二千七十三話 十二樹海の混迷、探索教団の罠
眼下では、原生林を焼き尽くさんとする火球と、蜻蛉たちの羽音が混ざり合い、地獄のような喧騒を奏でている。鹿頭の兵士たちが叫びを上げ、旧神の軍勢を押し戻そうとする中、その影だけが異質な静寂を纏って動いていた。
すると、相棒の長い耳の下でルリゼゼと共に黙っていた<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロスが、
「主、鹿頭を戴く樹怪王の軍勢ですが、この十二樹海において独自進化を遂げたボーフーン信奉の一族なのでしょう。樹海にはそうしたモノが多い。そして、あの蜻蛉の群れをも屠っていく『影』……。あれは以前、主らと遭遇した人族の組織、極めて優れた技術を持つ【未開スキル探索教団】と推測いたします。更に、最重要の報告が。樹海道が使われた形跡があります。第三、第四の勢力が潜伏している可能性は極めて高いでしょう」
ルヴァロスが冷静に告げる。
その双眸は眼下で繰り広げられる地獄絵図の裏側に潜む、教団の冷徹な意図を冷酷に見抜いていた。
キサラが、
「樹海道……では、女王サーダインが復活?」
クナが、
「ありえますわね、精霊樹にも敗れ、眷族も散っていますが、彼女は神々の血を得ての特異な種族。塵となっても復活できる時間で再生できる上に、〝樹海道〟を使える数少ない強力な魔族です」
と発言。
レベッカが、
「サーダインなら、タフすぎ……神格はないけど、魔界とセラの十二樹海を行き来できるんだから、諸侯や神々よりも私たちには脅威かもね」
その皆の言葉に頷く。
すると、ハンカイが黒いソファーから這い出ては、
「だからこそ、サイデイルの守り、南マハハイム地方の十二樹海の守りは重要ということか」
キッシュを見ながら語る。
キッシュは、「あぁ、サイデイルは精霊樹ルッシー、デルハウト、シュヘリア、ジョディ、シェイル、ヴァーレンティンたちのおかげだ」
ハンカイは、「ハッ、キッシュという女王がいるからこそだろう」と発言。
そこに、ジョディとシェイルの魔素が背後の空から、旋回中の相棒に近づいて来るのを把握。
「「――あなた様!」」
相棒の頭部に着地した二人。
大きい鎌を消して仕舞うと、少し浮遊しつつ片膝の頭で空を突き、頭を垂れた。
「おう、頭をあげてくれ、ジョディとシェイル。敵の動きを察したか」
「はい! 樹海道の使用した際のわずかな魔力の揺れを感知しましたわ」
ジョディに続いてシェイルが、
「はい、キュルハ様の権能を得ている魔界の者たちは以外に多いですからね。今回の使用者が、あなた様の敵対者なら排除します!」
「ありがとう、二人がいれば心強い。未知の存在は、まだ不透明。更に、下の戦場を見れば分かるが、樹怪王の軍勢も多いからな。お前たちは、皆と同様に、その相手をしてもらう」
「はい、お任せを!」
「はい! うふふ、久しぶりにあなた様に貢献できます!」
「はは、俺も嬉しい」
「うふふ! ようやく、ようやくお傍に……っ!」
感極まった声を漏らし、ジョディが俺の右腕に飛び込んできた。
腕に伝わる豊満な柔らかさと、激しく波打つ彼女の鼓動が、どれほどこの瞬間を待ちわびていたかを雄弁に物語っている。
愛おしさを込め、その細い肩を力強く抱き寄せた。
――手のひらから<血魔力>を流し込むと、ジョディの華奢な体温が、熱病に浮かされたかのように跳ね上がるのが伝わってきた。
「ぁっ……あぁ、主様……」
ジョディは熱い吐息を漏らし、潤んだ瞳で陶酔しきった表情を俺へ向ける。その瞳には、眼下で渦巻く地獄のような戦場の喧騒など、一瞬で忘却の彼方へ追いやってしまったかのような、深く濃密な愛着の光が宿っていた。
彼女特有の甘い花の香りが鼻をくすぐる。
その体の一部からは、美しい白い蛾の群れが鱗粉を散らしながら宙へと舞い上がっていく。
ジョディのしなやかな体を抱き寄せ、その背から<血魔力>を注ぎ込んだ。熱い奔流を感じたジョディは、「ぁっ……」と、恍惚とした吐息を漏らし、体の一部を白い蛾の群れに変化させながら名残惜しそうに離れていく。
