二千百八話 ネレイスカリの確信と商人たちの損切り
群像劇ですが、シュウヤたちの視点も中盤にあります。
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塔烈中立都市セナアプア上界。
サーマリア王国使節団が滞在する迎賓館。
王太子の寝所へと続く薄暗い回廊は、冷ややかな静寂に包まれていた。
だが、その静寂は偽りだ。
豪奢な絨毯を踏む音さえ消し去り、闇に溶け込むように潜入してきた複数の影が存在した。
その影とは、ロルジュ公爵が放った【ロゼンの戒】の暗殺者たち。
彼らが王太子の寝所の扉へ手を掛けようとした刹那――。
その背後の空間が陽炎のように揺らめいた。
「――遅い」
低い声と燃え盛る手刀が煌めくと、極限まで圧縮された熱波が回廊を満たす。
暗殺者の一人が驚愕と共に振り返るより早く、喉仏が斬り裂かれた。
声を上げる隙すら与えずに頸椎を粉砕した。宙空に熱の渦と手刀の形が残り、魔熱の残滓が床に落ちる。
「なっ!?」
「迎撃だ! 殺せ!」
「掌握察に反応はなかったぞ……」
「あぁ、俺の<魔探知>にも」
残りの暗殺者が即座に散開し、毒を塗った短剣と魔線を放つ。
だが、暗がりから姿を現した男――王太子の影にして最強の懐刀、レオンの動きは彼らの認識速度を遥かに凌駕していた。
レオンは喉と両手に凄まじい熱量の炎を収束させる。かすかな歌声が回廊に響き渡った。
<四幻炎歌>に<炎拳焦破>――。
踏み込みと同時の刹那、背後に一瞬『炎で構成された四本の腕』の幻影が揺らめいた。
約五百九十年前、サーマリア建国に貢献し、ムサカの地で非業の死を遂げた英雄。武人レンブラント――ひいては魔神レンブラントに連なる特異な血脈の証しだ。
炎の幻影腕が、暗殺者の放った魔線を掴んで一瞬で焼き尽くす。
驚愕に動きを止めた敵の隙を突き、レオンの本体が放った鋭い回し蹴りが、二人の暗殺者の胴体を装甲ごとへし折った。
「げぇ、蝉の――」
「魔刀――」
炎の幻影腕の幻影が踊ると、レオンの魔刀鳴蜩が鳴り響く。
暗殺者の放った魔線ごと、その体を両断。壁に死体が叩きつけられ、内臓は一瞬で炭化。
「魔刀鳴蜩を使うこともないか……」
レオンはそう呟いた。
「化け物め……!」
残る二人が決死の特攻を仕掛けてくるが、レオンは腰に帯びた鞘に魔刀鳴蜩を納める。
踏み込んできた刃を最小限の動きで躱し、すれ違いざまに燃え盛る掌底を敵の胸部へ叩き込んだ。
ボフッ、という鈍い音と共に敵の胸郭が内側から爆ぜる。
最後の一人は逃走を図ろうとしたが、レオンの指先から放たれた炎の矢がその後頭部を正確に撃ち抜き、床へと沈めた。
数分で、十人前後の超一流の暗殺者が、ただの炭化した肉塊へと変わる。
レオンは掌に残る炎を握りつぶすように消し、静かに息を吐いた。
……我が祖、魔神レンブラントの血は、まだこの国を見捨ててはいない。
この炎がある限り、王太子殿下の御命は誰にも奪わせはしない。
レオンは乱れた呼吸を整えると、回廊の奥――王太子の執務室へと足を向けた。
重厚な扉を開け、中へ入る。
室内では、ソーグブライト王太子と、軍師アドルフ・タカノが窓越しに遠くそびえる魔塔魔導要塞【貴族館】を険しい目で見つめていた。
「殿下。ネズミの処理は完了しました。やはりロルジュ公爵の猟犬どもです」
「ご苦労だった、レオン」
ソーグブライトは振り返らず、夜景を見つめたまま応じる。
かつて『うつけ者』と蔑まれていた男の顔はそこにはない。
あるのは、腐敗した自国を新生させるためなら己の命すら盤面の駒とする、冷徹な覇王の器だ。
