二百十四話 いつものことだ
2020/11/24 戦闘シーンほぼ変え。
戦意自体は衰えていないようだが、三つ眼と表情筋の動きから焦りが感じられた。
この間全滅させたゴブリンたちとは明らかに違う種族。
鄭重な態度を取り、地均しする気分で、
「……すみません、あの巨大怪物の戦いに参加してもいいですか?」
単刀直入でいったが、果たして。
「何だと?」
逸早く、息をまいて反応をしたのは老けた方だった。
銀より白髪に近い色合いのオールバックな髪型を持つ頭部。
額にはナイフで切ったような歳相応の皺がある。
鎧は首にファーが付いた魔獣革を張り合わせたような鎧。
最初に遭遇した軍団兵、最近戦った大柄ゴブリンたちのほうが装備は良かった。
雲泥の差といえる。
「……こいつの喋りは俺たちと同じだが、見たことのない顔、種族。ゴドリンの一味か?」
ゴドリン? ここの世界じゃゴブリンじゃないのか。
「秘宝を盗んだゴドリンの部隊がわざわざ舞い戻る訳がないだろう。村長、どうする?」
「もしや――魔族か?」
皺が多い三つ眼の老人が村長らしい。
その村長が、俺を鋭い視線で見つめてくる。
「魔族か。彼は頭部に二つ目を持つ種族だ。気狂いのように、目が四つある魔族でもないと思うが……新種の魔族かもしれない――」
村長の隣にいる方がそう言っている最中に……。
怪物は鎌腕を大きく振るう。
前衛で戦う三つ眼の人型たちの胴体が真横に真っ二つ。
また犠牲者が。
「あああーエディがぁ」
三つ眼の人たちが悲痛の声を漏らす。
血が雨と混ざり、凄惨な光景だ。
「――加勢してもらおう!」
「――そうだ。このデイダンを見ても、自ら戦いに参加を申し出る勇気を持っている!」
前衛で大きな丸盾を用いて粘っている三つ眼さんたちの言葉だ。
彼らは大柄怪物の四つの槍腕が放った槍突の攻撃を見事に防いでいたが、肩で息をしている者ばかり。
スタミナをかなり消耗していると分かる。
「武器はないようだが、余程、腕に自信がある証拠。村長っ、俺もティトと同じ意見だ。加勢してもらおう」
「オザに賛成だ。儀式に使う秘宝も奪われデイダンも暴れてしまった。まだ湖の奥底には他のデイダンもいるってのに……このままじゃ言い伝え通りに、村が……」
狼狽気味の前衛の一人がおしまいの部分を言いよどむ。
「……そうだな。背に腹は代えられぬ、わたしの名はファード。そこの御仁にお願いする。愚烈なるデイダンとの戦いに参加し、我らのラグニ村を救ってくだされ!」
お偉いさんの老人ファードさんに懇願された。
三つ眼だが、意外に衣装は地上に似通ったもので、順風美俗な文化を持ち、情誼にあつい方々なのかもしれない。
まだ断片的なものだから判断はできないが。
美女もいないが、彼らには慷慨なる士を感じた。
婉曲に断ることはしない。
「……了解した。それじゃ、戦っている方を少し下がらせてくれ」
「わかった――皆、一時的に退けぇ」
村長の指示を聞いていた前衛たちは、唯々諾々として指示に従う。
一斉に丸盾を装備した前衛たちが退いてくる。
が、巨大怪物デイダンも下半身から生える多脚を使い、湿った土を巻き上げる勢いで追い掛けてきた。
魔力を纏った多脚のせいか、大柄の怪物だが、妙に素早い。
……被害が多くなる前に動くか。
「ロロッ」
「にゃ」
黒豹と視線を交らわせる。
頷きアイコンタクト。
黒豹は瞳を僅かに瞬きさせてから首を縦に動かす。
そして、巨大怪物デイダンのほうを振り向く。
キラリと紅色と黒色の瞳が光った気がしたのは気のせいか?
そのまましなやかなに四肢を躍動させつつ巨大怪物の横側へ走った。
急襲のタイミングは黒豹が判断するだろう。
さあて、俺は真正面の位置から、巨大怪物とド派手に踊るとしようか。
後ろで見ている<筆頭従者長>たちも、俺が戦えば即座に判断するはずだ。
魔槍杖を右手に召喚させ、前傾姿勢で突貫。
デイダンさんよ! いくぜぇ――。
『怪物の顎、不自然な魔力塊があります』
ヘルメが素早く忠告してくれた。
――本当だ。あの裂けたような部位か。
『眼が光り、風の魔法を起こしていたが、それ以外の魔法を持っているのかもな』
『はい、お気を付けを』
前傾姿勢のまま怪物を見た。
巨大怪物デイダンの相貌は歪だ。
六つある眼球がぎょろりと動き、近付く俺の姿を捉えていた。
口角らしきものを上げ、黄色い巨大乱杭歯を見せつける。
シニカルな嗤いを見せた?
