二千七十八話 鹿頭と蜻蛉にヴェロニカの<血白狐閃>
イルヴェーヌ師匠が、
「グラスベラの民の印もある……」
「太古の時代に、ここに来たグラスベラの民がいたんですね」
「あぁ……どの時代かは不明だがな」
イルヴェーヌ師匠は感慨深げに発言すると、俺を見て笑みを見せた。
その美しい笑みには様々な感情が綯い交ぜになっていると理解できた。
女騎士らしい師匠は、非常に美しい。
ヴィーネが、
「ご主人様、魔界の吸血神ルグナド、知記憶の王樹キュルハ、宵闇の女王レブラ、これらの神々の勝利の証しの【血の陰月の大碑】……一方で神界側では、大敗を意味する碑になるのかもと考えていましたが、この反応ですと、意外にもそうではない雰囲気です」
「あぁ、ここの土地の許可の出入りもだが、俺たちだからってことも大きいだろう」
「そのはずよ。神狼ハーレイア様も、シュウヤとホワインだからこその繋がりを示した。そして、ファーミリア、イルヴェーヌ師匠、シキ、キュベラス、アドリアンヌたちも光魔ルシヴァル側の戦力として、ここにいる」
とレベッカは皆を見ながら告げると、クナが、
「神魔に対して両手を差し出す光魔ルシヴァルだからこそ可能、画期的です」
「「ふむ」」
バフハールとハンカイがハモるように肯定し頷く。
キサラが、
「周囲の闇神リヴォグラフ側が残しただろう魔力も浄化されて消えました」
「闇属性の魔力でしたが、樹怪王の者たちや旧神ゴ・ラードの勢力が残した魔力だったかもですよ」
「たしかに、樹怪王の軍勢の砦はここにありましたからね」
メルたちの言葉に、ファーミリアとホワインにキッシュたちも頷いていく。
【血の陰月の大碑】からは放たれていく魔力は火花が散ることが多くなった。
知記憶の王樹キュルハと宵闇の女王レブラと吸血神ルグナド様の<血魔力>が増えたせいか。
ハーヴェストの泉からは、蒼い光と月虹の他に白銀の光も強まってキラキラと輝きを帯びていく。
それらの明かりを浴びながら、
「では、次の【キュルハ様とレブラ様の同盟の血碑】がある場所に向かおうか」
「「はい」」
「にゃ、にゃおぉ~」
黒豹が先に駆けていく。
ファーミリアが、「こちらです、行きましょう」と相棒が走った先の南の方角へと歩き始めた。
王樹キュルハ様と宵闇の女王レブラ様の力が宿る【同盟の血碑】か。
皆で、森の奥へ踏み込む――。
泉の静謐な雰囲気は、歩を進めるごとに霧散していった。
湿った土の匂いは次第に鼻を突くような濃厚な植物の腐敗臭へと変化。
足を踏み出すたび、戦場特有の焦げた肉と鉄錆が混じった不快な風が肺腑にまで入り込んでくる。
見えない粘り氣に絡め取られるような重苦しい殺意の肌触りだ。
「ご主人様、足下の『根』の拍動が激しくなっています」
「なんか……またモンスター系が現れそう」
「はい、『森』そのものが殺意を剥き出した感じですね」
ヴィーネたちの語りに同意だ。
皆と進んでいくと、樹と共に沼地が増え、黒い樹の幹に何かを感じることが増えてきた。
ハルホンクもカチカチと音を響かせる。
女王サーダインの心核をハルホンクが喰らい<十二樹の加護・残滓>を得たからか……。
「ご主人様も、樹が氣になるのですか?」
「あぁ、少しな」
と言うと、ヴィーネは銀髪を揺らし、視線を巨木の幹へと走らせる。
そこには、十二樹海特有のおぞましい生成の光景があった。
「うは、樹怪王の兵士たち?」
「はい!」
――ズシュ、ズリュリ。
巨大な樹木の樹皮が内から膨れあがり、熟れすぎた果実のように無残に裂けた。
中から這い出してきたのは粘着質な樹液を全身に纏った鹿の頭部を持つ人型の兵士。
