二千六十一話 黄金の槍皇降臨、不朽元帥と神意の血槍
◇◆◇◆
魔界セブドラの深奥、【闇神リヴォグラフの絶魔殿】。
娘の闇神ハデスを、幾星霜と磔にしている巨大な闇神柱が聳え立つ大広間の奥の王座が煌めいた。
突如、肺を焼くような腐肉の異臭が広間に満ちていく。
玉座には、闇神リヴォグラフ、魔神の一柱がいた。
四本の腕が歓喜と殺意に震え、赤と黒の鱗模様が刻まれた甲冑のような肌が、怒りと歓喜で波打ち始めていく。
「『――クク……来たか。数多の傷を舐め合い、泥を啜りながら生き長らえた吸血神ルグナド……そして、我の権能を幾度も汚した不届きなる槍使い共が……』」
リヴォグラフの背後から噴出した漆黒の魔力が、絶魔殿の天井を突き破らんばかりに渦巻く。
と、兜と甲冑に、体その物が膨れて盛り上がる。
両肩が三重に重なったように段々と伸び奇怪な肉繊維が四方八方に伸び、六腕と化す。
浮遊しながら兜と融合した頭部の横に二つの顔が生まれた。
三面六臂。
異形の神へと変貌したリヴォグラフ。
その足元、左右前方の深淵の如き闇が生き物のように蠢く。
そこから五つの強大な氣配が具現化した。
闇賢老バシトルターゼ、魔界騎士メイアール、深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフ、そして毒と死の花を司るラフレシアとイビロヌラ。リヴォグラフの「指先」とも呼べる大眷属たちが、一堂に会する。
「リヴォグラフ様。もう<闇・魂・命>を使用したのですね」
「うむ」
「ご存じかと思いますが、ご報告を致します。ヴァルマスクを包む『闇の柱』より、次元の歪みを検知。ルグナドはいつもの転移で出現し、更に移動要塞砂城も確認、最前線へと現れました」
バシトルターゼが魔導書を閉じ、冷徹に告げる。
闇神リヴォグラフは、
「吸血神ルグナドが直にヴァルマスク大街を取りに動くのは、いつ以来か」
「大概は<筆頭従者長>か、魔界騎士ですからな」
「問題は、光魔ルシヴァルたち……宗主と神獣は厄介ですぞ」
「その槍使いは、以前のような神意力は消えているな」
「それは我らには好都合」
「問題は、光神ルロディス、水神アクレシス、戦神と龍王系、魔命を司るメリアディ、悪夢の女神ヴァーミナ、魔毒の女神ミセア、恐王ノクター、知記憶の王樹キュルハ、闇遊の姫魔鬼メファーラが、この戦いにどう関わってくるかだ。吸血神ルグナドだけではない場合も想定しておかねばなるまい」
「「「……」」」
「ですな、太守の魔狂ゲセルファ、副将の闇爺ゴトファン、魔槍ラスプファ、鹿猛闇霊ベシアたちでは、今の状況では、心許ないと、愚考します……」
深紅の大魔公爵ヴェデルアモボロフとバシトルターゼたちの発言に、大眷属たちは沈黙。
そして、皆で、闇神リヴォグラフを見上げた。
闇神リヴォグラフは、
「吸血神ルグナドが前に出た以上は我も出る。槍使い共も、今度こそ我が指先で磨り潰してくれよう。しかし、状況が悪くなれば、ヴァルマスク大街は捨ててもいい。権益を一つ失うのは大きいが、所詮は傷場の一つに過ぎないだからな」
「「はい」」
闇神は、大眷属たちの返事を見るように立ち上がる。
と、足下に巨大な闇の紋章魔法陣が展開された。
一瞬の後、絶魔殿を支配していた濃厚な闇と幹部たちは、空間ごとヴァルマスクの大街へと転移した。
◇◆◇◆
ヴァルマスク戦域――。
そこは、まさに神々の意志がぶつかり合う修羅の庭だな。
吸血神ルグナドの転移スキルによって出現した砂城の眼下には、見渡す限りの地獄が広がっている。
地形は元の形を留めていない。
端から端まで、爆炎に焼かれた大地が赤黒く変色している。
幾万もの闇炎の弾丸と雷球が着弾した跡は、巨大な火口となって口を開き、そこから黒い煙が立ち昇っていた。
大氣を震わせる轟音が響くたび、闇神リヴォグラフの大眷属と目される片腕が、剣と化した人型魔剣師が躍動し、吸血神ルグナド側の<筆頭従者長>の一人目される魔剣師と激突を繰り返す。雷撃を伴う一閃が宙空で衝突を繰り返すたび、傍にいる吸血神ルグナド側と闇神リヴォグラフの眷族兵たちの体が塵と化し、血肉が一瞬で蒸発していた。
