二百十六話 ペルネーテに棲む怪物たち・前編
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ペルネーテ迷宮都市の南と東には貧困街が多い。
さらに、賭博街、歓楽街から連なる貧困街は魔窟のような場所だ。魔薬の売人、それを買う魔薬常習者、闇ギルドからはぶれたチンピラ、小規模な闇ギルド、浮浪者、魔人、奇怪な集団たちが屯する危険な街でもある。
シュウヤたちが地下二十階層の旅を続けている間にも毎日のように何かしらの事件が起きていた。
治安を司る青鉄第二騎士団の管轄の衛兵隊が街を走る。
午後を過ぎてもそれは変わらない。
貧民街の通りを走る衛兵隊。
そんな様子を、酒場のカウンターで酒を飲みながら見学する人物。
彼の名はツアン。中肉中背な男である。
嘗ては教皇庁三課に所属していた教会騎士だった。
だが、今はペルネーテの闇の界隈で、教会崩れの集団と揶揄される【夕闇の目】という名の闇ギルドに所属していた。
衣服は色褪せている。
しかし、教会騎士特有の霊装装備と呼ばれる対魔と対物理に優れたプレート鎧を着ていた。
そのツアンは喉の渇きが収まらない。
空となったゴブレットをカウンター机に置く。
「――親父、もっと酒とサイカをくれ」
「サイカはねぇよ、ベンラック産のミカレならあるぞ」
「それでいい、代金はここに置くぜ」
「あいよ」
彼は酒を注ぐマスターの姿を見つめながら愚痴る。
仕方がない……狂騎士に従うしかなかったんだ。
心は面の如し。
狂騎士は狂っているが、元教皇庁八課対魔族殲滅機関の一桁メンバーに入れるぐらいの二桁メンバーだ。
二桁メンバーとはいえ、その実力は本物。
魔に強く剣術も抜きんでいた。
闇社会では腕がモノをいうからな。
しかし、そんな狂騎士も、あっさりと槍使いにやられる始末。
自らの実力を過信したのだろう。
狂騎士は因縁のあった二桁崩れの【夕闇の目】の元総長を、自らの剣で殺し成り上がったからな。
他の闇ギルドを巧みに利用して【月の残骸】を殲滅するとか調子にのって言い出しやがって……。
まぁ、交渉も上手かったから、仕方なしに流れから協力したらこれだ。
火は火で治まるというが、狂騎士に付き従った者の大半が死んでしまった。
復讐をしようと纏まった奴らもいたようだが……。
【月の残骸】の元総長、〝閃脚〟たちにより一網打尽にされてしまった。
あの女は頭が切れるうえに、強い。
というか、何で総長を辞して生きているんだよ。
うちと大違いだ。狂騎士は前総長を殺して成り上がっていたってのによぉ。
【月の残骸】はその閃脚だけじゃないからな。
〝鮮血の死神〟、〝影弓〟、〝剛拳〟、etc。
そんなメンバーがいるってのに、新しく【月の残骸】の総長となった槍使い。
聞くところによると……あの狂騎士を一の槍で仕留めたそうじゃないか。
【鉱山都市タンダール】のエルフな八槍神王位かよ。
と、初めて聞いたときに、思わずツッコミを入れたもんだ。
噂じゃ【梟の牙】を潰したのも、その槍使いだ。
烈、王を超えた八槍神王位の上位クラスの実力なのは確実。
黒猫、黒狼を使役し、更には特徴的な月型の傷痕を胸に作るのと、金玉を潰すのが好きらしいじゃねぇか。
こえぇ……そんな奴が閃脚を懐に抱き込み【月の残骸】のトップだろう?
