二百五話 バニラ×訓練×二十階層
2021/02/14 0:47 修正
馬に近い姿のロロディーヌは速い。
雲を食べるように噛み付いては違う雲に猫パンチもとい馬脚キック――。
俺と相棒は迷宮都市ペルネーテの西側に広がる大草原の上空で遊覧飛行を楽しんでいた。
ヒャッハー――。
「にゃんおおお~」
風を起こすかのような巨大な神獣の声だ。
ははは、相棒、楽しいな!
「にゃあああ」
と、宙返りを連続で敢行する相棒――。
俺は思わず、相棒の背中に抱きついた。
フサフサな毛がいい~。
一気にリラックス。
気持ちが通じた相棒もリラックスしたのか、機動が緩やかになった。
そこで、下の草原を見る。
モンスターと戦う冒険者が豆粒だ――。
飛行中の俺たちを察知する優秀な冒険者は……。
数名いた。気になるが、攻撃する気配はない。
気にせず――飛翔――。
すると、奴隷か囚徒を護送する護送車が見えた。
青色の鎧を着た兵士が護送車を連れている。
都市の外に刑務所があるのか?
それとも戦争奴隷を護送中だろうか。
あの護送馬車の行き先に少し興味が出た。
んだが、追わない。
――速度を出しながら高度を下げる。
ロロディーヌは大きな黒翼を傾けて旋回――迷宮都市へと戻る。
素早く武術街の自宅に向かった。
あっという間に俺の家の大門だ――。
その大門の屋根に着地するロロディーヌ。
俺は鞍馬競技の締めを行うように――。
足をあげながら屋根に降りた。
と、ポーズを取る俺の頭の毛をわしゃわしゃと崩す相棒の触手――。
悪戯をしてきた馬と獅子の姿に近いロロディーヌは、瞬時に小さい黒猫の姿へと変身。
小さい黒猫は中庭で仕事する使用人たちへと向かうように跳躍。
カワイイ腹を見せびらかせるような跳躍だ。
首から出した触手を石畳に刺して固定。
触手を首下に収斂しつつ自身の勢いを殺してから優しく着地をしていた。
ロロディーヌはそのままバルミントの新しい木製の家がある中庭へ走る。
中庭で飼うことにしたバルミントの声が響く。
黒猫が帰ってきたのが分かるようだ。
嬉しいのか煩く吠えている。
「にゃお」
「ガオォォ」
バルミントは母へ甘えるように大きい舌を出している。
黒猫の顔を必死に舐めていた。
幸せな光景だが、唾だらけだ……。
「にゃおお」
黒猫はバルミントのぺろぺろ攻撃に嫌気がさしたのか、バルミントの背中の上へ跳躍。
バルの後頭部へ居座ると「にゃおおん」と鳴きながら触手で方向をさして指示を出す。
はは、懐かしい。
ポポブムのことを思い出す。
「ガオオオォォ」
バルミントは楽しいお!
と喋るように叫び、黒猫を頭に乗せたままドタドタと中庭を走り回る。
更に、使用人のスカートのヒラヒラを口先で突いて、悪戯をしたり、スカートの下に潜り込んだりして、俺も参加したくなるような怪しからん遊びを行っていた。
そんな微笑ましい様子を見ながら、中庭で洗濯物を干している使用人たちと、気軽な世間話をしてから本館へ戻った。しばし、暇な時間を過ごす。
あまりにも暇だったから……。
この間のアイスでも作るかぁと、コミュニケーションを兼ねた会話を行いながら、いつの間にか武術談義に移り、ヴィーネ、ユイ、カルードへ剣の訓練をお願いしていた。
そうして、再び中庭に戻り訓練を開始。
「ご主人様、そこは水車斬りをもっと意識した方が隙がないです」
魔剣ビートゥを斜め下に振り下ろし、急ぎ持ち上げるように一回転させてから再度振り下げる。
「――こうか? もう一回だ」
スムーズに魔剣を振り一回転を意識。
宙に赤い軌跡を残す。
「はい、素晴らしいです」
剣の先生、ヴィーネに褒められた。
「次は左足を前に出しながら剣を右側に回して、右からくる相手の斬撃を往なす訓練よっ。これは基本歩法の一部だから、身に付けないとね」
ユイも指示を飛ばしてくる。
「マイロード、行きます」
水車斬りから蛇行斬りへ移行しながら、左前足を前に出しながらカルードの左脇下にきた剣閃を弾く。
