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槍使いと、黒猫。  作者: 健康


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2061/2115

二千六十話 ヴァルマスク大街奪還への軍議とロロのお腹

 窓の外から差し込む、魔界特有の紫がかった光が寝台の上で絡み合う銀髪と水髪を照らし出していた。

 まどろみの中で感じるヴィーネのバニラの香りと、ヘルメの清涼な水の氣配。肌を撫でる上質なシーツの滑らかな質感が、昨夜の激しい交歓の余韻を心地よい重みとして伝えてくる。光魔ルシヴァルとしての本能が疼く血の渇きさえ、今は二人の温もりによって静かな充足感へと塗り替えられていた。



「……ンン、にゃ」


 頬にふにふにとした柔らかな感触。

 目を開けると、ドアップの黒猫(ロロ)の顔があった。

 相棒は俺の喉元に前足を乗せ、ωのような小鼻をふがふがと動かしながら覗き込んでいる。


「おはよう、ロロ」

「にゃお!」


 可愛い。

 身を起こすと、隣で眠っていたヴィーネがゆっくりと瞼を開いた。


「……あ、ご主人様……おはようございます」


 乱れた銀髪から覗く白い肌が、朝の光を受け真珠のように輝いている。


 ヴィーネは満足げに微笑むと、俺の腕に身を寄せた。

 左側では、水の状態から実体化したヘルメが、うっとりとした表情で俺の首筋に顔を埋める。


「閣下……朝から素晴らしい活氣ですね。私の内側も、まだ閣下の熱に満たされています」

「はは、二人とも元氣だな……何もなければ、レベッカたちとも、もっとがんばるんだが……」

「ふふ、はい。そろそろレカーたちが吸血神ルグナド様を連れてくるはずです」

「おう、大切な同盟の魔神様だ」

「はい、五派同盟の一角、同時に頼もしい吸血神様です」


 そう語るヴィーネに続いて、ヘルメの額に口づけを落としてから、肩の竜頭装甲(ハルホンク)を意識した。


 一瞬で主導的な光魔ルシヴァル宗主の装束へと切り替え、大広間へと向かう。


 大広間の中心、〝星霜の運行盤アストロラーベ・クロノス〟と魔皇碑石の前には、すでに魔皇メイジナ、第一王女ギュルアルデベロンテ、そして九槍卿の師匠たちが一堂に会していた。

 

 魔皇獣咆ケーゼンベルスはいない。


 ビュシエとキュベラスはクレインたちと共に傍にいる。


 そこに、ファーミリアが沈痛な面持ちで歩み寄ってきた。


「シュウヤ様、ルグナド様がお見えになる前に、大街とセラ側の現状をもう一度お伝えしておきます」

「おう、頼む。眷族たちも樹海の過去について、その大概の歴史は、理解しているが、ここらで整理しとこうか」


 皆が頷く。キサラは〝血の魔札エイジハル〟を出している。ファーミリアも頷き、〝ルグナドと宵闇の灯火王冠〟を出現させた。

 そのファーミリアは、


「魔界、ヴァルマスクの大街を巡る戦いにおいて、吸血神ルグナド側は敗れ、現在、完全に闇神リヴォグラフの支配下にございます。かつて我らヴァルマスク家は負け続けた。セラの地下の傷場も守りきれず、地上の十二樹海にまで、追い出され、その樹海においての戦いも負け続けた。魔界騎士ヘルキオスや<従者長>モモルたちとの共闘もあり、局地戦では勝利を重ねていたこともありましたが……ハルゼルマ家も敗れ、エイジハル家の妹、ヒミィレイスも敗れてからは、完全にじり貧と化した。荒神大戦やハーヴェスト神話に関わる大事な樹海の地を失ってしまった……私たちはオセべリアの南、大墳墓の血法院へと敗走を余儀なくされました……あの屈辱は忘れていない。また、当たり前ですが、魔界側の大街の傷場はリヴォグラフの侵攻拠点と化しています。シュウヤ様の〝レドミヤの魔法鏡〟にて転移は可能ですが、不意打ちに使えるかもですが、使用は危険です」


