮に包まれたヴェロニカが宙に浮かぶ。
そして、子宮の形は、ルシヴァルの紋章樹の大きな幹へ変わった。
その幹の表面に樹皮が削れて大きな円が幾つも刻まれていく。
大きな円の数は十個。
更に、ルシヴァルの紋章樹の枝に小さい円が二十五個を刻まれる。
それらの円はすべて魔線で繋がった。
大きな円の一つにはヴィーネの名。
もう一つの大きな円にはレベッカ。
更に、もう一つの円の中にはエヴァ。
次の大きな円にユイ、五つ目がミスティの名前が古代文字で刻まれていた。
小さい円の中にはカルードの名も刻まれてある。
その血が滴るルシヴァルの紋章樹がヴェロニカの体に重なる。
と、彼女の胸元から眩しいフラッシュをたいたかのように縞をなした光の粒子が宙へ放出された。
――ルシヴァルの紋章樹から迸る大量の血と、その光の粒子が宙空で合流。
血と光の渦は、陽と陰となって、ぐるぐると回転。
血と光が混ざり合いながら螺旋、黄金渦を感じさせるように巻きに巻く。
台風のごとく回転をしてから血と光は凄まじい速度でヴェロニカの体の中へと突入。
ヴェロニカの体は、その血と光を吸って取り込む。
ヴェロニカは切なそうに苦しそうに顔を歪める。
美しい少女のこの顔はあまり見たくない。
……目を逸らしたくなる。
だが、この目でしかと見届けなければならない、<大真祖の宗系譜者>の制約の一つ。
視線と視線を合わせた状態は崩さない。
そうして、俺の全ての血を吸ったヴェロニカ。
重なっていたルシヴァルの紋章樹に印された大円の一つにヴェロニカの名前が刻まれた。
選ばれし眷属たち。新しい<筆頭従者長>の誕生だ。
ヴェロニカは、他の<筆頭従者長>たちと同様に、闇の空間に倒れる。
すぐに、倒れた彼女の側に駆け寄った。
「――ヴェロニカ、大丈夫か?」
「大丈夫」
「にゃ、にゃ、にゃああ」
一部始終を見守っていた白猫はヴェロニカの前に移動していた。
俺を警戒するように、胸元にある緑色の魔宝石から多頭を持つ白狐の幻影を見せている。
「ばかっ、心配性なマギット! 相手は宗主様なのよ!」
「にゃ?」
白猫はヴェロニカへ振り向いてから警戒を解くと、謝るように俺の膝へ小さい白頭を衝突させてから頬を擦りあげて、甘えてくる。
「ンン、にゃおん」
黒猫も気をつけるニャ。
とでも鳴くように、甘えている白猫の頭へ猫パンチを当てている。
ぶたれた白猫はイラッときたのか、左猫フックを黒猫の頬へ当てていた。
そこから喧嘩を始めてしまった。
二本脚で立ち、前足を使い連続でジャブを放つ。
二匹のカンガルーボクサー風の機敏な打ち合いだ。
思わず実況したくなる。
「……ふふふふっ、わたしは<筆頭従者長>よ!」
ヴェロニカは勢いよく回転しながら舞うように立ち上がる。
「血魔力は前と変わらず使えるし既に<第三関門>も獲得済みだからか、新しいスキルの女帝と同じ<眷属作成>が可能になったぁ! シュウヤと繋がりも感じられるぅぅー嬉しいー♪」
ヴェロニカはタップダンスを踊るようにスキップを踏んでから抱きついてきた。
俺は片膝を床に突いた状態なので、姿勢と姿勢が合い、丁度いい感じになっている。
しかし、<眷属作成>か。
彼女の細い小さい両肩を持ち、
「……それは、俺の系譜を受け継ぐ新しいヴァンパイアを作れるということか」
その身体を少し離してから聞いていた。
「大本はそう。でも、わたしの血と魔力を犠牲にして三人のみ<筆頭従者>を作れるの。だから、わたしの名前は、ヴェロニカ・ラヴァレ・ルシヴァル・シュウヤね。シュウヤはルシヴァル神♪」
神とか止めてくれと思うが、名前にあるラヴァレの意味はなんだろう。
「ラヴァレとは何なんだ?」
「あれ、前に話をしていなかった? ラヴァレとはヴァンパイア系という単純な意味。スロトお父さんもそんなニュアンスで話をしていた覚えがある」
「へぇ、覚えとく」
曖昧だけど、ま、名前に力があるわけじゃないしな。
「うん。それで早速、<眷属作成>の事だけど……気に入った人物を眷属にしていい?」
「好きにしろ。詮索はしない。ヴェロニカが欲しい人材を迎え入れればいい、俺にも挨拶は不要だ。お前の従者でお前の新しい家族となるんだからな」