そして、流れるように左上から右下へ斬り下ろす。
「うん、まだゆっくりだけど、この一連の基本動作の訓練を続けましょう」
ユイ先生にも指導を受けたが……。
アキレス師匠から教わった槍のようにはいかない。
数時間、訓練を続けたが……。
その日は結局スキルは得られず。
◇◇◇◇
次の日。
ユイとカルードが闇ギルドの仕事でいないこともあるが、訓練は行わずに、小休止。
黒猫も家で留守番。
ヴィーネを連れて解放市場街に来ていた。
デートみたいなもんか。
野禽類、精肉、加工品、魔物肉、を売っている肉屋を見ていく。
肉は肉でも色々だ。
この市場は、第二の円卓通りにある商店街のほうが規模が大きい。
だが、狭い範囲に店が密集した作りだからか……。
商品が豊富にある印象だ。
と、店の商品を覗く。
ペソトの実という名のピーナッツ類が売っている店に、目的の品はなし。
植物類だから、ここにあると思ったんだが。
ヴィーネと恋人握りをしながら、反対側にある酒を売ってる場所にそそくさと移動――。
ヴィーネの嬉しそうな表情を見て、俺も嬉しくなった。
その移動した店で、アルコール度数の高いウォッカ系の酒を買う。
蓋付きの瓶も複数買った。
その場から離れて肉屋の前を通る。
香辛料売り場になった。
――いい匂いだぁと、相棒のように鼻をくんくんと動かした。
匂いに釣られる。
鼻を指で擦りつつ、そのいい匂いを漂わせている店の見学を開始。
平幕の天井から吊されたイカと似た魚の干物がぶら下がる。
下の、口の開いた麻袋には、色々な粉と粒が入っていた。
ここに、目的の品が売っているかもしれない。
バニラビーンズらしき香木は……。
袋の匂いを嗅ぐ――。
探すがないなぁ~。ここにあるのは、シナモン、クミンかな。
クミンは、カレーに使える。
ディーさんにカレーのレシピも教えられるかも。
だが、ここに香辛料が売られているということは、需要があるということ。
このペルネーテの何処かに美味いカレー店があるかもしれない。
あまりそういった情報が出回らないのは、ネット、テレビ、雑誌、新聞がないからだろう。
口コミで広がるにしてもグルメ好きの裕福な人々は、この世界じゃ一握りだろうし、一定の範囲に収束するだろう。モンスター、盗賊、殺人が謳歌するこの大陸を席巻するほどの情報拡散は中々難しいと予想。
しかし、冒険者依頼の中で王国美食会という組織名があったのは覚えている。
たんに、俺が知らないだけで一部の上流階級では色々なグルメ情報が行き交っているのかもしれないが。
と、考えると……昔、カザネ婆が梅干しを見つけて広めたことは結構な偉業だったのかも。
そんな思考を重ねながら、香辛料売り場を過ぎ、
「……ご主人様、先ほど、あいすの食材作りといいましたが、植物ですか?」
「そそ、意外かもしれないが、こないだのアイス、あれに使うやつを時間は掛かるが一応は、作っておこうかと思ってね」
ヴィーネは俺の言葉を聞いても不思議そうな顔を崩さない。
地下で生活していた彼女の気持ちは分かる。
酒も使うが……あの冷たいミルク製品に植物を利用するのは想像できないのだろう。
詳しく言えば、匂い取りに使うバニラエッセンスの香りを作ろうと考えているのだけど。
マグルの世には、植物から作られる食材はありふれているので、植物それ自体を、不思議に思っている訳ではないと思うが。
目的の品は、この間の木材店か、魔煙草が売られている店にあるはずだ。
わざわざバニラの香りを作らずとも、その代用ができる酒類はあると思うが、一応は、エヴァに教えると約束したんだ。
数ヶ月後に使える食材の下準備は整えておく。
ツル性の植物だから魔煙草の売り場にあると思ったら、売っていない。
魔煙草売り場を通り過ぎ、虎獣人の主人がいた木材店へ向かう。
木材店は前と変わらずあった。
色々な木材と神像らしき像が売られている。
「おっ、ドナーク&ジクランのお二人さんじゃねぇか、いらっしゃい!」
前も少し考えたが、その、ドナーク&ジクランとは何だ?