 頷く。

 そして、ファーミリアは戦術魔地図の南マハハイム地方、十二樹海の地下深くを指し示す。


「魔界側の大街を掌握したリヴォグラフの軍勢は、その傷場を通り、セラの地下深くへと侵攻を続けているはずですが……地下は広大。獄界ゴドローンの勢力、オーク大帝国、旧神ゴ・ラード、樹怪王、ダークエルフ、ノーム、ドワーフなど諸勢力が入り乱れる魔境です。リヴォグラフ軍も、その地下での混戦に足止めされているのでしょう。もしかしたら押されている可能性もあります」


 サイデイルの周りにはダークエルフやノームはいないが、地下も広いからな。


「……あぁ、そうだろうな」


 ファーミリアは頷き、


「はい、幸いにして地上のサイデイルへは到達できておりません。しかし、その惑星セラの地下。サイデイルから遠い西、西北、マハハイム山脈やゴルディクス大砂漠を越えた西北、エイハブラ平原の地下において、エイジハル家のヒミィレイスが敗れ、今も石化の呪いに囚われたままなのです」


 と物静かに語る。

 エヴァとクレイン、九槍卿の師匠たちは黙って聞いていた。

 ルリゼゼとハンカイとシャイナスは何かをコソコソと会話をしてる。


 ファーミリアに、


「エイジハルは、吸血神ルグナド様の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>なんだよな」


 と聞いた。


「はい。魔界では、姉のラライセが健在で、エイジハル家のラライセ率いる『血の守護騎士団』は、吸血神ルグナド様の領土の一角を守り続け、外に出撃している回数も、<筆頭従者長(選ばれし眷属)>の中でも指折りです。指揮能力が高く、集団戦に強いですが、個人でも、無双イーヴァル、粉塵バフィー、そこのレカーとも戦えます」

「へぇ、そんな強者たちがいても敗れたのか、やはり闇神リヴォグラフ側は強いな」

「はい、だてに、【幻瞑暗黒回廊】の一部を完全に牛耳っているだけではないです。わたしたちが倒したルキヴェロススのように、部隊も様々ですから」


 その言葉にキュベラスが、自らの魔杖を握りしめながら、


「はい、オセべリアのルーク国王やサーエンマグラムの裏切り、更に、最大級の脅威であったルキヴェロススこと、サケルナートを倒すことができた。私を『獣貴族』を人質に奪い隷属させていたあの男を粉砕したシュウヤ様は、私たちにとって希望の灯火!」


 キュベラスの背後にいた【闇の教団ハデス】の面々が頭を垂れていく。


 すると――空間が鏡を叩き割ったような鋭い音を立てて爆ぜ、そこから那由他の歴史を体現する、重厚で濃密な血の芳香が溢れ出した。


 吸血神ルグナド様が<血魔力>と共に現れた。

 高い鼻の孔を少し窄め拡げる。

 

 と、<血魔力>に赤らめていた双眸が蒼と金を基調とした神秘的な瞳へと変化した。

 

 荘厳さを帯びたその視線。

 見る者の魂を見透かすような鋭さと同時に底知れぬ深みを湛えている。スカートの形状を流麗に変化させながら、月光を浴びたように煌めく細長い生足にハイヒールのような黒い靴を身に着け、裂けた空間から地を踏んだ。


 その靴からは暁闇の霧が湧き上がり、不氣味に蠢きながら赤く眼が光る蝙蝠や鴉の形へと変容して周囲を舞った。

 ルグナド様は、


「――久しいな、シュウヤ・カガリとロロディーヌ!」

「はい」

「にゃ~」


 黒猫(ロロ)も片足を上げて肉球を吸血神ルグナド様に見せる挨拶を行った。


「ふふ、肉球もぷにぷにしておるな! そして、ムガラ墓群での戦勝、見事であった。こちらも恐王ノクターと悪夢の女神ヴァーミナと連携し、ルグナドの類縁地の北、東、南の領域が拡大したぞ。それにより、お前とノクターには大変都合の良い結果になった」


