二百三十八話 美人姉妹の安堵
「ロロ、中庭へ降りよう」
「にゃおおん」
神獣ロロディーヌは中庭に向けて跳躍。
力強さとしなやかさを併せ持つ四肢が石畳に着地する。
俺は『ご苦労さん』という気持ちを込めながらロロディーヌの胴体を撫でた。
――ふさふさとした柔らかい黒毛は大好きだ。
黒毛と黒毛の間を指で梳いて地肌を撫でる。
俺が神獣を撫でているんだが……。
この黒毛と肌の感触は気持ち良すぎる。
絹の糸のような黒毛の繊維の襞の一つ一つに温もりを感じた。
それらの黒毛が逆に俺の指と掌を撫でてくれるような感覚。
相棒の愛しい温もりは、心をぽかぽかと癒やしてくれる。
黒毛と肌の感触はグリフォンより柔らかいかもしれない。
「ンン、にゃぁぁ~」
俺のマッサージが効いたようだ。
『気持ちいニャァァ』と鳴いている?
そんな鳴き声を聞いて嬉しくなった。
ぽんぽんっと相棒の背中を優しく叩く。
反対の片手でも、その背中を優しく小突いた。
そして、跨いでいた足を上げて両足を宙空で揃えつつ――。
その足で宙に弧を描きつつ、馬に近い相棒から地面に降りた。
鞍馬の競技の締めって感じかな。
そんな気持ちで降りた直後――。
馬か獅子かといった姿の神獣ロロディーヌも、俺の動きに影響されたのか、体に力が入る。
体操の真似をしようと、両前脚を上げてウィリーを実行――。
はは、面白い。
「ンン」
と、自慢気に鳴いた相棒は、長い後脚の蹄で地面を蹴って高々と跳躍――。
飛翔するロロディーヌは腹が見えている。
そんな腹を隠すように、体を捻りつつの華麗に体を収縮させていった。
馬に近い形から子猫状態に移行だ。
「ロロ、それカッコいい」
「にゃおお」
あれ?
褒めたが、鳴き声だけだ。
俺を無視して走る。
肩には乗ってこなかった。
先をゆく小猫姿の黒猫さん。
石畳と芝生の境目に落ちないことを意識している?
片足をそぉっと一歩ずつ前に出して器用に歩く。
「新しい遊びか」
「ンンン」
尻尾をふりふりしながら喉声のみの返事。
そんな黒猫の何気ない遊びを見て……。
道路の白線から降りたら負けとか……。
子供の頃、謎の遊びをやってたなぁ。
缶蹴りや、だるまさんが転んだに、西瓜割りとかを公園でやったっけ。
勢いをつけすぎたブランコから空を飛ぶような真似をして……。
派手に転んで傷を負った時は爺ちゃんに怒られたなぁ。
そんな子供が遊ぶ白線遊びのような仕草をする黒猫さんだが……。
珍しくポポブム&バルミントの場所に行かない。
ポポとバルも珍しくこっちに来ない。
ポポは厩舎で餌を食べているのかな?
バルミントはガォーと叫びながら突進してくると思ったが――と、厩舎のほうを見た。
あ、なるほど……。
ポポとバルは寝ていた。
厩舎の手前の芝生の上で、これでもかというぐらい平和な体勢で、ぐーたらと寝ていた。
親子のように体を寄せ合っているし。
あの様子もまた可愛い。
黒猫は寝ているポポとバルを起こしたくなかったのかな?
