二千百三十二話 エルンストの監視役と鉱山都市タンダール
カジノを出ると、フロアの外は一般の野次馬で溢れかえっていた。
「「おぉ」」
「「「すげぇ、大魔術師たちだ」」」
「強者たち!」
人々のどよめきと歓声が響く。近づくのを恐れるように自然と道が開け、その中心を歩いて進んだ。階段かエレベーターか、迷う踊り場に出たところで、
「――シュウヤ殿、お待ちくだされ!」
背後からの声に振り向いた。
そこにいたのは青髪の人族。上等な身なりからして大商人だと思われるが、
「どなたかな」
「カフカン、この宿、カジノを経営している魔導商会カフカンの代表者です」
「そうでしたか、ここは頑丈な魔宿、魔塔ですね。床の破壊も少なかった。しかし、窓硝子、高級家具、魔道具、カジノの金貨、白金貨は、俺たちも破壊してしまっている。すいませんでした。これで、損害のお詫びの印になれば――」
と言いながら、数十枚の白金貨が入った重そうな袋を取り出し、ヴィーネたちに渡す。
レベッカは「私も上乗せ~勝利しまくってしまったし」と言いながら袋を増やしている。
ヴィーネたちは受け取った袋を、カフカンに渡そうとしていた。
「足りない場合は、メルやヴィーネたちが、別途お金を用意致します」
「とんでもない。一式の損害保険があるので金貨は要りません。それにシュウヤ様からは受け取れませんよ。仕舞ってください」
損害保険か。頷いて戦闘型デバイスのアイテムボックスに仕舞う。
青髪のカフカンは、
「それよりもシュウヤ様と神獣様にお願いが……」
「なんでしょうか」
「にゃ」
「是非とも、カフカンの用心棒になって頂けたらと……」
「悪いが無理です。ザイクたちが用心棒をやるかもですが、そのザイクやベイカーたちに聞いてみたらどうでしょう。彼らも強者、そして、俺たちと同じ【天凛の月】のメンバーです」
「そう、なんですね。分かりました。声をかけてみます。そして、シュウヤ様たち、またのご来店をお待ちしています」
「はい、機会があれば、また遊びに来ます」
「ンン、にゃ、にゃおぉ」
黒猫も何かをカフカンに語るように鳴いていた。
カジノゲームを色々と楽しんでいた相棒ちゃんだからな。
そこで階段を使い、確保していた宿部屋へと戻り、少しの休息を取った後――。
大魔術師アキエ・エニグマを筆頭に、大魔術師アモアスス、大魔術師ケイ・マドール、大魔術師キュイジーヌといった【魔術総武会】の重鎮たちが部屋を訪れ、魔法ギルドとエルンストの今後についての会談が始まった。
「シュウヤさん、この度のファルデンとカシンカシの討伐……まことに感謝の念に堪えません。これでエルンストに巣食う腐敗の根を一つ、確実に断ち切ることができましたわ」
代表してアキエが深く頭を下げる。
他の大魔術師たちも、安堵と敬意を込めて深く頷いた。
「氣にするな。俺たちは降りかかる火の粉を払っただけだ。そしてエルンストの裏社会の争いだが、マダム・ルージュに賭けた立場が、俺たちとなる。彼女の魔導商会クリミナルが、どの程度の力量かは、この都市で活動していることの多い大魔術師たちのほうが詳しいだろう?」
と言うと、アキエは、
「はい、狡猾なフィクサーで、危険な面もある『闇リスト』の一人。ですが、ザイクたちのことでも証明されていますが、どのような立場地位であれ、約束は守るからこその、あのフィクサーとしての立場を手に入れている。信用できるかと思いますよ」
アキエの言葉に、静かに頷いた。
彼女は塔烈中立都市セナアプア支部の所属だが、俺たちよりも遥かにこの【魔法都市エルンスト】の事情に通じている。その大魔術師が評価するのなら、当面の裏社会の動きはルージュの魔導商会クリミナルに委ねて問題ないだろう。
「エルンストの裏の掃除は、彼女とザイクたち猟犬に一任できるな」
「はい、我々【魔術総武会】と魔法ギルドは、【幻瞑暗黒回廊】の防衛ラインの再構築に時間が掛かる。今回、たまたま、力を有していた表の腐敗高官の粛清ができましたが、それは一部。氷山の一角ですからね。それらを慎重、内々で処置するには、ザイクたちの力を借りることが必要です。本会議執行部隊にも冒険者ギルドの裏組織のように特殊部隊はありますので、それらと連携する話も模索中です」