 と少し睨みを利かせてくる。

 無難に、


「そのようです」

「ふむ。して、その戦勝報告は二の次、本題といこう」

「はい」


 ルグナド様は艶やかに微笑み、


「闇神リヴォグラフめが、大街の傷場を足掛かりに、其方らが根を下ろしたセラの南マハハイム地方の十二樹海の地下世界へ軍を送り込んでおる。幸い、傷場は地下と言えど目立つ、地底神の獄界ゴドローンの連中や、オーク、旧神ゴ・ラードの軍勢に阻まれ、地上の、そなたらのサイデイルの聖地には、到達しておらぬようだがな……」

「はい、闇神リヴォグラフ側が樹海に拠点があれば、必ず、サイデイルを攻めたはずですから」

「ふむ、十二樹海は魔界の十二樹海にも通じる故の混戦もだろう」

「そうですね」

「そこでだがファーミリアと……闇神ハデスのことは、おいておこう。そして、光魔ルシヴァルの<筆頭従者長(選ばれし眷属)>のキュベラス。そのものたちから聞いていると思うが……西マハハイム地方、エイハブラ平原の地下には、かつてのエイジハル家のヒミィレイスの拠点、【エイジハル血院】があったのだ」

「はい。負けたと聞いています」

「その通り、大昔に敗れた。ヒミィレイスは、現在も、その地下都市の中で石化の呪いに囚われたままのはず。だが、我の力が及ばない方法で、闇神リヴォグラフ本人か、大眷属に、<血魔力>が利用されている可能性がある……」

「なるほど、<血魔力>は狙われるのですか」

「不死性の一つで、象徴だからな。闇神リヴォグラフ側には、妾たちの<血魔力>と似た<闇の血魔力>を扱う存在も豊富に現れている」

 

 魔界王子テーバロンテのエラリエースのこともある。

 ルグナド様は、傍らに控える大眷属へと鋭い視線を向けた。視線を受けた大眷属――<筆頭従者長(選ばれし眷属)>の一人である女性は、凛とした佇まいのまま、俺の瞳を静かに見据えて会釈を送ってくる。


 そのわずかな動きからも、練り上げられた強大な血の氣の片鱗が伝わってきた。


「初めまして、シュウヤ様。私の名はラライセ・エイジハル。ルグナド様の<筆頭従者長(選ばれし眷属)>の一人です。吸血断崖城エイジハルを居城とし、『血の守護騎士団』を預かっております」

「はい、話は少しファーミリアたちから聞きました」

「はい」


「……シュウヤよ、セラ地表は地下は広大だ。ヒミィレイスを救ってほしいと安易には言えぬ。だが、前にも少し語ったが、ヴァルマスク大街の奪還に協力してくれぬか?」


 その言葉に含まれた切実さを、肌で感じ取った。

 ヒミィレイスという名の人物については、前に少しファーミリアから聞いた程度。


「ヒミィレイス、その方については、まだ詳しくない。ですから、安易な約束はできません。しかし……ヴァルマスク大街の件は別です。喜んで協力しましょう。傷場がサイデイルの真下、地下深くに位置しているのは幸いですが、敵の手が伸びている以上、看過はできません。それに知記憶の王樹キュルハ様とも縁深い、南マハハイム地方の十二樹海を司る者としても、闇神リヴォグラフの好きにさせるわけにはいきませんから」


 と、毅然と答えると、周囲の空氣がわずかに震えた。


「ふむ、たしかに。キュルハとの誼もある……それが、闇神リヴォグラフ側に蹂虙されてしまうとはな。そのリヴォグラフ側も南マハハイム地方の十二樹海では苦戦するほどの諸勢力がはこびっているが、光魔ルシヴァルの台頭により、十二樹海の地上は比較的に、安寧に向かっているようだからな」


