二千八十九話 ポリンガムの激震――支配層の驚愕と光の証明
◇◆◇◆
ここはラングール帝国の独立都市ポリンガムの大祭壇。
そして、その地下の深奥には、ポリンガム権威の象徴、針鼠神ドレッドンを祀る大祭壇の大空間、大空洞の独立都市ポリンガムの駅が存在している。
その大空間、大空洞の独立都市ポリンガムの駅は、古代から永らく『開かずの駅』や『伝説』の一部として司祭や老ドワーフが、子孫に秘密裏に語り継がれていた。
今は、数千年の静寂を吸い込んだ埃が雪のように積もり、幾重もの蜘蛛の巣が銀色の幕となって天井を覆っている。その足下、かつて地下世界の動脈であった『黒皇魔骸鋼』のレールが、鈍い鉄色を曝け出したまま終わりなき眠りに就いているかのようだった。
そして、その地下駅の上層の独立都市ポリンガムの公邸の一室にて、
「ダークエルフの魔導貴族エンパール家の連中が追っていたマグル集団はどうなっている」
「はい、マグルの受け入れなんてことはあり得ないので、門前払いです」
「うむ、異端ババラ・ヌアたちは?」
「……彼らグループの一部は、第八坑道から都市の外に出ています」
「ふむ……またか、モノ好きババラめ……マグルを受け入れて己の私設部隊の拡張か」
「はい、追撃部隊【ライガード針鼠隊】を送りますか?」
「いや、放っておけ」
「はい」
彼らは、ラングール帝国の最高意思決定機関【副王会】から派遣された高官シャイズムと司祭ナポ・ドガイガー。と、ポリンガム最高貴族院たちだ。
高官シャイズムの胸には、権威の象徴たる黄金のバッジが光っている。かつて、リリウム生産の利権を巡って双斧使いのロアを都市から追放し、その実権を盤石なものとした支配層の一角だ。
その老ドワーフの高官シャイズムは、
「地下道に吸血鬼たちが増えたようだが、どうなのだ」
その言葉に、ポリンガム最高貴族院の老ドワーフ、ガリンガム副議長は、
「はい、ドムラピエトー要塞の傷場と独立都市ヘルキオスたちの吸血鬼たちが活性化しているようです。それにより、地下動脈層を利用する者たちが増えているのです」
「危険すぎる。この都市も光神ルロディス様の信仰を持つ氏族、司祭は少ないのだろう?」
「はい」
「……ふむ、この独立都市に入り込まれると<従者>を無限に作られてしまう、キュイズナーの<精神汚染>より多少は、楽だが……増殖すると対処に苦労するぞ……」
「はい、わかっておりまする」
高官たちの一部が返事をしようとすると――。
地の底から響くような、重厚な微動が起きた。
祭壇のあちこちから数千年の埃が舞い落ち静寂を塗り替えていく。
「――な、なんだ!? 地震か!?」
机上のカップから茶が波打ち溢れ出す。
棚に並んでいた古書が次々と床へ叩きつけられ、静寂だった公邸内に乾いた音が鳴り響いた。
「魔神帝国の攻撃か?」
「い、いえ、これは……地下、魔導回路の共鳴音です!」
護衛のドワーフが叫ぶ。
ポリンガム最高貴族院の老ドワーフ、ガリンガム副議長が、
「なんだと? 地下の……では、まさか、古代のレールに魔力が流れているというのか!」
「この揺れが地下からなら……」
「はい、皆様方、外に出ましょう」
「「うむ」」
一同は、急いで公邸から外に出る。
広場の石畳の一部に亀裂のような魔線が走っている。
ポリンガム最高貴族院の議員トジルは、
「……これは、伝説の……祭壇にまで魔線、光が続いている……」
「はい……」
「まさか、伝説が……」
「……驚きだが……ナポとガリンガム。急ぎ兵を集めよ、あの古き大祭壇、針鼠神ドレッドン様の導きかも知れぬ……」
「「「はい」」」
◇◇◇◇
黒皇魔骸鋼のレールが、琥珀色の魔線を走らせながら激しく明滅を始めた。
