二千九十八話 陽槍ルメルカンドの入手と石像のヒミィレイス
陽槍ルメルカンドか。魔槍杖バルドークや神槍ガンジスと同じぐらいかな。
重さをまったく感じさせない。
「ンンン――」
黒豹が、黒猫に戻り、肩に乗っては陽槍ルメルカンドに前足を伸ばす。
「ロロ、落ち着け」
「ンン、にゃお~」
ヴィーネが、そんな相棒の頭部を撫でてから、
「――ふふ、まさかのルメルカンド様の名が付く陽槍の入手を、ここでとは、驚きです」
感嘆の声を漏らした。
たしかに。キサラも肩にいる黒猫を撫でてから陽槍ルメルカンドに指を当て、
「はい、あ、シュウヤ様はネーブ村で水鴉にも選ばれている。そして、この鴉の印と模様といい……」
「うん、穂先の中心は、小さな太陽のようだし、まさに、光属性の武器の証明よね」
「「たしかに」」
「「「はい」」」
「はい、柄に刻まれている鴉の模様は、光神ルロディス様のマークと瓜二つの太陽を意味する印です」
「まさに、太陽神ルメルカンドの神槍か聖槍ですね」
皆も陽槍ルメルカンドを凝視しては、黒猫を撫でて遊び出す。
エヴァは、黒猫の鼻先をちょんちょんと人差し指で触ってから、陽槍ルメルカンドの柄を見て、「ん、キサラも言ったけど、水鴉。ネーブ村のお婆さんの言葉を思い出す」と発言。
「そうだな」
「はい、廃れた神、古い神の名としてのルメルカンド。ゼンアルファ婆は、光神ルロディス様と同一視、または兄弟か親戚とも仰っていた」
メルの言葉に皆が頷いた。
握っていた柄の表面からは鴉の羽が生まれ、風を受けてひらひらと飛翔していくアニメーションが起きている。
「ンン」
黒猫が喉声を鳴らし、右前足を陽槍ルメルカンドに伸ばす。その催促に応じて、陽槍ルメルカンドを鼻先に寄せてあげた。相棒は小鼻の孔を拡げ窄め、柄の匂いをフガフガと嗅ぐと、右前足の肉球を柄に付けた。柄の表面を移動していく鴉の羽根は、相棒の前足から逃げるように移動していくが、それを逃がしまいと、肉球を何回も柄に押し当てていく。「ンン」と喉声を鳴らして、柄を叩き始めた。
「はは、柄の模様だから、この羽根は捕まえられないぞ?」
「ンン」
黒猫は喉声のみで、柄の表面を飛翔するようにアニメーションしている羽根を捕まえようと必死に前足を前後左右に動かしていく。とてとて、と足踏みをするようなその姿は愛らしいが、爪が立つたびに「キィン」と硬質な音がかすかに鳴る。「にゃ」と黒猫も反応していた。
神槍としての強度が窺えた。恐る恐る触ろうとしている相棒のピンクな肉球が可愛い。
それにしても……穂先もだが、この柄の模様は美しくて、芸術的だ。
そして、掌に伝わるのは<血魔力>と馴染む柔らかな熱。陽の氣を含んでいながら、俺の闇にも寄り添うような不思議な感覚がある。
近くで見ているレベッカが、
「陽槍ルメルカンド、鴉が石突の部分に納まったけど、太陽神の使いとして使役したってこと?」
レベッカの言葉に頷きつつ、
「そうなる。相棒、少し陽槍ルメルカンドを離す、動かすぞ」
「にゃ」
黒猫の肩の上でエジプト座りに移行する。
柄の握りを<握吸>と<握式・吸脱着>を使い。調整し、陽槍ルメルカンドを皆に見せてから、
「……石突の鴉は意識して使える――」
陽槍ルメルカンドの石突を掲げ、鴉を念じると石突に留まる黄金の鴉が飛び立ち、「カァッ」と短く鳴きながら飛翔していく。
「「「おぉ~」」」
同時に陽槍の穂先からフレアのような光の粒子が溢れ出た。
獄魔槍のグルド師匠が、
「あぁ、それにしても、敵の【暗夜十三の執行者】の魔槍使いも手練に見えたが、たいそうなもんを持っていたな」
「はい」
「<光神の導き>とも同期している。それに、この鴉……ただの飾りではない。俺の魔力に反応して、槍の威力を増幅させているのが分かる」
陽槍ルメルカンドを垂直に立て、石突を岩盤に軽く突いた。
キィィィィィィィンッ! と、澄んだ高音が陥没地帯に響き渡る。
胸の<光の授印>が、その音に呼応して脈動を一つに重ねた。
「ンン、にゃぉ」
黒猫が陽槍と黄金の鴉を不思議そうに見上げている。
黄金の鴉は相棒を恐れる様子もなく、親愛を示すように首を傾げた。
「シュウヤ、それだけの光属性を纏って……吸血鬼の騎士たちは大丈夫?」
レベッカが少し離れた位置で待機しているラライセたちを気遣う。
見れば彼女たちは歓喜に沸きつつも、陽槍から放たれる清浄な光に怯えて一定の距離を保っていた。
「……そうだな。これ以上の解放は、吸血鬼たちには毒か。一旦、槍を戻そう」