軍師アドルフが手元の魔導盤から視線を上げ、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「……だが、本命はあちらです。先程から、あの魔塔の屋上にて極大の魔力反応が観測されています。おそらくロルジュ公爵か、ラスニュ侯爵の子飼いの者が、天空閣の結界を破るための何かを行うためでしょう」
その言葉に、レオンの顔色が変わった。
「殿下と軍師、何かとは? そして、公爵と侯爵がここでも動くのなら危険ですよ」
軍師アドルフは眼鏡の奥の目を細め、
「恐らく、和平交渉と王太子の暗殺を狙った、結界破り、増幅器か何かでしょうね。和平に関わる者を一カ所に集め、そこをドカン?」
と、ニヒルに笑った。
「な、笑い事ではないだろう。すぐに避難を! そんな物が用意され、作動すれば、この中立都市ごと火の海になります!」
「慌てるな、レオン」
ソーグブライトは冷徹な笑みを浮かべた。
「……約六百年。奴ら軍需派の腐敗貴族の祖先は、建国の英雄であるお前の祖、武人レンブラントを見殺しにし、ムサカで自決に追い込んだ。そして今も、あの地を私腹を肥やす永遠の戦場に変えている。その連中が今度は和平を壊すために中立都市を火の海にする氣か。……これこそが、あの国賊どもを歴史から抹殺する最高の大義名分だ」
「……父祖の無念は、私のこの炎で必ず晴らします。ですが、殿下の御命を危険に晒すわけには……」
「レオン殿。だからこその『兵不厭詐』です」
アドルフが淡々と答える。
「奴らのテロをあえて直前まで泳がせ、『王太子暗殺と都市破壊の未遂』という決定的な証拠を押さえる。狙い通りに行けばロルジュ公爵の首を狙える。……ただし、恐らくですが、軍需産業の要の一つピサード大商会の妨害を掻い潜り、増幅器を安全に処理できる『劇薬』が必要ですがね」
アドルフが言い終えるかどうかの刹那。
部屋の影が不自然に揺らめいた。
「――ご安心を、王太子様と軍師サン」
レオンが即座に炎を纏って身構えるが、ソーグブライトが片手でそれを制した。
影の中から音もなく姿を現したのは、緑と銀のメッシュ髪を持つ小柄なエルフ。
【白鯨の血長耳】のヘカトレイル支部長、クリドススだ。現在はヘカトレイルを離れることが多い故、支部長ではないと本人は語ることが多い。
「ウチの盟主とあの『槍使い』が、今まさに屋上の大掃除を終わらせるころですヨ」
飄々としたクリドススの言葉に、アドルフが驚愕に目を見張る。
「……【血月布武】……ロルジュ公爵筋が用意したシナリオを、これほど短時間で?」
アドルフの言葉に、クリドススは頷き、
「はい、薄々は読み通りのはずですヨね?」
「それは買いかぶりと言いたいですね。しかし、噂通りなら、戦術の枠を粉砕する、まさに理不尽な個の武力ですね」
「魔竜王を討ち、神々と盟約を結ぶ男……シュウヤ・カガリか」
ソーグブライトは窓の外の魔塔を見据え、歓喜にも似た笑みを深めた。
「オセべリアの女狐め、とんでもない男を盤面に引きずり込んだものだ。だが、それでいい。彼らが魔塔の闇を払えば三日後の【天空閣】の舞台は完璧に整う。新しい時代を拓くには、これほど相応しい嵐はない」
――シュウヤ・カガリ。
――光魔ルシヴァルの、槍使い。
その名を聞いた瞬間、レオンの心臓がドクンと大きく跳ねた。
なんだ、この血のざわめきは。
自らの内にある魔神レンブラントの血脈が、まるで失われた半身を求めるように、熱く激しく脈打っている……。
更に、彼が従えるという一人の凄腕の魔剣師の噂。
サーマリア伝承の魔王級魔族、アゼロスとヴァサージの名を冠する魔刀を振るうという女剣士の存在も、レオンの血の記憶を刺激していた。
レオンは無意識に自らの胸を押さえ、まだ見ぬ異邦の槍使いとの運命的な交錯を予感しながら、夜空に浮かぶ魔塔を静かに見つめた。
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セナアプア上界、ピサード大商会支部。