剥き出しの筋肉には木の根のような繊維が混じり、接ぎ木された死肉が脈動に合わせてピクリと跳ねる。それは生命というより森が吐き出した殺戮のための末端器官のように見えた。
生まれたての鹿頭兵は粘着質な樹液を滴らせながら……「ゴボボ」と不氣味な音を響かせ、手近な枝に生えていた槍を捥ぎ取り、無機質な複眼で、俺たちを射抜く。
「ングゥゥィィ、不味イ、接ギ木共ガ、騒イデイル、ゾォイ!」
肩のハルホンクが顎をカチカチと鳴らす。
キサラが、
「ハルちゃんはも、サーダインの魔力を喰ったことで氣配察知能力が増したようですね」
「あぁ」
「ハルちゃんならでの索敵能力強化!」
「あぁ、先程、ハルホンクが女王サーダインの心臓の欠片を喰ったことで、俺も、<十二樹の加護・残滓>を得たからな」
「そうでしたか!」
「「なるほど~」」
「閣下も、森の循環の一端を感じ始めたのですね」
皆とヘルメの言葉に頷く。
すると、前方と周囲にわらわらと誕生していく鹿頭兵たちが、前方の水辺で、慌ただしく陣形を組み始めた。水面に浮かぶのは、下半身が巨大な水棲動物の姿をしたリーダー格。
「見て、あの下半身がぶよぶよの敵!」
「水、地脈でしょうか、それらの魔力を汲み上げている?」
「うん、ポンプのように吸い込んで力を溜めている?」
「樹怪王の兵士たちの戦術指揮官だからこそ可能な能力かな」
その鹿頭兵たちの動きが、突如として凍りついた。
――キィィィィィィィン。
空を引き裂くような生理的な嫌悪感を煽る高周波――。
直後、上空の空間がひび割れた鏡のように歪む。
そこから虹色の油膜を纏った巨大な蜻蛉たちが染み出してきた。
「今度は旧神ゴ・ラードの軍勢」
「倒してもきりがないけど、十二樹海ならでの光景ね」
「はい、樹怪王や旧神ゴ・ラードの基地や巣を破壊したとて、それは一時的に数が減るだけ」
「サイデイルと光魔ルシヴァルには効果はあるぞ。一時的には変わらないが、わたしたちの<血魔力>を大地に注げば、長期間、あのような湧きは起こらない」
キッシュの言葉に皆が頷き注視。
クナが、
「樹怪王の兵士たちの湧きは、そうですわね、しかし、旧神ゴ・ラードなど、旧神系は、また一味異なりますわよ、今もそこの宙空の、大氣の魔力が濃い地点を見てくださいませ、位相の隙間を呼び水に……次元の皺から何度でも滲み出してくる……この世の外側の侵略者です――」
クナは月霊樹の大杖から、<血魔力>の魔刃を宙空のソレに飛ばし、蜻蛉のモンスター兵の原型を斬り裂いて倒した。
「閣下と皆様方、前方の鹿頭連中は私たちが倒しまする――」
「我らもだ――」
「ぬ、先陣は我だ――」
「ハッ、まけねぇよ――」
「「カカカッ」」
「あの下半身がナメクジお化けちゃんは、グルドに任せるからね――」
「あぁ!?」
「鹿頭連中、幹ごと薙ぎ倒せば――」
光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスに、師匠たち、バフハール、ハンカイ、ルリゼゼたちが先を競うように樹怪王の軍勢と、根元の樹ごと薙ぎ倒していく。
「……ん。蜻蛉の前に現れる空の一部は、いやな感じで、匂いも嫌い――」
エヴァがサージロンの球を即座に展開し、眉をひそめる。
「たしかに――」
レベッカが、蒼炎弾を、蜻蛉モンスターに喰らわせていく。
ユイは<バーヴァイの魔刃>を宙空に飛ばし、蜻蛉モンスターを斬り裂く。<バーヴァイの魔刃>により、切断面から蒼い炎を発生した蜻蛉モンスターは墜落していた。