巨大怪物デイダンは、飛んで火にいる夏の虫。とでも思っているのかもしれないな。
その冷笑の顔を潰そうと思ったが、まずは脚を狙う。
初級:水属性の《氷弾》
中級:水属性の《氷矢》
魔法を連続で唱えた。
これは短剣の<投擲>代わりの牽制だ。
「グオンガァヅ――」
巨大怪物デイダンは魔法を見て、気合いの叫び声を上げる。
突進中に多脚の一部をブレーキ代わりに大柄の巨体の動きを停めた。
続いて、俺に威圧を与えるように上半身の表面を盛り上がらせる。
しかし、多脚はどんなブレーキ機構なんだよ。
足裏に吸盤でもあるのか?
エヴァ的にターンピックでもあるのかよ。
そんなツッコミを入れたくなったところで――。
《氷矢》の連射を止めず――。
無雑作に<光条の鎖槍>を三つ発動。
デイダンは《氷矢》を鎌の腕で切断。
続けて、槍の腕をクリケットの棒をバットでも扱うように振るい上げた。
《氷弾》を弾く。
調子乗ったデイダンだったが、俺の本命の<光条の鎖槍>はデイダンの鉄棒のような脚に刺さった。
その突き刺さった三つの<光条の鎖槍>の後部は、イソギンチャクのように蠢きつつ分裂を繰り返しながら光の網へと変化と遂げるや、光の網は巨大な脚を越えて地面とも繋がった。
巨大怪物デイダンは表情を変えた。
「ガッズォッ!」
一生懸命に光の網に掛かった脚を小刻みに動かす。
自身の脚に纏わりつく光の網を、残りの多脚で削り落とす気らしい。
しかし、俺が繰り出した<光条の鎖槍>だった光の網は、脚の内部に食い込み続けている。
デイダンの必死な思いは届かない。
更に、そんな多脚に向けて<夕闇の杭>を繰り出した。
暗黒の次元世界を任意的に簡易出現させる。
指定範囲は視界の範囲のみだが、強力だ。
巨大怪物デイダンの鉄の棒のような多脚は虚空から現れた闇杭の群れに貫かれた。
光の網を落とそうと纏まっていた脚がぐちゃぐちゃに潰れるように貫かれる。
巨大怪物デイダンは胴体から黄緑色の血を散らしつつガクッと片方の膝頭で地面を突く。
土が派手に散って地面が陥没している。
「――グォォォォッ」
悲鳴の声と分かるが重低音過ぎて恐怖を感じた。
刹那、デイダンの巨大な体に付着していた蛭たちが潰れた脚から飛び散った黄緑色の血を吸い取る。
と、瞬く間に成長を遂げた。
気色悪い……。
成長した蛭は巨大怪物デイダンの胴体から離れるや不自然に宙を漂いつつ子精霊を彷彿とさせる動きで宙を泳ぎだした。
――平泳ぎで見事に泳ぐ。
すると、ぶるぶると体を震わせながら墨色に変色。
更に、墨色の煙を体から放出させた。
瀟殺とした墨色の空。
そんな光景を、巨大怪物デイダンの頭上だけに、作り上げていた。
巨大な雨傘なつもりなのか?
更に、墨色に変色を遂げた蛭たちが複数の触手を伸ばしてきた。
――速い。
魔槍杖バルドークを回転させた。
俺に迫った先が尖る蛙が繰り出した触手を紅斧刃で燃やすように叩ききった。
蛭たちが伸ばす触手群を燃やし潰すたび――。
巨大怪物デイダンは六つの眼がギョロリと剥く。
睨む表情は怖い。しかし、あのデイダンは巨大化した蛭たちと感覚が繋がっているのか?
デイダンは睨みを利かせたまま「ガッヅオォォ」と叫び鋭い歯茎をこれでもかと見せる。
同時に不自然な魔力溜まりの顎が左右に開く。
その裂かれた、いや、ご開帳呼ぶべきアソコの顎の中心には、金玉、いや、勾玉?
