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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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二千七十二話 ヒヨリミとの別れと樹海戦場に疾る影

 ヒヨリミ様も神狼ハーレイア様の魔力が活性化したことは氣付いたようだ。

 そして、彼女の言葉は外交辞令ではない。その言葉からは古代より続く森の守護者としての矜持と、未来を憂う切実な想いが伝わってきた。

 そのヒヨリミ様に、


「感謝します――」


 自然とリスペクトの想いが溢れる。

 ラ・ケラーダの挨拶を行ってから拱手をして、頭を下げ、

 

「その信頼を決して裏切らないと誓いましょう」


 と発言し、ヒヨリミ様の瞳を真っ直ぐに見つめる。


「ふふ、そんなに畏まらず。シュウヤ様は、ハイグリアの旦那様なのですからね」

「あ、はい、そのハイグリアはサーマリアの王都ハルフォニアに潜入したと、レガランターラたちから昔に聞いていました」

「はい。そうなの。あの子はサーマリア王国を中心に各地を転々として、中々帰って来ないのよ」

「連絡はあるんですよね」

「はい、それはご安心を。元上院評議員ドイガルガが持っていた商会を一つ一つ潰して回っているようです」

「なるほど、その情報も得ています」

「はい、ハイグリアにシュウヤ様が心配していたと告げますわ」

「あ、元氣ならそれでいいんです」

「そうなの? ふふ」

「にゃ~」


 俺の肩にいる黒猫(ロロ)が鳴いた。

 ヒヨリミ様が視線を俺の肩に向ける。

 すると黒猫(ロロ)が、肩から降りて、ヒヨリミ様に近づく。


「ンン、にゃ」


 触手までは出さないが、喉をグルグルと鳴らし、頭部をヒヨリミ様の足に擦り付けて甘えていた。ヒヨリミ様から発せられる清浄な森の魔力と、自然の匂いを氣に入ったのかもしれない。

 

「ふふ、ロロちゃん様も、末永く仲良くしていただけると嬉しいですわ」

「にゃ~」

「ふふ、私のことを理解しているのですね。可愛い」

「相棒は、俺以上に鼻が利きます。善意と悪意を見分ける天才です」


 ヒヨリミ様は嬉しそうに目を細めて、黒猫(ロロ)の頭部を何度も撫でてていく。

 黒猫(ロロ)は、そのヒヨリミ様から離れて、俺の近くに戻ってくると、肩に跳躍。

 

 ヒヨリミ様は名残惜しそうに黒猫(ロロ)を見てから、俺を見て、


「……では、道中の無事を祈っております。我ら一族も、すぐに動き出しましょう」

「頼みます。何かあれば、サイデイルに連絡を」

「はい」


 互いに会釈。踵を返し、屋敷の部屋を後にした。

 渡り廊下に戻る。

 沼の畔に建つ森屋敷の階段を降り、回廊に戻る。

 左右の美しい沼に泳ぐザハを見ながら廊下を歩いた。


 濃密な魔素を含んだ風が肌を撫でる。


 先ほど退出していった狼将たちの視線を感じるが、そこに敵意はない。あるのは畏敬と、同盟者を見る探るような眼差しだ。


「……」


 待機していた一部のセリアと眷族たちと共に森屋敷から外に出た。


 視界を覆うのは、天蓋のように広がる双月樹の枝葉。

 そこから木漏れ日が幾千の光の矢となって降り注ぎ、薄暗い樹洞の街を神秘的に照らしている。

 

 巨木の幹を螺旋状に取り囲むように作られた木造の回廊や、太い枝の上に築かれた望楼が自然の造形を損なうことなく美しく調和していた。

 行き交う狼族と獣人たちは、俺たちを見ると足を止める。

 胸に手を当てて静かに頭を下げる者が多い。


 その瞳にあるのは、余所者への警戒ではなく、同盟者への敬意だ。


 そして、足下の水路と前方の水路が美しい。

 背後のヒヨリミ様の森屋敷の沼の一部にも繋がっている。

 

 時折、水面が鏡のように周囲の緑を映し出す。

 魔素を帯びたザハが波紋を作って跳ねていた。


 建物の柱や欄干には、ヒヨリミ様が好む銀梨子地の装飾が施されている箇所があり、差し込む光を反射して、濡れたような渋い銀色の輝きを放っていた。


 巨大な樹木屋根から落ちてくる魔力を宿した枯れ葉は、やはり、非常に美しい。


 はらはらと舞い落ちるその一枚一枚が、黄金色や紅色の魔光を帯びており、街全体を幻想的な彩りで包み込んでいる。

 美しい銀梨子地の印がお土産のトレードマークになる訳だな。


 この幻想的な光景を目に焼き付けながら肩の竜頭装甲(ハルホンク)を意識し、七分袖のラフなシャツとズボンにした。


 狼月都市を覆う巨大な双月樹の枝葉から、その天蓋の隙間を抜けるように飛翔し、遮るもののない蒼穹へと飛び出す。

 