その最上層に位置する豪奢な執務室で戦闘理事エイドナは手元の水晶盤を見つめ、不快そうに眉をひそめていた。分厚い絨毯を踏みしめ、戦闘理事補佐のパパラセルが早足で部屋に入ってくる。
「エイドナ様。……魔塔【貴族館】屋上に展開していた魔傭兵団アレグション。部隊長アンソムニアの魔力波形が完全に消失しました。他の隊員たちの反応も、次々と消えつつあります」
「……やはりか」
エイドナは深く息を吐き、水晶盤の映像を乱暴に消した。
「ロルジュ公爵からの特務……天空閣の結界破壊と王太子暗殺の計画は、完全に潰えたということだ。あの『魔弾き』を瞬殺するほどの戦力が動いているとなれば、【天凜の月】か【白鯨の血長耳】……あるいはその両方が噛んでいる」
「いかがいたしますか。このままでは、我々がテロを支援したことが公爵ごと炙り出されます。すぐにロルジュ公爵へ連絡を……」
「馬鹿を言え。我らの立ち位置を考えろ。沈みゆく泥舟に、我々商人が付き合って溺死してやる義理はない。すぐさま『損切り』を行う」
エイドナは立ち上がり、執務机の奥にある隠し金庫を開けた。
中からロルジュ公爵との密約が記された契約書や、裏金の流れを示す帳簿を取り出す。
「だが、王都ハルフォニアの中央貴族審議会や公爵と侯爵に直接噛み付くのは下策だ」
「はい……何か妙案が?」
「ふっ、都合の良い隠れ蓑があるだろう? 元上院の評議院、ネドーの残骸と言える」
「あ! ハルフォニアへ逃亡した、元上院評議員ドイガルガ……ですか」
パパラセルの言葉に、エイドナは冷酷な笑みを深めた。
手元の帳簿に魔炎を放ち、決定的な証拠を灰へと変えていく。
「そうだ。あのドイガルガは、バーナンソー商会や【闇の八巨星】とも深く繋がっていたセナアプアの元権力者だ。アンソムニアは商会の資金を横領し、あのドイガルガに唆されて暴走した『反逆者』……ということにする。我々ピサード大商会は、奴らの野合に頭を痛めていた被害者に過ぎない。いいな?」
「……はっ。公爵への資金提供の痕跡も、すべてドイガルガの裏金として記録を偽装し、アレグションを商会から除名したという書類を即座に作成いたします」
「それだけでは足りん。商人は常に、転んだ先でも利益を拾わねばならんのだ」
燃え尽きた灰を風魔法で窓の外へ吹き飛ばし、エイドナは狡猾な目を細めた。
「オセベリアのシャルドネ侯爵と、レフテンのネレイスカリ姫、サーマリアのソーグブライト王太子宛てに早馬を出せ。内容はこうだ。『我が商会から出奔したならず者が、元評議員ドイガルガと結託し、和平会合を狙うテロを企てていたことが判明した。テロを未然に防いでいただいたことに深く感謝すると共に、商会としての謝罪と誠意を示すため、我が方の精鋭である【銀盾傭兵団】を、三日後の和平会合の警備として無償で提供したい』とな」
「なるほど……! 敵対勢力から一転して、和平の協力者へと立場を翻すのですね。追われているドイガルガに全ての罪を被せれば、辻褄も合います」
「そういうことだ。シャルドネの女狐も、王太子も、裏事情など百も承知だろうが、無償の警備戦力と『ドイガルガという共通の敵』を提示されれば、無下にはできまい。むしろ、我々を新たな駒として利用しようと考えるはずだ」
エイドナは再び水晶盤に触れ、セナアプアの夜景を映し出した。
「誰が勝とうと、誰が死のうと構わん。最後に笑って利益を独占するのは、我らピサード大商会だ。急げ、パパラセル。舞台の幕が上がる前に、我々の『立ち位置』を書き換えろ」
「御意」
パパラセルが深く頭を下げ、足早に執務室を退室していく。
エイドナは夜空に浮かぶ魔塔を眺めながら、不敵にグラスを傾けた。
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<脳脊魔速>の時間が終わり、世界が通常の時の流れを取り戻す。