やはりボニーとクライドなんだろうか……。
「……どうも、覚えていてくれたんですね」
「そりゃなぁ、珍しい種族である銀髪の別嬪ダークエルフを連れた黒髪の男なぞ、そうはいない。通りから来る男たちの視線は気にならないんですかい?」
アジア風の衣装を着ている虎顔の主人は、長い髭を動かし、そんなどうでもいいことを聞いてくる。
そのリアルな虎の口髭は毛穴の大きさが、いつも気になってしまう。
「……男の視線には興味ないですから」
「はははっ、なるほど、素直で豪快なお人だ」
虎顏の笑顔はカワイイかもしれない。
黒猫がいたら絶対反応していたはず。
それより、ドナーク&ジクランのことを聞いてみるか。
「……少し前も聞きましたが、ドナーク&ジクランとは誰でしょうか」
俺の問いに虎獣人らしい顔の表情筋を微妙に動かす。
ふさふさな毛の量も関係があるが、人族とは顔の筋肉量が違うと思うので、微妙な感情の気配は読み取れない。
「……知らないのかい? フジク連邦で、我らを逃がすために立ち上がった英雄を、侵略王七腕のカイの腕を一つ潰したが、敗れてしまった悲劇の英雄を」
店主には悪いが、少しだけ聞いたことがある程度だ。
「……詳細は全く知らないですね」
「英雄を殺したカイは、今では腕が潰されて侵略王六腕のカイと名乗っているが、フジク連邦もグルドン帝国も……ここじゃ遠い国。全く知られていないのは当たり前か。悲劇の英雄のドナークは黒髪の男で、ジクランは銀髪の女だったと言われている。その二人は手勢を率いて、侵略王カイと幾度となくぶつかり、カイの腕を一本奪ったところで二人は殺されたらしい。だが、その二人の活躍で、多くの虎種族の同胞たちが西方へ脱出を遂げて命が助かったんだ」
なるほど。前に、ママニ、ビアが語っていたグルドン戦役か。
いつか遠い未来……そのフジク連邦の東方へ進んだ時、そのカイが生きていたら、衝突するかもしれないな。
「……そうだったんですね」
「おう。それで、この間のように杖の材料探しかい?」
「あ、今日は違いまして、匂いの元になる、つる系の植物を捜しているのですが」
「おっ、そんなマニアックな物を探しているのか。それなら南のセブンフォリア経由と、東のサーマリアからゴーモック商隊経由で手に入れたものがあるぞ、豆が入った黒鞘だな」
お、やった。見つけた。
「はい、それを下さい」
「おうよ、待っとけ……確か、この奥に……あったあった」
おぉ、ビンゴだ。
店主が取り出したのは、まさにバニラビーンズ。
「それを大量にください」
「了解した、銀貨十枚といいたいが、全く売れないので一枚でいいぞ」
「ありがとう。買わせて頂きます」
そうして、ヴィーネを連れて家に素早く戻った俺は、買ったバニラビーンズを切り、買ってきた瓶たちに入れて酒を注ぎ蓋をした。
十個ぐらいだが、最初はこんなもんでいいか。部屋の片隅に置いておく。
「それが料理に使われるのですね」
「うん、数ヶ月、熟成を待つ。ヴィーネは熟成を促す魔法の瓶とか知っているか?」
「商人たちから聞いたことはあります。あまり出回らなく、古い魔道具だそうです」
……それを手に入れた方が早かったかもしれない。
「そっか、今すぐじゃなくていいから、その古い魔道具を見かけたら買っといてよ」
「はい、市場調査を行ったさいに見ておきます」
ま、手に入ったら素材を移し替えればいい。
無かったらこのまま保存だ。
「それじゃ、剣と槍の訓練をしよう」
「分かりました」
ヴィーネに見てもらい、その日は剣の訓練に精を出す。
着実に剣の軌道は鋭さを増していく。
◇◇◇◇
今日もまた、剣術をユイ、カルード、ヴィーネに見てもらっている。
しかし、スキルは得られない。
剣の才能は槍ほどないのか、と――。
魔剣を振って虚空を斬った瞬間、剣の質が変わった感覚を味わう。
魔剣の軌道が滑らか、腕の振りもスムーズ、鋭く振り抜けた感覚。
※ピコーン※<水車剣>※スキル獲得※
「――やった。<水車剣>を覚えた」
「閣下、やりましたねっ」
近くで水やりを行っていたヘルメが褒めてくれた。
「ご主人様、遂に覚えましたか!」
一緒に剣を振り回していたヴィーネも動きを止めて、笑顔だ。
「シュウヤ、おめでと。両手剣、片手剣に共通する偉大な基本スキルよ。シュウヤの身体能力は並じゃないから、強力なスキルとなるはず」
「マイロードの成長をこの目で見られるとはっ、<従者長>の一人として凄く嬉しいですぞ!」
「お父さん……喜ぶのはいいけど、少し暑苦しい」
ヴィーネ、ユイ、カルードはいつもの調子だが、彼女たちのお陰だ。
お礼を言っとこう。
「……お前たち、教えてくれてありがとう。これで、多少は槍武術に混ぜても違和感がなくなる」
師匠のことを思い出し感謝の念を込めて、胸前で拳と掌を合わせ、頭を下げる。
「はい! ついに、槍剣ルシヴァル武術流の開祖となる日が……」
「ヴィーネ、“流”といっても誰も習えそうにないわよ」
確かに……師匠ぐらいか?