 眼下には、南マハハイム地方を象徴する深緑の十二樹海が、どこまでも果てしなく広がっていた。西日に照らされたハイム川の支流が緑の絨毯を縫う銀の蛇のように輝いている。

 相棒は速度を出さず、ゆったり飛行中。


 巨大な鼻先にいるファーミリアとキッシュ。

 二人は、相棒の触手をにぎにぎとしながら、細い腕先を伸ばしていた。

 ファーミリアは、<血魔力>の蝶々と白鳥の幻影を作り出し、それらを宙空に飛ばし、


「ロロ様、蝶々と白鳥の先の方角です」

「ンン、にゃ~」


 神獣(ロロ)は応え、頭部と体から出した触手をファーミリアの体に悩ましく絡ませていく。

 と、一瞬で、ファーミリア専用の椅子を鼻先に作り、そこにファーミリアを乗せていた。


 黒い毛に覆われたファーミリア、美しい金色の髪が一部と頭部の一部が、覗けるだけになっているが、


「ふふ、ロロ様、モフモフのサービス、ありがとうございます」


 そんなやりとりを見ながらアイテムボックスから砂城タータイムを出した。模型の白亜の城は、かなりリアルな作り。

 この中にいるルシェルへ、


『ルシェル、アイテムボックスの中にいる時は、外には出ることはできないんだよな』

『はい、通常では出られない。しかし、〝星霜の運行盤アストロラーベ・クロノス〟の<時仕掛けの空間>を上手く使えれば、シュウヤ様のアイテムボックスの戦闘型デバイスから外に出られるようです。ただ、私の魔法力だけでは難しいようですね。師匠のクナが居れば、たぶんですが、アイテムボックスの中にある砂城タータイムの中にいても、外には出ることは可能です』


 ルシェルの血文字に、クナは頷いている。


『へぇ、了解した。砂城タータイムを外に出したからルシェルたち外に出たいなら出ても大丈夫だぞ』

『はい。大丈夫。この司令室にて〝星霜の運行盤アストロラーベ・クロノス〟から、世界を見ておきます』

『了解した。今、砂城タータイムを模型から城に大きくする』

『はい』


 模型の砂城タータイムに<血魔力>を注ぐ。

 砂城タータイムは消えるように宙空へと転移。

 すると、砂城タータイムの周囲の空間が振動し、大氣を押しのける衝撃波が風となって広がり、模型だった砂城タータイムは巨大化。一瞬で、白亜が入り混じった古代様式の巨城が現界する。

 威風堂々とした城郭が、樹海の上空に巨大な影を落とした。


 その砂城タータイムの尖塔の一角から炎竜ヴァルカ・フレイムが一匹だけが現れた。


 鼻先から右目の上に移動したキッシュが、


「砂城タータイム、炎竜ヴァルカ・フレイムも壮観だな。やはり直に見ると違う」


 と発言。薄緑の長髪が背の上で靡いている。

 そのキッシュは、感慨深げに眼下の緑を見下ろし、


「冒険者として地を這っていた頃を思い出す。この樹海の深さが恐怖だった。だが、こうして空から見下ろすと、まるで庭のようだな」

「ふふ、紅虎の嵐として、この十二樹海とバルドーク山の近辺では、良い経験を積まさせてもらったわ」

「うん、隊長」

「あぁ」


 サラたちの言葉に頷く。

 キッシュは、「しかし、十二樹海の空にもモンスターが大量にいたと思ったが……」


 と言うと、ヴィーネも、


「空のモンスターたちも神獣ロロ様を避けるようになったのでしょう」

「あぁ、なるほど」

「うん」

 

 そこにベリーズが、眼下の川の分岐点を指差した。


「あそこは第三支流の合流地点かしら? 昔、あそこで死にかけたことがあったわね」


 と指摘。サラは、


「あぁ、樹怪王の軍団、鹿頭の群れだな……」

「囲まれて……泥だらけになって野営をした場所か」


 ブッチの言葉に、サラとベリーズは頷く。

 ベリーズは、


「うん、あの頃とはもう私たちは違う」

「そうね、<従者長>だし、【樹海のハーヴェストの泉】でもがんばりましょう」


 ファーミリアも優雅に頷き、風に長い金髪をなびかせた。


「地を這う者にとって、この樹海は死と隣り合わせの迷宮ですものね。古代狼族や吸血鬼(ヴァンパイア)ハンターたちとの戦いは懐かしい。この深い緑には苦しめられました想い出も多い。ですが……」