単に新しい遊びに夢中になっているだけかもしれないが。
さて――。
ロロと遊ぶのも楽しいが皆に報告しようか。
遊ぶ黒猫の後ろ姿を見ながら本館に足を向ける。
そこに背後から魔素の気配――。
カルードたちだ。
大門からカルードと戦闘奴隷たちが駆け寄ってくる。
一緒に本館に向かうとしよう。
皆、状況は把握していると思うが……。
一応、情報を共有だ。
「ママニ、ビア、サザー、フー、もう大丈夫だ。お前たちを追っていた銀髪女の化け物は倒した。名はリリザ。倒したと言うか、吸収した感じ倒したとは言えないかもだが、ま、細かい委細はあとで、皆にも説明するから付いてこい」
誘拐対策に血の回収もするか。
「「はい」」
「承知!」
「にゃおお」
カルードとママニたちと本館の玄関へと進む。
相棒も遊びを止めて返事を寄越す。
カルードの顔に触手を当てる悪戯を敢行するが、カルードは微動だにしない。
が、時々、頬が緩んで、にたりとした。
「ロロ様……カワイスギル……わたしは興奮を抑えるのに、毎回……」
と、小声で呟くカルードの言葉は無視。
俺の真似をしたわけではないと思うが黒猫も、カルードを無視。
トコトコとリズミカルに玄関に向かう。
閉じた玄関の扉に両前足を当て『ここ、削るにゃ、いいにゃ?』と聞くような表情を寄越す。
俺が黙っていると黒猫は『がまんできん、にゃ』といったように両前足を上下に動かしていく。
またか。んだが、足の動きは止めない。
相棒は一生懸命だ。
『ここを開けろ、開けろにゃ』と、爪でがりがり扉の表面を削る。
「ロロ、玄関の扉が……」
「にゃ?」
う、見上げてくる顔と真ん丸い瞳……。
可愛いすぎる!
黒猫の爪跡が残る玄関の扉を開けた。
玄関の扉さんスマヌ。
早速、無邪気な黒猫さんが室内を素早く走って進む。
途中、後脚が滑ってコケソウになった。面白い。
そんな黒猫が向かうリビングには……。
大騎士レムロナとフランと<筆頭従者長>たちが集まっていた。
「あ、シュウヤ。がんばったわね~、お帰り~」
レベッカは細い腕で敬礼風の挨拶を寄越す。
二の腕と腋が魅力的だ。
「お帰りなさい」
「ん、お帰り」
「ご主人様、救出したミミは休ませています」
皆、椅子に座り待機中。
いつでも戦闘を行えるように身なりはしっかりとした物だ。
レムロナ、フラン、ミミを守ることを意識していると分かる。
その様子を見ながらリビングの机へ向かった。
「……ただいま。化け物対策としての留守番をありがとう。ヴィーネもミミの救出任務にユイもフランとレムロナの護衛にお疲れさんだ。皆がいて助かるよ」
「はい」
「うん」
「ミミはどこで休んでいるんだ?」
ヴィーネに問う。
「屋敷の奥の寝台にて、イザベル他、副メイド長たちも休ませました。皆、あまり寝てない様子でしたので」
ヴィーネが色々と指示をしたらしい。
確かにミミは休ませないとな。
「そうか、適切な指示だ」
「ん、シュウヤ、邪教の幹部たちと化け物女を倒した。と血文字で見たけど強かった?」
黒猫を膝の上に乗せたエヴァだ。
ちゃっかりと黒猫はエヴァの太腿の上をゲットしている。
そのエヴァは黒髪を纏めて髪形を変えていた。
短く纏めた毛先が項の辺りで切なく揺れる。
そのエヴァに、
「……強かったが、無事に倒せた」
「ん」
エヴァは俺に細い腕を向けてくる。
俺に触れて、リーディングで心を読みたいらしい。
確かに心を読んだほうが早いか。
イヴァンカのことも知られるが……。
分かってくれるだろう。
と、エヴァの優しさに期待。
が、俺の我が儘を押し付けているようで、良心が痛む。
んだが、俺は俺だ。
その気持ちのまま彼女が座る魔導車椅子の背後に移動した。
背もたれの上部の取っ手に右手を置きつつエヴァの左肩へと左の掌を置く。
エヴァの艶がある黒髪。
その髪からいい匂いが漂う。
エヴァは「ん」と微かな声を出して魔導車椅子に座ったまま見上げてくる。
仰け反り気味なエヴァ。
魅力的な胸元は見ない、紳士を貫く。
腿の上に黒猫を乗せているからか、可愛い動物を抱きしめるような表情だ。
天使の微笑……癒される。
すると、その天使さんが肩に置いた俺の手の甲に優しく掌を触れ合わせてきた。
「ん……指が」
エヴァは双眸がより目気味に凝視する。
俺の手に新しい指が増えたことに気付いたようだ。
「フランさんとレムロナさんは元気よ」
ユイの声だ。
彼女はフランとレムロナの隣に座っている。
そのレムロナが、
「シュウヤ。フランが世話になった。わたしを含めて、多数の女性たちの救出に来てくれたことに、オセベリアを代表して感謝する。ただ、牢屋の扉を開けた皆を助けた謎の口裂け男が気になるが……」
レムロナの声は女性にしては渋い。
その彼女の目の前にある机の上には、お客さん用の紅茶とお菓子類が並ぶ。
この紅茶とお菓子はヴィーネが用意したのかな。
さすがは聡明な女。抜かりはない。
相手は大騎士で、子爵様だ。
お偉いさんだからな。
そのお偉いさんが気にしている謎の口裂け男。
ミミが話していた件と符合する。
混乱の原因を作った男。
「……その口裂け男は、俺が地下を脱する時にはいなかった。その行動原理から、かなりの実力者と推察はできる」
「【悪夢の使徒】の中に潜り込んでいた敵の敵か」
大騎士ならば、答えは見つかるか。
【悪夢の使徒】を率いていたナロミヴァスは公爵の息子。
そんな彼に敵対する可能性があるとすれば、サーマリア王国、レフテン王国、ラドフォード帝国の密偵か、同じオセベリア王国の敵対する大貴族の配下の優秀な組織員?
