二千九十三話 第八坑道の浄化と再封印に水の法異結界
クナの言葉に従い、『連結点』の前に立つ。
直径一メートルほどの光のリングが三重に重なり、横と、その上にもトーラス状の立体的な魔法陣が異なる速度で回転し、その四方にもプラトン立体のような魔法陣が浮かぶ――魔法陣の中身は氣泡の集まりでフラクタル構造。
その奥底には銀河を凝縮したかのような深淵が渦巻いている。
直視すれば精神が吸い込まれそうな圧倒的な質量の宇宙がそこには実在していた。
リングの断面には無数の微細な魔力が行き交う回路が刻まれているが所々欠損し、魔力が止まっているところもあれば溜まりすぎてスパークを散らしているところもある。
「……なるほど。ただ魔力を注げばいいってわけではないのか、それにしても、光属性の封印が基本だが……この宙空に出現している魔法陣は、次元に干渉している?」
すると、戦闘型デバイスにいるアクセルマギナが、
「マスター、それはこの世界の基底物理を支える『微細構造定数』の局所的変動を示唆しています。階下より噴出する悪意が、この次元の座標軸そのものを噛み砕き、外宇宙の法則へと強制的に変調させているようです」
「アクセルマギナ、理屈はいまいち理解できない。だが……つまり、放っておけばこの穴から世界が裏返るってことなんだな?」
「はい、浸食具合によって変化しますが」
アクセルマギナの無機質な警告は、この事態が単なる魔力の暴走ではないということを告げている。
目の前で激しく回転する魔法陣は、異次元からの侵食を辛うじて繋ぎ止める、最後の楔ってことか。
黒き環や傷場以外にもこんなのあると、厄介すぎる――
「シュウヤ様、回転する『光の層』の周期を見極め、欠損した回路同士が重なる一瞬の隙間に、シュウヤ様の『闇』をブリッジとして架ける必要があります。タイミングがズレれば、光の拒絶反応で爆発します!」
ルシェルの警告に<経脈自在>と<霊魔・開目>を発動。
神経を研ぎ澄ませ、<龍神・魔力纏>と<闇透纏視>を再発動し、<隻眼修羅>も発動しながら右手の指で、右の頬上の金属素子を触り、カレウドスコープも起動させ、動体視力を強化させる。
右頬の金属素子から伝わる冷たい感触と共にカレウドスコープが意識の速度を極限まで引き上げた。
網膜に映る光のリングは激しい回転を止める。それは静止画をめくるような緩やかな軌跡へと変わった。
――今だ。
指先から極細の<血魔力>の糸を射出する。
ヒュッ、と風切り音を立てて放たれた血の糸は回転するリングのわずかな隙間を縫い、奥の接続端子へと正確に突き刺さる。
バチバチッ、と赤い火花が散り、指先に鋭い痺れが走る。
だが、光のパルスは俺の〈血魔力〉を異物として弾くことなく、貪欲に受け入れた。
――手応えはある。そのままトーラス状の魔法陣へと意識を沈め、欠損した魔力回路を一つずつ、俺の血で編み上げた新たな神経で繋ぎ直していく。細い<血魔力>を爆弾処理を行うかのような精密さで一本、また一本と操作を繰り返し、回転する光のパズルに合わせ、タイミング良く――血の配線を繋いでいく――。
「凄い……魔法のセンスは私なんかより……」
「ルシェル、感心している時ではないですよ、あ、シュウヤ様、敵の圧力が強まります!」
「背中は任せた!」
背後から、凄まじい魔力の奔流を感じる。
振り返らずとも皆の動きは分かる。
フー、クレイン、ユイ、レベッカ、エヴァ、カルード、ハンカイ、師匠たち、ファーミリア、メル、ビュシエ、キサラ、ベネット、ホフマン、ママニ、エトア、ラムーたち。
「――これ以上は、近づけさせません」
ヴィーネの声と彼女の魔力が広がるの察知。
たぶん、翡翠の蛇弓を活かした守り、<ヘグポリネの紫電幕>を展開したんだろう。
『深淵の這い寄りし者』の数が減る。
「レベッカとエヴァとキサラ、守りは任せます、イルヴェーヌ師匠たちと前に出ます――」
「わたしも――」
ユイも出たか。
「にゃごぉ」
相棒の声が響く。
皆に背後を任せ、パズルに集中――。
三つのリングが重なり、宙空に浮かぶ無数の魔法陣を強化、連結させ、最後の血の回路となったところで――。
「――ガ、ァ、アアアッ!」
完成間近だった光と闇の螺旋のパズルの内の一部を食い破る。