強力な磁力を発したレアアースのような勾玉だ。
勾玉から魔察眼を用いずとも分かるほどの魔力の渦が発生。
デイダンの頭上に展開していた瀟殺とした墨色の空と繋がる。
影響を受けた墨色の空は波のようにうねり曲がると、蠢きながら指向性を持って、俺に襲い掛かってきた。
ただの雨傘じゃなかった――躱しようがない墨の波。
俺はざぶんと墨の波に飲まれ、全身に墨の液体を浴びてしまう。
「ぐあぁぁ――」
革服の中に染み込む液体。
全身に纏わりつくような焼ける痛みを味わった。
再生と痛みを繰り返す。
第三関門を使い血鎖鎧か、と思った瞬間、
『閣下――』
左目に宿るヘルメが叫ぶと――。
自然と出た液体ヘルメが、俺の体を包み込んでくれた。
不思議と彼女の温かい愛を感じる。
そして、俺の周りに纏わりつく墨色の液体の汚れを浄化するように墨色の波の液体を逆に取り込んでいく常闇の水精霊ヘルメ。
直ぐに墨色の波は消えていた。
吸収を終えた液体状態のヘルメは、スパイラル回転をしながら水溜まりの中へ消えていく。
液体ヘルメは水と混ざり姿を完全に消失させると、突然、その消えた辺りの水溜まりの中から闇剣らしきものを、複数、空中高くへ伸ばし、宙に漂っていた蛭たちを貫いていた。
蛭たちは突然な地面からの攻撃に動揺を示すが、墨色の触手たちを水溜まりへ伸ばし反撃。
地面に触手が突き刺さり水が跳ね飛ぶ。
しかし、常闇の水精霊ヘルメには効く訳がない。
地面に突き刺さった複数の墨色触手たちを、逆に蒼く侵食させながら凍らせていく。
地面に伸びていた触手たちは瞬時に凍り、触手を伸ばしていた墨色の蛭の本体もを青白く凍らせた。
カチンコチンと音が鳴るように見える。
本当に、ピキッと音が鳴ると、絶対零度の攻撃を喰らったかのように凍った触手から順繰りに崩れだし本体も割れるように地面に落ちていった。
と、ヘルメの華麗なる反撃を見ていたら、俺にも複数の墨色触手たちが群がってきやがったぁ。
急ぎ――バックステップを踏み、後退しながら両手を左右に伸ばす。
手首にある鎖因子マークから<鎖>を放出しイメージを浮かべる。
それはイージスの盾。元は山羊革から作られたらしいが。
ゼウスが太陽神アポロンに与え、後に娘のアテナに与えた盾。
アテナは知恵、芸術、戦略を司る女神だっけ。
イメージしながら左右から放出した鎖を操作。
迫る先が尖る墨色の複数の触手群を二つの鎖で突き刺しながら、途中から防御のサークル型を意識して、身体を覆うほどの大盾に変化させた。
触手群の攻撃に備える。
鎖のイージスの大盾となった蛭の触手群が勢いよく当たっているのか。
――ドンッドンッドゴッ、とした、物理的な重低音が響く。
しかし、籠城は俺の性分じゃない。
……状況を見るため、右手に魔槍杖を持った状態で上空へ跳躍。
<導想魔手>を足場に使い、二段ジャンプを行うように、空中を駆けた。
蛭たちは俺の姿を視認しているのか、飛び跳ねる機動で空中移動している俺に対して触手たちを伸ばしてきた。若干追尾性能があるが、俺のが速い。駆け抜けた位置に先が尖る触手たちが抜けていく。
あの動けない巨大怪物デイダンを先にやってしまえば、蛭たちも動きを止めるか?