一部の蜻蛉系モンスターは、こちらを注視。
しかし、他の蜻蛉系モンスターは、樹怪王側の鹿頭を標的か、離れていく。
そして、複眼が一斉に明滅、そこから放たれる精神汚染の波動らしきモノが、周囲の樹を白く変質させていった。
そこで、左手の掌に<血魔力>を込め、『シュレ』と呼びかけた。
『ハッ』
シュレゴス・ロードのいる運命線の傷状の道のすぐ隣が焼けるような熱を帯びる。
途端に、掌から桃色の魔力が螺旋を描き突出した。
渋い端正な顔付きのシュレゴス・ロードが現れる。
片眼鏡と耳飾りなど、すべて蛸の意匠が施されているのは変わらない。
「シュレ、空から旧神ゴ・ラードの連中がやってきた」
「はい、そのようですな」
シュレゴス・ロードが傍らで優雅に頭を下げる。
「シュレ、あいつらだが、理が見えるか?」
「ふむ……」
長い髪にも見える斜めに伸びたクリスタル風の髪の毛先には蛸の吸盤が無数に付いている。
顎髭は蛸の小さい足の群れで、うねうねと動いていた。
渋いイケ親父風の容貌に吸盤の付いたクリスタル髪を揺らす。
そのシュレゴス・ロードは、片眼鏡の奥の瞳を冷徹に細め、
「――主、お任せを。ゴ・ラードの羽虫ども、相変わらず品のない『穴』の開け方ですな」
と発言し、顎髭の蛸足をうねらせ、宙に浮かぶ蜻蛉の群れを嘲笑うように睥睨する。
「ほぉ」
「ただの残飯漁りです。次元の澱みを吸って膨れただけの出来損ない共」
「了解した。戦ってこい」
「ハッ、『格』というものを、薄汚い羽虫どもに分からせてやりましょう」
シュレは空を歩むかのような優雅な所作で両手から桃色の魔力が螺旋を巻く複数の魔刃を放った。
羽虫を掃うような仕草で、蜻蛉の複眼や翅の付け根だけを的確に断っていく。
そこへ「器、妾も出る――」と鋭い声が響く。
沙が迅雷の如き速度で飛翔した。
一閃、巨大な蜻蛉の頭部が自らの重みに気づく間もなく宙を舞う。
流麗なシュレの攻撃とは対照的な、一切の無駄を削ぎ落とした武の煌めきだ。
沙は、巨大な蜻蛉モンスターの頭部を斬り、斬り上げ、身を捻るまま、幾重にも剣筋を蜻蛉に与え、斬り刻む。
次の蜻蛉系の大型モンスターには、自らの体ごと突き出した神剣を活かすように、突きのモーションのまま突撃していいる。
<神式・一点突>か。
頭部から胴体を突き抜け、両断するように倒した。
次の蜻蛉系のモンスターに、<水神霊妙剣>を繰り出し、翅ごと細断して倒している。
「器様、私も、空はお任せを」
「はい――」
羅と貂も飛翔して、蜻蛉系のモンスターを神剣で斬り付けていく。
黒豹は、「ンン」と後退。
狙いは、背後に突如湧いて出た樹怪王の鹿頭の兵士たちか。
体から出した触手から骨剣を伸ばしていく。
樹怪王の鹿頭の兵士は得物で触手骨剣を弾くが、一部は弾けず、全身に触手骨剣を喰らって吹き飛んでいた。エトアたちに近付いた複数の樹怪王の槍使いには、俺が――。
<超能力精神>で吹き飛ばし――。
左手首の<鎖の因子>から<鎖>を射出――。
伸びた<鎖>の先端が、鹿頭の四腕槍使いの胴を簡単に突き抜け、意思を持つかのように、足にも絡ませ、足首を締め上げ転倒させて動けなくした。
転倒する敵を見届ける間もなく<鎖>を霧散させ、前に出た。
手中に馴染む魔槍杖バルドークの重みを感じながら、横一線。
――<龍豪閃>の奔流が防壁のごとく並んだ剣ごとその肉体を、木の葉のように軽々と吹き飛ばしていった。
「にゃごぉ」
「相棒、そのまま押し込め――」
「にゃおぉ――」
神獣ロロディーヌの咆哮と紅蓮の炎が吹き荒れた。
前方と右斜めにた樹海王の鹿頭連中は一瞬で炭化。
