二千九十五話 暗夜十三の執行者キルアニスとの戦い
エイジハル血院へと続く湿った地下回廊を神獣ロロディーヌに乗って進むこと数十分。
洞窟の形状を見ながら、砂城タータイムが展開できるところがあれば、形成はこちらに一氣に傾くが……。
「シュウヤ様とロロ様、そろそろです。右に見える崖下に降りましょう」
ラライセの言葉が響く。
相棒の巨大な右耳の端にいるファーミリアが、
「はい、もうエイジハル血院の範疇、東側の地下街道から連なる大回廊です。ここはかつて……」
と、言葉を継いだ。
その言葉に、相棒の頭部と背に待機している【血の守護騎士団】たちがざわついた。
ファーミリアは、懐かしさと苦渋の混じった表情で洞窟の地形を見つめていく。
ラライセは、
「――私たち【血の守護騎士団】が、最後の一兵まで抗った『断絶の緩衝地』。そして、吸血神ルグナド様を信奉する多くの同胞が、あの執行者共の手によって『処理』された場所です」
「はい」
神獣ロロディーヌはゆっくりと降下し、沿った岩の低空を飛翔して進む。
崖下へと視線を向ける。ロロディーヌは上部に持ち上がった岩に四肢を付け、音もなく蹴って飛翔、闇に閉ざされた崖下へと優雅に跳躍し、着地した。
「処理とは、それを切り抜けたからこその今。しかし、当時のヒミィレイスを巡る戦いは、厳しかったんだな」
「はい、妹は私たちを守ってくれた。そして、セラ側の【闇神異形軍】、その中でも【暗夜十三の執行者】は強敵です」
頷く。
最近になって【暗夜十三の執行者】との名を聞くようになった。
オセべリア王国での激闘と【幻瞑暗黒回廊】で戦っている大魔術師たちを想起し、
「闇神リヴォグラフの軍勢だが、魔界側と惑星セラ側の【闇神異形軍】。そして、【幻瞑暗黒回廊】に展開している【異形のヴォッファン】だったか。オセべリア王国の戦いでは【異形のヴォッファン】の一番隊隊長ライゾウを仕留めた」
「「おぉ」」
数度目の話題だが、ラライセと【血の守護騎士団】たちはこのことを聞くと歓声を発して喜びを顕わにする。
それほどに有名な相手が【異形のヴォッファン】の一番隊隊長ライゾウだったということか。
「はい、素晴らしい成果。【幻瞑暗黒回廊】にて、【異形のヴォッファン】の戦力と、人族側の、魔法ギルド【魔術総武会】の大魔術師たちは、今でも戦っているはず」
ラライセの語りに皆が頷くと、そのラライセは、
「そして、これから遭遇するであろうセラ側の【闇神異形軍】、その中でも【暗夜十三の執行者】という名の組織は、軍隊というよりは、特定の目的を完遂するために研ぎ澄まされた『特殊戦グループ』に相当します」
と語る。かつて日本で聞いた特殊部隊のそれによく似ていた。
ファーミリアは、
「個の武勇もさることながら、頼るのではなく高度な連携と役割分担をこなす。……ある者は空間を封鎖して逃げ道を断ち、ある者は認識不能な速度で急所を穿つ。彼らは敵対した戦力を、的確に、そして効率的に排除しようと動く」
必殺仕事人も思い出す。
「……プロの殺し屋集団ってわけか。カイムとレヴェルフォードが強いとは数回聞いたが、槍使いもいるんだな」
ファーミリアと並走するラライセたちが、強く頷いた。
「はい。四眼四腕の魔槍使いキルアニス。ヴァクリゼ族、シクルゼ族、デクルゼ族の血の系譜を持つ魔族でしょう。圧倒的な手数と<壊死の魔眼>を得意としている。当時、我々の防衛陣地の幾つかは、彼により『解体』された。生きている者が少ないので情報はその程度、カイムとレヴェルフォードの連携も凶悪です。実際に戦い、<血剣術>が得意だったカシタロウも敗れている。あの連携は、呼吸すら不要なほどに完成されています」
ラライセの話にファーミリアたちも頷く。
強敵そうだが、その瞳に宿るのは絶望ではない。
