二千百一話 魔料理の宴と姉妹の愛と槍使いムー
彼女たちの背中を見送った後、傍らにいる眷族たちへ向き直る。
「さて、料理だが、砂城のフクナガとディーたちにも声を掛けようと思う。せっかくの特殊な『溶岩魚』だ。専門家の魔料理で盛大な宴にしたい」
すると、蒼い瞳を輝かせたレベッカが両手に蒼炎を発生させながら、ポンと、その掌を手で叩き、
「――賛成! フクナガさんの魔料理なら楽しみよ!」
エヴァが俺の袖をちょんと引き、
「ん! 賛成。皆のためになる。楽しみ」
と、同意を示す。
「うん、能力も上がるし、キッシュたちも楽しめるのは良いこと!」
「そうですね。フクナガの魔料理は美味しいですし……ふふ、思い出すだけで、口の中に涎が……」
キサラが口元を上品に拭いながらも、その瞳は完全に獲物を狙う肉食獣のそれに変わっている。
ヴィーネも銀髪を揺らし、深く頷いた。
「はい、ポリンガム独立都市で観光した成果を皆に体験してもらいましょう」
「そうだな」
「「うん!」」
皆の賛同を得たところで広場の上空に鎮座している砂城タータイムへと視線を向けた。
すると、タイミングを見計らったかのように城門の前に白銀の道が出現。
そこから白い割烹着に身を包んだフクナガが現れた。堂々とした足取りで降りてくる。
頭に白い鉢巻きを巻いている。見た目は中年のいぶし銀のおっさんだ。
フクナガは俺の姿を認めると職人の厳しい顔つきから一転、精悍な顔立ちを引き締め恭しく一礼した。
「主様、勝利と凱旋、心より慶賀の至りに存じます」
「おう、フクナガ。鼻が利くな」
「はっ、大氣のリズムと……何より、この香ばしくも熱を帯びた極上の食材の匂い。料理人の血が騒ぎましたゆえ」
フクナガの視線が、積み上げられた魚へと流れる。
その目元には、料理人特有の優しさと鋭さが同居していた。
「ボンとルビアたちが『溶岩魚』を大量に釣り上げてくれたんだ。こいつを使って、宴の魔料理を頼めるか?」
「エンチャント!」
ボンが親指を立て『いいね』的な『バッチグー』のジェスチャーを行う。
フクナガは皆と会釈しつつ、「これがセラの地下深くの……熱に生きる……」とボソボソ言いながら、魚へ近づき、その身を愛おしげに確認すると、「おぉ……ひれが……鱗に……お!」カッと目を見開き、
「なんと……!」
フクナガの呼吸が少し荒くなり、
「……見事な『溶岩魚』でございますな。その身は高熱を宿しながらも脂が乗り、刺身にすれば氷のような冷涼感を、焼けば爆ぜるような旨味を持つ……」
感嘆の声を漏らしているが、もう料理の構想と味を理解しているのか、似たような魚を知っているんだろう。嬉しそうに数回頷いてから、再び俺に向き直る。
「主、私の持つ『オオザクラ』伝来の包丁捌きと最新の魔調理法を融合させ、この溶岩魚の生命を皆様の力へと昇華させてご覧に入れましょう。包丁が、獲物を求めて鳴っておりますな!」
フクナガは静かな闘志を燃やすように腕まくりをすると、ディーと配下の料理人たちに的確な指示を飛ばし始めた。その頼もしい背中を満足げに眺め、広場の設営を手伝うことにした。
◇◇◇
数刻後。
サイデイルの広場は、祭りのような熱氣と極上の香りに包まれていた。
フクナガの豪快かつ繊細な魔料理とディーの進化した魔料理がテーブルを埋め尽くしている。
メインディッシュの溶岩魚は、刺身、塩焼き、香草蒸しと、様々な姿で並んでいた。
湯上がりで頬を赤らめたヒミィレイスは、席に着くなり目を輝かせた。
「……これが、シュウヤ様たちの食事……」
彼女はフォークを手に取り、飴色に輝く溶岩魚のソテーをそっと口に運ぶ。カリッという小気味よい音と共に一瞬で表情が蕩けた。
「んっ……美味しい……! 皮は香ばしいのに、身は驚くほどふわふわで……熱い脂と共に、力が体の奥底から湧いてくるような……」
夢中で食事を進めるヒミィレイス。
その隣に、そっとラライセが腰を下ろした。
「ヒミィレイス、体の具合はどうなのだ?」
ラライセが優しく問いかける。
「お姉ちゃん……平氣だって、むしろ、体が軽いくらいなんだから」