 吸血神ルグナド様の深い響きを持つ語りに、周囲の面々が深く頷く。


「はい、魔界のヴァルマスク大街から攻めましょう」


 そう宣言すると、傍らにいたラライセ・エイジハルの瞳に光が宿った。


「……感謝します、シュウヤ様。リヴォグラフの毒に侵されつつある我が一族にとって、貴方様の協力こそが、千載一遇の好機となります」


 ラライセ・エイジハルが、祈りを捧げるかのように再び深く頭を垂れる。


「共にがんばりましょう。そして、俺には、〝レドミヤの魔法鏡〟があり、転移が可能。しかし、そこからの不意打ちは、止めておいたほうが良いですね」


 戦術の選択肢を脳内で精査しながら、あえて慎重な姿勢を崩さない。


「はい」


 ラライセが短く応じ、ルグナド様が思案するように顎に手を当てた。


「ふむ、槍使いの戦いならば、橋頭堡作りには良いとは思うが、少々無謀か。だが、シュウヤの戦いを直に見ている手前、その無謀な戦いさえも可能にしてしまうのではないかと考えてしまうぞ」


 神からの直々の評価に苦笑を禁じ得ない。


「はは、さすがに買い被りですよ。破れかぶれならやりますが、現状は選択肢が多い。無難な手があるなら、それを採用したいですね」


 吸血神ルグナド様は、俺を見て、


「ふむ、だが、〝レドミヤの魔法鏡〟の情報は大事。そして、闇神リヴォグラフ側も、セラの南マハハイム地方を狙った大規模作戦が潰えた直後だ。地下の傷場の守りと、我らとの争いの地でもある魔界セブドラ側のヴァルマスク大街の傷場の守りは、より一層頑丈に固めていることだろう」

「はい」

「して、〝レドミヤの魔法鏡〟の情報だが、聞かせてくれ」


 頷いた。


「はい、あの大街は今や、リヴォグラフの支配を『日常』として受け入れている様子でした」


 そこで間を空け、ファーミリアたちを見る。


「ファーミリアたち、俺がかつて魔法鏡のバナー越しに見た光景を覚えているか?」


 俺の言葉にファーミリア、ヴィーネ、キサラ、レベッカ、ユイ、ルリゼゼは各自を見合って、瞳を伏せてから、ファーミリアが、


「……はい。あの整然とした石畳、中心の赤い噴水、本来はルグナド様の恩恵であったはずの<血魔力>。そして、<血魔力>を照明や生活の道具として使いこなす二眼四腕、四眼四腕の魔族、鹿の頭部の魔族たち、狩魔の王ボーフーンも勢力も闇神リヴォグラフ側に加担している証拠。一見からの情報ですが、ヴァルマスクの大街の文化は、辛うじて残るものの、リヴォグラフの色に染め上げられていると仮定はできます」

「あぁ、街のインフラは便利だからな。住民たちには、施政者が変化したぐらいにしか、思っていないのか、談笑していた」


 俺の言葉に、ルグナド様が細い指先を自らの唇に当て、低く、重厚な笑い声を漏らす。


「ふふ……妾の権能を盗み、あまつさえ飼い慣らしたつもりでおるか、リヴォグラフめ。そして、これは推測だが、今も街を巡る血の循環が残っておるならば……それは妾の法を、強引に奴の闇で上書きしたものだろうな……<血魔力>は他の魔神も研究している」


