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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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2106/2121

二千百五話 魔塔要塞への潜影とシャルドネたち

 リビングの虚空で赤い輝きを放っていたカリィたちの血文字が、任務の進展を告げて静かに霧散した。

 

 ソファから身を乗り出す。

 リズも一緒だったかと、考えつつ正面に控えるペレランドラとカットマギーへ向き直る。


「カリィとレンショウたちがここに居ないので、動いているんだろうとは思ったが、もう少し委細がほしい。三日後の和平会合を狙う『毒』の全容を、お前たちが掴んでいる範囲で教えてくれ」


 ぺレランドラは上院評議員としての凛とした佇まいで、一歩前に出た。

 

「はい、三日後に控えた【天空閣】での三カ国和平会合。それを物理的に崩壊させるための『毒』の正体は、超小型魔力吸引装置【虚無の針(ヴォイド・ニードル)】であることが判明しました」


 カットマギーが魔道具を操作してから、


「主。ここにいない【剣団ガルオム】のルシエンヌと、そのメンバーも、すでに、皆との作戦の範疇で動いています。彼女たちの一部と、イフアン、ラタ・ナリに加え、エルフのラピス・セヤルカ・テラメイ、クトアン・アブラセル、元【髪結い床・幽銀門】のパムカレ、アジン、ジョー、ウビナンは、この魔塔ゲルハットの守備を固めつつ、非常時の連絡経路の確保に当たっています」

「了解した」


 カットマギーは、魔道具を操作し、リビングの空間に摩天楼の深部を貫くような構造図を投影する。


「サーマリア軍需派のロルジュ公爵たちが用意したであろう、運び込んでいるこの『針』は、物理的な検問を避け、この上界の大陸と下界の大陸を魔力で繋ぐ垂直循環魔導管陣マギ・サーキュレーション・ダクト、そのバイパスに直接打ち込まれます。上界の一部機能を支えている魔力大管を逆流させ、天空閣の防御結界を内から食い破るつもりです」

「なるほどな。カリィたちが下界の第四ダクトで破壊して回っている『誘導標』ってのは、そのバイパスを維持するための心臓部というわけか」


 と言うと、カットマギーが神妙に頷く。


「はい。そしてアルフォード様が監視室から送っていた『観測データのラグ』。あれは、ダクト内を通る不自然な魔力の奔流を、彼が命懸けで偽装、操作しようとした際に生じた痕跡です。ですが、ラグの隠蔽も限界に達しているはず。監察官ガレデが、その『矛盾』の発生源を特定しつつあります」


 アルフォードも無茶をする。


「……ん、アルフォード。ガレデとかいうサーマリアの手練に見つかったら殺されちゃう? ……早く助けたい」

「にゃ」


 エヴァが魔導車椅子の上で、紫色の瞳を不安げに揺らした。

 相棒も賛成するように鳴く。


「カリィの相棒なら、ここで見殺しにはできないな。……ペレランドラ、お前はここで全体の指揮を頼む。俺と少人数チームで、監視室へ介入しようと思うが、敵方の商会、魔傭兵などの裏、名は? また、俺たちがそこを、今、強襲して、三日後の会合に支障がでないんだな?」


 その疑問、皆がペレランドラたちを注視する。

 血文字での意見交換は様々に行われていたとは思うが、皆もまだ知らないことはあるだろう。

 

 ペレランドラは、

 

「支障はありません。……むしろ逆かと」


 カットマギーも頷く。

 ペレランドラは、


「和平会合の調印前に、その妨害工作が発覚すればサーマリア軍需派の政治的失態は免れません。我ら評議会と【天凜の月】が『テロの未然阻止』という名目で彼らを鎮圧することは、和平に向けた最大の『掃除』となります」

「正義の執行ってわけか。で、現場の闇ギルド関連だが、カリィやカットマギーを付け狙う十二大海賊団連中に、狂言教の十二長老が用意した兵士たちも現場には現れているんかな?」


