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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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2105/2118

二千百四話 鉄錆の雨と掃除屋たちの死の踊り

  □■□■


 ここはセナアプア下層、鉄錆の回廊アイアンラスト・コリドー

 上界の華やかさから切り離されたこの倉庫区画は、湿った冷氣と機械油の匂いが淀んでいる。

 赤茶色の不味い雨が降る中、今も自動で魔機械コンベアが動き、違法薬物が積まれた荷車が違法な港から運ばれていた。そんな倉庫の間の通路を歩くのは、ボサボサの髪を濡らした細身の男。


 名はカリィ。番傘を差して歩いていた。


 番傘は、かつて会長から贈られた品。

 彼は長い舌を出して雨粒を味わうと、頬を弛緩させて呟く。


 そろそろかナ、ボクに食いつくはず……。


 三番倉庫の陰を見ながら、そう考えたカリィは、わざとらしく、悪態笑顔(カーススマイル)を浮かべ、



「んー、不味い♪ でも、死神サンが『お腹が空いた』って泣いてイるから、ちょうどイいかナァ♪」


 と、語る。

 すると、三番倉庫の陰からぞろぞろと刺客たちが現れた。

 カリィは、嬉々として、


「出た♪ 君たちはサーマリアの子飼いかな?」


 と語る。


「……あ? わざとらしい野郎だ……」

「「「あぁ」」」


 殺氣に満ちた者たちはサーマリア軍需派の飼い犬――【ロゼンの戒】の暗殺者と【ビヨルッド大海賊団】の者たち。

 その数は有に五十を超えて更に背後の扉からも増援が迫る。


「バッソリーニとニールセンの仇だ! 掛かれッ!」


 怒号と共に大柄な男たちが片手斧を振り上げ、カリィの細い胴体を目掛けて殺到した。

 飛来した斧が番傘を粉砕する。


「あぁ、せっかく会長さんからもらったのに!」


 カリィは嘆きの声を上げながらも、その機動は常軌を逸していた。

 踵と爪先に交互に体重を乗せ、軟体動物のように背骨をくねらせる。

 横回転する超脳・朧水月(・・・・・・・)の如き回避で、殺到する斧刃を紙一重でかわし続ける。

 そのまま、滑るように前進。


 逸れ違う刹那――。

 掌でくるりと回した短剣――〝怪士ノあやかし〟が、死神の鎌のように斜め上へと振るい上げられた。

 飛剣流進行性の剣法<一崩流剣>の銀閃が、斧持ちの男の首へと吸い込まれるように通り抜ける。


 男の首が、音もなく半分まで切断された。


 カリィはゆらりとした動きで噴き出す返り血を躱す。

 死にゆく男が最期に振るった斧さえも、体をありえない角度に捻って回避すると、しなった長い足が鞭のように突出し、その体に突き刺さり、鈍い衝撃音と共に首の皮一枚で繋がっていた頭部がもげ飛び、死体はボロ雑巾のように吹き飛んだ。カリィは前に出た。


「――死ねや!」


 そこに間髪入れず、カリィ目掛け飛来した短剣と手斧。


 カリィは〝怪士ノあやかし〟をわずかに上下させ、背後にいる魔剣師の氣配を唇から出した長い舌で感知したように表情を変化させつつ、短剣と手斧を弾くと、体から<血魔力>を発し、地面を蹴る――反動で宙へ舞った。


 横合いから突撃してきた魔剣師の一閃を、宙空で身を捻って回避する。

 逆さまになった視界の中で、

 

「ニヒッ」


 と、狂氣を孕んだシニカルな冷笑を浮かべ、〝怪士ノあやかし〟を無造作に振り下ろした。

 銀の軌跡が走り、魔剣師の頭部を斜めに叩き割る。


 次に槍使いがカリィに迫った。


「舐めるな、これで終わりだ――」


 カリィは、応えず。

 宙空で両足を拡げたまま反対方向から迫っていた槍使いの一撃を背に目がある如く、体を弓なりにし、避ける。


「げっ」


 槍使いの驚く声が響く。

 カリィは、開脚のままの爪先から刃を出し、一回転。その爪先の刃が槍使いの首と頭部を通り抜けて、切断していた。


 カリィは、「<魔闘術>系統は二重程度かな、ボクたちをそれで倒そうとする気概は認めるけどサ……ちょっとねぇ――」と喋りつつ、慣性のま低空を滑走し、怪士ノあやかしに膨大な<血魔力>を通す。

 

