二千七十六話 未開スキル探索教団と左長トリヴァラス
深い嘆息を漏らす。
「……はい、話があります」
男の声は感情を抑えた平坦なものだが、その奥には明確な苛立ちと、計算高い理性の色が混じっているように思えた。
震える指先で眼鏡のブリッジを直すと、彼はその黒い瞳で、俺の肩の竜頭装甲と、まだ熱を帯びている魔槍杖バルドークをじっと凝視する。値踏みされているような感覚に、自然と槍を握る手に力がこもった。
「アンタが、こいつらの纏め役だな」
紅矛の切っ先をわずかに向ける。
男はハルホンクから視線を外して俺を見る。
「いかにも。私が未開スキル探索教団、【樹海狩り】の左長を務めているトリヴァラス。皆から、リーダー格の役職名〝左長〟と呼ばれております。そして、貴方、『槍使い』の噂と……リックスからも報告は受けていました。実物は想定を遥かに超えていますね」
左長は指先に魔力を込めて少し動かすと、自動的にペンが浮いて、開いたまま浮いている手帳に何かを書き込みを行っていた。
「未開スキル探索教団左長トリヴァラスの」
「……我々は機会を窺っていたのですよ。あの女王サーダイン……突然変異か、古代の遺物か。その出自は不明ですが、彼女が持つ特異なスキル構成は、我ら教団の『力』として取り込むに値するものでした。それを、貴殿が横からさらっていった」
この左長さんが強いとしても、サーダインとまともに戦えるとは思えないが……。
「……スキル狙っての行動理念には、一定の理解は示すつもりがあるが、横からさらっていったはないだろう。お前たちも俺たちと敵対するなら敵となるが……」
殺氣を向ける。
左長は両手を上げ、降伏のポーズを取った。
だが、その眼鏡の奥の瞳は笑っていない。
諦めたわけじゃない。今の状況では奪えないと判断し、次善の策に切り替えただけだろう。
ハイエナのような狡猾さを感じる。
「とんでもない! 今の貴殿……いや、その眷族や『神獣』を含めた戦力とやり合えば、こちらの全滅は免れない。私は無駄な犠牲を嫌う主義でしてね」
左長はニヤリと口角を吊り上げた。
「そこで、取り引きといきませんか?」
「取り引きとは?」
「樹怪王の鹿頭の兵士連中、旧神ゴ・ラードの蜻蛉モンスター系の敵、オーク大帝国のオーク支族たち、魔界の眷族、それらに繋がる者たち、樹海のモンスター類などは、私たちの敵です。そうでしょう?」
「どうだろう、完全に敵とは言わない。話ができて手を取り合えるならば、どのような存在だろうと握手はできる準備はある。無論、裏からスキルを狙うような連中は信じることは難しいがな?」
「……それは皮肉を超えた、直球、痛いところを突く」
左長は苦笑いを浮かべながら、手帳をパタンと閉じた。
「……ですが、そこまでハッキリと言ってのける貴殿だからこそ、交渉の余地があるというもの」
彼は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、その奥の瞳を光らせる。
「内容は?」
「はい、単刀直入に、私たち未開スキル探索教団の味方になっていただきたい」
「味方か」
「はい。そして、貴方たちの強さは、見ている。到底かなうわけがない。裏からスキルを狙うことはしませんし、できません。更に言えば、私たちは職の神レフォト様を信奉している神界セウロス側の組織。スキル奪取、スキルも主に樹怪王側の勢力、魔界、旧神、オーク大帝国の連中に限ってことが多い。人族に対しても可能ですが、それは犯罪者や闇ギルドに対して行う程度です」
その言葉を聞いて、レックスたちを見てからヴィーネたちを見る。メルにも視線を向けると、
「総長、未開スキル探索教団の言っていることは正しいですね。迷宮都市ペルネーテ、ベンラック村、鉱山都市タンダールにも彼らの事務所がありますが、悪い噂はあまり聞いたことがない」
メルの言葉に頷いた。
ヴィーネたちは頷く。
「俺たち、光魔ルシヴァルの味方となる。それは俺たちも望むこと。だが俺たちは神界と魔界、それぞれ神々と同盟し、敵対もしている。そうした、光魔ルシヴァル側の独自の理念があるが、それを理解しているのか?」
「独自とは……」
「セラでは主に人族側、だが、それも不透明と言える。魔界側なら、悪夢の女神ヴァーミナ様、闇遊の姫魔鬼メファーラ様、吸血神ルグナド様、恐王ノクターとは仲が良い。神界なら水神アクレシス様、戦神ラマドシュラー、正義の神シャファ、光神ルロディス様とも仲が良いと言える。最近は主に闇神リヴォグラフ側と戦っている」
と、簡単に説明した。
光神ルロディス様については、胸元に<光の授印>などがあり、聖王や光神教徒などと呼ばれることがあるが……説明はしない。
トリヴァラスは驚愕に目を見開き、数瞬、言葉を失った。
少し間を空けてから、
「……分かりました。それほどまでの御仁とは……」
「本当に分かったのかな。俺たちは光魔ルシヴァルは、<血魔力>を扱える。吸血鬼側でもあるということだ。無論、全面的な吸血神ルグナド側ではない。人族を襲う側の吸血鬼一族、十二支族がいたら止めさせるように言い、止めさせる。争いを仕掛けてきたら、吸血神ルグナド側だろうと、戦うだろう。セラ側の<筆頭従者長>も大抵は、吸血神ルグナド様に従うが、従ってないこともあるようだからな」