他に俺のような槍馬鹿で、剣まで学ぼうとしている訓練野郎はいないからな。
「……はい、それは確かに……槍の域は、到底真似ができるモノではないですね」
「うん。しかも、お師匠様から学び遵奉している槍武術を、まだまだ伸ばそうとして激しい訓練を重ねているし……剣まで貪欲に学ぼうとしている。本当、訓練馬鹿だけど、尊敬できるところよね」
「はい。常に武を磨こうと努力をする姿勢は、まさに偉大なる雄。それと同時に<筆頭従者長>としてわたし自身も、弓、剣、魔法、それ以外の勉強を怠っては駄目なのだと、考えさせられます」
「ですな。マイロードのお陰で、わたしも基本に立ち返ることができました。斬り上げからの斬り下げが、鋭くなった気がします」
「……確かに――父さんの言う通りかも」
ユイが魔刀を振るい、基本動作の動きを確かめている。
そこで、魔剣を仕舞う。
「……これで<導想魔手>で扱う魔剣もそれなりに使えるようになるだろう。最近は、魔力の手に槍を持たせているので、使わないかもしれないが」
「剣の訓練は終了ですか?」
ヴィーネは残念そうな顔を浮かべる。
「うん。またやるかもしれないが、あくまでもメインは槍だから」
「はい」
そこで視線をヘルメへ移す。
「――それじゃ、ヘルメ、掃除をしちゃって」
「はいっ」
ヘルメは人型から液体化。
瞬く間に、俺の身体は液体化したヘルメに覆われた。
この水膜に包まれる感覚は少し気持ちがいい……。
……なんだろうか、慈しむ愛、いや、桃源郷、おっぱい王国。
と、幻想の国を考えていたら、掃除が終わったのか、全身を包んでいた液体の粒たちが身体から離れていく。
宙の一か所へ集結した丸い液体ヘルメ。ぐにょりと形を変えながら元の綺麗なヘルメの身体に戻っていく。
「――閣下、完了しました」
「ありがと。それじゃ、お茶でも飲んで休もうか」
「はい、お供します」
「ご主人様、わたしも行きます」
「そうね。訓練も終わったし、ゆっくりとしましょうか」
「マイロードと共に」
皆で本館に入る。ヘルメは瞑想ゾーンに移り修行モード。
俺たちはリビングで軽い食事と紅茶を取り、まったりと過ごしていく。
黒猫もバルミントとの遊びから戻ってくると、机の上で香箱座りで待機した。
瞼を閉じたり、開いたりするリラックスメッセージを互いに行う。
結局、黒猫のカワイイ姿に我慢できずに黒猫の頭から背中までを撫でていった。
ゴロゴロと返事の音を鳴らしてくれる。
背中の黒毛をくるくると指で回して遊んでいると、その黒毛の形が地図の記号に見えてきた。その瞬間、ふと、魔宝地図のことを思い出す。
ハンニバルによって鑑定済みの地下二十階層の地図があったな……と。
そして、選ばれし眷属の全員が家に揃うのを待ってから地図のことを話していく。
「行くのは当然、大賛成よ。要するにわたしたちイノセントアームズが、青腕宝団を超えるということでしょ?」
「ん、このペルネーテに於ける最下層踏破者と同意義」
レベッカは嬉しそうだ。昔、彼女に迷宮を案内してもらった時、青腕宝団のことを憧れるように見つめていたからな、感慨深いのだろう。
「そうなるな。特別な水晶体を利用して、だが」
「この際、細かいことはいいのよ。二十階層への到達が大事なんだから」
「ん、憧れの青腕宝団を超えるから、レベッカ、自信満々の顔」
エヴァが微笑しながらレベッカを指摘。
「この間一緒に依頼で行動を共にした優秀なクランよね。青腕宝団のリーダーは凄い刀使いだった。あの刀は絶対業物よ」
「うん。くるくる舞ってた人ね。多分、あの魔刀、金箱、白銀箱、虹箱から出たんだと思う。だから、今回の地図から出る宝箱も、金箱とか、虹箱とか? 出ないかなぁ~」
「ん、レベッカの顔を見ていたらワクワクしてきた」
「わたしもです。ご主人様、楽しみですね」
