二千百六話 アルフォード救出と天翼ある蛇の紋章
垂直循環魔導管の内部は巨大な生物の血管の中にいる氣分だ。
壁面を走る幾千もの魔導回路が脈動するように明滅し、下層からは上昇氣流に乗った濃厚な魔力が、熱を帯びた吐息のように吹き上げてくる。
「少し熱いですね」
「あぁ」
と、ヴィーネに手を差し出すと握ってきた。
ヴィーネの細い手は温かい――。
そして、周囲の光景を、ガードナーマリオルスの偵察用ドローンがホログラムとして虚空に投影していた。「ピピピッ」と音を響かせるガードナーマリオルス、そして、先導するビーサが、その立体地図を確認しながら内壁を蹴る。俺たちも<無影歩>を維持したまま、音もなく垂直の闇を上昇し続けた。
背後のエヴァ、キッカ、相棒も付いてくる。
すると、先を行ってたビーサが動きを止めた。
ラービアンソードを振るっている。
壁からにょろりと出た百足状のモンスターを退治していた。
そして、指先に<血魔力>を溜めて、動く。
『――師匠、目標地点、到達。座標固定』
と血文字を寄越してきた。
ビーサはラービアンソードを仕舞う。
『了解』
「行こう」
皆と目を合わせ、頷き合うと隙間から内部に侵入していく。
――管内のメンテナンス用足場に無音で着地した。
目の前には重厚な隔壁ハッチがあり、鍵は二つ。
キッカとビーサは、
『二つの鍵ですが、この魔道具で開けられる』
とキッカは、小型の先端が常に蠢いているキーを右手に出現させる。
ビーサは、
『では、右の鍵は私が』
後頭部の器官から微細な魔力糸を伸ばし、鍵穴へと侵入させた。
再び、血文字が流れる。
『防衛結界、及び警報術式……バイパス接続。ループ信号を送信中。……開きます。そして、構造からして、巨大な倉庫だった?』
二つの鍵の部分が回り、カチャリ、という極小の音と共にハッチのロックが外れる。
ビーサが音もなく扉を押し開けた先は、薄暗く幅広い通路で金具や試作型魔白滅皇高炉のような魔機械類が並ぶ。倉庫といったが、改築された工場跡にも見えた。
「広い、魔導要塞は廃工場的か」
「はい、煙を噴出している煙突と繋がっている管も複数、有毒でしょう」
「ん、ミスティが好みそうな鋼や鉄類がある」
刹那、横のパイプが破裂――巨大な鼠が出現したが、キッカが何事もなく魔剣・月華忌憚を振るい、<血瞑・速烈剣>で頭部を貫き、<血刃螺旋>で胴体を削るように斬り刻んで倒してくれた。
……右の一部の床には廃材も多いが、中央は、足音を消すような厚手の絨毯が敷かれてある。
壁には名画や美術品の数々が飾られてあった。
漂う空氣は異様に張り詰めている。
偵察用ドローンが侵入できる隙間は少ない、右の奥に部屋がある
その右の奥に進むと、キッカがハンドサインを送ってきた。
――『右、突き当たり。二重扉の奥が監視室』
頷き、進む。掌握察の反応通りに、魔素の氣配を追うように<闇透纏視>で壁の向こうを探る。
部屋の中には数名の生体反応。
椅子に座る男――アルフォードと思われる人物と、その背後に立つ冷徹な魔力の持ち主。
更に、部屋の四隅には影に溶け込むように潜む氣配が四つに強者らしき魔素の氣配が奥にある。
偵察用ドローンを消した。
――護衛か、監視役か。アルフォードを怪しんでいた野郎もいる。
どちらにせよ、アルフォードを助け、制圧を試みる。
扉の前で足を止め、雷式ラ・ドオラを右手に召喚。
『閣下、隙間から侵入できます。そして、右端の魔素を無力化しましょう』
『あぁ、頼む。俺たちも侵入し、同時に倒しにかかろう』
『はい』
左目から液体状のヘルメが出ると扉の下から音もなく扉の下の隙間へと滑り込む。
向こう側へ達したヘルメは右に移動していくのは掌握察で理解できた。
皆を見て、<握吸>と<勁力槍>を発動。
「左と手前、アルフォードの回収が軸だが、奥の強者に氣を付けようか」
「ん」