「……それは複雑ですな。吸血神ルグナドと直に?」
「あぁ、会っている。同格としての同盟中だから、吸血神ルグナド様に歯向かう大眷属が現れるとは思えないので、人族側を襲う吸血鬼はこれから極端に減るかもしれない。だが、あくまでも減るかもしれない程度の話だ」
トリヴァラスの視線が一瞬泳ぐ。
「……そう、ですか……」
「それでも俺たちと手を結ぶと?」
「……はい」
「未開スキル探索教団も、俺たち側の魔界側の戦力に、手を出すな。ということになるが、大丈夫なんだな?」
「初見や、観察から分からない場合は、手を出すことはないようにしましょう。しかし、勘違いから争いになる場合は見逃してほしいですね。鑑定眼などはないで、そして、その鑑定系スキルも完璧ではない」
「あぁ、その辺りの際は理解している。俺たちも完璧ではない。そして、人族側の弱者を襲っている時なら話は別だ。更に、イデオロギーをかけた戦いなっている場合は、どちらにも加担しない方向になるかも知れない。しかし、状況次第だな。それら話がまったく異なり、片方に組みする場合もある。説明が難しいが……俺なりの仁義が基準と言えば分かりやすいか……差別のない、弱者を虐げるものを弾くことが多いか。そして、【天凛の月】の盟主であり、【血星海月雷吸宵闇・大連盟】の盟主の一人。同時に俺は、冒険者でもあり、聖ギルド連盟とも関わり、正義の神シャファ様から認められ【義遊暗行師会】に入っている。義遊暗行師の一人が俺だ――」
肩の竜頭装甲へ意識を集中させ、義遊暗行師の証明たる、義遊暗行剣槍と義遊暗行甲冑をその身に展開させる。
漆黒の甲冑が俺の体を包む。
アイテムボックスから正義のリュートを取り出した。
トリヴァラスの瞳に畏怖が見えた。
「……なっ……驚きました。仁義という言葉……重々に理解いたしました。正義の神シャファの執行機関、義遊暗行師会の方であったとは……」
「そんな俺たちと手を結ぶことで、あなた方に制約ができるかもだ。それでも手を結ぶなら、結ぼうか」
トリヴァラスは、未開スキル探索教団の皆を見る。
リックスたちは頷いて、胸元に手を当て会釈。
リーダー格のトリヴァラスに託すつもりか。
トリヴァラスは、
「……はい、お願いいたします」
「了解した。ならば手を結ぼう。そして、味方となった見返りだが?」
「戦いで、得ることができた貴重なスキルを、あなた方に提供ができる」
「「おぉ」」
ブッチたちが歓声を発した。
<夢送り>のようなことか。
「スキルを得て、提供できるのか、アイテムのようにスキルを譲ることができる?」
「はい。この水晶にスキルを封じ込めることが可能なのです。その水晶を握り、魔力を込めれば、そのスキルを自身の魂へと書き込むことができる。適正により獲得できない場合もありますが、それでも最低限、己の強化……永続的な能力値の上昇には繋がります。それは微々たるものですが、積み重ねもできますからね」
トリヴァラスは、懐から掌に収まるほどの小さな水晶を取り出した。内部には微細な銀の糸のような魔力が複雑に絡み合い、まるで星雲を閉じ込めたかのように、青白い燐光がゆらゆらと渦を巻いている。
水晶の表面には、職の神レフォトの象徴だろうか、歯車と目を組み合わせたような緻密な幾何学紋様が刻まれていた。
眺めているだけで脳の奥がチリチリと痺れるような、圧倒的な情報の密度を放っている。更に意識を凝らせば、その深層に宿る氣の脈動が、一定のリズムで鼓動しているのが分かった。
「「……」」
バフハールやブッチたちも、その神秘的かつ異質な輝きに目を奪われ、静かにざわついた。
ラムーに視線を向けると、既に霊魔宝箱鑑定杖を掲げている。
そこで、トリヴァラスに、
「その水晶を鑑定しても?」
「はい、大丈夫です」
ラムーはいつものように霊魔宝箱鑑定杖を掲げ、先端の灰色の魔宝石から魔力を照射する。放たれた光がトリヴァラスの持つ水晶と衝突し、複雑な幾何学紋様を宙空に投影しながら激しく煌めいた。
ラムーは直ぐに、
「はい、トリヴァラスが語った通りのアイテムです。そして神話級でも伝説級でもなく、ユニーク級でした。ですが、この情報の圧縮率は見事……教団独自の秘術を感じますね」
ラムーはそう言って、誇らしげに杖を下ろす。
彼女の確信に満ちた言葉を受け、静かに頷いた。
トリヴァラスは、俺の反応を慎重に見極めるように、一度言葉を切り、再び眼鏡のブリッジを押し上げた。
「そして、一つ提案なのですが、樹怪王側と旧神ゴ・ラード側の争いの場に乗り込みませんか? 両者の大眷属、眷族、モンスター兵が集結し、争い合う場が鉱山都市タンダールの南にあるのです。そこには、我らが狙う貴重な……そして貴殿方にとっても益となるであろう未知のスキルを持つ者たちが、確実に存在します」
続きは明日を予定、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」
コミックス1巻~3巻発売中。