 右手に握れている怪士ノあやかしの短剣の刃から眩い魔刃が迸ると、カリィは踊るように前に出て、腕を振るう。


 左右の手斧を持った男たちの腹を鮮やかに斬り裂く。


「「げえぁ」」


 敵の返り血で赤く染まったカリィは、<血道第一・開門>を意識し、


「痛そう……。でも、痛いからこそ気持ちイインだヨね♪」


 と、一瞬で血を吸収。

 そのまま怪士ノあやかしの刃を長い舌で舐めてから、独特のポージングで腰を怪しく捻る。


 そこに、闇を切り裂く重厚な銃声が響いた。

 魔導銃による狙撃。

 だが、その弾丸はカリィに届く直前、割り込んだ鉄の扇によって弾き飛ばされた。


 ガスマスク状の面頬から、薄紫色を帯びた魔の息が規則正しく吐き出される。

 レンショウだ。彼は閉じた鉄扇を石壁に添え、静かに殺気を霧散させた。


「……カリィ。無駄な、腰の芝居は終わらせろ。……本命が来たぞ」


 レンショウの言葉に応じるように屋根から蒼い剣閃が降り注いだ。

 狙撃班の一人を一撃で両断し、灰色のローブを翻して着地したのは、リズ・フラグマイヤー。

 彼女は蒼と黄の二振りの魔剣を構え、不敵に口角を上げる。


「待たせたわね。……シュウヤ様に伝えて。私たちも下界の『毒』に参加よ」

「了解♪」

「ふっ、ちょうど良い、魔素の氣配が増えてきたからな」


 レンショウの言葉と視線の先から、新手の魔素が増えていく。そして、漆黒の重装装甲に身を包んだ連中が姿を見せた。


「賞金首を見つけたわよ」

「あぁ、一人は、あのボサボサで間違いないだろう。マスク野郎もいやがるな、女はしらねぇ」

「ゾルダ、あのボサボサは私がもらう――」


 と、漆黒の重装装甲が両手からチャクラム状の武器をカリィに<投擲>――同時にカリィとの間合いを詰めるべく駆けた。

 カリィは、チャクラム状の武器を視る。


 迫りくるチャクラム状の武器を瞳に映すカリィは動かない。

 その額に当たるかと思われたが、カリィの頭部をチャクラム状の武器はすり抜けた。

 変わりにカリィを模っていた影と<血魔力>が霧散。

 そして、チャクラム状の武器を<投擲>したばかりの漆黒の重装装甲を着た女性の頭部は消えていた。


 影から出たように出現したカリィと怪士ノあやかしの刃が、彼女の頭部を貫き、粉砕していたからだ。


 首無しの体から、大量の血飛沫が間欠泉のように噴き上がる。その体は壊れた人形のように倒れた。


「な……」

「執行官様!」

「執行官のガイナ・ロレルアが!」

「「「ひぃ」」」

「うろたえるな、固まれ」

「はい、ゾルダ様――」

「おう、カリィ及び、光魔の連中、アッセルバインドの魔傭兵! お前たちをここで潰すのは、この、剛斧のゾルダ(・・・・・・・)だ!」


 執行官、剛斧のゾルダ(・・・・・・・)

 彼は己の姓名を名乗るや、魔力を強制吸引する大盾を構え前進――。

 カリィやレンショウの<バーヴァイの魔刃>を、その大盾で防ぐ。

 リズは退いて、標識の上に片足を付けて周囲を見ている。


 カリィは防御の硬いゾルダを避けるように、漆黒の重装装甲を着た魔剣師たちに不用意に近付く。


「舐めるな――」

「くそが、ひょろ男!」

「お前ァ、私を視るな――」


 その魔剣師たちの攻撃は宙を斬る。

 新体操選手のように体幹を意識した動きで腰を捻り両足を動かし――飛剣流進行性の剣法『神崩し』からの連携技、複数の蹴りと短剣の斬り払いを同時に連続で繰り出した。


 スキル<短剣・荒四肢>を発動。


「「げぇ――」」


 漆黒の重装装甲を着た魔剣師たちは体を斬られ吹き飛ぶ。


 ゾルダは、「お前たち!!」と叫び、重い体から魔力を噴出させ加速、カリィに近付く。

 

 身の丈を超える大斧を横に薙ぐ。

 カリィとレンショウは後退した。


「ハッ、逃げるか! 光魔の従者共!」


 と、標識を蹴って飛翔したリズの魔剣が、そのゾルダに向かうが、ゾルダは斧を掲げ、その一撃を薙ぐと、体から出た魔力が刃に変化し、リズに向かう。リズは「チッ」と舌打ちし後退。