「「……」」
頷く皆を見て、<血道第三・開門>――。
<血液加速>――。
「……行くぞ」
小声で告げると同時に<超能力精神>を発動。
蝶番とロック機構へ、指向性を持たせた衝撃波を叩き込む。
ドォッと、破城槌が衝突したような音が響き、鋼鉄の扉が弾け飛んだ。
同時に、床を這っていた液体状のヘルメが弾丸のように跳ね上がり、左奥の男へと殺到する。
「――なっ、誰だ!?」
<無影歩>を解除。
踏み込むと同時に、世界がスローモーションに映る。
椅子の背後に立っていた監察官らしき男が反応し、腰の魔剣に手を伸ばしかけていた。
<雷炎縮地>を発動――魔剣の柄に手をかけた男の懐へ。
短槍の雷式ラ・ドオラの石突で<刺突>――。
男の腹を石突で打つと「ぐぇ」と体をくの字にさせ、机にぶつかり吹き飛ぶ。
同時にアルフォードを掴み、背後に運ぶように引き、エヴァに渡し前に出た。
刹那、奥にいた強者が、俺に向け魔剣を突き出す――。
それを雷式ラ・ドオラの柄で防ぐと重厚な金属音が監視室に反響し、激しい火花が散る。
受け止めた魔剣から、どす黒い魔力が腕を伝ってきた。
奥に居た強者は、全身を漆黒の法衣で包んだ男、感情の欠落した四眼で俺を射抜く――
と、魔剣を強引に捻り、俺の指を断たんとしてくるが、右足を前に踏み込み腰を捻り雷式ラ・ドオラを捻り上げ柄に魔剣を引っ掛けるように防ぐ。
鍔迫り合いのような形となった四眼の男は左下腕を突き出す。
手刀を、爪先半回転を行い、半身で避ける。
「――チッ」
目の前の四眼は舌打ち、その間に、ヴィーネの光線の矢が、他の者に向かうのが見えた。
黒豹も左奥にいた二人、三人と、触手の骨剣で壁に縫わせるように突き刺している。
液体状のヘルメは、背後で、エヴァとアルフォードを守るように水牢を使ったと理解――。
目の前の、魔剣の重圧を<風柳・槍組手>の理合で横へと受け流し、男の懐へ潜り込んだ。
<血液加速>を維持。
魔剣を振り抜こうとした男の右肘を、掌底で真下からカチ上げ、関節を固定する。
<魔人武術・光魔擒拿>――。
強引に腕をねじ上げ、男の体勢を完璧に崩した。
「なっ、この体勢から……!?」
驚愕に揺れる瞳。そこへ、左膝を最短距離で突き上げた。
<悪式・突鈍膝>――。
鈍い破砕音が響き、男の鼻梁が砕け飛ぶ。
追撃の手は緩めない。空いた左手の指先で<魔手太陰肺経>を意識し、男の胸元の急所を正確に突いた。魔力の循環を一時的に遮断された男の魔剣が、その不気味な輝きを失い、床に落ちる。
仕上げに、右の掌に渾身の<血魔力>を集束させた。
<無式・蓬莱掌>――。
鈍い音と共に掌の跡が胸甲に残る。衝撃波は貫通したようで、背後の机と椅子が派手に粉砕。
男の内臓も潰れたと理解――。
男は「がはっ」と黒い血を吐き出すと、第二の衝撃を喰らったように、背後の魔導モニター群をなぎ倒しながら吹き飛ぶ。
男の生体反応が消失した。
「……ふぅ」
残心を取りつつ、エヴァに預けたアルフォードを確認する。
アルフォードは激しく咳き込みながらも、信じられないものを見るように俺たちを見上げていた。
「助かった……だが、シュウヤ殿、油断するな! ここにはまだ、ロルジュ公爵が秘密裏に運び入れている『新型』が……!」
アルフォードの言葉と呼応するように、監視室の奥にある巨大な防壁門が不気味な重低音を響かせながら開き始めた。<闇透纏視>で視るその先には、これまでの魔族とも人族とも異なる、冷徹で無機質な魔素の脈動が渦巻いている。
不気味な駆動音と共に姿を現したのは、人族の形を模しながらも、その全身を鈍い銀色の魔鋼装甲で包んだ二体の異形。太い足の装甲には仕掛けもありそうだ。
胸甲には翼のような印があるが、見たことのない家紋にも見えた。
装甲の隙間からは血管のように青白い魔導回路が発光し、本来なら目が位置する場所には冷徹な紅い魔光を放つレンズが埋め込まれている。
