二百三十九話 レベッカの涙&血の回収
黄金芋虫イモリザ。
通称イモちゃん――。
新しい指、腕、頭、に変身が可能な三人の<光邪ノ使徒>のことを説明。
「ええぇ!?」
ユイは濡れ鴉色の髪を揺らす。
驚いて瞳孔を散大させた。
<ベイカラの瞳>は発動していない。
「指と腕に人の頭にも、あ、本当にもう一つの指がある。あ、エヴァ、シュウヤの新しい指を擦りすぎ」
エヴァの指の触り心地はいい。
「芋虫、頭、三人の人型に変身が可能……想像ができないです」
ヴィーネは自身の青白い指を見てから、俺の新しい指を見つめていた。
頭はあまり出したくないから、あまり出すつもりはないが……。
黄金芋虫は意外に可愛いからな……。
「ちょっと待って! そのままで、エヴァの手が邪魔、今描くから――」
ミスティは羊皮紙に絵を描いていく。
「ん、新しい指を触って調べた。見た目は普通、でも――」
エヴァは紫魔力で自身の体を覆う。
体を浮かせると、俺の耳元に顔を寄せて、
「……記憶が三つ? 一つは少なくて、二つは……深くて混乱した」
エヴァは疑問を顔に出しつつ可愛い小声で呟く。
そのエヴァの吐息が耳の奥に届いたから、少し身震いした。
エヴァは表層だけだろうが三つの人格の記憶を読んだらしい。
あまり記憶がないのはリリザの記憶か?
二つのほうは、ピュリンとツアン。
彼ら二つの魂、記憶か……。
ツアンは元教会騎士と語っていた。
彼の故郷は【宗教国家ヘスリファート】の何処かの都市。
ツアンは北のゴルディクス大砂漠とマハハイム山脈の峠を越えて……。
この【迷宮都市ペルネーテ】に辿り着いた。
そして、闇ギルド戦争に敗れた【夕闇の目】に入った。
神獣のような相棒もなしにゴルディクス大砂漠を越えた。
素直に凄いと思う。ツアンは人族だ。
ポポブムのような魔獣は沢山いるから、案外楽なのかもしれないが……。
いや、砂漠地方にもモンスターは多数いるだろうからな、かなり大変な旅だったはず。
サハラ砂漠的な大砂漠を人族のツアンは越えて、この南に来たんだ。
紆余曲折の人生だったろう。
そして、成長が続くエヴァでも、さすがに、三つの人生が入り混じった<光邪ノ使徒>の記憶は読み切れないようだな。
腕のほうも見せておく。
「……皆、これを見てくれ。ミスティ、指から腕に変化させるがいいかな」
「うん」
ミスティのスキル染みた絵描き作業は素早い。
新しい指と一緒に俺の顔も描いている……。
横にキスマークまで描いているし面白い。
俺はエヴァから手を離してから、
「イモちゃんこと、リリザ、変身しろ」
新しい指から腕に変化させた。
「「おぉぉぉぉ」」
戦闘奴隷も含めた、この場の全員がどよめく。
「凄いぞ! ご主人様が新しい腕を獲得なされたっ! 新たなる伝説、三つ腕の槍使いへ!」
ヴィーネは興奮。
長細い両腕を肘で曲げ、力瘤を作りながらのガッツポーズを取る。
「新しい腕を見ると、実感するわ……」
「ん、指だと目立たないけど、腕は違う」
「またまた描かないと!」
新しいテクニックが増えるのね……。
とか、最近えっちぃ化が進むレベッカさんが呟く。
そこから、あーだこーだと、長らく新しい腕の感想が飛び交っていく。
長くなりそうなので、
「よし、次は黄金芋虫、イモちゃんを見せる」
と、強引に、腕を変化させる。
グニョグニョと腕の肉質が変化しながら蠢くと、黄金色の芋虫に変身。
腕から芋虫になったイモちゃんは、床に降り立つ。
「「うあぁぁ」」
「本当に芋虫!」
『これが、黄金芋虫……』
左目に住む精霊ヘルメも含めて、皆、驚き、びっくりぎょうてん顔だ。
そういえば、ヘルメにも芋虫型は見せていなかった。
「黄金色だけど、下の方、綺麗な紫色の斑点……あ、小さい触手角もあるわ」
ミスティが学者風に観察していた。
確かに紫色の斑点だ。将来何かに変身するのかな?
「地下にも毛虫、芋虫型モンスターは豊富に居ますが、さすがに黄金はいないですね」
そう語ったヴィーネは、モデル歩きで黄金芋虫に近寄り、悩ましいヒップラインを見せつけるように屈む。
そのまま青白い綺麗な指先を、黄金芋虫へ向けて伸ばしていた。
黄金芋虫は胴体をよじらせる。
うねり起伏しながら、くねくねと進み、口と思われる部位からピュイピュイと可愛く声を出し、ヴィーネの細い指へ口の部位を当てていた。
よく見ると、胴体にある小さい桃色の触手角から、きらきら光る金色の水蒸気的なものを発しているし、水晶が集まったような複眼も複数あるんだな……。
将来、金粉を吐いて、儲けさせてくれるとか?