レベッカのお宝への欲望が、エヴァとヴィーネにも移ったらしい。
「あぁ、そうだな」
無難に乗っておいた。
「……地図はもっとこなしていきましょうよ」
レベッカが、金色の眉を不自然に動かしながら語る。
「急にどうした?」
「実は……死に地図を少し買っちゃった」
……レベッカらしい。
「その地図の階層は?」
「二十一階層、三十階層、三十二階層」
「三枚も買ったのか」
「うん……安かったんだもん」
その地図たちは、いつ行くか全くの未定だが。
「ま、いつか行くかもな、今回の二十階層がどんな場所か調べてからの話だ。んじゃ、魔宝地図を掘りに向かうとして、他に何か話はあるか?」
「ん、シュウヤ、訓練ばかりしていて、お菓子の話を忘れてるっ」
エヴァが珍しく紫の瞳を揺らし語尾を強くして語っていた。
そういえば、軽い調子で約束をしていた。
アイス作りの……。
しかし、眉の細め方といい、怒り方もいじらしく可愛らしいという……。
素晴らしき女性。
「……ごめん。忘れてたわけじゃなく、素材の準備はしてある。別にそれがなくてもできるから、この地図をやり終わったら、作りに行くよ」
「ん、そうなんだ。準備していてくれたの知らなかった。ごめんなさい」
エヴァは、天使の微笑を浮かべて謝ってきた。
「俺も悪かった。詳しく報告してなかったし、エヴァも店に戻っていたからね」
お詫びに、アイスの他にも色々なお菓子を作ってしまうか。
菓子パンは既に売っているらしいから、プリン、パウンドケーキ、カステラ、マドレーヌ、エッグタルト、イチゴ大福的なモノもいいかもしれない。
マドレーヌ的なものは、実は、一度この世界で食ったことがあるんだが……。
あのアイスのタナカ菓子店に負けないように、カフェ・ディー店に改名。
全国へチェーン展開的なノリで、魚の定食屋からモデルチェンジを促す……とか。
……さて、お菓子の妄想はこの辺にして。
「迷宮二十階層だ。作戦的なものを一応、話し合おうか」
「そうね。わたしたちは経験者。だけど、確認は大事」
「ん、前衛もできるけど、後方でフォローに回る。トンファーも使いたいけど我慢」
「ゴーレムのパンチなら任せて、壁としても利用できる」
「そうですな、前衛の一部をユイと担当したいので魔法のタイミングなど……」
軽く戦術から迷宮について、皆と話し合ってから、意見は直ぐに纏まった。
地下二十階層にある魔宝地図の宝を目指す。
「それじゃ、各自、準備を調え中庭に集合。ヘルメ、行くぞ――」
「はいっ――」
ヘルメは水状態になり俺の左目に納まる。
皆、身体能力を生かした素早い調子で、各自の部屋へ戻っていく。
俺も近くにあるマネキンにかかる外套とバルドーク製の紫の鎧に視線を移す。
だが、これは傷跡が残った状態なので、装着はしない。
いつもと同じ革服の上着に胸ベルトを装着するだけに留めた。
下は動きやすいように、皮紐でくくったブーツを履く。
防御力は落ちるが、ま、いいだろう。
準備を調えてから中庭へ出た。
「ガォォ」
中庭に居たバルミントの声が響く。
その姿はまだ子供だが、確実に荒神カーズドロウが乗っていたドラゴンの原型へ近付いていた。
皆が集まってくるのが嬉しいらしい。
俺が剣の訓練を続けていた時よりも、大きな声で吠えている。
「バルちゃん、大人しくしているのよ」
「ガォォォン」
レベッカのグーフォンの魔杖を噛もうとしているバルミント。
「あーだめだって」
レベッカが杖を噛まれてあたふたしている。
「ん、バルミント、大きくなった」
「バルちゃん、翼がバタバタしている、カワイイー」
装備を調えたエヴァとユイがバルミントと戯れるレベッカへ近付いていく。
「はは、でも、レベッカの背だと、簡単に食べられちゃいそうね」
ユイが笑いながらバルミントに舐められているレベッカの顔を見ながら話していた。
