二千七十五話 光魔の血と常闇の抱擁
腕の中に崩れ落ちたヘルメの肌は驚くほど冷たくなっていた。
透き通るような青い肌のあちこちで、女王サーダインが放った塵、極小の樹杭が不氣味な脈動と共に彼女の魔力を吸い上げようと根を張っている。
「ンン、にゃお……」
黒豹が心配そうに寄り添い、鼻先でヘルメの肩を突く。
ゴルゴンチュラの時もそうだった、<白炎仙手>を用いた治療を想起しつつ<生活魔法>の水と<血魔力>でヘルメを包む。今回は<白炎仙手>や<血鎖の饗宴>も必要ないだろう。
即座に<血脈冥想>を意識し、<精霊珠想・改>を通じて、ヘルメの深層意識へと直接語りかけるように己の熱い<血魔力>をヘルメに体に流し込んだ。
『ヘルメ、俺の血を喰らえ! 内側から焼き払うんだ』
契約のパスが真っ赤に焼け付くほどの勢いで、沸騰する光魔の力を注ぐ。
すると、ヘルメの女体の背だけが跳ねるように持ち上がる。同時に、肌下で蠢いていた不氣味な樹の根が浄化の炎に焼かれるようにパチパチと音を立てて灰化し、霧散していく手応えがあった。
ヘルメの蒼と黝の肌とコスチュームが煌めきを起こしていく。
「……あ……かっ……」
ヘルメの瞼がわずかに震え、蒼い瞳がゆっくりと開くと申し訳なさそうに眉を下げた。
「申し、訳……ありません。不覚を……」
「氣にするな。あの塵は初見では防ぎようがない。それより、動けるか?」
「はい……閣下の魔力のおかげで、体内を蝕んでいた不浄は消えました。あ……ふふ、閣下の血は、やはり何よりも暖かくて……力が漲ります」
ヘルメは頬をわずかに染め、俺の腕を借りて立ち上がる。
立ち上がって、ヘルメ――と自然とハグをして抱きしめた。
「閣下……」
ヘルメも俺をギュッと抱きしめ返す。
と、その体の一部をひんやりとした液体へと変え、俺の胸や肩へ吸い付くように絡めてくる。
混じり合う魔力と彼女の確かな熱に、言いようのない愛おしさが込み上げた。
ヘルメは艶やかな笑みを浮かべ、俺の頬に唇を寄せると再び滑らかな曲線を描く女体へと戻る。
足取りはまだ僅かに覚束ないが、常闇の精霊としての驚異的な再生力が、その瞳に力強い光を呼び戻していた。
ヘルメと恋人握りをしてからまた抱擁し、キスをしてから――。
女王サーダインが霧散した場所へ視線を向ける。
そこには、彼女が身に着けていたはずの『冠』の一部か、緑色に輝く透き通った結晶が落ちていた。完全に倒したわけではないが、戦利品。
「ングゥゥィィ、魔力、あるゾォイ――」
「ハルホンクが食べたいか。少し待て、鑑定してから喰らってもらうか決める」
「ングゥゥィィ」
「ンン、にゃ~」
黒豹も反応し、駆け寄り、鼻先で匂いを嗅ぐ。
そして、前足の爪先で、その結晶をチョイチョイと転がし始めた。
大丈夫そうだ。ヘルメと共に近付いた。
見た目はかなり綺麗な緑の結晶、直に触れても大丈夫そうには見える。
ヘルメも、
「触っても大丈夫そうには見えます」
「そうだな。あ、相棒、肉球ではまだ触るなよ、俺が拾うから」
「ンン」
黒豹は結晶を凝視しつつ、腹を地面に付けると、体を左右に揺らしながらヘルメの足下に移動した。
〝無魔の手袋〟を取り出し、右手に装着し、結晶を拾った。
拾い上げた緑色の結晶は、手のひらの上で脈動を続けている。
このまま持ち帰ってもいいが、正体不明のまま懐に入れるのはな。