残存していた魔傭兵団アレグションの兵士たちは、眼前で起きた信じ難い光景に凍りついていた。
「隊長が!?」
「馬鹿な、あの魔弾きが一瞬で……!」
絶対の自信を持っていたであろうリーダーの消滅だ。
動揺を隠せない。ジェットパックのブーストを吹かして空へ逃れようとする者、自暴自棄になってヒートソードを振りかざし突っ込んでくる者。
その統制の乱れを、歴戦の眷族たちが見逃すはずもない。
直ぐにビーサの<オウル波像衝霊>の分身を活かした斬り上げにより、魔傭兵を薙ぎ払う。
ヴィーネ、キッカ、ヘルメ、相棒も、それぞれ相対した相手を各個撃破、魔傭兵たちは次々に討ち取られていく。
今も、ヴィーネと目が合うと、
「――ご主人様、見事でした。そして、逃がしません」
冷徹な声が響く。彼女の細い肢体を雷状の<血魔力>が縁取るように包み込んだ。
バチバチと赤紫の雷光を弾かせながら残像すら置き去りにする神速の踏み込み――。
狂乱して突っ込んでくる魔傭兵の懐へ瞬時に潜り込むと、右手の古代邪竜剣と左手の戦迅異剣が交差する。
すれ違いざまの双閃。魔導鎧ごと敵の胴体が両断され、遅れて切断面から雷が噴き出した。
<光魔銀蝶・武雷血>は、やはりかなり速いな。
「空へ逃げても無駄だぞ」
キッカが疾走する。
抜刀した魔剣・月華忌憚が紫紺の軌跡を描き、<血瞑・速烈剣>の神速の逆袈裟斬りが飛翔しようとした魔傭兵の脚部を斬り飛ばす。落下した敵の首を、返す刃で鮮やかに刎ね飛ばした。
「こちらも、絡め取ります」
ビーサが<超能力精神>を使用し、二人の魔傭兵の動きを封じる。
ヴィーネとキッカが、古代邪竜ガドリセスと魔剣・月華忌憚で袈裟掛けにより、その二人の肩口から斜めに両断して倒す。黒豹は細い槍のような紅蓮の炎を複数吐いて、ピンポイントに魔傭兵の頭部を貫かせて倒す。
ビーサは二人と相棒の動きに呼応し、後頭部の器官から微細な魔力糸を放射し、逃げ惑う敵の関節を強制的に停止させていく。
動きを封じた魔傭兵の延髄へ、蛇腹剣のごときラービアンソードが正確に突き刺さった。
「にゃごぉぉ!」
黒豹が咆哮を上げ、巨体を躍動させる。
背と腹から無数に伸ばした触手の先端から骨剣を突出させた。
上空へ逃れようとした魔傭兵の背の推進装置ごと背を貫いていく。
宙空で爆発が連鎖し、黒焦げになった魔傭兵たちが強化ガラスのドームへ叩きつけられて落下した。
更に、ヘルメの放つ《氷槍》が、残った敵の急所を容赦なく凍てつかせ、完全に沈黙させる。
左手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出。
<鎖>を魔剣で弾く者もいたが、五つの<光条の鎖槍>は防げず。光条の槍に突き刺さりながら、爆発し、散った。
「――逃げた者は追わず、ここで戦う者だけを倒し尽くせ!」
と、ヘルメの《氷槍》を防いでいる魔剣師に<雷飛>で近づき――。
<魔皇・無閃>――。
魔槍杖バルドークの紅斧刃が、魔剣師の横っ腹を捉え、豪快に薙ぎ払って吹き飛ばす。
ものの数分。
屋上を埋め尽くしていたアレグションの精鋭部隊は、ただの鉄屑と血の海に変わっていた。
静寂が戻った屋上。
両手の槍を消し、中央に鎮座する脈打つ巨大な結晶体――『共鳴増幅器』へと歩み寄った。
紫色の不気味な月光を放ち、周囲の空間そのものを歪ませるような魔力の脈動を感じる。
「シュウヤ殿。やはり、これが『虚無の針』へと繋がる共鳴増幅器の本体です」
アルフォードがエヴァと共に近づき、結晶体の表面に浮かぶ術式を解析しながら険しい顔で告げた。
「魔導要塞のエネルギーをこの結晶体で増幅・逆流させ、天空閣の防御結界を内側から食い破る……公爵が仕掛けたテロの心臓部。アンソムニアは、この莫大なエネルギーのおこぼれを利用して、自身のエセル界の加護を定着させていたようですね」