「わたしの指に反応してますっ」
「ピュイピュイ」
「ふふっ」
「チュイチュイ♪」
声はピュイピュイとチュイチュイの二種類あるのか。
黄金芋虫も可愛いけど、ヴィーネの引き締まった腰回りが、視界に……思わず、抱き寄せたくなる。
貝殻の裏の光沢を彷彿とさせる綺麗な銀髪も触りたい……。
けど、我慢。
そんなことを考えていると、黄金色の芋虫が蠢いて銀髪のリリザの姿へ変身を遂げた。
「あぁぁぁ、ご主人様、こいつです! 五階層で戦ったのは!」
銀髪を持つリリザが現れた途端、ママニが吼えた。
虎獣人らしい戦闘態勢を取っている。
大型円盤武器の<投擲>を行いそうだ。
「主! こやつを仲間に!?」
蛇舌をヒュルルと伸ばしたビアも驚いていた。
というか話しただろうに。
「ひぃ――」
「ちょっと、フー。ボクの後ろに来ても、盾は無理。ビアの後ろに行くべきでしょっ」
「あ、うん」
サザーに指摘されたようにフーは混乱していたが、ママニを中心に戦闘奴隷たちは自然と陣形を取っていた。
阿吽の呼吸だ、その動きから一流処と分かる。
だが、勇み足だ。
「……お前たち、話を聞いていなかったのか? 彼女はもう邪神の使徒じゃない。俺の新しい指、腕、家来だ」
「……だ、大丈夫なのですね。あの時戦った光景を、未だに強く覚えていますので……」
そう語りながらも、虎顔のママニは大型円盤武器の構えを解かない。
はは、用心深い奴だ。
「大丈夫だ」
その笑顔の一言でママニたちは安心したのか……。
虎系の美形? 笑顔を取り戻し構えを解いた。
「そのようだ、あの時のような歪な魔力という感じではない」
蛇人族のビアもそう話すと、甲羅のような太ましい蛇の胴体を柔らかく撓ませながらゆったりと移動して、銀髪のリリザへ近寄っていく。
「使者様の部下様――。わたしは<光邪ノ使徒>。リリザ&ピュリン&ツアンの名を持ちます。よろしくです♪」
銀髪のイモちゃん、イモリザは、五階層の荒野で戦った戦闘奴隷たちへ頭を下げていた。
「……あぁ、よろしく……」
「化け物女が、ご主人様の新しい部下に……」
戦闘奴隷たちは呟いていく。
しかし、名前が複数あると混乱する。
「この際だ、リリザと黄金芋虫の姿の時は、イモちゃんかイモリザで統一するか」
「使者様、わたしに名を……くださるのですね」
「シュウヤ、黄金芋虫の姿から名をつけたのだろうけど、安直過ぎない?」
レベッカが指摘してきた。
「部下様。使者様が決めたことが重要なのです。わたしはイモちゃんと、イモリザを気に入りました♪」
「あ、そう……本人が気に入ったのなら何もいうことはないわ。イモリザ、またはイモちゃん。わたしはレベッカ。宜しくね」
レベッカは笑顔でイモちゃんへ挨拶している。
「はい、レベッカ様」
魔導車椅子に乗るエヴァは俺の側から離れ、イモちゃんの側に寄っていくと、細い手を伸ばす。
「――ん、わたしの名はエヴァ、宜しく。イモちゃん、腕を出して」
「はいですー」
改めて心を読むようだ。
まぁ、俺の使徒とはいえ、元は邪神の使徒だもんな。
「ん、イモちゃん、シュウヤが好き?」
「はいー」
「……ん、イモちゃん、好きな食べ物なに?」
「えーっと、昔はセージュの葉とトミトミの実が大好物でした。昔は人族も好きでした。今は人族は食べても吸収できないので、食べません。今は、葉っぱとトミトミの実が沢山食べたいです♪」
トミトミの実とはなんだろう。
まさか、黄金芋虫というように黄金の実だったりして。
「……ん、イモちゃん、素直。シュウヤが話していたけど、邪神ニクルスについては?」
「何も感じません」
イモちゃんは冷静にエヴァの質問に答える。
「ん、分かった」
エヴァはイモちゃんから手を離して、俺の顔を見つめながら話してくる。
いつもの微笑を浮かべて頷いていた。
安心していい。というお墨付きだろう。
「……話を聞く限り、二十階層の宝箱戦でマスターが戦った強敵の守護者級に似ているのかしら?」
ミスティが羊皮紙にメモしながら聞いてくる。
「再生能力に近いものはあったと思うが、邪神ニクルスが与えた力の影響だと思う」