又は、闇ギルド……。
ナロミヴァス自身も流暢に語っていた。
仲が悪い組織を色々と。
【黒の預言者】。
とか、本人は自称していた。
色々複雑怪奇な闇のドラマがあるんだろう。
全く以って興味がないので放っておく。
邪教が絡んできたら、悪、即、突、だ。
一応、大騎士のレムロナに報告しとくか。
「……その【悪夢の使徒】の総帥のナロミヴァスが【黒の預言者】、【闇の枢軸会議】とか語っていたが、何か手がかりになるか?」
「【黒の預言者】なら聞いたことがある。凄まじい力を秘めた魔人、魔族、魔界の神の眷属へ人族から転生を果たした者たちのことだろう? その数は少ないらしいが……」
あまり詳しくはないのか?
国家機関のホワイトナイン全体としての力を推察されたくない故の言葉かもしれないが……。
まぁ、裏は裏、表は表、いくら追跡能力が高い大騎士とホワイトナインの兵士たちでも、地下街のすべてを把握するのは難しいか。
闇ギルドに宗教組織は無数。
王国の中枢との兼ね合いやら様々な思惑が絡み合うだろう。
ましてや普通の犯罪者に、宗教とは関係のない猟奇殺人もあるだろうからな。この大都市でレムロナができることは限られてくるだろう。
それでいて帝国との戦争だ。
王子と繋がる貴族関係……。
想像するだけで凄まじい仕事量。
だからこそ妹のフランを密偵として使うわけだ。
能力云々より家族の絆があるからこそ信じられるんだろう。
少し彼女の仕事量に同情する……。
「……とにかく、ミミとレムロナが無事でよかった。フランも安心しただろう」
もう一人の赤髪の女性のフランを見る。
彼女は複眼を宿す左腕を布で隠していた。
透明な鷹はまだ戻っていない。
もう仕事に出したのかな。
「あぁ、安心した。姉を救い出せたのはシュウヤのお陰。やはりシュウヤを頼って正解だった。わたしは……」
途中まで笑みを浮かべていたフランだったが、感情をこらえていたのか?