彼女は気軽な口調で話すが、これは大事なことだ。
なので、俺は厳しい顔を作り話をしていた。
「もう、そんな目付きで言うと、じゅんっときちゃうでしょっ!」
「知らん、真面目に言っただけだ。俺は……初めて眷属を迎えようとした時……散々に、頭部に円形の禿げができるぐらいに、本当に悩んでいたんだからな……」
「ふふ、シュウヤらしい、どうせ、種族の誇りがどうとか、性格が変わったらどうしよう。とか真面目に考えていたんでしょう?」
ぐ、糞っ、当たっている。
「さ、さぁなー」
「ふふっ、ルシヴァル神、カワイイー♪」
また抱きついてくるヴェロニカ。
「こら、神とかいうな、俺は槍使いだ」
また彼女の肩に手を掛けて身体を離す。
「もうっ、なら、神槍使いでいいじゃない、とにかく、わたしにとっては宗主様で大好きな人なのっ!」
怒っているようで怒ってない表情のヴェロニカ。
「……そっか、ま、これからも宜しく頼むよ。ヴェロニカ先輩」
「うん、ということでぇっ、いただきまーす♪」
ヴェロニカは俺の首筋に噛みつく。
血を吸い始めやがった。
全く……調子がいいやつだ。俺も吸ったるか。
「――調子に乗るな<筆頭従者長>――」
小柄なヴェロニカの背中を抱き締めて……。
彼女の細い首筋に唇を沿えるように噛みついた。
血を吸ってやった。
「――あっあぁぁんっ」
ヴェロニカは俺の血を吸っていたが、あまりの快感に途中で血吸いを止めて、身体をぴくんぴくんと揺らしていた。
「……調子に乗ってないもんっ」
ぎゅっとルシヴァルの力と分かる身体能力で俺をきつく抱き締めてくる。凄まじい力……暗緑色コートが歪む。
ハルホンクが目覚めるかもしれない。
だが、ングゥゥィィは目覚めなかった。残念。しかし、凄まじい力なので、血の受け継ぎは成功したと分かる。
そのタイミングで、強引に彼女の身体を引き離す。
「よし、血文字も使えることは、理解しているな?」
『勿論、これ、便利ねェ♪ だけどーわたしは直接伝える方がいいかも』
「了解、それじゃ外へいこう、まだまだ宴の最中だ」
「うん。メル、吃驚するだろうなぁ。あ、他の<筆頭従者長>たちにも個別に挨拶しとくね」
「おう、俺が見てる前で派手な喧嘩はするなよ」
「はーい」
気軽な調子だが、大丈夫だろうか。
ま、喧嘩しても互いに死なないし、ほどほどに抑えてくれるだろう。
と、部屋の扉を壊さないように慎重にあける。
「――ロロもいくぞ」
「にゃぁ」
「マギットもいらっしゃいーっ」
「にゃん」
俺たちは宴の最中である中庭に戻った。
「総長ーー、眷属化ありがとねっ」
ヴェロニカはそう言うと、スキップしながらメルたちが居る場所へ走っていく。
マギットもそんなヴェロニカの顔を窺うように足元からついていった。
そこに、アメリとルビアが女同士で話しているのが視界に入る。
ルビアは、ボンとザガのことを紹介しているようだ。
ボンがアメリに抱きついてハグをしていた。
そして、ルビアがそのボンを叱り、ボンがエンチャント語を連発しながら逃げ出すと、惨殺姉妹のところへ駆けていった。そのボンと一緒に走っている猫状態のアーレイの姿もある。ヒュレミは俺の足元から離れていたロロと合流していた。
和やかな雰囲気……。
こういった機会は珍しいし、少し試すか。
焚き火の周りで、酒を飲んで楽しく談笑している皆の様子を窺うように……。
右目の横にあるアタッチメントに指をおいて、タッチ。
久しぶりに、カレウドスコープを起動。
フレームの視界が加わりアイテムボックスと連動した簡易レーダーも起動。
一応、この場にいる全員を見ていく……シャナが居るので大丈夫とは思うが一応。
よかった……誰も脳を寄生されていない。
ま、使徒になりうる人材が、そうポンポンと生まれる状況もオカシイからな。
ヒュリオクスの蟲に寄生されたが、意思を保ち邪神から逃れて都市の外へ出たという謎人物が気になるが……。
そんな疑問を考えていると、客の一人と思われるドワーフの女性と目があった。
あれれ、どっかで見たような? あ、思い出した。
通りで喧嘩をしていた女性ドワーフか。
ん? まて、目に俺と同じスコープ?