アキエの語りにクナたちが頷く。
「ザイクたちはそれに乗るかは不明ですがね、ただ、【天凛の月】のメンバーでもあるので、話はしてみますわ」
「はい、そうしていただくとありがたいです。私も塔烈中立都市セナアプアが本拠ですから」
アキエはそう語ると安堵の息を吐き、他の大魔術師たちも表情を和らげた。
クナは、月霊樹の大杖を軽く床に突き、艶やかな笑みを浮かべる。
「ふふ、とはいえ、ルージュのほうは、完全に放任するわけにはいきませんわね。彼女の嗅覚と手腕は確かなようですが、彼女の手綱を握る存在は必要です。ふふ……ですから、裏の監視は、私とルシェルにお任せくださいな」
「クナ……それは、我々としても非常に心強いです」
アキエが目を瞬かせ、すぐに深い感謝の意を示した。
クナもかつては【闇のリスト】に名を連ねていた実力者。
裏社会の機微やフィクサーの心理には誰よりも通じている。
「はい、シュウヤさん、私も師匠に協力します。光属性を活かし、【幻瞑暗黒回廊】の【異形のヴォッファン】の残党、セラ側のエルンストの闇を監視する」
ルシェルの言葉に皆が頷く。頼もしい二人だ。
「分かった。エルンストの裏の動きは二人に任せる。何かあれば、すぐに魔通貝で連絡してくれ。魔界側に移動していた場合は、他の眷族たちに連絡し、転移陣を利用するなり自由に行動してくれ」
「「はい」」
これで、エルンストの表と裏、双方の監視と立て直しの体制が強固に固まった。
アキエたち大魔術師と、街の監視役を引き受けたクナ、ルシェルをこの場に残し、エルンストを後にし、転移陣を用い、塔烈中立都市セナアプアへ。
魔塔ゲルハットのペントハウスへと無事に帰還を果たした。
見慣れた広大なリビングに足を踏み入れると、ようやく張り詰めていた空氣が緩む。
ふかふかのソファに深く腰を下ろし、ひと時の休息を取った。
メルが、
「一先ずは、ルージュから得た【魔科学実験都市ボレノン】と【ラゼルフェン革命派】の残党に関する件は、その情報精査からでしょうか」
頷いて、レザライサたちに、
「そうだな、一旦寝かせる前提でいい。ペレランドラ、レザライサ。ボレノンの件の裏取りを優先しよう。ピサード大商会がどう絡んでいるか、確証を得るまでは俺たちは動かない」
「承知いたしました。私たちの諜報網をフルに活用し、革命派の尻尾を掴んでみせますわ」
「任せておけ。強欲な蜘蛛女の情報を鵜呑みにして踊らされるつもりはないからな」
ペレランドラとレザライサが力強く頷く。
ザイクたちをエルンストにエッジランナーとして配置できたのは大きい。あそこからの情報も随時入ってくるだろう。
ソファで寛ぎながら、傍らの黒猫の喉を撫でていたその時だった。
耳に嵌めていた魔通貝がブルブルと震え出した。
――この波長は、魔通貝に指を当てる。
『シュウヤ殿、聞こえるか? 【未開スキル探索教団】の左長、トリヴァラスだ』
「あぁ、聞こえる。久しぶりだな、トリヴァラス」
俺の言葉に、周囲で寛いでいたヴィーネやエヴァ、レベッカたちがピクッと反応し、こちらへ視線を向けてくる。
『急な連絡ですまない。以前話していた件が急展開を見せました。南マハハイム地方、鉱山都市タンダール南の樹海で、樹怪王の軍勢と旧神ゴ・ラードの軍勢が、またも大規模な衝突を繰り返しており、人族の社会活動にも多大な影響が出ている』
また怪獣大決戦が始まったというわけか。
「……了解した」
『更に、その混沌の戦場において、樹怪王側に『特異なスキル』を持つと思われる個体が確認された。鹿頭の魔獣型魔剣師で、角からの雷撃を放つ八眼六腕。かなりの強さだ。旧神ゴ・ラード側の眷族を既に三体屠り、多種多様な蜻蛉型のモンスター兵を圧倒している。……だが、ゴ・ラード側にも『特異なスキル』持ちが出現した。魔剣型と魔槍型で、蜻蛉の頭部が石突と柄頭に付いている不気味な代物だ。どういうスキルを持つかはまだ不明だが、魔眼系であることは確実だろう』
頷いた。
『シュウヤ殿。同盟の証しとして、今こそ貴方たちの力を借りたい。もちろん、報酬としてそのスキルは貴方へ提供する。……どうだろうか』
「……分かった。協力しよう」
『感謝する!』
