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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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二千七十七話 樹海深奥、血の陰月の大碑

 正義のリュートなどを仕舞う。


「鉱山都市タンダールの南の樹海か。至る所に樹怪王と旧神の争いがあるんだな」

「はい」

「悪いが今すぐは行けない。俺たちはここに用がある」


 トリヴァラスは安堵の表情を見せ、恭しく一礼し、


「分かりました。では、こちらを差し上げますので、それでご自由にご都合が合う時に、ご連絡をください。南マハハイム地方の迷宮都市ペルネーテ、ベンラック村、鉱山都市タンダールには、私たちの事務所があり、その街で、その連絡用魔通貝を使えば、いつでも連絡が可能です」

「分かった。悪いな」


 トリヴァラスから数十と魔通貝を受け取った。


「いえいえ、味方が増えるのは嬉しいかぎり。では、我ら【樹海狩り】は鉱山都市タンダールに戻りますので、また!」

「了解」


 短く応じると、トリヴァラスたちは一礼し、音もなく樹海の深奥へと姿を消していった。

 一息ついたところで、衣服を肩の竜頭装甲(ハルホンク)を意識し、軽装にチェンジ――。


 七分袖に牛白熊のシャツに、魔竜王素材の黒と紫のズボンにした。

 

 そして、周囲を見ていく。


「シュウヤ様、【義遊暗行師会】の名があれば結構通用しますね」

「あぁ」

「ふふ、一度神格を得てそれをエネルギー源に変えているとか言ったら、もっと驚くと思うけど」

「ん」

「砂城タータイムは現在、<遮蔽魔法>にて隠れていますが、面にだせば、尚のことを従うはず」


 クナの言葉に皆が頷く。


「氣付いていたからこそ、あの態度なのかもだな」

「ふふ、そうですね。でも、<火水蜃気楼>などを用いれば、一種の幻覚を未開スキル探索教団の方々に見せることもできましたのに……」


 クナはもっと力を誇示したかったか。

 裏切りなどを心配しているんだろうな。

 だが、【血星海月雷吸宵闇・大連盟】や【義遊暗行師会】と義遊暗行師の名で十分だろう。


 と、戦場から少し離れた場所に古代狼族の氣配があったが、遠ざかっていく。

 

 ヒヨリミ様の判断か、狼将の判断か不明だが、ちゃんと一部の部隊を残しておいてくれたようだな。


 完全に、このエリアの守護を俺たちに託したということか。

 戦場の喧騒が完全に引いていく。

 樹怪王の軍勢が巨木を伐採して築き上げていた簡易砦は、旧神ゴ・ラードの蜻蛉モンスターたちの特攻と、未開スキル探索教団の術式によって半壊し、黒煙を上げている。


 地面には、無数の蜻蛉の翅と鹿頭の兵士たちの残骸が散乱し、鼻をつく焦げ臭さと血の匂いが混じり合っていた。


 先刻まで繰り広げられていた三つ巴の激戦の爪痕はいたるところにあった。

 

「閣下ァ! 掃除は完了しておりますぞ!」

「ハッ、残党狩りも心地よいものですな」


 光魔魔沸骸骨騎王が声を上げてくる。

 星屑のマントを優雅に靡かせたゼメタスの手にある名剣・光魔黒骨清濁牙には、まだ生々しい血を滴らせる鹿の頭部が串刺しになっていた。対となるアドモスの名剣・光魔赤骨清濁牙の切っ先には、樹怪王軍の幹部クラスであろう奇怪な水棲怪物の内臓がべっとりと絡みつき、その惨めな最期を晒している。