 頷いた。先程も考えたが……。

 魔界王子テーバロンテに、その配下の枢密顧問官の中には研究している者がいた。


「治安維持を担う鹿の頭部を持つ魔族たちですが、ファーミリアの予想通りに、狩魔の王ボーフーンの眷族でしょうか」

「あぁそうだろう。それか鹿系魔族、愚連隊の魔傭兵の成り上がりだ」

「……装備の練度も高かった。規律正しく、大街の平穏を『守っている』フリをしていたように視えました」

「ふむ、よほどの恩恵が出ているのだろうな」


 ルグナド様が不敵な笑みを浮かべ、軍議の熱を煽る。


 それに応えるように雰囲氣が引き締まった。

 戦術魔地図を指し、自らの脳内にある『戦術』を魔界の言葉に置き換えて語り始める。


「ルグナド様、そして皆。大街の防衛網を『外』に誘い出し、その隙に心臓部を叩く戦術を提案したい。まずはラライセの騎士団、そしてシャイナス、師匠たち、ハンカイ、眷族の一部が、外壁へ猛攻を仕掛ける。だが、これは単なる強襲じゃない。敵がある程度押し返してきたところで、あえて陣を下げ、敗走を装うんだ。無論、戦場、現場次第で作戦は変化する」

「……状況で変化は分かるが、前提の、敗走を装う、だと?」


 ハンカイが怪訝そうに眉を寄せた。


「シュウヤ、否、主よ。俺の剛力をもってすれば、門ごと敵を粉砕できる。なぜ、わざわざ背を見せるような真似をする必要がある」

「ハンカイ、主の意図はそこにはないだろう」


 冷徹な声でルルゼゼが割って入る。


「敵を外へ引きずり出せば、街内部の密度は下がる。そして追撃のために門を開ければ、そこが最大の隙となる……主よ、その『誘い』の後の本命は、我らの転移、ということで相違ないか?」

「あぁ。敵が勝利を確信して外に飛び出した瞬間、俺たちが鏡で噴水広場へ直接飛び込む。更に、砂城タータイムも囮に使うか、突っ込ませるかは、状況次第。いわば、食いついた獲物を奥から食い破る戦術だ。この戦い方を、俺の故郷では――否、何でもない。要は、敵の『慢心』を最大の武器にするということだ」


 俺の説明に、ラライセが膝を打った。


「なるほど……。我らエイジハルの機動力を、単なる突撃ではなく『誘い』に使うのですね。宙空から鴉や蝙蝠を乱舞させ、混乱を撒き散らしながら退けば、規律を重んじる鹿の兵士たちとて、功を焦って追撃してくるでしょう」

「その隙に、俺たちが内部から結界を無力化する」


 キサラが〝血の魔札エイジハル〟を掲げ、不敵に微笑む。


「ご主人様。この魔札を使えば、広場の噴水を逆流させ、街を巡る<血魔力>を毒に変えることも容易いですわ」

「私も近づくまでが、問題ですが、〝ルグナドと宵闇の灯火王冠〟で結界の法則を乱しましょう。ルシヴァルの血を引く者たちが内側から叫べば、リヴォグラフの偽りの法など、ひとたまりもありません」


 ファーミリアの言葉に、九槍卿の師匠たちも頷く。

 グラド師匠が低く笑いながら言った。


「はッ、敵の力を逆手に取り、内と外から同時に握り潰すか。シュウヤ、お前の戦い方は相変わらず食えぬわい。だが、戦場においてはその『食えなさ』こそが勝利を呼び込む。しかしだ。闇神リヴォグラフ側にも戦力は豊富、逆手に取る戦術に対する、戦術はいくらでも用意していよう」

