二千百十九話 黒虎の流星鎚と、幽影魔族の救済
無数の瞳から放たれる視線が重なった瞬間――。
殺氣と共に空間が歪みながら何かが、飛来した。
後退――直後、元の位置の地面が爆発した。更に、足下の重力と大氣が泥のように重い粘り氣を帯びていく。そのまま精神を削り取るような悍ましい悪寒が脳髄を直接撫で回してくる。
視線そのものが空間を縛る系統か?
大柄の眼球魔獣の背後からも、先程と同系統のモンスター兵、四眼四腕の魔族部隊も現れた。
キサラが、
「対象を腐呪で汚染する領域展開の一種でしょう」
「ん、魔矢を射る敵を見とく」
「左はわたし――」
「では、右は――」
皆の行動を見ながら<闇透纏視>と<隻眼修羅>を使い、大将格の眼球将軍の観察を強めつつ――。
全身から血の<血魔力>を放ち、<ルシヴァル紋章樹ノ纏>を発動。
水神由来の<水の神使>を意識し、<滔天仙正理大綱>と<滔天神働術>を発動。
呪縛は<血魔力>で蒸発するように消える。丹田を中心に滾る<血魔力>を全身の経脈へと流し、循環させ、内から絡みつくような不快な重圧を弾き飛ばした。
一方、神獣は、一人前に出て、大きい黒虎に変化。
胸と胴から複数の触手を伸ばし、四方八方へと突出させている。
飛来してきた髑髏状の礫を骨剣が穿ちまくり、皆を守る。
その相棒の左側から左手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出し、四眼四腕の魔族の一人を穿つ。
黒虎は「にゃご」と鳴いて地面を蹴る。
宙空に飛び上がり、身を捻りながらブーメラン機動で飛来していた湾曲した魔刃を後ろ脚の爪で蹴り弾き飛ばしてから、逆さまのまま長い尻尾の毛を、ボッと音を響かせながら逆立てて、その拡大させた尻尾を盾代わりにして、複数の礫を防ぐ。
その相棒の近くを駆けつつ――。
「ナイスだ、相棒――」
相棒の足下を越えた大きい駒の<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>は、相棒の前を直進。
その大きい駒の<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>で、射手が放った魔矢を弾き、多眼魔将ゴルム・ザードの巨大かつ無数の眼球から飛び出てきた髑髏状の礫をも弾く。
共に走る相棒と呼吸を合わせるように走りを続け、魔槍杖バルドークを<握式・吸脱着>で浮かせ、
「――相棒、一つ触手を寄越せ――」
「ンン」
指示を出し、右手で相棒の一つの触手の一つを掴み引き、それを左側へと振るう。
「ンン、にゃごぉ~」
黒虎は喉を鳴らし、楽しげな声を発して遠心力を活かすように宙空を旋回する。
握っている触手を、徐々に力を溜めるように収斂し撓らせていく。相棒自身が巨大なモーニングスターもとい、流星鎚の如く、ぐるぐると回り出し、体から射出された無数の触手骨剣で、飛来する髑髏の礫や魔矢、雷球を次々と弾き飛ばしていった。
そこで、俺が握り振り回していた触手をゴルム・ザード目掛け手放すと、
「にゃごぉぉッ」
と勢い良く左側へと飛翔し、宙空から極太の紅蓮の炎を吐き出した。
劫火が空氣を震わせるように前方に広がった。
大柄のゴルム・ザードを中心に他の四眼四腕の魔族と眼球と魔獣が融合したモンスター兵を紅蓮の炎が飲み込んでいく。
だが、ゴルム・ザードは体表の眼球から紫黒の魔力と、宙空に生み出した頭蓋骨から光の魔力を分泌させ、分厚い粘膜の盾を展開して炎の直撃を防いでみせた。
「小賢しい獣め! 潰れろ!」
ゴルム・ザードが丸太のような剛腕を振り下ろしてくる。
その重々しい軌道を鋭敏に研ぎ澄ませた視界で捉え、前傾姿勢のまま爆発的な加速で懐へと飛び込む。ゴルム・ザードの巨躯が膨張し、全身の眼球がドス黒い光を帯びて一斉に臨界点へと達した。全方位へ向けて、攻撃か――
左手に光神の導きで得た【陽槍ルメルカンド】を召喚。
右手の魔槍杖バルドークを吸血神ルグナド様から賜った【魔神槍・血河】に変化させる。
交差させた双槍から光と闇の奔流が溢れ出す。
「ギムゥイガァ……相反する魔力だと!?」
ゴルム・ザードが驚愕に目を剥く。
感覚のまま左手の陽槍ルメルカンドを大きく掲げ、左右の槍に膨大な<血魔力>を送り込む。
石突の黄金の鴉が鳴き声を上げ、柄が煌めき無数の黄金の鴉、烏の幻影の群れが発生――。
陽槍と胸の<光の授印>からも閃光――。
閃光は旭日のように無数の光線となって大氣を焦がす。