「はいー。使者様の仰られているとおり♪ 今は<光邪ノ使徒>ですが、元々は邪神ニクルスの影響を受けた黄金芋虫なのですー」
と、イモリザちゃん自ら、情報を補足していた。
「……その黄金芋虫の生態に興味が湧いてきたかも……あ、わたしはミスティよ、宜しく」
「新しい腕にもなれるイモリザ。宜しくね、わたしはユイ」
「わたしは<従者長>のカルードです、お見知りおきを」
「はいー、使者様の部下様たちですね」
イモちゃんの知能は低そうなので、仲間の名前の全てを覚えられないかもしれない。
「もう一度、イモリザの黄金芋虫姿が見たいかも」
ユイがそう言うと、
「わかりましたー」
元気よく答えたイモちゃんはココアミルク肌の肉質を変化させて人型を崩すと、
「チュイチュイ」
と声を出す黄金芋虫の姿へ変身していた。
「わぁ、可愛い。触っていい? さっきヴィーネが触ってたから、わたしも触りたくなってきちゃって……」
ユイがイモちゃんを触りたいらしい。
「チュイチュイ~♪」
「いいらしいぞ」
「うん――」
ユイは素早くイモちゃんに近寄る。
両膝頭を揃えるように屈んだ体勢になっていた。
細い指を伸ばして、桃色の触手角を触っていく。
ユイは下丈のミニスカートのような鎖帷子を履いているので、勿論、白桃色の太腿の間から、革のパンティが見えている。
一瞬凝視しようとするが、止めといた。
イモちゃんの触手角を指で軽くつついているユイの指を見ていく。
小さい触手角の先端は柔らかいのか、凹み窪むと、直ぐに、ぽこっと凸に膨らんでいた。
ユイは夢中になって触手角を押している。
……何か、面白いことをしているな。
そこから選ばれし眷属と戦闘奴隷たちが、イモちゃんを弄るように触り、話しかけていく。
暫くして、戯れられていたイモちゃんを指状態に戻してから、
「それじゃ、今回の経験を踏まえ、お前たちの血を回収しておく」
……眷属たちの血を空のポーション瓶に注ぎ入れ、その瓶に名前を刻む。
回収を手早く済ませた。
アイテムボックスへ入れようかと思った時、
『閣下、血なら保管ができますが』
視界の端にいた小型ヘルメちゃんが指摘。
『中身の血、分けられるもんなの?』
『ある程度なら、分けられます』
ほぉ、そりゃ便利だ。
『なら、この瓶の中に入ってる眷属たちの血液を少量ストックしといて』
『分かりました』
刹那、左目から出た液体状のヘルメが床に着水。
床の一部が深い湖になったように蒼色に輝いた。
ここは室内で、太陽の陽は射していないがヘルメの水は陽の光を浴びたようにキラキラと反射している。
「わぁ……綺麗~」
「精霊様が湖面に」
「不思議ー」
ヘルメと初めて会った場所も小さい湖だった。
その輝く湖面的な精霊ヘルメは無言で波打つと、波が盛るや、中央で重なり合う。
海坊主のような形になっていた。
更に、海坊主型の液体ヘルメの一部が斜め上に弧を描いて、蓋が空いていた血入りの瓶の中へ突入。
瓶の外のヘルメの一部は血色に染まり渦巻くが、何事もなく本体のヘルメの中へ戻る。
一つの瓶の血の回収は一瞬で終わった。
ヘルメが同じ作業を繰り返して全ての血を回収してから、瓶をアイテムボックスの中へ仕舞う。
直ぐにヘルメは左目に戻ってきた。
『完了です』
看護師姿のヘルメちゃんだ。
小さい彼女が持つ注射器の中には血が入っていた。
ま、深くはツッコまない。
よし、後はミミとメイドたちだな。
その前に、今後の指針も話しておくか。
「血の回収を終えたところで、まだ話しておくことがある。もうカルードには話したが、俺は地下オークションが終わったら、旅に出るつもりだ」
「えっ!」
ミスティが驚き、
「父さんには?」
ユイは父を見る。
……わたしより先に。とか、視線でものを語っていた。
カルードは瞳を散大させて、
「……うむ」
と発言しながら動揺を示していた。
黒猫が悪戯しても微動だにしないカルード。
ユイには弱いらしい。
「またなのですね……」
ヴィーネはショックを受け、
「ん、鏡の回収のように?」
エヴァは何でもないという顔だ。
「……そっか。うん……」
あれ? レベッカの反応が一番意外。
大人しい。死に地図買ったのにー、どうするのよ!