隣を駆けるユイが双剣の柄を鳴らし、ヴィーネが翡翠の蛇弓から黄緑色の魔力を放出させる。
「その強者のいずれかは、俺と相棒が対応しよう」
「閣下とわたしたちの『個』と『絆』なら、負けません」
「ん、光魔ルシヴァルの戦力は強い」
「そうね~シュウヤだけではないってことを、戦うつもりなら思い知らせてあげましょう」
「はい、ご主人様が戦いやすいように、強者の一部と雑魚たちは、わたしたちが担当します」
「うん、聞くかぎり、カイムとレヴェルフォードってのは、シュウヤでないと厳しそうだけど、それはタイマンでの話だからね。クレインに、ユイ、カルード、ハンカイ、ルリゼゼもいるし、まぁ臨機応変に戦いましょう」
「そうだな」
「「はい」」
常闇の水精霊ヘルメを筆頭に、皆がそれぞれ発言していく。
「ンンン」
神獣が呼応するように短く鳴く。
ファーミリアとラライセたちと崖と崖に挟まれた地下道を進む。
岩壁が消えると左側に不自然なほど静まり返った大広場が出迎えた。
<闇透纏視>と<隻眼修羅>を発動――。
魔素を、岩陰と天井、奥の方からも、いたるところに感じた。
魔素は人型が多い、クリーチャー型もいるようだ。
しかし、索敵妨害用の結界が展開されているようで、掌握察も完璧ではない。
ブレて把握できないことがある。
だが……伏兵は確実か。
天蓋の鍾乳洞の幾つかは破壊されたばかり。
地面に岩が散乱している。ダークエルフの死体と骨の残骸にゴブリン系の死体も多数転がっていた。
「闇神リヴォグラフ側の戦力はまだいるようだな」
「はい」
「地底神セレデルたちもここを攻めたようです」
奥に、エイジハル東門へと続くキルゾーンが広がっていた。
肌を刺すような冷氣が全身を駆け抜けていく。
静寂。それは戦場のそれではなく、数多の命を啜り尽くした巨大な『墓所』が放つ重苦しく湿った沈黙だった。
壁に染み付いた血痕は死者の執念が凝固したかのようで、視界の端々から無数の殺意が肌を刺してくる。
かつて栄華を極めたであろうエイジハル血院の装飾は無残に剥がれ落ち、壁一面にはドス黒い血痕が、まるで死者の執念が染み付いたかのようにこびりついていた。
「……静かすぎます」
ヴィーネが翡翠の蛇弓を低く構え、銀色の瞳を細める。
肩の竜頭装甲を意識し、闇と光の運び手装備を展開。
そのまま<闇透纏視>を発動し、偵察を強める。
魔力残滓を把握、規則正しく配置された闇の結界の拍動は、前方に広がっている。
<闘気玄装>を強め、<血道第三・開門>――。
<血液加速>を発動。
水神由来の<水神の呼び声>、<水の神使>を意識し、<滔天仙正理大綱>と<滔天神働術>を発動。
<ルシヴァル紋章樹ノ纏>も発動させた。
足下から<血魔力>を放出させ、
「皆、予め準備をしようか――」
と<血道第四・開門>――。
<霊血の泉>を発動、展開させていく。
「わぁ~シュウヤ様の<血魔力>!」
エトアは嬉しそうに血の泉の上を滑るように歩いてく。
「あ、エトアッち。前に出ないで、使者様の勘は鋭いですから、戦場になるかもです」
「はい~」
<魔骨魚>に乗っているイモリザが静止役とは珍しい。
シャナも「はい、がんばりましょう」と言いながら喉を輝かせ、氷竜レムアーガの幻影を周囲に召喚。
クレインも「ふっ」と銀火鳥覇刺を掲げ、天井の大きい鍾乳洞を睨み付けていた。
断罪槍流イルヴェーヌ師匠と悪愚槍流トースン師匠は、
「弟子、私は、ラライセたちの左翼に混じる。吸血鬼たちの弱点を狙うってくる可能性もあるからな」
「うむ、頭目たちは最後尾に移動している」
二人の師匠の言葉に頷き、
「はい」
トースン師匠は悪愚槍を上げてからサッと跳躍し、後方宙返りで、ラライセ【血の守護騎士団】の軍列の中に消える。骨装具・鬼神二式が渋い。