そこからドス黒いヘドロのような『悪意』が爆発的に噴出し、膨大な衝撃波となって
『主――』
「えっ、きゃあぁぁっ!?」
「――師匠ッ!?」
「――クナ! ルシェル!」
クナとルシェルが吹き飛び、最短距離で俺の頭部と体に黒い何かが突き刺さる。
肩の竜頭装甲と闇と光の運び手装備を突き抜け、壁に激突した。
シュレの一部の桃色の粒子が左手から出たが、間に合わず、クナとルシェルも防御魔法を展開する暇もなかったか。
鮮血が舞った。
<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を召喚するが遅い――。
物理的な傷? 否、視界が歪み、鐘の音が響き、世界が反転――。
氣付けば灰色の荒野に立っていた。
目の前が揺らぐと不定形の黒い霧が渦巻く。
――精神侵入されたか。
黒い霧は、俺と似た姿となった。
ありがちなドッペルゲンガーか。
その黒い霧の後方がゆらりと蠢き、後方に、無数の複眼で構成されている大きい人型に変化。
旧神の成れの果てか、それとも闇神リヴォグラフの眷属か。
『我ガ、眠リヲ妨ゲ、ソノ器、我ガ肉体トナルガ良イ……』
圧倒的な質量を持った闇の精神圧。
神意力を有したようなプレッシャーだ。
常人なら魂ごと砕け散るかもだが――。
その膨大な闇を歓迎するように<血魔力>を体から放ち、人型が放つ闇を吸収していく。
脊髄が熱く脈打つ。自然と<脳魔脊髄革命>が発動し、肩の竜頭装甲も右肩に出現し、
「ングゥゥィィ!」
『ヌ? 我ノ闇ヲ……逆ニ喰ラッテ……』
人型が驚愕に声を震わせる。
その闇を逆流させ、内から侵食し返した。
脳内のシナプスと魔力回路が超加速し、この精神空間の法則を塗り替えていく。
背後に顕現した<ルシヴァルの紋章樹>が、侵入者を嘲笑うかのように巨大な影を落とし、精神空間の支配権を完全に掌握する。
『――定命ノ者メガ!』
闇の人型が前に出た。
俺と同じような魔槍杖バルドークと似た魔槍を召喚。
それを突き出す、<風研ぎ>か――。
左手に神槍ガンジスを召喚し、<風柳・下段受け>で、その<刺突>系統の一撃を防ぐ。次に複眼の人型が腕を振り下ろしてくる。
神槍ガンジスを上げ、魔槍杖バルドークと似た魔槍を払い、右手に仙王槍スーウィンを召喚し、右に捻るように<龍豪閃>を行い、右に移動し、複眼の腕を真っ二つ。
『――ナ!?』
闇の人型は驚く。
その背から繋がり出ている複眼の人型は、腕を再生させる。
「……人の庭に土足で上がり込んで、随分と偉そうだな」
冷ややかに言い放ち、前に出た。
人型の槍使いは、俺を模り、『オマエ、ナゼ――』と片言で喋りながら後退、それを視ながら、そのまま<血道第三・開門>――。
<血液加速>を発動――。
加速し、前に出た。
一瞬で、間合いを詰め――。
神槍ガンジスと仙王槍スーウィンで<水極・魔疾連穿>――。
ダブルの数十の突きが、人型の槍使いの得物を弾き、その体と、背から出ている複眼の人型を穿ち抜く。
『グェア――』
蒼い炎を発し消えていくが、闇の霧は渦を巻き、また俺と似た人型を模り、その背から複眼で構成された人型を生み出していた。
構わず、前進し、その闇の槍使いと対峙した。
武器を、神槍ガンジスと魔槍杖バルドークに変化させる。
更に、雷鳴竜槍ヴォルトブレイカー、炎牙竜槍フレイムファング、ルヴォーグレイブ、堕天の十字架、義遊暗行剣槍、死海魔槍、金漠の悪夢槍、霊槍ハヴィスなど、次々に変化させながら戦い、倒しまくる。
闇の人型が倒れるたびに、闇の霧を確実に減らしていく。
神槍ガンジスを右手に召喚し直した。
『――我ノ闇ヲ喰ラウ…… その闇、否、光……何ダ、ソレハ……』
――ここは俺の中だ。俺の領域だ。
敵の闇の槍使いが困惑した瞬間、足下から清冽な水が大量に溢れ出す。この水は、かつて【玄智の森】で取り込んだ水。
そう、俺の一部と化した『水の法異結界』――。
荒野だった世界に――ザァァァァァッ! と音が響き、水と共に樹が生えてくる。その水が広がり、地面が割れた、否、そう見えるほど、深い海溝を持つような深淵の湖が展開されていく。
一瞬で、深淵な蒼き森と、静謐な水面へと変貌を遂げた。
俺の内包世界に根付いた防衛本能か。
ルシヴァルの紋章樹の輝きを放つ幹と枝葉が天を覆う。