 ファーミリアは碧眼を細め、誇らしげに俺を見た。


「今の私たちには、この空と、最強の王がいます」

「違いない」


 キッシュが快活に笑い、ベリーズとサラとファーミリアの肩を抱くように頷く。

 レベッカたちが俺を見て、


「しゅうやんは最強~」


 すると、エヴァが、


「ん、シュウヤは強いけど、皆があっての強さもある」


 と言ってくれた。シュリ師匠が、


「うん、皆がいる。中心に最強のお弟子ちゃんがいるからこそ、安心して戦えるってこともある」


 皆の言葉が、心地よく胸に響く。

 俺は近くにいたレベッカとエヴァの腰に手を回し、ぐっと引き寄せた。


「ん、しゅうや……」

「おっと、大胆~」


 二人の体温と柔らかさがタマラン。

 その髪の香りを吸い込みながら、視線を皆に向けようとした時、


「エヴァっ子、シュウヤはお前だけの男ではない!」


 クレインが寄ってきて、俺の右腕を掴む。

 ヴィーネは、そんな皆に場所を譲るように、奥ゆかしく微笑んでそっと離れた。


「先生、負けない!」


 エヴァの背後から覆いかぶさるようにクレインが俺の首に腕を回してくる。豊満な胸の感触が背中に押し付けられた。

 すると、メルも「総長――」と呟きながら、するりとその隙間に滑り込んでくる。無言のまま左腕に自身の腕を絡ませ、猫のように頬を寄せてきた。


 蜂蜜色の髪と彼女の体から良い匂いを得た。


「……ふふ」


 クールなメルだが、その瞳はとろんと甘えている。

 空の上で発生した美女たちの団子状態。役得だが、身動きが取れない。と、その痴話喧嘩のような光景を鼻先から見ていたキッシュが、眉を吊り上げた。


「お前たち! もうすぐ戦場なんだが……」


 仁王立ちになるキッシュ。

 レベッカは「ふふ、それは私の言葉。でも、今日はキッシュに譲っとく」とウィンク。

 いつものツッコミを封印し、エヴァと共に離れると、ヴィーネやキサラと合流して相棒の後頭部の方へ移動していった。


 キッシュは、顔を赤らめながら、


「……まったく、私もしたいが、ぐっと我慢しているというのに!」


 羨ましさと怒氣が入り混じった声を張り上げた。

 女王としての言葉ではない素の本音交じりの正論に、クレインとメルたちは、


「そうさねぇ~」

「はい、そうですね」

「後でたっぷりと……」


 と口々に言いながら、渋々俺から離れた。

 咳払いを一つして、居住まいを正す。


「……あー、皆がいるから、俺は誰よりも強く在れる。それは本当だ」


 空氣が引き締まったのを確認し、バフハールたちへ視線を送る。

 黒毛のソファーに埋没しているバフハールたちも片腕を上げて、


「おう、そうだな。そろそろ目的地。樹海のハーヴェストの泉か」

「このモフモフソファーから離れるのは惜しいが……」

「言えてる~」

 

 シャイナスとベリーズの言葉には応えず、ベリーズの長細い足が黒毛の間から伸びているのを見て、

 

「そうだな、樹怪王の軍勢か旧神ゴ・ラードの軍勢がいるかもだが。皆、戦いの準備を」

「「はい」」

「了解~」


 その直後、相棒が「ンン」と喉音を鳴らす。

 旋回を開始――。

 到着したか。相棒の頭部の右端に移動――。

 眼下の樹海へ視線を走らせる。


 視界を覆うほどの巨木が密集する原生林の一部が赤黒い傷口のように炎上し、黒煙が天を焦がしていた。樹冠の隙間からは、絶え間なく火球と雷球が炸裂する閃光が漏れ出し、着弾のたびに衝撃で枝葉がざわめく。その爆炎と煙を切り裂くように鹿の頭部を持つ大柄の兵士が跳躍。眼下の蜻蛉モンスターを魔剣で両断しているのが見えた。


 キッシュが、


「見えてきたぞ、やはり、樹怪王の軍勢がいる。伐採した巨木を強引に組み上げた簡易的な砦もあるようだ。あの開けた獣道を利用して防衛線を張り、主に蜻蛉のモンスターと戦っている」


 樹怪王の軍団の複数いるリーダー格の樹魔妖術師の姿も見えた。上半身は人族で、下半身は水棲怪物の見た目は前と変わらず。

 

 そのリーダー格を守るように陣形を組むほとんどが、鹿の頭部を持つ人型。基本は人型で、体には樹のような素材が多いようだ。目の数は不明だが、二腕、四腕と様々。

 そして、槍を持つ兵士たちが多い。


 <闇透纏視>と<隻眼修羅>を行う。

 魔力量は、リーダー格が多いのは当然か。

 ん? 影か? 戦場の喧騒から外れた兵士の配置が薄い樹木の陰――。

 そこに、かすかな魔力の淀みがある? 人を模った影のように揺らめいた。

 その影は燃え盛る炎の照り返しすら吸い込むように走り、樹怪王の兵士と蜻蛉のモンスターの背後へ音もなく忍び寄ると、両者をあっさり消し飛ばすように屠っていた。

 

 魔剣か槍か、人族ならば高位の冒険者か、あるいは【未開スキル探索教団】の手練れか。

 あの常軌を逸した動きを見るに、魔族の可能性も捨てきれないが……。


『閣下、あの影……人族か魔族かは不明ですが、只者ではありませんね』


 左目の奥で、ヘルメもまた警戒の意を示した。


『あぁ、樹怪王の軍勢と蜻蛉のモンスターたちは皆に任せて、あの影を人型を調べるか』

『そうですね』


続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。

コミック版1巻-3巻発売中。

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