念じると陽槍ルメルカンドは再び光の粒子へと分解され、腰のベルト――アイテムボックスへと吸い込まれていった。
同時にアンクルも黄金の鴉から元の銀の形に戻り、足首にフィットした。神聖な圧迫感が消えると、ラライセが安堵したように胸を撫で下ろし、こちらへ歩み寄ってきた。
「シュウヤ様、失礼いたしました。あまりの神々しさに、魂が震えてしまい……ですが、これでまた一つ、闇神の勢力を挫くための大いなる力が、閣下の手元へと渡ったのですね」
「あぁ。キルアニスとの決着、そしてこの武具。大きな収穫だ」
肩の竜頭装甲を操作し、戦闘用の軽装から旅用の服装へと微調整する。
周囲を見渡せばゼメタスとアドモスが【闇神異形軍】の死体から魔石や素材を回収する作業を終えようとしていた。
「では、すぐそこのエイジハル血院に行こう。石化しているヒミィレイスがどうなっているか氣になる」
「「はい!」」
「敵も石化しているヒミィレイスの像をそのままにするのもオカシイですからね」
「……それは、はい。【血の源泉の間】も利用され尽くされているでしょうし、破壊されていてもおかしくないですね。ただし、ヒミィレイスの像の一部でも残っていれば、復活のチャンスはある」
「やはり、あるんだな」
「はい」
ラライセの瞳は力強い。
頷いた。
東の回廊から地続きのエイジハル血院に足を踏み入れる。
かつては吸血神ルグナド様の加護を受けた神聖な場所だったのだろう。
だが今は、鼻をつく腐臭――。
ヘドロが発する酸鼻なガスか?
そして、それらが、こびりついた闇の魔力の残滓と混じり合い、呼吸をするだけで肺が焼けるような錯覚を覚える、そんな廃墟と化していた。
床には引き裂かれた高価なタペストリーが泥にまみれて踏みつけられ、壁の銀細工の燭台は無惨にねじ曲げられている。
ここを拠点としていたカイムやレヴェルフォードたち【暗夜十三の執行者】が、この場所を単なる実験場や防衛拠点として使い潰していたことがよく分かる光景だ。
「……酷い、有様です」
隣を歩くラライセの声が震えている。
彼女の蒼い瞳は、汚された故郷の惨状を映し、怒りと悲しみで揺れていた。ファーミリアも唇を噛み締め、サンスクリットの血霊剣の柄を強く握りしめている。
「……妹は、ヒミィレイスは、最深部の【血の源泉の間】にいるはずです」
「あぁ、急ごう」
警戒を怠らず、しかし足早に回廊を進む。
道中、逃げ遅れたのか、あるいは捨て駒にされたのか、数体の異形の魔族や、実験の成れの果てと思われる肉塊が襲いかかってきた。
「――邪魔だ」
魔槍杖バルドークを振るうまでもない。
前衛に出たユイが<銀靱・壱>の速度で肉薄し、双剣で瞬時に切り伏せる。ヴェロニカがベイホルガの頂で一閃、ヴィーネの放つ光線の矢が、影に潜んでいた敵を正確に射抜いた。キサラがダモアヌンの魔槍で<刃翔刹閃・刹>――。
相棒も「にゃご!」と鳴いて、天井から落ちてきたスライム状の敵を紅蓮の炎で焼き払う。
ゼメタスとハンカイとバフハールも突撃。
アドモスはフーとベネットを守るように右側前衛を務めていいく。
雑魚を蹴散らしながら進むこと数分。
前方に、一際巨大な両開きの扉が現れた。扉の装飾は破壊され、半開きになった隙間からドロリとした不快な魔力が漏れ出している。
「ここです……!」
ラライセが叫ぶと同時に中へと踏み込んだ。
そこは、広大なドーム状の空間だった。
中央にはかつて神聖な血を湛えていただろう巨大な泉がある。
だが、今のそこにあるのは、ボコボコと不気味な泡を立てる黒いヘドロの沼だった。
そして、その中心にある祭壇――。
「……あぁっ!?」
「ヒミィレイス……!」
ラライセとファーミリアの絶叫が響く。
俺もまた、その光景に息を呑み、次いで腹の底からどす黒い怒りが湧き上がるのを感じた。
祭壇の上には一人の女性の石像があった。
恐怖と決意が入り混じった表情で固まった美しい女性の像。
だが、その肢体は冒涜されていた。肩に、腹に、そして太腿に――数本の太い、漆黒の杭が無惨にも打ち込まれていた。鎖のような呪いの紋様が伸び、像全体を雁字搦めに縛り付けている。
石化してなお、その痛みが伝わってくるかのような光景。
石化した体を貫くように打ち込まれた杭は入念だな……。やはり<血魔力>の研究に色々と利用されていたのか。〝堕光使エラリエース〟のことを思い出す。
「……カイムたちの仕業なのよね」
レベッカの震えた声にラライセは応えない。
頷いた。カイムたちがここを去る際、あるいは滞在していた間に彼女を単なる魔力の供給源か<闇の血魔力>の実験材料として扱っていた証拠。