とかと、叫ぶかと思ったが。
「目標というか、俺は冒険者だからな」
「ん、シュウヤを愛してるから、どんなに離れても平気、寂しいけど。後、わたしにもやりたいこと、目標はある」
「うん、そうね。わたしも皆の影響を受けて、やりたいことが増えちゃったし……目標、夢がいっぱい増えたの」
レベッカはエヴァに同意しつつ白魚のような指を靡かせてから、その手で、拳を作る。
「目標、夢……」
銀仮面越しでも分かるぐらいに銀色の瞳を潤ませていたヴィーネも呟く。
ヴィーネは復讐を果たして俺一筋だったが、仲間たちと過ごしているうちにレベッカと同様に何かを得たようだな。
元から調べることが好きだったようだし。
ユイはカルードと小声で話し合っていた。
父の夢と目的を聞いているのだろう。
「それもそうよね。マスターは宗主様で、大好きで一緒にいたい。愛のある信仰の対象でもある。だけど同時に、わたしたちにはわたしたちの信念もある。ま、これもマスターのお陰なのだけど」
ミスティは講師、先生か。研究もあるだろう。
「ん、わたしたちは選ばれし眷属で、永遠の家族だけど、他にも家族はいる」
エヴァには家族同然のリリィ、ディーがいる。
「そう、馬鹿シュウヤでエロシュウヤで宗主様で永遠の命をくれたシュウヤで、愛しているシュウヤで……そんなシュウヤが懐深くわたしたちを想い、守ろうと常に行動してくれていたのは知っているわ……パーティも闇ギルドもこの大きな家も、結局は、全部が全部……わたしたちのための行動だった。そして、寂しくないよう一緒に過ごそうと誘ってくれた。でも、でも、シュウヤは気まぐれな人。今はあまり表に出さないけど、本来は旅が好きな冒険者だと、分かってはいたの……でも、シュウヤのやさしさに、あまえちゃっ……」
レベッカが涙……蒼い瞳から幾つも粒が……。
様々な気持ちが綯交ぜになったような憂いの表情を浮かべていた。
「ん、レベッカ、泣いちゃだめ」
エヴァも釣られたのか、泣きそうになっていた。
泣いていたレベッカは心配気な表情を浮かべるエヴァへ向けて、にっこりと笑顔で応えると、
「……うん」
と頷きながら、金色の長髪をたくし上げて、恥ずかしそうに小さい掌で涙を拭いていく。
「……わたしも知ってる。マスターが地下二十階層でロロちゃんと空を飛んでいた時、本当に楽しそうだった。ラグニ村でも、わたしのペル・ヘカ・ライン大回廊の眠り姫伝説の話を聞いている時の顔……真剣に、楽しそうに聞いていたのは忘れない。あの時、マスターのスキルを聞いてわたしも興奮していたけどね。皆、気付いていると思うわ。本当に冒険が好きなんだなぁ、と。そして、常にわたしたちを優先してくれていると、愛されていると実感できた旅でもあった……」
ミスティはあの時、爪を噛んで糞、糞、糞を連発していたような……あんな状態でも、俺をしっかりと見ていたのか。
「やっぱり、皆も見てたのね」
カルードとの話し合いを終えたユイの言葉だ。
しんみりとした空気になったので、話しておくか。
「……なぁ、旅はまだまだ先だ。鏡もあるし血文字もある。相棒もいる。それぞれと季節が変わる九十日ぐらい離れることはあるかも知れないが」
俺のその言葉に、ユイが頷いて、
「分かってる。わたしも選ばれし眷属、<筆頭従者長>として好きな剣術をもっと伸ばしていきたい。<血魔力>系のスキルも覚えたいし、父さんの闇ギルドも手伝いたい」
『ふふ、皆、いい女に成長していますね。お尻さんも磨かれていくことでしょう』
なんで尻が磨かれるんだ?
とは、蘊蓄が長くなりそうなのでヘルメに念話で伝えるのは止めといた。
そこから<筆頭従者長>の女同士で話し合いを始めていたので、俺は黒猫を連れて部屋で休んでいたミミのもとへ移動。
彼女の血も回収した。
「ご主人様、このまま休んでいるわけには……」
ミミが起き上がろうとした瞬間、
「にゃおん――」
子猫姿の黒猫がミミの上に乗っていた。
ミミは吃驚して、起き上がるのを止める。そして、目の前の胸の上に居座る黒猫のことを触ろうと、細い手を伸ばす。
だが、黒猫は天邪鬼。
そのミミの可愛らしい手をさっと避けていた。
「ロロも寝ていろ。と、言ってるようだぞ」
「ンン、にゃ~」
ドヤ顔で寝てろニャと鳴く? 黒猫さん。
しかし、前足をぺろぺろ舐め出した。
小さい指を左右に伸ばし、肉球の溝を噛むような掃除を始めている。まったく違うことを考えていたかもしれない。
「……ふふ、分かりました」
ミミは胸の上で足先舐めに夢中な黒猫を見て、笑顔を浮かべていた。
「よし、では、イザベル、クリチワ、アンナの血も貰っておこうか」
側の寝台で休んでいた彼女たちを見る。
「はい、ご主人様……裸になります」
「血と身体を……ご主人様」
「ご主人様、ついに……わたしたちを」
裸? イザベル、アンナ、クリチワは、何を……。
たぶん、選ばれし眷属たちの情事&血吸いの行動から推測して、自らが抱かれながら血を吸われる。とか、彼女たちは考えたのかもしれない。
「……違うから、裸にならないでいい。ミミの血を回収したように、健全なやり方のみだ」
一瞬、眷属化も脳裏に過る。
しかし、彼女たちを眷属化したら、使用人の全てを眷属化しなきゃいけないような気もするので……普通のメイドさんのままで居てもらおう。
「そうなのですか」
残念そうな顔を浮かべるメイドたちから、普通に血を回収。
それから屋敷で働く使用人たちと、個別に会い血の回収を行った。
彼女たちの名前を瓶の表面に削り入れる地味な作業を繰り返してから、袋に纏めてアイテムボックスの中へ仕舞う。