「なるほどな。増幅器の力を自分の強化にも流用していたか。公爵の飼い犬にしては、随分と欲深い奴だったわけだ」
結晶体を睨む。
表面には、アンソムニアの胸にあった『天翼ある蛇』の紋章が薄らと浮かび上がり、不気味な明滅を繰り返している。アンソムニアの死がトリガーになったのか、それとも計画の最終段階に入ったのか、内部に蓄積された魔力が臨界点に達しようとしていた。
「このまま放置すれば、暴走して屋上ごと吹き飛びます」
「ん、抑え込む。……シュウヤ、破壊をお願い」
エヴァが魔導車椅子から浮上し、体から膨大な<血魔力>と紫色の魔力を噴出させる。
<霊血導超念力>を全開にし、白皇鋼が液状に変化しては、結晶体に纏わりつき、紫色の魔力の脈動を物理的に締め上げ、暴走を強制的に押さえ込んだ。
「任せろ。一瞬で終わらせる」
右手に魔槍杖バルドークを召喚。
<握吸>と<勁力槍>を発動させ、<闘気玄装>を極限まで練り上げる。
エヴァの念動力によって、結晶体の魔力循環が一時的に停止し、中心にある『核』が完全に剥き出しになった。
そこへ向け、左足の踏み込みから腰を捻り――。
右腕ごと魔槍杖バルドークを突き出す<風研ぎ>を放つ。
風を纏った紅矛と紅斧刃が分厚い結晶の層を抵抗なく貫き、不気味に明滅する核を正確に穿った。
鼓膜を刺すような高い破砕音が屋上に響き渡る。
内部で圧縮されていた膨大な魔力が、バルドークの刃によって完全に中和、散逸され、巨大な結晶体は光の塵となって音もなく崩れ落ちた。
不気味な紫色の光が消え、セナアプアの冷たく清浄な風が、ドームの隙間から吹き込んでくる。
――雲間から射し込む夜明け前の光が、わずかに温かい。
「……ん。魔力逆流、完全に停止。テロの脅威は消えた」
エヴァが安堵の息を吐き、白皇鋼を回収する。
アルフォードが、
「お見事です、シュウヤ殿。これでロルジュ公爵の目論見は完全に潰えました。増幅器の残骸とデータは、私が回収してシャルドネ侯爵へ送ります。公爵と商会を追い詰める決定的な証拠になるでしょう」
「あぁ、頼む。これで連中も、三日後の会合に手出しはできなくなるはずだ」
魔槍杖バルドークをアイテムボックスへ仕舞い、指先から<血魔力>を放つ。
宙空に赤い血文字を綴り、ペレランドラとメルと下界で動いているレザライサたちへ報告を送った。
『魔塔屋上の掃除と、テロ兵器の破壊は完了した。これで三日後の舞台は完全に整った』
血文字が夜風に溶けて消えていくのを見届けながら、眼下に広がるセナアプアの摩天楼を見下ろす。
三日後、【天空閣】。
そこで繰り広げられる三カ国和平会合こそが、この腐敗した暗闘の終着点となるはずだ。
ヴィーネに、
「ネレイスカリ姫もここに来ているのかな」
「はい、もうじき到着予定と聞きました」
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セナアプア上界、レフテン王国専用の迎賓館――。
豪奢な執務室の窓辺に立ち、ネレイスカリは夜空にそびえる魔塔【貴族館】を静かに見つめていた。
その手には先ほどピサード大商会のエイドナから届けられたばかりの書状が握られている。
「……ふふ。自分たちの飼い犬がテロに失敗した途端、すべてを反逆者のせいにして尻尾を切り、あまつさえ『無償の警備戦力』を提供して恩を売ろうとする。商人とは本当に強かな生き物ね」
ネレイスカリが冷ややかな笑みと共に書状を机に放り投げると、背後に控えていた重装の騎士が一歩前に出た。
レフテン王国の精鋭、【黄昏の騎士】の部隊長を務める初老の男、ガウェルドだ。
彼は主戦派のザムデ宰相を見限り、ネレイスカリの『国を憂う覚悟』に殉じることを誓った忠臣である。