 と聞くとカットマギーが頷く。


「はい、カリィが倒した中には、ビヨルッド大海賊団や呪い島ゼデンの邪道流峰牙門の一門が加わっていたようです」


 その言葉に、メルが、


「それも軍産複合体の一部と言えますね」


 頷く。

 公爵と侯爵の特殊機関も含めた大商会、商会の連合。

 カットマギーは、魔導端末の表示を切り替え、監視室周辺の具体的な戦力情報を投影した。


「主。敵の表の顔は、軍需産業の巨頭【ピサード大商会】等でしょう。そして、彼らが用意した闇ギルドの駒。組織の名は知りませんが、彼らが現場の多数を占めている。実行班として、先の『死蝕天壌の浮遊岩』での事件にも深く関与していたと部隊と同じかも知れません。いわば主の権益を侵害した元凶の一つです。そしてその裏で動くのがロルジュ公爵の飼い犬である【ロゼンの戒】。そのメンバーもこの作戦に加わっているかは……まだ不透明。私が直に仕留めた二人組の殺し屋は名乗らずだった……ま、どちらにせよ、八本指級と目される手練れでしょう。その手練を、監視室のある魔塔貴族館、言わば、魔塔魔導要塞へ密かに送り込んでいる可能性は高い」


 皆が笑みを浮かべ、


「ありがちだな」

「「ふむ」」

「シュウヤ殿の記憶にあるなら、【八本指】の渾名が付く連中はセラの強者……そいらと戦うのは楽しみだ」

 バフハールの言葉にハンカイが、


「ふっ、それは俺もだ」

「……」


 シャイナスは、何も答えず、黒銀の曲大剣を右手に出現させて、素振りを始める。

 雷炎槍流シュリ師匠は、俺をチラッと見てからソファに座って、「三日後まで、暗闘続きのようね、カリィたちもいるなら、ここでお茶会かな~」と、胸を見せるように背伸びをしていた。スタイルのよい体に魅了されるが、レベッカたちの視線が怖いので相棒を見るように誤魔化して逸らしておく。

 レベッカは、そんな俺の左腕を掴んで横に引っ張りつつ、


「――【八本指】たちね。その雇い主の【闇の枢軸会議】の中核【闇の八巨星】たちだけど、【御九星集団】は潰したし、【ラゼルフェン革命派】と【闇剣の明星ホアル・キルアスヒ】も、その最高幹部たちを、サセルエル夏終闘技祭の時に倒している」


 レベッカの言葉にキサラは、


「はい、もう、その組織名や構成人員も、かなり変化しているはず」


 ペレランドラとカットマギーは頷いた。


「そうですね。【闇の八巨星】の名は形骸化。セナアプアでは、【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の名が占めているので、私が言い出しですが、【八本指】の渾名も、ただの殺し屋で済む範疇かと」


 頷いた。


「ま、その八本指級の殺し屋か、それとも別の刺客か。どちらにせよ、俺たちの所有物に手を出したツケは、この機会にきっちり払ってもらう。逃げた上院評議会副議長、元上院評議員ドイガルガなどが絡むなら……ハイグリアたちがいれば裏付けも取れたんだろうが、今は俺の勘で十分だ」


 そこで立ち上がる。


 アルフォード……元影翼旅団の最高幹部。

 一度も会ったことはないが、カリィが命を預けるほどの男。

 この絶望的な状況で<千里眼>を使い『データのラグ』を操作し、俺たちのために時間を稼いでくれた恩、救出という形で返させてもらう。


 そう考えながら皆を見て、


「先程も言ったが、アルフォード回収は、少人数チームで行く」


 そこで眷族衆を見る。

「ヘルメたちは俺の中に」

「「「はい」」」


 常闇の水精霊ヘルメは左目に、右目に、闇雷精霊グィヴァが入る。

 右手の人差し指の爪に古の水霊ミラシャンが帰還した。


 今回の任務は巨大な戦船で乗り込むような派手な破壊工作ではない。

 鉄壁だろうと予測される魔塔魔導要塞へと静かに潜り込み、監視の目を盗んでアルフォードを連れ出す電撃的な掃除だ。


「ヴィーネ、エヴァ、それにビーサとキッカ。お前たちに付いてきてほしい」

「「はい」」

「ん!」


 ビーサが後頭部の器官を揺らして応じた。

 そこで、エトアを見て、


「エトアは鍵開け、罠解除で必要になるかもだが、皆と待機していてくれ」

「はい!」

「エンチャント!」

「お留守番と、警戒に下界にも行くかもですから」


 ボンとルビアが、エトアを励ますように笑顔で語ると、エトアも微笑み、頷き合う。

 キッカが魔剣『月華忌憚』の柄を鳴らして一歩前へ出て、

 