シェイルが、「ジョディ、久しぶりすぎて失神しちゃったのね、可愛い」とジョディの頬にキスをすると、ジョディは目をぱちくりさせて、「ふふ、はい、幸せです。ですからこの幸せの邪魔をする樹怪王の軍勢などを倒しましょう」と言うとシェイルは、右手に大きい鎌、サージュを召喚。
「ふふ、勿論」
とサージュを振るうように少し上昇した。
そこにメルが、<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロスとファーミリアを見て頷き、
「潜伏している謎の存在ですが、吸血神ルグナド様も【ルグナド、キュルハ、レブラの合同直轄領】を持ちますし、キュルハ様の権能を得ているかも知れない闇神リヴォグラフ側の潜伏者など、敵対者の可能性は多岐に及びます」
メルの分析に皆も納得。
師匠たち、バフハールは無言だが、『当然だな』という顔付きだ。
そこで、
「ヴィーネ、ユイ、クレイン、ミスティ、カルード、フー、ママニ、サラ、ブッチ、クナ、師匠たち、ゼメタス、アドモス、バフハール、イモリザ、シャイナスもだが、樹怪王と旧神の軍勢は任せよう。砂城タータイムにいるルシェルやザガ&ボンと連携し、ジョディとシェイルも、サイデイルの守護者としての力を見せてやれ」
「「「はい!」」」
「「「了解」」」
「「おう」」
「「ハッ」」
皆の頼もしい唱和を背に受けながら――。
相棒の広い頭部に片膝をつき、そっと手を置いた。
手のひらに伝わる、神獣の力強い拍動と、冬の陽だまりのような温かい毛並みの感触を得ていく。
これから飛び込む地獄のような戦場を前に、この確かな生命の感触が何よりも俺の心を落ち着かせてくれる。
「ロロ、手荒い歓迎が来るだろうが……頼むぞ」
眷族たちを乗せた広大な頭部をぐいと持ち上げ、その巨躯を微かに震わせ、俺たちを揺らす。
「にゃご」
と短いが、鼓膜を震わせるほどに力強く、氣合いに満ちた鳴き声。
神獣としての威厳と皆に向けての絶対的な信頼が凝縮されている。
自然と笑みとなって、トントンと掌で優しく、叩き、
「相棒、では、降下を始めよう。戦いだ」
「にゃ~」
すると、下から魔矢が複数飛来してきた。
神獣は無数の触手を伸ばし、魔矢を迎撃。
更に、ヴィーネが、「ご主人様、下の戦いの一部は任せてください――」と、相棒から離れて降下、翡翠の蛇弓から網目状の電撃<ヘグポリネの紫電幕>を樹海の森を覆うように展開し、下からの遠距離用攻撃を防いでくれる。
「おう、頼むぞ、ヴィーネ――」
ヴィーネのかすかな返事の声を耳にしながら<武行氣>を使い神獣から離れた。
飛翔しながら戦場を見ていく。
ジョディとシェイルが神獣から舞い降りていくがの見えた。
二人の手には、血色と白銀の魔光を放つ巨大なサージュが握られている。大鎌が旋回するたび、赤紫の蝶と白銀の蛾が狂乱の舞を演じ、鹿兵たちの防衛線を鮮やかに切り裂いていった。
『閣下、私たちも外に』
『御使い様!』
『シュウヤ様、私も!』
『シュウヤ様、皆様のフォローに私を使ってください』
『了解した。ヘルメとシュレ以外はミスティたちのフォローを頼む』
『『ハッ』』
『はい!』
右目からグィヴァが離れる。
指輪から風の精霊ナイアが離れた。
人差し指の爪から古の水霊ミラシャンが離れていく。
『影』を追うとして……。
そこに「ンン――」喉声を響かせている相棒が黒豹の姿に変化しながら飛翔してきた。
「ロロ、行くぞ」
「ンン、にゃ!」
肩の竜頭装甲を意識。
戦闘形態に変化させ、<闘気玄装>を再発動。
<ルシヴァル紋章樹ノ纏>も発動。
相棒と共に、繁った葉を踏みつけて着地。
怪しい魔力の淀みを目指す。
背後に<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロス、シャナ、ファーミリア、ホフマン、アルナード、ルンス、ヴェロニカ、メルが着地。