「そして、前にも聞いたスキルの抽出と定着だが、実は、こちらにも専門家がいるんだ」
『抽出はこちらのスキル封印水晶で行うほうが確実だと思うが』
「あぁ、それはそれでいい。ただ、協力を模索できるかもとな」
通信を繋いだまま、ペントハウスの奥で待機していたヴァルマスク家の<筆頭従者>へ声をかける。
「ホフマン、出番だ」
「ハッ! シュウヤ様、お呼びでしょうか」
ホフマンが恭しく頭を下げる。
彼の持つ<脳切血盗>。相手の記憶やスキルを奪うこの能力を、教団の封印技術と連携させれば、安全かつ極めて高純度なスキル抽出が可能になるはずだ。
「お前の<脳切血盗>の力を借りる。準備しておけ」
「承知いたしました。このホフマン、シュウヤ様のためならば粉骨砕身の覚悟で臨みます」
「頼もしい」
『なるほど、そのような専門家がいるとは……。しかし、対象の記憶やスキルを直接奪うとなると、抽出されるスキルの純度やこちらの封印水晶との定着率など、安全なのかどうか懸念もありますが』
通信越しの懸念の声に、ホフマンが一歩前に出て、
「ご安心を。己以外にも、眷族の皆様に活用し続けた<血魔力>の研究結果と実績がございます。教団の技術との安全な連携は十分に可能なはず。ただ、最終的な定着に関しては、未開スキル探索教団の秘匿性の高いスキル抽出技術を主軸とした方が、より確実かもしれませんな」
と、滑らかに答えていく。
謙虚かつ自信に満ちた提案だ。
トリヴァラスに、
「まぁ、報酬に関しては、教団側の技術を基本としよう。トリヴァラスも良いかな」
『無論、構いません。鉱山都市の事務所で、お持ちしています。また、直ぐに向かうのもアレでしょうから、観光など休憩、宿を取ってからの合流でも、構いませんので』
「了解した」
ホフマンを同行メンバーに加えることを決め、トリヴァラスに鉱山都市タンダールの教団事務所での合流を約束し、魔通貝の通信を切った。
「鉱山都市タンダールか。アキレス師匠が修行していた場所ね」
ユイが神鬼・霊風の柄を撫でながら言う。
「あぁ。そうだ、どうせなら師匠も呼ぼう」
魔通貝でサイデイルにいるアキレス師匠へ連絡を入れた。
魔界と【魔法都市エルンスト】の事象を説明し、タンダールに向かうので一緒にどうですか? と、師匠に説明すると、
『カカッ! タンダールか、懐かしいのう。武神寺の旧友どもの顔を見るのも悪くない。それに特異な魔獣とやらにも興味がある。よし、タンダールの転移陣で合流しようぞ!』
師匠の快諾を得て、こちらも準備が整う。
「では、タンダールに向かう前に、カリィたちとも話をしとこう」
「「はい」」
<従者長>カリィとレンショウを呼び出した。
タンダールの裏社会事情についてヒアリングを行う。
カリィは独特の悪態笑顔を浮かべて言う。
「タンダールかァ。あそこはボクたち【影翼旅団】が、【大鳥の鼻】って連中と血みどろの縄張り争いをしてた場所だヨ。今はもう旅団は無いし、知っていると思うけど、【大鳥の鼻】が裏社会を牛耳ってるはずサ」
「あぁ、まずは【大鳥の鼻】に挨拶しに行く必要があるな」
「総長が行くなら、ボクも付いて行きたいなァ」
「おう、ならついてこい」
「ヤッタ!」
カリィからの情報を頭に入れながら、皆と何氣ない会話をしていると、転移ルームの二階が反応。そこからアキレス師匠が現れる。
「またせたな、シュウヤ」
いつものラフな旅装束だが、その体から発せられる武の気配は微塵も衰えていない。
「師匠、わざわざすいません」
「ハッ、よいよい。それにしても、お主の周りは相変わらず美人ばかりじゃな。ホフマンとやらも、見事な気配をしておる」
「恐縮です、アキレス様」
ホフマンが恭しく一礼する。
「とんでもない。では行きましょうか。ヴィーネ、エヴァ、レベッカ、キサラ、ユイ、カリィ、ホフマン。俺たちはタンダールへ向かう」
「「「はい!」」」
屋上へと出た。
ラングバドルはセナアプアの防衛と牽制のために残し、移動は相棒に頼むとしよう。
「相棒、頼むぞ」
「ンン、にゃおぉん!」
黒猫は一瞬で、巨大な神獣形態へと姿を変える。
相棒は皆に触手を絡ませて、頭部に運んでくれた。
触手手綱を掴み、南マハハイム地方へ向けてペルネーテの空を飛び立った。