 ルリゼゼやハンカイもかなり活躍したと思うが、ゼメタスとアドモスが、この一帯で暴れ回った証し。


「ご苦労。ゼメタスとアドモス」

「「ハッ!」」


 そこでファーミリアたちを見て、


「では、この潰した砦を含めた、【樹海のハーヴェストの泉】を調べつつ〝血の陰月の大碑〟を目指すか、ファーミリア、昔とは地形が異なるかもだが、案内してくれ」


「はい、この樹怪王の軍勢が造り上げた砦の奥のはず」

「了解した。皆、行こうか」

「「はいっ」」


 戦火の熱でドロリと融解し、飴細工のように歪んだ壁を幾つも越えた。メルとヴィーネが軽やかに跳躍し付いてくる。


 メルは足の踵から黒い翼を出して旋回しながら細い壁上に着地している。ヴィーネは前転して、俺の横に着地。

 そのヴィーネの片手を握ると、「ふふ」と寄り掛かってくれた。左の乳房の感触を脇に受けて嬉しくなる。


 ヴェロニカたちも軽やかに跳躍していくのが見えた。


 その皆と、樹海の巨木をそのまま活かし、断崖へと繋げられた大橋。その半ばが崩落した櫓の残骸を横目に、湿った苔の匂いが濃くなる坂道を下っていく。


 戦火から逃れたか、何らかの結界によって無傷で残された石像の群れが見えてくると、巨木が折り重なっている場所も越えて、地形がなだらかに変化。


 そこから前に歩いていくと、巨大な滝が流れ落ちる山間の窪地のような地形に移る。

 耳を聾するほどの轟音と共に、白糸の瀑布が飛沫を上げている。だが不思議と、その下流に広がる泉の周囲だけは、時が止まったかのように静謐だった。


 水面は深く、どこまでも透き通る神秘的な蒼を湛え、戦場の熱氣を拒絶するような冷涼な氣に満ちている。


 美しい。


「ありました! ハーヴェストの泉です」


 【樹海のハーヴェストの泉】か。


 俺たちは瓦礫を踏み越え、その窪地へと降りていく。  すると、泉の周囲に点在する苔むした石柱や、風化しかけた祭壇のような人工物が目に入った。

 その中心、泉のほとりに聳え立っていたのは、闇を切り取ったかのような漆黒の巨碑。硬質な石材であるはずの表面には、銀色の脈動がドクン、ドクンと血管のように走り、見る者を畏怖させる神威を放っていた。


 あれが【血の陰月の大碑】かな。


「っ……これは……」


 ホフマンが声を詰まらせ、その場に膝をつく。

 アルナードも震える手で石柱の表面を撫でていた。


「間違いありません。この意匠、この石組み……。かつて我ら一族がこの地を管理していた時代のものです」

「あぁ……伝説の通り、ここにはまだ私たちの痕跡が……」


 ファーミリアが感極まった様子で、泉のほとりに佇む巨大な漆黒の石碑を見つめる。その光景を見て、レベッカがふと思い出したように口を開いた。


「まさに『ハーヴェスト神話』の舞台そのもの?」

「ん」

「はい」

「そうですね」

「そうね、ヘカトレイルの南西で見つかった石碑の素材と似ている」


 サラの言葉に皆が頷いた。


 エヴァとレベッカは周囲の石柱に刻まれた古い浮き彫りを指差した。


「神界側の双月神ウラニリ、ウリオウ、そして神狼ハーレイアの三柱。対する魔界側が、吸血神ルグナド、王樹キュルハ、宵闇の女王レブラの三柱……。その神々が争ったっていう伝説がここに……」

「……ドミドーンも、これは調べたいと言っていたな」


 キッシュの言葉に頷いた。

 相当な昔に起きたアブラナム大戦、俗に荒神大戦。

 神と魔が入り乱れる激戦地。

 