「ユイだって、わたしと同じぐらいでしょ~」
レベッカよりユイのが少し背が高い気がするが、指摘はしなかった。
ミスティ、カルード、ヴィーネも集まってくる。
「んじゃ、皆、集まれ、迷宮へ向かうぞ」
「ご主人様、今日はどの魔槍を使うのですか?」
隣にきていたヴィーネが質問してきた。
「普通に魔槍杖かな」
最近の訓練ではオレンジ刃の魔槍クドルルと雷式ラ・ドオラの短槍も使っていたからな。
「紅矛と紅斧刃ですね」
「あぁ、そうだ。ゲートを使うぞ」
「にゃおん」
いつもの位置にいる黒猫が鳴きながら肩を叩く。
「はい」
「いいわよ、五階層へ直行ね」
レベッカの声が聞こえたところで、十六面の謎記号をなぞる。
光のゲートを起動し、鏡の映像が映った。
前と変わらず、青白い霧が床の表面を漂っているだけだ。
皆で、頷き合ってからゲートを潜る。
全員で鏡から出て、迷宮五階層に到着。
空気感は前と変わらない。
少し乾いた空気が流れ、足元からは青いドライアイスを溶かして発生させたような青白い霧が流れていく。
「後は、あそこの水晶体から一気に二十階層」
「ん、青腕宝団を超える」
「うん、わくわくする。シュウヤ、早く行こう~」
レベッカは蒼い瞳に蒼炎を灯しながら力強く語り、先を歩いていく。
「でも、一応警戒しないとね。シュウヤの話じゃ、十階層の部屋では虎邪神が居たらしいじゃない。また居るかもしれないよ」
ユイが警告する。
「う、怖いかも」
ぴたっと動きを止めたレベッカの言動を見て、
「突然、その虎邪神が襲い掛かってきても、マスターがなんとかしてくれるでしょ、ね?」
不安を覚えたミスティが斜めに顔を動かしながら、俺に語り掛けてきた。
「大丈夫だ、とは思う。だが、一応、戦闘態勢は取っておこうか」
「分かった」
「ん、頑張る」
「アゼロスだけでも抜くわ、闇の仕事と同じ。警戒は怠らない」
「……ふむ。良い目だ、ユイ。わたしも魔剣ヒュゾイを抜こう」
そのまま全員で二十階層へワープできる歪な水晶体へ近付いていく。
皆で、歪な水晶体を触り、俺が代表して、
「二十階層」
と、発言しワープした。
部屋の空間は十階層よりも広いが同じように青白い霧が足元に漂い、歪な水晶体が奥にあるだけだ。
『ヘルメ、視界を貸せ』
『あんっ』
ヘルメの喘ぎ声は無視。
精霊眼、掌握察、魔察眼で、周囲を警戒するが虎邪神の姿はない。
「何も気配はない?」
「ないですね」
「特に何も感じませんな」
ヴィーネとカルードがレベッカの言葉に応えながら青白い霧を踏むように歩いていく。
「……ないと思うけど」
ユイも父の後ろから刀を持ちながら歩いていく。
「今のところは何も感じないな」
俺もそう発言した。
銀髪が揺れるヴィーネは腰から太腿にぶら下がる剣帯に腕を掛け、居合い的な技をいつでも繰り出せるように歩いている。
カルードは渋い表情を浮かべながら、魔剣というが刀にしか見えないヒュゾイを持ち、剣術の歩法で進む。
オカッパが崩れたような綺麗な黒髪のユイも言葉通りに警戒を怠らず、魔刀で袈裟斬りをいつでも行える体勢だ。
「……そう、良かった」
「ん、安心したレベッカの顔が、可愛い」
「もうっ、あまり見ないで、恥ずかしいでしょー」
エヴァとレベッカはいつもの調子でついてきた。
「ここが、邪神たちの間なのね……」
ミスティはスケッチブックにメモを取っていく。
そんな調子で、皆で、出入り口がある場所へ向かった。
だんだんと窄むように狭まる空間の先に、お猪口のように出っ張る形で存在している黄金の扉が見える。
五階層、十階層と形は変わらない。
そして、鍵穴に十天邪像の鍵を差し込み回した。
ゴガッゴゴゴゴゴゴォォォォォ――。
一度、甲高い音が鳴り重低音が鳴り響いた。
「あう」
何人か驚いていた。