そして、黒猫を連れて大門から屋敷の外へ出た。
ゆったりとしたペースで武術街の通りを歩く。
後は【月の残骸】のメンバーたちか……。
彼女たちは俺が雇ったメイド&使用人とは違い、殺し合いの螺旋を自ら率先して楽しむ闇ギルドのメンバーたちだ。
過保護に守るのもどうかと思うが……成り行きとはいえ、総長だ。
ただの神輿の総長気分でしかないが、一応は【月の残骸】の総長。
年末のオークションまで、できることはしておこう。
「ロロ、双月店まで移動だ、頼む」
「ンン、にゃあ――」
ペルネーテを駆け抜けていく。
◇◇◇◇
【双月店】に到着した。
「ロロ、相変わらず速いな」
「ンン、にゃ?」
神獣ロロディーヌは『当たり前にゃ』という感じだ。
跨いでいた足を上げて降りた。
小さくなった黒猫を肩に乗せて双月店の中へ向かう。
店にはメル、ベネット、ゼッタの幹部たちがいた。
円卓に集まり食事を取っていたから、挨拶しつつ席に座る。
「総長、連絡は聞きましたか?」
「おう、聞いている、で……」
そこから魔人ザープや闇ギルドの戦いの様子を聞いていった。
「【黒の手袋】を支援していた闇ギルド【ベイカラの手】は退いたようです」
「その八頭輝の一つの【ベイカラの手】はどこの都市から来たんだ?」
「【ベイカラの手】の主な縄張りは、王都グロムハイムの南、【海流都市セスドーゼン】。オセベリア海軍が駐留している南の要衝です」
南の要衝、ラドフォード帝国、セブンフォリアと面している。
そして、海軍という響きは好きだ。
私掠船の軍艦に乗って海賊船を拿捕したり……ロマンがある。
そんなことより【ベイカラの手】か。
「……もう少し【ベイカラの手】の情報を頼む」
「はい、盟主である鱗人のガロン・アコニットは、海軍、魚人、海賊ともに顔が利くといわれていますが、内実は、セスドーゼンを治めている海軍大臣のラングリード侯爵の犬ですね」
侯爵の犬か。
メルは俺の様子を窺いながら話を続けていく。
「……【黒の手袋】の兵士を尋問したところ、裏から手を回した【ベイカラの手】は【梟の牙】が潰れたことを利用し、【黒の手袋】の残党を用いて、ペルネーテに縄張りを得る足掛かりにしようとしたようですが、【ベイカラの手】の幹部は戦いに参加せず、資金面、一部の雑魚兵士を提供していただけでした。実際に、我々も【ベイカラの手】の関係者が戦っている姿は誰一人見ていませんので、雑魚兵士の情報に過ぎませんが、信憑性はあります」
【黒の手袋】を利用か。
「それでいいように利用された【黒の手袋】の残党は?」
「幹部二名を仲間が仕留めたところで分散しました。追手を差し向けていますが、散った兵士たちの全ては追えないでしょう」
「そか、あまり無理しないでいいが、その辺の専門的な処理はメルに任せよう」
「はい、お任せを」
そこで、血を欲しいと皆に話していく。
「あたいたちの血が欲しいんだね? ヴァンパイアだから、いつか欲しがるとは思っていたけど」
「ま、そゆことで」
余計な仕事が増えるかもしれないので、追跡できるスキルのことは言わなかった。
メンバーたちから血の回収を行う。
蟲使いの鱗人のゼッタから血吸いの虫についての蘊蓄を教わったが、省略。
血入りの瓶に名前を刻み蓋で閉じてから袋に纏めて、アイテムボックスへ保管。
「……それで、ヴェロニカは何処だ?」
「戦力として使える角付き傀儡兵をある程度作り終えたので、【迷宮の宿り月】でイリーとして活動しているはずです。ヴァルマスク家の尖兵たちが襲ってくるのを待つわ~と、高らかに笑っていました」
メルがヴェロニカの声音の真似をしながら語る。
「了解、それじゃ、宿屋に向かうとするよ」
「分かりました」
「……最後に魔人ザープの容姿の確認だが、血濡れた指と刀を持ち、顔全体を覆う仮面とコート、身軽そうなズボンを着込み、足にメルと同じ黒翼を生やす場合あり、で、合っているよな?」
「はい、総長」
「OK。見かけたら、捕まえる努力はしよう」
「宜しくお願いします……」
美人なメルは瞳を潤ませてから頭を下げてきた。
父かもしれない魔人か。
実際、会えるか分からないが……。
ま、頭の片隅に入れておこう。
「じゃ、ロロ、外へ出るぞ」
「にゃおん」
食味街、レストラン街ともいえる石畳の通りへ出た。
【迷宮の宿り月】へ向かう。
足早な人々の流れに混ざるように、自然と、足取りが緩やかな坂を下るように早くなる。
隣で追走している黒猫が変身。
一瞬で、豹、馬、獅子が合体したような凛々しいロロディーヌと化した。
そのロロディーヌに跨がった。
目の前に来た触手手綱を掴んでから――。
食味街の路地を進み第一の円卓通りへ向かった。
あっという間に、迷宮の宿り月に到着だ。
玄関口の左に、骨組みのような金属塔の立体オブジェがある。
クリスマスツリーの飾りのようにランタンが複数あるから灯りが沢山だ。
宿の玄関口も明るい。
灯りを身に浴びつつ黒馬ロロディーヌから降りた。
玄関の前の踏み石を歩いて迷宮の宿り月の敷地を進んだ。
「ンン」
子猫姿の黒猫も喉音を鳴らしつつ付いてきた。
その黒猫は少し駆けた。俺の前の踏み石の上で止まる。
エジプト座りのちょこんとした姿勢で俺を見てきた。
「ンン、にゃ、にゃん」
そう鳴きながら顔を上げる。
つぶらな紅い瞳だ。
『遊んできていいにゃ?』と語り掛けてきたような気がした。
「いいぞ、行っといで」
「ン、にゃ――」
正解だったかな。
黒猫は嬉しそうに鳴いてから軒下から裏手へと向かう。
尻尾の先端を傘の柄のように立てながらの移動だ。
白猫のところかな?