そこで、まだ先頭集団にいるラライセに、
「ラライセ、以前はこの広場でどう迎え撃たれた?」
「……四方八方からです。岩と当時の街の家屋、結界魔道具を中心とした櫓に入って戦うこともあり、善戦していた。ですが、遮蔽物の影、天蓋の鍾乳石、そして足下の影さえも。奴らは姿を見せないことが上手い。連携を闇の鋼糸で分断してくる」
その言葉が終わるか終わらないかという刹那――。
直感が、空間そのものが震えたことを告げた。
「――チッ! 散れッ!」
叫ぶと同時に相棒と共に、本能的に横へ跳躍する。
直後、俺たちがいた地面を目視不可能なほど細く鋭利な闇の鋼糸が網目状に走り、岩盤を豆腐のように切り刻んだ。無事なところで着地し、闇の鋼糸が踊る宙空に向け、前に出ながら<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を前に突出させていく――<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>と衝突した闇の鋼糸は、かなり硬そうだ。硬質な音と共に無数の火花が散って<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>は宙空で幾度となく跳ねていった。
――刹那、右横に魔素の揺らぐ。
そこへと目掛け跳ぶように移動し、揺らいだ魔素を狙うように魔槍杖バルドークを振るう<血龍仙閃>――。
次元、否、大氣と同化していたようなローブ男が「どういう勘――」と袖から出した連なった魔刃を盾にし、魔槍杖バルドークの<血龍仙閃>を防ぐ、陰と共に消える。
と、左と上から闇の鋼糸が飛来した。
後退し、魔槍杖バルドークを盾に、闇の鋼糸を防ぐ。
「――挨拶代わりにしては、いきなりだな――」
硬質な音が数度響き、闇の鋼糸の数度、紅矛と紅斧刃で弾き飛ばし、絡んできたが<血魔力>を込めると、闇の鋼糸は溶けるように消えた。皆にも闇の鋼糸のような攻撃が飛来していたる。
――キィン、キィィィン、という硬質な音が何度も広場に響き、反響を繰り返す
すると、その闇の鋼糸が宙空、否、鍾乳洞の一カ所に収斂し、そこから、
「――お前が、ザガンを屠った存在か?」
と、天蓋の鍾乳石の影から、優雅にマントを翻す影が現れる。
見上げ、
「さあな」
「……」
かなりの神出鬼没、彼が魔伯爵カイムだろうか。
そいつは、逆さまの状態で岩に立ち、冷酷な笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。
ローブの内から魔刃が連なっているのも武器や防具にもできるのか。
そして、それと呼応するように――。
「……蹂躙、開始だ」
正面の門から、圧倒的な質量を伴う魔圧が吹き出した。
四本の腕を踊らせ、二本の魔槍を流麗に構えた四眼の巨躯。
縦に並ぶ三つの魔眼。
そこに宿るのは、視線に触れるものすべてを腐肉へと定義する冷徹な死の宣告。
彼が歩み寄るたび、周囲の大氣が絶望に侵食され、重厚な魔圧が物理的な重みとなって襲いかかる。
<握吸>と<勁力槍>を発動し柄の握りを強めた直後、背後に殺氣――。
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を回し送る――。大きい駒の<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>がキィンと音を響かせ跳ね返ってきた。
そこに近くで影が不自然に伸びたかと思うと、そこから抜身の魔剣を構えたローブ男が音もなく現世へと滑り出してきた。
その背後にも漆黒のローブを羽織った異形たち、その軍隊も現れた。