少し後方には、レベッカとエヴァとビュシエが背丈の高い樹を利用しつつ蒼炎弾、白皇鋼の刃、石棺を、樹怪王の兵士たちに繰り出している。
味方の動きを把握し、影のように動いていた強者に近づいた。
強者は俺たちの氣配を感じたように、先頭の一部の影が薄まる。
二人が現れた、人族か。
制服からして未開スキル探索教団だろうとは思う。
その人族は、
「……人族の冒険者か? テイマーが、俺たちになんのようだ」
と聞いてきた。
もう一人の人族女性は少し浮遊し、朱色と蒼色の刃を上空に浮かばせて、「黒髪と黒豹……冒険者の一団には見えないけど……あ、まさか……」と呟いている。
前の男は、「ん? モナア、こいつらを知っているのか?」
すると、
「主、足下の根の拍動、<王樹ノ根転移>の反応が再び!」
ルヴァロスの緊張を帯びた声が響く。
見れば、巨根が血管のように脈打ち、セラの空間そのものを抉り始めていた。
ファーミリアが、
「樹海道……また、誰かが魔界の十二樹海からここに」
刹那、空間がひび割れたかのような錯覚に陥った。
そこから溢れ出したのは、かつてこの樹海で幾度も火花を散らした、あの圧倒的な『破壊と樹』の魔圧。
迷わず、右手に魔槍杖バルドークを召喚。
掌に馴染む柄の感触を確かめる。
「……女王サーダインだろう。また執念深く這い出してきたな」
女王は、金色の瞳の奥で憎悪の炎を揺らめかせ、己の両手から鋭利な爪を伸長させた。その爪は、陽光を跳ね返さぬほどに禍々しく黒光りしている。
更に、両手から爪を伸ばす。
爪は地面に突き刺さったが、直ぐに、俺のことをテイマーと呼んだ男の足下の地面を突き抜け、その男を狙う。
男は素早く片手剣を下げ、爪を地面ごと切り裂きながら後転して避けていた。
女王サーダインは「フンッ、生意気な動きだ」と呟く。
神格はさすがにないが、それぐらいの魔力量を持つ。
人族たちと俺を見据えて、
「光魔ルシヴァルの槍使い、久しぶり。あの時の痛みは忘れていないわよ……そして、そこのレフォトの信奉者共、我の眷族を屠り続けた罪は重い……」
彼女が歪な指先を地面へと突き立てると周囲の大地が沸騰したかのように盛り上がり、樹木で構成された彼女の軍勢が、蟻のように次々と湧き出していった。
地面から蟻のように次々と湧き出し、蜻蛉や鹿兵を飲み込んでいく樹木魔族の波。その光景を前に、女王の爪をかわした後退から体勢を立て直した影の男が、不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「へっ、やはり現れたか。 樹怪王の鹿連中に蜻蛉だけでない樹と鋼、破壊の魔力を備えた、未知の魔族の大本……予測通りだな」
男がそう独白した直後、影の淀みが更に大きく揺らぎ、後方から数人の人影が音もなく現れた。
制服の意匠と纏っている魔力の質には、見覚えがあった。
整った顔立ちに碧眼の男は、拳を振るう、拳からでた光の魔力の波動が、女王サーダインに向かう。女王サーダインは後退して避けた。
碧眼の男は、
「――サーダインだけでなく、やはり、あの時の凄腕槍使いか、そして、精霊も左目にいるのも変わらないようだ」
と発言。
「名は、リックスだったか」
「その通り、覚えていたか」
「あぁ、〝左長〟の直下組織【樹海狩り】メンバーだろう」
「その通り、未開スキル探索教団だ。久しぶりだな、槍使い。この樹海にいればまた会うと思っていた」
だろうな。
すると、上空に浮遊するモナアと呼ばれていた女性が、朱色と蒼色の刃を躍らせながら、合流してきた連中に向け、
「やっぱり、そうなのね!」
と発言し、朱色と蒼色の刃を斜め下に湧いた女王サーダインが生み出した樹の魔族に繰り出した。
串刺しにしていく。
リックスは、先ほどまで俺をテイマーと呼んでいた影の男と合流し目を細めては、周囲に液体を撒いて、魔力の渦を造り上げていた。
彼の周りには、<オアネスの紐>を構えたウノ、二槍流のマレガ、そして幻影を纏ったアレイザも揃う。