「この魔塔魔導要塞なら案内できるし、ロロ様ならすぐです」

「にゃ~」


 キッカの言葉に相棒が大きい黒豹に変化して応えている。

 レザライサ、ユイ、レベッカ、室内に控える頼もしい仲間たちを見ていく。


 そして、


「ユイ、()()(テン)、師匠たち、バフハール、ハンカイ、レザライサ、キサラ、カルード、ルビア、ルリゼゼ、フー、シャイナス、ホフマン、ママニ、ファーミリア、アドリアンヌ、ザガ、ボン、イモリザ、シキ、エトア」


 順に名を告げ、皆を見据え、


「お前たちはカリィたちと連動し、このゲルハットの守りと情報の取りまとめに、出撃するところがあれば頼む……三日後の会合が本番と考えてくれればいい。そして、レザライサ。【血月布武】の名で、もうすでに動いてクリドススか、軍曹か、魔弓ソリアード等が、もう決定的な仕事をしていると思うが……引き続きペレランドラと連携などを頼む」

「ふっ、その通り、下界の掃除も限定的。港街と倉庫街の追い込み……そのサーマリア王国へのルートも、わざと……ま、それは今後次第もあるから、今は、黙って置こう。時期がきたら血文字を送る。だから派手にやってこい、槍使い」


 レザライサが不敵に笑い、耳に嵌まった魔通貝を指で叩く。

 俺も笑顔を見せてから、


「おう。では、潜入組、行こうか」

「「はい」」

「にゃぉ~」


 皆とペントハウスの出入り口から屋上に出る。

 相棒は更に、体を大きくさせた。巨大な黒豹となって皆と俺を背に乗せる。

 背後にはヴィーネ、エヴァ。そしてビーサとキッカ。


「ロロ様、このまま真っ直ぐ――」

「ンン――」


 キッカの声通りに走る相棒。

 俺たちは空中回廊の死角を滑走――。

 魔塔魔導要塞、【貴族館】へと肉薄する。

 要塞外壁の死角に着地した。


「アクセルマギナ、偵察用ドローンを展開。ガードナーマリオルスを起動しろ」

『了解、マスター――ドローン射出。ガードナーマリオルス、マテリアライズします』


 偵察用ドローンが戦闘型デバイスから飛び出ていく。

 同時に、銀色の粒子が噴き出し、宙空で収束し、ガードナーマリオルスへと変化した。同時に、上空高い魔塔の吸氣スリットに移動していた偵察用ドローンが、中に潜入。

 そのドローンが捉えた映像を、ガードナーマリオルスがカメラアイから宙空に魔力を照射、それがホログラムとして投影を始めた。


「――師匠、監視室へ直結するバイパスの点検用ハッチは幾つかあるようですね。鍵が魔道具か、魔機械か、どちらにせよ。私たちなら解除も可能です。エトアが居れば完璧になりますが」

「あぁ、エトアはいないから頼む」


 ビーサが投影されたマップの急所を指し示す。

 キッカも魔剣『月華忌憚』の柄に手を掛け、無音で頷く。


 そのキッカは、


「衛兵の意識は外壁に向いているし、鍵も物理的な物のはずよ。今なら最短で最上層へ行けるはず」

「よし。全員、潜入なら<無影歩>だ。キッカ、先導を頼む」


 短く応じたキッカが足元の影へと溶け込むように消えた。

 俺もまた音も残像も風を切る音さえも無に帰す<無影歩>を発動させる。


 重力を無視し、要塞の外装を高速で駆け上がった。

 ドローンが割り出した監視の隙間を縫うように進む。

 