根は月虹の輝きを放ちながら、侵入者の黒い霧へと食い込みつつ、水の深淵に突き進んでいく。
胸の<光の授印>が太陽のように輝き、敵の闇を灼き尽くしていった。天から三本の足の黄金の烏が「カァ、カァ~」と鳴きながら舞い降り、闇の霧を斬り裂く。
『バ、カ、ナ……キサマ、人デハ、ナイ、ノカ……!?』
「遅い」
水面を蹴り、一瞬で闇の霧が漏れ出て槍使いに近付く。
得物を弾き、槍使いの背から出ている複眼の腕を仙王槍スーウィンの<白炎明鬯穿>で穿ち抜き、そのまま、水の魔力を得ながら懐へ。
自然と両手の武器が消え、水流とルシヴァルの紋章樹の樹が凝縮した棍杖に変化していた。これは<水ノ即仗>なのか――。
スキルの武器化か。
『ヒィィ――』
「――消えろ」
<水ノ即仗>で<風槍・理元一突>――。
水の棍杖は、闇の槍使いと複眼の人型が発した、あらゆる防御を溶かすように突き抜け、精神核のようなモノを、直接穿つ。
『ア、ギ、ャアアアアアアアッ!』
断末魔と共に、黒い霧が弾け飛ぶ。
【玄智の森】の樹木たちが、散らばった霧を養分として貪欲に吸収していった。
◇◇◇
「――ハッ!」
現実に意識が戻る。
「がはっ……」
口端から血を垂らしながらも、踏ん張った。
時間は一秒も経っていないのか?
だが、目の前の封印から溢れていた『悪意』は、霧散していた。
本体たるドロリとしたヘドロ状の怪物は、白目を剥いて痙攣し、一部が融けながら蒼色に発火し、融けていく。
胸の痛みは瞬時に消える。
融けゆく怪物越しに、回転が止まりかけた光のリングを睨みつける。
「これでしまいだ――」
怪物の体を強引に貫き、その奥にある接続端子へ、三本の指を突き刺した――強制連結。
カチリ、と音が鳴り――。
ドドドドッ! と、重低音。
完成した光のパズルから、今度こそ純粋な浄化の奔流が放たれた。
精神の抜け殻となった怪物は光に飲まれ、塵一つ残さず消滅する。
衝撃が収まると、静寂が戻ってきた。
「ングゥゥィィ~」
肩の竜頭装甲も元通り。
衣服を牛白熊のワイシャツとズボンの軽装に変化させた。
「……っ、シュウヤ様……?」
「シュウヤ様! お見事、これで完成!」
壁際でクナとルシェルが身を起こす。
二人とも回復しているが、一応、
「あぁ、なんとかな。それより二人とも大丈夫か?」
「はい」
「大丈夫です」
二人は力強く頷いた。その瞳に宿る信頼を感じる。
そこに相棒の声が響く、紅蓮の炎が展開されたと理解。
そして第八坑道の全体が、紅が混じり合った光魔の極光が溢れ出して、眩く輝いた――。
視界が白銀と深紅に塗りつぶされる。
「にゃおぉぉ」
相棒の勝利の咆哮と共に、その光は染み入るような温かさに変化。
絶対的な光も感じる。第八坑道にこびりついていた闇の粘つきが、音もなく剥がれ落ちていく感覚。
やがて極光が収束し、淡い燐光へと変わる。
目の前にあったヘドロ状の怪物は、もはや影も形もない。
ただ、浄化された清浄な空氣が洞窟特有の重苦しさを吹き飛ばしていた。
「ンン――」
寄り添う相棒の温かく柔らかな毛並みの感触が足に伝わる。
先ほどまで相手にしていた、あの冷たく湿った『悪意』とは対極にある、生きた体温が心地よかった。
「……凄い、シュウヤ様の光の魔力、その大本の宗主としての氣が、坑道の奥まで浸透しているようです」
クナが眩しそうに目を細め、自らの手のひらを見つめている。
その肌には激戦の痕跡である煤や汚れが一切消え、光魔ルシヴァルの血脈が活性化している証しか、わずかに光の粒子が立ち上っていた。
「連結点……いえ、『光魔の心臓』とでも呼ぶべきでしょうか。完全に安定しました」
ルシェルが、慈しむような手つきで回転する光輪に触れる。
光輪は彼女を拒絶することなく、心地よい重低音を響かせながら、坑道の深部へと絶え間なく浄化の波動を送り出していた。
「あぁ、これでこの層の守りは盤石だな」
背後で戦っていた面々が極光の収束を見届けて駆け込んできた。
「シュウヤ様! 今の衝撃は!? 大丈夫なのですか!?」
ヴィーネが真っ先に駆け寄ってくる。
その後ろにはレベッカやエヴァ、そして戦い抜いた仲間たちの姿があった。出入り口の昇降機がある方、広々とした大空洞のほうからラライセたちも近付いてくる。
「心配ない。少しばかり精神世界で『掃除』をしてきただけだ」