「前後を封鎖し、頭上からの制圧を狙うか……徹底してるな」
特殊部隊のキルゾーン。
だが、包囲されたからといって詰みではない――。
大きい<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を、そのローブ男に送るが、消える。背後にいた異形の兵士たと衝突し、潰れる音が響く。
「ヴィーネ、上だ! ユイ、後ろを頼む!」
「「ハッ!」」
翡翠の蛇弓が眩い光を放ち、天蓋のローブ男に光線の矢を放つ。
同時に相棒が跳び、黒豹に変化、飛翔しながら体から出した無数の触手を、鍾乳洞から現れていた異形の魔族たちを捉えていく。
ユイが銀の剣閃を背後に走らせ、影から出たローブ男の魔剣と衝突、火花を散らした。
カルードとルリゼゼもローブ男と、異形の魔族兵士たちに飛び掛かっていく。
カルードの斬撃がローブ男に決まり、体が両断されたが、幻影か――。
と、あまり周りは見ていられない。
正面の四眼四腕の魔族を見据え、魔槍杖バルドークで正眼に構えた。
四眼が煌めくと「黒髪と魔斧槍……お前だな――」と間合いを詰めての魔槍を突き出してくる。
それを見るように後退し、避ける。追撃の一閃も避けた。
四眼四腕の魔族は、足を止め、
「逃げるだけか? 光魔の親玉!」
「逃げるだけか? か。それで済むならそうするかもだが、俺も槍使いの端くれ、強い奴と戦うのは好きだからな――」
四眼四腕の魔族との間合いを詰めた。
左足の踏み込みから右腕ごと槍と化すように、魔槍杖バルドークで<風研ぎ>――。
四眼四腕は「ハッ」と笑うと、魔槍を下から上にわずかに動かし、<風研ぎ>の魔槍杖バルドークの穂先を弾く。
構わず、半身のまま魔槍杖バルドークを斜め下に振るう<龍豪閃>――。
四眼四腕の魔族は<龍豪閃>の力による斬り払いを、右手が持つ魔槍の柄で受け止めて後退――。
魔眼を使ってきたから即座に右に跳び避けた。
二つの線を地面に作りながら後退した四眼四腕の魔族は、俺を睨みながらゆっくりと前を歩く。
「……やるじゃねぇか……光魔ルシヴァル、で、お前の名は?」
「シュウヤだ。お前は?」
「【暗夜十三の執行者】が一人、キルアニスだ――」
キルアニスは魔槍を風車のように回転させる。
四本の腕の手を巡るように魔槍が移動し、宙に円の紋様が生まれていく。
<闇透纏視>の視界において、逃げ場のない魔力の波動、壁となって迫ってきた。
それを<血龍仙閃>で両断、消し飛ばした。
キルアニスの四つの眼が同時に見開かれ、紅く、昏い光を放つ。
魔眼か。視線が重なると細胞が壊死していくような不快な冷氣が奔る。
すでに展開している<隻眼修羅>が、その死の圧が集中する焦点を正確に捉えると同時に<風柳・異踏>を実行。
横に移動し、避けた――。
続けて、殺氣を感じるまま<仙魔・桂馬歩法>を使い、跳び、<武行氣>で低空を飛び――。
<闇透纏視>と<隻眼修羅>を活かしながら、キルアニスが使う魔眼を連続的に避けていく。
今も軌道上に浮かぶ魔力の収束点を回避――。
収束点の中に無限にも思える異空間、闇神リヴォグラフの赤い目が分裂していくのが分かる。
そして、――四眼の内の一つの傷だらけの魔眼は、初見なら脅威だろう――。
タイミングと癖を読めば――避けるのは楽だ。
視界の端に移る、俺が避けた地面は変色していた。
赤黒い<血魔力>らしきモノも漆黒の煙のような魔力の残骸と共に上昇している。
警戒を強め、魔眼による攻撃を正確に避けつつ、間合いを詰めては<魔雷ノ風穿>――。
キルアニスは魔槍で<魔雷ノ風穿>を防ぎ、石突で反撃を寄越す。
それを魔槍杖バルドークの柄の上部で防ぎと残りの三腕が蛇のように――動き、拳と手刀を避ける。