突然、堰を切ったように泣き出す。
レムロナは泣く妹を温かい目で見てから肩を貸す。
互いに安堵の顔だ。
ほろりときた。
凄惨な現場を見てきただけに……。
この姉妹を救えて本当に良かった。
「……うん、良かった。シュウヤの、あの場、あの時の急を要する判断は冷静で正しかったと思う」
姉妹の行動を優しげに見ていたユイが語る。
そのユイが、
「逃げている女性たちを追う邪教徒を始末しながら、レムロナさんとフランさんを楽に連れ出すことができたし」
無事に護衛の仕事を果たしてくれていたようだ。
「ユイもありがとな」
『うん』と声を出すように、ニコッとした笑顔で応えてたユイは、
「わたしより、シュウヤの戦いよ。血文字ではなく実際に聞きたい。あの地下の中央にいた魔人っぽい男が【悪夢の使徒】の親玉。そして、大柄の牛顔男が、【悪夢の使徒】の幹部。その邪教勢力と戦っていた銀髪女? その銀髪女はママニたちを襲撃した怪しい化け物。シュウヤは、そのすべてと戦って倒したのよね?」
「すべて倒したさ。詳しく話すと、最後だけ少し違う」
「違う?」
ユイは疑問顔となった。
戦闘の様子を喋るかと、思った時、
「――ユイから少し聞いたけど、その銀髪の化け物女が【悪夢の使徒】側へと食いついているとは想像もしなかったわ」
ミスティの声に釣られて彼女を見た。
「てっきり、この屋敷に攻めてくると思っていたから必死に急いで、この魔導人形の右腕だけでも……と、動かせるように改良したんだけど」
そう語るミスティが座る背後には、彼女が操作している簡易ゴーレムの姿があった。
ゴーレムの右腕だけ異常に太い。
何かギミックがありそうな感じだ。
この短い間に、改良を済ませていたらしい。
ただ、体重が偏っているからなのか……ゴーレムはふらふらと揺れている。
研究をがんばった彼女たちにも礼をしようか。
カルードに対しても改めて。
「ミスティ、エヴァ、レベッカ、カルード、屋敷で待機していてくれて、ありがとう」
「――ご主人様のお仲間様たち、ありがとうございました」
俺の礼に続いてママニが代表して礼をする。
「ふふ、シュウヤの指示でしょうに。でも、そういう素直なところも凄く好きよ。あと、戦闘奴隷たちもそんなに畏まらなくてもいいって、もう仲間みたいなもんだし」
「ん、ママニの虎の毛、一度触ってみたかった」
レベッカは小柄だが、姉貴肌を感じさせる言い方だ。
エヴァは紫の瞳で虎獣人のママニを見ながら、そう語る。
あの黄、白、黒、の虎らしい毛並みが気になるらしい。
確かにふさふさしてそう。
俺も触りたい。
「そうね。わたしは子犬さん。サザーの剣術家としての動きをもっと見たいかも。前に一度拝見させてもらったけど、あれほどの剣術の質を見せる貴方が、何故、奴隷になったのか気になるし」
ユイはサザーの扱う剣術の動きを覚えていたようだ。
彼、いや、彼女の過去を知りたがっているらしい。
「小柄の不利、いや、小柄を活かす飛剣流の動きは武芸者のそれに近いですな。もしや【鉱山都市タンダール】の武神寺で修行を?」
カルードも剣を扱うだけに興味を持ったか。
まさか闇ギルドのメンバーに?
幹部候補にボクッ娘が欲しいとか?
と、疑問に思ったところで、そのサザーが小さい唇を動かした。
「武神寺は知っていますが行ったことはないです。ボクの出身はオセベリアの東部のハウザンド高原の手前にあるノイルの森です。そこで同胞たちと暮らしていました」
ハウザンドの名なら聞いたことがある。
だが、ノイルの森は初耳か?
サザーの種族たちが暮らす故郷的な場所なのかな。
もこもこの毛が可愛い小柄な獣人。
ダックスフンドの耳と似た種族たちの故郷。
「……ノイルの森?」
想像しながら、俺は聞いていた。
「はい、ボクたちの種族はそう呼んでいます。知名度は低いかもしれません。でも、森の奥にある秘境にはソサリー種族たちも僅かに住んでいるんですよ。あと、ペソトの実に似たキュトンの実が特産品ですね。羊とレーメの放牧も少し知られています」
ソサリー種族。あの特徴的な顔は忘れない。
ホルカーの大樹を守っている宇宙人司祭マリン・ぺラダスだ。
元気にしているかなぁ。
あの司祭を奥さんにして、ホルカーで暮らしていたら、どうなっていただろう。
恙なく……生活を、いやいや、それはありえない。
ボクっ娘のもこもこ獣人たちの故郷を想像しよう。