と思った矢先、その巨大怪物デイダンの背中に飛び乗って噛み付いている黒豹の姿が見えた。
よし、なら俺は、愛を感じさせてくれたヘルメと共に、このうざい蛭共に集中するかと思ったら――。
「ん、シュウヤ、フォローする」
後方からエヴァの声が響くと、紫魔力に包まれた、刃、針、円盤、杭、丸、といった様々な形の金属群が、蛭たちの全身を貫いていた。
ハチの巣、処刑、複数人が一斉に罰を与えるように様々な物を投げつけた痕のように、蛭たちは貫かれ、地面に沈む。
地面に縫われたような姿となった蛭たちは、しゅうぅっと音を蒸発するような音を立て、塩をかけられたナメクジのように身体を萎ませる。
「エヴァ、ありがと」
「ん、“いつものことだ”ふふっ」
エヴァは俺の真似をしたらしい。
蠅叩きのデートをした時にそんなことを言ったことを思いだす。
天使の微笑を見てから、地面に降り立った。
そこに、湿った水溜まりから、にゅるりと姿を現すヘルメ。
「閣下、お体の方は?」
「あぁ、大丈夫だよ。さっきはありがとな」
「いえ、“いつものことだ”です」
ヘルメはキューティクルな睫毛を使い、ウィンク。
更に、ヘルメ立ちを行いながらエヴァの言葉に重ねてきた。
腰を悩ましく揺らし、プリンのようなお尻を揺らす。
赤沸騎士アドモスには高度過ぎて、真似ができないポージングだ。
後光を感じさせるヘルメ立ちを見ていると、他の<筆頭従者長>たちも集まってきた。
「ご主人様――墨色の波に、攻撃をっ」
「おう、大丈夫だ。ヴィーネ。興奮するな」
見た目的には革服が裂けるとかはないからな。
血鎖を纏っていたら革服は散っていただろうけど……。
さっきは内部の皮膚が焦げたか爛れたかは分からないが、痛くないので、もう回復はしているはずだ。
「よかった……」
ヴィーネは細い青色い手を俺の胸に当ててきた。
切なそうな顔を浮かべている。
少し、心に突き刺さった。
心配させてしまったな……と。
「それで……この蛭たちは?」
「あの巨大怪物に吸い付いていた。別の生き物らしい」
安心したのか、突然、冷然とした雰囲気を出すヴィーネ。
女王様をイメージさせたヴィーネは、俺がダメージを受けたことが気に入らないのか、萎れた蛭を踵で踏みつけている。
……あの足に踏まれてみたい。とは思わない。
「その生物も興味深いけど、まだ生きている巨大怪物が先ね」
ミスティがペンを持った状態で指を差す。
さすがにメモは取らないようだ。
「うん、蒼炎弾をぶつけたいけど、ロロちゃんが頑張っているから見守る」
「ロロも攻撃を加えたら適度に退くだろう。このまま巨大怪物デイダンをやるぞ」
「はい」
「先に斬るわよ――」
「ユイ、右からいく」
「了解」
ベイカラの瞳を発動させたユイとカルードが目で合図しながら黒豹に噛み付かれ苦しんでいる巨大怪物デイダンへ向けて前傾姿勢で走る。
俺とヴィーネも続いた。
ヴィーネは翡翠の蛇弓を手に持っている。
先にユイが怪物デイダンの右脇腹を水平に切り裂く。
間髪容れずに、新体操の選手のように宙返りしながら回転したカルードが、怪物の頸左側を薙ぎながら反対側に着地。
渋い表情を崩さずカルード。
返す剣刃で、黒豹の隙間を縫うように釼先を突き刺す。
魔剣を引き抜くや独特の歩法で後退。
続いてヴィーネの光線の矢がデイダンの胸に直撃。
光線の矢の周囲に魔毒の女神ミセアの力の象徴である小蛇が浸透してゆく。
その小蛇が見えなくなった瞬間――。
光線の矢を起点としたような閃光を伴った爆発が起きた。
「グオンガァァァァ」
爆発音と巨大怪物デイダンの叫び声を轟く。
と、背中に噛み付いていた黒豹が離れるのが見えた――。
――よし。
潰れた多脚群の一つを踏みつけて跳躍。
仰け反るデイダンの体に近付く――。
体幹を意識しつつ腰を捻る。
そして、右腕が握る魔槍杖バルドークを突出させた――。
<刺突>を繰り出した。
螺旋した紅矛がデイダンの脇腹を穿った。
「グガァ――」
――まだだ。
魔槍杖バルドークを引く。
黄緑色の血が迸る丸穴を確認しつつ――。
近距離から<夕闇の杭>を連続発動。
同時に魔力を込めつつ――普通じゃないことを試す――。
俺の体をミリ単位で囲うように――。
<夕闇の杭>を虚空から連続的に繰り出す。
続けて、イメージを強く練った。
小さいブロックを積み上げつつ一つの造形を強く、強く意識――。
一念岩をも通す想いが結実した瞬間――。
同時に胃が捻れるような魔力消費を味わう。
仙魔術級の魔力消費――。
完成したイメージは――。
黒い千手観音像の掌。
その千手と化した闇杭の群れがデイダンの胸のすべてを削り取るように襲い掛かった。
<夕闇の杭>が怪物デイダンの太い胴体と衝突するたびに衝撃音が鳴り響き、傷だらけの胴体が巨大な波にぶつかったように揺れ、撓む。
闇の掌底が白い肉が抉り削る。
小さい白肉の肉片が飛び散った。
黄緑色の体液が迸るや黄緑色の血飛沫が霧になって雨と混ざる。
俺の体を野菜色に濡らしていった。
そして、闇の掌の形をした<夕闇の杭>の連続攻撃を喰らいまくったデイダンは脊髄が微かに付着した背骨が残るのみとなる。
怪物デイダンは断末魔の悲鳴を上げず沈黙。
デイダンの六つの眼を持つグロテスクな頭部は横に倒れた。
ドシンッと雨音を消し去るような音が響く。
街道に溜まっていた黄緑色の水溜まりが大きく跳ね散った。
魔壊槍を使おうと思ったが倒せたようだ。
※ピコーン※<闇の千手掌>※スキル獲得。
おぉ、スキルをゲット。
今後は強力なスキルとなるかもしれない。
血溜まりがない場所に着地。
そこに、「にゃあ――」と、可愛い鳴き声が響く。
姿を小さい猫の姿に戻していた黒猫だ。
ん? なぜか、四角い怪物の肉片の上に乗っている。
サーフィンボードに見立てたのか、バランスよく肉片に乗りながら、華麗にサーフィンを行うように血溜まりの上を滑りながら戻ってきた。
肉片ボードを乗り捨て、跳躍。
肩に乗ってくると、俺の頬をぺろっと舐めてくる黒猫。
可愛い。『よく倒したニャ~』的な気分なのかな?