「……道理ね、でも頭目、だからこその九槍卿よ? それに吸血神ルグナド様も出陣するようだからね」


 雷炎槍流シュリ師匠の言葉に吸血神ルグナド様も、頷き、


「無論、そのつもりだ」

「ふむ、わしらもハンカイ殿と行動を共にしよう」


 吸血神ルグナド様を<隻眼修羅>で凝視していたバフハールも会話に参加した。

 シャイナスは、


「私もハンカイ殿と共に地上の『壁』となりましょう。ラライセ様の騎士団が誘い、敵が溢れ出してきたところを、逃さず包囲し、殲滅する。それが私たちの役目です」


 シャイナスが重厚な甲冑を鳴らし、剣を捧げる。

 ヴィーネが戦迅異剣コトナギを合わせた。

 笑みを浮かべ頷き合う。


「作戦の根幹、流れはだいたい決まりましたが、ルグナド様、よろしいでしょうか」


 吸血神ルグナド様を仰ぎ見ると、彼女は神秘的な双眸を細め、愉しげに顎を引いた。


「ふむ……序盤はそれで良いだろう。己の弱さを演出し、敵の強さを仇に変える、ふふ、面白い。シュウヤよ、其方の采配で、ヴァルマスクに溜まったドブ川のようなリヴォグラフの闇を、清冽なる血の奔流で押し流すがいい……しかし、それは初手、相手が誘いに乗らない場合、また幻術、結界が拡大などの手も予想しておくべきだ」


 ルグナド様の言葉には、かつての大敗と、そこから幾星霜を経てなお消えぬ屈辱の重みが滲んでいた。

 

 姿勢を正し、彼女の神秘的な双眸を真っ向から見据える。


「仰る通りです。小細工が通用せぬのなら、最初からこちらの『格』を見せつける……鏡による潜入は最後の一刺し。まずは、砂城(タータイム)をこの戦場の中心に据えます。と、強きに言いましたが、最初は視ることからですね」

「ふむ」

「にゃごぉ」


 俺の言葉に反論ではないが、黒豹に変化した相棒の雰囲氣に皆が息を呑む。黒豹(ロロ)は、神獣猫仮面を装着し、体から橙色の炎を噴出させていった。


 その炎は燕の形となって宙空を飛翔し、相棒を守る。


 吸血神ルグナド様は、視線が鋭くなり、イラッとしたような表情を一瞬、作った。


 その様子を見ていたレカーたちは体が震えていた。

 だが、相棒が、「にゃ~」と鳴いて、その場で、腹を見せてのゴロニャンコ。


 それを見た吸血神ルグナド様は、一瞬で、表情を弛緩させた。

 神秘的な双眸を限界まで見開き、その視線は相棒の白く柔らかそうな腹に釘付けとなっている。膝の上に置かれたルグナド様の細く白い指先が、わなわなと小刻みに震えているのを、見逃さなかった。


 神としての威厳を保とうとする理性が、眼前の無防備な愛らしさという「暴力」の前に、今にも決壊しそうになっている。


「――うふふ、可愛いお腹をみせおって! 我を興奮させるとは、しかし、神獣よ、神界の力は相手、闇神リヴォグラフ側にとっても天敵だが、我にも天敵だということを忘れてはおらぬか」


 ルグナド様の声は、歓喜と困惑が混ざり合った、どこか艶やかな震えを帯びていた。


「ンン、にゃ~」


 と、鳴いて返事をしては、頭を地面につけながら両前足を吸血神ルグナド様に向けて伸ばしている。


「……ぐぬぬ、その可愛さに免じて、許そう」


 その様子を見ていたレカーたちは、目が点。

 唖然としていたが、吸血神ルグナド様が、キリッとした表情となって、レカーたちを見て、「どうした?」と聞くと、「ハッ」と敬礼して応えるのみだった。


 なんか面白い。


 しかし、燕は、神界の戦神の加護を意味するからな。

 と、相棒を見るが、相棒は、氣にせず、己の腹の毛を舐めていく。多少は緊張したようだな。


 吸血神ルグナド様は、俺と相棒を見て、

 

「……話を戻すが、砂城を動かすか。巨城が魔界の空を覆えば、リヴォグラフの眷属どもの一部は動揺するだろう。だが、それは決定的ではないぞ。神意力自体も封じられることが多い魔界の戦場なのだからな」

「……はい」

『「我たちの戦いは一筋縄ではない」』


 俺の表情を把握しているように、ルグナド様は神意力を込めて発言した。皆はドキッとして、ルグナド様を見やる。

 ルグナド様は意に介さないように、優雅に立ち上がった。


 体の中心に濃密な<血魔力>が爆発的に膨れ上がっていく。

 