「軽いか。意外だが、でも無理はしないでくれ、人族なんだから」
「分かってる。最初は戸惑ったけど、すぐ慣れるみたいね」
ヒミィレイスの語りに、ヴェロニカは頷いた。
一方、ビュシエは右の席で、フー、エトア、アドゥムブラリ、ハンカイたちと魚料理を食べながら、その美味しさについて語っていた。
ファーミリアは、
「光魔ルシヴァルの<血魔力>を入れた『ルグナドと宵闇の灯火王冠』の効果は、宵闇の指輪と、ほぼ同じなのですね?」
ヒミィレイスは、
「……そのはずです。後になって分かる不思議な感覚ですが、……光魔ルシヴァルの<血魔力>は私を守るように、触れず、ルグナド様とレブラ様の魔力を強めていたように感じました」
「「へぇ」」
と、皆でざわつく。
【血の守護騎士団】の吸血鬼たちもヒミィレイスの復活は不思議なんだろうな。
ラライセは、
「他の血抜きが可能な魔道具が、己の精神と体と同じならば、吸血鬼に戻るのも、また三回のみか」
その言葉にヒミィレイスはフォークを止め、自身の胸に触れながら頷いた。
「はい。種族の理を書き換える転換は、三度きり、脱出に一度使ったから、あと二回……実質的な機会は残り少ないわ」
「……そう」
ラライセは真剣な眼差しで妹を見つめ、
「もし、吸血鬼に戻りたくなったら言ってね。私の血を分けて<筆頭従者>の一人に迎える。姉妹の血なら、拒絶反応も少なく馴染むはず」
「姉上の血……」
「ふむ、やはり最善は吸血神ルグナド様の元へ参じ、本来の力を取り戻すことが良いか。そのほうが<筆頭従者長>の<血魔力>もすぐに取り戻せよう」
姉の血を分け合い、姉妹として生きるか。
かつての主、神の元へ帰還するか。
ラライセは姉として、妹に可能な限りの道を示した。
しかし、ヒミィレイスはふわりと微笑んだ。
「ありがとう、お姉ちゃん。でも、今はいいの」
彼女は再び、湯氣の立つ料理に慈しむような視線を落とす。
「この『人族』としての脆くて愛しい感覚を、もう少し味わいたい。お腹が空く切なさ、それを満たす幸福、肌を撫でる夜風の冷たさや、隣にいる誰かの温もり……吸血鬼の時には忘れていた、たしかな『生』と『光』の輪郭を感じていたい……それに、ルグナド様との記憶も、この限りある命の体で、ゆっくりと整理したい……皆も、期待に添えずごめんね」
ヒミィレイスはラライセと【血の守護騎士団】の吸血鬼に謝る。
ラライセは、
「……分かった。お前がそう望むなら、私は見守るだけ」
「はい、謝らないでください、ヒミィレイス様!」
「そうです。平和を噛みしめる、今はそれだけで良いです!」
「そうです! どのようなことになろうとも、ヒミィレイス様は、私たちと家族!」
ナナイとパシィノと吸血鬼たちの温かい言葉が連呼した。
心がほっこりとする。
「ふふ」
ラライセは穏やかに微笑み、妹のグラスに果実水を注ぎ足した。その様子を少し離れた場所で見守り、何も言わずに魚の身を頬張った。
◇◇◇
翌朝。
早朝の澄んだ空氣が満ちる中、サイデイルの自宅のログキャビンと広場前にある訓練場にいた。
目の前には、構えを取るムーの姿がある。
以前、俺が<南華魔仙樹>を加工して作った義手と義足を嵌めている。
今、一瞬、本物の肉体のように見えた。
それだけムーの体に馴染んでいるんだろう。
樹皮の表面にはかすかな魔力の脈動が走り、義手と義足から魔界八賢師セデルグオ・セイルの秘術書を読んで取り込んだ無数の魔糸を放出させている。
ムーは愛用の樹槍を構え、切っ先を俺の喉元へ向ける。俺もまた、<南華魔仙樹>を操作し、同質の樹槍を生成して構えた。
「……ふぅー……っ」
ムーから放たれる気迫は以前とは別物だった。
ただ闇雲に力を振るう粗暴さはない。
地を掴む足裏、安定した重心、深く整えられた呼吸。まさに『愚王級魔人武術指南書』の理を体現しつつある。
「いい顔だ。来い、ムー」
俺が手招きすると同時、ムーが動いた。
――速い。
義足で地面を蹴ると爆発的な加速を生む。
魔界八賢師セデルグオ・セイルの魔糸の効果を活かした踏み込み――。