アルパカ風の人類たちが学校の給食で謎の巨大みたらし団子に山葵をつけては、ヨモギ団子を食べていることを妄想。
「……シュウヤ、何で部屋の上を見ているの?」
レベッカが俺の妄想の視線を見て釣られたようだ。
ボソッと呟きつつ、同じ方向を見ている。
レベッカの長耳を触りたくなったが構わず……妄想は止めてちゃんとしたノイルの森を想像した。
ノイルの森。
サザーの種族、小柄獣人が多い場所。
アルパカランドを超える世界……。
もこもこランドは見たい。
黒猫も喜ぶだろうし。
そんな妄想、もとい、想像を続けていると、サザーは暗い顔で、
「……この都市に来てから、闘技場の南東にあるタイレル・オルダーソンの剣術道場へ通いました。同胞と共に切磋琢磨しながら長らく冒険者活動を続けていたんです。そして、ボクが奴隷落ちした理由は、その切磋琢磨していた同胞の裏切り……ボクの大切な相手でもあった……小柄獣人に裏切られたんです」
裏切り。
その言葉に虎獣人のママニと蛇人族のビアが苦悶に近い表情を浮かべた。
ビアの口から伸びていた蛇の舌が珍しく萎れている。
一方で、フーの美形な表情に変化はなし。
邪神ヒュリオクスの蟲が頭に寄生していた彼女。
この反応から彼女以外は、仲間の裏切りで奴隷にされたのかもしれない。
「……そう。ごめんね。サザーはシュウヤの個人的な戦闘奴隷だから、もう過去の詮索はしないわ」
サザーはユイをチラッと見て微笑むが、顔に翳を落とした状態だ。
そこに、
「ンンン~、にゃお」
サザーが大好きな黒猫が『そんな顔はしちゃだめニャ』というように、目の前に現れた。
喉声を発しながらサザーへ近寄くと、首辺りから伸ばした触手を数本、その暗い表情のサザーへと伸ばす。
「あぅぅ」
サザーは急な黒猫の御豆型触手たちの攻撃に対応できず。
全身の毛と小柄な体をマッサージをされた。
もこもこの毛が盛り上がっていくと、
「ロロ様ァァ、あぁん」
彼女は悩ましい声をあげて、立っていられず。
へなへなと内股で、ペタッと小さいお尻を床につけてしまう。
「……ロロ、あまり攻めちゃだめだ」
「ンン、にゃ?」
黒猫は俺の声に反応。
サザーを励ます? 謎の遊びを止めていた。
その黒猫は足下に戻ると、俺の膝に小さい頭を何度も衝突させてくる。
足と足の間を行ったり来たり。
頭部から背中に尻尾までも、俺の足に擦りつけると、エヴァのほうにも頭部をぶつけている。
ゴンッと金属と衝突した鈍い音が相棒の頭部から響いてきたが、その黒猫は頭部を俺に向けて寄り目を寄越すのみ。面白い顔だ。その相棒ちゃんは「ンン?」と喉声を鳴らす。そして、
「にゃお? ふぅぅ、にゃ?」
と、鳴いた。
あまり聞いたことのない鳴き声。
それは『にゃんだふる? ここはにゃんだふるらいふ、かにゃ?』と混乱したような声に、聞こえたような気がしたが……たぶん、俺が混乱したせいだろう。
「ふふ、ロロちゃん、勢い余って魔導車椅子にぶつかってる」
俺の手を握っていたエヴァだ。
足下で行き来が激しい黒猫の様子を笑顔で見ながら話していた。
「ぷぷ、シュウヤも、変顔で笑ってる」
そう言うレベッカも笑っていたが、気にしない。
さて、和んだところで……説明しないと。
エヴァは俺の手を触り記憶を見た状態。
だからある程度は知っていると思う。
そのエヴァの背後の……。
レムロナ、フラン、選ばれし眷属、この場にいる全員へと――。
【悪夢の使徒】との戦いのことを告げる。
総帥ナロミヴァスと最高幹部クロイツ。
その悪夢の女神ヴァーミナを信奉する【悪夢の使徒】と邪神ニクルスの第三使徒リリザが戦っていたこと、その戦いの詳細を報告していった。
因みに、新しい仲間&指と腕化の能力については省く。
オセベリア王国の大騎士レムロナ、そのレムロナの妹、部下? のフランの前ではさすがに言えない。
「……姉を捕らえたのは、その悪夢の女神ヴァーミナの眷属のナロミヴァスたちか……」
「とんでもないことだ。公爵の息子……。至急、今回の事件の詳細をファルス王子へ連絡しなくては」
「姉さん、一時とはいえ囚われていたんだから、休まないと……」
「大丈夫だ」
「わたしもミミと同じように奥で休むように説得したのですが……」
ヴィーネが呟く。
すると、レムロナは意味ありげに俺を見つめてくる。
彼女の立場上、しょうがないのだろうけど。
フランやヴィーネが言ったように休んだほうがいい。