 ゾルダは、


「アッセルバインドの流剣! お前ら纏めて平和の祭壇へ供えてくれる!」


 ゾルダの咆哮と共に大斧から放たれた衝撃波が回廊を揺らす。


 レンショウが鉄扇を半開きにし、その衝撃を最小の動作で横へと逸らすと、リズが、


「五月蠅いわね――」


 ゾルダに向かう。

 水の流れるような歩法で踏み込んだ。

 蒼い刃が盾の縁を撫で、黄色の刃が装甲の継ぎ目から魔力を焼き切る。


「無駄だッ!」


 ゾルダが大盾を叩きつける。

 だが、横壁を歩いていたカリィが、<導魔術>で操作した怪士ノあやかしを反射させた。


 短剣は盾の引力を嘲笑うように屈折し、ゾルダの背後――守りの薄い延髄へと吸い込まれる。


「なっ、背後……!?」


 ゾルダが振り向こうとした瞬間、レンショウの鉄扇が、敵の喉仏を柄頭で正確に打ち抜いた。

 呼吸を封じられ、わずかに泳いだゾルダの首筋。

 そこへ、リズの蒼い魔剣と、カリィの手元に戻った短剣が同時に交叉した。


 執行官ゾルダの巨体が泥水の中に激しく沈む。

 だが、勝利の余韻を許さぬほど、奥の闇から本物の妖氣のような魔力が立ち昇った。


 現れたのはシャムシールを抜き放った細身の男。

 右頬に入れ墨を刻んだその男は、カリィを凝然と見据え、冷たく言い放つ。


「【邪道流峰牙門】五番門弟モモア・イザクイ。……カリィ、兄弟の仇を討たせてもらう」


「アハ♪ 本物の兄弟かナ♪」

「当たり前だ……」

「イヒ♪」

 

 と、怪士ノあやかしの構えを変えてたカリィ。

 それは、かつての【邪道流峰牙門】の三番門弟ホクン・イザクイと似た構えだった。

 その構えを見たモモアは唇を震わせ、


「ふざけるなよ、お前……俺たちの……」

「シャムシールのじゃどう、ちゅうにきばもんだったっけ、ゲハハ、あ、またボクに殺されに来たのカナ?」

「うがぁぁぁ――」


 モモアは怒りのままの剣術に見えたが、シャムシールは加速し、避けきったと油断したカリィの鼻先を切る。カリィの鼻先から血飛沫が噴出。


「痛ィ……」


 悪態笑顔(カーススマイル)から色が消え、人形のような無機質な瞳に力が宿った。

 リズが蒼い魔剣を構え直し「馬鹿カリィ、油断しすぎ――」とモモアの前傾姿勢に合わせ、魔剣を突き出す。モモアは半身でシャムシールの刃で受け止め弧を描く。リズの蒼い魔剣を回すようにシャムシールの刃がリズに向かうが、リズも横に体を捻りながら蒼い魔剣の角度を変え、左手から短剣を突き出す。

 モモアはそれを見て、シャムシールを下げ、短剣を弾きながら横に回りシャムシールを振るう。

 そのシャムシールの刃をリズは蒼い魔剣を下段に置き防ぐ、瞬く間に、十合を打ち合いとなった。

 