 <無影歩>により、俺たちの姿は、魔法の結界や魔道具のセンサー、衛兵の目にも一切映らないはず――他にも皆のフォローで楽に侵入できているのかもな。


 そのまま夜風よりも静寂な死角の移動。

 瞬く間に、目的の点検口へ到達――。


 ビーサが「魔機械の鍵でしたね。これなら楽に――」と、ギミックアームを制御盤に接触させ、魔力を浸透させていく。


「ハッキングコード、承認、完了いたしました。どうぞ、師匠」


 扉が開く。


「お、ナイスだ」

「はい!」


 ビーサは後頭部の三つの器官から魔力粒子が噴出した。

 否と手と指で方向を確認、頷き合うと、開かれたハッチの闇へ不可視のまま垂直循環魔導管の内部へと滑り込む――。


 管の奥から、心臓の鼓動に似た不自然な魔力の脈動が強まってくるのを感じた。


「……アルフォードは、この直上だ」


 精神を研ぎ澄ませ、監視室への介入に備える。


 □■□■


 防音と防魔の結界が何重にも施されたサロン――。

 重厚な革張りの卓上には無数の魔通貝と、書きなぐられた暗号文の羊皮紙が散乱していた。それらはすべて、サーマリアのロルジュ公爵や、ラスニュ侯爵の諜報網から「抜き取った」、あるいは「あえて泳がせた」偽情報の残骸。


 そして、傍らで優雅にグラスを揺らす美しい女性。

 その名は通称〝女狐〟――シャルドネ・フォン・アナハイム侯爵だ。硝煙漂う戦場の跡地とは思えぬ優雅さで、琥珀色の液体を見つめている。


「……ふふ。ロルジュ公爵の飼い犬たちは、最期の瞬間まで『針は正常に作動中』という偽の報告を信じ込んでいたようね。滑稽だわ」


 彼女の背後には、白髪の老剣士サメが控えている。

 サメは主の傲慢さを諌めるような顔をしつつも、その手には先ほどまで「掃除」に使っていた布を握りしめ、いつでも動ける態勢を崩していない。


「お嬢様。あまり敵を侮らぬよう……この場が平穏なのは、彼らの仕事が完璧だったからですぞ」


 サメの視線が部屋の影に佇む二人の影に向けられた。

 【白鯨の血長耳】の最高幹部たちである。


「……侮ってもらっては困るな。我々が流した『ダミーの魔力波形』と『通信のラグ』がなければ、今頃この大使館も【ロゼンの戒】の爆撃を受けていたはずだ」


 低い、砂利を噛むような声で応じたのは歴戦の古参兵、軍曹メリチェグだ。

 彼は卓上に置かれた敵方の魔導通信機――今はもうノイズしか発さない鉄屑――を、無造作に義手で握りつぶした。旧ベファリッツ大帝国の特殊部隊仕込みの魔導戦術。

 彼が要塞のセキュリティホールをこじ開け、偽の認証鍵を流し続けたからこそ、シュウヤたちの侵入ルートは透明であり続けたのだ。


「えぇ、それに、下界からの増援ルートも、私たちが『物理的』に塞いでおいたわ」


 メリチェグの横で冷ややかな美貌の女性エルフが髪を払う。

 彼女の名は血雨のファス。レザライサの懐刀の一人、組織随一の火力を誇る彼女の指先には、まだかすかに硝煙と血の匂いが残っていた。

 彼女は別に動いているクリドススたちと共にシュウヤたちが突入する直前まで、港湾部の敵通信拠点を次々と「沈黙」させていた。


「……ご苦労様、ファス、メリチェグ軍曹。貴方たちの【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の手際、いえ、【白鯨の血長耳】と言ったほうが正しいわね。私の『鮫』たちも学ぶべき点が多いわね」


 シャルドネが賞賛を送るが、ファスは表情を変えない。


「勘違いしないで、シャルドネ侯爵。私たちは盟友、シュウヤ様の命に従い、レザライサ様の指揮で動いただけ。……貴女の政治的ショーのためじゃない」

「あら、結果は同じよ。……さあ、舞台は整ったわ」


 シャルドネは窓の外、沈黙する魔導要塞を見据える。

 高度な情報戦の果てに作り出された完璧な死角。

 その中心で、今まさに虎が牙を剥く。


□■□■




続きは、明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。

コミック版1巻~3巻発売中。

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