レムロナと目を合わせてから、
「休んだほうがいいと思うぞ?」
と、勧めておく。
「……一緒に休んでくれるのか?」
なんと、大胆な言葉を。
「ええ?」
一同が驚いたリアクションでレムロナを見る。
『閣下のご活躍を聞いて、惚れちゃったのですね。当然です』
ヘルメは納得している。
「姉さんはシュウヤのことを?」
「ふふ、冗談だ。いや、本当は……」
フランにそう述べてから、また俺を優しい目で見つめてきた。
大騎士と昔見せていた捜査官顔とは違う。
一個人、一人の女としての笑顔だ。針でつついたような笑窪が可愛らしい。
「……ううん。本当に休んではいられないの」
レムロナは自分に言い聞かせるように女口調になると、妹、フランをもう一度見る。
「……今回の出来事で第一王子派、王太子派は大きく瓦解するかもしれない。しかし、今はラドフォード帝国と戦争中でもある」
レムロナは騎士言葉に戻っていた。
俺としては女の口調のがいいな。
「……うん、王太子レルサン様である竜魔騎兵団団長が乗る古代竜の守護聖獣アルディット様を用いても、戦況は悪い」
フランは真剣な表情で語っていた。
「そうだ。帝国は強い。竜魔騎兵団第一軍団長、第二軍団長、第一青鉄騎士団、公爵の紅馬騎士団、しかも、王太子様に付属している大騎士が三人もついていながらの負け戦。停戦交渉もままならないと聞く。そして、その主戦派を支える第一王子派の二大巨頭の一角である公爵家の不祥事……王国にとっては痛手ではあるが、ファルス殿下にとっては……フラン、休めると思うなよ」
戦況の悪化は聞いているが、結構危ないのか?
派閥争いをしている場合ではないような気がするが。
ま、あまり深入りはしない。
「……了解。ラングリード侯爵、デクオル伯爵、他の中堅貴族、王都に待機している大騎士序列一位のタングエン卿が率いる親衛隊、第二青鉄騎士団団長のリード子爵はもう鞍替えしたから、こいつは省いて……【白鯨の血長耳】にも連絡をして根回しの作業をしないと。中央貴族審議会は女狐との動きを合わせつつ宮廷魔術師と王の手の切り崩しを慎重に狙わないと……それと、空位の大騎士推薦はどうするの?」
彼女たちは忙しくなりそうだな。
「それについては……」
レムロナは妹の言葉に同意するように呟くと、俺を見つめてくる。
「シュウヤ・カガリ殿……」
ん? なんだ、改まって。
「オセベリア王国序列第八位の大騎士へ推薦したいのだが、どうだろう、受けてくれないか?」
俺が大騎士かよ。まさに、猿猴月を取る、になるだけだ。
「断る」
「な、早い……」
「すまんな。というか、俺は闇ギルドのトップであるのを忘れてないか?」
「それを踏まえての推薦なのだ」
濁側を含めての誘いということか。
「随分と買ってくれているのは嬉しい。が国に仕える気はない。自由が好きなんでね」
「……足を万里の流れに濯ぐ……まぁ、話が急すぎるのもあるか。今回は! 推薦の話はわたしの胸に仕舞っておこう」
胸に仕舞っても、受けるつもりはない。
おっぱいなら受けるが。
「……で、シュウヤ、推薦とは関係なく、もう一度、礼を言っておく。助けてくれて本当にありがとう」
「いいって。俺のことより、レムロナとフラン、二人とも大変そうだ」
「あぁ、わたしは九大騎士の駐留屋敷と殿下の屋敷に戻らねば。フランもまた別の仕事だ」
「うん」
姉妹は頷き合う。
その姉のほうが俺に視線を向けると、ニヤッとした。
そのレムロナは熱を帯びた瞳を寄越すと、
「最後に、推薦の話とは、別の個人的な礼はちゃんとするつもりだ」
そこはかとない……好意の言葉だ。
個人的には期待したい。
「……了解。楽しみにしている」
「わたしも、姉さんと一緒に個人的な礼をするつもり」
フランもか。
美人姉妹からの個人的な礼は嬉しい。
「ちょっと~? 個人、個人、て……気になるわね」
「ん、シュウヤは人を惹きつける魅力を持つから――」
エヴァは体から紫魔力を出して、オーラ的な紫魔力を纏う。
ワンピースの端を持って、たくし上げた。
金属足と柔らかそうな腿を見せつつ魔導車椅子を変形させる。
セグウェイモードから金属足の金属を交換しつつ新しい金属足に移り変わる一瞬は芸術的。
洗練された動きで可憐さがある。
膝の横から脹脛に走る黒と緑の金属の細い線と脚線美が美しい……。
細い金属足だけに興奮する。あれ?