破壊の王とキュルハの眷族に近い女王サーダインの残滓だ、呪いや特殊な追跡機能がある可能性も否定できない。
キサラとメルとヴィーネの背後にいたラムーを見ると、彼女は霊魔宝箱鑑定杖を少し動かした。
魔鋼ベルマランの兜で顔は見えない。背後からサラたちも飛来して着地。
「……ラムー、少し手を貸してくれ」
「はい、お任せを」
いつものようにくぐもった声での返事。
霊魔宝箱鑑定杖を掲げ、先端に嵌まっている灰色の魔宝石から魔力を照射した。
放たれた鑑定の魔力光が緑色に輝く透き通った結晶を煌めかせていく。
「――判明いたしました。これは十二樹海の女王の心核の欠片。十二樹海に特化した女王サーダインの魔力が内包されている。超高純度の極大魔石のように使うことも可能です。素材として使えますね。また、女王サーダインに連なる新種の樹、植物系のモンスター兵に干渉が可能になるかもです。また、女王サーダインは復活してくる可能性があります。その際は、大概のアイテムボックスなら追跡されないと思いますが、その結晶が発信器代わりとして、女王サーダインに追跡されるかもしれません」
「了解した」
「新種の樹、植物系モンスターに干渉とは、女王サーダインのコントロールや指揮系統を混乱させるとかでしょうか」
ヴィーネの言葉に、
「そうだろうな」
傍にやってきたレベッカが、
「大軍で襲撃された場合には、コントロール、指揮系統の混乱は便利そうだけど、極大魔石として使えるなら、ザガ&ボンとミスティとクナにあげて、素材として活用してもらうのが良さそう」
「ん、レベッカに賛成。新たな武具の素材、錬金術の素材に流用できるかもしれない。でもハルちゃんが食べるならシュウヤの強化に繋がるかも」
「食べるところは結構好きだから見たいな」
サラの言葉に自然と笑みを浮かべた。
皆が、肩の竜頭装甲を見る。
ヴィーネも、
「ふふ、そうですね」と肯定。
そこで、
「ハルホンクが喰らうことで、追跡される可能性はどうだろう」
エヴァたちは神妙な表情を浮かべて頷いた。
ハンカイが、
「喰らえば、追跡は難しいと思うぞ」
「ハルホンクも食べたがっているし、食べちゃっていいと思うわよ~」
レベッカの声に、肩の竜頭装甲が「ングゥゥッ」と小さく鳴り、反応を示す。
ユイは、
「呪いも昇華してしまうハルちゃんだし、大丈夫だとは思う」
その言葉に肩の竜頭装甲は顎の歯牙を衝突させカツカツと音を響かせる。
「「ふふ」」
「では、喰らってもらう前に、一応はザガたちに聞く」
ザガたちに血文字で、
『女王サーダインを倒して、十二樹海の女王の心核の欠片を入手した。素材に使えるかもしれないが、ハルホンクに食べさせていいかな』
『構わん~ここにある〝大地龍甲〟や〝地龍の核晶〟などを活かした装備品の改良はまだまだ続く』
クナとミスティも近付いて、
「シュウヤ様の強化で構いませんわ。ハルちゃんに食べさせてあげてください」
「うん、ザガも血文字で言ったけど、素材は他にもたくさんあるから」
二人の言葉に頷く。
「では、ハルホンク、これを喰らえ」
右手に持った十二樹海の女王の心核の欠片を、肩の竜頭の口に押し当てた。
魔竜王の蒼眼がピカピカと煌めき、カタカタと装甲を鳴らして震えだした。
「ングゥゥィィ――」
ハルホンクは歓喜の唸りを上げると、竜頭の顎を裂けんばかりに割り、結晶を深々と飲み込んだ。
――ガリィィッ!