黒猫は一度体験しているので、驚かず、扉が開かれるところを黙って見つめている。
鍵穴から十天邪像の鍵を取り、胸ベルトのポケットの中へ入れた。
皆で、その音が鳴り響いて開かれた外へ歩いて出る。
そこは十階層と同じような遺跡で、大きい邪神像たちが並んでいた。
大きい像たちを……下から見上げていく。
綺麗な紫色が付いた長髪の女神像は巨乳だ。リアル。槌もリアルだけど、やはりおっぱい研究会としては、そのディティールに注目せざるを得ない。
十体の巨大な邪神像の形がより精巧になった気がしたのは気のせいじゃないだろう。
「巨大遺跡ね……」
「十階層も同じだが、明らかにここのが大きい像だ」
「ん、凄く大きい……」
エヴァが悩ましく聞こえる声質で呟く。
頭に角を四つ生やした顔が複数象嵌されてある鎧姿の男神像の恥部あたりから伸びているデカイモノを彼女は凝視しながら語るので、俺は三重の意味に感じ取ってしまっていたが、決して、口には出さなかった。
「……階層ごとに巨大化して精巧な作りになっているようだ」
「敵はいないようですね」
ヴィーネは剣から翡翠の蛇弓に替えていたのか、弓を下げながら語る。
「そうみたい。あそこの奥へ行こうよ、五階層よりは遠いけど、形が同じなら階段があるはず」
「その前に沸騎士を呼び出しておく」
「にゃ」
「ん、ロロちゃんが反応した。あの骸骨、煙がぼあぼあな沸騎士たちが好きなの?」
魔導車椅子に乗ったエヴァが、隣から右肩にいる黒猫へ話しかけている。
「にゃおん――」
黒猫はエヴァに呼ばれたと勘違いしたらしく、エヴァの腿の上へ跳躍。
ちゃっかりと腿の上に乗り甘ったれた顔を浮かべては、頭をロングワンピへ擦りつけていた。
「ふふっ、ロロちゃんと一緒に頑張る」
エヴァは天使の微笑を浮かべ、
「にゃお」
黒猫もつぶらな紅い瞳で応える。
ヤベェ、カワイイ。
この光景をずっと見ていたい気がするのは……俺だけだろうか。
微笑ましすぎるんだが。
「エヴァ、いいな~~」
「エヴァの太腿がロロ様のお気に入りの場所のようです」
昔、膝枕の会話をしたのを思い出す。
……いいなぁと思いながら、ここはリーダーに徹する。
「……皆、そろそろ、ここからは気合いを入れろ」
皆へ引き締めを促す。
「はい、ご主人様」
「うん」
「ん、分かった」
「にゃぁ」
『閣下、皆、気合いが入ったようです』
『おうよ』
皆が気合いの声をあげている間に――。
闇の獄骨騎の指輪を触る。
沸騎士たちを召喚した。
指輪から発生した二つの魔力の細い線。
糸にも見える、その細い魔線が宙に弧を描きつつ地面に付着。
地面は揺れるように沸騰した音を立てては蒸気の煙が立ち昇る。
蒸気を体内に吸収する二体の沸騎士が現れた。
地面の蒸気的な魔力の煙を、沸騎士たちが体内に吸収する瞬間は一瞬だった。
「閣下。黒沸騎士ゼメタス、今、ここに!」
「閣下。赤沸騎士アドモス、参上でありますっ」
二体の沸騎士は片膝を地面につけた状態で頭を下げている。
「よう、沸騎士たち。いつもの前衛だが、仲間の護衛とフォロー、ま、臨機応変に対処」
「畏まりました」
「はい、お任せあれ」
沸騎士たちは方盾を構えると前進を開始した。
「にゃおん」
直ぐに黒猫が黒豹へ姿を大きくさせながら騎士たちを追いかける。
「あ、わたしのゴーレムも前に行かせるから」
沸騎士と黒豹に遅れて、ミスティの簡易ゴーレムがのしのしと歩いていく。
俺たちも十天邪像が並ぶエリアを進み出した。
前衛、黒沸ゼメタス、赤沸アドモス、黒豹、簡易ゴーレム。
強襲前衛、ユイ、カルード、ヴィーネ。
中衛、俺(左目にヘルメ)、エヴァ。
後衛、ミスティ、レベッカ。
この隊列で進むが敵は階段には現れず。
階段は細いので隊列はバラバラに上がっていった。
お、早速、魔素の反応だ。
「魔素の反応が複数、階段上の先からだと思う、気を付けろ」