アホだ、そんな化け物に絡むこと自体アホ過ぎる。
つうか、相手にそんな槍使いが居るとは知らなかったぞ、俺は……。
そんなツアンの愚痴的な思考を切るように、酒場のマスターが注文されたゴブレットと柿のようなフルーツを彼の前に置いた。
「――お待ち」
「おう」
ツアンはやさぐれた笑顔で応えるが、マスターは素っ気ない態度を崩さない。
彼は照り映える柿をかさついた唇へ運ぶ。
鼻息を荒めながら柿の匂いを嗅ぎ、柿に噛みついた。
獰猛な肉食獣のように歯を滑らせて柿を食べていく。
ジューシーな甘さをもった柿の味に満足した顔を見せた。
そのままゴブレットを片手に掴むと、出っ張った前歯にぶつける勢いで酒を飲む。
口から酒を零していたが、ツアンはそのままゴブレットを傾け――。
ごくごくと喉越し音を立てながら、豪快に飲んでいた。
ゴブレットの酒の半分程度を胃に詰め込むと、
「ここのレウビは美味いな」
「あぁ……」
近くで魚を食べ酒を飲んでいる男たちの言葉だ。
ツアンの耳にも聞こえていた。
ツアンはゴブレットをカウンターの上に置く。
その話している男たちに視線を向ける。
「暗い顔をして、どうしたんだ?」
「故郷がな、ヘカトレイルの東、サーマリアとレフテンに近いところなんだよ」
「西では負け戦が続いているのに、東も戦争の気配か……」
ツアンは戦争か、と思う。
これも一生、あれも一生か。
思えば俺の故郷も聖王国以外とは仲が悪かったな。
魔族と聖戦があるってのに、北のロロリッザ、西のエイハーン、南のアーメフ教主国とあちこちへ喧嘩を吹っかけていたと。
……大量のエルフ奴隷の確保にはしょうがないのだろうが。
ツアンは酒を飲み故郷の情景を思い浮かべながら、彼らの声に耳を傾けていった。
「どうせ、ここも戦場になるならいっそのこと故郷に戻ろうかと思ってな」
「息子と嫁を連れてか?」
「当たり前だ。家族は連れていく」
家族か。ツアンは仕事で悩んでいた時に元妻に受けた言葉を思い出していた。
〝どんな孤独だって、死ぬよりましよ〟と。その通りだと思う。
今も孤独中の孤独だが、わざわざ死ぬことはしねぇ。
「……止めはしねぇが、金はどうするんだ? 分かっていると思うが、俺は素寒貧のトッドだぞ?」
「お前に学があったとはな」
「貧乏だが、字は少し読めるんでね。で、俺には金はないぞ」
「ふっ、分かってるさ、この酒代だけでいい」
「貧乏暇なしな、魔穴暮らしの俺にたかる気かよ」
「魔穴がどんなとこかもしらねぇで語るねぇ」
「知ってるさ。中はモンスターだらけ、そんな魔穴から外に出たら、いつの間にか時が過ぎて、夜に変わっていた話だろ?」
魔穴か、リンダバームでも聞いたことがある。
今の生活がまさに魔穴だ。深い淵から頂きをみるような気持ちになったツアンは、そこで、尿意を催した。
おしっこしてぇ……。
と、酒場の奥、あまりだれも近寄らない場所へ歩いていく。
そのまま厠から外れ、ほろ酔い気分で路地に出てしまったツアン。
酒場から続く路地の奥に向かう。
立ったまま下半身にあるイチモツを出すと、尿を放出しながら考えていく。
……今日の客はいつもと違ったな。
俺と同じ、いつものごみ溜めに住む客のような、喧嘩、罵詈雑言、人の嫌なことを喋る客と違い、愚痴は愚痴でも友を心から労い笑い合う、共に励まし合う友情をみせる清々しい客たちだった……。
貧民街も捨てたもんじゃねぇな。
と、彼は考えながら放尿が終わるとスッキリとした表情を浮かべて顔を横に振った。
ふと、視界の端に酒場の裏にある小路を見つける。
あ? こんな場所に小路があったか?
ツアンはだらしなく垂れたイチモツを仕舞い、ふらつきながらその小路を歩き進む。
彼は酒場の裏に不自然な地下へと続く階段を見つけてしまう。
普段は鍵が掛けられ大きな鉄板で塞がれているはずの地下階段を。
「なんだぁ?」
ツアンは元教会騎士。魔の関係か?