◇◇◇◇
鉱山都市タンダールが見えてきた。
バルドーク山と地続きの連山に位置する都市――。
エルンストのような洗練されたマギ・パンク都市とはまったく異なる。
マチュピチュを連想する断崖にも魔塔が並び、鉱石を掘るためだけの巨大な魔機械が鎮座していた。煉瓦の建物、石材の建物が多い。
視界が開けると、無骨な岩肌から自然の樹木が鬱蒼と繁る山々へと景色が変化していく。松と竹が群生する大きな山の一つに、武神寺らしき古風な建物を見つけた。
アキレス師匠が指差しながら、「あれが武神寺だ。訓練場も昔のままじゃな」と教えてくれる。
「ンン――」
相棒は、自然の山々と一体化した鉱山都市タンダールの全貌を見下ろすように、ゆっくりと旋回しながら降下していく。巨大な岩壁を荒々しく削り出して作られた街並みを、皆が食い入るように見つめていた。
泥臭くも活氣に満ちた熱氣が、上空まで立ち上ってくるようだ。
空には幾筋もの煙突から黒煙が噴き上がり、あちこちの岩棚でトロッコがガラガラと耳障りな音を立てて行き交っている。鍛冶工房から響く重厚な槌の音と、むせ返るような鉄と炎の匂い。まさに、武骨な男たちの都市であることを物語る光景だった。
神獣は上空から人目につかない岩場の陰に降下した。
皆を下ろすと、相棒は直ぐに黒猫に変化――。
アキレス師匠は壁沿いに並ぶ金具を見て、
「懐かしい」
と呟く。
「この魚の臭いがする路地にて、喧嘩をした冒険者バジラ、酔った同門たちをここを抜けたもんだ。あぁ、一悶着があったジメクたち……」
と、大きい樽の上に積まれてあった浸け物の魚の束を見ながら語った。
師匠の若い頃か。
「同門、風槍流を一緒に学んだ方々ですね」
「あぁ……ここの路地を抜けるとバラモン大通りだ、武神寺にはここからだと少し距離がある」
「はい、少し観光したいです」
「そうだな。では大通りから行こうか」
「はい」
アキレス師匠たちと共に街の中央通りに出た。
大通りは活氣に満ち溢れ、むせ返るような鍛冶の熱氣と人々の喧騒が押し寄せてくる。
軒を連ねる商店街も様々で、土産物屋、武骨な石屋、家具屋、更には天然の地熱を利用した銭湯まであった。
店頭には、特産の魔導石を利用したタンダール式の机と、群島諸国由来の『掘り炬燵』が並んでいる。
その傍らでは、虎獣人の武芸者が、背に『天上天下唯我独尊』と記された旗を持ち、
「俺を倒せば、たいしたもんだぜぇ、賞金に金貨二枚を上乗せだ、どうだ。だが、俺が倒せば、お前さんたちの賭け金はすべて没収だ!!!」
と野次馬を力強く煽り、見世物試合の客引きをやっていた。
更に通りを進むと、広場の一角では大道芸人たちが腕を競い合っている。
ドワーフの曲芸師たちは、小さなサーカスのようにアクロバティックな組体操や火吹きを披露し、やんややんやの喝采を浴びていた。
とりわけ目を引いたのは、四眼四腕の魔族の二人組。
彼らは互いに円月輪――チャクラムのような武器を幾つも勢いよく投げ合いながら同時に激しく魔剣を振るっている。突き、斬り、払うその高速の刀身へ、宙を舞う無数の輪が寸分の狂いもなくカキンッ、カキンッと収まっていく、まさに神業めいた演目だった。
その熱氣に負けじと、通りの端に連なる露店からは美味そうな匂いが漂ってくる。
地熱を利用してふっくらと蒸し上げた熱々の巨大肉饅頭や、色鮮やかな魔導石を模した『鉱石飴』が視界を彩る。
甘辛いタレの焦げる匂いを漂わせる串焼きの屋台なども並んでおり、激しく食欲を刺激してきた。
その奥では、地熱を利用した『タンダール式岩風呂』の看板が勢いよく湯氣を上げている。
「わぁ、コタツだ! 懐かしい~。それにあの串焼きと鉱石飴、すっごく美味しそう!」
「ん、岩風呂も気持ちよさそう。後で入りたい。……お肉とお菓子も氣になる」
レベッカとエヴァが目を輝かせ、興味津々に街並みと露店を眺めている。
「にゃお」
足下にいる黒猫も、串焼きと肉饅頭の匂いに反応して、ヒゲをピクピクと動かしていた。
続きは明日、HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。
コミック版1巻-3巻発売中。