蹴りも魔槍杖バルドークの柄で防ぎ、目にも止まらぬ三腕と蹴りと魔槍による突きも魔槍杖バルドーク一本の柄で弾く――。
鈍い音と硬質な音が何度も響き、火花が散りまくる。
<斧槍・滔天槍術>は十分通じるが、あの四腕の内の三腕と蹴りの動きには、まだあるな――。
<闇透纏視>で透かし見るキルアニスの体内では――。
四本の腕を操るために魔素が複雑に交差している。
その連携の継ぎ目が淡い光の歪みとなって映っていた。
魔槍や魔剣が召喚されたら、今まで以上に手数が増えることになる。
「……ッ!」
一瞬、キルアニスの顔に驚愕が生まれるが、左上腕に新たな朱色の魔槍を召喚すると加速――。
連続突き<水極・魔疾連穿>のような突きか――。
その突きも<魔闘術の仙極>と<武龍紫月>を発動させ、速度を速めて――。
魔槍杖バルドーク一本の<斧槍・滔天槍術>で防ぎきる。
柄に衝突してくる魔槍の刃に、持ち手の指が触れそうになるが、そのわずかな感覚こそが大事――。
同時に視界の端にいる味方の動き、掌握察で戦場の動きを把握した。
<水月血闘法>と<髑髏武人ダモアヌン武闘術>を発動――。
左上腕の朱色の魔槍の突きを魔槍杖バルドークの紅斧刃で受け、柄を引き、下に斬るように弾きながら横に回り<龍豪閃>――。
魔槍杖バルドークの紅斧刃の峰の一撃を、キルアニスは右上腕が持つ紫の魔槍を盾に防ぐ。
構わず返す魔槍杖バルドークの石突で<刺突>――それを左上腕が持つ魔槍の柄で防ぐ四眼四腕のキルアニスは、両下腕を突き出す。
――それを見るように後退、追撃の突きを魔槍杖バルドークの柄で弾きながら、左に出るフェイクから<刺突>。
<刺突>を朱色の魔槍で防ぐ四眼四腕のキルアニスの左足を下段蹴りで狙う。
キルアニスは後退し、即座に<魔経舞踊・蹴殺回し>――右回し蹴りの連続蹴りを繰り出す。
その蹴りを紫の魔槍の柄で防ぐキルアニスへと、宙空から<龍豪閃>――。
肩口を狙った振るい落としの紅斧刃の峰は、魔槍の柄と衝突し、防がれた。
キルアニスは右下腕に、黒く歪な三本目の魔槍を出現させる。
朱色の魔槍、そして最初から持つ魔槍と合わせ、計三本の穂先が鋭く鳴る。
キルアニスの魔眼が煌めく。即座に、<風柳・異踏>で横に移動――。
「ハッ、読めている――死ねッ! <連壊・三極穿>!」
三本の魔槍、多腕特有の攻撃が、頭部、胸部、そして脚部に迫った。
回避を許さぬ時間差なき波状攻撃。
左手に神槍ガンジスと<導想魔手>に聖槍ラマドシュラーを召喚。
それらを盾にし、網膜に映る三条の殺意を防ぐ――。
次の連続突きと一閃を避けて、防ぐ。
<水月血闘法>による加速は確実――。
「――チッ」
キルアニスの舌打ちが響くと、彼の左下腕の手に魔槍が召喚された。
朱、黒、銀、そして最初の一本。四つの穂先が、それぞれ異なる放物線を描きながら、俺を逃がさぬ死の檻となって迫る。
それらを、的確に、<導想魔手>の聖槍ラマドシュラーと神槍ガンジスと魔槍杖バルドークを上下左右に動かし、防ぐ。
次の足元に来た下段からの上段の連続攻撃を防ぐ。
――<闇透纏視>と<隻眼修羅>で、殺意の網を解体していく。
同時に己の<魔闘術>系統をわざと崩すように、<闘気玄装>を残し、解除した。
足元から流している<血魔力>の量も減らす。
――キルアニスの体幹は一つ。
――右の二本が突き出される瞬間、左の二本の付け根にはコンマ数秒、筋肉の収縮による引きが生じる。
――多腕ゆえの不可避なジレンマ。
――衝突させないために本能的に行う制御、すなわち構造的な淀み――。
――一閃から突きの連続をまたも防ぐ。
「ハッ」
キルアニスの表情筋に変化が出た、魔族と言えど、これほど心理が顔に出るのは分かりやすい――。
俺が守勢に回ったと判断したか?