ゴルム・ザードの近くで黄金の霊廟と<光の授印>の鎖が絡む十字架と鴉の光の幻影が出現するや否やゴルム・ザードの眼球の体の幾つが破裂、「ギャァ――」と悲鳴が轟く。
ピコーン※<旭血・金鴉十字ノ閃>※スキル獲得※
スキル化とは驚いた――。
太陽を凝縮したような極大の閃光が辺り一面を白く染め上げていくと、他の眼球と魔獣が融合したモンスター兵は閃光を帯びると溶けるように消えた。
ゴルム・ザードは、
「な、目がァァッ!?」
光はあくまでフェイク――。
<仙血真髄>と<雷飛>を発動――怯んだ巨躯の懐へ神速で踏み込む。
首筋に刻まれた<吸血神・愛咬・血楔>が熱く脈動し、魔神槍・血河の穂先に膨大な<血魔力>が凝縮される。
吸血神の理を乗せた必殺の刺突――。
――<断罪血穿>。
紅黒い螺旋の軌跡がゴルム・ザードの分厚い粘膜と装甲を紙細工のように貫き、胸部中央にある最も巨大な主眼へ深々と突き刺さった。
「ガ、ゴォォォォォォッ!?」
ズゥンと鈍い衝撃が響き、ゴルム・ザードの背後へ抜けるように半透明なもう一つの幽体が分離して現れた。核を穿ったはずだが、その半透明の幽体にも別の核が存在しており、致命傷を負わせたはずの巨躯がなおも悍ましく蠢いている。
刹那、魔神槍・血河から深紅の<血魔力>で構成された巨大な幻影が浮かび上がった。
豪奢なドレスと外套を翻し、妖艶に微笑む吸血鬼の始祖――吸血神ルグナド様の幻影。
その幻影が、俺と重なるまま、思考を介さず、自然と流れるように次の動作へと移った――。
武の極致と神の加護が完全に融合した感覚。
右手の槍を突き入れたまま、左手に持つ陽槍ルメルカンドの柄底で、蠢く敵の装甲へ打ち付ける――ドォンッ、光の魔力を伴う強烈な衝撃波がゼロ距離で炸裂し、ゴルム・ザードの内部構造を徹底的に破壊して体勢を大きく崩させる。
そこから、血河を強引に引き抜きざまの第一撃。
横一文字の薙ぎ払いが、敵の分厚い胴体を半ばまで両断したまま、返す刀での第二撃――。
下段から左上段へと猛烈に振り上げた紅斧刃から解き放たれたのは、空間そのものを切り裂くような、三日月状の巨大な血刃――。
ズバァァァァァンッ――。
前方に飛び出た血の三日月がゴルム・ザードの蠢く巨躯と半透明のゴルム・ザードの幽体と、その核を完全に真っ二つに分断――。
遥か後方の森の木々までも薙ぎ倒して虚空へと消えていった。
※ピコーン※<血神連槍・三日月弧>※スキル獲得※
よっしゃ――。
両手の槍を消し、深く息を吐き出す。
重なっていたルグナド様の幻影も、微笑みを残して赤い粒子となって大氣に溶けていった。
真っ二つになったゴルム・ザードの巨躯は、断末魔を上げることもなく崩れ落ち、相棒が即座に放った紅蓮の炎によってチリ一つ残さず焼き尽くされていく。
森の空氣に清浄な静寂が戻ってきた。
「ご主人様、見事な連撃でした。あの光を囮にする戦術……恐れ入ります」
ヴィーネが剣を納め、涼やかな笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
ユイやキサラ、エヴァたちも警戒を解き、集まった。
相棒は黒猫の姿に戻り、満足げに足下で喉を鳴らしている。
その光景を、キュベラスの空間魔法によって避難していた幽影魔族たちが、信じられないものを見るような目で見つめていた。
フェドゥが震える足で進み出て、そのまま俺の前に崩れ落ちるように膝をつく。
「……あ、あんなに恐ろしかった多眼魔将が、こんなにあっさりと……貴方たちは、本当に……」
フェドゥの目から、大粒の涙が溢れ落ちた。
それは絶望の涙ではなく、故郷を救われたことに対する深い安堵と歓喜の涙だ。
「顔を上げろ、フェドゥ。約束通り、お前の故郷を蹂躙する連中は掃除したぞ」
「はい! シュウヤ様、光魔ルシヴァルの皆様……私たちの一族を救っていただき、本当に、本当にありがとうございます」
彼女の言葉に続くように背後にいた幽影魔族たちも一斉にその場に跪き、深い感謝の意を示した。燃え残った集落の被害は甚大だが、彼らの命が繋がったことが何よりの救いだ。
「さて、集落の復興には時間がかかるだろうし、追撃、否、周囲の情勢次第か。まずは安全の確保と行きたいが、皆で【バーヴァイ城】か【レン・サキナガの峰閣砦】に撤退が筋かな。ヴィーネ、キサラ、エヴァ、キュベラス、どう思う。後、周囲にまだ敵の残党が隠れていないか、空間の揺らぎを探ってくれ」
「承知いたしました、シュウヤ様」
キュベラスがケニィを撫でながら優雅に一礼する。
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