と鼓膜を震わせるほど硬質な破砕音が響き、直後、装甲の隙間から命の輝きを凝縮したようなエメラルドグリーンの霧が吹き出す。
その霧は体を包み込むように渦巻き、闇と光の運び手の表面に生きた植物の脈動のような緑の細いラインを刻んでいく。
肩の竜頭装甲はゲップを吐き出す。
「――ウマ、ウマ、ウマカッチャン!!」
ピコーン※<十二樹の加護・残滓>※恒久スキル獲得※
※<導引・樹縛の波紋>※スキル獲得※
脳裏に響く。
魔力回路に瑞々しい未知の感覚が流れ込んできた。
「……おぉ……」
「ご主人様、ハルちゃんと繋がっている闇と光の運び手が進化を!」
ヴィーネが驚きに目を見開く。
漆黒の装甲の一部に、女王サーダインの冠を思わせる透明な結晶が薄く膜を張り、そこに複雑な樹木の紋様が浮かび上がっていた。
「あぁ。新しいスキルを得た。<十二樹の加護・残滓>と<導引・樹縛の波紋>だ。どうやら、さっきヘルメを苦しめたあの塵――極小の樹杭に対する強力な耐性と、植物系モンスターの指揮系統を混乱させる力を手に入れたらしい」
「閣下の御力に……また一つ、新たな理が加わったのですね。わたしの不覚が、結果としてハルホンク殿の糧となったのであれば……これ以上の喜びはありません」
ヘルメは俺の腕の中で、安堵と崇敬が混じり合った表情で深く頭を下げた。
「ングゥゥィィ、馴染ム、ゾォイ! コレデ、アノ、根暗ナ、女王モ、怖クナイ、ゾォイ!」
ハルホンクは誇らしげに胸部装甲を膨らませ、カチカチと顎を鳴らす。
相棒も「ンン、にゃ~」と喉を鳴らし、巨大な前足で俺の膝を軽く叩いた。祝福のつもりだろう。
そこで周囲を見る。
ヴィーネは翡翠の蛇弓を構える。
メルはヴェロニカたちとアイコンタクト。ヴェロニカは両手を拡げて、『え? 大丈夫でしょ』とジェスチャーで会話。レベッカは、黒豹の尻尾を掴む遊びをして、エヴァはサージロンの球を上空に展開、ミスティはゼクスを前に出した。そこに、光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスが、リックス、モナア、ウノ、マレガ、アレイザの背後に現れる。
ゼメタスの名剣・光魔黒骨清濁牙には、まだ生々しい血を滴らせる鹿に似た獣頭が。
アドモスの名剣・光魔赤骨清濁牙の切っ先には奇怪な水棲怪物の内臓が絡みついたまま、仕留められた樹魔妖術師の惨めな末路を晒していた。
樹怪王の軍団のリーダー格の一角、樹怪王の軍団の樹魔妖術師を仕留めた証拠。
星屑のマントが渋い。
二人が纏う星屑のマントが、周囲の光を吸い込むように鈍く輝く。
甲冑の隙間から溢れ出す漆黒と紅蓮の魔力がマントに吸い込まれるたび、その表面には無数の流星が尾を引くような神秘的な紋様が浮き彫りになっていった。
光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスの再登場に、彼らは武器を構えてはいるものの、その瞳には宿っているのは敵意よりも、見たこともない現象に対する剥き出しの知的好奇心と、圧倒的な力への畏怖が現れてきた。
光魔魔沸骸骨騎王のゼメタスとアドモスは、はっきり言って、ザ・魔界騎士だからな
地獄の騎士とも言える威容、びびるのは当然だ。
未開スキル探索教団の方々は、逃げずに残っているから交渉は可能かな。
スキル奪取が目的なら問答無用で襲い掛かってくるだろうしな……。
しかし、後方に控えるあのリーダー格の男。
冷徹な瞳を細め、手帳にペンを走らせるその手は興奮を抑えきれないのか、かすかに震えている。
「……さて。逃げずに残っていたということは、話をする氣なんだよな」
と言いながら魔槍杖バルドークを消して、右手に再召喚して握り直す。
一歩踏み出すごとに、紅矛の先が地面を削り、バチバチと赤白い火花を散らした。
冷え切った空氣を焼き焦がすように、燃え滓が周囲に広がる。
リックスがわずかに身構えたが、リーダーの男がそれを手で制し、震える手で眼鏡のブリッジを押し上げた。
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