紅い瞳の真ん中にある黒い点がまたチャーミング。
笑顔で黒猫と戯れていると、選ばれし眷属たちも集結してきた。
「シュウヤ、怪我は?」
「ご主人様の新しい技? 何かの像と手でしょうか? 不思議な物が見えました」
「ん、見てた! 闇色の杭? びゅびゅびゅびゅーっとおっきな手になってた!」
エヴァは興奮して、細い腕を使い闇杭の群れの動きの再現をしようとしているが、うまく表現はできていない。
「怪物の身体が削れるように無くなっていくのを、怪物の背後から見てたけど、ほんと、凄まじい倒しかた……」
ユイは怖かったのか、まだベイカラの瞳を発動させたままだ。
「あ、ユイ、瞳が白くなってる。少しそのままで動かないでっ」
「え? うん」
ユイが目をぱちくりと瞬きしてミスティの言葉に応える。
ミスティはまたスキルと思われる動きで羊皮紙に何かを書いていく。
エヴァが操作していると思われる雨傘金属はちゃんと彼女の上に浮いていた。
カルードも魔剣ヒュゾイを鞘に戻すと、ミスティの手の動きが気になるのか、羊皮紙に注目している。
そこに、
「「おおぉぉぉ」」
「愚劣なるデイダンを倒してくれたぞおおお」
振っている雨が小粒になると同時に、逃げて見学していたと思われる三つ眼の方々が集まってきた。
数が多い? 戦いを見守っていた三つ眼の種族たちは他にも居たようだ。
「――黒猫を従わせる槍使いの英雄だっ」
「――二つ目だが、美人たちもいる! 素晴らしい」
「彼女らは女神だぁ」
選ばれし眷属たちは、それぞれに困惑顔を浮かべるが笑って応えていた。
その中には、夫婦、老人たちだけでなく小さい子供の姿もある。
この世界にも猫がいるのかと思いながら、俺も無難に笑顔を振りまく。
「凄いっ、デイダンにも骨があるのか!」
「顎にある石は魔力が失われているが、綺麗だな」
「わぁー巨大怪物が死んでる!」
「それより見ろよ、黒髪の肩に乗ってる猫がカワイイ!」
「うん! でも、父さんたちが苦労してた怪物を倒すなんて、凄い槍使いねっ」
おっ? 分かってるな。可愛い子供たち。
「この白肉、食べられるのかな?」
「食べられるかもな、元々は恵を齎すラグニ湖に住む怪物だ」
夫婦だと思われる二人が倒された怪物の肉を見て、そんなことを言っていた。
「凄い方ねぇ……あの紫色の魔槍といい、黒髪と黒瞳……素敵」
「ねえちゃん、惚れちゃったか? 相手は二つ目だぞ?」
おぉっ、緑髪の女性が俺を褒めている!
あの新緑色で濡れた髪を一つに纏めている小舟をモチーフとした髪飾りも綺麗だし、三つある瞳も潤んでいて、いいっ。
小舟があるなら漁をする文化か。
「二つ目なんて気にしないわ。ラグニ村を救って頂いた英雄なんだから」
「これで秘宝が村に帰れば安泰なのだが……」
「ティト、秘宝の奪還は後々だ。今は怪物が退治されたことを素直に喜ぶべきだぞ」
村の方たちの喧噪は止まりそうにない。
偶然が重なった結果だが、感謝される気分もいいものだなと、実感を得ていた。
15日、0時更新予定です。