……同じ硝子素子のようなものだし、同じ技術体系のスコープを持つドワーフ?
まさかな……と思ったその瞬間、ドワーフの女性は足早に屋敷から出ていってしまった。
あれ、厠はそっちじゃないけど、あの目は俺の見間違いだろうか……ドワーフじゃなくそんな硝子のような目を持つ種族の女性なのかもしれない。
他も見ていくと、見なれない人物も居た……。
短髪のボーイッシュな髪。
眉も細く……紺碧の瞳か。ブルーアイズ。
黒マスクで口元が隠されている。
骨と黒革が使われたコスチューム系の鎧。
骨柄の短剣が六本、腹周りに付いている。
暗殺者系と思われるが、あの装備……前にも見たかもしれない。
女性と思われるその方と視線が合うと、その彼女はお辞儀をしてから近寄ってきた。歩き方からして手練と分かる。
魔闘術の配分が絶妙だ。
攻撃を仕掛けてくるとしたら、右手か、左手か、足か、読めない。
あの胴回りにある短剣術がメインとは思うが……。
そこで、思わずスコープで確認。
――――――――――――――――
炭素系ナパーム生命体#XV0EVES##9T8
脳波:安定
身体:正常
性別:女
総筋力値:25
エレニウム総合値:1056
武器:あり
――――――――――――――――
エレニウム値が高いな。
人外に近い能力なのかもしれない。だが、筋力もエレニウム値も絶対値ではないからな。
戦いでは、スキルを含めての技、経験、運が作用される。
そこで右目の側面を指でタッチ、元の視界に戻す。
「……どうも、他の客の態度からして、貴方が、ここの家主、魔槍の覇塵といわれるシュウヤさんかな」
なんだそりゃ。ワケワカラン渾名。
彼女の声音は、喉を潰したようなガラガラ声だけど、女性と分かる。
「……その渾名は全くの認知外ですが、そうです。俺が、ここの家主シュウヤです。で、貴女は?」
「これは失礼を、名はキルビスア。武術連盟の【蚕】に所属している者です」
蚕か。その名なら知っている。武術連盟会長の屋敷に居た。
「蚕。会長の屋敷でキルビスアさんの姿を見たことがあります」
「……そうでしたか。ネモ会長と……ですが、闘技大会でシュウヤさんの名前を見たことがない」
「当然です。一度も出場したことないですから、登録はしましたけど」
「出場するつもりがないのに、登録ですか? 謎ですね……まさか」
と、言葉を止めるキルビスア。
そして、口元の黒マスクを煌かせる。
口と繋がった胸元までの骨鎧下に着ている黒インナーも光っていた。
魔力を循環させているようだ。
そんなことは無視して、口を動かす。
「……それはご尤も、俺は気まぐれな性質でして……槍使いとしてならば、挑戦してもいいんですが」
「ふっ、可笑しな方だ。武に興味はあるが、名声に興味がない。という方なのですね。それならば安心しました。裏武術会からの接触もないと予想できます」
前にも聞いたことがあるが、なんなのだその裏武術会とは。
「裏武術会とは何なのですか?」
「武術連盟に反抗的な組織が裏武術会。わたしたちに対抗できるほどの手練れが集まる集団です。神王位の下位戦に混ざり一方的に殺戮を行える人材の集まりでもある。他に賭けの胴元と用心棒なども行う。闇ギルドとは、また違う組織で、都市ごとにメンバーはいるようですが……しかし、【月の残骸】の盟主で総長が、知らないのですか?」
「しらんな」
そこに、メルが凄い顔付きで近寄ってきた。
話を聞いていたようだ。怒った表情のメルが、
「裏武術会とは、揉めたことがありますが、うちの総長に何か意見があるのですか? 蚕のキルビスアさん」
「いえ、そんなつもりでは……」
蚕のキルビスなんちゃら風の、国みたいな名前の女性は、メルに任せちゃおっと。
「メル。彼女の相手は任せた」
「はい」
メルは即座に目配せをする。すると、【月の残骸】メンバーたちへ小波のように意思が伝わっていた。
阿吽の呼吸か? 熟練の冒険者パーティのようだな。
ベネットが相手の退路を断つように近付いていってるし、ま、大丈夫だろう。
俺は……焚き火の近くに移動。
燃え滾る火の元へ視線を移す。
火を眺めながらリラックス。
焚き火とか、暖炉とか、燃えている映像は人を寄せ付ける魔力があるのかもしれない。