地形は原形を失い、幾万もの闇炎や雷球が穿った巨大なクレーターからは内臓を灼くような熱氣と共に黒煙が噴き上がっていた。
一呼吸置くごとに、魔力の火花が肺の奥で弾けるような感覚がある。
メルが、硝煙の立ち込める前方を指差した。
「左側の最前線が、【黒鉄の塹壕】と呼ばれている場所です」
その言葉通り、幾重にも掘り込まれた漆黒の防壁付近では、ルグナド様側の吸血鬼重装兵たちが盾を並べ、リヴォグラフの闇神母衣衆と激突している。
雷光が不規則に降り注ぐ中、刃と刃が噛み合う金属音が、兵士たちの怒号と共に絶え間なく響いてくる。飛び散る火花と赤い<血魔力>の輝きが、黒い泥にまみれた戦場を断続的に照らし出していた。
こちらに向け雷光が降り注ぐと、闇雷精霊グィヴァが右斜め上を上昇し、「――御使い様、魔雷系は私が相殺しますので――」と、<雷雨剣>を繰り出す。
雷光のような雷球の群れは、闇雷精霊グィヴァが繰り出した無数の雷剣により相殺されて消える。
そのはるか前方、ヴァルマスク大街の周囲の上空から、浮遊する魔晶石の礫が降り注ぎ、戦場に予測不能な連鎖爆発を巻き起こしていた。
こちらに到着したばかりのラライセ殿が率いる『血の守護騎士団』がルグナド様陣営の左側に展開していく。
ハンカイ、シャイナス、師匠たち、沙・羅・貂、アルルカンの把神書を浮かばせているルマルディが前に出る。
ハンカイが、
「シュウヤ、俺たちはあの左翼を主体にしているラライセ殿たちの部隊と連携を取ろう。何かあればシュウヤに血文字を飛ばすが、あの様子だと乱戦は必須、定期的な時間を見て、一度、中央の砂城タータイムの前後にて、集まるようにしたほうが良いかもだ」
ハンカイの的確な意見に自然と頷いた。
「雷竜ラガル・ジンたちも前方に集約させ、合図を出す。ヴァルマスク大街に何かしら攻撃をするかもだ。更に、血文字や、〝霊湖水晶の外套〟と霊湖の水念瓶を出して、<水念把>も使うかもだ」
「あぁ、血文字でも十分だとは思うが、情報伝達は大事だからな」
「おう」
「では、戦場に向かう、また後で――」
「「はい」」
「器よ、勝利するぞ!」
「器様、行ってきます」
「器様、ご武運を!」
「シュウヤ様、左の制空権を得るようにがんばります」
「神獣たち後でな~」
「あぁ」
ハンカイたちが左側に向かう。
そのラライセ殿が率いる『血の守護騎士団』の一部は左翼から離れて、ヴァルマスク大街の前方の宙空に陣を張っている魔剣師集団と魔獣の頭部を持つ二眼四腕の魔族たちと衝突していた。
その真下では、数多の命が散るたびにどす黒い血の河が形成されては、極大魔力の衝突がもたらす熱量によって、瞬く間に蒸発して霧散していく。
戦場はもはや一刻の停滞も許されない流転の渦中にある。
隆起した地形が即席の橋頭堡となり、次の瞬間には、魔力の爆ぜる光の中に消える。
――死と再生、破壊と創造のサイクルが、常軌を逸した速度で繰り返されていた。またも、橋頭堡が出来上がっては、それが爆発し、消えていく。
『血の守護騎士団』の主力と思われる重装甲冑が整然と並び、突撃を繰り返すと、地面が平らになったように見えた。
かなりの数の闇神リヴォグラフ側の戦力が吹き飛ぶように死んでいく。
『血の守護騎士団』のほうから不思議な戦歌が響いてきた。
キサラが、
「不思議な戦歌ですが、心に響きますね」
「はい、長く活躍している騎士団なだけはあります」
キサラとヴィーネの言葉に皆が頷く。
整然と並ぶ『血の守護騎士団』の重装甲冑が放つ威圧感は、それ自体が一つの巨大な意思を持った巨神のようだ。彼らが刻む歩法に合わせて、地鳴りのような戦歌が響き渡る。
その歌声は物理的な圧力となって闇を押し返し、味方の戦意を芯から震わせていた。
その深紅の鋼の波の中に、一際激しく、烈火のごとき輝きを放つ集団がいる。光魔ルシヴァルの濃密な<血魔力>を奔流させ、敵陣を文字通り「削り取って」いくハンカイたちの姿だ。