「姫様。あの魔塔の屋上で起きた極大の爆発……エイドナの言う『テロの未然阻止』は、やはりあのお方が?」
「えぇ、間違いないわ。ガウェルド、貴方もサージバルド伯爵領で見たでしょう? 常識を置き去りにする、あの規格外の槍使いと黒猫の姿を」
「……はい。我が黄昏の騎士の修練すら児戯に思えるほどの、圧倒的な個の武。あの御仁が動いたのであれば、サーマリアの暗部がどれほど念入りなテロを企てようと、粉砕されて当然かと」
ガウェルドは畏敬の念を込めて深く頷いた。
ネレイスカリは胸の奥が熱くなるのを感じながら、夜空を見上げる。
「オセベリアの女狐シャルドネ侯爵か、サーマリアのソーグブライト王太子か……誰が彼をこの盤面に引きずり込んだのかは分からない。けれど、シュウヤ様が魔塔の闇を払ってくださった。これ以上ない『追い風』よ」
「しかし、姫様。本国ファダイクでは、未だザムデ宰相と主戦派の貴族どもが健在です。我ら黄昏の騎士の一部が姫様にお仕えしているとはいえ、彼らが裏で操る盗賊ギルド【サイザーク】や、残存する闇ギルドの脅威は消えておりません」
ガウェルドの懸念はもっともだった。
本来なら、一国の姫がこうして中立都市で和平交渉のテーブルに着くことすら、本国の刺客に命を狙われる危険な賭けだ。
だが、ネレイスカリの表情に一切の翳りはない。
「心配いらないわ、ガウェルド。私たちの足下……レフテンの地下には、強固で絶対的な『盾』が存在しているのだから」
「盾、でございますか?」
「えぇ。サージバルド伯爵から報告を受けているわ。ファダイクの地下深く、【不窟獅子の塔】へと繋がる知られざる神殿と傷場……そこを拠点とする強大な魔族と獣人たちの影の軍団が、主戦派の放つ刺客たちをことごとく闇に葬ってくれていると」
ネレイスカリの脳裏に、シュウヤと魔界の恐王との間で結ばれたという大同盟の噂が過ぎる。
かつてレフテンを脅かした闇ギルド【ノクターの誓い】は、真の主である『恐王ノクター』の意志により粛清され、今はネレイスカリの王女派を影から庇護する最強の刃となっていた。
「それは……まさか、シュウヤ様が裏で手を結んだ魔界の勢力……恐王ノクターの眷属たちが、我々レフテン王国に手を貸してくださっていると?」
「おそらくね。噂は様々、ですが実際に私たちに有利なことが立て続けに起きている……シュウヤ様ご本人は『たまたまだ』と笑って誤魔化すでしょうけれど……恐王ノクター側の采配が私たちの知らない間に動いているのは事実でしょう」
「……たしかに、辻褄は合います」
「……私は確信しているわ。彼が、私たちレフテンを見捨てずに、あの恐ろしい魔界の王の力を、私たちの庇護へと繋げてくださったのだと」
ネレイスカリは自身の両手を胸の前で強く組み、祈るように瞳を閉じた。
一度は奴隷にまで落ちかけた自分の命を救い、そして今もなお、見えないところで国を支え続けてくれている英雄。
「……シュウヤ様。貴方の優しさと強さが敷いてくれたこの道を、私は決して無駄にはしない」
瞳を開いたネレイスカリの顔には、もうか弱き姫の面影はなかった。
あるのは、三国和平を背負い、国を新生へと導く女王の覇気だ。
「ガウェルド。エイドナの提案に乗るわ。ピサード大商会の『銀盾傭兵団』を警備として受け入れなさい。商人たちの思惑など、この和平の盤面上では些事よ」
「はっ! 直ちに手配を」
「三日後、【天空閣】。オセベリア、サーマリア、そして我がレフテン。シュウヤ様が整えてくださったこの最高の舞台で、私たちが平和を勝ち取るのよ」
ネレイスカリの凛とした声が、迎賓館の執務室に力強く響き渡った。
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