ロルジュ公爵が秘蔵する魔導改造兵か。
魔導人形の一種だろう。古代ドワーフ帝国の技術か、この塔烈中立都市セナアプアだからこその、エセル界からの技術流出した魔機械系の兵士なのかもしれない。
半身になり、
「ヴィーネ、エヴァ、ヘルメ、アルフォードを連れて下がれ。ガードナーマリオルスは前に出るなよ。キッカ、ビーサ、出口の確保を、相棒、やるぞ」
「にゃご」
雷式ラ・ドオラを握り直した。
改造兵の足裏から魔力が爆ぜ、石床を粉砕しながらゆっくりと間合いを詰めてくる。
石床を踏み砕く音と共に、二体の魔導改造兵が加速した。
生体反応の揺らぎがない。完全に制御された殺戮機械の動きだ。
足の装甲がスライドし、そこから高圧の魔力噴射のブーストが行われた。
――速い、左手に魔槍杖バルドークを召喚。
右手の雷式ラ・ドオラと共に双槍の構えを取る。
<血液加速>を維持、<闘気玄装>を強め、<滔天神働術>と<滔天仙正理大綱>と<仙血真髄>を発動。
正面の改造兵へと踏み込んだ。
敵の胸甲がカシャリと展開し、内蔵された魔導砲の銃口が覗く。
赤黒い魔力の光が収束する刹那――。
――<風柳・異踏>。
軸をずらして射線を外す。
直後、放たれた熱線が俺の残像を焼き、背後の壁を溶解させた。
その隙を逃さず懐へと滑り込む。
改造兵は反応し、太い脚部の装甲を展開――隠されていた高周波ブレードを蹴り上げてきた。
仕込み武器か――読み通りだ。
魔槍杖バルドークの石突で、真横から、その蹴りをブレードの根元を叩くように弾く。
ガィィン! と硬質な音が響くとブレードの根元のブレードの出力部分を破壊、火花が散る、そのまま<双豪閃>――雷式ラ・ドオラの柄の打撃が、脚部の装甲の繋ぎ目にヒット、続けての魔槍杖バルドークの紅斧刃が繋ぎ目にヒットし、繋ぎ目の鋼の筋肉網を豪快に切断。
改造兵は大きく体勢を傾けたが、胸や体の溝から蒸氣を噴出させる。
奥の装甲を吹き飛ばすと、内部から複数の熱線ワイヤーが連なった多腕を生み出し、突出させてきた――多腕の一つの腕からビーム状の魔線が飛来――。
他の多腕の手には、無数の高周波ブレードが備わっていた。
ファンネルのように飛来してくる多腕の群れ――。
冷静に<隻眼修羅>ですべてをターゲッティング――。
<光条の鎖槍>を五発発動――。
更に、左右の両手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出し、ビーム状の魔線の飛来を防ぎ、一つの腕が持つ高周波ブレードを防ぐ。
同時に<仙玄樹・紅霞月>を繰り出す。
紅色の軌跡を描く三日月形の魔刃が空間を切り裂き、改造兵の多腕の一つを根元から切断した。
続けて左手の指先に魔力を集中――<魔神式・吸魔指眼>を発動。
指先から放たれたのは、光線ではない。漆黒の粘液を圧縮したようなゴム質の魔線だ。それが生き物のように伸び、残る多腕の一つに食らいつくように貫通した。
※魔神式・吸魔指眼※
※魔神流吸魔指眼技術系統:極位※
※指先から思念で操作が可能な漆黒色の粘着力もある先端が鋭い魔力を放てる※
天井から弧を描く右の多腕の一つは、ヴィーネの放った光線の矢が正確に撃ち抜いた。
俺も続く。空間を歪めて巨大な将棋の駒――<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を顕現させる。
漆黒の翼を広げた八咫角が敵へと特攻するが、改造兵の装甲は硬い。
――硬質な衝突音と共に、召喚獣は真横へと弾かれた。
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>をやり過ごした多腕の一つが生物のように裂けて拡がる。
内蔵されていた複数の高周波鉤爪が、唸りを上げて飛来した。
<水月血闘法>を発動――。