彼はそんな考えが頭によぎり、昔のように魔を退治する仕事を頑張れば、冒険者に鞍替えでもできるんじゃねぇか? と、安直な考えに至る。
腰にある剣の柄を握ると、階段に足を差し向けていた。
◇◇◇◇
ツアンが降りている階段は弧を描くように地下深くへ続いている。
昔の仕事を思い出す。
教皇庁の三課外苑局からの直の指令か【外魔都市リンダバーム】の執政官オキアヌスからの指令が多かった。
俺たち教会騎士に任された仕事は様々だ。
消えた奴隷の消息、薄いヴェイルの調査、都市内に紛れ込んでいる魔族の殲滅、魔界の傷場から遠征してきた国を荒らす魔族の排除を軍隊と共に行う。
消えたエルフの奴隷の消息では書類も調べた。
足、手なしが五名、口を聞けない数が九、奉公が可能な数が八。
そんな奴隷が数千人宗都ヘスリファに向かう前に、【外魔都市リンダバーム】にやってくる場合があるのだが……毎回、必ず数百人が行方不明になる。
あの時は課税台帳も調べたが、やはり数字が合わなかったのは覚えている。
奴隷が不自然に消える事件は昔から存在していて、古いノスタリウス暦二百五年の記録にも五百名の奴隷が失踪と記されてあった。
他の記録にも似たような記録を見つけた。
狭間が薄い場所はどの都市にもあるものだ。
外魔の名前通り、リンダバームは狭間が薄い場所で有名だからな。
エルフのベファリッツ大帝国時代の名残と言われているが……古き古文書の解析から、古代ベファリッツのエルフ賢者たちが狭間を意図的に薄くし、今では大禁忌である魔界の神々との交渉に利用していたと聞いたことがある。
【外魔都市リンダバーム】の地下では、魔界の使者が奴隷を連れ去っているという噂もあった。
子供の教育に親がよく用いたが、実際に魔界のモノと接触できると言われているので、信憑性はある。
多数の消えた奴隷たちは、魔界の十層地獄にあると言われている【闇の黄金都】へ向かったのだろうか。
ヴェイルの魔穴に捕らわれ出れなくなったとか?
奴隷の失踪が重なった時期に【外魔都市リンダバーム】で回復魔法が効きにくい疫病が蔓延した。
これは狭間が薄くなっているのを利用した魔界に住まう神々が何かを解き放ったせいだろう。
リンダバームの郊外の各所にアンデッド村が誕生したのもこの頃だ。
そして、教皇庁のお偉いさんからそのアンデッド村を直接調査するように命令が下った。
枢機卿に直接拝跪した仲間たちと小隊を組み、各地のアンデッド村へ足を運び、魔に連なるモノを幾つも退治したからな、こういう地下には自信はある。
レイス、ヒューリー、エヴェッサ、カテゴリーB、A程度の魔なら、俺一人で退治はできるだろう。
やってやる。ここから俺の人生は変わるんだ。
と、酒の効果により気を大きくしたツアンは昔の栄光を思い出す。
彼は経験豊かな元教会騎士。
元闇ギルド【夕闇の目】の一員でもある。
だが、彼は知らない。いや、気付こうとしない。
槍使いと、黒猫。のようにカテゴリーに収まらない地獄を遊んで暮らすような怪物、化け物たちが饗宴狂騒する舞台が地上、邪界、魔界、ヴェイルに関係なく、このペルネーテに存在することを……。
ツアンは元教会騎士としてのプライドを自ら刺激し、火吹き竹で釣鐘を鋳るように深淵の闇鍋の中へ降りていく。
彼の耳には闇から遠吠えのようなシンバル、ストロム、喇叭、角笛のような楽器たちによる闇の狂騒曲が聞こえていない。
◇◇◇◇
ツアンが降りていく地下の先。
茜色を帯びた歪なエントランスホールのような空間にて、漆黒色のフード付きのローブに身を包む集団が存在した。
彼ら漆黒集団の前には、多数の捕らわれた女たちが居る。
彼女たちの両手には魔法の闇枷が嵌められていた。
だが、口と足は塞がれていない。
そんな彼女たちの品定めでもするつもりなのか、漆黒色のフードをかぶる集団の中から、一人の大柄な体格と分かる人物が前へ出る。
靴の甲の部位に黒色と金色が混ざるラメ革を覗かせている。
湿った足音が響き、女たちへにじり寄った。
「ひぃぃぃ」
「こっちに来るな」
「た、たすけてぇ」
「どうしてこんなことするの?」
「家に帰して……」
「いや、こないでっ」
「離しなさいっ、武術街に住まわれるご主人様が許しませんよっ」
使用人の恰好をした人族の女が叫ぶ。
「……ふふ」
一方、捕まった女性の中で一人、浅黒い肌の銀髪の女だけは抵抗を示さず、何かを期待するように笑い声を漏らす。
一歩、二歩と前に出たラメブーツを履いた大柄な人物。
大柄な人物は捕らわれた女性の中で一人だけ異質な嗤った声をあげている銀髪の女には気付かない。
そして、フードから覗かせるタラコのような唇を動かし、
「ベラホズマの名のもとに――」
そう力強い口調で、発言すると、特徴的なとぐろを巻いている揉み上げの金色の毛を揺らしながら、漆黒色のフードを上げ顔を晒した。
17日、18日、0時更新予定です。