地面から魔力を吸い上げているようにも見えた。
「っ!」
繰り出されたのは、樹槍の風槍流の<刺突>。
インパクトの瞬間に樹槍を捻り、柄に回転を加えて貫通力を高めている。
それを<風柳・中段受け>で受け止めた。
ムーは樹槍を前に出しながら左腕で拳を突き出す。 腰から腕に魔力が伝搬している見事な突き。
『愚王級』の武術か。
それを掌で受け止めた。
バヂィン! と重い衝撃が掌底に走った。
「やるな。重い一撃だ」
「っ!」
ムーは受け止められたことを予期していたのか、即座に義足を軸にして回転。
遠心力を乗せた下段回し蹴りと、樹槍での一閃。
樹槍で下段回し蹴りを弾き、槍を柄で受け止める。
ムーは樹槍からパッと手を離し、後退――否、魔糸だ。見えない糸で操作された樹槍が生き物のように頭部に迫る。
そして最上段からの強烈な振り下ろしを紙一重で弾いた。ムーは俺の足を狙うように下段に樹槍を差し向けたが、それを余裕の間で避ける。
ムーは俺を追うように横へと駆け、一閃。
それを<風柳・中段受け>で受け、反撃の<風研ぎ>を繰り出す間だが、あえて、踏み込みだけを行うと、ムーは退き、魔糸を絡ませた樹槍を<投擲>してくる。
それを<風柳・上段受け>で弾く。
と、横機動から跳躍したムーは、弾かれた樹槍を魔糸で引き戻し、宙空でガシッと掴む。
その勢いのまま、遠心力を乗せた横一閃の薙ぎが俺の側頭部を狙う――。
その一閃を<風柳・上段受け>で受け止めた。
なかなかの重さと衝撃だったが、それを流す。
ムーは続け様に、義足と義手から太い魔糸での突きを繰り出した。
まだまだだが――新しい。
二重の刺突の要領か――。
それを樹槍の柄で受け、ムーの回転下段回し蹴りを見るように後退し、樹槍の一閃を、風槍流『下段受け』で受け弾き、ムーの魔糸を掴み引き、義足と素の足を樹槍で叩くと、ムーは転倒せず、宙空で一回転し、魔糸を背後に放出し、地面につけた魔糸で己の体勢を直しながら後退していた。
義足の硬質さと、しなるような柔軟性。
ムー独自の槍の生きた動き。
攻撃の軌道も読みにくくさせていた。
ムーは呼吸がもう荒いが。
――嬉しさを覚えた。
風槍流を軸にムー独自の槍使いに成長している。
「ムー、疲れたなら休むか?」
「っ!」
ムーは前進。
ムーが前進する。右手から左手へ、流れるように樹槍を持ち替え、穂先を左右に揺らめかせながら間合いを詰めてくる。思わず口元が緩む――。
あれは、風槍流『連礼穿槍』の予備動作。
俺も使えばスキル化はされるだろう。
槍術の基本「らん・拿・扎」の一部――その理の一部を垣間見た気がした。
首をわずかに傾け、鋭い突きを躱すとカウンター気味にムーの懐へ滑り込み、軽く肩へ掌打を放った。
首をわずかに傾けそれを躱し、カウンター気味にムーの懐に入り、軽く肩を突き飛ばす。
「ぐっ……!」
ムーは体勢を崩しかけるが、義手の指と魔糸を地面に突き立て、またも、強引にブレーキをかけた。
<南華魔仙樹>の指と魔界八賢師セデルグオ・セイルの魔糸が根のように地面に絡み、バネのように跳ね起きたムーは再び構えを取る。
素直に凄い。
だが、ムーは樹槍を下ろして、体を弛緩させると、ふらついて腰を落とした。
ムーは額の汗を拭っている。
「ムー、大丈夫か?」
「……」
ムーは微笑を浮かべ、頷く。
「素晴らしいバランス感覚だ。義手義足と魔糸を完全に体の一部になっているな」
「っ!」
ムーは嬉しそうに笑った。
その瞳から、強くなることへの純粋な喜びと師への敬愛を感じた。
満足げに頷くと、もう一度、愛弟子の頭をガシガシと撫でてやった。
「ンン――」
相棒の黒豹がムーに頭部を寄せていく。
黒豹は少し大きいから、ムーは押されていたが、「っ!」と息を少し荒くしては、満面の笑みで、その豊かな毛並みに顔を埋めていた。
戦いの緊張が、暖かなモフモフに溶けていく。
相棒もそのままムーに体を預けていた。
その微笑ましい光景に、
「はは」
と声を出して笑った。
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