 当時の会話を思い出すと、イルヴェーヌ師匠が、


「当たり前だが、魔界の神々に神界の神々、そう、双月神ウラニリ様と双月神ウリオウ様の魔力も感じる。ここは、小月と神狼と銀獅子の泉に近い」


 たしかに。


「はい、そうですね。魔界とここはある種の楔で繋がっているのかもです」

「ここはある種、傷場の中と同じ、〝樹海道〟で魔界セブドラとセラを行き来できるのだからな」


 イルヴェーヌ師匠の言葉に皆が頷く。

 キサラは、


「【魔界十二樹海・南マハハイム】と南マハハイム地方の十二樹海は、鏡映しですね」

「それはそうだな。同時に、ここは、複雑な盟約が結ばれた場所が、南マハハイム地方の十二樹海だ」

「「はい」」

「ん、シュウヤ、見て、石柱には狼と吸血鬼と、樹木が絡み合って……」


 エヴァが浮遊し、石柱に指を当てている。


「あぁ、複雑な図像が彫り込まれているな」

「ん」


 レベッカは、


「この泉の名前になっている『ハーヴェスト』って、魔界側で散ったもう一頭の神狼の名前でもあるんでしょ? 神狼ハーレイアと対になる存在……」


 頷く。


「ンン、にゃお……」


 相棒が、泉の水面を見つめて哀切な鳴き声を上げた。

 神獣である相棒には、この地に染み付いた古き同胞の無念や、あるいは絆のようなものが感じ取れるのかもしれない。


 不安げな相棒の頭と背を、安心させるように撫でて――。

 泉の中心に聳え立つ【血の陰月の大碑】へと歩み寄った。


 黒豹(ロロ)は黒猫に変化させ、


「ンン」


 と喉声を響かせ付いてくる。

 相棒の毛を右足に感じつつ黒曜石のような表面を凝視。

 そこには、血管のように脈動する血色のルーン文字が刻まれている。


 俺たちに反応するように煌めくところがあった。


 泉の周囲には、闇神リヴォグラフが遺した不浄な魔力が、コールタールのような黒い澱みとして燻っていた。だが、俺たちが歩み寄るにつれ、その澱みは浄化の蒼い炎へと変化し、キラキラと光の粒子となって霧散していく。

 

「シュウヤ、碑に魔力が宿ることがある。まるでわたしたちを待っていたようにも感じる」


 キッシュが緊張を帯びた声で囁く。

 頷き、大碑の前に立った。


 一呼吸置き、手を伸ばす。

 冷ややかな石の表面に右手の指先を触れた。

 すると、脳内を強烈な衝撃が駆け抜けた。

 視界が白銀の粒子に包まれ、脳内に太古の記憶が奔流となって流れ込んでくる。


 碑の奥底から伝わってきたのは、凍てつくような孤独と、それを癒やすような温かな絆の波動。


 ――ハーヴェスト神話の真実。

 魔界の荒野で散った神狼ハーヴェスト。

 その魂と、この泉の名に関わる因縁。

 やはり、魔界側にある【忌丘神狼ハーヴェスト】や【双月ノ破壊碑マハハイム】とも、この碑は次元を超えて繋がっている、楔として……。


 この【血の陰月の大碑】は、吸血神ルグナドの系譜と双月神の因縁だけでなく、引き裂かれた神狼たちを繋ぐための墓標であり、世界を跨ぐ道標ということか。


「……まだ繋がっているんだな」


 俺の<血魔力>に呼応し、大碑の表面に刻まれた血色のルーン文字が、ドクンと脈打つように強く発光する。

 その光は単なる魔力光ではない。七色に揺らめく月虹だ。

 清冽な月光は、まだ宙空に残っていた闇の魔力を貫く。

 途端に、


「ドウォッ――」

「ウァォッ――」

「――オァイッ」


「ドウォッ ウァォッ オァイッ!」


 ドッドッドッ、ドッドッドッ――。


「ドウォッ ウォッ オアァイッ!」

「ドウォッ ウァッ オアァイッ!」


 ドッドッドッ、ドッドッドッ――。


 前と同じ、幻狼の遠吠え――否。それは鼓膜ではなく、魂を直接震わせる重奏……。

 この間の幻狼たちと似た、しかしより深く、太古の記憶を呼び覚ますような独特の旋律が、泉の水面を波打たせながら響き渡っていく。


「「シュウヤ様……」」

「シュウヤ様……」


 傍らでその光景を注視していたファーミリアたちが震える声で俺の名を呼ぶ。

 ファーミリアとホワインの瞳は揺れている。

 二人とも立場は異なるが、光魔ルシヴァル側だ。

 詳しく言えば、ホワインはまだ眷族ではないし、樹海八狼月伝の一人、神狼ハーレイア様の八人の眷族の一人。


 ムーにその資格があるようだが……。


 そして、ファーミリアの碧眼にも、碑から放たれる月光と、一瞬だけ浮かび上がった巨大な狼のシルエットが映り込んでいた。


「ンン、にゃお……」


 相棒もまた、碑を見上げて短く鳴いた。

 ゆっくりと指を離し、漆黒の石材に銀と紅の脈動が走る大碑を見上げた。


「……ファーミリア。三神と三神の古き盟約の理は、ここでも続いている。魔界で散った神狼ハーヴェストと、この地を守る絆も……」

「はい……。泉の色が、元の澄んだ蒼に戻っていく……。聖域が、神狼たちの魂と共に、ようやく真の主の下に甦ったのですわね」


 ファーミリアの碧眼に、感極まった凱旋の光が宿る。

 聖域としての平穏を取り戻したハーヴェストの泉が月光のような蒼い輝きを増していった。

続きは明日を予定、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。

コミックス版1巻ー3巻発売中。

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