胸に手を当てて告げる。
と、エヴァが静かに近づき、無言で俺の腕を取った。
黒い瞳が、俺の心を視る。
「……ん、シュウヤに侵入してきたのは旧神?」
「そうかもだ」
「シュウヤ、無茶しすぎよ! あんな禍々しい爆発、外で守ってても生きた心地がしなかったんだから!」
レベッカが詰め寄ってくるが、その瞳には安堵の色が混じっている。
周囲を見渡せば師匠たちやファーミリア、カルードたちも劇的な環境の変化に驚きつつも、勝利を確信したような表情を浮かべては、互いに武器を仕舞い、勝利の掛け声的な会話を行っていく。
「にゃ~」
相棒は黒猫に変化し、ミスティに抱きしめられている。
そのミスティが、
「――もしかして、マスターが対処したのは、シャイズムの罠?」
「どうだろう。こうして光属性の封印は事実で、作動しているからな」
「うん、第八坑道が危機だったのは事実ね。しかも、クナやルシェルの魔法防御、<血魔力>をも弾いての、魔力、精神力が高いシュウヤへの侵入だからね、結構な敵が潜んでいた」
「そのようね、ポリンガム独立都市を狙っていたのかも」
「そうだな、不意打ちで、しかも俺だから対処できたレベルだろう」
皆、顔色を悪くした。
すると、ラライセが、
「シュウヤ様の光魔ルシヴァルの光と闇の魔力が旧神系、それか闇神系の未知の大敵を撃破、大敵といいますか、スライム系の出現もありましたし、そういう悪意のまま動くモンスター類、名も無き旧神は絶対的な強さがありますから、本当に、良く倒せましたよ、素晴らしい成果です」
「「「はい!」」」
ラライセと【血の守護騎士団】たちに褒められると嬉しくなる。
その皆に、
「では、クナ、ルシェル、本当に大丈夫なんだな?」
「え、あ、視てくださいませ……」
と、クナがわざとらしく倒れかかって俺によりかかってきた。
耳元で「シュウヤ様……抱きしめて頂けると、治ります、うふ♪」と息を吹きかけてきた。
「はは――」
と、笑いつつそのクナを抱きしめて<血魔力>を送ってあげた。
「あんっ」
と、感じたクナは背を伸ばすように体を震わせると、背に両手を回し抱きしめてくる。
彼女の豊かな乳房が胸に潰れるように当たり、柔らかさを得て嬉しいまま、長いプラチナブロンドの髪を撫でていく。
「うふふ、シュウヤ様の温もりは最高です」
「あぁ~クナ、ダメージは回復しているくせに! またそうやってシュウヤを独り占めして!」
レベッカは頬を膨らませ詰め寄ってくる。
いつもの嫉妬が微笑ましい。
クナの背に回した手を離し、次はルシェルの肩を抱き寄せ、そして、その最後にむくれるレベッカを力強くハグして落ち着かせ、
「――も、もう! そ、うん、もっと強く……」
レベッカは俺の背に腕を回すと、壊れ物を扱うかのような慎重さを捨てて、ギュッと強く抱きしめてきた。
鼻腔をくすぐる瑞々しいシトラスの香りと激戦の余熱を帯びた生身の体臭。
その混じり合った彼女特有の匂いが煩悩を刺激する。
理性を揺らすのを期待するようにレベッカは俺の鎖骨当たりに唇を当ててきた。
薄着だからゾクッとするが、レベッカの健氣さが可愛い。
そんなレベッカの首筋には汗で張り付いたプラチナブロンドの髪がある。指先で優しく解きつつ――、
「皆と共に漆黒の『深淵の這い寄りし者』だったか、怪物たちをよく倒してくれた」
と告げ、名残惜しさを振り切って体を離す。
「……うん」
レベッカは、まだ俺の指を離したくないと言いたげに細い指先を絡めてきた。
その蒼いブルースカイの瞳には戦士としてではない一人の『女』としての熱い情念が宿っていて愛がある。それを真正面から受け止めるようにレベッカの手を強く握り<血魔力>を送ってから、「ぁぅ」と可愛い声を発したレベッカは一瞬、キッと睨むが頬を赤くして微笑む。そうしてから、あえて視線を外し、期待と信頼を寄せてくれる皆の顔を順に見渡していく。
改めて極光が満ちた第八坑道の静寂を確認し、
「――皆、第八坑道から幾重にも分岐している地下道を利用し、西のエイジハル血院を目指そうか」
「「はい!」」
「「了解」」
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。
コミック版1巻-3巻発売中。