 広間全体を赤黒い神威が圧した。


「だが、シュウヤたち、案ずるな。リヴォグラフが如何に結界を広げようとも、妾が直々にその『法』を書き換えを試みよう。大規模な権能の行使……ヴァルマスク全域を妾の血の支配下に戻すための、『神域展開』から始めようではないか。無論、闇神リヴォグラフ以外にも、狩魔の王ボーフーンや悪神デサロビアに諸侯たちが戦争を仕掛けてくるかもだ。その場合は、傷場の争いから退くことになる……とにかく、臨機応変に動いてもらうぞ」

「はい、状況次第では、俺と相棒と少数の眷族たちの特攻も効くはずです」

「ふっ、その判断は任せよう」


 神自九槍卿の師匠たちが不敵に笑う。

 バフハールが<隻眼修羅>を鋭く光らせた。


「吸血神様が直々に戦場を塗り替えるか。ならばわしらも、その神威の影に隠れてはおられん。ハンカイ殿、わしらが地上から道を切り拓き、敵の注意を一点に集める。幻術だろうが多重結界だろうが、わしの眼と貴殿の剛力で叩き割れば済む話よ」

「はは! 主、それなら話は早い。俺とバフハール殿、そして魔界騎士のシャイナス殿で、リヴォグラフの防衛線を文字通り踏み潰してやろう」


 ハンカイが体を揺らし、拳を打ち鳴らす。

 その隣で、漆黒の甲冑を纏ったシャイナスが静かに剣の柄に手をかけた。


「……光魔ルシヴァルの宗主シュウヤ殿。そして吸血神ルグナド様の御前。一人の魔界騎士として、この一振りに全霊を懸けます。ラライセ殿の『血の守護騎士団』が空を赤く染めるなら、私は地を黒く染め上げましょう」


 彼女の言葉は静かだが、鋼のような硬質さを伴っていた。

 吸血神ルグナド様は、


「ラライセたち、空の指揮の一部は、いつものように、お前に任せる。その委細は任せるが、シュウヤの砂城(タータイム)を母艦とするのも良いだろう」

「はい!」

「我は、基本、闇神リヴォグラフが出た時に備えるが、序盤の結界などの破壊は参加する。結界を揺らした瞬間、空から雷撃のごとき波状攻撃を仕掛けるがいい。そして、シュウヤよ、敵の意識が完全に『外』と『上』に割かれた時がチャンスだ」


 頷いた。

 ヴィーネ、ユイ、カルード、ヘルメ、そして相棒を振り返る。


「はい、俺たちが〝レドミヤの魔法鏡〟を使い、噴水広場へ飛び込む。キサラ、ファーミリア。お前たちの魔札と王冠を、内側から突き立てるんだ」

「御意、ご主人様。翡翠の蛇弓(バジュラ)で、光魔の裁きを刻みましょう」

「にゃおん!」


 ヴィーネの銀髪が魔力で逆立ち、黒猫(ロロ)が鋭い返事と共に肩で身構える。


「ルグナド様、砂城(タータイム)の発進準備は整っています。リヴォグラフ本人が現れるなら挟撃も可能」

「くふふ……。粋なことを言う。だが、闇神リヴォグラフも一人ではないから、大眷属の誰かを相手にしてもらおう。ゲービスやイーヴァルは所領の維持のために、居ないのでな」

「はい、お任せを」


 と、頭を下げた。


「ふふ、シュウヤ。幾星霜の眠りを覚ます、血の祝祭の始まりぞ」


 吸血神ルグナド様の外套が蝙蝠の群れのように翻る。

 俺たちは圧倒的な熱量を帯びたまま、指令室へと向かって歩き出した。


続きは明日、HJノベルス様から書籍「槍使いと、黒猫。1巻-20巻」発売中。

コミック版1巻-3巻発売中。

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