――四本の腕が互いの軌道を邪魔せぬよう、本能的に生じさせるわずかな同期のズレ。
――それこそが、神域の槍技が穿つべき唯一の構造的な淀みだった。
<黒呪強瞑>と<仙血真髄>を発動。
<導想魔手>で操る聖槍ラマドシュラーを高速で旋回させ、キルアニスの右上段から突き出された紫の魔槍を強引に弾き上げる。同時に左手の神槍ガンジスを滑らせ、右下段の黒い魔槍を外側へと受け流した。
魔槍杖バルドークを下から<龍豪閃>――。
紅斧刃が、「げぁ」とキルアニスの左肩を捉えるまま、一回転し、キルアニスの背後を取り、魔槍杖バルドークの竜魔石に魔力を込めて隠し剣を繰り出す。
竜魔石から伸びた氷の幅広の剣が、キルアニスの背から脇腹を貫くかと思われたが、さすがに朱色の魔槍に防がれた。
朱色の魔槍と隠し剣が衝突し、淡い蒼色の火花が迸る。
魔槍杖バルドークを押し込みながら、前に出た。
キルアニスは「させぬわ!」と叫び、半身のまま右上腕の魔槍を突き出す。
それを神槍ガンジスで防ぐ――。
キルアニスは、魔槍杖バルドークの隠し剣に集中、その四眼が淡い蒼色の火花に染まる。釘付けになった刹那――<滔天魔瞳術>を行う。
「!?」
魔槍杖バルドークから手を離し神槍ガンジスを押し込みながら手を離し、聖槍ラマドシュラーで<血龍仙閃>――。
キルアニスは得物で防御したが、右肘の<滔天肘打>を魔槍杖バルドークと神槍ガンジスの柄越しに腹に喰らう。
続けて、左掌底の<滔天掌打>を頭部にぶち込み――。
<玄智・陰陽流槌>を発動――。
宙空に円を描く両肘の軌道に合わせ霧状の水飛沫が集結。
瞬く間に円い陰陽太極図を模した美しい水模様へと変化する。
その陰陽の紋様を両肘に纏いつつ流れるような連撃をキルアニスの体と神槍ガンジスと魔槍杖バルドークに叩き込んだ。左右から叩き込まれる肘の乱打がキルアニスの鋼の肉体を、そして神槍の柄を、狂おしいリズムの打楽器へと変えていく――衝撃のたびに爆ぜる陰陽の水模様は――死の舞踏を彩る冷ややかな火花のようだ。両肘に付着していた陰陽の水模様が弾け飛び、キルアニスも鋼の体から血飛沫を噴出させながら「ぐぇァ」と声を発し、吹き飛ぶ――。
――衝撃と共に弾ける陰陽の水飛沫が処刑の終幕を彩る。
肘から水の陰陽の魚が宙へと躍り消えるを感知しつつ宙空に回転していた神槍ガンジスを左手で掴み、吹き飛ぶキルアニスを凝視し<仙魔・龍水移>を発動。転移で吹き飛んだキルアニスとの間合いを一瞬で潰すの同時に「な!?」と驚くキルアニス目掛け<光穿・雷不>――。
神槍ガンジスの双月刃の<光穿>が「――グェァ」と悲鳴を発したキルアニスの胸を深く穿つ。
振動した刃から溢れ出すのは血の龍と天道虫の幻影を纏うように、神槍の真上に、雷不の八支刀を象った光芒の刃が顕現するや否や、それが神槍ガンジスを越えて直進――。
雷不の八支刀は光神ルロディスの涙が紡ぐ天命の糸のようにキルアニスの巨躯を上半身から下半身ごと地底の岩盤までも一氣に貫く――。
周囲の地面が陥没し、やや遅れて爆風が吹き荒れた。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。
コミック版1巻-3巻発売中。