踝に装着した車輪の形が少しシャープになっている?
改良を施したのか。
変身した姿に見惚れていると、エヴァは片足を軸にターン――。
回転しつつ俺の腕に抱き着いてきた。
彼女はワンピース系の服と革鎧を着ている。
俺は革服のみだ。
そう、柔らかいおっぱいの感触を腕に得た。
エヴァの隠れ巨乳様の感触だ。
ダイレクトに腕の神経網を侵して<脳脊魔速>の速度を超えて<脳魔脊髄革命>を、もとい、煩悩を刺激する。
幸せな感触を齎してくれたエヴァさん。
彼女は俺の腕におっぱいを押し付けてから、更におっぱいさんで俺の腕を抱くように密着。
そのまま、俺の肩付近までの腕をおっぱいで労るように体を押し当てながら、その体を紫魔力で浮かせると……俺の耳元で、
「ん、シュウヤ……」
と、色っぽい声で吐息を寄越す。
エヴァの色っぽいスーパーエスパーの魔声で鼓膜と脳が揺れたような感覚を受けた。
「戦巫女のことは黙っておいてあげる。だから、お菓子作り、一緒にがんばろ?」
紫の目を輝かせながら小声で語るエヴァ。
そのまま新しい金属足で着地していた。
超能力で、色っぽいイヴァンカとの情事を見たらしい。
興奮したから積極的になったのか。
双眸が少し充血して、頬と耳が少し紅くなっている。
同時に、少しエヴァから女の匂いが漂った。
カワイスギル……そこに――殺気染みた魔力を感じた。
これは、
「ご主人様! が、強き雄だ……仕方ない、が! 個人的なら負けない」
ヴィーネの声が響く。
これまた、ヴィーネも、男にとって抵抗しがたい蠱惑的な瞳を寄越す。
魅力的な紫色の小さい唇を少し窄めてキスをねだるような仕草もいい!
「――エヴァには負けない」
ヴィーネの隣からの元気のあるレベッカの声だ。
蒼炎を身にまとったレベッカさん。
俺の隣に素早く近寄ると、手を握ってくる。
「マスター、わたしも……」
「え、ミスティまで。皆、大騎士様がいるのに」
ユイは冷静にツッコミを入れるが、そのユイの顔には『抱き着きたい』と書いてあるような気がした。
「ははは、ユイ殿、わたしは構わないさ。それに……」
豪快に笑うレムロナは俺を見つめて、
「……わたしが惚れた男だ。そうでないと困る。それこそ男の甲斐性という奴だろう」
フランはさり気ない姉の告白を聞いて、瞬きを繰り返す。
皆も、どよめいていた。
「……ゴホンッ。では皆さん、お世話になった。フラン、行くぞ――」
「あ、うん。シュウヤ、そして、皆様、ありがとうございました」
フランはどぎまぎしていたが、レムロナの深いお辞儀に続いて頭を下げた。
姉の後を追うように玄関へ向かう。
姉妹は外へ出ていった。
わたしが惚れた男か……。
去り際も女騎士なだけにカッコいい。
しかし、レムロナの告白に影響されたのか、分からないが……。
俺の左右の腕を抱くエヴァとレベッカが不安そうな表情を寄越す。
「……ん」
「……レムロナとフランは美人よね……」
二人の、その不安そうな表情も可愛い。
俺はすぐに両手を狭めた。
『安心しろ』と考えつつ彼女たちの体をギュッと優しく抱く。
「あっ、シュウヤ」
「ん、ありがと、シュウヤ……」
……女性特有の柔らかさと、いい匂い。天国だ。癒される。
さて、新しい力と仲間について説明しないとな。
小さい幸せを感じながら、彼女たちの体を離す。
「まだ、皆に説明してないことがあるから、聞いてくれ……」