 蒼い残光とシャムシールの衝突音が、激しい火花と共に回廊に鳴り響いた。


 リズの鋭い突きを、ホクンは踵を軸にした横回転で紙一重で避ける。

 そこへカリィが自ら囮となって懐を晒し、突進した。


「囮かッ!」


 モモアがシャムシールを振るう。

 だが、カリィの手元から怪士ノあやかしが消えた。<影導魔>の理と膨大な<血魔力>が彼の視界、頭部を奪うと――ヒュンッと音が響く。


 幻影と<血魔力>に目を奪われたモモアの眉間に実体を持った銀の刃が深々と突き刺さった。


「……ぁ、これ……」


 モモアが寄り目になり、眉間を突き抜けた刃を見て絶句、「た、たまごぉ」と狂氣さを現すような奇怪な言葉を残し、その場に崩れ落ちる。

 カリィは<導魔術>で短剣を手元に戻すと、刃にこびりついた血を舌で舐めた。


「うひゃ、たまごってなんだろう♪ 卵焼きが食べたかったのかな。でもウン♪ リズちゃんは、これを見て生き残った貴重な一人だヨ♪」


 レンショウは鉄扇を閉じ、面頬から深く魔の息を吐き出す。

 彼は右の人差し指を宙に動かし、赤い血文字を綴った。


『盟主、執行官および邪道流の残党を解体。平和の邪魔をするネズミの巣を一つ、更地にした。カリィとリズと協力し、このまま、新型の誘導標の破壊を試みます』

『盟主様♪ 死神サンが〝今日のダンスは最高だったヨ〟って笑ってルンだ♪ お土産は、新鮮な強者の命にしておいたネ♪ ニヒヒ♪』


 宙空を漂った血文字が霧散し、魔塔ゲルハットにいる主へと届けられる。

 三つの影は、セナアプアの更に深い闇へと、音もなく消えていった。



□■□■



 ここはセナアプア上界。

 サーマリア王国使節団が占有する魔導要塞化した貴族館の一室。

 無機質な魔石の光が明滅する監視室で、アルフォードは巨大な水晶球の前に座していた。


 彼の双眸には、術式によって展開された<千里眼>の視界が多層的に映し出されている。

 セナアプア全域を網羅する魔力の奔流。その中の一筋――下界の鉄錆の回廊アイアンラスト・コリドーで、凄まじい「死」の収穫が行われたのを、彼は静かに観測していた。


 ……相変わらずだな、カリィ。

 死神を隣人に選ぶ君のダンスは、相変わらず悪趣味で、そして正確だ。


 水晶球の隅、誰にも氣づかれぬよう隠蔽された領域。


 そこには、執行官ゾルダが泥水に沈み、邪道流のモモアが眉間を撃ち抜かれる光景が鮮明に記録されていた。カリィの不氣味な悪態笑顔(カーススマイル)と、レンショウの面頬から吐き出される重厚な魔の息。そしてリズの魔剣が描く蒼い軌跡。


 アルフォードは無表情のまま、水晶球に触れる指先をかすかに動かした。

 執行官たちの死という事実をノイズで上書きし、本部に届く映像には、


『下界の不審火は小規模な抗争として鎮圧済み』


 という偽のログを流し込む。

 そこに、


「――アルフォード。下層三区の魔力反応にラグがある。どこを見ている?」


 背後から冷徹な声が響いた、

 振り返らなくとも分かる。


 ロルジュ公爵直属の魔導憲兵、監察官ガレデだ。

 人の魂の揺らぎを検知する能力を持つ、組織の毒針。


 アルフォードは心拍を強制的に一定に保つと、自身の魔力を削って投影領域を瞬時に偽装した。


「……何でもありません。魔力吸収装置の稼働により、下界の観測精度が一時的に落ちているだけです。現在は上界の、和平会合会場である【天空閣】への搬入路を重点的に監視しています」


 アルフォードの声は、氷のように平坦だ。

 ガレデはアルフォードの背後に立ち、その細い肩に手を置いた。


「ほう……お前の<千里眼>に死角はないはずだが?」


 耳元で囁かれる冷徹な響き。


「もし、不都合な真実を隠しているのなら……公爵閣下は『目』のスペアなど幾らでも持っておられることを忘れるな」


 肩に食い込む指先から探査の魔力がアルフォードの内面へと侵入してくる。

 アルフォードは歯を食いしばる代わりに、自身の脳裏に『忠実なるサーマリアの魔術師』としての偽装記憶を走らせた。

 

 私の命は、君たちの『掃除』の速さに懸かっている。

 精々、死神に愛され続けることだね、カリィ……。


 アルフォードは監視の目を欺きながら、自身の〝指〟に仕込んだ極微細な通信術式を起動させた。

 下界を走るカリィのブローチ、あるいは通信用の〝乾いた指〟へと届く、秘匿された周波数。


『……次の拠点は制御室直下、第四ダクト。本隊の指揮官は、邪道流の『師範代』クラス……急げ、カリィ』


 ガレデが不審げにアルフォードの顔を覗き込む。

 アルフォードは瞬き一つせず、水晶球に映る『平和な偽の街並み』を指差した。


「……監察官。和平の『火種』は順調に育っています。会合の調印式まで、この平穏を維持するのが私の任務です」

「……ならばいい。余計な『観測』は命を縮めるぞ」


 ガレデが手を離し部屋を去る。

 アルフォードは耳を澄ませ、その足音が消えるのを待つ。

 そして、一度だけ深く熱を帯びた息を吐いた。


 アルフォードの扱う水晶球の中では、カリィが宙空に指を滑らせ――【天凛の月】の盟主へと血文字を送るのが見えた。

 

 死闘を繰り広げる現場と薄氷を踏む観測室。

 二つの影が噛み合うセナアプアの闇は、更に深く残酷に加速していく。



続きは明日、HJノベルス様から「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。

コミック版1巻-3巻発売中。

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