やはり未開スキル探索教団の精鋭たち。
教団のメンバーたちの体がブレる。
女王サーダインが生み出した樹木魔族に対し、近づいた。
それぞれに魔力を放つ。
ウノの紐が魔族を縛り上げ、リックスやマレガの攻撃が次々と核を採取し、物言わぬ木屑へと変えていく。
未開スキルを使用か。
彼らの動きが戦場を支配した。
そして、彼ら精鋭たち背後、影の最深部から一際冷徹で歪な魔圧を放つ男が静かに歩み出た。
「ふむ。そのまま<環封印>。〝ハム底〟を展開しよう。そして、報告していた『特別なスキル』の持ち主が、彼か……」
男の言葉には、他者を実験体としか見ていないような乾いた響きがあった。教団のリーダー格、あるいはそれに準ずる指揮官だろう。
するとファーミリアが、男が放つ気配を察知したように、
「人族の手練ですね、吸血鬼ハンターにもこういう輩は多かった」
更に<光魔王樹界ノ衛士>ルヴァロスが、
「主、あの男の気配……魂を削り取るような、異質な法則を持っております」
「ん、危険そう」
「総長の記憶で見た通りの人材たち、そして、あれが未開スキル探索教団のリーダーのようね」
エヴァやヴェロニカの言葉に頷いた。
そして、当初こそ調子よく魔族を屠っていたが、その様子を金色の瞳で睨みつけていた女王サーダインが、激しい破壊の魔力を解放した。
「虫ケラ共が……! 我が眷族を素材としか見ぬその傲慢。塵となって王樹の根に消えるがいい!」
サーダインの怒りに呼応するように樹木魔族たちの肌が赤黒く変色し、未開スキル探索教団の拘束を強引に引き裂き始める。
調子が良かったのは、最初までか。
戦況は拮抗していく。
教団の採取が通用しなくなった魔族たちが、逆にリックスたちを飲み込もうと勢いを増していく。
「これも予想通り、さすがに傷場のようにここを行き来できる新種の女王さんだぜ――」
「一筋縄ではいかないか。おい、槍使い! 見ているだけか?」
リックスが毒づきながらこちらへ叫ぶ。
一応は人族側だから、未開スキル探索教団に味方するか。
魔槍杖バルドークを回しながら前に出ると――。
女王サーダインとサーダインの側近のような大柄の樹魔人から火球と風の魔弾のような遠距離用攻撃に、腐食しているような液体が飛来した。
<血道第三・開門>――。
<血液加速>で、火球と風の魔弾を避けつつ<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を前に送り、液体を防ぐ。
「前には無かった防御用の魔道具――」
と、女王サーダインが上空に植物の群れを引き連れながら転移。
植物の群れ、餓鬼のような造形となって俺たちに飛来した。
それを魔槍杖バルドークの<魔皇・無閃>で消し飛ばし、左手首の<鎖の因子>から<鎖>を飛ばしながら、<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を、女王サーダインに飛ばすが、女王サーダインは、<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を蹴り、<鎖>を下の地面と宙空に生み出し樹の網に絡ませて止めてくる――更に、魔眼、目から魔力が飛来――。
それを半身で避けて左に旋回していく。
女王サーダインの殺氣に魔力量は前回よりも強くなっている印象を抱く。一瞬で蒸発させるほどに苛烈だった。
ところが、女王サーダインの体の一部から血閃が走り、その体の一部が、気色悪く、小刻みに右と左に蠢き、
「……破壊の血が疼く! やはり、破壊の王ラシーンズ・レビオダ様を屠り、我らの秩序を蹂躙したのもお前だったか!!」
女王は、もはや制御しきれぬといった様子で声を荒らげた。
彼女の全身を走る血閃は、復讐心という名の熱を帯び、ドクドクと不気味な脈動を刻み続けている。
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