金剛樹の斧を持つハンカイは豪快な二振りで、闇神側の眷族兵、斧槍持ちの魔人のような戦士を屠る。
魔界騎士シャイナスも黒銀の曲大剣を振るい、沙・羅・貂たちも神剣の切れ味を示すように、次々と敵を両断し、<闇魂柱>を破壊していく。
ルリゼゼ、バフハール、フー、ママニ、ブッチ、サラも続く。
ルマルディとアルルカンの把神書も空から、<炎衝ノ月影刃>を<闇魂柱>に浴びせて、破壊していた。
師匠たちも躍動している。
そして、広い戦場においては、レプイレス師匠が強いか。
<女帝槍・防殺連穿陣>と<女帝天墜・衝城>は強力。
『槍皇降臨』『血茨城塞』『雷光審判』
レプイレス師匠は闇神側の甲冑兵が群がる陣形を突き崩すように直進し、女帝槍を一閃。
雷光と血霧の螺旋を描きながら上昇――。
最高点に達した瞬間、巨大な金色の魔法陣が展開させる。
『女帝衝城極意――天地融合之型』
天空へと黄金の輝きが収束し、巨大な城塞がその姿を現した。林立する無数の槍は、さながら女帝の命を待つ忠実な軍勢。その屹立する城壁の表面に、迸る魔力が「文字」を刻んでいく。
『血晶壁』『雷鳴塔』『茨縛門』『覇道城』――。
浮かび上がる峻烈な漢字の一文字一文字から、戦場を支配する圧倒的な威圧感が放たれた。城門からは血色の茨が生き物のように這い出し、空を覆う闇神側の勢力を次々と絡め取っていく。
レプイレス師匠は、女帝槍を突き出しながら急降下。
血の螺旋と雷光が絡み合う体に茨が螺旋状に巻き付く。
三つの力が完全に融合し、一本の巨大な血雷茨槍となって敵の陣営に直滑降、突き出された。
闇神側の勢力の陣地の一つが消える。
凄まじい。
更に、ハンカイの<筆頭従者長>としての誇りが見えるような勢いが目に入る。
次々に闇神側を屠る姿はドワーフには見えない。
<血魔力>を扱う光の戦神に見えた。
濃密な<血魔力>の氣配が、周囲の闇を撥ね退ける。
バフハールや師匠たちよりも活躍していた。
キサラが、
「……黄金と赤き光の金剛樹、ハンカイはやはり強い」
その一言に、吸血神ルグナド様が、
「ふむ……レカーを超える進撃力を示すとは報告通りの、<筆頭従者長>よな……シュウヤよ、あやつを、我の<筆頭従者長>に譲れば、この魔界を制覇した暁には、半分をお前にやるが、どうだ?」
そんな吸血神ルグナド様の冗談に、
「半分とは、冗談が過ぎますよ、ハンカイは俺の<筆頭従者長>です」
「ハッ、真面目だな」
と吸血神ルグナドは笑う。
突如、敵陣の上空に巨大な闇神リヴォグラフの幻影が重なり合うように出現した。それと同時に、脳髄を直接揺さぶるような不気味な魔太鼓の音が響き渡る。
<闇透纏視>で見れば、その音波は紫黒の波紋となって空中に広がり、触れるものすべての精神を汚染しようと蠢いているのが視えた。
魔太鼓を扱う敵か、悪神デサロビアの大眷属にもいたな。
そういう精神に異常をきたすような、攻撃を繰り返す存在は、闇神側にも複数いるようだ。
そこで、
「……リヴォグラフ本人が現れたようですね。幻影の数と、陣太鼓も増えて、この鼻を突く嫌な臭い……」
「うむ。そして見よ、戦場の要所に点在している、闇の柱のような物、あれは〝闇神柱〟か。スキルの<闇魂柱>だろう。脈動し、周囲に闇の霧を作り出して、霧状のモンスター兵を無数に生み出していく。戦場ではあれを中心に陣形が作られることもあるから見たら一つ一つ潰すことが戦いを優位に進めることができる」
と、教えてくれた。
「はい」
と言いながら<闇透纏視>を使用。
ドーム状の紫黒の結界が、濃密に、より凶悪に変質していくのを捉えた。
結界の一部が弾け飛んでいる箇所からは、街を巡る赤い<血魔力>の流れが、不自然な黒い術式によって強制的に書き換えられている様子が断片的に視える。
ヴァルマスク大街の前方の戦場のあちこちに〝闇神柱〟や<闇魂柱>があった。
「……不快な臭氣といい、リヴォグラフめ、我の行動に合わせてきたか。いつぞやの痛みをもう一度、味わってもらおうか」