さて、俺は宿だ――。
宿の黒光りする扉の色は変わらない。
朱色の字で木彫りされた看板の迷宮の宿り月という文字を確認。
その黒光りする木製扉を手で押し開く。
宿の中から漂ってくる酒の匂いと客の喧噪。
そして、左手にある食堂から、エルフ、いや、麗しの人魚のシャナの声が響いてきた。
久しぶりの歌声……癒されるなぁ。
聖なる声に導かれるように食堂を歩く。
食事、団欒、カードのゲームが行われているテーブル席が並ぶところから、左奥のステージ台の上で歌っていたシャナの姿を拝見した。
金色の髪、耳長のエルフ姿。
豊かな二つの乳房も素晴らしい。
あの美しい谷間から温かい情熱の歌声が湯のように滾々と湧き流れている。
そんな美しいエルフの歌姫だが、実は人魚だ。
この秘密を知っているのは、多分、この宿で俺だけだろう。
彼女はちょっとしたアイドルなので、少し得した気分となった。
首に装着している青色の歌翔石も綺麗だ。
今も歌声と共に波紋のような魔力を周囲へ放っている。
邪神ヒュリオクスの蟲にダメージを与える聖歌。
この辺りは邪神ヒュリオクスに対する結界が張られているのと同じ……。
ダイナミックさと繊細さを併せ持つシャナの歌声の旋律を満喫していく。
見惚れていると……そのシャナが、俺の姿に気付く。
掌を口に当て、あっと驚いた表情を浮かべていた。
彼女はステージ台の上から、俺に対して指を差し、声を上げようとしていたが、すぐに気を取り直し、仕事である歌に集中していた。
見た目は歌姫なんだが、天然気味の性格は相変わらずか。
さて、ヴェロニカはどこかなぁと、歌っている仕事中のシャナへ向けて片腕を上げ泳がせる簡易的な別れを告げてから探していく。
シャナはウィンクを返してくれた。
魅了されている観客たちが、わたしにウィンクをしてきたーとか、騒ぎ出す。
その喧噪から逃げるように、食堂から厨房へお邪魔した。
竈、火力が調整できる魔道具が並ぶ広い厨房。
野菜を切るカズンさんを発見。彼に指示された沢山の獣人コックたちが、もやしの枝を切る調理作業を行っている最中だった。
忙しそうなカズンさんへ、
「カズンさん、どうも」
「お、総長、珍しいな、厨房に来るとは」
少し遠慮気味に、
「ええ、はい、今日は血の回収をお願いしにきました」
血の回収を願い出た。
すると、血、という言葉に機嫌を悪くしたのか、カズンさんは豹獣人らしい厳しい表情を作り出す。
「……血だと? 俺たちの血を集めていた男のことを思い出す……」
血を集めていた男?
「……血を集めていた男? 宜しければ教えてください」
「別に構わんが、総長、普通に接してくれると助かる。俺は総長の部下だ。ここは見ての通り……沢山の部下たちが働いているのでな?」
そりゃそうか、示しがつかんか。
……カズンさん、威厳があるし渋すぎるんだよな。
「すまん、気を付ける。で、それはいつの話だ?」
「幼い時……南のララーブイン山の西、ハイム川近くの【鉄角都市ララーブイン】で暮らしていた時の話だ。総長と同じ、黒髪の人族。髭を生やした平たい顔の男から、実験に用いるので俺たちの血が欲しいといわれてな」
黒髪、髭を生やした平たい顔、アジア系の男、日本の転生者?