それは都市の基盤そのものが震えるほどの巨大なエネルギーの奔流――鼓膜を突き刺すような高周波の摩擦音が地下空洞に反響する。
遥か彼方、封印されていたはずの第七地下道の防壁が粉砕される音が響き、上の石畳と建物を揺らしていく。
地下と繋がる巨大なダクトから猛烈な熱風が吹き荒れた。
「「おぉ」」
「これは、やはり……」
「ガリンガム、向かうぞ、わしも直に見る」
「はい、皆、大祭壇の封印の間に――」
一同は、普段は高官ですら立ち入りを制限されている大祭壇の聖域へと足を踏み入れた。
そこには都市の基盤そのものを支える巨大な歯車が数千年の錆を強引に削り落としながら回転を再開する、地獄のような光景が広がっていた。
鼓膜を焼くような高周波の摩擦音が、反響する。
シャイズムたちは聖域の最深部の封印の間へと続く巨大な円形扉の前に辿り着いた。
「司祭! 鍵だ! ドレッドンの鍵を使え!」
「は、はいっ!」
ナポが震える手で、首から下げた六角形の魔石鍵を扉の台座へと差し込む。
直後、扉の奥から「シュウウウウッ!」という、凄まじい圧力を伴った排気音が漏れ出した。
「「「おぉ」」」
「う、動いた!!」
「扉が動いたぞ、今ままでこんなことはなかった!!!」
「そんなことは分かっている――」
伝説の『黒皇魔骸鋼列車』が、今まさに、その鋼の鼻先をこの「駅」に突っ込もうとしている。その事実を前に、支配層である彼らの心に宿るのは、歴史への畏怖か、あるいは自分たちの権威を脅かす未知への恐怖か。
「――開くぞ。皆、構えよ!!」
シャイズムの叫びと共に、巨大な円形扉が重低音を響かせ、ゆっくりと上方へせり上がり始めた。
その隙間から溢れ出したのは、かつて体験したことのない、濃密で、そして絶対的な「強者」の氣配。
ポリンガムの歴史が、今、猛烈な蒸気と共に白く塗り潰されようとしていた。
◇◆◇◆
黒皇魔骸鋼列車の振動が重厚な金属音と共に収束していく。
コントロールパネルの真上に、バブーシュたちの幻影が移動し、
『ボリンガム独立都市駅』
と出現し消えた。
完全に停止した瞬間、プシューッ! という高圧の蒸氣がハッチの隙間から勢いよく吹き出し、駅の静寂を切り裂いた。
そのハッチがゆっくりと開く。
「皆、外に出るが、先程も言ったように、ドワーフたちがいるかも知れない。氣を付けてくれ」
「「了解」」
「わしたちは背後で見ていよう」
「うむ、ラライセたちも不安だろうからな、俺たちが守ってやろう」
師匠たちがラライセたちに話かけていく。
「はい、頼みます。では、先に――」
黒猫を肩に乗せて外へと踏み出した。
長い年月の間に積もった埃が、列車の排氣によって舞い上がる、薄暗い空間だった。
「……ここが、ボリンガム独立都市の駅か」
「ンン――」
黒猫が肩から飛び降りた。
見渡せば天井には針鼠神ドレッドンを象った巨大な石造りのレリーフがあり、かつては荘厳だったであろう祭壇の名残が至るところに見られた。だが、その多くは風化し、蜘蛛の巣と沈黙に支配されている。
「ご主人様、上方に複数の魔力反応……かなり組織化された動きです」
ヴィーネが翡翠の蛇弓を構え、銀色の瞳を天井の闇へと向けた。
黒猫は、黒猫から黒豹に姿を変化させ頭部を上向かせると、「にゃごぉ~」と、氣合いの籠もった鳴き声を発した。
直後、祭壇の奥から地響きが起きた。
巨大な円形扉が大きく軋む音を響かせると、上に動く。
扉が開放された。
そこから現れたのは、背の低いドワーフたち。
やけに豪勢な、重厚な魔鋼の鎧に身に付けている。
ドワーフの重装歩兵たちか。
胸の紋章は見たことがある。
ラングール帝国の紋章だろう。
古代ドワーフ帝国の系譜を持つドワーフたち、どの支族かは不明だが……俺が転生し、地下を放浪した時に接触しかけたラングール帝国のドワーフたち。