吸血神ルグナド様が前方へと躍り出た。
浮上し、皆を見渡すと、真紅の外套が魔界の風に翻り、膨大な<血魔力>が前方へと、戦場に突入し、走り抜けていく。
それは那由他の歴史を刻んだ神格と分かるほどの勢いだった。
戦場全域を圧していく勢いに視えた。
「シュウヤ、これ以上の余興は不要……よく見ておけ。これが吸血神の真の主の力!」
ルグナド様の細く白い指先が、死を宣告するように虚空へ突き出された。
「――<血道第九・開門>! <血霊不朽元帥吸血鬼ギュフィトール>!!」
鏡を叩き割るような轟音が響き空間が爆ぜる。
立ち昇る血の霧の中から真紅の甲冑を纏った山のごとき巨人が出現した。
あれは前にも見た。
不朽元帥ギュフィトール。
その巨躯が咆哮を上げると、周囲に浮遊していた魔晶石の礫が一斉に砕け散る。
ギュフィトールが右腕に握った巨大な血の薙刀に、ルグナド様の膨大な神意力が注ぎ込まれた。
――<吸血神霊・大剛烈鬼刃衝>。
薙刀の一閃が天空を割った。
放たれた赤銅色の巨大な血の光線が、ヴァルマスク大街を包む紫黒の結界と、そこに群がっていた闇神の眷族兵たちを、地形ごと真っ二つに裂いた。
ヴァルマスク大街の前方の結界が左右に割れるように崩壊し、紫ち<血魔力>の火花が吹き荒れる。
だが、左右に割れ崩壊したかに見えた闇の結界は一瞬にて、復元された。ヴァルマスク大街を覆う壁の結界が再出現し、戦場の数カ所に、闇の柱のようなモノが出現し、そこから闇神リヴォグラフと大眷属たちと目される者たちが現れ、吸血神ルグナド側の兵士たちが一瞬で闇の塵と化した。
右側の吸血神ルグナド様の兵士たちの前衛部隊の一角が崩れてしまう。
吸血神ルグナド様は、
「ふむ、辛うじて効いたか。次の一撃で多少は綻びが現れよう――」
次の薙刀の一閃が振るわれたかに見えたが、闇神リヴォグラフの影のようなモノが、不朽元帥ギュフィトールに衝突すると、
不朽元帥ギュフィトールは爆発し、頭部と腕が欠けて、<血魔力>が散っていた。
「ハッ、闇神リヴォグラフめが――」
吸血神ルグナド様は、少し浮上し、人差し指を向ける。
そこから<血穿>のような血の槍のような形が突出、闇神リヴォグラフの巨大な影のようなモノを貫くと、それは消えた。
更に、吸血神ルグナド様の人差し指だけが消え、血飛沫が指元から発生、その消えた人差し指は、巨大な血槍となって、闇神リヴォグラフの影の一部が集約していた、闇神リヴォグラフの大眷属の一人と目される存在に向かう。
放たれた巨大な血槍は、あらゆる防壁を紙細工のように貫通し、標的の大眷属を深々と穿ち、そのまま背後の結界ごと次元の彼方へ吹き飛ばした。
「「「「おぉぉぉ!!」」」」
その神業、次元を裂く血槍の威容に、目撃したルグナド側の兵士たちの魂が震えたような、地を揺らすような歓声が上がる。
相棒も、
「にゃごぉぉぉ!!」
と神獣の威圧感を放ちながら口から小さい炎を吐く。
そして、体から橙色の炎を噴出させて、体を大きくさせる。
体から放たれている炎はプロミネンスのように蠢き、小型の燕の形に変えて放った。
「ルグナド様、俺たちも右側から進みます。砂城タータイムは後から大々的に参戦させますが、何事も状況次第」
「承知した。こちらの動きに合わせようとせず、己の機知で動け」
「はい」
そこで、皆を見て、
「皆、行こうか」
「「「はい」」」
「「おう!」」
<闘気玄装>を強め、<握吸>と<勁力槍>を発動。
魔槍杖バルドークを握り締めた。
ヴィーネ、ユイ、ヘルメ、カルード、エヴァ。信頼する仲間たちの氣配が背後に並ぶ。魔槍杖バルドークを握り直すと、掌から熱い闘志が全身へ伝わった。
幾星霜を越えた決戦。リヴォグラフの喉元に、光魔ルシヴァルの槍を突き立てる時が来た。
続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。
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