まったりと……すると、
「シュウヤ! 今日は呼んでくれてありがとう」
桃色髪の槍美人、リコだ。
さっきからうろうろしていたし、彼女は話し掛けるタイミングを計っていたらしい。
「……槍の調子はどうだ?」
「うん、順調よ。改めて、<刺突>に始まり<刺突>に終わる。という偉大な言葉を思い返して、毎日修練に励んでいるところ。シュウヤに負け越しているからね。次はちゃんとした技で勝つっ!」
青白い穂先の短槍を回転させて華麗なポーズを決めるリコ。
桃色髪の前髪が揃えてあるのがチャーミングだ。悶える顔も見たいかもしれない。
そして、前回と同様にノースリーブ系の服。胸が少し強調されている。
「……おうよ、美人なリコなら何度でも戦ってやるさ、次は近近距離戦をアピールしてやろう……」
そして、抱きついてやるのだ。
「……ねぇ、今、背筋が寒くなったのだけど、変なこと考えていたでしょっ!」
鋭いな、ブルースカイの瞳といいレベッカのような反応だ。
と、本当にそのレベッカがベティさんから離れてこっちにきた。
「シュウヤ、何、鼻の下伸ばしているのかしらァ? あ、リコさん、こんばんはです」
「はい、こんばんは」
「美人には美人の態度とい――」
俺に喋らせないように目の前に割り込むレベッカ。
「はーいそこまで、リコさん。シュウヤは綺麗な人に目がないので気をつけてくださいね」
「ふふ、気をつけます。ということで、シュウヤ。レベッカさんが怒る前に、こないだ話をしていた神王位を紹介しとく。フィズ~、こっちよ」
フィズと呼ばれた方は、肉を食べている途中らしく……。
片手に皿を持ちながら歩いてきた。
黒髪の大柄で、筋骨隆々。
背中に青竜刀を背負っている。
関羽が持っていそうな薙刀の槍だ。
刃の色が違うが、形が魔槍グドルルと少し似ている。
「……リコ、今、ルンガ肉より美味い未知の肉を食べている最中なんだが」
「いいから、渡りをつける約束でしょう。こっちに来なさい。この方がシュウヤよ。わたしが全く敵わなかった、凄腕の魔槍使い」
「な、なんと、そうであったか!」
フィズと呼ばれた大柄の戦士が、その肩幅を生かすように、勢いよく振り向いてくる。
「シュウヤ殿、私は八槍神王第四位であるフィズ・ジェラルド。今度、槍の手合わせをお願いできないだろうか」
大騎士のガルキエフと筋肉量は同じぐらいか?
槍の実力なら神王位である……このフィズさんの方が、確実に上だと推察できるが、果たして……。
ガチムチとはいえ、八槍神王位第四位の実力を間近で、見たい気もする。
槍の穂先の形も輪が重なった特殊なるモノだった。どんな機構なんだろう。
「……いつかお願いするかもです」
気になるけど、無難にお願いした。
「はい、ご都合がいい時で構わないです。戦えずとも知り合えただけで、結構」
フィズさんは、律儀に頭を下げてきた。
「フィズ、渡りはつけた。約束は守ったからね」
「分かっている。貸し借りはなしだ」
「うん、それじゃ、ちょっと気になる子たちも居るし、挨拶してくる。後、美味しそうな肉もあるし、わたしも食べるわよ~」
リコのブルースカイの瞳の中に、ルルとララがボンに挨拶しているところが映っている。
ボンは気にせず、ロバートの両手剣を叩いて調べていた。ルルとララがボンの髪の毛を触って悪戯をすると、ボンがやり返そうと追い掛けていく……あの三人にリコが何を話すのか気になるが……青白い刃先を持つ愛用の短槍を少し弄ってから彼女は離れていった。
「では、フィズさん、肉、野菜は沢山ありますから、食べて楽しんでください」
「ありがたい、では早速――」
フィズさんはお辞儀をすると、邪界ステーキが焼かれている場所へ移動していく。
さて、俺は……と、エヴァたちが見えたので、ディーさんと料理の話でもしようかな。
納豆系が最近欲しいから……似たような料理がないか聞いてみよう。
と、エヴァのもとへ行こうとしたが、八剣神王位、友のレーヴェが近付いてきた。
HJノベルスより「槍使いと、黒猫。1」2017年2月22日発売。
各書店様、Amazon様で予約できます。
「槍使いと、黒猫。18」2022/06/17日発売予定