そして、実際に接触したロアを思い出す。
中央には、豪華な法衣を纏った老ドワーフ。
傲慢そうな笑みを浮かべた貴族風のドワーフが数人。
見た目の長い髭といい、お偉いさんか。
護衛を引き連れて階段を下りてくる。
先頭に立つ老ドワーフは驚愕に目を見開く。
護衛の一人が、
「伝説の列車は本当に……」
老ドワーフは双眸に魔力を溜めつつ、俺たちを見て、
「……ま、マグルたち? 否、吸血鬼? ど、どういう……しかし……」
「ま、マグル……」
「なんてことだ……ん?」
「闇虎のような黒豹もいるぞ!」
「あぁ、マグルと……え?」
と呟くと、司祭が腰にぶら下げている魔道具が点滅し、警告音を響かせていた。
あれは、魔族や闇属性などを見知する聖魔呪の探知魔道具ヨペアや、黒呪の探知魔道具などと似た、探知用の魔道具だろう。
ドワーフの皆が、ラライセたちを凝視。
ラライセ率いる【血の守護騎士団】が、一糸乱れぬ動きで、俺たちの背後に並んでいた。
深紅の甲冑が、祭壇のわずかな明かりを反射し、血のような輝きを放っている。
その圧倒的な殺氣と威圧感もあり、ドワーフたちは一氣に殺氣立つ。
「……吸血鬼だと!!!」
「「「「げぇ」」」」
ドワーフの皆は、悲鳴をあげたように驚く。
一部の兵士は尻餅をついていた。
だが、勇敢な護衛の一人が、金属音を響かせながら、
「――貴様ら、何者だ! 侵入者のマグルと吸血鬼共!!」
「あぁ、ここは神聖なる針鼠神の祭壇、そしてラングール帝国ボリンガム独立都市の重要管理区域だぞ! 許可なく立ち入る者、侵入者と見なす!」
若手の高官らしき男が怒声を上げる。
そこで、ヴィーネたちとアイコンタクト。
頷いてから、両手を上げつつ前に出た。
「……まずは名を、俺はシュウヤ。種族は光魔ルシヴァル。貴方たちは、ラングール帝国のドワーフたちかな」
と、聞くと、
「……こうまルシヴァルだと? 聞いたこともない種族名だ。ましてや、その背後に控えているのは、紛れもなく忌まわしき吸血鬼の軍勢ではないか! 我らラングール帝国を、そしてボリンガムを穢しに来たか!」
高官の老ドワーフの一人が恐怖を隠すように激昂し、装飾の施された杖を突き出した。
ま、この反応は分かる。
分かりやすくイギル・ヴァイスナーの双剣を出しているユイともアイコンタクト。
相棒の黒豹はエジプト座り、尻尾で前足を隠して動こうとしていない。
そのドワーフたちを見て、
「慌てるな。まずは話を聞け。背後にいるのは吸血鬼たち。それは事実。しかし、俺たちは――」
左腕を真上に真っ直ぐ突き上げ――。
左の掌から迸った<神聖・光雷衝>の白銀は、地下空間の闇を一瞬で焼き尽くす。爆ぜる雷鳴が鼓膜を震わせ、網膜に焼き付くほどの激しい閃光が煤けた駅のホームを純白の彼方へと塗り潰した。
「「「――え?」」」
「「「ぐ、わあああああッ!!」」」
「な、なんだこの光は!?」
「目が、目がぁぁ!」
悲鳴が祭壇の空洞に反響する。
ドワーフの歩兵たちは武器を投げ出し、高官たちは顔を覆ってその場に蹲った。
突き上げた左手をゆっくりと下ろす――。
掌にはパチパチと神聖な光の残滓が踊り、埃の焼けた鼻を突く匂いが、この場に漂っていた。
そのまま皆を見据え、
「……慌てるなと言ったが、今の俺が放ったのは光属性。吸血鬼がこれほどの光を放てると思うか?」
雷鳴の余韻が残る大空間に静かに響く。
黒豹も同意するように「にゃ~」と鳴いた。
ドワーフの兵士たちは黒豹を見て、
「闇虎に似ているが、違うのか」
「にゃおぉ~」
相棒の猫と似た鳴き声が響くと、ドワーフたちの顔色が変化していく。
「ね、猫?」
「……油断はするな……」
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