「はい」
「閣下、了解しました」
「にゃお」
黒豹は俺の話を聞いても、四肢を走らせて階段を急ピッチで上っていく。沸騎士より前に出ていくのが見えた。
全く、しょうがない奴だ。
心配なので、階段を急いで上っていく。
沸騎士たちと同時に階段を上りきり、外に出ると、戦いの現場が目に飛び込んできたが……なんだこりゃ。
黒豹ではなく、多数の軍勢が入り乱れて戦っているのが見える現場という……。
少し混乱したが、五階層と同じくフィールド型エリアだと判断。
俺たちが出てきたところは、丘で高い。
眼下に広がる草原エリアで戦争が起きていた。
左が魔族と思われる軍勢、右も魔族と思われる軍勢。
遠いが中央の奥に城らしき建物がある。そこでも違う種族と思われる軍勢が戦っていた。
「何、ここ……魔族か邪神の兵士たちかな」
「……ふむ。眼が三つ、眼が四つある化け物兵士たちで、軍が構成されているようだが……」
カルードが娘の言葉に反応して、額に手を当て翳しながら遠くの戦場を見やる。
しかし、ここで地図から宝の場所を探すのか……。
幸い、ここには軍勢が来ないからいいけど……。
魔宝地図をアイテムボックスから出して、確認。
……地図によると、ここからずっと左か。
「……ねぇ、ここ地下二十階層よね?」
「……空? 明るい。草原? ここは地下に見えない」
確かに、太陽はないが地下には見えない。五階層と同じ世界系だろう。
階段を上りきったレベッカとエヴァは呟きながら、茫然と空から草原の様子を眺めていく。
「ご主人様、宝の場所はだいぶ左の方ですね」
ヴィーネが地図を見ながら語る。
「そのようだ、あっちの窪んだエリアだろう」
「マスター、その地図を少し見せて」
「おう」
ミスティは魔宝地図を掴むと、素早く羊皮紙にスケッチしていく。
日記帳のような書き方だが、凄まじい速さだ。
跳ねたインクが頬についているので、指で拭いてあげた。
「あ、ありがと……簡易的な地図なのね」
彼女は頬を紅く染めながら地図を返してきた。
「だけど……場所は」
ミスティは嫌そうに戦場を見る。
そういうことだ。
あそこを通らないといけないな。
「……あの乱戦での争いようだと、話し合いが通じる相手ではなさそうだ。とりあえず、俺が先にあの軍勢の間へ楔を打ち込み乱入してみる。もし襲い掛かってきたら問答無用で薙ぎ倒し道を切り開くことにしよう。皆は、後続の戦いに備える形でゆっくりと降りてくればいい。襲い掛かってくる敵のみ殲滅しろ、ロロ!」
「にゃあ」
黒豹を呼ぶ。
黒豹は瞬時に馬獅子型へ変身すると、側に駆け寄ってきた。
その近寄る馬獅子型黒猫の背中へ向けて跳躍。
大きな黒毛の上に跨がり足回りをフィットさせる。
後頭部から伸びた触手が俺の首にピタッと張り付く。
その触手を馬の手綱を持つように握った。
相棒ロロディーヌと人馬一体を超えた<神獣止水・翔>による共有感覚を活かす。
源義経の崖下りを思い描きながら一気に丘を降りていく。
「――マイロードの初陣ですな!」
「ちょっと、速い――」
『閣下の槍無双を体験できそうです!』
初陣?
少し違うような気がするが、後ろからカルードの勇ましい喜びの声とレベッカの声が聞こえた。
『相手が向かってきたらな』
左目に住む興奮したSな彼女へと念話を送る。
俺は触手の手綱を片手で持ちながら、斜め下に伸ばした右腕の掌に魔槍杖バルドークを召喚。
武器の相棒と呼べる?
この魔槍杖の重さが心地いい。
そして――視界の中に、千は超える猛々しい軍勢対軍勢の乱戦模様を捉えた。
駆け下りながら、魔槍杖の柄の位置を調整、握り直す。
その魔槍杖の穂先の紅斧刃の揺れた動きから、魔槍杖に棲みついた紅斧刃の怪物が、あの軍勢たちの生き血を求めて笑っているかのように感じられた。
次話は10月1日更新予定です。