世界が静止したかのように知覚が研ぎ澄まされる。
<雷炎縮地>をも使う。鉤爪の高周波ブレードを見るように避け、迫る高周波ブレードの軌道を冷静に見切りつつ紙一重で躱し、雷式ラ・ドオラの柄で弾き、火花が散る。
懐に近付こうとしたが、多腕の飛来は多い――。
次に俺に向かってきた多腕も、掌を裂けるように拡げ、複数の高周波鉤爪を生み出す。
それを<隻眼修羅>で凝視しながら近付く、巨大な掌の中心の砲口に、迎撃用の魔線エネルギーが赤黒く集積していくのが見えた。構わず右手の雷式ラ・ドオラを突き出す<魔雷ノ風穿>――。
紫電を帯びた穂先で巨大な掌を貫いて、多腕の一つを破壊した。
破片が散る中、そのまま<雷飛>――。
飛来した多腕の高周波ブレードを避けまくり、<仙魔・桂馬歩法>と<闇光の運び手>――を使い機動を読みきり、殺到する残りの高周波ブレードを、踊るように宙空で回避――。
本丸である胸の装甲へと到達――。
狙うは装甲の継ぎ目、その一点――。
<雷式・勁魔浸透穿>――を繰り出し、魔導回路が集中する結節点を精確に貫いた。ドォッと鈍い音が響くと内部で魔力が暴走したように火柱が噴出、後退――。
改造兵の上半身が内から弾け飛ぶ。その襲い来る火柱と残骸の雨に対し、<超能力精神>を発動。不可視の衝撃波でそれらを強引に薙ぎ払う。
胸や肩の内から出ていた複数のワイヤーは千切れ、多腕は力を失ってバラバラと落下していった。
翼の紋章が刻まれた胸甲が、無残に砕け散って床に転がる。
「にゃごぉぉッ!」
右方では、黒豹が、改造兵に飛び掛かり、体を大きくさせながら噛み付く。
首の装甲と肩の装甲が牙で貫かれ凹んで変形し、牙孔を複数作ると、相棒は口を拡げ、「にゃごぁぁ」と紅蓮の炎を吐き出す。
孔ごと装甲は高熱に耐えきれず飴のように装甲が溶け出し内部から相棒の紅蓮の炎が噴き上がった。改造兵だった物は断末魔の機械音を上げるように崩れていく。
黒豹の己の体毛に紅蓮の炎が触れているが、燃えない。
黒豹は後ろ脚で溶けた改造兵を蹴り跳ばし、吹き飛ばす。
吹き飛んだ改造兵の塊に、無数の触手骨剣を繰り出して、風孔を開けまくって蜂の巣にしていく。
潰れ穴だらけの改造兵だった塊は完全に崩れ落ち、ただの鉄屑へと変わる。
「相棒、よくやった」
「にゃ~」
残心を解くように、両手の武器を消す。
後方で待機していたヴィーネたちが、安全を確認して駆け寄ってきた。
「ご主人様、お怪我は?」
「問題ない。それよりアルフォードは?」
エヴァに肩を貸されたアルフォードが青白い顔で頷く。
その視線は、破壊された改造兵の残骸――特に砕かれた翼の紋章に注がれていた。
「……『天翼ある蛇』……古きエセルの魔導人形を容易く……いや、今はそれどころじゃないか」
アルフォードは頭を振り、俺を見る。
「シュウヤ殿。急いでくれ。この魔導管の最上層……そこに、街の防衛結界を内側から食い破るための『共鳴増幅器』が設置されているはずだ」
「共鳴増幅器か。それが今回のテロの肝だな」
アルフォードは頷き、「そうだ」と、部屋の奥、垂直循環魔導管のメンテナンス用シャフトを見上げた。遥か高みから不快な駆動音と魔力の風が吹き降ろしてきていた。
「ロロ、ここからは縦の移動だ。皆を運べるか?」
「にゃおぉぉ」
相棒が頼もしく鳴くと、腹を床に付けて体勢を低くした。
触手を伸ばし、ヴィーネたちを器用に背中へと乗せていく。
<無影歩>を再発動。
「よし、一氣に登るぞ」
壁面を蹴って垂直の壁を駆け上がった。
それを追うように、黒豹がシャフトの壁を使い、黒い稲妻となって跳躍する。
ガードナーマリオルスも追従してくる。
風を切る音だけが耳に残る。眼下へ遠ざかる監視室。
目指すは最上層――。
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