幼い時……カズンさんの歳は幾つ何だろう。
「ほぅ、それは何年前の話?」
「三十年ぐらい前だろう……」
かなり前だな。
「それで自らの血を提供したのか?」
「大金のためにな。親子揃って、さらに仲間たちも皆で、喜んで血を提供した。まだ全員が生きていたからな……」
機嫌を悪くした原因か。
昔、家族、仲間が生きていた頃を思い出したらしい。
あまりそのことには触れないように、その転生者らしき人物のことを聞いておくか。
「その血を集めていた男の名前は分かる?」
「マコト・トミオカと名乗っていた」
絶対、日本人だ。
「他に何か喋っていたか?」
「錬金術師の一角で特殊スキルだ、なんたらと。『血を用いて、遺伝子の因子の結合を促し最高のホムンクルスを作るのです、芸術は爆発ですよ』とか、話していた。訳が分からないが、金はたんまりとくれたな」
錬金術、ホムンクルス、遺伝子組み換え的なスーパー戦士を作ろうのノリか?
または不老不死とか、あり得そう。
「錬金術師か、色々とありそうだな」
「総長も、その謎の男やゼッタのように錬金術に興味があるのか?」
「正直いえば興味はある。実践はしないが」
「ほぉ、紫の死神と云われる槍使いである総長が……」
カズンさんは黒々しい毛が目立つ片眉を上げ、意外だな? といった雰囲気で語る。
「知的好奇心が旺盛なだけだよ。で、血の回収の件だが……錬金術とは違い、単にイリー、ヴェロニカ繋がりでな?」
ヴァンパイア繋がりと暗に示す。
「あ、そうか、総長はそうだったな。了解したっ」
豹頭の後ろ毛を豪快に掻くカズンさん。
ヴェロニカという存在が居るので、彼は納得していた。
その後、調理机に置かれてあった包丁で掌を切ってもらい、その血を瓶に注ぎ血の回収を終える。
そのカズンさんはフンッと力強い鼻息を吐いてから、力瘤を腕に作り筋肉を意識するような動作を取ると、切り傷から流れていた血は止まっていた。
豹獣人のスキルか?
獣人の、カズンさんの凄さを感じながら、
「それで、ヴェロニカは何処だ?」
「中庭か地下の筈だが」
「了解」
<分泌吸の匂手>を使えば分かるけど、使わない。
カズンさんと別れ、厨房から直接中庭へ繋がる扉から外へ出た。
その中庭には給仕服のクラシカルロリータを着込むイリーの姿で、干してあった洗濯物を取り込む作業を行っている可愛らしいヴェロニカの姿があった。
「あ、シュウヤ!」
手に持っていた洗濯物が入った籠を地面に落としながら振り向くヴェロニカ。
血の匂いで気付いたらしい。
笑顔のヴェロニカへ近寄っていく。
「よ、ヴェロニカ、いや、ここじゃイリーのがいいのかな」
「ううん、ヴェロニカで結構よ。それで総長がわざわざ、わたしに会いに来たということは……」
細い人差し指を、顎下に置くヴェロニカ。
一生懸命思案気な表情を作っていた。
勘違いしてそうだから、さっさと用件を言うか。
「……来たのはヴェロニカの血が欲しくてな」
「血? 血が欲しいのねぇー、うふふーん」
興奮したヴェロニカは<血魔力>を発動する。
霧状の血を全身に纏わせると、瞬く間に、薔薇の髪飾りが特徴的な髪型になり、ベルベット製のような黒いミニドレスを纏う姿に変身を遂げた。
長い睫毛と綺麗な紅い瞳。
唇は程よいグロスの光沢がキラリと光る。
少女だが妖艶。小さい真っ赤なヒール靴も似合う。
「――嬉しい。シュウヤになら――」
ヴェロニカは小さいしなやか肢体を左右へ動かす。
細い足を交差させて、
「――フフッ、いっぱい、いっぱい、いっぱーい、血をあげるんだから♪」
スキップを踏みながら俺に突撃してきた。
抱き付こうとしてくる。
前なら、ここで爪先回転を駆使した華麗なターンで避けていたが、少し驚かせてあげるかと、逆に小柄な彼女へ跳びついて抱きしめた。
「――え? きゅ、急に……」
ヴェロニカは俺が避けると思っていたようだ。
驚いて、小顔の頬を朱色に染めていた。
視線が合うと、彼女は恥ずかしそうに、俺の腰辺りに顔を埋めてその表情を見せまいと、隠してくる。
この辺りは少女のような反応だ。
可愛いから、自然と背中を撫でてあげた。
「……シュウヤ、今日は積極的なのね?」
「駆け引きという奴だよ」
「……もうっ――」
小悪魔の表情を取り戻したヴェロニカ。
彼女は、俺の腰を折る勢いで両手に力を入れて抱きしめてくる。
そして、匂いを嗅ぎたいらしく鼻をくんかくんかさせていた。
身体能力が高いから、少し痛い。
「……それじゃ、血を貰うから、緩めてくれ」
「あ、うん……」
ミニゴシックドレス姿のヴェロニカを抱きあげる。
血を吸うと意識した。