同時にカルードとヴェロニカの姿を視認。
得物で蜻蛉系のモンスターを細断、続けて、鹿頭の二腕の盾持ちを、その盾ごと体を斜めに袈裟斬りで倒している。
「――皆、敵を倒しながら、【キュルハ様とレブラ様の同盟の血碑】を目指すぞ」
「「「おう」」」
「「了解――」」
キサラが、<補陀落>を繰り出す。
<血魔力>が込められたダモアヌンの魔槍が、樹から生まれ出る鹿頭の兵士たちごと、複数の樹を貫いていく。
キサラの槍が森を穿つ中――。
一際巨大な圧を放つ個体が、沼地の泥を跳ね上げて躍り出た。
他の鹿頭兵とは一線を画す、四本の太い腕に黒光りする大剣を構えた大戦士。
その複眼に宿る殺意が俺を捉える。
大戦士は不快な咆哮を上げ、周囲の木々を薙ぎ倒しながら肉薄してきた。
光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスたちはかなり先を進撃しているが、樹怪王の鹿頭連中はどこからでも現れる――。
<血道第三・開門>――。
<血液加速>。
大戦士が地を蹴るよりも早く、間合いを詰め、魔槍杖バルドークを突き出した。
<魔雷ノ風穿>から<風研ぎ>を混ぜるように突きを繰り出していく。一突き、二突き――。
硬質な樹皮の鎧を粉砕。
<隻眼修羅>を発動――。
残像が空を埋め、金属質の樹皮を容易く抉り抜く。
トドメの一撃は――。
得物を魔神槍・血河に変化させ、吸血神の力を乗せるように、<始祖ノ血槍術>と首筋の<吸血神・愛咬・血楔>を意識しての<断罪血穿>――。
大剣ごと鹿の頭部の奥のコアをぶち抜いた。
大戦士の体は破裂するように散り、残った下腹部だったモノから黒いモノを噴き出しながら沈んでいった。
その横を、紅い閃光が駆け抜けた。
ヴェロニカだ。踊るような足さばきで残りの鹿頭兵の懐に潜り込むとベイホルガの頂が、流麗な弧を描く。
<血白狐閃>だろう。関節の隙間を的確に断ち切られた兵士たちが、まるで操り糸を切られた人形のように次々と崩れ落ちた。
そんなヴェロニカに蜻蛉系統モンスターが、味方の攻撃をかいぐるって集まっていく――。
即座に氷縛柩を使い、蜻蛉モンスターを数体弾き飛ばした。
ヴェロニカは宙空で俺を見てウィンク。
そのまま、うねりながら空を舞い、ベイホルガの頂を振るう。
逃げ惑う蜻蛉たちの翅を正確に焼き切り、地上の鹿頭兵たちの首を鮮やかに跳ね飛ばしていく。
ヴェロニカは低空飛翔から両足を滑らせ着地。
「まだまだ多いけど、総長の近くで活躍できた~」
ヴェロニカは得物を鮮やかに回して消す。
左手を少し上げて、〝ラヴァレの魔義眼〟を宙空に生む。
そのままスキップし弾むような足取りでこちらへ寄ってくる。
まだ戦いの熱が残っている腕に、胸を押し付けるようにして抱きついてきた。
「――ふふふ、今のわたし、かっこよかった? ちゃんと見ててくれたかしらん」
上目遣いで覗き込んでくる赤い瞳は期待にキラキラと輝いている。
頬を朱に染め、戦場とは思えないほど甘い吐息を漏らす。
先程までの冷徹な女戦士の顔ではない、いつもの小柄のヴェロニカらしさに溢れている。
「あぁ、見事な連動だった」
「えへ……ご褒美、期待しちゃおうかな?」
そう言って、俺の肩に頭を預けて擦り寄ってくる。
十二樹海の不快な臭氣さえ、ヴェロニカから漂う芳しい香りで上書きされるようだった。
続きは明日。HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。
コミック版1巻-3巻発売中。