石化して意識がないとはいえ、これほどの冒涜があるか。
「ンンゥ……」
相棒も低く唸り、毛を逆立てている。
ヴィーネやキサラたちも、言葉を失い、ただ殺氣を鋭くした。
その時、泉のヘドロが大きく盛り上がった。
主を失ってもなお、侵入者を排除しようとする防衛機能か、それともカイムが残した最後の嫌がらせか。黒いヘドロが巨人の形を成し、ヒミィレイスの像を守るように、あるいは人質に取るように立ちはだかる。
「……ラライセ、ファーミリア。キサラもだが、あのヘドロは俺たちがやる。お前たちは、ヒミィレイスの元へ行け」
「シュウヤ様……!」
「あの杭を抜くんだ。あんなもの、一秒でも長く刺しておきたくないだろう?」
「……はいっ!!」
ラライセとファーミリアとキサラが弾かれたように翔ける。
ヘドロの巨人が彼女たちを狙って腕を振り下ろそうとするが――。
「させるかよ――」
<血道第三・開門>――。
<血液加速>で一氣に加速。
間合いを詰め、魔槍杖バルドークを突き出す<風研ぎ>の鋭い一撃がヘドロの腕を弾き飛ばした。
「ヘルメ! この汚い泥を洗い流せ!」
「はい、閣下! このエイジハルの聖域を汚す不浄……許せません!」
常闇の水精霊ヘルメが霧散し、広範囲に展開する。
ヘルメの体そのものである清冽な水流が濁流となってヘドロの巨人へと襲いかかる。更にレベッカの<光魔蒼炎・血霊玉>と、エヴァの白皇鋼の刃が、再生しようとするヘドロの核を次々と粉砕していった。
女帝槍のレプイレス師匠と雷炎槍流シュリ師匠も前に出て、魔槍で、ヘドロを始末していく。
俺たちの援護を受け、ラライセとファーミリアが祭壇へと辿り着く。
ラライセは涙を流しながら、それでも氣丈に、ヒミィレイスの石像に打ち込まれた杭へと手を伸ばした。
「……今、外してあげるわ……っ!」
彼女の手が杭に触れた瞬間、バチバチと拒絶のスパークが走る。
だが、吸血神の眷属としての誇りが、痛みを無視させるように掴む。
メリメリと音を立てて一本目の杭が引き抜かれた。
ファーミリアも反対側から杭を掴み、引き抜いていく。
だが、ラライセは最後に残った杭を触り、
「最後の大きい杭は、くっ、こんなモノが、カイムたちはだからここに妹を残して」
ヘドロの巨人の残骸を神槍ガンジスの<光穿>で消滅させ――祭壇へと跳んだ。最後の、最も太い杭はヒミィレイスの心臓を穿つかのように胸元に深々と刺さっていた。姉であるラライセの手は拒絶の闇に弾かれ、ファーミリアは光魔ルシヴァルの<血魔力>で闇の杭のみを蒸発させようと試みるが、大切な友への余波を恐れて手が震えている。
ヒミィレイスは吸血神ルグナドの<筆頭従者長>。下手に力を注げば、本体ごと砕け散りかねない。
「――俺がやろう」
「はい!」
ラライセたちの間に入り、その禍々しい杭を<導想魔手>で掴んだ。
慎重に<光神の導き>と<聖刻ノ金鴉>の力を込める。
光が、杭に込められた闇神の呪いを焼き尽くしていく。
「ふんッ!」
氣合と共に引き抜く。
カラン、と乾いた音を立てて、蒼い炎に包まれた漆黒の杭が床に転がった。
すべての杭が取り除かれたヒミィレイスの石像。
だが、石化の呪いは骨の髄まで浸透し、その美しい顔は凍りついたままだ。
「……ヒミィレイス……」
「あの時のまま……」
ラライセとファーミリアが、石像に縋り付く。
クナが、
「闇神リヴォグラフの闇属性の浸食ですね」
「あぁ」
この強力な闇属性の解くには、対極の強烈な光属性であれば解ける。
しかし、相手は吸血鬼。生半可な光では届かず、かといって太陽のような強力な光を浴びせれば呪いごと彼女自身を灰にしてしまう。
ラライセはファーミリアとキサラと目を合わせ、頷く。
「では、お願いできますか」
「はい、〝血の魔札エイジハル〟を出します」
「〝ルグナドと宵闇の灯火王冠〟を使います」
ファーミリアが己のアイテムボックスから取り出したのは、七色の宝石が輝く王冠型のアイテム。かつて〝ルグナドの灯火〟と呼ばれ、吸血神ルグナド様と宵闇の女王レブラ様との契りを経て、光魔ルシヴァルの<筆頭従者長>となる際に、進化した至宝、〝ルグナドと宵闇の灯火王冠〟。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻ー20巻」発売中。
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