「シュウヤ……目が紅くて素敵。本当に始祖系の純血種のよう。ヴァンパイアロードにしか見えないわ。わたしの、宗主様になってほしい……」
途中から、少し悲し気な顔をしてしまった。
「すまんな、俺の血はお前にはあげられない。だが、お前の血と繋がることはできる――」
笑顔を意識して、彼女の細い首筋へ噛み付きを行った。
<吸血>を内包している<吸魂>により、彼女の血を少しだけ貰う。
「あんっ」
快楽の声をあげるヴェロニカ。
だが、一滴の涙を零していた。
「嬉しい……」
抱きあげていたヴェロニカを下へ降ろし、用意していた瓶の中へ首から滴る彼女の血を入れて回収を終えた。
「血の補給用に取っとくのね」
「似たようなもんだ」
そこに、
「にゃぉぉ」
「にゃんお、にゃあん~」
「にゃ、にゃぁぁぁ」
「にゃぁぉぉん」
野良猫軍団だ。
中央に白猫と黒猫が居る。
「どうした? お揃いで」
「マギットが興奮してる、珍しい~」
野良猫たちに混ざるようにヴェロニカも紛れていた。
「にゃおん」
「ンン、にゃあ」
「にゃあぁ」
俺の側にも、三毛猫、茶虎猫、アメショー、エジプシャンマウ、色々な野良猫たちが集まってくる。
可愛い。猫たちの頭から背中、尻尾までを撫でていく。
その中で、三毛猫の一匹が、靴下らしきものを咥えていた。
その三毛猫は、俺の足元に靴下を落とす。
洗濯物の一つだろうけど、これで遊べ?
「よーし」
と、その靴下を掴み、野良猫たちへ見せびらかすように靴下を揺らしてから、ポイッと遠くへ投げてやった。
「にゃぁぁ――」
「ンッ、にゃ――」
「にゃおおおお」
「にゃおん――」
「にゃごお――」
多数の興奮した野良猫たちが鳴きながら、その投げられた靴下を競争するように追いかけていく。
そして、俺が投げた靴下を捕まえてきたのが、
「にゃああ」
黒猫だった。
胸を張り、野良猫たちに自慢気なドヤ顔を披露。
それから何回も鳴いて、俺の存在を野良猫たちに教えているように見えたが、気のせいだろう。
「ふふ、マギットもシュウヤとロロちゃんが戻ってきてくれて嬉しいのよ」
「そっか、久しぶりだもんな、マギット」
「ン、にゃん」
靴下に釣られなかった白猫は返事をしてくれた。
あの首輪の緑の魔宝石は健在だ。
『荒神マギトラ……あの首輪の魔力はいつみてもドキッとさせられます』
『そうだな、この宿屋の守り神だろう。ヴェロニカが飼い主だが、案外、このマギットが居るからこそ、ヴァルマスク家もヴェロニカ討伐で失敗を重ねているのかもしれない』
『その可能性は高いですね』
そんな脳内会話をしていると、周囲に魔素の反応がチラリと増えてから、ヴァンパイアの縄張りめいた匂いを感じ取る。
「シュウヤ――」
ヴェロニカが、鬼気迫るヴァンパイアらしい形相を浮かべていた。
双眸を血色に染めて、全身からゆらりゆらりと揺れているオーラのような<血魔力>を放出している。
周囲に血が滴る長剣を作り出していた。
野良猫たちも剣呑な空気を察したのか、さっと散っていく。
その場に残ったのは白猫と靴下を咥えた黒猫のみ。
「敵、ヴァンパイアか。偵察の人員を増やしてきたのは、偶然じゃなかったようだな」
「……そうみたいね。でも、こんなあからさまなフェロモンの臭い、誘いは久しぶりだから、用心した方がいいかもしれない……」
確かに、魔素の数が多い。
帰ってまったりとしてから鑑定タイムにしゃれこもうと思っていたが……。
「向こうからのお誘いか、敢えてのるか?」
「うん、シュウヤが居るから相手が<従者長>クラスだったとしても安心できる。今回は、もう追手を諦めるぐらいにぶっ潰してやるんだから!」
ヴェロニカはそう意気込むと、
「マギット」
「にゃ」
白猫マギットを呼んで肩に乗せている。
小さい肩だけど、頭に寄り掛かるようにマギットは乗ったので落ちる気配はなかった。
ヴェロニカは肩に居るマギットにキスをしながら<血魔力>を操作していた。自身の周りに浮いている血剣たちを一か所に集結させ大剣に変化させている。
そして、軽功を行うように華麗に跳躍。
大きい血剣の上に両足を乗せていた。
そのまま血剣に乗った状態で、中空を滑るようにスイスイと裏庭を移動していく。
その姿は未来のスケートボードにでも乗っているように見えた。
「……ロロ、俺たちもいくぞ」
「にゃ」
一瞬、スピーダー・バイクに乗るスカウト・トルーパーのような気分で、イモリザが使う<魔骨魚>に乗ろうかと思ったが、止めた。
二つのSF名作映画を思い出しながら、彼女の背中を追う。
次話は10日、0時更新予定です。